Scarlet Busters!   作:Sepia

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ブルーエンジェルちゃん可愛い。
イン トゥ ザ ブレインズッ!!


Mission121 魔導の書物

 ロシア聖教から代表者として出てきた少女は、緊張を隠し切れないでいながらも堂々と目の前に立とうとしていた。

 

「は、初めまして!わ、わたしはクドリャフカ=アナトリエヴナ=ストルガツカヤといいます!」

「かわいい」

「……姉御?」

「あ、あぁ悪い。私はイギリス清教現会計、来ヶ谷唯湖だ。こちらは護衛役として連れてきた葉留佳君だ」

 

 名乗られたのに名乗り返さない。来ヶ谷はそんな無礼なことをする人間じゃないと葉留佳はわかっていたため、どうかしたのかと思って様子をうかがうと、来ヶ谷の瞳はハートマークでいっぱいであるように見えた。かわいい女の子が大好きだと普段から言っている彼女である。おそらく、一瞬とはいえやってきた使者に籠絡されかかっているのであろう。自然体であるといえば聞こえこそいいものの、ホントに大丈夫なのかと先行きが不安になる葉留佳であった。

 

「では、どうぞこちらへ」

 

 来ヶ谷と葉留佳の二人は、クドリャフカと名乗ったロシア聖教の少女にソファまで案内されて、来ヶ谷とクドリャフカはテーブルを挟んで向かうあう形で向き合って座ることとなった。

 

「あの、あなたもお座りになってはどうですか?」

「わたしはいいですヨ。どうぞ、ゆっくりとしたお話を」

 

 葉留佳はというと、座ったらどうかと提案はされたが遠慮した。  

 

 葉留佳の武偵としての経歴は今年で二年目。中学から武偵としての教育を受けてきた人たちと比較すると経験でどうしても劣るものの、自身の超能力をコントロールするための時間を除けばそのほとんどは来ヶ谷唯瑚の副官としての仕事に費やしてきた。要人警護に関していえば、同年代の武偵たち相手でもそう引けは取らない。

 

 今回は後ろに控えていて周囲に気を配っていようかとも思っていた。

 

 来ヶ谷もそのことは分かっているようで、葉留佳を無理に着席させようとはせずに話を進めることにしたようだ。

 

「さて、クドリャフカ君だったな。こちらから一つだけ先に聞いておきたい。最初にはっきりとさせておきたいことがあるんだ」

「はい、何でしょうか」

「あの数の武装シスターたちはいったい何だ。ロシア聖教はどこかと抗争でも始めるつもりなのか?」

 

 葉留佳とて目の前のクドリャフカとかいう少女が自分たちに対し、敵意なりなんらかの悪感情を抱いている様子は見受けられない。おそらく着席を促してきたのは、護衛の自分の行動を一秒でも遅くするためのものでもなんでもな、純粋な善意からの提案にみえる。

 

 だが、葉留佳はどうも気を抜く気にはなれなかった。

 

 この教会自体が来ヶ谷と葉留佳にとって完全なるアウェーの場であるということもあるが、何よりも大きい理由として武装したシスターたちが大勢いたことが大きい。暴力団がよく使う手ではあるが、暴力をちらつかせることにより交渉相手に脅しをかけるのだ。

 

 葉留佳の持つ超能力を使えば自分と姉御の二人だけなら逃げ切るのは容易であるが、目に見える戦力が近くにある以上は、無条件に安全であるとはとてもじゃないが思えないのだ。

 

(ただ、なんだろう。あの人達、わたしたちに興味があるようにも思わない。なんか焦っているようにも見えたし……)

 

 ただ、葉留佳にはどうにもは武装シスターたちの意識が現状自分たち二人に向けられているとは思えない。別に戦うべき相手がいて、その戦いのための準備をしている。彼女にはそう見えたのだ。そして、それは姉御から見ても同じだったらしい。

 

「……本当に残念なことなのですが、いざとなったらそうなるかもしれません」

「聞かせてくれ。魔術が絡む事件が起きたとしても、日本で起きたことならロシア聖教がわざわざ出てくる必要はない。日本政府は最初に星伽神社に依頼を出すだろうし、うちの総長が日本人だからイギリス清教にも頼みやすい。ロシアからわざわざこんな大部隊まで連れてきて一体何をしに来たんだ。許可を取るにも一苦労だったろうに」

