Scarlet Busters!   作:Sepia

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Mission35 広き世界への案内人

 情報と一言にいっても考古学のように『真相』が重要視されるタイプと、日々新聞等の速報に掲載されるような『鮮度』が重要視されるタイプがある。扱うタイプにより名前が異なり、前者のタイプは図書委員、後者のタイプは放送委員と呼ばれたりもする。それぞれ図書館とマスコミのイメージより名前がつけられた。

 実際、彼女来ヶ谷唯湖は聖徳太子のように一度に数多くのことを把握できる能力を兼ね揃えていた。例えば音声情報として聞こえてくる声として、

 

『どこだ星伽誘拐犯っ!レキ様に迷惑をかけやがったやつは!』

『俺達の手で正義の裁きを与えてやるぜっ!』

『釘バットの点検を日々怠らなかった成果を見せてやるぜ!』

『レキ様の敵は俺達の敵だっ!!レキ様を敵に回したことを後悔させてやるぜ!』

 

 なんかいろいろ残念なものが聞こえた。

 

(……んー。もうちょっと範囲の絞りこみに時間がかかるかな)

 

 現在、二年Fクラスを中心に失踪した白雪を捜索中であるが、レキ様ファンクラブRRRの会長村上の圧倒的カリスマ性により統率された集団により着実に死角が一つ、また一つと潰されていっていた。これぞまさに人海戦術。いいことなのではあろうが、素直に感心出来ないのはなぜだろう?

 

 

『星伽誘拐犯を捕まえてレキ様の前に懺悔させるぞ!』

『『『Yes、村上会長!!!』』』

 

 

 彼らは今日も絶好調だ。

 来ヶ谷の護衛役はこの光景に心の底からの軽蔑したした視線を送る。

 護衛は第三放送室のモニター画面に映るコメントしずらい光景を見て、

 

「…………」

「どうした二木女史」

「いえちょっと…………引いているものですから」

「君の委員会もあそこまでの統率力はあるまい」

「ここまで暴走もしません」

「笑えるからいいじゃないか。うちのクラスは楽しそうだろ?」

「……ノーコメントでお願いします」

 

 とは言え、

 

「こんな情報に頼っていいのですか?チャットに書き込まれた内容なんてデマかもしれないですよ」

「あいつら仮にも武偵だし大丈夫だろ。一応真偽は私が全部判断する。それに」

「それに?」

「普通はこんなバカらしい事態を想定しない。誘拐犯も他クラスのチャットなんて警戒しないだろう」

 

 佳奈多は否定できなかった。したかったわけでもないけど。

 とりあえずため息をついておく。そして、Fクラスの一員でなかった幸運に感謝しておく。

 

 

           ●

 

 遠山キンジはEランクの武偵だ。強襲科(アサルト)乾桜(いぬいさくら)という中学生がインターンでAランクで存在していることを考慮すれば、たいしたことない武偵という表現もできる。Eランクである理由は試験をボイコットしたからという理由からではあるが、キンジは客観的に自身の実力はEランク相当だと思っている。

 

 直枝理樹のように憧れの人を目標に必死に日々努力するわけでもなく。

 井ノ原真人のように自分をさらに磨くために転科して探偵科になったわけでもなく。

 

 ふて腐れて仕方なく転科して探偵科になった。武偵を辞めて一般高に移ると言いつつもそのための努力は何もせず、毎日をただ流されるように生きてきた。

 褒められたところは何もない。ルームメイトのバカたちにかつての自分を投影し、辛くなるけともあった。嫉妬することもあった。そして、そんな自分が嫌だった。クズだ、と思い否定できなかったこともある。

 

 だけど。

 

(……白雪を見捨てたら、それこそ本当のクズだっ!)

 

 そんなことは動かない理由にはならない。

 武偵だとか、依頼だとか、義務だとか、責任だとかそんな言葉は相応しくないだろう。

 ただ、友達を見捨てられない。

 

(……白雪は当然として、アリアも電話でないか)

 

 頼りになるアリアにも連絡はつながらない。けれどそれは自分の愚かさが招いた結果。

 

『お前は敵がいた方がいいと思っている、だから、それがいつの間にか「いる」に変わっているんだ!』

 

 アリアに言った言葉は逆だった。俺はいない方がいいと思っていただけだった。

 花火大会の日。不幸に巻き込まれてやっかいなやつに遭遇したと思ったが、白雪が狙われていることが言及され、その瞬間に頭を下げてでもアリアを呼び戻すべきだったのだ。

 宮沢はよくあることと言っていたし、白雪はいつものことだからと笑っていたが、あの笑みが本心か偽りかも今では怪しい。

 

「……くそ! どこに行けばいいんだよっ!!」

 

 昼行灯の名前をもつキンジには友人が少なく、友人に助けも呼べない。仕事が入っているやつを除外すると不知火はアドシアード出場選手だから武藤と二人でなんとかするしかない。

不安は焦りを生み、焦りは冷静さを喪失させる。冷静さがない人間などただのチンピラと同じ。

 

