Scarlet Busters!   作:Sepia

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Mission31 花火大会の乱入者

「オヤジ! 焼鳥三本追加で! つくねとモモと、えーと……」

「まだ食べるのか?」

「財布は気にするなって言ってくれたじゃないですか」

 

花火大会は東京ウォルトランド主催で大々的に行われていた。ウォルトランドの敷地外でも食べ物などの屋台が建ち並び、お祭り騒ぎだ。そんな中、食べ歩きをこれでもかというくらいに楽しんでいるペアが一組。いや、子供と保護者のコンビが一組。子供みたいな方は焼鳥屋台の前で焼き上がるのをまだかなまだかなと瞳を輝かせていた。

 

「いくら食べてもいいけどさ、前みたいにあたしがユイを背負って宿に帰らないといけないとかは勘弁してくれよ」

「ご飯忘れて作曲していて結果、空腹で行き倒れる人に言われても説得力ないです」

「それもそうか。でもユイ、お前、やたらと嬉しそうだぞ」

 

 えへへ、とユイは見ている人すべてにほほえましいと感じさせる笑みを浮かべる。

 

「夢でしたかね。こうやって、祭に出向いて焼鳥とか食べるのは。昔はできませんでしたし」

「『ギルド』で実質食べ放題みたいなものだと思うけど」

「それとこれとは別問題です?」

「そんなもんか。まぁ、車椅子生活していたのは遠い昔の話じゃ無いんだから、念のため程々にはしておけよ」

「了解ですっ!」  

  

        ●

 

『ゆいちゃん』と呼ばれて真っ赤になって『ゆいちゃんと呼ぶな』と反論する方のゆいちゃんこと来ヶ谷唯湖にとって、今回襲撃を受けることは予想だにしていなかったことだった。

 

(全くなんで私が襲撃されなきゃいけないんだ。思い当たることなんか……あれ?いっぱいあるぞおかしいな)

 

 武偵というのは実は正義の味方とは言いきれない。

 委員会に所属する場合は正義で動くかもしれないが、基本的に動くのは金が理由だ。ゆえに、恨まれることなどよくあること。恨まれて襲われかねない武偵を守るために武偵を護衛に雇うなども珍しさのカケラもない。単に襲撃された程度なら『いつものこと』で済まされるのだろうが、

 

(問題は、こいつ私のことリズベスって呼んだよな)

 

 エリズベスの名前は日本では使ってない。つまり、狙われる理由はイギリス時代関連だろう。しかし、それが分かったところで狙われる理由は相変わらず多すぎて判断できない。

 目先の問題は飛んできた投げナイフではあるが、

 

「……」

 

 来ヶ谷は大きく動きはせず、足を一歩引く程度の動作であっさりとかわす。右手に持っていたタコ焼きを焼きそばを入れた袋の中に叩き込み、飛んできた最後のナイフを右手で白羽取りする。彼女の表情には襲撃を受けたことに対する焦りではなく戦闘による違和感を浮かべていた。

 

「なんのまねだ」

 

 掴んだナイフを相手に向けながら宣言する。来ヶ谷が抱く疑問は単純だ。『本当に私を殺すつもりがあるのか』。来ヶ谷は人知れず我知らず浮かれていたのか両手に持っているのはタコ焼きと焼きそばゆえ、殺そうと思えばチャンスはいくらかあったはず。投げられたナイフも、ギリギリ回避できるようなタイミングで叩き込まれた。暗殺するならもう少しマシな方法があるだろう。

事実、来ヶ谷はあっさりとナイフこと掴むことに成功している。達人が投げるナイフならば、そうやすやすとはいかない。そもそも対投げナイフは強襲科の授業に出てくるほどの驚異を示す。

 

 

「……お前、魔術師だろう?」

 

