直枝理樹と井ノ原真人の部屋にて、理樹は謙吾と二人で黙々と霊装を作っていた。
理樹がハイジャックで使用したり、探偵科寮大戦で大量に使ってしまったために補充しておく必要があったのだ。余分につくるつもりのため、理樹の部屋で謙吾は泊まりがけになる。真人もいないしちょうどよかった。
「ごめんね。この前に大量に使っちゃって」
理樹は右手にとある能力を宿している。
武偵としての分類は一応超偵ということにはなっているが、実際は魔術はからっきしだ。
霊装を左手でなんとか発動できるが、自分の力では魔術は発動できない。
いや、ひょっとしたらそもそも体質的に自力では発動できないのかもしれない。
「仲間だからこれくらいは別に構わないが……作るのは前と同じ手榴弾のタイプでいいのか?形はいろいろあるが……」
「デサインはまた考えておくよ。でもとりあえずはそれで」
手榴弾というのは理樹が武器として使う魔術爆弾のことだ。
化学反応ではなく、魔術による爆発を起こす一品故に理樹の能力で無効化できるのだ。
だが、
「しかし、お前のその能力はよく分からない能力だよな」
「魔術を受け継ぐ家系である謙吾でも、正体が分からないの?」
「仮説はいくらか立つんだけどな……どれもこれも説明には決定打が足りないな」
そう。理樹の能力自体が本人すらよく分からない能力なのだ。
「恭介は『魔術ではない』と言い切ってたけどね」
「事実として魔術や超能力を打ち消してるんだがな。俺の視点からしたら、魔術や
「矛盾がある、と?」
「まぁな。理樹の意思とは関係なく自動発動する時点でおかしいんだ。体質という説明が無難だとしか言えないな」
理樹と謙吾は難しいことを考えた反動か頭がちょうどだけ痛くなった。
だからコーラでも飲もうかという結論に至り、
「コーラでも取って来るよ」
「ありがたい」
リビングにある冷蔵庫まで行こうとして扉を開けると、木刀で殴られている哀れな少年遠山キンジの姿があった。
●
木刀で殴られてのたうちまわるキンジは、本来の部屋の持ち主にうわぁ、という引いた視線で見られているのを認識し、
「な、直枝! 助けてくれ」
「話だけ聞こうじゃないか」
「アリアが真剣白羽取りの特訓を課してくるんだっ!」
ルームメイトにHelpを求めた。
アリアは木刀に変えてやったんだから感謝しなさい!とか意味不明なことを言ってくるし、このままではタンコブ量産は間違いない。
(木刀だろうがなんだろうが痛いのは変わらないからな!)
防弾制服にも弱点はある。
最大の弱点はむきだしの顔面に対する一撃には何の耐性もないことだ。
「全くだらしないわねぇ。それでもこのあたしのパートナーなの?」
「うるさい! 真剣白羽取りなんてピンポイントの技が出来るやつがそうはいるか! な? 直枝?」
ルームメイトによる肯定を経て、アリアに反論しようとしたキンジであったが、
「え? 遠山君。まさかとは思うけど――――真剣白羽取りできないの?」
思わぬ裏切りにあった。
「ほら、直枝もできるって言ってるのよっ!アンタもさっさとできるようになりなさい!」
「ちょ、ちょっと待て! お前、白羽取りできるのか!?」
「昔から恭介にそんなのばかり教わってたから」
論より証拠、と言わんばかりに不意にアリアは理樹に木刀にて襲い掛かった。結果として――
「…………これが?」
理樹は片手で受け止めて見せた。しかも左手。
「実戦なら両手使うけどさ、木刀程度なら片手でキレイに取れるよ」
「なん……だと!?」
「直枝!アンタもやるじゃない! ほら、キンジ!!あたしの相棒ができないはずがないわ!やるのよ!」
アリアはどうだと勝ち誇った顔をしている。それにしても直枝が白羽取り出来たのは驚きだが、
(……そういやこいつはあの時白雪の攻撃を普通に回避してたな)
探偵科寮大戦で爆弾を投げつづけるだけでなく切り掛かってきた白雪に反撃までしていた。
ひょっとして……
「直枝。お前って……戦ったら強いのか?理子相手に生きてるし」
「ん?僕はあの時普通に負けたよ」
「じゃあなんで生きてんだ?」
「さぁ? でも僕の専門は戦闘ではないしね」
よく分からないやつだった。
「星伽さんは?」
「白雪なら風呂だ」
そうか、と返事するルームメイトに対し自身のパートナーは提案を持ち掛けた。
「面白いやつね。こんどあたしと模擬戦してみる?」
「死にたくないのでやめてください」
そういうと直枝は冷蔵庫からコーラとコップ二つを取り出して部屋に戻って行った。
●
「あいつ、変わったやつね」
「そうだな」
アリアは理樹のことをほとんど知らない。ハイジャックで一緒に戦った仲だとはいえ、あの時は成り行きだった。だから、この際だから聞いておこうと思う。
(あのリズと一緒にいた人だからね)
昔の友人のことを思い出す。彼女は昔、つまらなさそうな瞳が特徴だったが、仕事は正確な仕事人間だったと思う。それが再会したら、女の子のスカートを平然とめくる変人と化していた。正直言いたい。リズ、あなたに何があった?
