Scarlet Busters!   作:Sepia

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Mission11 依り所の喪失者達

 

ヒステリア・サヴァン・シンドローム。

この体質を利用して、遠山一族は代々正義の味方をやっていた。

時代により職業は異なっていたが、いつだって弱いもののために戦い続けてきたのだ。

キンジが尊敬し憧れた大好きな兄だって正義の味方であり、人生の目標となる存在だった。

 

『いつか俺も兄さんみたいに――――』

 

大好きだった。自慢だった。いつか兄さんと一緒に、正義の味方として困ってる人を助けるんだ。そんな思いとともに、キンジは自分から喜んで武偵高の強襲科に入学したのだ。中学時代にはトラウマになることもあったヒステリアモードであるが、キンジは前向きだった。

 

『兄さんは使いこなしてるんだ。俺だって―――』

 

むしろ、兄と同じ体質であることが唯一無二の兄弟である証明だとも捉え、そう考えると自然と頬は緩んでいた。しかし、遠山キンジが高校一年生の冬。まだ強襲科(アサルト)にいたころにとあるニュースが流れた。

 

豪華客船、アンベリール号が沈没したという事故だった。

 

なんの関係のない事件だったら、そうかの一言で片付けられたかもしれない。

けど、遠山キンジには人生を左右することが起きる。

彼の最愛の兄がアンベリール号に武偵として乗り込んでいて、命を張って乗客を安全な場所まで避難させた。船が沈没してしまうという緊張状態の中、兄はただ一人現場で戦い、命を落とした。兄は全員を退避させるべく、最後までアンベリール号にいて、結果、逃げ遅れて帰らぬ人となった。

 

(・・・・兄さん)

 

最愛の兄を失った。彼の不幸はそれだけでは済まなかった。

 

『武偵なんだから、事件を予め防いで欲しいものですね』

 

問題が起きたら責任を取らされる者がいる。今回の事件の責任は誰にいきついたか?

無情にも人を助けるために命を落とした英雄に非難の声は向けられた。

 

『やはり、武偵は無能なのでは?』

 

止めろ!兄さんはあんたたちを守るために命を落としたんだぞ!

『被害者に謝罪の言葉は無いんですか!?』

 

 あんたたちには俺がどう見えるんだ!

 俺がいま持っている兄さんの葬儀のための写真が見えないのか!?

 

 『謝罪も無しとは・・・このような世の中は間違ってますね』

 

 マスコミの報道。社会からの非難の声。俺を社会のゴミだと哀れむような視線。

 ・・・やめてくれ。やめてくれ!――――やめ

 

 

 「「――――筋肉っ!!」」

 「ぐわっ!」

 

 ルームメイト二人(馬鹿)に一撃を与えられ、キンジは目を覚ます。

 

 (・・・またあの時の夢か)

 

 気づけば馬鹿二人は心配そうに覗き込んでいた。

 

 「遠山くん、大丈夫?汗だくだけど」

 「ああ、ありがとう」

 

 キンジはまた自分がうなされていたのだと理解した。おそらく、心配した二人が俺を悪夢から解き放とうとしたのだとも。ルームメイト二人はキンジの過去を知っている。キンジが探偵科になってから、この部屋にやってきたのだ。移転のいきさつは分かってる。キンジが何にうなされたか?二人がその答えを出すのに苦労はしなかった。

 

 (ほんと、感謝してる)

 

 キンジは移転のいきさつから彼らに感謝している。ただ何も言わず、何も聞かすに馬鹿やっていたが、それがありがたかった。

 

 (今は何時だ?)

