星伽白雪は聞いた。
「白雪!俺から離れるなよ!」
それは、彼女にとっては頼もしい声だった。
「何があってもお前だけは守ってやるっ!」
それは、彼女にとっては誰よりも心強い声だった。
●
遠山キンジは視界を遮る砂煙の前に、様子見を決め込むことにした。何が原因でこのような状況が起きたのか知る必要があるからだ。白雪は浴衣姿だし、何かあったら何とか出来るのは自分しかいない。
兄さんの形見のバタフライナイフを展開し、注意深く周囲の様子を探る。
視界からの情報が何も入らずとも、キンジには強襲科で鍛えられた耳がある。
(……何かが近づいているな)
砂を蹴る足音と、追い掛けるように近くでワンテンポ遅れて大量の砂が浮き上がるような音がした。
耳を澄ませば足音の方が近づいてくるのが分かる。それは、高速回転するトンファーが空気を切る音のような音を伴っていた。やってきたのは、ソースの香りを漂わせたビニール袋を高速回転させている、
「……スカートめくり女?」
「なんだその不名誉な名前は。心外だ」
いつぞやの女だった。
アリアの背後をいとも簡単にとった少女。リズとか呼ばれていたアリアの昔馴染み。
「ひょっとして、さっきからの爆発みたいのは直枝の無音式魔術爆弾か?脅かすなよ」
「現実逃避する前にさっさと避けろ」
そう言って後ろの白雪ごとキンジを蹴り飛ばした来ヶ谷は、その反動を利用したジャンプで距離を稼ぐ。何する、とはキンジは言えなかった。次の瞬間、足場に何かが突撃した。
「大砲の弾が砂浜に突撃したらこんな感じになるのかな?」
「お前、意外と余裕だな」
「砂嵐の中だとしても気配で飛来物なら大体分かるからな」
「すごいやつだなオイ」
白雪の手を引いて体勢を立て直したキンジは、来ヶ谷に向き直る。
「来ヶ谷、これは何だ?」
「ん?魔術師に襲われているんだが何か」
サラっとすごいこと言われた気がする。
「まぁ、私が買ったタコ焼き半分ずつプレゼントしてやるからそれで堪忍してくれ。砂よけのために袋にいれて回したから潰れている可能性も否定できないが」
「軽いな!」
「なんだ。なにが不満だ」
「……もういい」
「しかし浴衣でデートとか、武偵として気を抜きすぎだぞ。いつ怨まれて報復行為されるかわかったもんじゃないのだから最低限の注意くらいは払っておけよ」
「タコ焼き抱えた女に言われたくはねぇ!」
「なんだと!ピチピチの大和撫子誘ってデートを決め込んだやつに言われる筋合いはないっ!」
魔術師を前にしているとは到底思えない会話を繰り広げる。はっはっはと笑う来ヶ谷は笑みを浮かていた。それはキンジと白雪を安心させる意図が彼女にはあったのかもしれないが、如何せん作り笑顔が下手な彼女の笑顔はおどけているようにしか見えなかった。
だが、少しは落ち着きを取り戻したキンジは白雪を気遣う余裕ができた。大丈夫かと白雪を見る。
白雪は――――真っ青になって震えていた。
●
星伽白雪という少女は星伽神社から出たことがなかった。
世間に発覚したら人権侵害だと訴えられてもおかしくないことであったとしても、星伽巫女のように超能力を扱う一族は例外として扱われてきた。ずっと神社の中で、テレビの世界がまるで別世界のような感覚で過ごす毎日。
けど、一度だけ外に出たことがある。
それは自分の意思だったかと言われたら強く頷くことはできなくとも、外に出てみたいと思っていたことは否定できない事実であった。
『白雪、一緒に花火大会に行こう!』
幼なじみが、あの時のたった一人の友達が連れ出してくれたあの日のことをわざわざ思い出す必要はない。だって、忘れたことなんてないのだから。勿論あの後大人達には一日かけてのお説教をくらった。
どうして私が外に出たらダメなのか。
どうして私が神社の中にいないと行けないのか。
その理由を理解させられた。
何も無かったからよかったものの、二人で行った花火大会で何事も起きなかったという幸運に後で何日も感謝したことを覚える。
もしもそのまま事件が起きないままだったら、私は星伽神社を出るのにもそう抵抗は無かったのかもしれない。キンちゃんを追いかけて武偵に通うのが精一杯の恩返しにはならなかったのかもしれない。
