人間性を失った者   作:飛脚

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工事完了です。

一昨日消去した『ジョークみたいな一日』及び『ジョークみたいな一日:幕間』に代わりまして、完全新規書きおろしです(当たり前)
ジョークみたいな一日はほんとにジョークだったってことだ!

はいすみません。今後もこのようなことがあるやもしれませんので、その時はよろしくお願いします。

では本編どうぞ


襲来

不死人は気付く。

 

 

何処であろうか。 妙に薄暗く、獣臭さと汗の臭いが入り交じっている。

 

薄い壁、否、布であろうか。それを1枚越えて、じゃりじゃりと地面を踏み躙る音がし、時おりガクンと揺れる。蹄の音が高らかに、だけれどゆっくりとした調子で聞こえる。甲冑の心地が悪い。留め具の部分が妙に削れて収まりが悪くなっている。誰かに無理矢理こじ開けられそうになっていたか。

 

 

「起きたのか」

 

突然、前から声がした。まだまだ暗がりに目が慣れていない。

 

「じっとしてろよ」

 

「…貴公は何者だ?」

 

純粋な疑問。どうやら相手は身ぐるみ剥がされたのか、元々そうであったのか。丁度私の左前に膝を立てて壁に凭れかかっているその男。実に貧相な麻の服を纏っている。だがそれ以上は解らない。ただ怪しげに暗がりに目立つ血走った眼は、やけに浮いて見えた。

 

「おっと貴族の出かい…?へへ…なにさ。だけれどお前も似たようなもんだろう…」

 

怪しく黒ずんだ目もとにお似合いな、ヒヒッ、などというしゃくり上げるような、陰気を孕む笑い声。少なくとも私が今日_果たしてあれからどれだけ時間が経っているのか解ったものではないが_出逢った小鬼殺しとはまた違う雰囲気。まるでこちら側の人間(ソウルシリーズNPC)と話しているような。卑しく、矮小で、他人の財に住み着くダニにような下衆。反吐が出るほど見てきた、マトモではない種だ。けれどどうして、そういう者に限って益になったりする。

 

「…それにオレが誰だっていいだろう…?フヒッ…同じ科人のよしみだ…よろしく頼むよ…」

 

「…科人だと?私は捕まった覚えはないが」

 

「フヒッ…なんだい…ずっと寝ぼけてたのか…?アンタ、西の街のあたりでこの馬車に積み込まれてたじゃないか…今の今までうんともすんとも言わないから死んじまったと思ったが…」

 

「…私が?」

 

記憶を目一杯辿る。小鬼殺しと別れたあと、確か。盗人3人に襲われて。上手く返り討ちにしたあと。

 

 

 

思い出した。

 

 

 

頭に血が上って盗人共を散々にしてやっている。

そこを衛兵に見つかって。街の中の詰所までしょっぴかれた。

 

自分で合点が行き、思わず声が漏れ出る。

 

「ヒヒッ…思い出したかい…?まぁそんなところだ…よろしく頼むよアンタ…」

 

 

執拗に握手をせがんでくる男だが、無視する。奇妙な商人の奴等のような例もあるが、こういう奴等に深く関わって良いことが起きた試しはほぼないと言っていい。

 

「連れないねぇ…」

 

諦めたように出した手を引っ込める男。

見たところ、指が長く皮膚が黒ずみ大きく痛んでいる。確かグレイラットもこんな奴だった。盗人とは言え、盗品を売り払っている個店はそこそこの品揃えではあった。案外悪いやつではなかった為、彼の遺灰を得たときは、物も言えない気分になったものだ。

思いで巡りも大概にしよう。

 

「ならどうだい…今連れられてるは掃溜めみたいなところだけどね…ヒヒッ…実は抜け道があってな…金貨を幾らか払ってくれれば教えるさ…どうだい…?」

 

「いや、結構だ」

 

「勿論支払いは後でいい…どうだい、悪い話でもないだろう…?」

 

「だから結構だと言っているだろう。私は自身で潔白を示してみせる。悪知恵など使うまでもない」

 

「そうかいそうかい…ヒヒッ…気が変わったらまた言ってくれよ…」

 

