Scarlet Busters!   作:Sepia

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Mission118 鑑識科の少女

 

 ハートランドは遊園地として名をはせているが、未来都市としてイメージされたハートランドはその景観から観光地としての側面もある。ゆえに名古屋駅から直通のバスが出ているためハートランドへと行くには大した苦労はかからなかった。直通バスに乗り込みハートランドの入口近くにまでやってきた理樹がまず行ったことといえば、呆然と感想を述べることであった。

 

「初めて来たけど……ここ、ホントにSF映画にでも入り込んだかのような場所なんだね」

 

 あくまで遊園地としての名前しか知らなかった理樹は、テーマパークのようなところを想像していたが、実際にハートランドへと足を踏み入れてみるとその印象は崩れ去った。テーマパークなどという大きさではなく、あくまで一つの都市として開発されたといっても過言ではない気がしたのだ。

 

(これ、京都が町全体で観光地と認識されているのと同じような感じなんじゃないかな)

 

 京都の観光地として有名なところとしてすぐに思いつく場所といえば、修学旅行の定番金閣寺と銀閣寺、そして二条城あたりだろうか。他にも南禅寺や京都御所など名が知られた場所はいくつもあるが、あくまで京都全体として観光の名所というイメージがある。一部が遊園地として有名だから『遊園地』ハートランドと呼ぶがいるだけのことで、町全体としては『未来都市』ハートランドと呼ぶ人がいて、どうして人によって呼びかたが違うのか分かった気がする。理樹としては、この町は今では遊園地ではなく未来都市としての印象が強くなっていた。そのため、自分の考えていたことが前提からして崩れ去ることとなった。

 

「ねぇレキさん。これ、SSS(スリーエス)の人達と連絡つけられるの?」

 

 あくまで遊園地の印象を持っていたため、レキにSSSの人達に助けを求めようと提案された時には特に反対もしなかったし、異論もなかった。理樹からしたらハートランドにいるという『SSS』に面識があるといえるのは東京武偵高校で行われたアドシアードの際に地下倉庫ジャンクションで助けてくれた岩沢まさみという人ぐらいなもので、それも恭介の知り合いというつながりだ。理樹自身の知り合いだとはとても言えない。つまり、SSSの助けを借りようとするレキの意見は完全にレキだけが頼りなのだ。恭介か来ヶ谷が今この場にいてくれたらまた話は違ったのかもしれないが、今ここにいるリトルバスターズの面々ではハートランドに入ったところでSSSと接触できるかどうかすら怪しいのだ。接触できたとしても、そこから信用問題が絡んで来たらどうしようもない。

 

(レキさんの話だと、ここでは暗黙の了解としての独特のルールがあるようだしなぁ)

 

 例えばこのハートランドの内部にて事件が起きたとする。具体例として、レジャー企業として名をはせている仲村グループに対してハートランドにいる客を人質にして脅迫をしたとでもしよう。その場合、まず警察よりも先に仲村グループ内部の武偵たちがでてくることになる。警察へと連絡がいくころには彼らが事件を解決した頃だろう。

 

 理樹が知るはずもないのだが、そもそも仲村グループの武偵部門というのはかつて仲村グループの総帥の家族に起きたとある事件が原因だ。その事件以降、仲村グループは武偵業界に足を踏み入れ始めることとなったという。そんな決意を抱かせるほどのことが起きた以上、仲村グループの本拠地たるハートランドは治安にはより一層の注意が払われているため、変に警察に連絡するより内部で解決する方が早くなる。

 

 それに、そもそも一都市という面積を誇っていたとしても、一応は一企業が作り上げたテーマパークであることは変わらないのだ。下手をしたら警察すら下手に手を出したくないと思うかもしれない。

 

 そんなハートランドにおいて、何かトラブルが起きた時に協力を簡単に仰げると思ったら大間違いである。問題が起きたら起きたで内部だけで解決できるだけの力量がある以上、変に協力者なんて作る必要がない。ある程度の事情さえ説明してくれればあとは勝手に解決しておく。わざわざ普段関わらない相手と無理な連携なんてしない。企業としてはそれが当然のスタンスである以上は仲村グループのスタッフを見つけたとして、問題が明確に起きない限りはSSSに取り次いでくれと言われても無理だと言われるのが当然だろう。