・剣 道『相談ってなんだ?』
花火大会に行こうと誘われた時は本当に嬉しかったが、何か起きるのではないかと心配になった。だから内情を理解している知人になれないチャットまで使って相談した。
・巫 女『あのね、キンちゃんから花火大会に行こうと誘われたんだけど』
・剣 道『よかったじゃないか。デートのお誘いだな』
・巫 女『……行っても大丈夫だと思う?』
・剣 道『何が不安なんだ?』
・巫 女『星伽の掟では外にでちゃ行けないし』
・剣 道『一緒ではないが俺も行くから気にするな』
・巫 女『でも私、最近のお洋服とか分からないから何着て行けばいいか分からないし、』
・剣 道『花火大会なんだから浴衣でも着ればいい』
・巫 女『でも、私、浴衣なんて持ってないし』
・剣 道『通販の1番高いやつなら間違いないだろ。予算が分からないなら、生徒会の後輩にでも聞いてみればいい』
・巫 女『でも、私、キンちゃんと何話したらいいか分からないし』
・剣 道『幼なじみが分からないならみんな分からないから安心しろ』
・巫 女『でも』
・剣 道『星伽は俺に「大丈夫だ」とでも言ってほしいのか?』
私は何がしたいのか自分でも分からなくなる。
不安を書き込んだで解決策を教えてもらって。不安を消そうとしてもらって。
・巫 女『謙吾くんも行くの?』
・剣 道『恭介が珍しく東京にいるから、行くに決まってるだろうな。来ヶ谷や神北も一緒だ』
昔は似たような立場はだったはずなのに、どうして私と謙吾くんにはこんなにも差がついてしまったんだろう。リトルバスターズ。来ヶ谷さんが入ったとは聞いたが、元々は幼なじみの集まりだ。
仲の良い武偵同士がチームどころか武偵企業を立ち上げるという話は聞くものの、実際はこんな感じなのかと漠然と思う。
・巫 女『謙吾くんはさ、怖くないの?』
・剣 道『何が?』
・巫 女『ほら、三年前、まだ最近のことだけど、日本の
実際のところ、私が何に脅えているのかは本当な気づいていた。
三年前。まだ中学生で神社の巫女さんなんかが通う
・剣 道『二年前というと……「
星伽に比べ歴史は全くといっていい程ないが、単純な戦闘力だけなら星伽巫女を上回るとされる超能力持ちの一族が、一夜にして皆殺しにされたという前代未聞の事件。その事実は日本にあるどの一族も武力では勝てないだろうという結論を暗示していた。
・巫 女『あの一族が太刀打ちできなかったのなら、星伽巫女だって勝ち目は薄い。もしそんなのに目をつけられていたら』
有り得る話だと思った。
イギリス清教も日本と関連があるとはいえ、あそこは表向きは大半が普通の宗教。星伽巫女のような戦闘部隊でもなんでもなく、学校帰りにハンバーガーでも友人と食べて、幸せそうな笑顔を浮かべるような一般人が大半だ。多国籍企業の要領で関連企業が日本で立ち上がったらしいが、武偵みたいな戦うものとは無関係なものだ。つまり、日本の魔術関連で狙われるとしたら星伽神社。そしてその筆頭巫女は私だ。
・巫 女『
・剣 道『どうせ遠山がとばっちりで狙われないかと心配してるんだろうが、一応聞いておきたかったことがある』
なに?
・剣 道『お前さ、明日死んだらどうするんだ?』
それは、
・巫 女『仕方のないことだよ。星伽の巫女は
スラスラでてくる言葉だ。昔、言い聞かせるように口にした言葉だからだろう。けれど謙吾くんは、
・剣道『使命のためならいつ死んでも構わんと教育されて、そのまま鵜呑みにするような奴なら確かにいつ死んでもいいとは思う。だが俺はそんなのゴメンだな。だが、遠山が死んだらどうする?』
それは、
・剣 道『武偵なんて命の危険も否定できない職業だ。いくら世の中の犯罪が凶悪化して武偵みたいなのが正当化されたとしても、武偵の存在なんて本来はない方がいいに決まってる。つまり、俺やお前に限らず、誰だっていつ死んでもおかしくない時代に生きてるんだ。戦争がないだけマシというレベルのな』
彼が何をいわんとしているのか、私には今一分からなかった。
・巫 女『何が言いたいの?』
・剣 道『結局、俺が星伽に聞きたいことは一つだ』
何だろう?
