鳥の囀りを音楽に、山の王は紅茶を用意した。
白いテーブルクロスに、ティーカップが二つ。
それは向き合うように置かれる。
一つは王の手元、もう一つは王の子の下に。
山の王の名は「Asgore」。
この地下世界の全てを収める優しき支配者。
彼は自らの嫡子「Asriel」を自身の庭へと呼び、ここ最近起こったとある変化について尋ねようとしていた。
「…Asriel、Charaと喧嘩をしたんじゃないかい?」
単刀直入に、王は言葉にする。
父としても、王としても、二人の己が子に起こった変化は、実に分かりやすいものだった。
食事の時は二人ともだんまり。
そしてあからさまに一緒にいることを避け、日中はお互い家を出て何処かへと行く始末。
二人とも年頃だ、喧嘩の一つや二つもするだろう。
だが二人には、何処か頑固な所がある。
このまま「気まずい関係」を維持してしまう可能性が、無いとは言えなかった。
「喧嘩って言うか……その、考えの違いって言うか…」
歯切れ悪く、山の王子は言う。
本当のことなど言える訳がないのだ。
考えても見て欲しい。「いつも家で楽しそうに暮らしてた養子が、実は自身の命を使って地上の人間を滅ぼしつつ『バリア』を壊そうとしてて、さらにはその計画を共謀していた自分がその計画に反対して、その結果お互い気まずくなった」などと言ったら、どうなるか。
最悪卒倒するだろう。またもや地下世界は大混乱だ。
それだけは回避したかったのか、誤魔化したのだ。
「…ふむ、…二人は仲を深める時期に入ったんだね」
微笑ましそうな目でAsgoreは言う。
紅茶を一口飲み、彼は怪訝そうな顔をする息子を尻目に、しみじみと語り出した。
「私も昔はトリィと何度も喧嘩をしたんだよ。
その度にお互いの考えを理解していった…譲れない所も、共感できる所も、喧嘩をする度にはっきりしていったんだ」
今でもたまに怒らせてしまうけどね、と王は苦く笑うが王子にとってこの一瞬、目の前が開けたような気分だった。
そのことを察して、王はさらに言葉を続ける。
こう言った考えもある、と諭すような声色で。
「いいかい、アズ。喧嘩は悪いことじゃないんだ。喧嘩でお互い盲目になって、相手を敵と思い込んでしまうことが一番悪いことだ。
だから、二人が一緒にでも、アズが先でも、キャラが先でも良い。
歩み寄ろうとすることを…理解しようとすることを、忘れてはいけないよ」
Asriel は父の言葉を、食い入るように聞いていた。
そして、今自分がどうすべきか。そのビジョンが今ならば明確に思い浮かべられる。
「…ありがとう、父さん」
ちょっと照れくさいけれど、面と向かって礼を言う。
幼少の頃から教えられた、基本的な礼節だ。
そんな息子を見て、父はさらに笑みを深くする。
さらに、本当に嬉しそうな顔でこう言った。
「アズ、最近背が伸びてきたね」
ああ、未来が楽しみだ。
父親はそう呟いて、また紅茶を一口飲み込んだ。
───
Lab。地下世界の技術の全てが生まれ、全てが集結する地。ここ最近はとある博士を除き、特に研究必須な項目もなく、所属者の面々は皆思い思いの研究を進めていた。
この研究所を語る上で、欠かせない存在がいる。
名を「W.D Gaster」。
この地下世界の中において「天才」の名を欲しいままにするに相応しいモンスターである。
彼はここ最近、とある問題に悩まされていた。
親友たる王に課せられた研究が上手くいっていない、という訳ではないが…その問題に王族が関わっている。
この地下世界に落ちてきた、王族の養子。
立場的には王女に当たる「人間」ことCharaは、ある日を境に彼の研究室に勝手に入り込んでは、資料やら何やらを勝手に読み耽っていたのだ。
別に資料を読むことくらい構わないのだが、ここLabは危険な所も多い。
正直なところ気が気でないのが本音だった。
「…Chara王女、ご家族が心配しますよ。
以前言ったとおり、此処には危険も多いからね」
「どうしてあいつが出て来るんだ」
ギャン! と一気に人間の赤い目が鋭くなる。
面白い反応だとGasterはその変化をしみじみと記録し出し、Charaはそれを見ては呆れたようにため息を吐き、不機嫌極まった舌打ちをした。