 

 来ヶ谷唯湖が所属するイギリス清教とクドリャフカが所属するロシア聖教は別に敵であるわけではないのだ。違法の魔術結社ではなく、れっきとした国の専門機関の一つ。もちろん魔術的トラブルの解決部門としての商売仇であったり、母体が宗教団体ゆえの他宗教であることへの信者たちの嫌悪感ぐらいはあるかもしれないが、言ってしまえんばその程度しかない。

 

 こそこそと裏で力を少しでも削いでやろう暗躍したりはしているものの、出会ったからと言って争いになるわけでもないのだ。味方ではないかもしれないが、明確な敵ではないのだ。だからこそ話があると声がかかれば応じている。

 

「これは身内の恥をさらすような話なのですが……」

「ああ」

「『皆既日食の書』ってご存知ですか?」

「三体の神を従えた王と伝説に記されいる者が残したとされている魔導書のひとつだったか。うちにも一つあるぞ。管理費だけはやたら予算からとっていくくせして何の利益ももたらさないあの産業廃棄物がどうかしたか」

「それが……その……先日盗まれてしまいまして」

「意味が分からない」

 

 魔導書とは単なる魔術の教科書とは一概にいえないのだ。中にはそれ自体が魔力を持ち、ちょっと読むだけでも読み手の精神を簡単に崩壊させてしまう危険なものも存在する。そんな魔導書の中でも三大危険物として封印していされているものの一つ、それが『皆既日食の書』。

 

なにせ、イギリス清教でも『皆既日食の書』と同ランクの魔導書として同じような扱いを受けている魔導書が保管されている。

 

 その名は『月の書』。

 

 その魔導書がいかに厳重に保管されているか知っている以上、盗み出されたと聞いてよくもまぁそんなことができたと感心する。ただ、来ヶ谷が意味が分からないと言った理由は厳重な警備の中で盗まれたことではなかった。

 

「なんであんなものに価値を見出そうとする奴がいるんだ」

 

 そもそも『皆既日食の書』を盗もうとする奴がいた、という点に理解が及ばなかったのだ。

 厳重な警備の中で盗まれたという事実に関していうなれば、実を言うとそれほどの驚きはない。

 かの大泥棒、ルパン3世はどんな厳重な警備であっても、予告状を毎回送ったうえで盗みを毎回成功させていた。その中には、イギリス清教の『月の書』の管理のために配置されている警備よりもよほど厳重なものもいくつもあった。

 

 クドリャフカが言っていることが本当だとまだ完全に信じたわけではなかったが、違ったとしてもこんな話が出てきた時点で呆れはてるしかなかった。思わずため息がのどから出かけた来ヶ谷であったが、何とか気持ちを切り替えて状況を判断した。

 

「いや本当に……恥ずかしい話なのですが」

「なるほど。それで、あの武装シスターたちは『皆既日食の書』を取り戻すための部隊というわけか。それで?」

「それで、といいますと?」

「あんなもの、引き取りたい奴がいるならくれてやればいいじゃないか。そちらが『皆既日食の書』をわたしたちに贈呈するとか言って来たら、嫌がらせ以外の何物でもないぞ。『月の書』一つですら、年間の管理費が何百憶とかいうふざけた単位なんだ。もう一つ管理しろなんて冗談じゃない。管理のための予算が浮いたらどれだけのことができるか。うちの『月の書』だって、本音を言えば欲しいやつがいたら渡したいくらいなんだ。それができないのは、危険度が分かっているから国が責任を持って管理しなければならないとしているからだ。もちろん盗まれたということは失態として報じられるだろうが、それがこちらに知れ渡らなければいいだけのことだ。わざわざこちらに弱みを見せてまで、回収に向かう意味はない。時間をかけてでものんびりと回収した方が、トータルとしのそちらの損失は小さなものとなる。そうだろう?そうしないのは、他に問題が起きているからだ。違うか?」

「その通りです。ちなみにどこまで分かっていますのか教えていただいてもいいでしょうか」

「わざわざ部隊を引き連れて日本まで来たことから、すでに犯人の目星はもうついているのだと見ている。分かるのはそこまでだ」

「その通りです。わたしたちは一刻を争う事態に遭遇したため、情報伝達の速さからあなたに協力をお願いするつもりです。星伽神社は魔術の問題に関しては優秀ですが、現在のネットワーク社会に適応できているとは思えませんので」

