【完結】深紅の協奏曲 ~ディアボロが幻想入り~【IF投稿中】   作:みりん@はーめるん

47 / 47
―独奏、王に届くこと願い 3―

 表立って出せないということは、その理由故に隠されているという事。様々な理由があるだろうが、関わっていることに薄ら暗いことを理解していること、それを使用するのが恥だということを理解しているということ。その恥が、後ろめたさが大きいほど、尚更それは暗くなる。

 『それ』は隠れて使われているわけではなかった。だが、決して大勢に受け入れられているものでもないのだろう。もしそれが公に出てもよいものであるならば、もう少しあの香りが地底の都市全体に馴染んでいるはずだから。

 咎められるわけではないが、表立って使われるものでもない。自治を担っているようにも見える、あの鬼たちには好かれていないのかもしれない。一応統括である、館の主は認めていないのかもしれない。理由はわからないが、とりあえず見える事実だ。

 ……だからこそ、近づける理由になる。まさしくそれらに浸っていた事実。治めていた経歴。言葉では言い表せないカンが、至る道筋を導き出す。

 例えば光。元来堂々と取り扱われていなかったからか、今この荒れた状態でも表立たない。隠されて取り扱われていたものの行方は変わっていないだろう。自然に明るく照らすものはなく、全てが人工の灯りに包まれているこの地底世界、それでも外の世界と比べれば意味合いは大きく異なってくるが……、灯りというものは生き物に安寧を与え、そして必ず影をもたらす。隠されるものは、与えられた安心から目を背けられるように少しずつ、少しずつ、確実に光の外へと追いやられる。望もうが望むまいが。

 例えば匂い。目に見えなくなったものでも、それはどこからか必ず、存在を主張する。追いやられたことを恨むかのように、忘れられない、忘れさせないという様に。目に映る光の像を全て隠せば、僅かに放たれる香りを必ずその場に残す。どれほど密閉して隠そうが、その香りはいずれ小さな綻びを見つけ漏れ出てくる。隠すということは、いつまでもそれらに気を配り続けることだ。

 今回求めるものが個人のものであれば、それはとても厄介だ。一人の意志は固く、故に秘匿は強固となる。だが、求めるそれは隠され、それでも自分だけでなくその他大勢に求められているもの。決して多数派ではないが、しかし全員の両の手では零れ落ちるくらいには。

 綻びを、残り香を、影に潜む闇を。ディアボロはそれを求めて都の外へ外へと進んでいく。地霊殿のほうでもなく、およそ対極の入り口の橋でもなく。土地勘の無い彼にとってまさしく未知、騒動によって崩れてしまった概容は目印にもならず、道を違えれば戻ることは困難だろう。

 だが、構わず彼はただただ辿って行った。

 できるだけ存在を感づかれないよう、もしこちらに気づかれたのなら痕跡を吹き飛ばし。……ひっそりと佇む一つの扉にたどり着く。

 騒ぎがあった中でも、中心を外れれば外れるほど目に見えるほどの被害は少なくなってきていた。そんな中の、住居と思しき家屋の中、裏への道を隠すように立っている扉。存在を隠しているわけではない。だが、平時であるならばその先にわざわざ興味を持つこともないだろう。異質さを感じさせることはない、そんなもの。

 離れれば離れるほど、人気は薄れ、消えていく。ぽつぽつと漂う生き物の気配は、そんな隠れた扉の奥から滲み出ている。

 ゆっくりと手をかける。扉の前から、手の先から、感じ取れる香り。手入れのされていない蝶番が奏でる軋みと共に、確かに濃くなっていく。

 最初に出迎えたのは、暗闇、地下へと続いていく階段。どこまでもどこまでも飲み込んでしまいそうな闇に点々と小さく道標が灯っている。餌を捕らえるための誘蛾灯、大口を開け構えているようだ。

 その腹の底へ。

 

 

 

 

 

 

「……おや、来客かい?」

 

 最初に出迎えたのは、視覚よりも強烈に飛び込んでくる臭気。堆積し凝り固まった老廃物の発する吐き気を催す臭い。それを無理矢理上書きするような葉の燃える甘さとも取れる刺激臭。……それらを少し吸い込んだだけで、脳内が明るくなるようだ。