蛇のように絡みつく男をなんとか引き下げる。ため息をつく。今一詰め所からの記憶が薄い。聞けば、尋問はまだだと言うし、私がしょっぴかれたのも先程だという。これから行く拘置所での弁明が十分であれば、手続きを済ませた後、じきに解放できる可能性もあるらしい。

勝手に馬車から首だけ出して衛兵に聞いたが、止められなかったあたり、多少は何があったか察しがついているのだろう。

着いたらどう弁明しようか、などと考える。

目前の不気味だが頭のおかしい奴ではない、のだろうか。いや違う。抜け道どうこう言ってる時点でしょっぴかれるのはいつもの事であるのだろう。この形骸化したような警備の上、乗っているのは常習犯のような奴と人を殴った私だけ。そもそもこんな柔な馬車で重罪人を運送するのも可笑しな話だ。

 

ともかく、拘置所の抜け道など聞いてしまった方が損である。

なんでもないように腰をかけ直す。

心地を整えたが甲冑で座り込むというのは少しばかり腰が張る。目を閉じて明日からの時間の使い方を考える。行く宛もないのだ。西の街を彷徨く程度、しがない旅人にも許されよう。

 

 

 

 

 

なんでもない平和な一時の静寂が爆ぜるよう、突然バツンッ!などという、あたかも何かが切れるような音がした。

 

 

 

 

 

 

 

異音に気づいたときには目前の男の体は真っ二つになった。

 

 

鮮血が馬車の内部を彩る。

外の衛兵らしき奴等が騒ぎたてる。馬は暴れだし、車内が大きく揺れ動く。

静かだった外は悲鳴と大量の足音。異形の鼻息と喚き声まで聞こえる。益々悲鳴は酷くなっている。

ここにいては不味いだろう。飛び込むようにして馬車を飛び出す。

 

 

外はそれはまぁ酷い有り様であった。

馬は刃物で滅多刺しになって殺され、衛兵と思われる肉塊は首から上が無くなっている。衛兵はもう一人いたのか、そいつは小鬼に集られている。まだ息があるのだろう。えらく暴れている。

まだ息はあったようだったが、しかし余りに時間が足りなかった。腰袋からアストラの大剣を引っ張り出すまでで数秒。いきなり動かした膝の違和感に耐えながら走り込む。だけれど無情なことに命は簡単に散るものだったようだ。衛兵の振り回された腕は次第に動かなくなっていき、最期には腕そのものが小鬼に引きちぎられてしまった。

 

自責の念を振り払いながら大きく右足を一歩踏み込んで小鬼の群れに横薙ぎ。手前半分ほどの小鬼の頭の形が変化し、その小さな体では勢いは吸えず、彼方へと飛んでいく。次の斬撃まではその特大剣の重量故、振り直しに時間がかかる。飛びかかってきた一体を左足で蹴りあげ、大剣を担ぐようにして唐竹割り。そのまま地面に衝いた切っ先がが地面の反射で浮き上がったことを確認するなり、そのままもう一度左足で踏み込んで脳天一突き。

緻密かつ鋭利に研がれたその大剣は、愛剣と同じく刺突に長けている。防具もなにも着込んでいない小鬼の頭蓋など、布に針を通しているようなもの。

あるのかどうかすら解らない脳漿と脳髄が、剣身に纏わりつく。刺さった死体を蹴落とす。

 

まだあと一匹残っている筈だ。

振り返るとほぼ丸裸に近い小鬼がへたりこんでいた。

先程仕留めた小鬼の群れの獰猛さに反して、随分逃げ腰である。群れからあぶられたか。

だけれどそんなこと私は知ったこっちゃない。血の滴る剣を構える。それを見るなり全速力で逃げ出した小鬼を、逃がしはしない。腰袋から咄嗟に投げナイフを取り出す。

 

呼気を排す。この距離では外しはしない。

 

 

 

 

私の集中を遮るように、バツンッ!と先程と同じ音がする。

そうして数秒も経たないうちに先程の首なし衛兵のように小鬼の頭は飛ばされた。いや、轢かれた、の方が正しいだろうか。かなりの速度で何かが飛来するのは解った。しかしそれが何だったのかは当然解らず、精々横に転がり回避するしかできなかった。

