Scarlet Busters!   作:Sepia

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Mission124 記憶の中の住人

 

 

 三枝葉留佳。

 彼女は自分の一族のことをロクデナシの一門だと心の底から軽蔑している人間だ。

 そして、彼女は自分のことを、その一族の名前を持つ程度には最悪な人間だろうと思っている。

 

 少なくとも自分のことを優しい人間だとは思ってはいない。

 私が武偵となった目的は自分の家族(かなた)を取り戻すため。

 それ以外はどうでもいい。

 武偵なんて職業にも誇りも感じない。

 そんなものは所詮ただの手段にすぎない。

 普段からそう自分を評価していたし、それは大きく間違ってはいないと思う。

 

 だがそれは、選択を迫られた場合の話だ。

 佳奈多と何かを天秤にかけられた時、自分は佳奈多を選ぶ。それだけのことだ。

 

 佳奈多と何かを比較して、他をすべて切り捨てることを選ぶ程度には冷徹な人間だ。

 自己評価なんてたいていがあてにならないものばかりであるが、葉留佳はそう自分を評価している。

 

 そう、佳奈多が絡めばそういう人間になってしまう。

 その自覚はある一方で、そうでない場合はそこまで人間性は捨ててはいないつもりだ。

 

 普段からして冷徹というわけではないはずだ。

 見知った人間のことを忘れてしまうほど自分は薄情な人間だったか。

 いや、そうではいはずだろう。ちゃんと思い出せ。

 

 そんな風に自分自身を叱咤するも、葉留佳はちっとも美魚のことを思い出せない。

 そんな人物がいたという純然たる事実は覚えているのだ。

 

 過去にどんな依頼をしたのかだって覚えている。

 事実として過去に行っただって、すぐに頭に出てくる。

 

 時期は確か最初に葉留佳が美魚とであったのは高校一年生の最初のころだ。

 当時の葉留佳はハートランドを拠点として来ヶ谷とともに行動していたが、葉留佳はちょくちょくと東京武偵高校に戻ってきていた。葉留佳にとって目先の目標は自分の超能力を自在に使いこなせるようになることでがあったのだが、そのための訓練にのみ時間を使えるわけではない。

 

 来ヶ谷だってヒマなわけではなく、そもそも会ったばかりで友達ですらない葉留佳につきっきりで何かをしてやる義理もないのだ。当時の契約としては、来ヶ谷はイギリス清教という魔術に関わる組織の名前にかけて葉留佳を一人の超能力者ステルスとして自分自身を制御できるくらいに成長させる。その代わり葉留佳は来ヶ谷の仕事を手伝う。そんな関係から始まった。

 

 出会ったのは偶然で、どういう思惑があって来ヶ谷は提案してきたのかは葉留佳にはいまいち分からない。気まぐれであったのか、未熟な超能力者(ステルス)を放っておくわけにはいかなかったか、なにを思って自分に副官やらないかと言ったのかは分からない。案外何も考えていない気もする。

 

 それでも、副官の仕事を並行で行っている以上はハートランドで訓練ばかりしているわけにもいかず、ちょくちょく使い走りとして様々なところに行くことになった。美魚はその過程で出会った人間の一人。

 

 魔術について話ができる解読官。

 それが美魚に対する葉留佳の最初の認識であった。

 

 魔術も超能力も、自身がそれを使う人間でない限り理解されることなどほとんどない。 

 それは警察のような公式組織であっても変わらなく、超能力者(ステルス)はどこか他人とは違う人間なのではないかという意識が付きまとう。

 

 それゆえに、すんなり魔術絡みの話ができる人間というのは貴重な存在であった。

 そのため葉留佳はよく美魚に仕事の依頼に行くことが多くなっていき、いつしか御用達のような存在となっていた。だからこそ、

 

(……待って。どうして全然出てこないの?なんで思い出せないの?)