 その時だった。

 彼の携帯に電話がかかってきた。

 

『キンジさんですか?レキです』

 

 彼に救いの手が差し延べられたのは。

 

 

         ●

 

 地下倉庫(ジャンクション)。隅から隅まで物騒とされる武偵高ですら危険とされる場所であり、強襲科(アサルト)教務科(マスターズ)に加わり三大危険地域とさえ呼ばれる場所だ。地下倉庫(ジャンクション)とは対外的な優しい言い方であり、現実を言えば火薬倉庫である。(くだん)の人物星伽白雪は星伽巫女としての巫女装束を着てそこへと訪れていた。失踪には二種類ある。一つは力により無理矢理誘拐された場合。もう一つは自分の意思で姿をくらました場合。今回、白雪に当て嵌まるのは後者だった。

 

 白雪は日本刀、イロカネアヤメを握りながらもその手が震えていることに気づく。

 地下倉庫(ジャンクション)な中でも最も危険な弾薬などが集約されている、大倉庫と呼ばれる場所に彼女は立っていた。

 この場所こそが白雪と魔剣(デュランダル)の取引場所だった。

 

「どうして私なんかを欲しがるの、魔剣(デュランダル)。大した能力もない……私なんかを」

 

 魔剣(デュランダル)は実在していたのだ。けれど白雪にとって1番怖かったのは魔剣が実在したことではなかった。花火大会の夜、白雪は謎の魔術師と遭遇している。あの夜はなんとか助かったものの、今後もキンちゃんの身にあんなことが降り注ぐかもしれない。そう考えると怖かった。

 

(……キンちゃんは優しい)

 

 だから、気にするなとは言ってくれるだろう。

 でも、こんなことが今後も何度も続いたら?

 

(……いつしかキンちゃんは私を捨てるかもしれない)

 

 それが、何より怖かった。それならばいっそ、と思った。

 だから、謎の魔術師が去ってから間もなく届いたメールに、白雪は従うことに決めたのだ。

 

「……裏を、かこうとする者がいる。表が、裏の裏であることを知らずにな」

 

 聞こえてきた声は、時代がかかった男喋りの女の声だった。

 

「和議を結ぶとして偽り、陰で備えるものがいる。だが闘争では更にその裏をかくもの。我が偉大なる始祖は、陰の裏、すなわち光を身に纏い、陰を謀った」

「何の……話?」

「敵は陰で、超能力者を研磨し始めた。なら我々はより強力な超能力者を手に入れようとする。当然のことだ。それに、知っているはずだ」

「……何を?」

「『一族皆殺し事件』」

 

 まるで常識を語るかのように、魔剣はその名を口にした。

 

「あれなんて世界の縮図だろう。裏をかかれた為に、より強い超能力者により破滅の道をたどらされたのだ。つまり、世界を動かすのはより強い超能力者だ。そして、欠陥品にしか守られていない原石に手が伸びるのは当然のことだろう」

 

 世界を動かすのは超能力者。極端な話ではあるが、気になるのはそこではない。

 

「誰のことを言ってるの!」

「遠山キンジだ。やっかいそうなホームズをわざわざ退けてくれた」

「違う!私がキンちゃんに迷惑かけたくなかっただけ! キンちゃんはあなたなんかに負けはしない!」

「ほう。なら比べてみるか」

 

(……比べる? 何……と?)

 

「宮沢謙吾。私としては白雪よりも欲しかった男だ。あいつの持つ魔術は特殊だ。知っているだろ?」

 

 謙吾くん。星伽神社の分家出身の少年。彼が持つ魔術の属性は『水』であるが、ちょっとだけ特別だ。水は水でも、『火を消すことに特化した水』だ。

 

 

「ただ、星伽巫女を完封するために存在する魔術。自分たちの力を恐れたお前の祖先が開発した魔術だ。剣を司る宮澤道場、弓を司る古式道場、星伽神社を手に入れるには二つの分家の魔術を手に入れるだけで充分なのだ」

「……星伽神社を潰す気?」

「『一族皆殺し事件』を実行したのは我がイ・ウーだ。そんなことするまでもなく潰すだけなら今すぐにでも出来る。宮沢謙吾を手に出来れば、星伽のすべてを無条件のままに手にできたも当然だった」

 

 

 『だった』。その言い方はそうはならなかったと伝えていた。

 

「棗恭介。それに最近ではイギリスのリズベス。あいつについているのは化け物だらけだ。とてもじゃないが手を出せる相手ではなかった。だが、お前は違う。お前を守っていたのは、ただな雑魚。今のお前の危機にも昼寝していたような奴だ。そして、」

 

 そして?