・剣 道『この間のハイジャック事件の事を聞いた際、遠山がそんなに心配ならどうしてお前は合宿からすぐに戻って来なかった?』
・巫 女『え?』
・剣 道『俺はハイジャックされた飛行機に理樹が乗ってると連絡を受けたとき、合宿を切り上げて戻ってきた。結局は間に合わず、真人のやつに「オレはお前と違って理樹の危機に間に合ったぜ!見ろ!始末書だっ!」とか自慢された時は腹が立ったが、理樹の無事だった顔を見た瞬間にまぁどうでもいいかと思えたんだ』
ようやく分かった。謙吾くんは私を、
・剣 道『俺はお前が戻って来るまでに、来ヶ谷という新メンバーをを加えてのバーベキューまでする時間の余裕があった。そのあと探偵科の寮でもめたらしいが、遠山が本当に心配で心配で仕方ないならなぜお前は帰って来なかったんだ?例え無事だと分かっていても顔を一目でも見るのと見ないのでは違う』
彼は、私を責めてるんだ。
・巫 女『……星伽の掟では、』
・剣 道『掟より大事なもの、見つかるといいな』
・剣道様が退室しました。
(……星伽の掟より大事なもの?)
考える。考えて考えて考えて、何度考えたって答えは変わらない。
(……私は、キンちゃんとのひと時が大事だ)
だから、行ってみようと決意した。
だが、その決意は魔術師遭遇するという結果を生み出してしまった。
魔術師というのは格別戦闘技術を学んだプロではない。魔術を学ぶだけで、戦闘技術を学ぶだけの時間を食いつぶされるからだ。所詮は超能力者には及ばない才能なき負け犬とも言える。そんな魔術師相手に
(……ごめんなさいゴメンなさいゴメンナサイごめんなさいごめんなさいゴメンナサイごめんなさいごめんなさいごめんなさいゴメンなさいゴメンナサイ)
そんな時だった。
「はい、あーん」
「!?」
危機感などなさそうな来ヶ谷さんに何かを無理矢理食べさせられたのは。
それは熱々の食べ物で、
「アチッ、あつっ、あっ!? いやっ!?」
結論から言うと熱いタコ焼きだった。
「ぐぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
私は罪悪感から一転、口の中に広がる熱さにのたうちまわることになった。
●
遠山キンジはあっつあつのタコ焼きを口に入れられてのたうちまわる己の幼なじみを見て、あぁ、こいつは昔も同じ事をしていたなぁと感じていた。昔、一緒に花火大会へ出向いた時、兄さんから渡されていた小遣いでタコ焼きを二つ買い、一緒に食べた。
あの時は初めて食べるタコ焼きに目を輝かせて食べた白雪は熱さにのたうちまわった。
猛暑の様な暑さや鍛冶などで発生する熱には体質的に強いんだよとか白雪は言い訳をしていたが、当然熱い食べ物には耐性はなかったらしい。
「おいしかったか?」
「く、来ヶ谷さん!何をするんですか!」
「いやだってお前、いきなりゴメンナサイゴメンナサイと懺悔し始めたから、気分を変えてやろうと」
「だからっていきなりは……」
「いきなり? よし、先に宣言しよう。今からあーんを繰り出してやる。タコ焼きも幸い潰れていなかったようだしまだまだあるからな」
「あのいや、今、マジメな展開じゃ……」
本来このような雰囲気でいるべき場面ではないが、白雪が突然懺悔し始めた時は本能的に危機を感じたから助かったと思う。
「白雪。お前には何一つ謝ることなんて無いはずだ。俺達はただ巻き込まれただけなんだからな。白雪には危機なんて迫ってないんだよ」
「……」
「来ヶ谷、お前からも言ってやれ」
白雪を安心させてやってくれ。
そう思うキンジだったが、来ヶ谷の返答は意外なものだった。
「……ようやく分かったよ。どうしようもなく要領が悪いと思ってたんだ」
それは、来ヶ谷を襲撃した魔術師に向けられた言葉で、白雪に向けられた慰めの言葉ではなかった。
周囲の砂煙もおさまるとともに、魔術師の姿もあらわになる。二十代後半くらいの男だった。
「……足手まといが増えたようですな」
「お前について大体の予測ができた。まず、お前はおそらく元ローマ貴族。結局お前が扱う魔術がなんなのか分からないが、気配が感じられないところを見ると減衰できるタイプの魔術か何かだと思ってる。そして、その魔術は尾行に持ってこいだ」
「それで?」
来ヶ谷は、こう言った。
「お前、ホントに私を狙っていたのか?」
嫌な予感がしてきた。だからキンジが問うのは、
「待て。こいつは来ヶ谷を狙ってきたやつじゃないのか?」
「私に用があったのも事実だろう。だが、最初から付けていた相手は私ではない」
「どういうことだ?」
「考えても見ろ。棗恭介、直枝理樹、井ノ原真人、棗鈴。探偵科の上位ランクが四人もいて、尾行に気づかないはずがないんだ。私に関しては言えば、偶然この人工なぎさでタコ焼き抱えた呑気な少女とエンカウントしたから予定を変更して接触しておきたかったって所だろう」
「じゃあ……」
キンジの嫌な予感は、実像として身を結ぶ始めた。
「お前、誰を狙っていた?」
誰を狙っていたかキンジは考える。
人工なぎさに来るのが分かっていて待ち構えていたとしたら?
