Scarlet Busters!   作:Sepia

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とうとう地下施設の方が安全という事態に。
権ちゃん、沢渡さん、黒咲さんと、墓地肥やしは完璧ですもんね!

あ、とうとう100話まできました!
だから何だという感じでもありますが、ちょっとうれしかったりします。






Mission100 遺伝子の価値

 横浜駅に程近い横浜ランドマークタワー。

 その場所が理子との十字架の受け渡し場所ということになっていた。

 いくら美術館におかれるような知名度のあるものを渡すのではないものの、あくまで盗品の受け渡しということもあり理子は人目につかない場所を選んだのかもしれないとキンジは考えていた。

 

 今、ランドマークタワーの屋上には湿った海風が強く吹いている。

 周りにはフェンスないから落ちたら死ぬなーなんてことを考えていると、キンジは葉留佳を見つけた。キンジとアリア二人は、メイドの恵梨さんに案内される形で紅鳴館からタクシーに乗ってやってきていたが、まだ理子の姿を見つけることができないでいた。

 

「理子は?」

「まだ見てないけどもうじきくるんじゃない?」

「ちょっとしてアンタ一人?」

「うん」

 

 今この場に来ているのは葉留佳と奥菜恵梨、そしてアリアとキンジの四人だけだ。てっきり葉留佳は紅鳴館から去ったあと、てっきり葉留佳は来ヶ谷や理子と合流しているものだとばかり考えていたが、どうやら違ったようである。ゆえに、アリアがこの場にいると思っていた人間がいない。

 

「リズは?」

 

 メイドの恵梨さんは、来ヶ谷唯湖からの紹介だった。その彼女が今この場にいるとはいえ、後は勝手にしろとばかりに最後まで見届けずにいるとはアリアは思えなかったのだ。昔と相当性格が違ってきているとはいえ、気に入った人間に対しては割かし面倒見がいいのは変わっていないと思っていただけあって、来ヶ谷が今この場に来ていないのは正直昔からの馴染みとしては意外であった。

 

「ああ、姉御は来ないよ。姉御のことだから近くまでは来ているのかもしれないけど、この場には姿を見せないと思う。というか、板挟みになりたくなって気が変わったら嫌だから行かないって言っていた。アリアちゃん、姉御とは昔からの知り合いらしいね。けど悪いけど、姉御は今回は私の味方なんだ」

「板挟み?」

 

 一体何のことかと危機出す前に、今回の一件の重要人物の間の抜けた声が屋上に響いた。

 

「キーくぅーん!」

 

 蜂蜜色の髪を風になびかせながら例の改造制服を着た理子が二人に駆け寄ってくる。

 

「やっぱりキーくんのチームは最高だよ!理子にできないことを平然ととやってのける!そこにしびれるあこがれるぅ!」

「葉留佳。持ってる十字架さっさとあげちゃて。なんかソイツが上機嫌だとムカつくわ」

「おーおーアリアンや。チームメイトとられてジュラシーですね?わかります」

「いいから離れろ。三枝もさっさと渡してやれ」

 

 葉留佳が取り出した青い十字架を見た理子は声にならない喜びの声をあげたかと思うと、首につけていた細いチェーンに手品のような素早さで繋いでしまう。

 

「乙!乙!らん・らん・る―!」

 

 理子は跳び跳ねたり、両手をしゃかしゃかふりまわすわの最高のハイテンションぶりであった。それも理解できないことではない。母親の形見だというのなら、喜ぶのだって理解はできる。だが、生憎とキンジだって待ってはいられない。キンジだって一秒でも早く話を聞きたいということには変わらないのだ。 

 

「理子。喜ぶのはそのくらいにして、約束はちゃんと守るのよ」

 

 一人だけ目的が一早く達成され、幸せで満たされたような理子に対し、怒りモードのアリアが腕組みしてこめかみをぴくぴくさせながら釘を刺す。

 

「そうだね。それじゃ葉留佳――――――――頼んだよ」

 