 ディアボロの視界に僅かに知覚できるのは階段から続いている転々とした小さな、ろうそくの灯火程度の光、何かを焼き焦がした時の灯り。

 

「すまない、香のせいでわからないんだよ。……ここは安全だよ、上とは関係ないから……ヒヒッ」

 

 赤い襤褸切れをまとったそれが小さく呻くように話す。歓迎しているのかもわからない、ぼそぼそとつぶやいているようにしか聞こえない。薄らと視界に移るその顔は、同じく照らしているはずの光すら認識できていそうにないほどの盲であるようだった。

 ただ音がしていた方向に向いてみただけなのかもしれない。現れた者を正確に認識しているかどうかも怪しい。僅かに震え続けている身体、もはや肌の色もわからないほどに薄汚れた醜態、それに比例する醜悪な顔。理由なく虐げられることに否を上げることすら戸惑わさせる。

 

「……なあ、あんた、もしかして俺の友達じゃあないか? いや、友達だなんて不敬だけど、でもきっ」

 

 ナメクジのようににじるよるそれに嫌悪の言葉の一つでもかけようとしたディアボロは、突然の衝撃を予知する。

 暗がりからの悪意、ただ目の前の呆けたそれと同じように過ごしていたらその衝撃に巻き込まれ危機に落ちていただろう。妙に痩せ細ばった身体の、ずだ袋を持った男が、その体躯からは想像もできぬほどの膂力をもって襤褸切れのそれを蹴り飛ばした。その先にいる者を諸共纏めて蹴散らす目的で。

 哀れなそれは、小さな呻き声と水分の詰まった袋がつぶれる音と共に闇の中へと消えていった。わざわざ目を凝らせばその結末は知ることはできるだろうが。

 

「…………人、間。どうして、こんなところにいる」

 

 腐った歯根しか残っていないような口から唾液と共に吐き散らされる言葉は疑問。黒い襤褸を被った男は明確にディアボロを認識し、存在を明かそうとする。

 

「お前た、ち、なんぞにやるもん、なんてない」

 

 過度に力の籠められた拳はブルブルと震え、襤褸の陰から除く瞳は明らかに視線の焦点が合っていない。やや目の前のものに当たっている程度。その光がわずかに映す姿が何に見えているのかはわからないが、ただ明確な敵意だけを訴えている。

 

「表がど、うだ、と知った、こっちゃない、こ、こ、こまで明、かすのなら」

「……やや品質は悪いな、このような場所ではこの程度か?」

 

 しかしディアボロには関係ない。屈みこみ、散らばる粉末状のそれを一つ摘まみ上げる。少なくとも自分の常識で、という根拠からだが今手元にあるものはあまりよろしいモノではなかった。彼からすれば、目の前の暴力など何の障害にもなりえないと判断できる程度。

 質問に答えず、あまつさえ無視を決め込まれた男からすれば、その行動はただの侮辱でしかない。一欠けらの情けの言葉を踏み躙られたその衝動はたやすく頭に血を登らせる。

 

「ぎ、ぎひゅうぅいぃっ!!!」

 

 閉じ切らない口から泡とともに激の感情が噴き出てくる。携えたずだ袋を、中に何が入っているかわからない赤く染みた袋を振り上げ、彼をその一部にしようとする。

 だがそれは起こりえない。男はディアボロのそばに立つ精神の像を認識できていない。とっくに確認済みであり、そんな大振りをする間にほんの少し、眼球でも突いてしまえばいい、その奥、脳の髄まで。その準備がとうにできているのだから。妖怪という、以下に人間より強大なものであろうと、鬼の首領と僅かながらに交えた彼は、それに劣る者との明確な線引きはできるようになっている。

 ……だが、それは起こりえない。

 

「暴れるの、禁止」

 

 幼い声が辺りに響くのと共に目の前の男の動きが止まる。男の身体で塞がれていた視界の陰には、小さな照明を持ち、中に射線の入った赤い丸のついた得物を携えている少女がこちらを向いている。視線と共に得物を向けて。

