Scarlet Busters!   作:Sepia

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序章 『僕らの出会い』
Mission1 きょーすけが帰ってきたぞーっ!


 

 

「きょーすけがかえってきたぞーっ!」

 

 遠くから声がする。

 しかし、言ってる意味が眠気でどうにも釈然としない。

 それはいったいどこから聞こえてくる声なのだろうか。

 そんなことすら今の自分には認識することができないでいた。

 

 

「ついにこのときがきたか……」

 

 しかし。

 続いて聞こえてきた喜びに打ち震える声で目が覚める。

 それは決戦を目の前にした戦士の声であった。二段ベットの下の段で寝ていた僕は、ごろんと毛布ごと横に転がり、声の主を確認する。  

 

「真人。こんな時間にどこいくのさ?」

 

 恐る恐る聞いてみた。どうせろくな答えなど返ってはこないだろう。

 そんなことは分かり切ってはいたが、聞くだけ聞いておくことにする。

 

「……戦いさ」

「――――――は?どこで?いま朝の三時くらいだけど」

「ここ」

 

 真人は親指で床を指す。

 そのまま不敵な笑みを残し、勢いよくドアを開け放って部屋から出て行った。

 

(ここって……まさか、寮内のこと?)

 

 少年、直枝理樹は事実に気づき、急いでルームメイト真人の後を追うことにする。

 今すぐにでも追いかけて駆け出したいが、まずはマヌケなパジャマ姿から着替えることから始めることにした。

 

 

          ●

 

 真人を見つけだすことになんの苦労もいらなかった。食堂の前に、大勢の野次馬が押し寄せていたからだ。中を覗くと案の上というべきか、大立ちまわりを繰り広げている二人の姿があった。片方は先程出て行ったルームメイトの井ノ原真人。もう片方は、袴姿の男、宮沢謙吾。二人とも理樹の幼馴染である。昔から犬猿の中で、意見を違わせては喧嘩をくりかえしてきた。ゆえに、定期的な二人の喧嘩は友情に絶望的なまでのヒビが入るような深刻な事態だとは周囲は思わない。むしろ、プロレスやレスリングのようなスポーツ観戦をするかのように野次馬が集まってきている。よくもまあ、こんな深夜だが早朝だが分からない時間帯にこうも人が集まるものだと感心する。

 

「おおっ!!」

 

 真人が打って出る。全身を使って、大振りな拳を繰り返す。

 けど、謙吾には命中しない。その代わりと言ってはなんだが、真人の拳が命中した後ろの机にバキバキという気持ちのいい音を響かせながらひびを入れていた。

 

「さすがだな、井ノ原」

「部活にも入らず。強襲科も専攻せず、無駄に鍛え上げられた筋肉をここぞとばかりに見せつけてくれやがる……ッ!」

 

 適当な解説が聞こえてくる。

 喧嘩を止める気はないらしい。

 野次馬達は我関せずの観戦を決め込んでいるようだった。

 

「はっ!!」

 

 今度は謙吾の反撃。手にはすでに竹刀が握られている。一瞬、その手がブレて見えた。

 

「うおぉ!?」

 

 真人は早すぎる剣撃に反応して一歩背後に引いたものの、全くの無傷というわけにもいかなかったみたいである。真人の胸板に十字の切り傷ができていた。

 

『でたぞ!思春期の性衝動を抑え込んで完成させた一太刀』

『なんと切り傷がオッパイと読めるらしい』

『いや、あれは鬱屈と書いてあるらしいぞ』

『何!?これはものすごい画数じゃないか!?』

 

 憶測はさらなる憶測を呼ぶ。ゆえにものすごい盛り上がりをみせていた。

 

「だれかとめてやってよ!」

 

 そんな中、理樹が一人野次馬たちに訴えた。しかし、その訴えをまともに聞いてくれる人なんているはずもなく、逆になんだこいつはというような冷たい瞳を向けられた。第一、割って入ろうにもこの真人と謙吾の二人を相手に実力で止められる人間なんてほとんどいないに等しい。

 

「じゃあ、お前が止めればいいだろ」

「あ……うん。そうだね」

 

 とは言ったものの、直枝理樹は知っている。経験則から知っているのだ。

 真人と謙吾も大切な幼馴染だ。家族といっても何の違和感もない。

 そんな二人の喧嘩を止められるものなら止めたい。けれど、残念ながら、

 

(……僕に、そんな力は無い!!!)