 理子の言葉を受けて、葉留佳は超能力(テレポート)により一瞬でキンジの隣へと移動する。

 そして葉留佳はキンジの肩をつかんだ。葉留佳を呼ぶ理子の声は、武偵高校の人気者の明るいものではなかった。裏の、冷たい理子の声色であった。

 

「おい。何をするつもりだ」 

「……」

 

 キンジの質問には答えず、葉留佳が行動を始めた。もう一度超能力と使い、キンジを強制転移させたのだ。

 葉留佳が飛ばしたキンジの転移先はそう遠いものではない。距離だけならせいぜい三メートル程度のものだろう。ちょっとした問題を挙げるのなら、キンジの着地点にちょうどアリアがいるということぐらいか。

 

「え?ちょ、ちょっとキンジ!?」

「うわー。これまたすごい角度で落ちたものだなぁ――――。あたしとしては好都合だけどさ」

 

 当然のようにアリアを押し倒すような形になったキンジだが、ラブコメロマンの欠片もない落ち方をした。キンジの顔面はアリアのスカートに接触していたのだ。はた目から見たら、変態が小学生を無理やり押し倒してスカートから頭を突っ込んで楽しんでいるようにすら思えてくるような光景であった。当然のように、キンジは切り替わることとなる。

 

(……やれやれ。これまた一瞬でなってしまったよ)

 

 ヒステリアモード。

 葉留佳の超能力(テレポート)のようなオカルトじみたものとは違い、科学で立証されている遺伝性の獲得体質としてキンジの持つ能力。その発動条件は、キンジ自身が性的に興奮すること。

 

 

「キ、キキキキキンジッ!?な、なな、ななな何やってんのよいきなり離れなさい!?」

「ごめんねぇーキーくぅーん、アリア。理子、悪い子なのぉ。この十字架さえもどってくれば理子的にはもう欲しいカードは揃っちゃったんだぁ」

 

 怒鳴りつけるアリアに、理子はいつものよなオフザケ一つ返さない。

 たたん、たんっと、屋上のほとんど縁ともいえる場所を回り込むように、華麗な側転を切った。

 そしてキンジたちの退路を塞ぐようにして階下へと続く扉を背に立った。

 

「悪い子だ。約束は全部ウソだった、って事だね。だけど……俺は理子を許すよ。女性のウソは罪にならないものだからね」

 

 相変わらず、ヒステリアモードの時は背筋かかゆくなるセリフを平然と言っていることにキンジは自己嫌悪に陥ることになった。

 

「とはいえ俺のご主人様は理子を許してくれないんじゃないのかな?」

 

 怒りモードのアリアはショックで石化している。

 キンジはパチンと指をならすとアリアははっとして犬歯をむいた。

 その対象は理子だけではない。葉留佳に対してもだ。

 

「葉留佳!アンタ一体何のつもりなの!」

 

 そもそも葉留佳がキンジを強制的に転移なんてさせなければ、アリアがこうした痴漢被害にあうこともなかったのだ。ゆえに、葉留佳は理子に協力しているということになる。

 

「簡単な話さ。単純に利害が一致した。ほら、分かりやすいだろ?」

「どういう意味よ」

「そもそもあたしは、お前たち二人だけなら約束なんて守る気は全くなかった。ママの十字架を取り戻したら、あたしはあたしの目的を果たすだけのつもりだったんだ。最初はそれでもよかったんだが、どうしても安全圏を確保するためには葉留佳は欲しかった」

 

 理子の言う目的とは一体なんなのか、アリアには分からない。

 ただ一つ言えるのは、そもそもの前提条件となっているのは形見の十字架を取り戻すことだということ。

 そのためには葉留佳の持つ超能力は多少のリスクなんて帳消しにできるほど魅力的だったのだろう。

 なにせ、空間と空間を物理的な壁を一切無視して移動できるのだ。

 泥棒をやるなら味方にしておきたいと思うのは必然と言えるほどの能力だ。

 

「じゃあ、いっそのこと葉留佳とも取引して味方にすることにしただけだ」

「何、取引なんて言い方するほど大層なものじゃないよ。理子りんの一存で決められるものに対するちょっとした賄賂みたいなものなだけだ」

 