 

 今の時刻は午前6時。起床しても悪くない時刻だった。

 

「遠山。とりあえずシャワーを浴びとけ。ほら、タオルは用意しておいたから」

「・・・ありがとう。直枝、井ノ原」

 

 馬鹿だが不器用なルームメイトたちに礼をいい、お言葉に甘えてシャワーを浴びさせてもらう。

春とはいえ午前6時はまだ寒い。汗もかいたし、温かいシャワーが恋しかった。キンジは促されるままバスルームに向かう。

 

 

 

         ●

 

 

 

『あれ?真人。今月のガス代払ったっけ?』

『いつも払ってるだろ?理樹が』

『今月は確か何かあった気が・・・』

『あぁ?何言ってんだよ理樹。神崎を追い出す作戦に・・・・』

『『あ』』

 

 

 

         ●

 

 

 

 キンジは馬鹿二人に感謝しつつも今だ今ひとつの体を動かし、シャワーを浴びようとし、

 

(・・・ああ。温かいシャワーが愛しいな)

 

 6時の寒い中、冷水の直撃を浴びた。

 

 

 

        ●

 

 

 

「お前ら!なんの嫌がらせだっ!」

 

 温かいシャワーを浴びようとして不意打ちを食らったキンジはリターンした。

 馬鹿たちは顔を見合わせ、

「遠山君。そういや言い忘れてたんだけど」

「なんだ」

「今ガス止められているから水しかでない」

「なんでそうなった!?」

 馬鹿たちは土下座にトランスフォームして、

 

「アリアさんを追い出そうと、僕らは考えたわけだ」

「何を?」

「アリアさんを追い出すには、この部屋を使えなくしたらいいんじゃないかなって。この間真人と徹夜で考えたんだけど、どう?」

 

 どう?じゃない。作戦としてはありかも知れないが、その後住めなくなることを考えていなかった。

とは言えこの部屋の主は土下座なのでそこまで責められない。

二人の土下座のうち、筋肉は体型を土下座から筋トレにまたまたトランスフォームして、宥めるように言った。

 

「まあ落ち着け遠山。まず、手や足に水をつけてから、徐々に心臓へと――――」

「誰が冷水シャワーの浴びかたを言えと言った!?」

「何熱くなってんだ?そうだ、冷たいシャワーを浴びて冷静になるばいいんじゃないか?なぁ理樹」

「うん。真人の言う通りだ――――」

「浴びたから熱くなってんだわかれ馬鹿!」

 

 前言撤回。感謝してるがこいつらが馬鹿であることを考慮するのを忘れていた。けど、

 

(・・・・?)

 

 馬鹿二人は笑っていた。なんだ、と、不機嫌に問うと、

「遠山くん。すっかりいつもの調子に戻ったね」

「あぁ、一安心だ」

 

 こんな二人をみて、怒る気も正直起きなかったキンジは、

 

(あぁ。なんだかどうでもいいや)

 

 気持ちが少しすっきりした気がした。そのことだけは感謝しておこう。そして今は、

 

「あれ?どこ行くの?」

「また一眠りする。寒くてかなわん」

 

 あまりの寒さに凍えそうだ。シーツは代えてくれたようだし、本日は休日だ。また眠るとしよう。

今度は気分よく、悪夢に悩まされることなく眠れる気がした。

 

 

 

             ●

 

 

 気持ち良く眠れた。

 

 せっかくだから外を出歩くのもいいかもしれない。ルームメイト二人はガス代払いに出かけたが、キンジにはやることがこれといってなかったが、とりあえずぶらぶらする。その帰りに知った顔を見かけた。

 

(・・・? 何をしてんだ?)

 

そう、アリアを見かけた。あいつとはもう関わらない。関わりたくもない。

そう決めていたはずなのに、なぜだかアリアのことが気になってしまった。

なにしろアリアは私服で白地に薄いピンク柄の入ったワンピースを着ていたのだ。

 

(・・・デートか?)

 

柄にもなくそんなことを考える。第一アリアがデートだとしても俺には関係のないことなのに。

いつの間にか追跡していた。これをストーカーと社会では表現されるような気もするが気にしないで置こう。アリアは電車に乗り新宿で降りた。

 

(・・・ちくしょう。何言ってんだかな・・・)

 

別にキンジはアリアの恋人であるわけでも、来ヶ谷のような昔からの顔馴染みであるわけでもや好きな相はいのに。そのままストーカーは己の行動を変更することもなく時間は流れ、ある場所にたどり着いた。

 

(新宿警察署? 何でこんなとこに・・・)

 