元々来ヶ谷へと接触は予定に無かったとしたら?
だとしたら、
「お前が
●
「いや、違うだろ。私が聞いた魔剣の話とは全く違うし、第一こんな風に姿を表すとは思えない」
来ヶ谷さんの言うように、魔剣ではないだろう、と白雪は思った。
でも、もっと別の、何か薄気味悪いものに思える。
一応敬語で話しているだけで、本心は不気味になものに思える。
「……貴女にお目にかかれてよかったです。エリザベス様」
「急にどうした?」
「貴女はやはり頭の回転が速い。今は大人しくしているにせよ、警戒するに値すると分かりました」
「ん?帰るのか?」
「本心を言えば、一度貴女様をこの目で見ておきたかったのですよ。ですが、このまま貴女に付き合うとリスクの方が高そうですね」
「つれない奴め」
「誰だって勝ち目のない戦いは挑みませんよ」
魔術師は海へと目を向けた。ただ砂浜へと一定のペースで打たれるはずの波打際の水が、不自然な潮の動きをしていた。波打つ水が、不自然な小さな渦を作り出している。
(……あれは)
白雪は知っている。あれは、
「では、さらば」
魔術師は軽く地面を蹴り、重力を受けていない宇宙空間にいるかのように自然に何メートルも上空へと後退した。
直後。
魔術師がいた場所に水の弾丸が通過した。
「ちっ。バレてたか」
水の魔術。知っている。これは、
「……謙吾くん!?」
来ヶ谷さんの舌打ちを聞いて岸の方に目を向けると、手をかざしている知人の姿が見えた。
●
「真人っ!」
「オオオオオオオオオオ」
来たのは謙吾と真人の単純バカ二人だった。井ノ原真人は砂浜による抵抗を筋肉により強引に突っ走る。全力疾走だ。
魔術師が空中に風船のように漂いながら後退する速度より速く、砂浜を翔ける筋肉は、来ヶ谷に向かって一直線に走る。
キンジが銃を取り出すより早く、彼らは動いた。
「
「行くぞ。堪えろ」
筋肉は来ヶ谷を引き殺す電車の如く一直線に突撃し、ぶつかりそうになった瞬間、来ヶ谷唯湖は真人に蹴りかかる様に見えた。厳密には蹴ってなどいない。真人に両足がぶつかるような角度でジャンプをした結果、相対的に蹴ったように見えただけ。カウンターの要領で加速度付きの足場を確保した来ヶ谷は、そのまま飛んだ。
「……なっ!?」
「待てよ」
正確な角度で打ち出された来ヶ谷は、そもそも打ち出されたスピードが違うためあっという間に魔術師に追いつく。空中での交差ゆえ、彼女のチャンスは一度きり。
「あまり私をからかわないほうがいい。痛い目を見るぞ」
そのまま来ヶ谷が空中で繰り出した蹴りは顔面に命中した。
(……ん?なんだ、この感覚は)
命中はしてる。けれど力が伝わった感じがしない。力が逃げている感覚だ。おそらく魔術。
(……チッ。まぁいい。ここで魔術だけは見極めてやる)
来ヶ谷唯湖は二撃目を繰り出す。
今の体勢は空中ゆえに大きく動けはしないが自身の右足が顔面に触れている。
(……このまま地面にたたき付けてやるっ! さ)
魔術で浮いている魔術師とは違い、来ヶ谷は単にジャンプしただけゆえに重力の法則に従い落ちてゆく。その時に魔術師の足を掴み、そこを支点にして叩き降ろしてやるつもりだったが、
(……!?)
失敗した。足を掴んだはいいものの、自身の体重を支えきれずに手を離してしまったのだ。
(……何故!? 引きこもってたことによるブランクか? いや、そこまでバカじゃないぞ)
下で走り続けていた筋肉に落下は助けてもらったものの、砂浜に落とされた来ヶ谷は疑問が残りつづけた。
「それではまた。来ヶ谷唯湖様に星伽巫女」
魔術師は気球のように浮いて飛んで行った。
「……なんだったんだ?」
どうでしたか?
白雪メインのお話をあまり見かけないのではりきってみました!
白雪さんがすごい伏線はりましたが、ちゃんと回収するのでご安心を。