 取引というと何かと大げさに思えてくるが、その実わざわざ何か用意するほどのことでも、手間のかかることでもない。

 

「順番をどうするか。ただそれだけのことだ」

「順番?」

「そう。私、アリア。そしてそこの遠山君。一体誰の問題から解決するか。まだ決まっていないでしょう?」

 

 もし、一対一の取引だったらこんな問題はおきやしない。

 アリアもキンジも、そして葉留佳も理子に協力しているのはそれぞれの目的のためだ。

 決して理子の境遇の同情したから心からの協力を約束したわけではない。

 当然それぞれの立場による利害関係が出てくる。理子の身体は一つしかないのだ。どれもこれも同時にはできない。今回の作戦において正直なんの得も損もしないのは、来ヶ谷唯湖と奥菜恵梨の二人ぐらいのものだったのだ。

 

「だから、理子りんのちょっとしたお願いを聞く代わりに、私が一番最初に情報をもらう。それだけのことだよ」

「ちょっと葉留佳!それは私たちで決めることよ!」

「確かにそれが道理なんだろうね」

 

 葉留佳にとってはいち早く理子から佳奈多について知っていることを聞き出したいのは確かだ。

 アリアもキンジも、素直に話せば順番を譲ってくれるかもしれない。

 アリアの母親が置かれている境遇は聞いている。

 それだって、解決するために一番手っ取り早いことが佳奈多をイ・ウーから取り戻すことだと考えればアリアにとってもそう悪い話ではないのだ。ただそれは理子が素直に言うことを聞いてくれる場合の話。

 

「でも自分の目的のために裏切るつもりの奴相手なら、その目的を全部終わらせてすっきりさせてから後の時間を全部もらう。ねぇ理子りん。確認するけど、理子りんの目的は今この瞬間に達成されるんでしょ?」

「ああ、もちろん。すべて終わったら、あの時はああだったのだとか、起こった出来事すべてのつじつま合わせに付き合ってあげるさ。納得できるまでずっとお前と向き合ってやる」

「理子!アンタの目的って一体何なのよ!」

 

 葉留佳はおそらくすでに理子の目的というものを知っているのだろう。

 それが時間のかからないものだと分かっているからこそ、理子の提案を呑んだ。

 

「決まっているだろう?お前だってもうわかっているんじゃないか?」

 

 葉留佳がやったのはキンジをヒステリアモードへと切り替えること。

 そんなことをさせた目的は、

 

「簡単さ。あの時の続きをやろう」

 

 勿論、アリアを倒すこと。

 もともとハイジャックの際に『武偵殺し』の正体が理子であると知った時に聞いていたことだ。

 自分はオルメス4世を倒して、初代リュパンを越えたことを証明する。

 

「ま、まあ……こうなるかもって、ちょっとそんなカンはしてたけどね!念のため防弾制服を着ておいて正解だったわ。キンジ、闘るわよ。合わせなさい」

「仰せのままに」

「くふふっ。そう。それでいいんだよアリア。理子のシナリオにムダはないの。アリア達を使って十字架を取り戻して2人を倒す。葉留佳、お前たち二人はそこで見てろ。あたしがオルメスを倒す瞬間を、証人として見届けろ」

 

 葉留佳と恵梨の二人は邪魔にならないようにと、数歩後ろに下がっただけだった。

 

「アンタたちはどうするの?別に理子に加勢したいならしても構わないわよ」

「私たち二人がリズべスから受けている命は、この戦いを見届けることです。どちらかに加勢することはありません。勝負がついたら止めろとは言われてますけどね」

「そうかよ」

「そういうこと。それじゃ先に抜いてあげるよオルメス。ここは武偵高(シマ)の外、その方がやりやすいでしょ?第一お前は、エリザベスみたいな奴と違って交渉なんてものにそもそも向いてない。こっちのほうがお似合いだよ」

 