  

 美魚のことだ全くと言っていいほど出てこない自分自身に困惑を隠せない。

 過去にどんなことをやったのかは出てくるのだ。

 それでいて、美魚自身の人となりが全然思い出せないでいるから戸惑ってしまう。

 どうしたものかと助けを求めるように来ヶ谷の方に顔を向けるが、来ヶ谷はというと葉留佳の顔を見もせずに自分の携帯を取り出して何かを見ていた。

 

「……何見てるんですカ姉御」

「4月の初めにとったクラス写真。正直美魚君の表情もはっきりしなくてな……あ、見つけた」

「見せてもらってもいいですカ?」

「…………」

「姉御?」

「なんだ、この感覚は?……。よし、決めた。葉留佳くんへの質問を続ける。分からないでも感想でいいぞ」

「なんなりと」

「美魚君はいつも持ち歩いていたものがある。それはなんだ?」

「えっと、なんでしたっけ?確かに美魚ちんはいつも何か持ってましたね……えぇーっと」

「美魚君は白い日傘を持ち歩いていた。そうだったろう?」

「あぁ!そうでしたネ!そういえばそうでした!」

 

 どうして忘れていたんだろうか。

 葉留佳は素直にそう思わずにはいられなかった。

 以前どうして日傘を持ち歩いているのかと気になったから聞いたこともあった。

 

 その時の返答も思い出した。

 今となっては一つの思い出だ。

 

『どーして美魚ちんはいつも日傘を持ち歩いているの?ジャマじゃない?美魚ちんは武器を持って戦うなんてことはしないんだから、その日傘で銃弾を防御するだなんて暴挙にもでないデショ』

『……私は、これがないとなんだか落ち着かないのです』

『身体が弱いとかじゃないの?』

『体育の授業をいつも見学している身ですからとても元気だとは言えませんが、別に日差しが身体に致命的だとかいうような吸血鬼みたいなことはありませんよ。私は超能力者ステルスでもなんでもない私は普通の人間ですからね』

超能力者(ステルス)だってそんな変な体質の人いないとおもうけどなぁ』

 

 美魚に過去何があったのかは分からないが、いつしか日傘が持ち歩くのが当然のようなものになっていたらしい。なくても別に困らないが、ないとどうもしっくりこない。それは葉留佳自身よくわかる。葉留佳が身に着けているビー玉をモチーフにしている髪留めは、デザインとしては子供っぽさがある。まだ小学校に通う年代のころに誕生日プレゼントとして両親からもらったもだと思うといって佳奈多から渡されたものだから当然だ。それでも、もう身に着けていないとしっくりこない。大人っぽいデザインの髪留めをつけて鏡を見たら何か違うと思うのだ。

 

「そうでしたそうでした!美魚ちんといえば日傘ですヨ!」

「次、美魚君が好んで読む本は短歌集である。これは覚えているか?」

「そんなこと言っていた気がしますヨ。何の歌が好きなのか聞いても覚えられなくて、美魚ちんにかわいそうなものを見る目で見られたこともありますヨ」

「美魚くんは、鑑識科のSランクとして有名な人間である。『魔の正三角形(トライアングル)』の連中に比べて、教務科からの評価だってとても高い。それはクラスメイトの仲間たちからも変わらない評価である。そうだったろう?」

「そりゃ姉御やモミジくんと比較したら誰だって……いや、何でもないです」

 

 来ヶ谷の質問に対し、その通りだと言っていく葉留佳であるが、なんだか奇妙な感覚を覚えた。

 姉御の言うことに間違いはない。実際そうだった。

 

 だが――――――――――――指摘されるまで思い出せないことばかりであった。

 

「次、美魚君は青い眼鏡を好んで使う。入学式などの場ではいつもそうだった」

「そうでしたネ!美魚ちんはいつも青い眼鏡をしていましたネ!」

「……」

「あ、姉御ー?どうしましたかー?」

 

 葉留佳には、青い眼鏡をかけた美魚の姿が思い出せている。

 来ヶ谷の言うことに間違いはないはずだ。

 だからこそ、彼女が急に黙り込んだ意味が分からなかった。

 

 今までと特に変わった質問なんてされなかったはずだ。

 

「……なるほど」

「はい?」

「答え合わせだ、ほら」

 

 来ヶ谷が手渡してきた携帯の画面には写真が写っていた。

 映っているメンバーを見ると、どうやら二年生に進級した時に撮られたFクラスのクラス写真であった。

 そこには当然、二年Fクラスのクラスメイトである西園美魚の姿があるのだが、

 