 おそらく、先ほどの声も彼女だろう。自分の身の丈ほどの得物をこちらに向けているまま、手に持った照明を床に置く。僅かな光でしか灯されていなかった部屋に十分な量の光がもたらされ、辺りの状態を詳しく教えてくれた。

 いくつかのごみ溜め、そこに寄り添うように横たわる者。膝を抱え座り込みながら厄介事を避けるようにこちらを見つめるもの。我関せず、眼前の器具から焚かれる煙を吸い続ける者。直接体内に取り入れるための機器と共に倒れ伏している者。

 一様にして貧者と形容するにふさわしいまともな状態のものはなく、もはやそれらが生物なのかどうかほども怪しいところだ。……だから猶更健常なディアボロも浮いて見え、また奥から現れた赤の少女も彼らに馴染まない、目立った汚れのない姿だった。

 

「ここでは厄介事は禁止だろう、何のために私がいると思ってるんだ。傷の舐め合いはいいけど糞のぶつけ合いはやらないんだろう?」

 

 襤褸を着た男の背中をとんとんと突くと、胡乱げな顔のままゆっくりと手を下ろし、威圧するかのように床にずだ袋を叩きつける。辺り一帯に埃と粉塵が舞い上がり、否応にも二人の呼吸器を汚そうとする。

 最も、それはディアボロだけであった。少女は顔全体を布で覆い保護している。むせこむディアボロに対して空いた手で下がるように手を払う。

 

「お前さんも帰りな。偶然でこんなところまで来るなんてありえない、誰かの紹介だろうが……人間に流す物は無い。お帰りはあちら」

 

 少女の素振りは交渉の余地はない、と雄弁に語る。自らの意思とは裏腹に強制されているような感覚をも覚える。

 だが、それでおいそれと引き下がるわけにはいかない。それほどことは単純ではないのだ。

 

「吸煙のものだけかと思ったが……それは一般に出回っているものだけか? そいつらが使っているものは原料は? ……精製が甘いのは、それは知識がないだけか?」

「……何言ってんだお前」

 

 顔は半分見えないが、それでも言葉尻と目に浮かぶ表情は疑問。だが、周りの空気は一瞬どよめく。

 

「察しの通りただの人間だ。妖怪だか何だか知らないがそれらに溺れている姿を見てしまえばお前たちも人間と大差ないように見えるがね」

「だから何が言いたいのさ」

 

 相変わらずわかったような顔をしていない少女だが、周りは聞き耳を立てているのがわかる。

 求める理由は様々だろうが、結局のところ更なる快楽を求めているのだ。それは生きる者の全ての欲求の根源。

 

「……何も。言われた通りここから去ろう。正規は別だということが分かった。お前には何の権限もない、ならば話す必要はない」

 

 だからこそ一度去る。敢えて内側を見せ、周りの反応を窺う。変わらず赤の少女は大きな反応はない。厄介事が去ろうと清々している様子すら感じられる。

 周りの者は別だ。より深く、じぃっと粘つくような視線を飛ばしてきている。先程の襤褸を着た男も敵意の中に別の意を乗せている。

 あとは掛かるのを待つだけ。そう考えたところだった。

 

「やあやあ、そいつはちょーっと、ちょこーっとだけまずいかなあお兄さん」

 

 入口から声が聞こえる。足音は聞こえない、いやかなりの小さな音。その声は、少ないが聞いた覚えのある高さ。自分に権力が無くとも、自分の仕える者が高みにいることを十全に理解している、笠に着た賢しい者がだす猫なで声。

 

「ここで話すことはないのはいいんだけどねえ。それだけならいいんだけどねぇ……いやぁ、相も変わらず酷い臭い!」

 

 現れる前では常に傍らにあった押し車はさすがに持ってこれなかったのだろう。空いた手は立ち込める悪臭を抑えるための布を持つのに使われている。

 蔑みを込めた声と共に、さとりのペットの一人が顔を出す。

 

「……おまえ」

「あはは、皆さんお勤めご苦労様でっす。お兄さんも奇遇だねぇ、こんなところで会うなんて。……こんな、場末のところで、さ」

 