「まぁそうだろうな。それで、私に協力してもらいたいことって一体何だ?部隊を引き連れて日本に来たことへの礼儀としてのあいさつだけってわけではないんだろう。適当なところに一声かければ終わる。それに、そんな大事なことなら、私を通して交渉する暇があったら日本政府と交渉した方がいいだろうからな」

 

 この日本においては魔術業界で大きく力を持っているのは星伽神社とイギリス清教だ。星伽神社は地元であるし、イギリス清教は今代の総長が日本人であったということもあり政治的には大きな力を持っているのだ。わざわざ外国から部隊を引き連れてまでやってくる以上、一応の礼儀として挨拶はしておいたほうが後々面倒事は起こりづらいだろう。いくら魔術が絡む問題は治外法権が効きやすいとはいえ、余計な疑惑を生むくらいならあらかじめ話を通しておいたほうがいいのは当然だ。だが、それはあくまである程度の問題の話。『皆既日食の書』が盗まれたとなると信用問題にかかわってくるほどのことだ。不評を買ってでも知らぬ存ぜぬで通したほうがロシア聖教にとって今回の利益が大きいはずだ。ロシア聖教からしたら、より日本との結びつきが強いイギリス清教に日本政府への仲介を頼みたいのかとも思ったが、それはもうすでに部隊がこの場にいる以上事後承諾になってしまう。ならば別の理由でコンタクトをとってきているのだと理解した。

 

「はい。実はロシアでは『皆既日食の書』が盗まれると同時期に、誘拐事件が起きているのです。この誘拐事件の犯人はこそが、今回の盗難事件の犯人だと私たちは思っています」

「なぜ?誘拐と『皆既日食の書』の盗難との因果関係は一体なんだ?はっきり言って、私たちが保有する『月の書』も、そちらが管理している『皆既日食の書』も、ローマのところの『太陽の書』も、どれもこれも単品では役に立たないものだ」

「ですが、そうではなかったとしたらどうですか?もし、これらの書物が利用できる方法があるのだとしたらどうでしょう」

「そんな方法があるなら私がぜひに知りたいね。金にするにもこんなものに関わるくらいなら、誘拐された人物が大臣の孫とかにした方がよほど効率的に身代金とかが手に入れやすそうな気がするな」

「……信じていないのですか?」

「それはそうだろう。あんなもの、産業廃棄物以外のなんだって思えと言うんだ」

「そんなこと言わないでください!一歩間違うだけで、この世界の常識があっけなく変わってしまうかもしれないんですよ!」

「……世界の常識の変化?そんなもの、あんな書物に頼らなくてもできるだろう。大したことはない」

「もっと危機感を持ってください!一大事なんです!」

「そういえば、まだ聞いていないことがあったな。誘拐されたのは一体誰だ?」

 

 葉留佳から見て、どうにも姉御とクドの二人には温度差が見て取れる。

 クドは焦っているように見える一方で、姉御はといえば諦めにも似た達観が見えた。

 クドが焦る理由はどうやら誘拐された人物にあるとみた。

 別の言い方をすれば、焦る理由はが『皆既日食の書』に見受けられない。

 

「そうですね、大事なことをまだ言っていませんでした。すいません。誘拐された理由も含めて説明するために、認識を確認しながら話していきましょう。三体の神をも従えた王とされている人物が残したと言われる三大文書はいずれも現在の世界の価値基準を崩壊させるほどの力を持つと言われている強大な魔導書です。ただ、現状ではあなたのいうように単なる産業廃棄物と思う人間だって少なくはないでしょう」

「確か『古代神官文字(ヒエラティック・テキスト)』という名だったか。誰も読めない。解読しようにも手に取るだけでも精神を汚染することがある。時間をかけても解読できるとも思えない。うちの勇敢な天才解読官も試しに読んでみようとして、精神病院送りになったこともあるからな。魔術には体質ありきなものはたくさんあると聞いているが、根本的なところから問題があるこんなものを使いたいとは思わないだろう」

 