「―――――――あれ?美魚ちんって眼鏡はこの時かけていなかったんですカ?」

 

 写真の中の美魚はメガネなどかけてはいなかった。

 

「当然だろう。眼鏡なんてかけているわけがない」

「へ?」

「私がクラスメイトで、彼女とともにいた時間は君よりもきっと長いだろうが、今までに一度も眼鏡をかけた姿など見せたことない」

「一体どういうことですカ?」

「私がさっきから君に聞いていたことは思いつくことを適当に聞いてみただけだ。事実として行動したことから徐々に美魚君自身の性格とか、個人の感想に近いことを聞いた。結果として、非常にあやふやなことになっていると分かった」

「どういうことですカ?」

「そのままの意味だよ葉留佳君。はっきりというが、私は美魚君が眼鏡をかけている姿なんて連想さえもしなかった」

「……へ?」

「今は手元にないが、『覗きの部屋』の私のデータを探しても、眼鏡姿の美魚君なんて見つからないと思うぞ」

「で、ですが姉御!私ははっきりと、美魚ちんがいつも眼鏡をかけている姿を思い出せますよ!」

「だから、それがあやふやだと言ってるんだ。それ、つい先ほど思い出したことだろう?」

「う……」

 

 言われてみればそうだ。

 美魚が眼鏡をかけているという事実だって、指摘されてそうだったと思いだした程度のすぎない。

 葉留佳自身が自分の力だけで思い出したことではなかった。

 

「もう一度思い返してみろ。美魚君はメガネなんてかけていたか?私の記憶の方が違うって主張するならそれでも一向にかまわないが、もう一度思い返してみろ」

「……美魚ちんは」

 

 間違っているのは姉御だ。私はちゃんと、眼鏡をかけている美魚ちんの姿を思い出せる。

 一体何を言っているのか分からない。そう返事をするだけだったのに、

 

「――――――――あれ?」

 

 どうしてか、今となってはどうして美魚はメガネをかけているだなんてことを自分が行ったのか分からないほど、その姿を思い出せない。

 

「自信がないか?」

「あれ、どうして……さっきまで思い出せていたはずなのに」

「それは、その記憶が外部によって思い出されたものだからだ。人の記憶なんて、具体的に結果として出てくるもの以外は個人の感性に左右されるものがある。外見だってそうだ。葉留佳君だけじゃない。私も、美魚君に関することで同意を求められたら、嘘であってもそうだったなと肯定してしまうだろう。今私は違うと否定できていたのは、あくまで私が写真を見ていて嘘と分かっていながら聞いたからだ」

「え、ちょっと待ってくださいよ!?これって私がおかしくなったというよりは、みんなおかしくなっているってことなんですカ!?」

「えっと……何がどうなっているのでしょう?」

 

 葉留佳の困惑ぶりに、どういうことが起きているのかいまいち分からなかったクドリャフカが質問するが、来ヶ谷はすでに結論を出しつつあった。

 

「こちらの結論はこうだ。美魚くんはすでに、魔導書の影響を受けている。そして、おそらくその魔導書の能力は、認識を植え付ける類の効果を持つだと考えている」

「なッ……」

 

 絶句して何も言えないでいたクドの代わりに、別の人物は来ヶ谷に対して返答した。

 その人物は、拍手をしながら来ヶ谷に葉留佳、そしてクドの三人がいる部屋へと足を踏み入れた。

 

「さすがエリザベス。あの『インクレディブル』の副官として一気に名をあげた人物なだけはありますね。そんなことなどありえないと、伝統と格式という言葉で固定観念に凝り固まった神職たちよりずっと頭が柔らかい」

「……」

「ディアナさん?」

「報告します」

 

 クドにディアナと呼ばれたのは、ロシア聖教のシスターの一人だろう。

 別に教会にシスターがいることはなんら疑問はない。

 ただし、全身に武装をしていなければの話であるが。

 

「――――――――――」

 

 一体何の用かと葉留佳は身構えるが、ディアナの目的は会話に割って入ることではないようである。

 あくまでクドに緊急の連絡を入れるためにやってきたようである。

 