 

 生憎と、そんなことは自分にはどうやってもできないだろう。正直、理樹でなくてもこの二人に割って入って止められる人物なんてそうそういない。理樹が知っている人間だと一人しかいない。だから、理樹は素直に真人と謙吾を止められるたった一人の人物に――――棗恭介に頼ることにした。理樹は思考を切り替え、全力で恭介を探しはじめた。

          

「恭介ー、どこー?」

 

 けど、恭介はいくら探しても見当たらない。いないなんてことはないはずなのだ。

 目的の人物は見つけられなかったけれど、代わりに見知った顔を見つけた。 

 遠山キンジ。

 卒業時の生存率が97.1%といわれる「明日なき学科」の二年の主席候補だった男。

 理樹のルームメイトの一人だ。

 

「遠山君!」

 

 理樹は目を輝かせながら遠山キンジに話しかける。

 そうだ彼なら。彼ならばきっと。

 そんな心からの期待を込めて彼の名前を呼んだ理樹だったが、

 

「いやだ、無理だ、やめてくれ」

 

 要件を言う前に断られた。

 

「遠山くーーーーーん!!!」

「悪いが他を当たってくれ」

 

 何事もやる前からそんなやる気のないあきらめたような態度を取るのはいかがなものかとも言いたくなったが、キンジの顔を見た理樹はそうも言えなかった。キンジの顔は何時になく疲れて、いや眠たそうだったのだ。理樹の相手がめんどくさいからそっけない返答をしたというわけでもないように見える。

 

 きっと、今の遠山キンジなら誰が相手だったとしても今のような返答をするだろう。

 

「どうしたのさ」

「ああ、ちょっと単位が0.1ほど足りなくてな。昨日先生にお願いして0.1単位分の仕事をつくってもらったのはよかったんだが、そのあとこき使われまくったのさ」

「……じゃあせめて、恭介がどこ行ったか知らない?」

「棗先輩なら隣で寝てるぞ」

「へ?」

 

 どうせ無駄だと思いながらもダメもとで聞いてみたら、すぐ見つかった。横にはキンジの隣で気持ちよさそうに寝ている恭介の姿があった。今まで気が付かなかったのは、寝ている姿があまりにも自然すぎたからだろう。両手を広げて仰向けに倒れている姿は正直、酔っ払いのダメダメオヤジを連想させる。制服姿の恭介は、よく見ると体中に土や枯れ葉がついていたせいか、中年のおっちゃんの哀愁すら漂わせていた。まだ高校三年生のはずなのに。恭介はいったいどこをほっつき歩いていたんだろか。ちょっくらまた海外に行ってくるという話は聞いていたが、どこに行くのか具体的なことは聞いていなかったため疑問ばかりが残った。けど今は、そんなことを気にしている場合ではない。

 

「恭介、やばいって。二人を止めて。」

 

 恭介を全力で揺さぶる。するとその目が薄く開いた。

 ただあくまでもうすく反応したという程度であり、理樹の話がしっかりと彼の耳に届いているかは甚だ疑問である。

 

「……なんだ理樹か。悪いが昨日寝てないんだ。しばらく眠らせてくれ」

「なにいってるのさ。恭介が帰ってきたから真人と謙吾が喧嘩をはじめたんだよ! ちゃんと怪我しないように見てやってよ」

 