その様を見て、にやにやとした顔で天才は言う。
「おや、おやおや。私はご家族と言っただけで、特に個人を指した訳ではないんだが…気にかけてくれる誰かを考えたのかい?」
「今すぐそのニヤけた面をやめろ」
子どもとは思えないほどの眼力。
しかし、天才はどこか吹く風のまま、報告書の作成を片手間に人間をからかっている。
何度忠告しても来るのだ、たまには仕返しをしたって良いだろう。彼の心の中は、そんな子どもじみた考えでいっぱいだった。
「王から聞いてはいたが…やはり喧嘩中かい?」
「お前には関係ないだろ」
「そうだね、それで喧嘩の原因は?」
「…モンスターの中でお前だけは嫌いになりそうだ。
その好奇心だけは人間みたいだからな」
吐き捨てるように人間は言う。膝の上でトントンと、持っていた資料を整えながら彼女は未だニヤついたままのGasterを見る。そこにあるのは「知りたい」「暴きたい」というあまりにも基本的な欲求。
人間は、その目を知っている。何度もそんな目で見られたし、その目をするやつは、大抵ろくなやつではないとよく知っている。
半ば唾棄されたとも言える態度を取られても、博士はあくまでも研究者でしかなく…今のCharaの反応に対しても、強い好奇を抱くことこそすれど、忌避はしない。
彼は変わらず笑顔のまま、探るように、虫眼鏡で見るかのように人間へと迫る。
「それは非常に、非常に、興味深い。
まるでキミは、人間そのものを嫌ってるみたいだ」
ばさり!と叩きつけるように資料を博士へ返しながら、赤い目の少女はそっぽを向く。
そして拗ねたような声色でこう言った。
「そうだ、私は人間が嫌いだ。
そして救いようがないことに私もその人間だ」
希死念慮とも取れる言葉。
今の父母が聞けば、優しく諭してくれるだろう。
最高の親友が聞けば、それでも彼女の存在を肯定してくれるだろう。
だが、駄目なのだ。根本的な治療には至らない。踏み込まなければ、真の傷を塞ぐことなどできず───彼女の偏見を真に取り払うことなど、夢のまた夢の話。
ソファに横たわり、自身の細い腕をアイマスクの代わりにしながらCharaはうわごとのように、うなされるかのように、か細い声を口にする。
その場にGasterがいるというのに、そんなことなど知るかと言わんばかりに、彼女は自分勝手にこの場を占有しきってる。
「アズだけだ…私を人間じゃなくしてくれるのは」
弱音だが、浅ましく、身勝手な本音。
六度殺めるのみと嘯きながら、内心では鏖殺を企んだ。
恐らくは彼女が最も期待していたもの。
人が住む地上から逃げ、山へ身を投げた結果、自らは「異種」であるということを克明にした。
彼女にとっての「希望」だったもの。
ともすればそれは、夥しい程の執着と盲信。
「私に利用されてくれるのも、
私に従ってくれるのも、
私の友達でいてくれたのも、アズだけだった」
…その声は、泣いているかのように震えている。
「しかし、王子はキミの計画を拒んだ。
キミを失うことを恐れ、超えてはならない一線を守った。
王族としての義務、親友からの頼み、共謀した後ろめたさ、あまねく要因は、しかしそれでも、王子の背中を押すに足り得なかった。
彼は一体、どれほどの『決意』を抱いたのだろうね」
だが、淡々と。天才と謳われるモンスターは事実のみを並べる。研究者の性なのか、それとも彼はそもそも情が薄いのか、いずれにせよ彼が述べたことは変わることの無かった確かな「現実」だ。
なぜ知っているのか、などとはもう聞かなかった。この男には、そんな事など造作もないのだろうと半ば諦めにも近い感情で、人間はやけくそに声を絞り出す。
「私は諦めないからな」
そしてそれは、彼女の持つ
「あいつが何と言おうと、誰が何をしようと」
実に興味深いと、Gasterは笑う。
それ程の決意を持ってしてなお、叶わない現実があると知った時───果たして彼女は、どうするのだろう?
そんなもしもなど、訪れるはずがない。
そう言うかのように、不気味な顔で少女は笑う。
それ以外の結末など認めないと、言うかのように。
「あいつを、綺麗になった地上の王にしてやるんだ」
宣誓にも近い言葉を吐いた。