Scarlet Busters!   作:Sepia

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今回は小毬の伏線回?です。



Mission27 衛生科の薬剤師

 少年、直枝理樹は自室の二段ベッドの下の段にてぶっ倒れていた。

 理由は極めてわかりやすい。体温計は38度を示している。熱だ。

 

「理樹ぃ、大丈夫か?」

「んー。頭がくらくらとする」

「必要なものがあったらオレが用意してやるぜ!」

「アリアさんと星伽さんが部屋を大破させたから、部屋にはろくに物もないもんね。でも……真人は学校行って」

「いいのか?」

「今から眠るし、真人に学校休んでもらってまで看病してもらうほどでもないよ」

「それにほら、ここ最近はアドシアードの関係で午後の授業はないでしょ。午前中は少なくても寝てるから安心して」

 

 そもそも何でこうなったのだろう?

 昨日、来ヶ谷さんに散々な目にあわされた真人をあやしながら二人で部屋に帰ってきたら、

 

『キンちゃんやめて!手を放して!』

『大人しくしろ!抵抗するな!』

 

 目を潤ませた外見上乱れた巫女装束と必死な半裸のバスタオルがいて。事実を処理できなかったから真人と二人で現実逃避の筋肉いぇーい!を開始したらちょうど帰ってきたアリアさんとエンカウンターし、錯乱した名ばかり名探偵が乱射した銃弾から逃げ切るために夜の東京湾にDiveしたからか。元凶たる男遠山キンジも風邪を引いて寝込んでいることに対しては同情の余地はないとして、なんで一緒にDiveした真人は無事なのだろうか?やはり筋肉が違うのだろうか?ちなみに来ヶ谷さんからは、

 

・姉 御『アリア君には抗議のメールを送っておくとしよう。ちなみに真人少年と比べて落ち込むことはない。バカは風邪引かないんだよバカは。よかったな、少年。これで少年は生粋のバカでないことがわかったぞ』

 

 との感想をいただいております。何か違うと思うが、今はゆっくりと寝ておくとしよう。ついでに真人には帰ってくる時に買い出しをお願いしておこうか。日用品は消費アイテムだしこの際溜め込んでおいても悪くない。

 

「何かあったらすぐ呼べよな」

「うん。いってらっしゃい」

 

       ●

 

 目が覚める。今は何時だろうか。窓からは柔らかな日差しが差し込んできていて、真人もいない。

 時計を見ると、どうやら2時すぎのようだ。

 

(……38度、か)

 

 熱は下がっていない。でも、体は少しだけマシになった。

 理樹はもう一度寝ようとしたが、自分の汗に気づく。

 

(……水分補給しないとな)

 

 病人特有のふらついた動きでリビングまで出ると、テーブルにスーパー袋が置かれていた。中を覗くと大量のスポーツ飲料とワンカップもずくが入っている。おそらく来ヶ谷さんだろう。前に携帯食糧としてワンカップもずくを持ち歩いていたのを見たことがある。普段から授業に出ていないし、気を利かせて持ってきてくれたのだろう。礼をしようと携帯電話を取り出すと、実況通信にログが残っていて、

 

・0  『スマン理樹。今ちょっと忙しくて様子を見に行けそうにない』

・筋 肉『オレは理樹との友情のために……授業を受けるぜ!』

・姉 御『なら私がもずくとスポーツドリンクを差し入れに持って行っておいてやろう』

・筋 肉『なっ、テメェ!来ヶ谷(らいらいだに)!授業に普段から出てねえからってここぞとばかりにおいしいとこ食べやがって』

・姉 御『ん、食べる? 真人少年ももずく食べるか?』

・筋 肉『ありがとよ』

・ネ コ『こいつバカだ!』

・剣 道『まぁ……お大事にな』

 

(……みんな相変わらずだなぁ)

 

 ともあれ皆に心配をかけるわけにはいかない。チームとして仕事を受けている身だし、今日一日で体調を元通りにしよう。そう思ったと同時、彼はピンポーンという音を聞いた。部屋のチャイムだ。

誰だろうか、と思って部屋の扉を開けると、笑顔がいた。

 

「なーおーえーくんっ!お見舞いに来たよ」

「神北さん」

 

 神北小毬さん。二年Fクラスのクラスメイトであり、アドシアードでは一緒に仕事する仲間だ。

 

「どうしてここに?今は専門科目の時間だけど」

「私はアドシアード終了までリトルバスターズの専属なのです。勿論、メンバーの体調管理も私のお仕事」

 

