Scarlet Busters!   作:Sepia

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劇場版『遊☆戯☆王 THE DARK SIDE OF DIMENSIONS』を見てきました!
なんかもう、遊戯王という作品が好きでよかったなと思わせてくれる映画でした。

昔の放送で神のカードたるオシリス、オベリスク、ラーの衝撃を受けていた時の思い出やなつかしさによる補正もあるのでしょうけど、それでも昔からずっと見てきたからこそ感動するものがありました。

遊戯王という作品が好きな人は、一度見に行くことを心からお勧めします!

それでは、新章スタート!


5章 『虚構との境界線』
Mission109 シベリアの真珠


 今更な事実だが、東京武偵高校は特殊な学校である。

 もちろん教育内容が一般学校のものとは違うということもあるが、命を扱う職業なのだ。万が一が起こらないようにと気を使える部分はすべて気をまわしておく必要があるだろう。実際その影響は様々なところから見て取れる。例えば武偵高の専属寮。

 

 一般の学校の専属寮ならば専属寮なんて多くて女子寮と男子寮の二つだけだろう。

 

 だが、東京武偵高校は寮の数からして一線をなしている。

 

 イギリス公安局のエリート武偵としてその名を轟かせたアリアに強襲科アサルトのVIPルームが貸し出されていることや、学校の応接室にも似た立派な部屋を無償提供されている『魔の正三角形(トライアングル)』の連中があくまでその能力の優秀さゆえの例外だとしても、理樹や真人、そしてキンジが暮らしている四人部屋があるのはあくまでの探偵科(インケスタ)の男子寮の一室でしかないことを考えたらその規模大きさが分かるだろう。

 

 東京武偵高校の全生徒の数と比較すると、寮の数が多すぎるのだ。

 

 しかも東京武偵高校は全寮制の学校ではない。

 アリアの戦妹アミカのあかりのように、東京武偵高校までバス圏内である場所に立地するアパートに暮らしている人間もいるし、あかりの友達の佐々木志乃のように実家から通っている人だっている。

 

 別に学校の寮に入ることは強制ではないのだ。

 もちろん寮に入ると、仕事を仲介している自治体ともいえる寮会と面識が持ちやすいから仕事を指名で受けやすくなるといったようなメリットがあるものの、それでもお金のない全員が全員寮入りを希望するわけではない。そうなると、実は四人部屋に一人で暮らしているというような贅沢なことができることもあるのだ。二年Aクラスに所属している探偵科インケスタの人気者の峰理子も、実はそんな贅沢をしている一人だった。

 

 寮会の方で申請すればルームメイトを決めることもできる。

 

 理樹と真人なんて真っ先にルームメイトとして互いを指定する要望を寮会で二人で仲良く出しに行ったものであるが、武偵としてのパートナー同士であればこの人と一緒に生活を送りたい!などとしてルームメイトの要望を出すことは割と多いのだ。戦姉妹(アミカ)の契約の伝統としてまずは部屋のカギの交換から始めるものとされているように、ルームメイトというのはそれだけ重要な存在なのだ。互いに武偵としての技術を教えあう機会だって増えるし、ちょっとしたことを頼みやすくもある。ゆえに探偵科(インケスタ)のAランク武偵であり、なおかつ二年Aクラスでの人気者である理子をルームメイトにしたいという要望が殺到したものだが、それでも彼女が四人部屋に一人で住んでいるのは彼女がそもそもルームメイトなんて取ろうと思わなかったということもある。もちろん理子が一人部屋でも二人部屋でもなく、人数の関係で浮いた四人部屋に一人入ることになったのは寮会での担当者が理子のイ・ウーでの同期でもある佳奈多だったからということもあるだろう。それでも理子は自分のプライベートの空間には自分が認めた人間しかいれたくないと考えるタイプのため、理子の部屋にはやってくるのは彼女が心から信頼している人間しかいないのだ。

 

 そんな人間の一人である、ジャンヌ・ダルクは今理子の部屋にあるリビングのソファに腰かけながら苦しい顔をしていた。

 