 理子はスカートからワルサーをP99を2丁取り出して、アリアも小さな手には不釣り合いの漆黒と白銀のガバメントを抜いた。

 

「へえ、気が利くじゃない。これで正当防衛になるわ。こっちも変にいいがかりでもつけられたらたまったもんじゃないしね。でも理子。風穴を開ける前に一つだけ聞かせなさい。なんでそんなモノが欲しかったの?なんとなくわかるけど……ママの形見ってだけの理由じゃないわよね?」

「―――――――――アリア。お前は『繁殖用雌犬(ブルード・ビッチ)』って呼ばれたことある?」

繁殖用雌犬(ブルード・ビッチ)……?」

「腐った肉と泥水しか与えられないで、狭い檻の中で暮らしたことあるかって聞いてるの。ほら、よく犬の悪質ブリーダーが、人気の犬種を増やしたいからって―――檻に押し込めて虐待してるって話があるじゃん?それの人間版。想像してみなよ」

 

 理子は笑っていた。でも、異様な雰囲気が漂っていた。

 理子はアリアに語り掛けているようだが、実際は違うように見える。

 

「何よ……一体なんの話よ。アンタは何が言いたいの?」

「要するに、教育と称して泥のついた靴で頭を踏みつけられたり、飢えをしのぐために食べたくもない新聞紙の紙を自分から口にしてみたり、泥水に顔を押さえつけられたまま謝罪の言葉を述べさせられたことがあるかって話だよ」

 

 理子が言っているのは過去のことなのだろう。それは分かるのに、何を言っているのかアリアはまるで理解できなかった。なのに、葉留佳はなんてことのないようにその内容を口にする。

 

「葉留佳?アンタ一体何を言って?」

「謝罪を神様が聞いてくれたら泥水がお酒に代わるんだって。だから何度でも聞いてくる。お酒になったか?お酒になったか?ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!そう何度口にしても殴られ続けたような経験があるかってことだよ。生まれてきてごめんなさいと、何度も何度も口にしなければならないことがあったかって言うことだよ。私はある。だから理子りんの怒りが理解できる。私たちは、道具なんかじゃないんだ。生まれてきたことがそもそもの罪なんてこと言われる筋合いなんてどこにもない」

「そうだ。その通りだよ葉留佳」

 

 理子は葉留佳を肯定し、突如悪魔のような表情になった。

 キンジも、そしてアリアも背筋に寒いモノを感じて息を飲み込んでしまった。

 

「ふざけんなよ!あたしはただの遺伝子かよ!数字の『4』かよ!あたしにはお母さまがつけてくれた理子っていうとっても素敵な名前がある!そうだ。あたしは理子だ!峰・理子・リュパン4世だッ!!『5世』を生むための機械なんかじゃない!」

 

 理子は途中から叫んでいた。ただし、ここにいるッ誰かに向かってではない。

 意味なんてまるでつながっていなかったし、会話だって成立していない。

 だからこそ、今の理子は言葉は彼女の感情のままに放たれていることだけは分かった。

 理子の気迫にこたえるように、海の方から雷が鳴り、アリアがビクンとすくむ。

 アリアもキンジも、理子が何を言いたいのか実感としての理解できず、ただ一人葉留佳だけは理子のことを悲しそうに見ていた。同情なんかではないのだろうが、何かしら思うところがあるのだろう。海風にはほんの一瞬だが、理子のバニラのような妖しい香りが混ざってキンジたちに届くが、それすらも不気味に思えてくる。。

 

「なんでなんなモノがって訊いたよね、アリア。この十字架はただの十字架じゃない。これはお母様が―――――理子が大好きだったお母様が『これはリュパン家の財宝すべてと引き換えにしてもつりあう宝物なのよ』ってくれた一族の家宝。だから理子は檻に閉じ込められたときにも、これだけは絶対に取られないようにずっと口の中に隠し続けてきた。そして――――」

 

 理子のツーサイドアップの髪のテールが、わささっ、とヘビのように動かし始めた。 

 伝説に聞くメデューサのような光景に、キンジは一歩退く。

 

「ある夜、理子は気づいた。この十字架は……いや、この金属は理子にこの力をくれる。それで檻から逃げだせたんだよ。この力で……!」

 

 双剣双銃(カドラ)

 アリアと同じ―――――しかし異なる意味を持つ2つ名の通り、理子は四つの武器を構える。

 

「さあ……決着をつけよう。オルメス。遠山キンジ!お前達はあたしの踏み台になれッ!あたしが自由になるために、人として生きていくための生贄となれッ!!」

 

 心のままに理子がそう叫んだ瞬間。

 バチッッッッ――――――――!!