 これは彼らが結んでいるルールのひとつであった。恭介のいない間に、本気の喧嘩は禁止。

 いくら制服が防弾仕様だといっても、真人と謙吾という爆弾のような二人のことだ。

 本気で二人が何かやろうとすると、一体何が起きるか分かったもんじゃない。

 それは思いやりのようであり、唯一年上の彼が、兄貴風を吹かしているともいえる。

 だが、事実、恭介に反発した奴が割を食う。

 恭介の危惧したことが現実となるのか、彼が未来を予想しているのか、よくわからない。 

 けど、そういう理由から彼らは小さなころから関係を変えずに今に至っていた。

 

「わかったよ」

 

 恭介は理樹の手を押しのけて、隣で寝てた遠山キンジを叩き起こし、ゆらりと立ち上がる。

 

「じゃあ、ルールを決めよう。」

 

 彼はそう宣言した。

 

『おい、みたか。面白くなってきたぞ』

『ああ。分かっている。棗先輩、遠山、井ノ原、宮沢と有名な奴らの勝負だ』

『ああ、遠山は仮にも強襲科での主席卒業候補。井ノ原や宮沢の実力は言うまでもなく、棗先輩も探偵科の三年の主席。実績は武偵でも最高クラスにあたる。何しろあのイギリス清教で仕事をしているという噂も有る』

 

 恭介が立ち上がると同時。野次馬の歓声が上がってきた。

 棗恭介という人間の周りでは、面白いものが見られることが多いのだということを、彼らも知っているのだ。

 

「素手だと真人が強すぎる。逆に竹刀を持たせると、今度は謙吾が強すぎる」

 

 今度は野次馬たちに向き直り、

 

「お前らが、何でもいい。武器になりそうなものを適当に投げ入れてやってくれないか。それはくだらないものほどいい」

 

 今度は真人と謙吾に向き直り、

 

「その中からつかみ取ったもの、それを武器にして戦え。それは素手でも竹刀でも、まして銃でもないので、今よりは危険は少ないはずだ」

 

(……なるほど)

 

 恭介の発言を受け、理樹は感心していた。いくら防弾制服を着ていて二人とも強いといっても本気を出すことに何の変わりもない。そこら辺に転がっているような武器なら、万が一にもケガをすることなく喧嘩を終わらせることができる。

 

「いいな」

 

 恭介の有無を言わせぬ雰囲気に押されて、その場の誰もが納得していた。

 そう、ただ一人を除いて。

 

「……棗先輩」

「なんだ遠山」

「俺は何の為にここまで連れて来させられたんですか?」

「まあ待ってろ。真人。謙吾。」

「邪魔だ。恭介。怪我したくなかったらすっこんでろ!」

「お前ら本当に両方とも強いんだろうな」

「どういう意味だ」

「俺のいない間に、ふたりとも同じ低レベルになったわけはないよな」

「「あたりまえだ!」」

 

(……え!? このパターンはまさか)

 

 いやな予感がした。

 この雰囲気は……全員が巻き込まれそうな予感が。

 

「まずは前哨戦だ。お前たちと理樹、遠山のタッグと勝負してもらう」

「「ふん。いいだろう」」

「え!?ちょちょちょっと二人とも、それでいいの?自分を見失ってない?」

 

 相変わらず単純な二人だった。いや、ここはオブラードに負けず嫌いと表現しておこう。さすがというべきかこの二人はこのルールをすでに認めているようだ。

 

(ん?ちょっと待て)

 

 しかし、理樹はこの発言の問題点に気づく。それは、

 

(僕が剣道一直線の謙吾と純粋な筋肉と勝負だって!? 勝てるわけないじゃないか!?)