「……理子」

「…………」

「……理子よ、聞いているのか」

「………………」

「理子!」

「え、あ、うん、どうしたの?」

「どうした、ではないぞ。お前こそ一体どうしたというのだ。お前、この前からなんだか変だぞ」

 

 ジャンヌが今からしようとしている話は割とまじめな話だ。

 ぼんやりと虚空を見つめているような感じで聞き逃してほしくはなかったため、理子を呼び止めてみたがいまいち効果があったのか分からない。理子がこの間から何か考えているのか知らないが、ぼんやりしているようにしかジャンヌには見えなかったのだ。

 

「そ、そう?」

「お前とブラドの関係は私も知っている。ゆえに、ブラドが倒れた今お前に思うところがあることも理解しよう。だが私たちはブラド討伐という大きな目標を達成したと同時、心強い味方を失うこととなった」

「あぁ、佳奈多ね」

「そうだ!こともあろうにあいつは、このイ・ウーの転換期に忽然と行方をくらました!我々は、パトラに対する最大の抑止力を失ったも同じなのだ!」

「………」

「聞いているのか理子!佳奈多が姿を消したことの意味が分からないわけではないだろう!」

 

 ジャンヌはいたって真剣にイ・ウーの未来を案じている。他人事ではなく、最終的には自分に降りかかってくることだと思っているからこそ打てる手は今のうちに打っておきたい。なのに、ジャンヌが信頼しているはずの仲間である理子は、大して気にもしていなかったようであるばかりか、最近ぼんやりとしていることが多い。理子がそんなでは困るのだ。

 

「佳奈多がいなくなった以上、もうあいつを次の『教授(プロフェシオン)』にすることはできなくなった」

 

 イ・ウーの『教授プロフェシオン』とはすなわち、イ・ウーのリーダーのこと。

 佳奈多は次のイ・ウーリーダーの候補者の一人であったのだ。

 大きな理由としては二つある。

 まず佳奈多は強かった。それが大きな理由の一つだろう。

 本人が言うことには超能力は弱体化しているとのことであるが、それが今の佳奈多が弱いということは意味していない。極東エリア最強の魔女と呼ばれて知る人には恐れられているが、そう呼ばれ始めたのは佳奈多がイ・ウーに入った後のことだ。最初の佳奈多をそう呼んだのは確か諸葛だったかとジャンヌは思い出す。いい迷惑だと佳奈多が言っていた気がする。ともあれ、佳奈多がイ・ウーの荒くれ者たちを束ねられるほどの強さがあった。それがまず一つ。

 

 そして佳奈多がイ・ウーの次期リーダーの候補となった一番大きな理由は、佳奈多自身の性格にあった。

 

 自分の親族の人間をただ一人を除いてその手にかけた魔女。

 そんな前評判からは想像できないほどに穏やかで、それでいてやる気が全くないような人間だったからだ。

 

 つまり、何をしようとしてもあれやこれやと何かと口出ししてくるような人間じゃない。

 規律やら規則やらを強いるようなことはないだろう、というのも大きな理由となっていた。

 制限からの解放という意味での自由を求めるなら必要なことなのだ。

 ただ自分の力を磨きたいと考えるイ・ウー研磨派(ダイオ)の連中にとって、これほど都合のいい人間はいなかったのだ。

 

 ただ佳奈多本人が嫌だというから決定的になっていなかっただけで、実のところ佳奈多を推薦していた人間は結構いたのだ。

 

 かくいうジャンヌもその一人だし、理子だってそうだ。

 理子も佳奈多にイ・ウーの次期リーダーになってほしいと考えていたはずだとジャンヌは確信している。

 理子にとっては佳奈多がブラドに対抗できる人間だったから縋りつきたかったというものあるだろうが、何よりも仲がよかったからそうなってくれたら都合がいいということもあった。佳奈多が何と言おうとも、ジャンヌとしては何とか策を考えて佳奈多をイ・ウーの次期リーダーの座につかせるつもりだったのだが、当の本人が失踪したことによってその計画は白紙にならざるをえなくなった。

 

「それに佳奈多の失踪とほぼ同時期にリサとも連絡がとれなくなっている」

「そうなの?」

「ああ。リサも佳奈多と同じく他薦で候補者に挙がっていた人間で、本人はやりたくないって言っていたからな。ただ、どうにも時期が気にかかる。ひょっとしたら佳奈多がリサを連れ出したのかもしれんな」