 武偵と警察は『犯罪者と戦う』という点において同じ目的を持つことから仲がいいと世間的には思われるが、実際はそうではないのが。風紀委員とかは同じ武偵からにすら『国家の犬』とまで蔑まれた目で見られている事実があることは否定はできない。だから、警察所に顔を出すのは風紀委員や図書委員みたいな特殊な立場にいる人たちぐらいなのに・・。

 

「下手な尾行ね。しっぽがちょろちょろ見えてるわよ」

 

 突然会話が振ってきた。

 振り返らずにいきなり言ってきたアリアに対し、キンジは負け惜しみを言うように、

 

「自分で探るのが武偵だろ?」

 

 それらしいことを言っておく。

 

「教えるかどうか迷ってたのよ。あんたも『武偵殺し』の被害者だから。・・・でも、ここまで来たらもうしょうがないわね」

 

 なんなんだと思いながらもキンジは警察署にアリアに続いて入っていった。

 

 

 

 

           ●

 

 

 

 

 遠山キンジが行き着いたのは留置人面会室だった。だれだ?と思ったが、すぐに知ることとなる。

 

「まあ、アリア その人は彼氏さん?」

「ち、違うわよママ」

 

 アリアの母。どちらかといえばお姉さん見たいな感じがする女性だった。

 

「じゃあ、大切なお友達かしら? へーえ、アリアもボーイフレンドを作るお年頃になったんだ。友達を作ることも下手だったアリアがねぇ。前に同姓のお友達ができた時のはしゃぎ様は今でも覚えているわ。喧嘩別れしたとか聞いたけど、仲直りはできたの?」

「いつの話をしてるのよ、ママ」

 

 それに、とアリアは前置きして、

 

「違うの!!こいつの名は遠山キンジ! そういうのじゃないわ絶対にっ!!」

 

 俺はどんな風に思われているんだろう?そんなことを考えつつ、キンジはアリアの母と目が合い、

 

「・・・キンジさん初めまして。私はアリアの母で神崎かなえと申します。娘がお世話になっているそうですね」

「い、いやぁ」

 

 口ごもってしまう。俺の社会適応能力値が低いことがうやまれる。

 しかし、アリアはそれを無視するそうに、

 

「ママ、時間が3分しかないから手短に話すけど、こいつは武偵殺しの3人目の被害者なのよ。一応被害者はこいつだけじゃないけど、先週武偵高で自転車で爆弾を仕掛けられたの」

 

 間抜けな話だった。何回聞いてもそう思うだろう。

 

「・・・まあ・・・」

 

 かなえさんは表情を固くし、

 

「さらにもう一つ、奴は一昨日バスジャック事件を起こしてる。奴の活動は急激に活発になってきているのよ」

 

 それはつまり?

 

「――――――ってことはもうすぐ尻尾を出すはずだわ。だから、あたし狙い通りまず武偵殺しを捕まえる。東京にリズが来ていることも幸いだわ。奴の件だけでも無実を証明すればママの懲役1064年から942年まで減刑されるわ。他の事件も最高裁までにはあたしが全部なんとかするから」

 

 事実上の終身刑。かなえさんに課せられた罪名。

 けどそれは冤罪で、

 

「そして、ママをスケープゴートにした『イ・ウー』の連中を全員ここにぶちこんでやるわっ!!」

 

 アリアの決意は横から見ていても分かるくらいだ。けど、母はそんな娘を落ち着かせるように、

 

「――――――アリア。気持ちは嬉しいけどイ・ウ―に挑むのはまだ早いわ―『パートナー』は見つかったの?」

 

 彼女は詰まった。そしてキンジも。

 彼は彼女に期待されながらも、ただ傷を与えるだけだったから。

 

「それは・・・どうしても見つからないの。 誰も、あたしにはついて来れなくて・・・」

「駄目よアリア。あなたの才能は遺伝性のもの。でも、あなたは一族のよくない一面 ――――――プライドが高くて子供っぽい一面も遺伝してしまっているのよ。かつてイギリスにいた頃に唯一の友達と大喧嘩したのを忘れたの?アリア、あなたはこのままでは半分の能力も発揮できないわ。あなたにはあなたを理解して、あなたと世間を繋ぐ橋渡しができるようなパートナーが必要なの。適切なパートナーはあなたの能力を何倍も引き出してくれる。曾お爺様にもお祖母さまにも優秀なパートナーがいらっしゃったでょう?」