 

「一応、メールを入れてはみましたが、返信がくるかはわかりません。仕事用とプライベート用で携帯電話を分ける人でしたし、見ているかすらはっきりとしません」

「だよね……」

 

 SSSに知り合いがいるというレキにしても、あくまで知り合いがSSSのメンバーであるというだけで、レキ自身がSSSと懇意にしているわけではない。あくまでも、個人の付き合いによるコネに頼ろうというのだから、すぐに連絡がつかないのは仕方がない。

 

 だが、SSSと連絡がつかないということはレキは想定していたことらしい。

 

「理樹さん。私はこれからハートランドを少し歩いて回って、SSSのメンバーを探してみようと思います」

「いいの?」

「そんなに時間はかからないと思います。数日後にはハートランドの遊園地にてリニューアルオープンのイベントがあるとのことですが、その時には『GirlsDesdMnster』のライブもあることでしょう。その準備のためにライブ会場にはスタッフがいてくれるはずですから、行ってみればなんとか接触できると思います」

「じゃあみんなでそこに行ってみようか」

 

 レキの発言に鈴が頷いて、これから全員でレキのいう心当たりに向かってみようかとしたが、その提案はレキ本人によって否定される。

 

「いいえ、それはやめておきましょう」

「どうしてだ?」

「そこで私がまさみさんと接触できるかはまだ分からないということが理由の一つ。そして、最大の理由はハートランドにいることで何の手がかりもつかめなかった場合、美魚さんの安全が将来的には保障できるか分からないということです」

「それは……」

 

 ハートランドにやってくる当初の目的は小毬と葉留佳という新メンバーの歓迎を意図した小旅行であったが、今は美魚の安全を確保するためだ。安全な宿という場所では、このハートランドにいることが一番であるとレキは判断したからこそ予定を早めてやってきたのだ。

 

 だが、そのせいで美魚を狙う人物が手出しができなくなって何もしなくなったとしたらそれはそれで問題だ。

 

 美魚が現実と虚構の区別がつかなくなるほど記憶が混乱している現状では、向こうが手出しをしてこない限りは手がかりが皆無である。美魚だって武偵なのだ。いくら犯人が分からなかったからといって、安全のためにいつまでもハートランドで匿われているわけにはいかない。いずれはこのハートランドを出て、東京武偵高校に戻らないといけないのだ。その時になってまた狙われたとしたら、その時まで理樹たちがついているわけでもないので美魚は無力になってしまう。理樹たちの理想としては、理樹たちがついているうちに向こうから何か接触してくることだ。

 

「ですが、今なら。私たちの一部がSSSと接触するために離れ、数少ない人数となってSSSの保護を受ける前ならば美魚さんを狙う何者かにとっても最大のチャンスとなるはずです」

 

 ここにきてレキの言いたいことが分かってきた。レキは全員で心当たりのある場所へと向かうことに問題があるとは言っていないのだ。もっと、美魚にとっては有意義になるかもしれないという可能性にかけてみようと言っているんだ。

 

「レキ。ひょっとしてお前、西園を餌に何者かを釣ろうと考えているのか」

 

 正気なのかと顔に浮かべつつ質問した謙吾に対してレキは、

 

「現状、そうでもしない限りは美魚さんの抱えている問題の手がかりが得られません」

 

 今理樹たちの置かれている状況を、現実的に見据えて言い切った。

 そして、当事者たる西園美魚もその通りだと判断して、

 

「みなさん。お願いします」

 

 そう、一同に頭を下げた。

 

「……いいの?」

「もともと、私が餌になった程度で食いつくかどうかも分からないことをやってもらうのです。物は試しだとしても、やれることはやっておきたいです」

「それはそうだけど……」

 

 美魚を誘拐したという人物が、今美魚はハートランドにいるということをつかんでいなければ成功の見込みなど最初からゼロなのだ。気を張るだけ張って、無駄に終わる可能性だってある。それでもやってほしいと美魚が言う以上、危険があるからといって否定はできなかった。

 

「分かった。でも安心して、西園さんは僕らが守って見せるから」

「そうだぜ西園!オレと理樹だけでも充分だ!大船に乗った気持ちでいな!」

「待てバカ。お前はいらん。俺と理樹で百人力なんだ。真人はそこらで筋トレでもしていてもお釣りがくる」

「何だと謙吾ッ!」

「まあまあ、二人とも……。鈴、しっかり頼むよ」

「……分かった」

 