 含みを持たせるようにもったいぶり、顔の半分は隠れていてもにやついているのがわかる。偶然を装って、しかしそれは吹けば飛ぶような演技で。……あの飼い主に似るように。

 

「……お前た、ちが、押し込んだくせに……」

 

 ゴミ袋のように縮こまっていた一人がぽつりとつぶやく。突然の喧騒に消え入りそうだが、それは確かに聞き取られたのだろう。燐の頭についている二つの耳がどちらもピクリと動く。

 そのまま、しっぽをゆらゆらと揺り動かしながら、そちらには特に気にかけない様子で、

 

「赤河童さんも大変だろうにねぇ。売り子だけじゃなくてここにも顔を出さなきゃいけないなんて。あたいは何も言わないけどさ。もちろんさあ!」

「……けー」

 

 より面倒になった、と赤河童と呼ばれた少女は顔をしかめ目線をそらす。燐は変わらず笑みを浮かべ続けたままだ。

 彼女の登場で、新たに調べることもできた。また、入手も難しくなっただろう。……もちろん、それが彼女の狙いなのだろうが。

 どちらにしろ、今ここで足を止めている必要はなくなった。入口からこちらに向かって歩いてくる彼女の横を通りこの空間から抜けようとする。

 

「おっとっとお兄さん、あー、河城さんやいつもの2本もらっていくよ。待ってってばー」

「あ、おまえ!」

 

 ディアボロを追うように、赤い少女からひったくる様に何かを受け取ると、そのまま後を追ってくる。

 結果、二人があの空間から出ることになった。……ディアボロはまだ何も得ることはできないままに。

 

 

 

 

 

「待ってってってばー」

 

 白々しく笑顔を浮かべて燐が追いかけてきた。少し先の家屋の陰に滑り込み、ディアボロは彼女の出方を伺う。接触が可能であるなら、僅かに離れ、人に見られぬところが良い。

 程なくすれば、いつもの押し車を傍らに燐が顔を出す。

 

「お兄さんったら、まったく面白いところに顔を出すもんだねぇ。さとり様に誘われた直後だってのに、こんなところにまで来るなんて、ねぇ。……くふふ」

「……頭の中に引っかかることがあってな。一応は解放された身だ、自由を得たのなら拭い切れぬ違和感は確認しておくに越したことはない。……あのネズミがいればもっと楽に事は進んだのだが」

「あぁ、あのネズミねぇ。なんで先に帰っちゃったんだろうねぇ」

 

 何も他意がなければ、絶やさぬ笑みは彼女の魅力と捉えることができるだろう。青ざめた意思を持った時も、その表面は笑顔を繕っていた。最初の邂逅でも、心配を過ぎれば同じ笑顔を取れるようにと常に声をかけていた。共に過ごす時間をより良いものであろうとするその努力はそれは良いものだ。

 ……だが、今はそれだけでは済ませない、終われない。

 

「いやー、しかしお兄さん、こういうの興味あるんだねぇ。まあ都でも使うのはちょこちょこいるんだけどさ、いきなりこっちまで来ると思わなかったよ。土蜘蛛さんとかから仕入れればよかったのに」

「……上では使われているのを見なかったからな。陰では使われていた、のかもしれないがそれでもここほど大っぴらじゃあなかった。……それに、ここは籠りすぎている」

「こもり?」

 

 キョトンと、大きめの目をさらに見開いて愛嬌のある顔をこちらに向ける。

 

「始めに橋姫とやらが使っていた。そこで気づいてからはもはやこの街にはその匂いで染まっていることに。随分と簡略的になっている、だからこそ誰も彼もと使われているんだろう? お前も、その一人ではないのか?」

 

 その猫の瞳に向けて問い詰める。

 開いた眼をきつく細めると口の端を少し歪ませ、小袋を車から取り出す。中からは小さな筒状のものが二つ。

 

「違う違う、あたいはこういうのあんまり好きじゃあないんだよね。たまに使う分にはいいけどさ?」

 

 くるくると手で弄びながら、笑みを作りながら言葉を続ける。その笑みは愛想を振りまく笑顔ではなく、上下を理解させるために見下ろす笑顔、愉悦に浸るための笑みに代わっていた。

 