 魔導書というものが問題がある存在だということは理解できても、それが一体どんなものであるかを知らない葉留佳であったが、ここにきてようやく問題となっていることを理解する。いちいち話の腰を折るのが申し訳ないし、何よりも自分の役割ではないため分からないからと言っていちいち聞いたりはしなかったが、それでも何のことを話しているのかくらいは理解しようとしていたのだ。そして、ようやく頭に入ってきた。

 

(なるほど。そりゃ姉御は産業廃棄物だって言うわけだ)

 

 葉留佳の英語の成績自体は実はそんなに悪くはない。

 一年近くハートランドで超能力を制御するための特訓をしていたために勉学にさける時間はあんまりなかったとはいえ、それは他の学科の生徒でも同じことが多い。むしろ、中学時代は将来の夢のためにまじめに勉強をしていたために勉学にかけては偏差値の低い東京武偵高校の生徒たちの中では高水準であるのだ。

 

 だが、あくまで学校で教える学問ではそこそこの点数を出せるというだけである。

 

 英語以外の外国語となると、さっぱりな部分が多い。

 せいぜい言葉で思いつくものと言えば、ニーハオとボンジュールくらいのものだ。

 これは葉留佳だけではなく、来ヶ谷やアリアのように複数の国で活動することがある人間でなければ自然なことだろう。徳のあることが書かれた本も、人生の教本となるような本も、すぐに役に立つから読んだ方がいいとされる本も、文字が読めなければただの置物だ。

 

(姉御はさっきからその書物に否定的だったけど、そういうことね)

 

 使い道のないくせに、お金だけかかる。

 きっと来ヶ谷は、予算の観点から処分できるならとっくの昔に処分しているのだろう。

 処分したいのにできないという点には、核廃棄物が連想できる。

 

「そうですね。『皆既日食の書』と『月の書』、そして『太陽の書』は秘められている暫定魔力量から推定しても、発動さえされれば世界の価値基準を変えるこどの魔導書であると言われています。ですが、その魔導書に書かれている文字がまだ解読されていないのです。一応、魔導書に使われている文字自体はエジプトの遺跡で発見されていて判明はしているのですが、現状誰も解読できてないですからね。それどころか天才だとうたわれてきた学者の皆さんでさえも次々とさじを投げていきました。一応のベースはエジプトの古代文字であると分かっているのですが、その中でも特殊なものであるため『古代神官文字(ヒエラティック・テキスト)』と呼ばれています。問題は、ロシア聖教の中でも優秀な解読官が何人か姿を消しているということなのです。それは少し前から起きていたことでしたが、ちょうど盗まれたこととほぼ同時期に姿を消した人間がいたのです。今回の事件は、失踪事件とつながりがあるとわたしたちは見ています」

 

 少し前から優秀な解読官が失踪する事件が起きていて、そしてちょうど魔導書も盗まれた。

 そして、二つの事件はつながりがあると見ている。

 ロシア聖教からの主張は分かる。今回の事件の場合、クドが焦るその理由は、

 

「……知り合いがいるのか?」

 

 失踪した解読官が、無理やり魔導書の解読をさせられる可能性があるから。

 来ヶ谷やクドのように、『皆既日食の書』を少しでも詳しく知っている人間からすると、解読されて悪用されるとは考えない。しかし別の可能性が見えてくるのだ。その可能性とは、

 

(……無理やり読まされて精神を汚染される可能性か!)

 

 精神の汚染とは一体どのようなことをさすのかは葉留佳は分からない。だが、精神病院送りになった奴がいると言った。そのことから見ると、廃人になってしまってもおかしくはない事態なのだと気がついた。

 

「そこまで仲がよかったのかはわかりません。でも私の知り合いです。そして、おそらくあなたがたも知っていると思います。彼女は私たちの別件の依頼でロシアに来て暗号の解読を進めていた東京武偵高校の生徒でした」

「へ、うちの学校の生徒ですカ?」

 

 黙って聞いているつもりだったが、葉留佳は思わず声に出てしまった。

 

「運よく監視カメラの一つに犯人と思われている人物の姿が映りました。これがその時の映像で取られた写真になります」

「……」

 

 来ヶ谷は自分たちが通っている学校の名前が出てきたことにはたいして驚いた様子は見せなかったが、クドが手にしていた鞄から取り出した封筒を受け取って写真を見た来ヶ谷はその前に動きが止まってしまった。

