G.E.alternative   作:時計屋

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06. 混沌

「まずは戦域全体の動きだ」

 インカムからゴドーの低い声が聞こえた。

 予期せぬ大物の出現にヒマラヤ支部は揺れていた。その中にあって唯一、平静さを乱していないのはこの男だけだった。

 ウロヴォロス。

 円環を成す大蛇の名を持つアラガミがこの地域に現れたのは、記録上、今回が初めてだと聞く。支部の神機使い達が動揺するのも当然だろう。

 ウロヴォロスを視認した第1部隊はその後、距離を保って相手の動きを観察した。同時に支部から光学迷彩仕様の無人機数機が飛び、今も空中からウロヴォロスの動向を記録している。その映像はリアルタイムで支部に送られ、司令部はそれを元にして対応策を立てることになっていた。

 その一連の作業が終わった。つい先程、作戦を指揮するゴドーから全部隊に向けてブリーフィングを行うとの連絡があった。

 ゴドーは無色透明を思わせる機械的な声で、

「ウロヴォロスとそれに付随するアラガミ群の出現により、作戦の修正が余儀なくされた」

 と話を切り出した。そしてそのまま、歯車を回す正確さで言葉を続けていく。

 その声を聞きながら、右手を胸の高さに持ち上げた。ゴドーの声に合わせ、手首に固定された制御装置から支部周辺の地図が立体投影されていった。

 元々ゴッドイーター達は東方から侵攻してくるアラガミ群を迎撃するため、その移動経路に陣を敷く予定だった。立体図には部隊の展開予定地点が示されていた。

 それに重なるように、部隊の現在位置が表示された。

 遊撃から偵察に任務を変えた第1部隊が散開している位置は、支部から見て北東の方角にあった。第2部隊を示す点は、支部の東から迫るアラガミ本隊の進行方向にあった。そこは支部から約10キロほど東にある旧世界の立体交通路が残る地区だ。そして第3部隊は今頃、支部から出撃する準備をしているのだろう。彼らを示すものは地図上にはなかった。

 続いて新たに出現したアラガミ群の位置が表示された。

 ゴドーはアラガミの数から始まり、種類や分布などに次々と言及していった。

 支部東方のアラガミ群に加え、少し北に上ったところに新たな一群が示された。

 扇状に広がる第1部隊の向きが収束する位置にあるこのアラガミ群の中で、特に目につくのはウロヴォロスを示す大きな光だ。その周りに散らばる無数の点が小型の群れだった。その数、50体ほど。

 ウロヴォロスが引き連れるこの群れは、第2部隊を避けるよう北周りで支部に向かう動きを見せている。地図にはその予想移動経路も示されていた。

 仮に現在の布陣を変えない場合、北部と東部で二面作戦を強いられるだろう。現時点のアラガミの位置と移動速度からそう予想できた。

 だが、ヒマラヤ支部の戦力では二つの戦線を支えることは困難だ。

 

 ゴドーは淡々と言葉を繋いだ。

「修正した作戦を説明する。最初に結論から言おう。東から大群を迎える前にウロヴォロスを集中砲火し、これを撃破する」

 言葉と同時に地図が更新され、新たな光が灯った。地図を一瞥し、内容を荒く咀嚼する。

 第2部隊の位置は全く変わらない。

 既に堅陣を築いており、また、多数のアラガミ群に対して効率よく集中砲火できる地点が他にないことから、彼らの陣を崩すことができないのだ。

 しかし、この位置からではウロヴォロスの侵攻ルートに射線が通らない。いや、そもそも通常のバレットで射撃するには距離が開きすぎていた。対ウロヴォロス戦には参加しないということか。

 布陣を変えない第2部隊に代わるように、大きく位置が動いたのが第3部隊だ。

 支部の近くに配置されるはずだった彼らは、今度はウロヴォロスの進む先に置かれることとなった。そこは第2部隊から見てちょうど真北にある山岳地帯の入り口付近だった。

 そこは入り組んだ地形となっているため、ウロヴォロスのような規格外の巨体が進むことの出来る道はある程度、限定できる。アラガミの進む経路を予測できるということは戦術上、大きな利点となる。

