Scarlet Busters!   作:Sepia

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Mission28 神北小毬VS来ヶ谷唯湖

 その日は見事な五月晴れだった。暖かた陽射し。絶好の昼寝日和。

 特濃葛根湯のおかげですっかり翌日には元通りとなった遠山キンジは屋上にて優雅にゴロ寝を満喫していた。心地の良い睡眠はこの場が楽園のような感触を抱かせる。

 

(白雪……どうかしたのかな?)

 

 特濃葛根湯は薬の効きにくいキンジに唯一めざましい効果を示す。目覚めたら枕のそばに置かれていたが、誰が置いたかといったらおそらく白雪だろうと思う。でも、礼を言ったら戸惑っていた。どうしたのだろうか。至る所でチアの練習が行われているために、ヒステリアモードの危険性から逃げるようにやってきたこの場所ではあったが、周囲には誰もいないために平穏を味わうことができた。しかし、平穏というものはいつもあっけないもの。彼の前に平穏を破壊するデストロイヤーがやってきた。

 

「!」

 

 具体的には、顔面に白いスニーカーが落ちてきた。

 遠慮なく容赦なく、顔面をPRESSしようとしていた。

 

「なにサボってんのよ!ちゃんと白雪をガードしなさいよ!」

 

 デストロイヤーはポンポンを手に持ち、チアガールの格好をしていた。恰好だけ見たらやたらとかわいいデストロイヤーはチアとは異なる動きで右足を天高く振り上げ、ぎらっと太陽をその足にかすめていた。

 

(……こいつ、まさか)

 

 キンジは気づく。

 この女神崎・デストロイヤー・アリアは蹴り足を白羽取りさせようとしている。

 キンジの白羽取りは柏手を打つだけで、あっけなくカカト落としは脳天を直撃した。蹴られたり殴られたりするのは強襲科(アサルト)で慣れてしまったことだが、痛いものは痛い。

 

「もうっ!あたしのパートナーなんだから一度くらい成功させなさい!直枝みたいはバカでも簡単に左手でやってのけるのよ!」

「……あいつは練習したって言ってたが」

「ありがたいことじゃない。練習すれば出来るようになるという成功例がいてくれるなんてね。なんあんら今からコツでも聞いてくる?」

「あ……あのなぁー」

 

 キンジは結局蹴られた頭を押えながら立ちあがった。

 

「パートナーなんだからコンディションも少しは考えろ。俺は病み上がりなんだからな。どっかのバカに、冷たくて汚い、夜の東京湾にたたき落とされたんだからな」

「そ、それは悪かったと思ってるわよ。リズからもメールで『うちのバカ共に何しやがる』って抗議文(メール)が送られてきたからね」

「まぁ、風邪のことはあいつらには謝ってやれ。俺のことはもういい。白雪がくれた『特濃葛根湯』のおかげで治ったからな」

「え」

 

 申し訳なさそうにしていた元デストロイヤーの顔が急に驚きに支配される。

 真ん丸お目々だ。

 

「あ、あれは、あたしがリズに……店、聞い」

「なんか言ったか?」

「…………。あたしは貴族だし、ガマンしてあげる。自分の手柄を自慢するのは不様なことだし」

「お前らしくないぞ。言いたいことはいつもはっきり言うじゃないか」

「よかったわね、白雪に看病してもらえて、もう白雪と結婚しちゃえば!」

 

 アリアは突如ヒートアップした。何か地雷でも踏んだかとおもったが、地雷が何かキンジには分からない。その後は一方的に不機嫌オーラをたたき付けられたキンジは、なぜだか頭に血が上ってきた。なぜなのだろう? どうしてこんなに腹が立つのだろう?

 

「この際だから言わせてもらうぞ!白羽取りの練習なんて、もうやめだ!あんなもん、達人技だ!そうやすやすと出来るわけねーんだよ!」

「ダメよ!魔剣は鋼をも切るガード不可の剣を持ってると言われている。白雪が襲われた時――――」

「白雪が襲われることはない! 魔剣なんていねえんだよ!」

 

 アリアの事情は知っている。

 大好きな母親を助けたいためだということはわかってる。

 だからこそ、、思うことがある。

 

「お前は魔剣に『いてほしい』って思っているだけだ!」

「違う!『いる』! 私のカンでは、すぐ近くまで迫ってきてる!」

「そういうのを妄想っていうんだ!どっかいけ! 白雪のボディーガードなど俺一人で充分だ!お前はズレてんだよ!」

 

      ●

 

 神崎・H・アリアは何も反論できなかった。

 理論的にどうこうできないのではない。反論する気持ちがが全く沸き起こってこない。

 

「あんたも……そうなんだ」

 

 悲しみよりも怒りが込み上げてくる。

 なぜあたしのことを理解してくれないのだろう?