「クドリャフカ。我らロシア聖教の武装シスター総勢48名。準備が整いました。」

「分かりました」

「……それで?これからどうする?」

「決まっています。美魚さんが置かれている状況がどうであれ、私たちは使命としてやらなければならないことがあるのです」

 

 美魚が現状どうなっているのか、今は分からない。 

 分からないことだらけで、分かっていることなんてほとんどない。

 それでも、代わらないことだって、はっきりしていることだって確かにある。 

 それは、

 

「ではディアナさんは魔女連隊との戦いのために入ってください」

 

 魔女連隊を殲滅すること。

 まずはそれから始めると、クドはロシア聖教の代表者として宣言した。

 

 

       ●

 

 レキと小毬は岩沢を連れてきたことにより、リトルバスターズは『SSS』との接触が成功したと言ってもいいだろう。あとは理樹と真人はどうなったのかが鈴たちの不安要素であったのだが、理樹と真人はすぐに見つかった。野田がハルバートを持って問答無用で襲ってきた時には理樹と真人の二人も返り討ちにあったのかと心配したものだが、そもそも戦いにすらなっていなかったと判明して、鈴はあきれ果てていた。

 

「それで、どうしてそいつがここにいるんだ?」

「村上君は実家が名古屋にあるみたいなんだ。職場体験の期間は里帰りとかねて名古屋で仕事をすることになってるみたいんだんだけど、ちょうどここで会ったから西園さんのこともあって話を聞けたらいいなって」

 

 これは鈴や美魚に説明するために理樹がその場で口にしたでまかせである。

 ちょっとしたら村上の実家が名古屋にある可能性もないわけではないものの、理樹は村上の実家の場所なんて知りもしない。だが、名古屋には名古屋女子武偵高校くらいしかなく、男子が武偵を目指すなら東京に出てくる人間が多いため、言い訳としてはそう違和感はない。少なくとも、

 

(レキさんのストーカーして名古屋までやってきました、なんていうよりよっぽどマシだろう)

 

 理樹はありのままを伝える気にはならなかったのだ。

 村上だけではなく、レキ様ファンクラブRRRのメンバーの大半も今名古屋に来ているなんて言いたくもなかったのだ。村上から話を聞くだけならメールでもいいはずだが、理樹は村上にも一緒に来てくれないかと頼んでいた。その理由は彼がおかしなことを言いだしたからだ。

 

『西園って誰だ?』

 

 いじわるをするわけでもなく、きょとんする村上に対し忘れたのかと憤った理樹であったが、村上の返答があいまいだったためじゃあ会うかと連れてきたのである。

 

(……で、どう?思い出した?)

(あぁ、はっきりと思い出した。なんで忘れていたんだろうな。西園はRRRのメンバーではないが、俺たちFクラスの仲間じゃないか)

 

「ねぇ村上君。今ちょっと困ったことになってるんだけど、村上君も力を貸してくれない?」

「いいぞ。クラスメイトを助けるのは当然のことだからな」

「む、村上君ッ!}

 

 村上の考えとして、当然クラスメイトとして美魚のために行動するというものだけじゃない。

 その考えがないわけではないが、彼はレキ様ファンクラブRRR会長。

 レキが一緒にいる以上、レキの助けとなることが彼の本望である。

 

「……よくわかんないんだけどさ、そいつも一緒にくるってことでいいのか?」

「うん、それでお願いします」

 

 理樹と村上の関係なんて、東京武偵高校の生徒でもなんでもない岩沢には分からないが、どのみち彼女にとっても知り合いだと明確に言えるのは恭介とレキの二人のみ。村上一人増える分には何も問題ない。

 

「まずは安全な場所に移動しようか。話はそれからだ」

「はい」

「おっと、そういえば言っていなかったことがあったな」

「?」

「こんな形になったけど、チケットを贈った人間として言っておくよ」

 

 もともとリトルバスターズにハートランドへの招待状を恭介に渡したのは彼女なのだ。

 こういった形で来ることになったのは不本意だとはいえ、リトルバスターズを歓迎する気持ちが彼女にあるのもまた事実。ゆえに、岩沢は理樹たちリトルバスターズに向けて笑顔を浮かべて言った。

 

「ハートランドへようこそ」

 


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