 

 母親の言葉は素直に娘に届くものだ。

 

「・・・それはロンドンで耳がタコになるぐらい聞かされたわよ。いつまでもパートナーを作れないから欠陥品とまでいわれて・・・でも・・・」

「人生はゆっくり歩みなさい。早く走る子は転ぶものよ」

 

 慌て急いでいるアリアとは違いmかなえさんは落ち着いていた。

 その瞳は最愛の娘だけを見据えていた。

 

「・・・ママ・・・」

 

 そこに。

 

『神崎。時間だ』

 

 管理官が時間を見ながら告げる。実に機械的な口調だった。

 

「ママ、待ってて!必ず公判までに犯人は全員捕まえるから」

「焦っては駄目よアリア。あたしはあなたが心配なの。1人で先走ってはいけない!!」

「やだ!あたしはすぐにママを助けたいのっ!!」

「アリア!私の最高裁は弁護士先生が必死に引き延ばしてくれてるわ。おなたの古いお友達が昨日来て、同級生の風紀委員さんと一緒に資料集めをしてくれたわ!だからあなたは落ち着いて、まずはパートナーを見つけなさい。その額の傷はもう、あなた1人では対応しきれない危険に踏み込んでいる証拠よ」

 

 事実だった。母はどこまでも正しいことを娘に言った。

 

「やだやだやだ!」

 

 けど、事実は残酷だ。娘は肉親を救おうとして、しかし無力ゆえに叶えられていない。

 無力をかみ締めるのはキンジも同じで――――アリア、と小さな声で呼ぶ子をしか彼はできなかった。

 

『時間だ』

 

 興奮するアリアをなだめようしたのだろう。アクリル板の向こうから身をのりだした管理官がはがいじめにし、娘から母親を無理やりにでも引き裂こうとする。それが管理官としての仕事だった。

 

「やめろ! ママに乱暴するな」

 

 アリアは激高し、アクリル板に飛びかかる。けど。びくともしない。

かなえさんはアリアを悲しそうな目で見ながらも管理官2人に力づくで引きずられ向かいの部屋から運ばれていった。

 

 

 

           

              ●

 

 

 

「訴えてやる! あんな扱いしていいわけがない。絶対に訴えてやるっ!!」

 

 曇り空の下。新宿駅に向かうアリアの後ろでキンジは声をかけられずにいた。

 

(――――ああ、分かったよアリア)

 

 彼女が戦う理由もなにもかも。

 すべては『イ・ウー』という組織に濡れ衣をきせられた母親を助けるためだということは。

 

「・・・」

 

 それどもキンジは何を言ってあげればいいのか分からない。何も言ってあげられない内にアリアの歩く足が突然止まる。止まり見ると、アリアは手を握り締め肩を怒らせ顔を伏せていた。その足元に水滴がぽたぽたと落ち始めている。アリアの・・・涙だ。

 

「アリア・・・」

「泣いてなんかない」

 

 怒ったように言う。けれど、アリアの肩は震えていて。

 

「おい、アリア」

 

 少年は泣いている少女の前に出て声をかける。

 少女は歯を食いしばりながらもきつく閉じた目から涙をあふれさせ続けていた。

 

 糸が切れたように泣き始める。子供のように・・・大きな声で

 

「うあああああぁあ! ママぁー・・・ママあああぁぁぁぁぁ!」

 

 新宿のネオンの光が道を照らしまるでアリアの涙に呼応したように通り雨が降り出す。

 ただ、悲しいと言う感情だけが少年の心を支配する。

 

(―――――俺は・・・)

 

 俺は?

 一体なにを言おうとしたのだろう?

 でも、泣き続けるアリアに何もしてあげることはできなかった。

 こんな時、ルームメイトのバカどもならなんて言うのだろう?

 あのバカ達なら、今のアリアを救ってやることができるのだろうか?

 根拠はない。でも、バカならバカみたいは方法で泣いている少女を救えたかもしれない。

 でも、俺にはただ、なにもできず、無言でその時間は過ぎていった。

 

 




理樹&真人のコンビが大好きです。

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