 なぜあたしのことを独り決めと表現するのだろう?

 

「みんな、あたしのこと分かってくれない。みんな、あたしのことを弾丸娘、ホームズ家の欠陥品と呼ぶ。直結の子息なのに襲名は叶えられず、一族からは失望の視線を浴びせられて。あたしには分かるのよ!白雪に危機が迫ってきてるって!直感で分かるのよ。どうして信じてくれないの?」

「何なら証拠を出せ!そしたら信じてやるよ!何度も言うが、魔剣なんていねぇ!もし白雪になにかあったというのなら、あいつは俺に言ってきてる!」

「あー、もうっ!ならアンタ一人でやって、大切なものを失ってもしらないわよ!」

 

 デストロイヤーは二丁拳銃をぬいた。

 

「このバカァああああ」

 

      ●

 

 遠山キンジがアリアの銃撃により恐怖にさらされていたのと同時刻。

 来ヶ谷唯湖と棗鈴の二人もいろんな意味でのChallengerに恐怖していた。棗鈴は人見知りである。だが、来ヶ谷との関係は良好ともいえる関係だ。最初は来ヶ谷加入に戸惑うかと理樹に心配されるくらいだったが、来ヶ谷の抱きしめ攻撃や頬擦り攻撃により緊張という言葉とは程遠い状態となってしまった。いや、むしろ警戒されまくっている。

 そして、二人を恐怖させるChallengerとは、

 

「鈴ちゃーん、ゆいちゃーん」

「やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

「どうしたのゆいちゃん?」

 

 向けられる満面の笑顔を前に、リズベスはどうしてこうなったか考えていた。

 理樹の風邪が治ったことでバカの筋肉さんが焼肉いこう!とかほざき出したので、男子には焼肉行かせてとりあえず女子の方で親睦会でもやろうと考えて鈴と小毬の二人を呼んだのだ。寮会への報告としての佳奈多との打ち合わせも終わり、アドシアード当日までとりあえず急ぎの用事はなっていた。この分だと近いうちに行われる花火大会も見にいけそうだった。

 

(美少女二人とキャッハウフフとやる計画が! 計画がぁあああ)

 

 最初の方は目論み通り、ヤロウドモの邪魔が入らないから『鈴ちゃーん』、と呼びかけられて恥ずかしがる鈴の姿を可愛い可愛いと目を充血させながら存分に堪能していたのだ。独り占めだ。恭介氏はさぞかし悔しがるに違いない。人見知りが奮闘する姿は可愛いものだ。だが、それからはどうした?

 

『ゆいちゃん?』

 

 誰のことかと思った。

 脳内がお花畑故にいもしないエア友達と会話しているのかとも思ったら、どうやら私のことらしい。

 

「ゆいちゃん?」

「スマン小毬君、普通に反応できない。それに私はもともと名前で呼ばれるのがあまり好きではないんだ」

「それはきっと、呼ばれなれていないだけだよ。きっと、好きになるよ」

 

 確かに名前で呼ばれ慣れていないのは事実だ。確かに両親からは唯湖という日本人らしい名前をもらったが、両親からもその名前で呼ばれたことはほとんどない。愛称で両親からはリズベス、友人からはリズと呼ばれているが、『エリザベス』の名前は英国女王陛下から直々にいただいたものだ。

ちゃんと『来ヶ谷・E・唯湖』と名乗る資格はある。イギリスにしたなら唯湖と呼ばれるよりもリズベスという名前で呼ばれる方が馴染みやすかった。日本にきたのはほんの二、三年前のことであり、つまり何が言いたいかといえば、唯湖と呼ばれても自分が呼ばれていると自覚できない。

 

「せめて来ヶ谷ちゃんと呼んでくれー!」

「センスないぞお前」

 