 契約自体は当日の怪我人の手当てだったはずだ。優しすぎて涙が出そうな子だ。

 

「でも……思っていたより顔色良さそうだね」

「一眠りできたからね」

「なら何か作ってあげるよ。お腹すいたでしょ?」

「……うん。ありがとう」

 

 理樹は小毬をリビングに案内する。ガムテープで補強された椅子を見て彼女は驚いていたが、結局は「武偵高にはよくあること」で済ましてくれた。作ってもらったお粥をリビングにて食べてみて、

 

「おいしい?」

「涙がでそうだ」

「ならよかった。よほどひどそうなら私がお薬作ろうと思ってたんだけど、必要なさそうだね」

「薬?」

 

 薬を作る、という言い方に理樹は疑問符を浮かべる。武偵高の衛生学科といえば医師を育成するところであるが、武偵高の医師というば一般高のとは意味が違う。

車輌科(ロジ)の場合、車だけでなく新幹線からヘリコプターまで、多種多様の乗り物を運転する機会と技術が得られるため、その免許目的で武偵高に通う人がいる。そのような人は珍しくはない。だが、医師になろうとして武偵高に通う人などほとんどいない。武偵高の平均学力が低すぎるというのもあるだろうが、病院勤めの医師になるには一般高から一般大学の医学部に入学するのが最も手っ取り早いのだ。

 

 武偵高の衛生学科は衛生科と救護科。

 衛生科(メディカ)というのは病院ではなく現場で活躍する武偵を育成する学科。例えば、火災などの現場に向かい、応急処置を行ったり、強襲科のメンバーと一緒に乗り込み、負傷した仲間を手当したり。カルテを見てからゆっくりと方針を決めるのではなく、一瞬の判断が命を左右する現場だ。

 

 対し、救護科は武偵病院で働く人材を育成する場所。武偵の内情に詳しい武偵専門の病院に勤務する武偵を育成する場所だ。どちらかと言えば薬というのは救護科の領分でもあるので、疑問が出てくる。

 

「神北さんって確か衛生科(メディカ)だったよね?」

「そうだよー」

「なのに薬を扱えるの?それってどっちかというと救護科(アンビュラス)の領分じゃない?」

「扱えるっていうより、そもそも私は医師というより薬剤師という表現の方がしっくりくるの。薬剤師の免許持ってるしね」

 

 話していて分かったが、この人はイメージ的に言えば衛生科というより救護科という印象だ。

 衛生武偵は強襲チームに参加することもあるため、ある程度の戦闘訓練を受ける。

 しかし、神北さんが戦えそうな印象を理樹は持つことができない。いや、事実、戦えないだろう。

 

(……まぁ、真人が強襲科ではなく探偵科にいることはみんなからしたら疑問なんだろうけどさ)

 

 真人のことを考えてみたら、予測が一つ思い付いた。真人が強襲科ではなく探偵科にいる理由は、正直やることがないからだ。優秀な武偵が外国に留学する時は、専門学科を変えるということがざらにある。真人は中等部の時点で強襲科の高校三年生くらいの実力を身につけたため、今は探偵科にいるわけだ。足りない脳みそを振り絞って今は一緒に探偵術を学んでいる。

 

「中学の時は救護科(アンビュラス)だったりしたの?衛生科では薬の作り方なんて習わないと思うけど」

「救護科でも習わないよ。習うとしたらどの薬をどんな状況での使うかぐらいじゃないかな。ほら、車の運転方法を知っていても仕組みは理解していない人がたくさんいるように」

「そうなの?」

「私が薬の知識持ってるのは……なんで私が知っているのかも自分でもよく分からないの。薬剤師の資格だって、持ってるけど、いつの間にか持ってたっていう感じかな?」

 

 神北さんはちょっとだけ困ったように笑った。

 

「私……昔のこと全然覚えてないの」

 

       ●

 

 神北小毬はふと思う。なぜ私はこんなことを話しているのだろうか、と。

 理樹が話しやすそうというのもあるのだろうが、聞いてもらいたいという気持ちもあるのだろうか?