 小さな雷鳴のような音が上がった。

 理子はその愛らしい顔をいきなりこわばらせた理子はゆっるりではあるが振り返った。

 

「……なん……で、お前が……」

 

 そう呟くことしかできず、理子はそのまま倒れてしまう。彼女が倒れたことにより、背後に立っていた相手が見えてくる。

 

「小夜鳴先生―――――――!?」

 

 そこに立っていたのは大型の猛獣用のスタンガンを持つ、紅鳴館の管理人の姿がそこにはあった。

 一瞬のためらいもなく胸元から拳銃を取り出し、倒れた理子の後頭部を狙う。

 もともと小夜鳴徹には、腕にけがなんてしていなかったかのような動きであった。

 彼の腕には今ギプスもなければ包帯もない。 

 

「おっと。全員動かないでくださいね」

「う……」

 

 小夜鳴徹の持っている銃はクジール・モデル74。

 社会主義時代のルーマニアで生産されていたオートマチック拳銃。

 

(……こいつ、ただの管理人じゃないな)

 

 小夜鳴の後ろから二匹の銀狼が現れる。それはキンジや葉留佳には見覚えがあった。

 二人がバイクで追いかけることになったオオカミをよく似ている。

 

「前には出ない方がいいですよ。今より少しでも私に近づくと襲うように仕込んでありますんで」

「よく飼いならしているな。腕のケガもオオカミと打った芝居だったってわけかよ」

「『魔の正三角形(トライアングル)』の連中が地下迷宮と錬金術師ヘルメスの存在の発覚後、私のことを探っていたものでね。ちょっとした芝居を打つ必要があったんですよ。紅鳴館でのあなたたちの学芸会よりはマシな演技だったと思いますけどね」

 

 笑う小夜鳴の足元で、片方の狼が芸をするようにテキパキと理子の拳銃やナイフをビルの縁まで運んでは眼下へと捨てていった。

 

「……小夜鳴ぃ。牧瀬君はオマエのことが胡散臭くて仕方ないって言ってたけど、まさしくその通りだったな」

「三枝さん。特にあなたは動かないで下さいね。この銃は30年前に造られた粗悪品でしてトリガーが甘いんです。つい、リュパン4世を射殺さてしまったら勿体ないですからねぇ」

「どういうこと?なんであんたがリュパンの名前を知ってるのよ!まさか……まさか、あんたがブラドだったの?」

 

 そう考えるのが自然である。なにせ理子がリュパンの曾孫だと知っているのはごく一部だけだ。理子の青い十字架がしまわれていた地下金庫の防御が事前調査より厳重なものになっていたのもそれで説明がつく。けれど小夜鳴徹は否定した。

 

「いいえ。でも彼は間もなくここに来ます。狼たちもそれを感じて昂ってますよ」

「そう。それにしても、そのブラドから理子のことも聞いて、銃も狼も借りて、そのくせ会ったことがないだなんて半月前はよくも騙してくれたわね」

「騙したワケではないんです。私とブラドは会えない運命にあるんですよ」

「あの時あんた、ブラドはとても遠くにいるなんて言ってたけど……あのあと、コッソリ呼んで立ってわけね。あたしたちを泳がしてたのは一人じゃ勝てないからブラドの帰還を待ってたんでしょ?」

 

 小夜鳴がアリアの返答にこたえる代わりに、ある話を始めた。

 