「まぁ、少しの間でも隠れて暮らすことを考えたらリサがいてくれたら心強いからね」

「ブラド、佳奈多、そしてリサ。一夜にしてイ・ウーの次期『教授(プロフェシオン)』の候補者が三人も消えた。これは大きな問題だ。我々は今後のことを決めなければならない。……まったく、佳奈多はものすごく大きな亀裂を残していってくれたものだ」

 

 イ・ウーのリーダーともなれば、学校の部活の部長を務めるのとでは意味合いが違い過ぎる。

 ジャンヌや理子にリーダーが務まるのなら何の問題もない。

 だがどうにもあの連中をまとめ切れるとはとてもじゃないが思えないのだ。

 誰でもいいというのなら誰か任命できるだろうが、そうなるとどのみち自分たちにとっていい未来は訪れる気がしない。理子やジャンヌにとっては佳奈多が今もまだいてくれたらそれでイ・ウーの問題はすべて解決していたのだが、あいにくともう佳奈多は頼れない。不満げなジャンヌとは違い、理子はこんな現状を作った佳奈多に対して恨み言も一つとしてわいてこなかった。

 

(……でもまぁ、佳奈多にとってはこうなってよかったとは思うよ)

 

 どちらかというとどこか祝福している自分がいるような気が理子にはしていたのである。

 これをいうと葉留佳あたりは本気で憤慨してくるだろうし、ジャンヌだって文句の一つぐらい言うかもしれないが、本心なのだから仕方がない。

 

 もし、あの夜にブラドが現れなかったら。

 もし、ブラドと一緒に三枝一族の親族が葉留佳の前に姿を見せなかったら。

 もし、あの夜に佳奈多が葉留佳に本心を伝えていなかったら。

 

 理子は当初の予定通り、十字架を取り戻した後でキンジとアリアに戦いを挑んでいただろう。

 その戦いの結果がどうであろうと、その後葉留佳との約束通りに佳奈多に関する情報を流していただろう。

 

 ―――――――そして、葉留佳は理子から真実だとして嘘を知らされることになっていただろう。

 

 とはいえ理子が佳奈多に関して何も知らないからでっちあげで葉留佳に協力させていたのではなく、理子の真意は佳奈多との約束を守ることにあった。

 

『……ホントにそれでいいの?』

『それでお願い。いい加減、葉留佳には私のことをあきらめてもらわないといけない。このままではあの子はイ・ウーにかかわるものすべてを標的にして、いずれ危険視され狙われかねない。そうなったら、この私がわざわざ超能力をわけてあげた意味がなくなる。あの子がどんな感じになっていくのか、私はまだそれを見ていたいのよ。私が完全な超能力者(ステルス)として覚醒するには、あの子の超能力が成長してもらわないことにはね』

『………佳奈多、お前』

『なに?』

『いや、なんでもない』

 

 葉留佳はイ・ウーを憎んでいたし、イ・ウーを潰すことこそが佳奈多を取り戻すための最善の方法であると信じていた。だが、佳奈多にとってはそれでは困るのだ。佳奈多にとってイ・ウーにはそれほどの価値を見出していない。佳奈多にとっての一番は葉留佳であり、だからこそイ・ウーにかかかわっては欲しくなかった。いくらいくつも手を打っておいたとはいえ、殺されそうになっていて反撃をしない相手はいない。葉留佳を狙おうとする人間がイ・ウーにはいなくてだ。葉留佳がイ・ウーのメンバーを狙った際に、相手が殺されそうになって反撃しないとは限らないのだ。

 

 ゆえに、佳奈多は葉留佳に自分のことをあきらめさせようとしていたのだ。

 

『そう心配しなくても大丈夫よ。今の葉留佳ならはきっと食いつくでしょう。来ヶ谷さんが一緒にいるなら彼女の動向が気にかかるけど、あの人は変に利用しようとさえしなければ何も心配いらないわよ。いいビジネスパートナーになってくれるはず。実際にあってみて、思っていたよりもずっと話しやすい人だった。どういう嘘を真実として葉留佳に渡すかは私の方で考えてあるからうまくいくと思うわよ』

