Scarlet Busters!   作:Sepia

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1章 『武偵殺し』
Mission3 空から来たる女の子


 

 空から女の子が降ってくるとおもうか?

 

 ま、映画や漫画ならいい導入かもな。

 それは不思議で特別なことが起こるプロローグ。

 主人公は、正義の味方にでもなって、その子と一緒に大冒険がはじまる。

 だけどそんなことを望むのは、あさはかってもんだ。

 

 だってそんな子はーーーー普通なわけが、ないからだ。

 

 だから俺、遠山キンジは、女の子なんて降ってこなくていい。

 

 そう思っていた。

 

 

       ●

 

 ――――――――――――ピンポーン。

 

(……ん? 今は……何時だろう?)

 

 遠山キンジはつつましいチャイムの音で目を覚ました。

 彼は探偵科(インケスタ)の寮にある食堂での騒ぎのあと、棗先輩を直枝と二人で運ぶはめになったのだ。見るからに力持ちの筋肉に頼もうしても、理樹(バカ)が何かのスイッチが入ってしまったのか、

 

「……筋肉っ!!筋肉っ!!!」

 

 とか言い出してしまった。

 おかげで、彼は余計に疲弊し、眠り込んでしまったのだ。

 眠たい目をこすりながら時計を見ると、時刻は7時を指していた。

 この時間帯に訪ねてくるということは、来客者はいったい何時から準備をしてきたのだろうか。

 

(こんな朝っぱらから誰だよ。まあ、あのチャイムの音なら見当はついてるけどさ)

 

 とりあえず制服を着こなし、キンジは玄関を開けた。

 そこにはキンジが予想した通り、彼の幼馴染である星伽(ほとぎ)白雪(しらゆき)の姿があった。

 

「やっぱりお前か白雪」

「おはよう。キンちゃん」

 

 遠山キンジ。だからキンちゃん。

 幼い子供が考えそうな呼び方である。実際にこの名前で呼ばれていたのは小学生の時だったか。

 白雪はキンジの顔を見た途端にぱあっと顔を明るくして、そんな呼び名で呼んできた。だが、慣れたとはいえその呼び方になんとも思わないわけではない。実を言うと、高校二年にもなってちゃん付けで呼ばれるのは正直恥ずかしい。

 

「いい加減その呼び方やめろって言ったろ? 俺は遠山キンジだ。キンちゃんじゃない」

「ご、ごめんね。でも私、キンちゃんのこと考えていたら、キンちゃんを見たら、つい、あ、私またキンちゃんって、ご、ごめんなさい」

「もういい」

 

 文句をいう気にもなれなかった。

 幼なじみという関係はちょっとやそっとで覆るような柔い関係ではないのだ。

 今でもリトルバスターズだなんてかわいい名前で活動している連中だっている。 

 それに比べば、呼ばれ方くらいかわいいもんだと思えてくる。

 

「白雪、ここはもともと直枝と井ノ原の部屋なんだ。俺は強襲科(アサルト)をやめて、探偵科(インケスタ)の寮に引っ越す際に受け入れてもらえた外様の身なんだから、俺はともかくあいつらだけには迷惑はかけるなよ」

 

 そう、ここはもともとはキンジの部屋じゃない。

 探偵科(インケスタ)所属の直枝理樹と井ノ原真人の二人で使用していたもともと四人部屋だ。最も住んでいるのは理樹と真人の二人だけだったから、部屋に空きがあったことは事実なのだが、そのことでキンジはちょっとした引け目も感じていた。部屋が狭くなるというのに人ひとり分を受け入れてもらえたことは今でも本当に感謝している。だから、彼等にはこれ以上の迷惑はかけたくはないと思っている。

 

「謙吾君は気にしなくてもいいと言っていたよ」

「そっか。宮沢も超能力捜査研究だったな。もう話ができるようになったか?一年のころは会話もできてなかったけどさ」

「まだちょっと無理だよ……。いくら親戚みたいなものだといっても、幼なじみのキンちゃんとは違うから」

「そうか。とりあえず入れよ」

 

 立ち話もなんなのでとりあえず白雪を家に上げることにした。

 結局のところ、白雪が来た時点で、学校に向かうべきだったのかもしれない。

 結果として彼、遠山キンジは7時58分のバスに乗り遅れることとなり、生涯、

 

     

     生涯、彼はこのバスに乗り遅れたことを悔やむからだ。

 

     なぜなら、空から女の子が降ってきてしまったからだ。

 

      そう、ーーーーーーーーー神埼・H・アリアが。

 

 

 

 

           ●

 

 

 直枝理樹は当然のように寝不足だ。ゆえに、彼の目覚めはどんよりとしたものになった。

 