 理樹はともかくとしても、真人と謙吾は強い。

 相手が誰であろうとも、二人が敵わない相手なんてそうそういない。

 しかし、あくまで真人も謙吾も男子なのだ。

 女子である美魚を護衛するという点に置いて、男というだけで心を預けられる存在であるとはいえない。

 女子の護衛なら、やはり同じ女子の方がやっぱり心強いだろう。

 

 本当なら護衛なら空間転移(テレポート)の超能力が使える葉留佳が一番得意とする分野なのだが、いない以上は仕方がない。

 人見知りの気がある鈴であるが、ここで頼れるのは鈴だけだ。

 

「じゃあ私はレキちゃんについていくよ!」

「小毬さん?」

「私だってアドシアードの時に、SSSの人の顔は見たことがあるからね!」

「え、いつ?」

「ほら、二日目にトロピカルレモネードで戦姉妹(アミカ)のコンビで客としてやってきてたでしょ!」

「あぁ、たしかユイって名前の子だっけ。来ヶ谷さんがいろいろとつぶやいていたから覚えてるよ」

「では小毬さんも一緒に来てください。私はその戦姉妹の子を知らないので、一緒にいてくれたら遭遇できる可能性もあります」

「うん、オッケーだよ!」

 

 レキと小毬と別れた理樹たちが行うのは、美魚を餌とした一種の囮捜査だ。

 そのためには真人と謙吾という見るからにゴツイ野郎二人は邪魔だろう。

 できるだけひ弱そうな奴しか護衛についていないと思ってくれればもうけものだと、美魚のすぐ傍にいるのは理樹と鈴の二人だけにして、真人と謙吾にはちょっと離れたところから美魚たちを尾行して護衛してもらうことにした。理樹と真人はたった一瞬のアイコンタクトで意思疎通をする。

 

(真人。問題ないね?)

(オウ!バッチリだぜ!)

(それじゃ、そのままよろしく)

 

 理樹が最も尊敬している人間は誰かといえば、間違いなく棗恭介となるだろうが、理樹が最も対等に肩を並べて戦える無二のパートナーは誰かというと、何を隠そう筋肉さんこそ井ノ原真人以外はあり得ないとは理樹は断言するだろう。脳筋の筋肉だと真人を評価する人間もいるが、真人は理樹の幼馴染でありルームメイト。つまり、常日頃から理樹と同じく探偵科(インケスタ)の授業でも相棒としている人間なのだ。

 

 ――――――なぜあいつは強襲科(アサルト)ではなく探偵科(インケスタ)なのだ……

 

 探偵科(インケスタ)にいる仲間からもなんで探偵科を選んだのか分からないと称される彼であるが、それは真人がもう強襲科アサルトの授業に求めるものがないからだ。事実、中学時代は真人は強襲科(アサルト)でSランクを取ったこともある。だが、一つの道を究めた人間は別のことをやってみることで自分の将来に選択肢を広めようとすることがある。真人が選んだのは、強襲科(アサルト)に所属し続けることではなく、理樹という仲間との連携をいつでも取れるようにとすることであった。真人自身が自分に描く将来とは一人で拳を武器に犯罪者と戦っていくことではなく、理樹たちリトルバスターズの仲間ととも仕事をしていく姿だったのだ。そのため、高校受験の段階で強襲科(アサルト)ではなく理樹と一緒に探偵科(インケスタ)を受験した。決して器用だとお世辞にもいえない彼であるが、日々理樹と努力することで探偵科のCランク武偵にまでは上り詰めている。東京武偵高校の制服なんて着ずに赤い防弾Tシャツを着てその上に防弾学ランを羽織り、ジーパンをはくという謎ファッションでいるにも関わらず、特に注目を浴びることもなく理樹たちを少し離れたところからつかず離れずでついて行っているのはその努力の産物だろう。

 

「直枝さん。棗さん」

 

 真人が絶対に近くにいてくれるという信頼があるからこそ、理樹は目の前の美魚に集中できる。

 

「ん、どうしたの?」

「大きいぬいぐるみです」

 