ソレは轟音と共に地面に突き刺さる。

横目で刺さったソレを見る。

ソレは単なる丸太であった。いや、杭、と言った方がいいだろうか。丁度私の腕の周ほどあるもの。末端の切口には溝が掘り込んである。

差し詰、粗末な木製の大矢と言ったところか。しかしいくら粗製と言っても威力は侮れない。なにせ人を真っ二つにするのだ。いくら防具を着ているとはいえただじゃおかないのは火を見るより明らかである。

 

どうやらすぐそこの森の木々の隙間から撃ってきてるらしい。流石にこの距離の狙撃を避けながら詰めるなどという離れ業をやってのける自信が、私にはない。近場にある生い茂った草むらに飛びこみ身を隠し、遠眼鏡で射手の正確な位置を割り出す。

 

 

「…いた」

 

大矢の射手、は洞窟で見かけた大型小鬼よりも少しばかり大きいだろうか、そんな小鬼であった。最早小鬼、と呼べるものでは無いかもしれない。

 

場所が割り出せたとはいえ、これでも戦況はイーブンにはならない。正確な位置を割り出せたとはいえ、ここから飛びだそうものなら奴に射抜かれてしまって終劇、であろう。しかし策はある。

 

籠手を外し、指を舐めて濡らす。

風はまだない。太陽はなんとか西に顔を出している。日が暮れるまで時間は使えない。しかし今は暫しの辛抱。

 

時間の都合が着くまでの間、大剣を腰袋に仕舞い、代わりに呪術の込められた巻物(スクロール)を一本と鬼討ちの大弓、大矢を取り出す。鬼討ちと称して小鬼を狩る。なんとも名前負けしているように感じるが、この際どうでもよい。もう一度遠眼鏡で奴の位置と風向きを確認する。

 

そうして準備が整った。風は森へと吸い込まれている。

 

まず巻物(スクロール)を展開する。中身は『毒の霧』。半径3m程度の範囲に毒の霧を撒き散らすというかなり味気ない一品。滅多に使うことのない呪術である。しかしどうだ。森に向かって吹いている風のお陰で、霧は3mどころかどんどん森の方へと流れていく。

 

勿論、これであれほどの図体を有する小鬼が死ぬなど微塵も思っていない。しかしそれでも目潰し程度にはなる。

 

遠眼鏡で奴が霧を吸って咳き込んでいる小鬼を確認し、すくと立ち上がり大弓を携える。歪なクランクのような形をした大弓は固定する必要はない。大矢を番え、ただただ力任せに、されど繊細に引き絞る。

 

 

目を閉じ深呼吸。

 

 

 

音も微かに、ひょうふっと放たれた大矢は、呆気もなく小鬼の胸を貫いた。見たところ貫通してしまったため、案外致命傷にはなってない可能性がある。大弓を仕舞いまた大剣を引き抜く。

 

 

 

 

 

見れば、小鬼は死んでいた。白目を剥いて胸を抑えて死んでいた。こいつがしたことを思えば生ぬるい死に方であるが、これ以上言っても仕方がない。一応首だけは刈っておく。

 

馬車があった場所に戻る。馬は殺され死体が転がる。

小鬼に集られていた男は、致命傷になったであろう首根っこの傷に、歯形がついていた。奴等に首を噛み切られたのだろうか。牙ならまだしも、小鬼共は只人と同じような歯並びを持っているようだ。鈍いものでできた傷というものは想像を絶するほど痛いものだ。それが大怪我であるなら尚更である。

 

そうして生存者がいないことを確認して、衛兵たちの身分証になりそうなものを探してみる。二人とも首に認識票がかけられていたため、回収しておく。

馬車の中の盗人の分も探しはしたのだが、出血の多い死体はすぐダメになってしまう。これ以上こねくりまわすのは冒涜にあたるか、と手を止める。結局目星になるものといえば彼の着ていた麻服程度であろう。

最後に私の愛剣と盾がその場にないことを確認すると、死体を路肩に寄せ、祈りを捧げてその場を後にする。

 

 

ひとまず今回の騒乱は他の衛兵に話をする必要がありそうだ。

蹄の跡の残る道を、とぼとぼと辿る。

 

 

 

 

日はもうとっくに暮れていた。

夜が更けるまでに街に着くのであろうか。

 

 

 

不安に駆られる不死人が一人。


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