 

「今もお前を目の前にして殺されるような男だ」

 

 今も、という言葉に悪寒が走り振り返る。

 そこには、

 

「……白雪を返してもらうぞ、魔剣(デュランダル)っ!!」

 

 緋色のバタフライナイフを展開し、突撃をしてくる私の大好きな人の姿があった。

 

 

        ●

 

「待ってろ白雪!俺が今度こそ守ってやるっ!」

 

 白雪が失踪したと聞いてから、キンシは後悔だらけだった。

 花火大会の夜、魔剣(デュランダル)とは全く関係のない奴だったにしろ、少しでも危機感を感じた時点で、土下座することになろうがどうしてアリアに謝りに行かなかったのか。いくらシフト表の変更の締め切りが過ぎていたからといって、どうして寮介へと頼みに行かなかったのか。

挙げ句眠気に負け、レキの助言を受けなければここにたどり着くこともできなかったであろう体たらく。

 

 白雪を奪い返すタイミングを見計らう過程で『イ・ウー』の名前を聞いて落ち着くのも一苦労した。

 

 アイツラが、オレノ大好きな兄さんヲ奪っタンダ。

 

 白雪も兄さんみたいに奪われてしまう。いなくなってしまう。

 

(……そんなのは嫌だっ!)

 

「白雪逃げろ!」

 

 キンジは駆ける。

 地下倉庫(ジャンクショ)は火薬庫ゆえに、彼は銃を使えはしない。

 だが、それは向こうも同じ条件!

 

「おおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ」

 

 白雪までの距離は50メートル。キンジの足で七秒。その七秒の間に、白雪の悲鳴が響いた。

 

「逃げてキンちゃん!武偵は超偵には勝てない!」

 

 知ったことではなかった。彼はただ走る。

 だが、目にも止まらぬ速さで飛来した何かが足元に突き刺さった瞬間、彼は動けなくなった。

 

(……何だ? 足が縫い付けられたみたいに……っ!)

 

 足元に視線を向けると、白いものが足元を固定していた。冷たい。これは、

 

「氷!?」

 

 バタフライナイフで足元を固定するナイフを破壊しようとしたら、ナイフを持つ右手までパキパキと氷が広がっていく。焦るキンジは、より深刻な状況に立たされることになる。

室内の非常灯が消え、周囲は完全な闇に包まれた。そして、

 

「い、いやっ!やめてっ!何をするの!」

「白雪?白雪!?」

 

 返事はない。白雪からの返事の代わりにヒュウ、という何かが空気を切る音が聞こえた。

 暗闇ゆえに分からないが、刃物とは違う何かだった。青いような塊。

 冷気の塊だと、彼は気づきはしない。

 そして、世の中『わからないもの』が最も恐怖を与えるものだ。

 

(…………くそ!)

 

 また何も出来なかった。悔しさを抱きつつも何もできない状況を前に、どうしようもない時に、突如、キンジの目の前に水が生成された。水が空中に浮いていた。

 

「なんだ!?」

 

 水は人間の活動気温範囲内で気体、液体、固体のすべてを目にできる物質だ。

 つまり、空気にも水蒸気として水が含まれている。

 

 空中に浮く生成された水は、気体中の水蒸気が液体に変化して現れたように滲み出る。

 

 滲み出る水の量があっという間に1リットル、2リットルと増え、5リットルくらいの量にあり、キンジへと向かう青い飛来物の盾となった。

 

 ゴト、と、水は青い冷気を受け止めて氷となり、重量物としつ床に落下した。

 

「これからはバトンタッチよ」

 

 暗闇を切り裂くアニメ声が聞こえたと同時、部屋の片隅の天井に電気が灯る。

 漆黒の闇が、純白の光に塗り替えられていく。

 

「そこにいるわね、魔剣(デュランダル)! 未成年者略取未遂の容疑で、逮捕するわ!」

 

 現れたのは、武偵高のセーラー服を着た少女だった。

 かつてキンジが追い出してしまい、そのことを後悔しているキンジが助けを求めていた少女だった。

 

「ホームズ、か」

 

 姿なき女の声は、アリアという強襲科(アサルト)Sランクの登場にも動揺した様子は感じられない、むしろ、笑いを隠そうとしている声だった。女の声は、アリアを無視してまだ登場していない人物へと向く。

 

「……さっきの私の攻撃を防いだのは水の魔術。いるんだろ!宮沢謙吾っ!!」

 

 呼び掛けに応じるように一人の少年が現れる。

 その少年は、日本刀を持つ袴姿の少年だった。

 

「……はは。はーはっはっは。宮沢謙吾。お前がわざわざ来てくれるなんてな。我が一族は光を身に纏い、その実体は陰の裏――――策士の裏をかく、策を得手とする。この私がこの世で最も嫌うもの、それは『誤算』だ。だが、今回は運命は私に味方したらしい」

「……御託はいい。魔剣(デュランダル)。お前に言っておきたいことがある」

 

 現れた少年、宮沢謙吾は宣言する。

 かつて『かごのとり』とさえ称された一人がいうのは、

 

「俺も星伽も、広い世界へと連れ出してくれる案内人ならすでに存在している。お前は不要なんだ」

 

 明らかな拒絶の言葉だった。

 謙吾は、更に言う。

 

「世界を動かすのはお前みたいな超能力者(ステルス)じゃない。仮にそうだとしても、俺はとびきりのバカが動かす世界の方が楽しいと思う」

 

 だから、

 

「お前はここで俺が斬る」

 

 

 


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