 ショーウィンドウを除き込んだ美魚の隣に立つようにして、鈴と理樹も一緒に見る。

 今はできるだけ普段と変わらないように振る舞うのがいいのだ。

 変に気を使わないようにと、今は美魚の行きたいところに行くことにしている。

 なんだか申し訳ないといっていたが、美魚にとっては純粋な観光を楽しんでもらえた方がフェイクとしても純粋な意味でもいいことには違いない。

 

「どれが?」

「あちらですよ、棗さん」

「……ハムスターかな。それにしてもこいつ、目つきが凶悪だな」

「ひぃ、ふぅ、みぃ、よ、いつ。ゼロがいつつ並んでいますよ」

「そりゃすごい。一体誰が買うんだろうな」

「……誰も買わないんじゃないかな。ほら、よく見ると、毛にはつやがないよ。きっと長い間放置されていたんだろうね」

 

 そもそも、鈴の言うように目つきが凶悪でかわいいとはいえないのだ。

 

「もしかして、欲しいの?」

「まさか、それはないです。あっても置き場所に困りますから」

「……そうだよね」

「本を置く場所が優先です。残念ながら」

 

 そうじゃなかったら、やっぱり欲しいのだろうか。

 理樹はそんな思いがよぎるものの、次の瞬間には美魚は本が一番なんだなと思い知らされる。

 巨体な円柱のような建築物の目の前に来た理樹たちがその建物の正体を知った時に美魚の足取りが、理樹たちのことなんてすっかりと忘れたかのように吸い寄せられていったのだ。

 

「書店『ナンバーズ・アーカイブ』?あ、ちょっと待ってよ西園さん!」

「今日は書店にはよらないつもりでしたのに」

「自然に足が向かってしまったと。あはは、西園さんらしいね」

「……すいません。また今後にしましょう」

 

 自動扉が開く前にその場から離れようとしたが、

 

「そう?せっかくだから入ろうよ」

 

 そう言って、理樹たちは店内へと入っていく。自動ドアの向こうには広い空間が広がっていた。

 理樹たちが入ったナンバーズ・アーカイブという建物は、どうやら魔法の世界ファンタジーに存在しそうな図書館をイメージして作られた書店だったらしい。店内は若干くらいものの、緑色の明るい光によって照らし出された雰囲気が神秘的なイメージを彷彿とさせて、店内はかなりの賑わいを見せていた。整然と並ぶ本棚につまった本の数々、そして入り口近くの一番目立つところには新刊の書籍が平台にならんでいる。

 

「あぁ!」

 

 理樹に少し遅れて美魚が入ってくると、早速ふらふらと近づいて一冊の本を手に取った。

 

「もう出ていたのですか。あぁ、この人の新刊も。……あっ!これは探していた……あちらの方は」

 

 蜜を求めて花壇を飛び回る蝶みたいに、美魚はあっという間に店内に消えていった。

 

「……失礼しました」

 

 普段の落ち着いた様子からは想像もできないほどの行動力に理樹は思わず苦笑してしまう。

 

「最初はよらないって言っていたのにね」

「……お恥ずかしい限りです」

「買わないの?」

 

 美魚の手には本は一冊として存在していない。

 

「はい。今日はやめておきます」

「そう?」

「もしわたしが買うとなると、直枝さんにはたくさんの荷物をもっていただくことになりますよ」

「このくらいいいよ。一応、気を張らないで楽しんでもらえる分には僕たちとしてもうれしいんだからさ。遠慮なんてしなくてもいいよ」

「たくさんですよ」

「そんなに?」

 

 非力な美魚が持てる量ならいくらでも大丈夫だと思うけど、棚に並ぶ本を見ていると、薄い紙でも重ねると分厚くなるんだなと感じる。

 

「じゃあまたにしようか」

「はい」

「せっかくだから僕が何か買っていくよ。何かおすすめでもあるかな」

「……」

 

 西園さんの目がなんだかキランッ!と光った気がした。

 

「任せてください」

 

 そして、色とりどりの海藻の森を縫って泳ぐ魚のように、美魚は店内に消えていく。

 

「ま、待ってくれ!」

 