 鈴からひどいことを言われたが気にしていられない。第一、そんな余裕はない。

 

「ダーメッ! 私は名前の方が好きだからゆいちゃんと呼ぶのっ!」

「えぇい。こうなったら仕方ない。私も手段は選んでいられない……っ!! 小毬君! なら今日から君のことを『コマリマックス』と呼ぶぞ。どうだ、恥ずかしいだろう!」

 

 決まった。これなら回避できるはず。小毬君も妥協せざるを得ないはずだ。

 そう確信した来ヶ谷……あらためゆいちゃんであったが、

 

「うん!別にいいよー」

「なん……だと!?」

「えへへ。なんだかカッコイイねそれ。ありがとうゆいちゃん。カッコイイ名前をつけてくれて」

「うわ、やめろ! そんな純粋に輝いた瞳で私を見ないでくれぇえー!」

 

 神北小毬。この女の子は私の天敵なのかもしれない。

 ゆいちゃんと化した姉御は本能からそう悟っていた。

 自分にとって天敵ともいえる相手なんて一人だけでいい。

 その一人が自分にとってすでに心に決めた相手がいる以上、もう一人なんて増やしたくない。

 

(何か……何か手はないのか!?)

 

 考える。考えて考えて考える。この間三秒。思い付いた。流石私。やればできる女。

 

「小毬君。よく聞いてくれ」

「うん?」

「私の知人の戦妹(アミカ)に『ユイ』っていう女の子がいるらしいんだ。会ったことはないんだが、その女の子を今回のアドシアード見学に連れて来るなんて聞いてるから、『ゆいちゃん』なんて言われるとごっちゃになってしまって困るんだ……だからっ!!」

「うん。分かったよ」

「分かってくれたのか小毬くんっ!」

「でも、私にとってのゆいちゃんはゆいちゃんだけだよ。だからノープロブレムなのです」

「NooooOOOOOOOOOOO――――――」

 

 こうなったら無視を決め込もう。無視だ無視。パソコンを広げて仕事を開始しよう。

 

「さて……私のほうに仕事の依頼は――――四件か。一つは寮会からのメールで、もう一件はイギリスから。あとの二件は……まあ、個人的な報告書と、お?メヌエットから連絡が来てる。ああもうかわいいなぁ」

「ゆいちゃーん?」

「……」

「いいもん。返事してくれなくたって、ゆいちゃんって呼ぶもん」

 

 無視を決め込んだ。しばらく『ゆいちゃんコール』が連続で連打されたが、リズベスはそのすべてを無視した。理樹でもいたら、人が悪いとパソコンがただいまのお友達たる少女を咎めたのかもしれないが、あいにく今ここにいるのは重度のHITOMISIRI。戦力外だ。

 

(心を鬼にしろ、私)

 

 いくらかわいいものが大好きだと普段から公言していても、駄目なものは駄目だ。落ち込んでいるかなと思ってちらりと小毬のほうを向くと、

 

 

「――ゆいちゃんって呼んだら、ダメ?」

「そんなの勿論ダ……」

 

 悲しそうな表情が目に入った。正直めちゃくちゃ可愛かった。

 

「ダ、ダメはわけないじゃないか!好きなように呼ぶがいい!」

「やったー!ありがとうゆいちゃん」

「…………やっぱりゆいちゃんは勘弁してくれ」

 

 天才、来ヶ谷唯湖は無惨に敗北した。

 ちょろいな、という鈴の呟きが聞こえた気がするが、気にしない。

 何しろ私はまだ16だが大人だ。だが腹いせとして、

 

「な、何するんだくるがや!」

「ははははは。鈴君も私が苦労した名前呼ばれ攻撃を今一度くらうがいい!」

「鈴ちゃーん!」

「うにゃあああああ。放せ、放すんだくるがや」

「逃がすものかぁ!」

 

 喧嘩などしたアリアとキンジとは違い、こちらは平和な光景だった。

 そして、

 

『ここが東京ですか。初めて来ましたよ』

 

 アドシアードに向けて、東京にやってくる人たちもいる。

 アドシアードというイベントは、もうすぐ先まで迫ってきていた。

 




最近来ヶ谷視点が多いような気がしますね。
今度鈴視点も書いてみたいと思います。
さて、最後に出てきた人物は誰でしょう? 次回正解がわかります。

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