 来ヶ谷が目の前の男が魔術師だと断定した理由は二つ。一つはナイフの扱い方。防弾制服を彼女は着用しているため、剥き出しの顔面を目掛けて投げるというのは狙いがいいとは思うが、それは実際は顔を捻る程度で回避できるのだ。事実そうしてかわした。隙を作ってからならともかく、いきなりで行うとはとてもじゃないが、達人が行う行動とは思えない。

 

 そしてもう一つ。

 

 これが来ヶ谷が判断した最大の理由だが、

 

(……向かい合っている今でも全く気配が感じられない)

 

 気配が全くないし、殺気すらない。

 元々彼女の鋭敏な感覚は人の気配を逃しはしないのだ。

 そのくせして全く気配が感じられないとは彼女には違和感しか生まない。

 殺気がない時点で戦う気があるのかすら怪しい。

 正直、視覚に映っているから目の前の存在が把握できる、という程度だ。

 まるで気に止めることのない背景のようだった。

 

 

(考えられるとしたら、魔術だろうな)

 

 気配を消す超能力なんて聞いたことはない。魔術を使う、という点だけなら魔術師か超能力者か特定できないが、超能力者(ステルス)は特化系だからおそらくは魔術師だろう。否定もされなかったし。来ヶ谷の気配探知能力は狙撃の距離でも把握できるレベルゆえ、ナイフ一つ達人とは思えない人物が自身の感知を逃れられるほどの実戦経験をつんでいるプロだとは思えなかった。だから単なる体術の線もないだろう。

 

「で、私に何のようだ」

 

 とりあえず聞いておく。魔術師ということはイコールで犯罪者ではないのだ。ナイフを投げてきた以上はヤバイ奴の可能性しかないが、話ができるならそれにこしたことはない。

 

「貴女を試したことは無礼だった。謝罪する」

 

 返答は意外にも礼儀正しいものだった。

 目の前の男は優雅な一礼を取る。一礼の仕種から判断して、ローマ由来のものだろう。

 その動きの自然な美しさに教養を感じさせるものだった。

 昔嫌というほど見たことがある。この感じは経験から言うと、

 

「お前は貴族出だな」

「左様」

「私とは面識が?」

「いえ、お初にお目にかかります。エリザベス様」

 

 先程はイギリス清教のリズベスと呼び捨てにされたのにいきなり敬語になった。

 しかも様付けときた。

 

「その名前はもう使ってないし、いい大人が年下相手に様付けはよせ。気色悪い」

「いえ、そういうわけにはいきません。私が用があるのはイギリスでかつて天才の名前を欲しいままにしたエリザベス様なのですから」

 

 また面倒な奴に出会ったな、と思った。

 

「帰れ。私は今見てのとおり花火大会を楽しんでいたんだ」

「エリザベス様がいい返事をくださればこの場はすぐにでも退散いたします」

「……言ってみろ」

「では。エリザベス様には是非私どもの仲間になっていただきたい」

「何故私を?」

「人というのは数より質です。他の誰を無視してでも、あなたを口説き落とした方が有意義です」

 

 確かに武偵という職業は数より質と言える。

 だからロンドン武偵局はアリアをイギリスへ連れ帰ろうとしたのだから。

 

「優秀なやつなら世の中にはたくさんいるだろう。他を当たれ。私でなくてもいいだろ」

「貴女は自分のことを過小評価しておられる」

「……」

「あなたが委員長を勤める放送委員会の構成を調べさせてもらいましたが、貴女はあの程度に収まる器ではありません」

「おいおい。委員長って言ったら本来憧れのはずだぞ」

 

 委員長というのは数が少ない。Sランク武偵であることが絶対条件としてあるというのもあるが、それ程に委員長の資格を得るのは困難なのだ。学校の授業を堂々とサボれると嬉しそうに公言するのは来ヶ谷唯湖この人くらいであり、委員長の特権というのは『自分の組織を持てる』という一点に尽きる。例としてただの風紀委員なら正義の名の元に警察の仕事をしているが、風紀委員長となると自分の部隊を持ち、言わば国営の武偵企業を作ることができる。保健委員長なら専門の医療チームを構成できる。どこぞの大学病院の教授のような扱いだ。つまり、国営武偵企業の長という表現すら検討違いではない。来ヶ谷も一応委員長。普段の行動言動がおかしいが、これでも偉い人なのだ。なのに。目の前の男は私には相応しくないと言った。