「三枝さん。ここで君に一つ補講をしましょう。この前の生物のレポートを出さなかった時の補講です」

「補講?」

「遺伝子とは気まぐれなものです。父と母、それぞれの長所が遺伝すれば有能な子、それぞれの短所が遺伝すれば無能な子になります。そして……このリュパン4世は、その遺伝の失敗ケースのサンプルと言えます。ちょうどあなたのたちのように、ね?」

 

 そこまで言うと、小夜鳴は倒れたままの理子の頭を蹴る。

 まるで、ゴミ袋を蹴るような無慈悲さであった。人を人とも思っていない。ただのサンプルケースか何かとしか見ていないのだろう

 

「……なるほど、確かに牧瀬君の言う通りだ。お前みたいのが教師をやっていたなんて笑わせる」

 

 文章には人の思想がにじみ出るものだという。

 きっと牧瀬君は小夜鳴が書いたという論文を読んでみて、小夜鳴の本性を垣間見たのだろう。

 だから全く敬意なんて払っていなかったし、小夜鳴の表の人当たりの言い笑顔を胡散臭いと言って全く信用していなかった。

 

「牧瀬紅葉さんですか。彼は非常に惜しい方と言えます。牧瀬紅莉栖という、かつて天才の名を欲しいままにした科学者の遺伝子を継いでいるため彼も科学者としては一応天才といえる才能を持っています。ですが、彼はあくまでその才能を引き継ぐことしかできませんでした。他の能力はてんでダメ。運動能力は中学生にすら勝てるか分からないレベルであり、挙句の果てに自分のことを『鳳凰院』だとか名乗るような残念な人間になってしまった。これは、いくら母親が優秀でも、どこの馬の骨とも知れぬ父親を持つと台無しになってしまうことの典型例ですね。そして、より悲惨な例がもう一つ。10年前、私はブラドに依頼されてリュパン4世のDNAを調べた事があります」

「お、お前だったのか……ブラドに下らないことを……ふ、吹き込んだのは……」

 

 足元で理子がもがきながら男喋りでうめく。

 

「リュパン家の血を引きながらこの子には」

「い……言、う、な……!お、オルメスたちには……関係……な、い……!」

「優秀な能力が、全く遺伝していなかったのです。遺伝学的にこの子は無能な存在だったんですよ。極めて希なことですが、そういうケースもあり得るのも遺伝です」

 

 言われてた理子は俺達から顔を背けるように地面に額を押し付けた。

 本当に聞かれたくない相手にそのことを聞かれた絶望的な表情だった。

 

「自分の無能さは自分が一番よく知ってるでしょう、4世さん?私はそれを科学的に証明したに過ぎません。あなたには初代リュパンのように一人で何かを盗むことができない。先代、ルパン三世のように精鋭を率いたつもりでも……ほら、この通りです。無能とは悲しいですね。ねえ4世さん」

 

 無能、4世という言葉を繰り返す小夜鳴の足元で理子は涙を溢していた。

 彼女は喉の奥から絞り出すように泣いている。

 ちくしょう、と小さな声が理子の口からこぼれていた。

 

「教育してあげましょう4世さん。人間は遺伝子で決まる。優秀な遺伝子を持たない人間はいくら努力を積んでもすぐ限界を迎えるのです。今のあなたのようにね。ねえ三枝さん。あなたならこのできそこないと同じ境遇の人間として、この事実がよく分かるでしょう?人間の価値は遺伝子で決まる。この現実を一向に認めようとしない小娘に、穀潰しの役立たずとしての経験者として教えてあげたらどうですか」

「……黙れ」

「事実そうでしょう?父親違いの双子の姉妹。半分の異なる遺伝子によって生まれた差は大きなものだった。姉は極東エリア最強の魔女とまで呼ばれるくらいの力を持っていたのに、あなたはそもそも超能力すら使えなかった。優秀な姉と比較され続けて、虐げられ続ける生活はどうでしたか?あなたはいつも、受けづいた遺伝子が逆だったらよかったと思っていたはずですよね」