「ヤバイ。今滅茶苦茶眠たい。やっぱり無理にでも身体を起こして真人と一緒に走りに行くべきだったかな?筋肉きんに……く……きん…に……」

 

 遠山君と一緒に恭介を運んだまではよかったが、やはりというべきか自室に戻ってきた途端に寝てしまったらしい。さすがは朝のベッド。なんて魔力だ。四人部屋の中で理樹が寝室として利用している部屋は真人との相部屋であるが、真人はいない。さっき、『オレは朝の筋トレにいってくるぜ!』とか言っていたから、そのまま学校にいったのかもしれない。真人は学校に行くのに手ぶらの身一つで行く人だから、荷物に困ることもない。

 

(手ぶらで学校行って何も困らないなんて……ホント、すごいよ)

 

 親友の筋肉の所業に感心しつつ、彼は行動を起こす。

 寝起きにすることはただ一つである。現在時刻の確認だ。

 今が七時なら朝食の時間。七時半なら朝飯抜き。八時なら遅刻確定。

 さて、時計が示している時間帯は――――

 

(ふむふむ7時50分。うん、見事なまでの寝坊だ)

 

 人間、窮地に立たされると緊張で一瞬で血の気が引いていくものである。一気に眠気がさめた理樹は、全力で準備を開始した。けど、そこからが一苦労だった。リビングに行くと遠山キンジが時間の経過を忘れてメールチェックしている姿を目撃し、二人で慌てて脱ぎ散らかってる防弾制服を着て(爪切りがポケットにあるのが理樹のものである)、パソコンのシャットダウン時にウイルスにやられていることにきづいたキンジを慰め、自転車に空気を入れようとしてパンクしていることに気づき、恭介がもってきた予備の自転車を倉庫から取り出している間、何件もかかってくるキンジへの白雪からのメールの着信音と電話音がいつまでも鳴り響いていた。

 

 

 

         ●

 

 

「なあ、直枝」

「なに?」

 

 人間、やればできると理樹は信じている。寝坊少年直枝理樹はキンジと二人でチャリをこぎながら学校に向かっていた。ギリギリではあるが、十分に間に合う時間だという余裕も作った。これなら信号無視を繰り返しての全力疾走をする必要もない。さすが自転車、文明の利器。

 

(さすが自転車だ。便利だなぁ。)

 

 このとき理樹は上機嫌だった。遅刻という名の絶望に打ちひしがられていたにも関わらず、何とかなりそうだと活路への希望が見えてきたのだ。無理もないことだろう。

 

「なあ直枝」

「なーにー?」

「さっき白雪が来たときに言ってたんだが、『武偵殺し』って知ってるか?」

「武偵殺し? 確かそれって」

 

 武偵は金で動き、武偵法の許す範囲内ならどんな荒っぽい仕事でもくだらない仕事でもこなす『便利屋』である。だから、その性質上、誰に恨みを買っても違和感はない。『武偵殺し』というのは、噂では武偵に恨みを持つ人物が復讐のために武偵のみを標的と定めた復讐者。その手段は確か、

 

「たしか、武偵の車なんかに爆弾をしかけて自由を奪ってから、ラジコンヘリで追いまわして、海に突き落とす手口のやつだよね。だけど、たしか捕まったんじゃなかった?」

 

 武偵殺しの実害にあったわけではないけど知識としては知っている。

 確か恭介の見ていた四コマ目当ての新聞に記載されていた気がする。

 武偵殺し、ついに逮捕!!!とかなんとか。犯人はいったいどんな人物だったっけ?

 特別興味があったわけではないから覚えていない。女性だったっけ?

 

「白雪いわく、模倣犯がでるかもしれないから、気をつけろだとよ」

「何をいっているのさ遠山君!僕らは自転車にのってるんだよ。逆に安全じゃないか!そんな危険性があったなら、いつも乗ってる7時58分のバスに乗れなかったことは好都合だったかもしれないよ」

 

 そうかもな、と二人で笑いあう。なにしろ

 

(チャリをジャックするなんてことは、バカ以外のなんでもないじゃないか!)

 

 そうして、むしろ安全に関して最新の注意を払っている自分に感心していた。

 後にこう思うことになる。ああ、フラグたったなぁ、と。

 事実、妙な声が聞こえてきた。

 

『その チャリには 爆弾 が しかけて ありやがります』

 

 有名なボーカロイドの声だった。

 

「――――へ?」

 

 今なんて聞こえた?振り返ると、『セグウェイ』と呼ばれる乗り物が。その乗り物にはスピーカーと短機関銃が装着されていた。自分が今どういう状況に立たされているかんて考える前に悟ってしまう。遠隔操作されているであろうセグウェイのコントローラーが、リモコンのボタン一つで自分とキンジの二人の命を消すことができりということだ。全力で自転車をこぐ今の理樹に『満身創痍』という言葉はなんど似つかわしいことか。

 

(まてまて、今何て聞こえた?『そのチャリには爆弾がしかけてありやがります』だって?)