 迎撃するには好都合な場所だ。ウロヴォロスの移動速度を勘案すると、アラガミ群がこの地点に到達するまで後3時間弱だった。

 第1部隊の持ち場はウロヴォロスが第3部隊に接近する少し前方、移動経路の南側にある丘だ。北側の山腹にいる第3部隊とウロヴォロスの移動経路となる山間の道を挟み込む位置にある。

 山間の遮蔽を利用しつつ左右から挟撃することができる位置取りだった。

「支部付近に罠を仕掛ける予定だった第3部隊は、資材を積んだヘリで移動する。普段は他の部隊を支えることの多い第3部隊だが、今回は彼らが主役となる。他の隊は各自の持ち味を活かしてウロヴォロスを足止めする」

 ゴドーの指示に合わせて、立体図に各部隊ごとの作戦内容が表示された。

 それを読む。理解する。

 乾いた無色の声は、ほとんど間を置かずに説明を締めくくった。

「現場の動きは各隊長に任せる。こちらの裏をかいて賢しげに立ち回る大物を掻き乱してやろう。最後はウロヴォロスに花束を、だ」

 それからゴドーを引き継いだカリーナが補足説明を行い、短い作戦会議が終わった。これからの全部隊の動きは、既に定まっていた。

 

 偵察はこれで終わりだ。

 めぐるましく変わるアラガミの動きに振り回されるのを自覚しつつも、結局は次々と変わる状況に合わせて行動する他なかった。そう割り切りながら、しかし今回のアラガミの動きに違和感を感じていた。

 いや、全てが規格外の極東支部と比較してしまうからかも知れない。早くヒマラヤに慣れなければ。そう思った。

 気持ちを切り替え、手早く装備をまとめた。

 アラガミの動きを監視するために残ったビルの窓際に立ちながら、神機にかけてあった光学迷彩布を自分の肩に外套のように巻き付けた。

 そのままビルの側面に飛び、下に垂らした強化ロープを使って一気に地上に降りた。偏食因子を練り込んで強度を高めたこのロープは、自分と神機、各種追加装備の重量を軽々と支えていた。

 ビルの表面すれすれを滑りながら、遠くに見えるウロヴォロスの巨体を眺めた。この距離からだとほとんど動いていないように見えるが、実際は相当な速度で支部に向かって進んでいることだろう。

 次の標的を正面に見据えながら、頭の中で再度、作戦内容を咀嚼し始めた。

 それはヒマラヤ支部による大物喰いだった。

 

 周りには荒涼とした風景が広がっている。その中にとけ込むように、人工物が上手く隠れていた。

 もちろん自分の身体もだ。

 この穴蔵に人工の胎内にいるかのような安心感を覚えていた。ここは、人ひとりが寝そべるだけの空間しかない、即席のトーチカの中だった。

 元々、この場所にあった鉱物を多く含む岩石と、輸送用無人機で送られた物資を組み合わせて作ったものだ。表には迷彩布が掛けてあり、周囲との擬態もまずまずであろう。視覚情報に依存するアラガミからは十分に秘匿されているはずだ。

 ゴドーの説明が終わってから、自分は直ぐにブレイブ、クリードの各小隊と合流した。そして偽装してあった装甲輸送車両で次の作戦区域に移動した。

 移動中、第1部隊の隊長代理として作戦の細部を詰めたのだが、実際には2人の小隊長らの意見をそのまま採用する形となった。

 ブレイブ隊、クリード隊の持ち味は、彼ら自身が一番よく分かっている。軍でいうところの中隊長代理である自分が、各小隊内の動きに口を挟む必要はなかった。神機使いは3,4人で構成で構成される小隊規模で主体的に動くのが、一番、効率的なのだ。