 

 葉留佳なんてどうでもいい。あの子が生きているのは、私が完全な超能力者(ステルス)として覚醒するには必要なことだからだ。佳奈多はそんな風に言って、葉留佳のことは単なる気まぐれ程度の興味しかないと理子に言っていたが、理子はというと佳奈多の中から葉留佳への痛いほどの愛情が見え隠れしているように見えたのだ。

 

(佳奈多。葉留佳に興味がないっていうなら、どうしてイ・ウーの『教授(プロフェシオン)』になることを頑なに拒んだんだ?あんなに嫌がったのは、そうなってしまったらもう本当に身動きが取れなくなると思ったからなんだろ?)

 

 本当に葉留佳に興味がないなら放っておけばいい。

 その結果、葉留佳がイ・ウーの誰かに返り討ちにあったとしても別にいいとでも言い切ればいい。

 それができなかったのは、佳奈多の心のどこかであきらめきれていなかったからだろう。

 おそらく、佳奈多はその気さえあれば次期『教授(プロフェシオン)』になれたと思う。

 今となってはの想像になるが、佳奈多には公安の仲間たちからイ・ウーの『教授(プロフェシオン)』となってイ・ウー内部を掌握するように言われていたのではないかとも思う。

 

 ただ、そうなってしまったら二度と葉留佳と普通の姉妹のように暮らすことなどできはしない。

 

 親族たちをその手にかけ、イ・ウーの一員となったその瞬間から葉留佳のことは諦めたようなことを佳奈多はいっていたが、その実どう自分に言い繕っても諦めきれないという矛盾を抱えて生きていたようにも見えるのだ。おそらく、気づいているのは友達としてプライベートでも長く付き合ってきた理子一人。

 

(そんな思いが奥底にあるのなら、そりゃカナと佳奈多は決して相いれない存在になるよね……)

 

 だから、これでよかったとしておこう。

 イ・ウーのメンバーとしてはいいことなんて何もない。

 心強い仲間はいなくなり、今度の方針すら見直す必要が出てきた。

 ジャンヌじゃなくても文句の一つでも言いたくなる。

 

 でも、イ・ウーにおいての一番の友達としての立場から言わせてもらおう。

 これで、よかったんだ。

 

 だが理子の思いとは別に、現実は非情だ。

 現実はいい方向にも確かに変わる。だが悪い方向にも事態が次々と変わっていくもの。

 ブラド、佳奈多、リサと影響を持つ人間が一度に三人も消えたら絶対にどこかに影響してくるはずだ。

 

「理子。我々イ・ウー研磨派(ダイオ)は、最悪主戦派(イグナティス)との全面戦争も考慮に入れなければならない。今後は常に注意を向けておく必要はあるだろうな」

「でもパトラはすぐには動かないだろうね。パトラこそ佳奈多の動向を一番気にするだろうし」

「あぁ、パトラに限らず大抵の組織はしばらくは様子見をするだろう。だが、ここぞということで一気に動き出す組織があってもおかしくはない」

 

 そうだね、と同意しつつも理子は心の中では願う。

 今は時間が欲しいのだ。

 今度のための準備期間としてではなく、過去を振り返り自分を見つめなおすための時間が欲しい。

 ブラドという脅威から解放された理子だけではなく、きっと佳奈多だって思うところがあるはずだ。

 

 だから願う。

 

――――――どうか、しばらくは何も起こりませんように。

 

 

 

 

              ●

 

 

 自分を見つめなおしたい。

 後悔していることがある人間ならば一度は考えることだと思う。

 

 昔、自分はどうするべきだったのか。そして、これからは何をしていくべきなのか。

 

 考えても考えても答えが出ないときは、自分の価値は一体どのようなものなのだろうか、なんてネガティブなことを考えることもある。それがいわゆる思春期特有の病気にも似たものであるかもしれないし、一生をかけても得明かすことができない命題なのかもしれない。

 

 自分が一体何者なのかを知りたい。

 