「黙れッ!!!超能力?こんなものはもともといらなかった。佳奈多がいてくれれば私は幸せだったんだ。それをぶち壊したのは、オマエみたいな連中だッ!!!」

 

 葉留佳の超能力『空間転移(テレポート)』は物理的な壁を無視して空間を一瞬で移動するものだ。

 そもそも狼なんて、人質なんて葉留佳に最初から一切関係ない。

 小夜鳴が理子へと向ける拳銃の引き金を引くより。オオカミが反応して襲い掛かってくるより。

 何をしようが、葉留佳の超能力ならば常に先手を打てる。虚をつける。

 

 一瞬の空間転移で小夜鳴の前に立った葉留佳のそれと両手にはヌンチャクが強く握りしめられていた。

 葉留佳はヌンチャクで小夜鳴の持っている銃を弾き飛ばした。

 一般人に過ぎない小夜鳴に、葉留佳のテレポーターである葉留佳の動きについて行くことはできない。

 すぐに葉留佳は小夜鳴の顔面を叩き割るつもりでヌンチャクを振ったが、それが小夜鳴に命中することはなかった。

 

「!!??」

 

 葉留佳のヌンチャクによる一撃が小夜鳴に当たる前に、葉留佳自身が小夜鳴の目の前から一瞬で移動していたのだ。いや、正確に言うなれば移動させられていた。

 

「……今の、何?ウッ!何?急に目が……」

 

 似たような光景なら前にもあった。

 理子が東京武偵高校に戻ってきて、彼女がイ・ウーのメンバーだと知ったとき、葉留佳は怒りのまま理子の頭蓋骨ごと頭を叩き割ろうとして失敗した。その時は理子が佳奈多の超能力によって飛ばされて空ぶったのだが、今回はまた違う。感覚で分かるのだ。この移動は物理的なものではなく超能力によるものだが、第三者によるものではない。

 

 今のテレポートは、間違いなく葉留佳自身の超能力によるものだ。

 葉留佳の意思とは関係なく、勝手に彼女の超能力が起動してしまったのだ。

 何が起きたのかと考える暇もなく、どういうわけか葉留佳の左目が急に痛み出した。

 

「三枝……オマエ、その目はなんだ?」

「……え?何のこと?」

「まかさかお前……気づいていないのか?」

 

 鏡でもない限り、自分自身の顔は見ることができない。

 だからキンジに指摘されても葉留佳が気が付かなかったのだが、葉留佳の左目に変化があった。

 彼女の左目は―――――緋色に染まっていたのだ。

 それだけではない。葉留佳の左目を中心として、何やら紫色の紋章のようなものが葉留佳の顔の左半分に浮かび始めたのだ。

 

「――――――佳奈多がオマエに仕込んだ『空間転移(テレポート)』だ。いや、仕込んだのはツカサの相棒のあのふざけた科学者か?どちらにせよ、超能力者(チューナー)と呼ばれている連中の技術だ。佳奈多め、やはり『機関』の連中とのつながりがあったか」

 

 葉留佳の疑問に答えるように声が響いた。ただしそれは小夜鳴のものではない。

 キンジたちには聞き覚えはない声であるが、葉留佳には覚えがある声であった。

 

「今のがなければお前をやれたものを、佳奈多は余計なことをしてくれたもんだ。よほどこいつには手を出させたくないと見える」

「どうして……どうしてお前がここにいるんだっ!!アンタは死んだはずだろッ!!」

 

 簡単な話だった。

 瞬間移動超能力者(テレポーター)にならば、空間転移超能力者(テレポーター)である葉留佳に割り込める。

 小夜鳴をかばうようにして葉留佳に立ちふさがったのは、彼女が見たことがある人間だった。

 葉留佳と同じ、三枝一族の親族の一人が目の前に立っていたのだ。

 

 




個人的にいうと、理子のことを一番実感として理解できるのは葉留佳なんじゃないかって思います。アドシアード編が白雪と謙吾で対比する物語だとしたら、この章は葉留佳と理子の対比をイメージしています。二人とも後天的に超能力を手に入れてますしね。

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