 

「……」 

「どうかしましたカ姉御?」

 

 葉留佳には見覚えがなかったが、来ヶ谷は写真に写っている二人組のうちの片方を見たことがあったのだ。

 

「……バルダ」

「バルダ?アドシアードの時の魔術師の?」

 

 そこには、アドシアードでバルダと名乗った白黒魔術師の姿が映っていた。

 なら、その男と一緒に写っている魔女連隊の紋章を身にまとっているとんがり帽子のいかにも魔女らしい風貌の少女は岩沢が言っていたジュノンという少女か。

 

「私たちは、時期的に見て今回の事件の犯人は魔女連隊であると考えています。おそらく、『皆既日食の書』の特質を知らないのでしょう。を解読させるつもりで誘拐したのかと考えています。誘拐された者はあのヴェルズ語を解読したいう実績もある優秀な解読官ですが、『皆既日食の書』は解読できないだろうと呑気なことは言ってはいられません。仮に『皆既日食の書』を解解読のために魔導書に触れることで、精神がおかしくなる可能性を考えれば時間がないことはあきらかです。一刻も早く救助する必要があります!」

「……それで、一体誘拐されたのは誰だ?名前をまだ聞いてはいない」

 

 口に出して聞きこそしたものの、来ヶ谷はそれが一体誰なのか見当はついていた。

 事実、クドリャフカが口にしたのは彼女が予想した通りの名前であった。

 

「誘拐されたのは東京武偵高校二年Fクラス所属、鑑識科Sランクの西園美魚さんです。現在、美魚さんをめぐり、魔女連隊とSSSによる全面抗争が始まろうとしているのです!」 

 

 

 

              ●

 

 

(理樹の奴遅いなぁ……)

 

 理樹と真人の二人が鈴と美魚の二人から離れてしばらくたったが、二人からの連絡はこなかった。

 自分たちを追跡していた相手に接触しに行ったはずだが、二人が返り討ちにあったとは思っていない。

 あんな奴らでも、何だかんだ言ってタフな二人なのだ。

 鈴としては、早く帰ってきてほしいと思うのは理樹たちの身が心配だというわけではなく、

 

「直枝さん、遅いですね」

「そ、そうだな」

 

 鈴が今までロクに美魚と会話したことがなかったため、話題作りに困っていたからだ。

 

「………」

「………」

 

 鈴も美魚も、自分から率先して相手に話しかけるタイプの人間ではないのだ。

 この二人だけでは自然と無言になってしまうのだ。

 鈴にはそれが自分のせいだと思い、気まずかった。

 

「あ、あの……」

「そんなに気を使わなくてもいいですよ棗さん」

 

 なにか。なにかを言わなければいけないと話題を探し、結局何もないままであった鈴であるが、美魚は微笑むを浮かべながら鈴に答えた。

 

「私だって棗さんのクラスメイトです。棗さんのことは存じています。棗さんは不器用な方ではあっても、無愛想な方ではありません」

「西園……さん」

「棗さんは少し前まで直枝さんや井ノ原さんたちことしか名前で呼びませんでしたね。最初は自分の信頼した人しか仲間と呼ばないようなプライドのある人なのかとも思っていましたが……そうじゃなかったんですね。神北さんや来ヶ谷さんを見ていると分かる気がします」

「小毬ちゃんとくるがや?」

 

 武偵として生きていく場合、人格は二の次にされることが多い。

 強襲科(アサルト)は銃を手に戦うことが多いせいで、その特質が最もよくでるところである。

 強襲科(アサルト)の二年主席であるアリアは後輩からの人気は高いものの、彼女とチームを組みたいという物好きはなかなか見つからないほどであったが、優秀な武偵として賞をもらっている。

 

 場合によっては命を懸ける職種なのだ。

 人間死んでしまえばそれまでであるため当然といってしまえばそれまでであるが、人格がいいにこしたことはない。この場合、話しやすい人間であれば、依頼もしやすくていいともいえる。

 

 鈴の場合、自分自身で仕事を取ってくることはほとんどない。

 リトルバスターズの中でやっていく分にはそれでもいいだろうが、彼女は他のチームや依頼人とも率先して関わろうとしないのだ。

 