 

 なぜ僕達が狙われねばならんのだ。WHY?

 分かる人がいたら急いでここにきて、説明してほしい。

 でも、説明より先にこの状況を打破する方が先だ。心臓に悪い。悪すぎる。

 

「遠山君!!  どうする!?」

「どうするもこうするもないだろう。俺達で対処できない以上、自転車で解決してくれそうな奴が見つかるまで全力でこぎ続けるしかない」

「分かった!!」

 

 

 さて、どうするか。こういうときは冷静に(顔は必死)、シュミレーションだ。

 

  

  ・パターン1 恭介に助けを求める。

 恭介は今もおそらく寝ているだろう。よって、却下だ。

 

  ・パターン2 真人に助けを求める。

 真人は学校についたら、いつも寝ている。よって却下だ。

 

  ・パターン3 鈴か謙吾に助けを求める。

 どこにいるか不明であるが、携帯を使えばいいだけのこと。彼らの場所に向かうとしたら、そう時間はかからないはずだ。

 

『チャリを 降りやがったり 減速 させやがると 爆発 しやがります』

 

(甘いぞ。脅迫犯)

 

 理樹は絶対的余裕の笑みをみせ、携帯電話で謙吾に助けを求めようとして、

 

『助けを 求めてはいけ ません 携帯を使用 した場合も爆発し やがります』

「ちくしょうおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

(バカな!先を読まれた!くそおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!)

 

 理樹の叫ぶ声が響いていた。思いついた打開策は一つだけ。しかもそれを防がれた。これがゲームや漫画の物語なら、そろそろヒーロー、ヒロインの登場か、主人公の生まれもった特別な能力の初公開の機会なんだろう。しかし、直枝理樹は現実を理解している。

 

(……残念ながら僕に、そんな力はない!!)

 

 一応物語の主人公らしく、直枝理樹は超能力を持っているといえば持っている。でも、彼の超能力は使える場面が限定的なものだ。どちらかというと受動的であり、能動的に使えるものではない。少なくとも今この場でさっそうと使って自分もキンジも無傷で救出して事件解決へと導くようなものではないのだ。理樹はどうやらこの場面では完全な役立たずのようだが、主人公に似つかわしい男がこの場所にはもう一人いる。その名は遠山キンジ。

 

「そういえば、遠山君の――――」

「何だ!?」

 

 遠山キンジの持つ主人公的体質『ヒステリアモード』発動したら、変身後のスーパーヒーロータイムである。発動さえすれば、発動さえすれば!! ……見事なまでの失敗フラグである。

 

 それでは発動条件を発表しよう。発動条件は、性的興奮だったはず。

 自分の命が握られている危機的状況においてはどうやったところでどうにもならない。

 

(くそ……こんなことなら!!)

 

 こんなときのために、二年Fクラスのクラスメイトの来ヶ谷さんからプレゼントされた女装道具フルセットを常に携帯しておくべきだったかもしれない。制服の下にあらかじめ着込んでいて、ピンチになったら『変身!』という恭介の好きそうな言葉と一緒に制服を脱ぎ棄てる。そしたら、女性向けの下着まで完璧に装着した理樹の女装姿にうっとりして、ヒステリアモードと化した、ヒーロー『遠山キンジ』と僕、いや私、直枝……名前は後でクラスメイトの博識そうな西園さんにでも考えてもらえばいいだろう。

 

 

『加速 させ てください。 増加 が 認められない場合 爆発し やがります』

 

 

 一気に現実に戻された気がした。命をねらっている相手にいうのもなんだが、ありがとうと感謝しておく。だって『変態』と呼ばれる一線を越えずにに済みそうだから。

 

(こうなったら……僕の超能力で……。遠山君には病院で寝ていてもらおうか。仕方ないよね、うん)

 

 少年、直枝理樹も一応、分類的には『超偵』となる体質的な能力をもっていが、自分で制御できるようなものじゃない。自分は助かっても、キンジを無傷で助けるのはMU☆RI! 後で真人と一緒にお見舞いに行こうと思っていると何かが引っ掛かった。

 

(……真人?)

 

 親友の名はある事実を思い出させてくれた。

 そうだ! 僕にも筋肉があるじゃないか! こうなったら筋肉で何とかするしかない、と理樹が一人で何らかの覚悟を決めた瞬間、二人は信じられないものを見た。

 

 

 

 

           ●

 

 

 グラウンドの近くにある7階建ての女子寮の屋上に一人の女の子が立っていた。

 遠目にも分かるピンクのツインテールの女の子だ。

 そして、ツインテール少女はいきなり屋上から飛び降りた。 

 

 


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