 指揮するだけの指揮官は要らない。

 また、指揮小隊であるオルタ隊については、実のところ自分の他に隊員はいなかった。

 平和なヒマラヤ支部では指揮官が必要になる程の規模の作戦は少ない。それに神機使いの数も足りない。そのためオルタ隊には、小隊長と中隊長相当である第1部隊隊長を兼任するゴドー、それにその副官しか人員が割かれていなかった。空席になっているオルタ3とオルタ4は、ブレイブ隊とクリード隊の小隊長が兼任する番号なのが、こうした理由から事実上の欠番となっていた。

 このような経緯があり、今のオルタ隊にはオルタ5しかいない。つまり自分だ。

 オルタ隊としての行動について、1点だけ自分の考えを述べておいた。それは他の小隊とは組まず、単独で行動するという事だった。熟練兵に混じって集団戦闘が出来る程、自分は神機の扱いに慣れていないという自覚がある。各小隊の足を引っ張ることは避けたい。

 それに自分が得意とする狙撃であれば、たとえ単独行動であっても問題はなかった。逆に狙撃手が固まっている方が弊害が大きい。一網打尽にされる危険性があるからだ。

 この主張は他の者に通じたようだ。反対意見はなかった。

 

 そして今、自分と自分の神機だけがここにいた。

 この場所が自分の持ち場だ。

 第1部隊の他の面々が身を潜める丘。その頂上付近まで登ったところにある、特に見晴らしのよい場所だった。

 ここは持ち場に移動する最中、データベースで見つけた地点だ。狙撃にも観測にも向いた地形を探す中で、自分の目に留まった。ウロヴォロスの接近を最初に視認できる場所でもあった。

 位置取りは狙撃手の全てだ。

 まだまだ未熟な狙撃の腕を補う、それは重要な要素であった。

 そのため、地図をよく読み込む癖がついていた。

 極東では意味もなく支部内外の地図を眺めていたものだ。赴任する前にデータベース上でヒマラヤの地図も頭に入れておいた。それが今、役に立っている。

 そもそも地図は近代戦になった頃から特に重要な軍事情報だった。かつての中東には高度成長を遂げた時代になっても、個人で地図を所有することが禁じられていた国もあったと聞いた事がある。

 現代であっても地形を地図上に立体として表示するためには、多くの労力を割かなければならない。フェンリルにおいては部隊の展開状況やアラガミの移動予想などを含めた情報の統括は、戦域管制官の領域だった。戦闘中のオペレートも行う彼らの仕事ぶりによって、神機使いの生存率は大きく変わるという統計もあった。

 その点、カリーナは優秀だ。

 無人機やレーダー、更に神機使いの観測するデータを巧みに操る彼女は、戦域を見渡す鷹の目を持つに等しい。戦場にいる誰よりも戦場を知る戦いの女神のような存在だ。

 自分より年長者なのだが、カリーナにはどこか保護欲を感じさせる魔力が感じられた。人を遮断するゴドーとは正反対の性格のように思えた。

 機材を操作して、カリーナが作り上げた立体地図を眺めた。

 

 まずは第1部隊の現在位置だ。各員、持ち場に付いていることが確認できた。表示を広域図に変えると、第2部隊は小型アラガミ群を迎撃する当初の位置に、第3部隊は山腹でウロヴォロスを迎える準備をしていた。

 次にアラガミの反応を追った。

 東から支部に向かう最初のアラガミ群は速度を維持したまま進軍を続けている。数時間後には第一防衛ラインに到達するだろう。二面作戦を避けるためには期限内にウロヴォロスを倒す必要があった。

 そう考えつつ、肝心の巨大アラガミの動きを地図で確認した。

 もうすぐこの場所にたどり着く。小型アラガミもウロヴォロスに付き従ったままでいた。アラガミ達の移動速度は、周辺の起伏の激しい地形のせいか、相当に歩みが遅くなっているようだ。

 急速な地殻変動の影響で大地の均衡が崩れた影響か、元々、山岳地帯だったヒマラヤは以前に比べても起伏の激しい地域になった。ここも少し登るだけで万年雪が積もり、そのすぐ隣には運河を辿って遠く海から運ばれた船群などもある。