 仕事ができているからそれでいい、なんて本来言ってはいけないのだろう。

 理樹も恭介も、真人や謙吾でさえも、鈴の人見知りは何とかしてやりたいと前々から思っていて、それゆえに、来ヶ谷や小毬、そして葉留佳といった女性メンバーが次々やってきたことは、何よりも鈴のためになるだろうと喜んだものだった。

 

 そして、鈴も少しずつ変わっていった。

 

「棗さん、二人と話しているときには楽しそうにしていますよ」

 

 例えば、一緒にクッキーを焼いてみた。

 例えば、一緒にクラシックの音楽を聞かせてみた。

 

 幼馴染という関係は気兼ねしない心地いい関係であっても、それだけで完結してしまっては意味がない。

 野郎四人衆だけではどうしてもやらないことだって、女子との関わりで変わっていくことができる。

 

「こんな顔もするんだ。そういう優しい顔をするようになって、昔よりも話しかけやすい人になっていた気がします」

「……よく見てるんだな」

「私は鑑識科(レピア)ですし、ちょっとした変化を探すのは楽しかったりするんですよ」

「あたしは……」

 

 あたしは、美魚のことは何も知らない。

 いい風に変わったと言ってくれているが、対して鈴は何もいえない。

 

 西園美魚が普段何をしているのか。

 西園美魚はどんなことをしているのか。

 西園美魚の交友関係はどんな感じなのか。

 

 クラスメイトではあっても、今まで気にかけたことがない。だから分からない。

 

 美魚に空白の一ヶ月の記憶があった時、理樹にクラスではどんなことがあったのかを聞かれた時には何も答えられなかった。真人も答えられなかったが、真人の場合は理樹がいない分自力で課題に奮闘する必要があり必死だったということがある。

 

 対し、自分は?

 

 理樹が紅鳴館に行っていて不在でも、特に変わったことなく毎日を過ごしていたはずなのに分からなかった。それは自分が興味がなかったからに他ならない。

 

 毎日のように顔を合わせていれば学校を休んだかどうかくらい分かるはずなのに、そもそもいたのかどうかすら分からない。

 

 恭介がいて、理樹がいて、真人がいて、謙吾がいる。

 

 それだけで鈴の交友関係は完結していて、それだけでも十分すぎるほど楽しかったから満足してしまっていた。

 

 でも、そこにいつしか小毬もいて、来ヶ谷もいた。

 最近では葉留佳もやってきた。

 

『ヤーヤー、鈴ちゃん鈴ちゃん。今日も今日とてはるちんは絶好調ですヨ!!』

『うっさい!』

 

 葉留佳についても鈴はろくに知らなかった。存在を知ったのは、アドシアードで来ヶ谷の助手をやるらしいと聞いたときだ。会えばやたらハイテンションで話しかけてくるものの、まとわりつくこともなく言いたいことを言うと去っていくことが多かった。

 

『一体何だったんだあいつ……』

『そういうな鈴君。葉留佳君はあれでかなり繊細なんだ』

『はぁ?あいつがか?』

『何も考えていないようなことを言って、その実不安だからあんな言動をする。君と似ているな』

『あたしとあいつが?全然違うだろう』

『似ているよ。表面に出ているものが違うだけで、本質的な部分は近いと思う。葉留佳君も鈴君も、やろうと思えば簡単にできることを怖がっている』

『……何も怖くないって感じで話をするぞ、あいつ』

『君も葉留佳君のことを知ろうとしてくれたら、私はうれしいな。葉留佳君はきっと、今までろくに鈴君と会話したことがないからどう接したらいいのか分からないのさ』

 

 人間関係なんて、自分から動かない限りは変化しない。

 相手から見捨てられることがあっても、好転することなんてありえない。

 

 葉留佳がリトルバスターズに入ってからというもの、来ヶ谷とともに葉留佳が一足先に名古屋に旅立つ直前までずっと葉留佳は鈴のもとに通い、よくわからないテンションを維持したまま言葉をつないでいた。鈴が何か返答する前に、一人漫才をするようにして言葉をつなぐ。まるで、会話が途切れることを恐れているかのようであった。たとえ返事がなかったとしても、言葉を紡いでいる間は静まり変えることはない。

 