 慌てて鈴が追いかけていくが、どういうわけか美魚の方がこの場では元気なような気がした。

 美魚が置かれている状況は今一つどころか何も分かっていないに等しいが、美魚が少しでも元気になってくれたらそれでいかなと思う。ただ、戻ってきた美魚と鈴を見たら、

 

(……西園さんのどこにそんな力があるんだろう)

 

 なんてことを思ってしまってもおかしくはない。

 

「お待たせしました」

「う、うん。いや、待ったというか」

 

 両手いっぱいに本を抱えて、西園さんが戻ってきた。

 

「さすが、ここは本が豊富ですね。さすが、未来都市をイメージしたハートランドです。おそらく、すべての本を記録したとう図書館をモデルにして作られたのでしょう。探しがいがありました。目移りしてしまって大変です。お勧めということでしたが数が絞り切れません。あれもこれも、と探していたらついつい時間がたってしまいました。結局おいてない本もいくつかありましたし。では……」

 

 こほん、と咳払いをして手に持った本の説明を始める。

 

「これは日常の謎、と呼ばれるジャンルの先駆的な作品です。謎解きだけでなく、お話としてもとてもすてきなお話なんですよ」

 

 本の山の一番上の文庫本の表紙には、淡いタッチで女の子が書かれていた。

 ちょっと不思議なタイトルが印象的だった。

 そんな風にして、美魚の説明が続く。

 

「密室ものといったらやはりこれは外せないでしょう。意外な凶器という点でも群を抜いています」

 

 本を手に持ったまま語り始める。重くはないのかなんて思うが気にしている様子もない。

 

「単純明快。それでいて誰も気づかない盲点。この本のトリックは日本のミステリの歴史を変えたと言っても過言ではありません」

 

 それどころか、水を得た魚のように生き生きしている。

 

「館モノといえば」

 

 とつとつと、とても楽しそうだ。

 

「これは女性の真理に触れた意外な動機に驚くこと間違いなしです」

 

「古典的な名作も抑えておきたいところです。悲劇シリーズは『Y』が有名ですが、わたしが『X』の方が好きです。二十面相や少年探偵ものと聞くと子供向けのように思われますが、実際かかなりエログロに満ちています。それに…乱歩は少年愛に関心を持っていると公言していたくらいですから。入門編としても最適化と」

 

「さて、ミステリばかりお勧めしていると偏りが出てしまいます。ファンタジー、SF、モダンホラー、歴史もの、日本の作家、海外の作家、ジャンルに囚われる必要はありません。読んだ本の数だけ、世界が広がります」

 

 次から次へと美魚の熱心な解説が続いていく。ただ、それらをちゃんと記憶しているかというと微妙なところであった。鈴なんてぼんやりとしている。

 

「……直枝さん。聞いていますか」

「え。う、うん」

「……よく聞いてくださいね」

「ただ……そんなにたくさんは買えないよ」

「なにも、今ここですべてを買う必要はありません。ただ……」

「ん?」

「いえ……紹介した本は、ゆっくりでいいのでいつかは読んでくださいね」

「うん。それはいつか。西園さんにも少しづつ借りていくかもしれないね」

「さて、どれにしましょうか」

「うーん、そうだなぁ」

 

 どれも興味を惹かれるけど、ちょっと迷った後に理樹は一番上の本を選んだ。

 

「これにするよ」

 

 決して女の子の絵に引かれたわけではない。ちょっと変わったタイトルに惹かれたからだ。

 

「それにしてもたくさんの本があるね」

 

 改めて店内を見る。広くて明るい店内には、たくさんの雑誌、漫画が置いてある。

 最新のベストセラー。定員のおすすめ。参考書のコーナーなど。

 

「誰にも目を向けられないまま返品されてしまう本も、きっと多いのでしょう。わたしはおもうことがあります。今までに出版された本をすべて読むことができたらいいのに、と。ここに並べられている本を読むだけでも、わたしの人生は短すぎるんです。それはとても悲しいこと……だと思いませんか」

「西園さんはどうして本が好きなの?」

 

 これはきっと愚問になるだろう。

 本好きな人なら一度は必ず聞かれるであろう質問だ。

 

「……『小説がかかれ、そして読まれるのは人生がただ一度であることへの抗議からである』。これはわたしのすきな作家の言葉です。本を読んでいる間は、その物語の主人公になれる気がします」