 

「私には何が相応しいって?」

「世界」

「は?」

「貴女は世界のすべてを手に入れるに相応しい」

「頭がイカれたか、よほどの馬鹿なのか、お前」

「少なくとも今の貴女の放送委員会は有り得ません。自由に引き抜けるはずの他の放送委員には一切目もくれず、貴女自身は特に何も行わない」

「書類上は東京武偵高にも部下が一人いることになってる。まぁ、部下だと思ったことは一度もないがな」

「私どもの組織では、貴女の側近としてあんな無能ではなく優秀な部下を――――」

 

 言葉は最後まで紡がれなかった。

 先程来ヶ谷が右手で白羽取りした投げナイフを胸元目掛けて投げ返したからだ。対し、襲撃者の方も動揺はない。銃弾にも勝らずとも劣りはしない速度で強襲するナイフに対して身動き一つ取らなかった。そのまま刺さるかと思われたナイフは、襲撃者の身体に触れた瞬間にまるで余計な力など何も加わってはいないかのように重力の法則に従い地面の砂浜に落ちていった。

 

「お前が何の魔術を使うかなんて私の知ったことじゃないし、興味もない。けどこれだけは言っておくぞ」

「……」

「私の放送委員会は私自ら構成や活動を考えて作ったものだ。国からの職員紹介も無視して人員とかも一から自分で決めた。だからお前にどうこう言われる筋合いはないし、」

 

 そして何よりも、

 

「人の友人を無能といって馬鹿にするのは止めてもらおうか。わかりやすい挑発に乗ってやる。かかってきな」

「……。では行かせていただきますエリザベス様。できれば、単なる貴族にすぎなかった私の実力を見て、我が組織の素晴らしさを理解していただけたら光栄です」

 

         ●

 

 とは言え、来ヶ谷は今の段階で目の前の魔術師を倒せるとは全く考えていなかった。銃を扱わせても一級品である彼女であるが使わないからという理由で銃を持ち歩きもしない。バスジャックの時も銃は理樹のマグナムを借りていた。

 

(手持ちは焼きそばにタコ焼き。そして割り箸が二つ。こりゃどうしようもないな)

 

 足場が砂浜なのも彼女には痛い。コンクリートの足場で本来の速度が出せるならただの蹴りでも何とか行けそうだが、砂浜故にどうしても本来の速度が出ない。最低限の武装はしておくべきだったかと後悔したが、砂浜での戦闘なんて普段考慮することはないと考えたら後悔は消し飛んだ。

 

(……まぁ、勝てないなら勝てないでいいか)

 

 思考をすぐに切り換えて来ヶ谷は自身の勝利条件を定める。

 相手が魔術師だということは分かり切っているため自然と導き出される勝利条件は、

 

(……相手の扱う魔術を見極めるて生き残ること!)

 

 身近の友人に超能力者(ステルス)がいるので実感として理解できることであるが、魔術が流行らない理由として魔術師では超能力者に『才能』という面で遠く及ばないのだ。科学技術が進歩しているなら科学の方が手っ取り早いというのもあるし、普通の人が魔術を学んだところで超能力者が扱う魔術には及ばないのが最大の理由だ。具体例として、超能力持ちのくせにSSRでEランク(ペーパー試験でのお情け)相当の変人超能力者直枝理樹は例外中の例外として、星伽白雪と遠山キンジの二人を挙げてみる。

 