『やぁ鈴ちゃん。今日も元気ー!?小毬ちゃんも元気ー?』

『げんきー!』

『今日もうっさいな』

『そりゃそうですヨ!なにせ、今日からキャンペーン開始なのですからネ!』

『キャンペーン?』

『そうですヨ!名づけて、「名前を呼んでもらおうキャンペーン」ですヨ!というわけで、ぜひこのはるちんのことを、名前で呼んでくれて結構ですよ!安いよ安いよー!お得だよー!』

『ひょっとして、はるちゃんがずっとここ最近来てたのって鈴ちゃんに名前を呼んでもらいたかったからなの?』

『そうなのか?』

『さぁ、安いよー!大特売だよー!』

 

 鈴に名前で呼んでもらいたい。

 だけど直接頼む勇気もない。だからこうした回りくどいことをしなければならない。

 

 そう思うと、葉留佳のことを人ごとのようには思えなかった。

 むしろ敬意を表するべきだろう。

 小毬のことを小毬ちゃんと呼ぶようになったのはかつての流れによるものだが、あれは来ヶ谷と小毬の二人の強引さがあればこそ。それだけの度胸がない葉留佳は、探り探りでも精一杯のことをしようとしていたのだ。

 

 

 ――――――――――あたしだったら、それはきっとできやしないのに。

 

 

 これから名前で呼んでみたい人に出会ったときに、名前で呼ばせてくれと言い出せるとは思えなかった。

 

『……はるかはうるさい』

『ッ!!お買い得ありがとうー!よし!これならバイト代もらえそうですヨ!』

 

 名前で呼んでくれ。そう言ってくる人の名前を呼ぶことはできても、自分からは言えるのだろうか。

 

「棗さんが黙っていらっしゃったとしても、私は一向に気まずいとは思いませんから安心してください。棗さんが本当はすごく優しい人だってことは、クラスの中でも評判なんですよ」

「西園……さん」

「私は今迷惑をかけていることと思います。直枝さんや井ノ原さんたちとの親睦の機会を奪ってしまったのですから。私自身切羽詰まっていたとはいえ、嫌な顔もせずに棗さんなら助けてくれるかもしれないと思ったからこそ声をかけてしまったのです。ごめんなさい」

「そんなことはない」

 

 美魚は申し訳ない気持ちでいっぱいだという。

 けれど、それは鈴の方も同じだった。

 

 ハートランドでのリトルバスターズの新メンバー加入も記念した親睦会なんていつでもできるのだ。

 そんなことはどうでもいい。美魚が気にすることじゃないのだ。

 

 自分を見てくれていた人に、対して何も考えても思ってもいなかったことが申し訳なく思う。

 

「あたしは……」

 

 あたしは?

 あたしはこれから何を口にするつもりだったのだろう。

 考えるよりも先に口が動いたはずなのに、鈴の口から言葉が出ることはなかった。

 

 それより先に、図太い声が聞こえてきたからだ。

 

「ようやく見つけたぞ」

「―――――――――――――ッ!!」

「まさか、ハートランドの中にいたとは思ってもみなかった。これが灯台の元は明るいとかいう奴か」

「なッ!!」

 

 鈴と美魚の前に現れたのは一人の少年であった。 

 ただ、槍、斧、鉤を組み合わせたような複雑な形状をしている武器―――――ハルバートを手にしていた。

 このハートランドという観光地において、このような目立つ武器を手にしているのにも関わらず、周囲からは目立った反応は上がらない。いや、それ以前の問題として、

 

(――――――――――待て。周囲の人はみんなどこに行った?)

 

 鈴と美魚を除いて、周囲には目の前の少年以外人が誰一人としていなかったのだ。

 観光地であるハートランドは、どこにいても周囲を見渡せば人がたくさんいるはずなのに。

 美魚と気まずい空気がならないようにと話題を必死に探していたせいもあり、鈴は今まで周囲に自分たち二人以外の人間が消え去っていたことに気が付かなかった。

 

「西園美魚だな。俺と一緒に来てもらおうか」

「ッ!」

「………下がってろ」

 

 ハルバートという目に見える武器を片手で担ぐ少年を前にして、鈴は美魚を守るように一歩前に出た。

 そして、美魚を安心させるようにして宣言する。

 

「何も心配ない。あたしがいる以上、美魚(・・)には指一本触れさせない」

 

 

 


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