もし、女神官ちゃんが○○の神を信仰していたら 作:ネイムレス
それは、とある日に酒場の片隅で行われた、食事会での出来事であった。
その日は珍しく何時もの一党の面子に加えて、牧場の牛飼娘も同席しての会食の場である。幼馴染が傍に居るせいか、小鬼殺しの雰囲気も和らいでいる様に見えた。
そんな和やかな空気の中で、小鬼殺しの隣に座る女神官が唐突に声を上げる。とっておきの何かを見せ付ける子供の様に、その表情は喜色満面であった。
「これは私の信仰する、龍の神様を呼び出す神器の一つです」
そう言って彼女が取り出したのは、掌に収まる程度の橙色の玉だ。不思議な事にどの角度から見ても、その玉の中には赤い色の星が四つ浮いて見える。それ自体には特に価値はなさそうだが、女神官はそれを親の形見の様に愛おし気に抱えていた。
「へー、綺麗な宝玉ね。神器って言うからには、何か特別な力でもあるのかしら?」
「はい、これは七つ集めると龍の神様が現れて、どんな願いでも一つだけ叶えてくれるのだそうです」
最初に興味を示したのは、やはり好奇心旺盛な妖精弓手。長い耳をぴこぴこ揺らしながら、興味津々とばかりに玉を覗き込んで来る。それに対応した女神官の言葉は、彼女を更に高ぶらせるに足るものであった。
「凄いじゃない!? 今あるのはこれだけなの? 龍の神様だなんて凄い存在、呼び出してみたいわ!」
「ふぅむ、何でも望みが叶うとなりゃあ、金銀財宝どころか極上の酒も思うのままじゃのう!」
「うむ、異端なれど龍の神とあらば、恐るべき竜の末裔としては一度まみえてみたい物ですな」
意外にも、普段耳長娘と嘲る事の多い鉱人道士がこれに同調する。そして蜥蜴僧侶もまた、それに倣い思慮深い瞳を閉じて祈りの印を組む。三人ともに、一瞬で願いを叶える宝玉に心を奪われてしまった様だ。
「そうとなったら早速準備しなくっちゃ! 他の奴らに先を越される前に、全部集めちゃわないといけないもの! オルクボルグも当然行くわよね!?」
そうなると、当然もう一人の仲間に視線が集まる。黙して語らぬ一党の中心人物。薄汚れた鎧姿の小鬼殺しである。
「……俺は――」
「行ってきなよ」
お馴染みの『小鬼にしか興味はない』と断ろうとした小鬼殺しの言葉を、なんとその隣の幼馴染が遮った。豊満な物をお持ちの彼女は、どうやら小鬼殺しを宝玉集めに送り出したい様子だ。
「何でも願い事が叶うんだよ? やり直したい事も、取り返したい事も何でも。だから、行ってきなよ」
「……………………。わかった」
そう言う事で、不思議な旅が始まった。
空を駆け抜け山を越え、この世のどこかで光ってる宝玉を探し出す為に。幸いな事に女神官には他の玉の位置がレーダーの様に感じ取れるらしいので、一党は意気揚々と大冒険に繰り出せた。
この世はでっかい宝島。その道の険しさは正に艱難辛苦。荒野で女が苦手な山賊に襲われたり、愉快な三人組の世界征服計画を阻止したり。亀に乗ったスケベ爺さんと出会ったり、謎の赤いリボンの軍隊と熾烈な宝玉争奪戦を繰り広げたりと、色とりどりのアドベンチャーの連続だ。
そんな単行本十冊分ぐらいの冒険の果てに、ついに一党は七つ全ての宝玉を集める事が出来たのだった。
「それでは呼び出しますね。『出でよ、
旅を終えた一党は、今は小鬼殺しが滞在していた牧場に戻って来ている。幼馴染の牛飼娘も加わった一党の目の前で、女神官が呪文を唱えると、集めて並べられた宝玉が眩い光を放ち始めた。そしてその光は龍の形を成して、閃光として天高くへと飛び上がって行く。
寸前までは晴れ晴れとしていた空があっと言う間に曇天へと変わり、周囲を暗く塗りつぶして行く。だと言うのに視界は良好で、雲の隙間から長い長い胴体を持った生き物がうねりながら泳いでいるのが見えた。
それはやがて、ゆっくりと一党の頭上へとその全貌を顕わにする。
「『さあ、願いを言え。どんな願いでも一つだけ叶えてやろう』」
現れたのは蛇に四肢を付けた様な姿の龍であった。神と称されるだけあって、その姿は神々しくまた雄々しくある。それを目前にして、一党の反応は様々だ。
「おお、これが異端の龍の神……。拙僧の祖とは違えども、この雄々しさ雄大さには感服を覚えますな。いやはや、これで拙僧の願いは叶ったようなものです」
「そうさのう。財宝も酒も冒険してるうちにたっぷり楽しめたし、今更願いで求める程でもねえやな。耳長娘はどうじゃ?」
「私はみんなで一緒に沢山冒険が出来て大満足よ! これ以上求めたら罰が当たっちゃうわ」
蜥蜴僧侶はその姿を見れた事で満足し、鉱人道士と妖精弓手は旅の道程で既に願いがかなっている。女神官はニコニコとするだけで特に何も言わないので、またもや視線は最後の一人に集まってしまう。
「…………」
「ね? どんな願いでも、人を生き返らせる事も出来るのなら……」
沈黙を守る小鬼殺しに、牛飼娘が気遣わしげな表情で言葉を掛ける。それはきっと、愚かな願いなのであろう。だが、誰もが願わずにいられぬ願いなのだ。
「俺の……。俺の願いは――」
俯いていた小鬼殺しがその視線を龍の神に向けて、己の胸の内に湧き上がる願いを口にする――その寸前で、表情を真剣な物にした女神官が小鬼殺しの隣に並び立ち、割り込む形で魂の籠った大音声を上げるのだった。
「ギャルのパンティ、お~~~くれ~~~!!!!」
「容易い願いだ……」
龍の神の二つの目が赤く輝き、天空からひらひらと小さな布切れが落ちて来る。それはまごう事無き女性用の下着で、小鬼殺しの兜の上にふぁさりと覆いかぶさった。
「『さあ、願いは叶えてやった。さ~ら~ば~だ~!』」
龍の神は再び宝玉へと戻り、その宝玉は中空から七方へと光の尾を引いて飛び散ってしまう。後に残ったのは、微妙な空気の中でニコニコする女神官と、小鬼殺しの兜に乗った下着だけであった。
【真実】「えー、件の下着は妖精弓手によると『受付嬢の匂いがする』との事で本人に返却されました」
【幻想】「え!? 誰が返したの? ま、まさかゴブスレ君じゃないよね!? ねえ!?」
【地母神】「( ´Д`)y-~~ シリアスドッカイッタ」
【真実】「この話がシリアスで終わるわけないじゃないの。次、行ってみよう」
死んだ人間は絶対に蘇らない。
だからってこの終わらせ方はどうなんだよ!
そう思う方がいらっしゃいましたら、私も同じ気持ちです。