「あいつは結構変わってるやつでな、専攻は探偵科で自由履修で超能力捜査研究科を取ってる」
「……は?」
「ちなみに探偵科としてのランクはAで、超能力捜査研究科としてのランクはEらしい」
「意味不明ね」
超能力捜査研究科をとるということは多分超偵であるということだけど、
「Eランク? 超偵のEランクなんて聞いたこと無いわよ。ロンドンで魔術なんて珍しくもなかったけど、魔術はそもそも『才能無い人』の為の技術じゃない」
「そうなのか?俺はその辺りは詳しくないが、あいつは自力で魔術を全く使えないらしい。本来ならFランクだが、ペーパーテストがよかったからEランク見たいだ」
絶句する。世の中には変なやつがいたもんだ。まぁ、リズも変人だけど。
そういえば、リズは言っていた。
『今の私はリトルバスターズの来ヶ谷唯湖だ』
「リトルバスターズって?」
「あいつが所属するチーム名前だ」
「チーム?この時期から?」
「昔から存在する幼なじみ集団みたいだ。直枝と井ノ原が仲がいいのはそれが理由だな。今向こうにいる宮沢もその一員で、最近新しいメンバーが入ったとか言ってたな」
おそらく、それはリズのことだ。
「何するチーム?」
「そこまでは知らない。だが直枝には明確な目標があるみたいだ」
「目標?」
何だろうか?
私の目標はイ・ウーを壊滅させてママを救い出すことだ。もう一つは……
「三年で棗恭介っていう探偵科首席の先輩がいる。リトルバスターズのリーダーだ」
「棗恭介?」
「昔救われたことがあるみたいで、直枝にとってはヒーローみたいな存在なんだって言ってた。あいつは棗先輩のようになりたいらしい」
同じだ、とアリアは思った。あたしにはまだ叶えていないの二つの夢がある。
一つはママ救出でもう一つは……
(……曾お祖父様)
曾お祖父様。すなわち、シャーロックホームズ。
名探偵としての名前が持ち上げられているが、武偵の始祖でもある。
(あたしは曾お祖父様の半分でも名誉を得ようと武偵になった)
だから理解できる。
「直枝は、その先輩のことが本当に好きなのね」
「そうみたいだな。幼なじみといっても、棗先輩だけば別格みたいだな」
「……キンジ?」
そう言うキンジは寂しげに見えた。なぜだろう?
普段から推理力は無いと自覚しているが、その直感が間違っていないように思えた。
「あいつがうらやましいの?」
「え……あっ…いやっ……」
ひょっとしたらキンジにもいたのかも知れない。
自分にとって神様みたいな人が。あたしにとっての曾お祖父様が。
「大丈夫よ。キンジ」
「アリア?」
「キンジはやればできる男よ。キンジが誰に憧れているか知らないけど、キンジはその人を越えることができる」
だって。
「キンジはこのあたしのパートナーなんだからねっ!」
●
遠山キンジはアリアの笑顔を見て思う。俺は今何をやってるのかな、と。
アリアは大好きな母親を助けるために戦っている。
バカなルームメイトは敵わないと知りつつも目標とする人に少しでも近づけるように努力してる。
なら、俺は?
大好きだった兄を失い、武偵なんかやめると決めて。正直目をそらしたくなる。
武偵として正面から諸悪に立ち向かおうとしているアリア。
昔の自分のように憧れの存在に向かって成長しようとする直枝。
アリアと出会う前もそうだったが、直枝理樹という存在はキンジにあることを思い出させるのには充分だった。
(……俺も昔、兄さんみたいになりたくて努力したなぁ)
アリアと知り合ってからはその思いが強くなった。
白雪は俺のことを『正義の味方』と言ってくれる。だが、いつからだっただろうか?
(……『正義の味方』の名前が、後ろめたいと感じるようになったのは)
自分は正義の味方にはなれなかった。だけど、
(……きっとアリアの味方にはなれる)
俺にだって、それくらい。アリアがイギリスに帰ると言ったあの日、来ヶ谷に爆笑されながらも走ったことを忘れはしない。
でも、
「アリア。今日はもう遅いなら練習はやめよう。明日から部屋の要塞化を手伝ってやるから」
「え? そ、そう? キンジがそう言うならそうしようか」
今は頭がタンコブ量産で痛いから休んでおこう。