 同じ魔術を使わせてみたときに、その効果は一目瞭然。キンジの魔術は白雪の魔術の半分の力も出せないだろう。一応キンジが白雪と同レベルの魔術を発動させる方法もあるが、その方法はとてもじゃないが手間と努力が必要だ。

その現実は、魔術師が扱う魔術でその人の過去が連想できることがあるという事実を示唆する。

 

(……割に合わない魔術まで使うからにはそれ相応の過去がある)

 

元々裕福で不自由のない生活を送る貴族が魔術を学ぶ時点で妙な話なのだ。

扱う魔術が判明したら、後で調べればどういう人物か特定できる可能性が高い。

「さて、逃げるか」

 

 来ヶ谷は全力で後退し始めた。

 投げナイフが彼女には脅威にならない以上、魔術を使わせるには逃げるのが一番いい。

 それでもし帰ってくれるなら大万歳だ。

 

 

        ●

 

 本人達(現実は男の方のみ)が言うには違うらしいが、遠山キンジと星伽白雪の二人は事実のみ言うと、どこからどうみてもデートしていた。

 

「何とか始まる前にこれたな。よかった」

「……」

「白雪?」

「……夢みたい」

「夢なんかじゃないぞ。これから一緒に花火見るんだから、今の段階で幸せ一杯の表情なんかするな」

 

 うん、と微笑んだ白雪だがそれは一瞬のことで、すぐにまた不安げな表情に戻った。

 

「でも、私が外に出歩くと何かありそうで……」

「何もないさ。それに今は、俺もついてるだろ」

 

 そうだ。きっと何もない。何も起きはしない。

 キンジは自分に言い聞かせていた。白雪が不安がるのを見て、キンジまで何かあったらという気になってきたからだ。アリアが魔剣(デュランダル)の存在をやたらと現実だと考えているようだが、あんなのただの空想だ。

 

(……そうだ。ただ一緒に花火を見に来ただけじゃないか。何も起きるはずはないさ)

 

 話でもして気を紛らわそうとキンジが考えた瞬間だった。

 

「キンちゃんあれ!」

「え?」

 

 彼ら二人がやってきた人工なぎさの砂が、割と近くで柱のように立ち上がったのを見た。

 そう。きっと、砂浜に埋まっていた地雷が爆発したら、こんは風になるだろう。

 

「!」

 

 地雷とは違い、爆発音はしなかったが、なにかあったのだと元強襲科()の経験則から白雪を庇う位置にキンジは立つ。

 

「キ、キンちゃん!」

「大丈夫だ白雪。俺の後ろにいろっ!」

 

 白雪を安心させるために強めの口調で言ったか、キンジとしては不安で一杯だった。

 

(……どうしてこんな時にっ)

 

 アリアがいなくなってから、一人では何かあったら白雪を守れないんじゃないかって考えていたからだ。爆発により一時的な砂の柱が次々形成されていき、その余波として砂煙が二人を襲った。

 

(……くそ!砂煙で視界が悪い!)

 

 何があったのか分からないが、よくない状況が発生したのは事実だと思う。白雪が狙われたのかも、そもそも何か全く関係のないことに巻き込まれただけなのかも分からない。だが、キンジには白雪だけは守らなければならないという意識があった。

アリアもいてくれたらと思ったが、

 

(……俺が弱気になってどうする! 白雪だって、勇気を出してここまで来たんだ!)

 

 思い出す。白雪は生徒会の仲間とお台場で服とかの買い物に行くのすら恐いと言っていた。内気な白雪のことだから、今起きたことでやっぱり外に行かなければよかったなんて白雪は思ってしまうだろう。だから弱音は言っていられない。

 

 だから、今は単なる見栄でもいいから言ってやるべきだと思った。

 

「安心しろ、白雪! お前だけはこの俺が守ってやるっ!」




さて、姉御の部下とは誰でしょう?
よかったら考えてみてくださいね!
それはそうと、このタイミングでキンジが危機感を覚えるイベントに出くわすのは作品としては珍しい気もしますね!

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