 その中でも、神機使い達の待ち構えている場所は、自然物と人工物が歪に入り交じった迷路と化している。体長50メートルを越えるウロヴォロスの巨体でさえも、ひとたび岩山に入ると見えなくなってしまうくらいだ。

 ここはいい場所だ。そう思った。巨大アラガミの利点である高さを無意味化できる地形だ。

 そもそも通常の大型種とウロヴォロスは別次元の存在だ。例えば大型輸送車両程度のヴァジュラと比べ、ウロヴォロスはまさに要塞、いや寧ろ中世の城郭のようなアラガミであった。

 支部の壁よりも高いアラガミを想像すれば、その脅威は直ぐに想像できる。ひとたび接近を許してしまえば、支部を囲む対アラガミ装甲壁の上から攻撃を受けることになる。いくら固い壁を築いていても、これでは意味がない。

 それにこの移動要塞には強力な攻撃能力も備わっていた。超長距離のエネルギー照射や広範囲に渡る無差別物理攻撃などだ。巨体の繰り出す破壊力に、アラガミ特有の超自然の技が組合わさった最悪の存在。それがウロヴォロスだ。

 だからこそ、小型を中心としたアラガミの大群に先立って、これを優先的に叩かなければならない。

 この場所なら、それが可能になるはずだ。また地図を眺めた。ゴドーの作戦は、少ない支部の戦力を活かすことに特化したものだった。

 後は、現場に立つ神機使いに全てが懸かっている。

 無意識に狙撃用に調整済された神機の表面を、静かに撫でた。

 初戦闘では急激に多量のオラクルを消費したが、神機に不調は見られなかった。流石は人類の敵アラガミを元に作られた生物兵器だ。

 断片的な記憶の中で、自分は神機を失ったように感じていた。白いアラガミとの戦いで破壊されたとばかり思っていたのだ。しかし、それは激しい戦闘による記憶の混濁だったようだ。神機の負った大きな損傷も、現実には驚異的な生命力で修復されていた。

 神機は強い。

 神機使いとは違って。

 連想が連想を呼ぶ。

 マリアの姿が頭に浮かんだ。しかし、水面に映る月のように、少しの波紋で形が崩れてしまう。

 死んだ?マリアが?本当に?

 頭から離れないマリアの幻影をすぐ隣に感じながら、また黒金の神機を撫でた。

 

 微かな振動を感じた。

 地図を確認する。ウロヴォロスの位置は。ほぼ予定どおりだった。近くにいる。

 神機と視界を接続した。身体に熱が灯る。そして神機にも。

 徐々に振動が強まってくる。ウロヴォロスの出現予定地点より1キロ以上、離れているこの場所でもはっきりと揺れが感じられた。

 揺れは、更に激しくなる。それに遅れて音がやってきた。力ずくで何かを崩す。そんな響きだ。

 そして、見えた。

 神機の視覚で見つめる先には、巨大な影があった。左右の岩山を押しのけるようにして進むウロヴォロスの姿だった。大きい。

 その足下には芥子粒のように見える小型アラガミの群れがあった。王に従う兵士のようだ。

 混沌の王はゆっくりと進んでいた。身体や腕で山を削りながら前へ前へと。

 全身が視界に入った。

 その異形ぶりに思わず寒気を覚えた。

 巨大な蔓が何重にも巻き付いたような歪な躯。

 捻り曲がった触手は、蜘蛛の足のように折れ曲がった形で胴体を支えている。胴体は太い足の形に纏まった触手の上にあった。その胴を隠すように触手を編み込んで作られた外套が広がる。それが王者のような風格を醸し出していた。

 一段、低い位置にある顔には鈍く光る複眼があった。巨大な身体にあっても不釣り合いな程に大きなその目を守るように、太く歪曲した角が突き出ていた。

 それがウロヴォロスの全貌だ。

 

 螺旋を描く混沌がそこにあった。

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