 

 そう、一応安全なルールに基づいているとはいえ、理樹は自分が勝てる見込みがあるとは思えなかったのだ。そのことを恭介に目で訴える。ヤバイヤバイと訴える。そもそもまともにこの二人と戦えるのならば、わざわざ恭介に頼ったりなどするものか。最初から自力で何とかする。

 

(大丈夫だ。理樹。何のためのルールだとおもっている)

 

 恭介の瞳はそう伝えてきた。すると、

 

(……もしかして恭介は僕の力で喧嘩を止められる方法を考えてくれたのかもしれないな)

 

 そう考えると自然とやる気が出てくるというものだ。

 今の彼には真人と謙吾と同じく、いいように使われているだけという発想は浮かばない。

 

(――――――フ。任せてよ)

 

 この勝負。機転がある奴が有利だということは明白である。

 相方が遠山君である以上、よくよく考えれば理樹には勝算があることに思い至る。

 相手が体格からして一回りは大きいであろう真人と謙吾と勝負ということだけに気を取られていたが、そんなものは今回の場合関係ない。

 

(なにしろ、この勝負の鍵を握るのは個人の能力ではなく武器の性能!!)

 

 謙吾はともかく、真人が考えて武器を選択するはずがないと分かりきっている。

 

「直枝。止めとこ……」

「いくよ遠山君!さあ真人!謙吾!覚悟しろ!」

 

 遠山キンジのいうことを遮り、直枝理樹は二人に自信満々に宣戦布告した。

 

「なんで俺まで……」

「だって、そのほうがおもしろいだろ」

「棗先輩……」

 

 諦めろ遠山キンジ。恭介から逃げられると思うなよ。

 

「それじゃ――――――バトルスタート!」

 

 恭介の宣言と同時、勝負が始まった。

 

 

      ●

 

 

 しばらくは戸惑っていた野次馬達だったが、一人が何かを投げ入れると、まるでそれを合図にしたかのように活気づいた。お祭り騒ぎのように一斉に”くだらないもの”が投げ入れられる。

 

「やるのか……理樹」

「もちろんだよ」

「手加減はしてやらねえぞ」

「そっちこそ、後でハンデが欲しいといっても聞いてあげないよ」

 

 真人に決意を表明すると同時、謙吾が目を伏せる。

 その前には怒涛のように投げ入れられる、野次馬の投げるSomething。

 心の目でつかむように手を伸ばしていた。何かを握りしめていた。

 武器が選ばれたことに、どよめきがあがった。

 

「なんだあれは!?銃か?」

 

 銃が投げられるわけがない。銃とは彼ら武偵が命を預ける道具でもある。

そんな大事なものを、みすみす手放すはずがない。謙吾が引き金を引くが、小さな銀玉がででくるだけ。コロコロと。さしずめ、銀玉鉄砲というところだろう。玩具の。

 

「これでなぐっていいのか」

「ダメ。本来の使用方法で戦うこと」

「……」

 

 謙吾の武器が確定したところで、注目は他の三名に向く。

 

 遠山キンジは団扇を持っている。

 真人は手に妙なものをぶら下げていた。

 茶色の立派な毛皮をまとっているふてぶてしい顔を不機嫌そうに浮かべている物体。  

 

(あ……あれは!?)

 

 その正体は、

 

「……真人」

「理樹。なんだ」

「どうして猫なんか持ってるの?」

「武器だよ」

「……なんだって?」

「オレの武器だよ、わるいかあああああ。てか、どうやって戦えばいいんだよ」

 

 真人の必死の抗議に対し、寝ている恭介は顔すら上げずに平然と答えた。

 

「猫で戦うこと」

「なんでだよ!」

 

 この光景を見て、理樹はこの勝負はもらったと言わんばかりのガッツポーズを内心でしていた。敵の獲物が猫と玩具の銀玉鉄砲である以上、認められるレベルの刃物の入手に成功した彼の敵ではないからだ。喧嘩に刃物持参は卑怯以外の何物でもない。しかし、これは神聖なる勝負によって選ばれた武器だ。恭介に確認をとったが、承認とのこと。

 

「この勝負は―――――――――もらった」

 

 余裕の表情とともに、理樹は親友二人に対し、ちょっと大きめの爪切りを構えた。

 


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