 

「覚えて……ない?」

「うん。いわゆる記憶喪失ってやつ」

「いつから?」

「小学生六年生までの記憶がないの。知識は残ってるけど思い出はみんな忘れてしまった。なんだか悲しいことだね」

 

 自分がどこで、いつ薬の勉強をしたのか覚えていないし、そもそもなぜ薬の勉強をしたのかさえ分からない。両親に聞いても覚えていない私には実感が持てない。でも、

 

「私は私の覚えていないことでいっぱい感謝された。記憶を失う前の私がやったことは、今の私にいっぱい帰ってきてるんだよ。最初は戸惑ったけど、幸せがぐるぐるぐるぐる回ってるってわかった。きっと、悲しいことなんてないんだよ」

「それは……前に聞いた神北さんの幸せスパイラル?」

「うん!」

 

 そう。きっと悲しいことなんてないはずだ。

 記憶喪失だと言うと、普通の人は気を使ってくる。大丈夫か、とか言ってくる。

 だけど目の前の男の子はこう言った。

 

「そう。なら、僕は今からぐっすり寝て、幸せを受け取っておくよ。そしたら神北さんにも幸せが回っていくはずだから」

「うん、お休みなさい」

 

 

       ●

 

 

 理樹はすぐに寝静まった。ひょっとしたら、小毬と話をすること自体が体調的にしんどかったのかもしれない。小毬は、とくにすることもないのでリビングを片付けようとして、ビニール袋に目がいった。

理樹からは来ヶ谷さんが持ってきてくれたんだと思う、と聞いていたやつだ。

 

(……来ヶ谷さんってどんな人なんだろう?)

 

 小毬は来ヶ谷のことをよく知らないのだ。わかるのは目の前の袋から好物がもずくだということぐらい。今回、同じチームとして依頼をする仲間とはいえ、まだ依頼を受けてから会っていない。そもそも小毬は薬剤師の資格を持っている以上、仕事には困らないわけで、学校に行かなくても生きていけるだけの収入はすでにあるし、武偵病院勤務よりもボランティアでいろんな場所に行く方が好きだから救護科(アンビュラス)ではなくフリーな武偵が多い衛生科(メディカ)に在籍している。

 

(……そもそも会えないんだよね)

 

 救護科(アンビュラス)の武偵が研修名目で武偵病院勤務であることからわかるように、医療関係の武偵は授業よりも実習が多い。頭でっかちでは話にならないという理由もあるだろうが、医師免許をとるのは相当大変なのだ。偏差値が低い武偵高校に通っていて医学を一から学ぼうとする人はいない。武偵高の衛生学科に所属している人は、元々技術があって、早い段階から使いたいという人向けなのだ。

 

「それでも、私、来ヶ谷さんと会ったことあったっけ?」

 

 よく考えてみると、来ヶ谷さんもいつも授業に出ていない気がする。そもそもエンカウント率が低い人だ。だから二年Fクラスでも彼女がチームに入ったというのは話題になったらしい。理樹くんから聞いた話によると、凄いけど頭がおかしい人。会うのが楽しみだ。

 

「よしっ!頑張ろうっ!」

 

 ともあれ私は今出来ることをやっておこう。さっき理樹からお願いされたこともある。この部屋には風邪で寝てる人がもう一人いるから、何かあったら手伝ってあげてね、と。その際に、

 

『星伽さんにこの部屋で会ったら急いで逃げるかリトルバスターズ関連だって慌てて言うんだよ!いいね!!命が惜しかったらそうするんだよ!』

 

 と必死に説明された。説明の際には思い出したかのように顔が急に青ざめていたが、その時すでに体調がひどかったのだろう。キンジが布団を敷いて寝ている部屋を覗き込むと、彼の枕のそばにもビニール袋があった。中を覗き込んでみる。

 

「これ……特濃葛根湯(とくのうかっこんとう)?」

 

 特濃曷根湯はマイナーだけど強い薬だ。漢方薬の店でもアメ横にある店ぐらいしか取り扱っていない。それだけ取扱いには注意が必要な薬だ。薬が効きづらい体質の人くらいしか使わないし、看病の差し入れに持ってくるものでもない。

これがあるということは、

 

「私が今回やることはなさそうだね」

 

 理樹はあと一眠りしたらなんとかなりそう。

 キンジはそもそも薬が効きにくいから下手に薬をつくる必要はない。

 なら、今、私が出来ることは、

 

「どうやったら鈴ちゃんと仲良くなれるかなぁ」

 

 気になる人と仲良くなる方法を考えることだ。 

 

「鈴ちゃんも来ヶ谷さんも、今何やってるんだろうなぁ」

 

 とりあえず、仲良くなるために下の名前で呼んでみようか。

私も小毬ちゃんって呼んでもらおう。

 

 

 


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