 そんな風に思うのは人として生きているの以上は決して悪いことではないが、それでいわゆる自分探しの旅に出かけようとか思う人間は間違いなく恵まれた人間ではあるだろう。なにせ生きていくためにはお金がいる。ちょっとした旅行であったとしてもお金を貯めてようやくできることであり、気軽にどこにでもいけるわけがない。本当に余裕のない人は日々生活していくためのお金を稼ぐために働いて、旅をしようなんて考えることもできないはずなのだ。

 

「ここに長居はするつもりはなかったのに、結構いてしまったわね」

 

 ロシア連邦のバイカル湖。世界最古、世界一の透明度、世界一深い湖、と3つの世界一を持つ巨大な湖。

 世界に20箇所程度しかない10万年以上の歴史を持つ古代湖の中でも最古の湖とされ、シベリアの真珠とも称されるその湖を眺めている一人で見つめている少女も、余裕のある旅人の一人だった。

 

「こんなにも美しい湖なのに、何十万もの死者の魂が眠る場所であるのね」

 

 20世紀初頭にロシア革命の際、新政権を握ったソビエト政府の革命軍たる赤軍の手から逃れてきた帝政ロシアの復活を目指した白軍は、追い詰められて真冬の凍ったバイカル湖を渡ろうとしたという。しかし、そこに大寒波が襲い、25万人もの人々全員が凍死してしまったとされている。やがて春が訪れ、氷が溶けると、25万人の死者たちは深い湖の底に沈んでらしい。

 

 白軍50万人と、帝政時代の貴族、僧侶などの女性や子どもを含む亡命者75万人、軍民合わせて総勢125万人。8000キロもある広大なシベリア横断としての東へ東への大移動。

 

 季節は冬。気温は毎日氷点下20度を下回り、激しい吹雪などで凍死者が続出。20万の人間が一晩で凍死した日もあったらしい。それでも死の行進は休むことなく続けられ、3ヵ月後には125万人がたった25万人となってしまったという。燃料、食料も底をつき、運搬用の馬も次々と倒れた。

 

 125万もいた人は、バイカル湖につくことには25万しか残らなかった。

 

 その生き残りにしても、バイカル湖という最終的な壁が立ちふさがる。前代稀に見る激しい寒波が彼らを襲い、猛吹雪により気温は氷点下70度まで下がり、一瞬にして意識を失うほどの強烈な寒さだったらしい。人々は歩きながら次々と凍っていき、そして死んでいった。もはや湖面上に生きているものは存在しなくなったという。

 

 バイカル湖の湖面にて、白軍は全滅したのだ。

 

「何人もの、何十万人もの仲間や同胞を失いながらも歩き続けた彼らは、最後は一体どんな思いをしていたのかしらね。自然の力という運命にも近い暴力の前にあらがう気持ちもなく心が折れて死んでいったのか、それともそんな運命を強いた神様を憎みながらも最後まで戦い続けたのかしら」

 

 少女は過去の歴史を聞いて、その当事者のことを想う。

 

「いや、戦ったに決まっているか。世の中には理不尽なこと、どうしようもないことばかりだけど、それで自分がすべてをあきらめていいはずがない。諦めていたのなら、生きようと必死にこんなところまではやってこないでしょうね」

 

 その少女がこの湖に立ち寄ったのは、たまたま近くに来たから有名なところだし見ていこうかというような気まぐれ程度のことだ。なにせ、ツアーガイドも時間的なリミットもなったくない正真正銘の一人旅。大学生はおろか、まだ高校も卒業していないであろう年頃の少女にはあまりにも無謀ともされる行為であったが、彼女はそのことに関しては気にもしていなかった。今日の寝床は最悪野宿でもいいかな、なんてことを平気で考える少女である。

 

「さて、これからどうしようかしら」

 

 スケジュールという名の時間的な制約のない旅をしている彼女にとって、目的地など存在しない。最終的に帰るべき場所がはっきりしていても、その途中にどこにいくかは全く決まっていないのだ。

 

「自分探しの旅をしてみる、なんて言ってはみたけど、一度帰ってみるのもいいかもしれないわね。そろそろハートランドがリニューアルオープンするはずだし、あいつらの顔でも久しぶりに見に行くか。あたしがいないからってたるんではいないでしょうね」