「ずっと使うほど病みつきになってはないんだよ。それだったらお酒かマタタビのほうがまだいいなぁ。猫っていうのはそーいうもんでね。まー、テキトーな時には使うよ、これは、悪いものじゃあないからね。……で、お兄さん」

 

 燐の雰囲気が変わる。変わった笑みに基づく暗い空気。返答次第で対応が今後大きく変わるぞ、という意思表示。

 

「随分容易にこういうところまでたどり着いたよね……『知っている』みたいにさ」

「当然だ。馴染みの深いものなのだから。追い詰められた者たちを容易に底辺に張り付け、またそこから利益を吸い上げることができる。雑巾の絞りかすどもは苦しくも恨んでも地べたを這い続け、それでも吸い上げられることしかできない……流通させる一つの面は『ソレ』だ」

「……ほーう?」

 

 それを受けて、敢えて饒舌に。臆することなく、押されることなく。かつての経歴をほんの少しさらけ出す。

 

「奴に相対している以上内面が読まれていることはわかっている。その部下のお前がどういう理由で俺の前に立っているかもおおよそ。こちらを探ってみて、最初から思っていたが、お前の登場で確実となったよ。そういったものの流通が、治める者にとってどれだけの事案であるかはよくわかっているからな」

「うーん、うーん……」

 

 得たものは僅か、そこから導き出される言葉も論拠に乏しい。ただそこにあるのはそうだろうと思い込んでいる自分だけ。

 それでも、燐はまた目を丸くし、悩ましげに頭を揺らす。

 

「一応言っておくけどさー、あたいもあそこは知ってる、けれどどこまで何までやってるかは知らないよ? あの河童さんがたまに売り子やりに都まで来るからさ、顔くらいは知ってるけどね」

 

 頭を少し横に倒しながら、同じように饒舌に。元々口に回る女だったからだろう、軽薄な様子は変わりはない。

 

「それに、形はどうあれさとり様はお兄さんを歓待しているんだからさ、あーいう危ない所に行くのはやめてほしいかなー。お兄さんが傷ついちゃったら、さとり様悲しむよ」

「都合を押し付けるな。あれで歓待していると宣うのなら、お前らの流儀も知れたもの」

「まあまあまあ。とにかく、あれはダメだよ、ダメダメ。けどほら、都で使って平気なのくらいならいいしさ、他にも何でもしちゃうよー」

 

 言葉と共に、手に弄んだそれを持ちつつディアボロに飛びつこうとする。わざとらしい抱擁を願う動きを容易く避けると、たたらを踏みながらさらに陰へと入る。

 

「……いけずぅ。けどさ、本当。できることなら何でも。……ネズミを連れていたし、お兄さん、小さいほうが好み? それともやっぱり大きいほうがいい? お空とか……結構、上手だよきっと」

 

 ただでさえ暗い陰の中、奥よりか細く声を落とす。

 

「あたいはさ……別にここでも」

 

 小さく、青白い炎が二つ生まれ、その陰の、彼女の姿を照らす。衣のずれる音が、僅かに見える肌の色が、ぼやけた輪郭が煽ることを知っている。

 

「……ここの奴らは、みんなそうなのか」

「違うさ、お兄さんだから……だよ」

 

 肯定を待っている。小さな炎が彼女の顔の近くへ飛び、いつの間にかくわえていた、あの時に受け取っていた紙巻に火をつける。移った火は、いつもと変わらぬ色をしてほんの僅か、唇と僅かに瞳を照らしている。

 最初に嗅いだあの匂い。……そういえば、あの時、これを嫌っている者が一人いた。

 

「そうか、……ならば」

 

 陰に一歩、踏み入る。それを見て、一つ炎が消え、また一つ消え、残るのは小さな火ばかり。

 僅かに照らされている中で、燐は彼に向けてもう一つの紙巻を差し出し、それを受けて。

 

 

 

 

 

 

 

 ばきん。

 

 

 

 

 




厳密に名詞を出していないのでセーフです。

このSSではお気に入りのキャラがひどい目にあう可能性があります。苦手な方は読むのをおやめください。
逆に言えば東方と関係ないキャラならいくらでも扱っていいって神子様が言ってました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。