「それはなんだか……なんとなくだけど分かるような」

「わたしは、二人分の人生を生きるために本を読んでいるのかもしれません」

 

 それは理樹に対して答えるというよりは、自分に対してつぶやくようにして口にされた。

 理樹は自分が買うと決めて手にした本を見る。

 読んでいる間は、自分のその物語の主人公になれる気がする。

 そんなことを思いながら読むことができるということは、それだけ物語に真剣に向き合って読んでいるということだ。本を読みなれていない人間は、少し目を通しただけで目が痛くなったり疲れてしまう。

 

「じゃあ、レジに並んで買ってくるよ」

 

 理樹は本が嫌いではないが、趣味が読書かと問われたらそうだとは答えられない。

 探偵科の人間としては心理学の本とかはたまに目を通したりするが、あくまで資料として知っておきないと思ってのことだ。プライベートで本を読むなんて、最後にやったのはいつのことだったかもう思い出せなかった。レジに並び、本を買って鈴と美魚が待っている場所に戻ろうとした理樹であったが、

 

(―――――――――――西園さん?)

 

 理樹はふと、書店『ナンバーズ・アーカイブ』の外に美魚の姿を見る。

 

「うそ、なんで、どうして西園さんが外に出ているんだッ!?」

 

 慌てて美魚の姿を追いかけて外に出るが、もともとハートランドは観光地としても人通りの多い場所。理樹が見た人影は、理樹が外に出ることには完全に見失っていた。

 

「西園さんッ!!どこに行ったのッ!」

 

 急に大声で叫びに周囲の人間が驚いて理樹の方を向くが、それもしばらくしたら連れとはぐれたのかと勝手に納得したのか誰も気に留めなかった。

 

「理樹よぅ。一体どうしちまったんだ」

「真人。どういうこと?どうして西園さんが外に出ているの?」

 

 理樹とつかず離れずの距離を保っていたはずの真人だが、理樹が急にナンバーズ・アーカイブの外に出たために何かあったのかと近づいてきたようである。一体なにがあったのかと真人に聞く理樹であるが、真人からしたら理樹が何を言っているのか皆目見当がつかなかった。

 

「何を言ってるんだ」

「何って、外に西園さんが」

「西園なら鈴と一緒にあっちにいるじゃねえか」

「……へ?」

 

 真人が指を指した方向を見る。

 そこには、鈴と一緒にナンバーズ・アーカイブの中で本を手になにやら話をしている美魚の姿もあった。

 ちょっと離れたところでは今の真人と同じように、鈴とつかず離れずの距離を保ちつつ見守っている謙吾の姿も見える。謙吾の方にアイコンタクトを送ると、何も問題ないとの返事が返ってきた。

 

「……真人。僕は幻覚でも見たのかな」

「何を見たんだ」

「外に西園さんの姿を。見慣れた東京武偵高校の制服を着ていた。あれが、見間違い?」

「理樹が見たって言うなら実際にいたんだろうけどよ、オレたちと一緒にいた西園は今もあそこにいるぞ。それだけは確かだ。そう心配すんな」

「うん。ありがとう真人」

 

 西園美魚は今も理樹たちと一緒にいる。それは確かなことだ。

 でも、先ほど理樹が見た人影が自分の見間違いであるとは言い切れなかった。

 一体自分は何を見たのだろうか。

 真人は理樹が言うのなら確かなのだろうと信頼してくれたが、当の理樹は自分に自信が持てなくなっていた。

 

 自分が見たのは本当に現実のものだったのだろうか、それとも虚構の存在でも見たのだろうか。

 

 




ちょっとだけリトバスキャラの所属学科について述べておきます。
各キャラの所属学科や能力は大体初期のイメージで決めました。

例えば葉留佳と佳奈多は、原作における「父親違いの双子」というものが生まれる条件にありうるのが超能力者の一族だったというイメージがあったからステルスにしました。

真人は所属学科の印象では強襲科だったのですが、それ以上に、理樹の正規のルームメイトに真人がいないということが私的にはどうしても納得できなかったため、現在は真人は探偵科となっています。個人的に、真人がルームメイトという条件は譲れなかったんです。

ちなみに、私はリトバスキャラの中では真人謙吾恭介の野郎三人がトップ3を占めています。

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