 

 地元の住人とはた目からみて何も変わらないように、地域ごとに衣装を変えながら世界を回っていた彼女であったが、彼女は一度自分の故郷へと戻ることを考えた。旅を辞めるつもりはまだない。見つけようとしていた自分の答えはまだ見つかってはいない。それでも一度、自分の本来いるべき場所に帰ってみるのもいいかもしれないと考えていた。

 

(かなでちゃんは気にしていないって言うのでしょうけど、あたしも胸を張ってあの子の友達だって言える日がくるのかしらね)

 

 ああだこうだ考えていても仕方がない。

 目的地なき旅人にとって必要なことは決断力だ。

 いつまでも考え込んでいては時間ばかりが過ぎていく。

 

「さて、一度帰ろうか。……っていっても、ここには地図みながら一人で来ただけだし、周りにも人がいないから空港の場所もよく分かっていないんだけどね。あーあーめんどくさい。誰か人がいないかしら」

 

 バイカル湖は観光地。

 一日でいくつもの観光ツアーの団体が訪れているが、バイカル湖は広いのだ。

 日本において最も広い湖たる琵琶湖のおよそ46倍もの大きさを誇るバイカル湖は、見ている分には海となんら変わらない。どこかで今この湖を眺めている人がいたとしても、同じ場所から見ているとは意味しない。場所によっては、自分一人だけの絶景として眺めていられる場所でもある。 

 

 せっかくだからもうちょっと眺めていてもいいかななんてことも思い始めた旅人の少女であったが、自分のいる方向に急速に接近してくる集団の気配を感じ取った。

 

(……車、じゃないわね。気配は10、20、……ううん、もっといるわね。大体30人くらいかしら)

 

 自分に接近してくる気配は、その存在を隠そうとでもしているのか音一つとして極力避けようとしているように見えた。大声で笑いながら歩いてくる集団がいたのなら、家族でピクニックか旅行にでも来たのだろうなとほほえましくも思うが、こうも気配をひそめながらも高速で接近してきているとなると、どうにも警戒しようとするのは自分の性分なのだろうか。

 

「…………」

 

 念のため背中に隠している軍用ナイフに手を伸ばしていると、ちょうど接近してきた集団が現れた。

 人数は予想通り30人程度であり、全員が女性であった。

 彼女たちは見た同じような格好の服装を着ていて、同じ紋章が服に刻まれていた。

 鉤十字。厳密にいえば逆鉤十字旗の下に、それに敬意を払うように控えめに掲げられた旗がもう一つ。

 赤地に白い盾、そしてその盾の中には獅子のような荒ぶる黒い獣の姿がそこにはあった。

 たしかあの旗は、

 

(……魔女連隊(レギメント・へクセ)の紋章?)

 

 あれは魔女連隊(レギメント・へクセ)と呼ばれている、超能力を操る特殊部隊が用いていたものだったはず。

 こんな場所に一体何をしに来たのだろうかと旅人の少女は思っていたが、魔女連隊の目的がこのバイカル湖にあるのではなく、自分にあることを教えられることになる。

 

「仲村ゆりだな?一緒に来てもらおうか」

「………よくもまぁ、あたしがここに来てるってわかったものね」

「お前に拒否権など無い。抵抗しなければ手荒なことはしない。おとなしくしていろ」

「嫌よ。それに、あなたたちこのあたしを見くびっていないかしら」

 

 魔女連隊はその名の通り、魔術を操る魔女が集まっている。

 ゆり、と呼ばれた少女の目の前にいる30人あまりの人間は、全員が魔術師か超能力者(ステルス)だとみてもいいだろう。

 

 それにくらべ彼女は一人。

 絶対的な戦力差のはずなのに、ゆりは軍用ナイフを右手でくるくると回しながら宣言した。

 

「あたしに何のようがあるのか知らないけど、まぁいいわ。来るなら来なさい。全員叩きのめしてあげる」

 

 シベリアの真珠とまで称されているバイカル湖。

 その場でのとある一戦が、二つの組織の抗争の引き金を引くことになるとまだ誰も知らなった。

 

 




もうちょっとしたらあの連中が本格登場してくると思います。

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