すっかり加屋の外の(一応)主人公、直枝理樹だって一応行動していた。
理樹の本職は探偵科《インケスタ》。
特殊な超能力者だから戦闘も近接戦闘に限りそこそこいけるが、彼は元々戦うより考える方が得意なのだ。
星伽白雪の失踪からいろいろ行動して見た結果、彼は違和感を見つけた。
なぜ遠山キンジは電話に出ない?
失踪した白雪の携帯に電話しても反応なしと言うのは自然なこと。
はいもしもし星伽です、と電話に応答されたらそれはそれで逆にえ?、となる。
あなた、失踪したんだよね?なんで電話にでるのとなる。
理樹が気になったのはキンジが電話に出ないということよりは、
『おかけになった電話番号は、ただ今電源が入っていないか、電波の届かないところに……』
無機質なアナウンスが聞こえたことだった。
(…………圏外?)
理樹と真人、そしてキンジはルームメイトだ。
勉強して寝る部屋が違うというだけで、基本的共有スペースでは一緒なのだ。
昨日携帯電話に充電していたのを理樹は見ている。
(携帯が圏外になりそうな場所って……)
で。考えた結果彼は
来ヶ谷唯湖が盗撮用にしかけたネットワークが存在するが、そのネットワークの目的は女の子の盗撮だ。つまり、ネットワークに引っ掛からない場所とは則ち女の子が行きそうにない場所であることを意味する。
大体の場所は村上くんたちが捜索しているし、残るのは三大危険地帯ぐらい。三大危険地帯とは
強襲科所属の村上は迷いなく強襲科へと捜索に行ったし、佳奈多が護衛で動けないとなると寮会の先輩方で教務科へと見に行くのだろう。で、理樹の担当はここ。
「行きたくないなぁ」
理樹が地下倉庫に行きたくない理由は地下倉庫が爆薬の倉庫だからだ。彼の戦闘スタイルは超能力使用を前提とした
つまり、爆弾使い。
武偵殺しこと峰理子が科学の力による爆弾魔だとすると彼は魔術の力による爆弾魔。
地下倉庫で爆弾なんか使うと他の弾薬に引火してドッカーン!!!だ。
情けないことに地下倉庫を前に怯えていると、地下倉庫全体に響く音がした。
理樹は知るよしもなかったが、ジャンヌが排水穴を破壊した音だ。
そんな音は何もなければ聞こえるはずがない。
「もー、ここで何かあること確定じゃん。うわぁ……」
何度か顔を叩き、気合いを入れ直して出発しようとした時に、彼を呼ぶ声が聞こえた。
「やぁ」
「?」
振り向いたらそこには女の子がいた。女の子、というのは失礼かもしれない。
かなり大人びた容姿をしていて、多分年上だろう。
着ているのが東京武偵高の制服ではなくどこか知らない他校の制服だから、何かの異変でも感じて駆け付けたアドシアード出場選手かもしれない。
「
「えーと、どちら様で……」
「……あれ? こんな時間にこの場所にいるってことは
意外な名前が出てきた。
「恭介って……」
「頭のいいバカ。この表現で該当するやつに心当たりは?」
「ものすごくあります」
「なら話は早いな。えーと、とりあえずはじめましてになるのかな。あたしは――――」
●
宮沢謙吾とジャンヌ・ダルクの剣による勝負は続く。
キンキンキンッ!と金属音が幾度も鳴り響いていた。
(……参ったな)
ただし。先程から全く変化がなかった訳ではない。
二人の勝負はどちらが勝つにしろ時間の問題だろう。
(……策士を名乗るだけはあるな。こちらの弱点がバレてるな)
謙吾の魔術の正体は特殊な水を剣に纏うという、言ってしまえばただそれだけの物だ。謙吾が生成できる水には『鎮静』の効果や毒の『解毒』効果など便利な効果もついていることはついているのだが、それは相手の身体に触れなきゃ効果のないもの。
(……持久戦に持ち込まれたら厄介だ。まぁ、すでに持ち込まれてるが)
本来謙吾の魔術は星伽巫女相手に絶対的な力を持つ判明それ以外には役立つ機会がなかったりする。毒のような効果を剣に不可できるとはいえ、総合的な効率を考慮して、魔術を使うのに使う体力を考えたらそれだったら最初から剣に猛毒でも麻痺毒でもなんでもいいから塗っておきましょうという結論になる。
魔術にも多様な種類があり、当然肉体強化の魔術というのも存在するが、肉体強化の魔術は正直流行らない。スピードに自信がはい人ですらマラソンのオリンピック選手のようなスピードで走ることも可能にしてくれる魔術だとはいえ、走れて50メートルだろう。
その理由は魔術というものの根本を知っているなら明らかだ。一般に、超能力を使う超偵は長時間戦えないとされるが、それはどうしてだろう? 魔術を使う場合、魔力が必要になってくるが、魔力は何もしないで生まれてくるわけでも、寝ていれば勝手に回復してくれるわけでもない。魔術的な作業をして初めて生まれてくるのだ。つまり、超偵と呼ばれる人達は身体の内と外で同時に運動をしているようなもの。スクワット一回ではさして疲れずとも何回と繰り返せば疲労が溜まるのと同じ様に、魔力生成作業が超偵の体力を蝕む。謙吾のように質が重要視されるタイプならなおさらだ。これが超偵が長く戦えない理由。
(……勝負をかける必要が出てきたな)
現在、謙吾とジャンヌの二人は人技を越える剣技を続けることができているが、疲労が先に見えてきたのは謙吾の方だった。いつ冷却の剣がくるか分からない以上は常に水を纏う必要が謙吾にはあり、ジャンヌはべつに超能力を使わなくてもいいからだ。
使う体力には歴然の差がある。
(……さて)
勝負は、間もなく決まる。
●
(……なんて体力しているっ!!)
これがジャンヌ・ダルクが謙吾に抱いた感想として正直なところだ。
剣技では完全に謙吾の方が上の様だが、それはジャンヌが敗北することを意味してなどいなかった。
元々ジャンヌの剣は攻撃より防御メイン。
超能力特有の考えではあるが、攻撃を防ぎさえすれば超能力でどうとでもなるからだ。
剣技で勝てずとも防御がついていければそれでよい。剣を凍らせられないようにするために水を常に纏わなければならない謙吾はそれだけで攻め疲れて勝手に疲弊していく。
そもそも謙吾の剣は凍らないのではなく、『凍りにくい』だけだ。ただの科学現象によるものなので、渾身の力を混めれば凍らせられる気がする。
(……私の力のチャージがもうじき完了する)
あとは、謙吾が疲れきりよろめいた瞬間でも見計らい叩き込めばいいはずだが、
(……こいつ、いつになったら疲れるんだっ!?)
これだけ撃ち合ってジャンヌとて疲れは溜まってくる。
冷却を司る超能力者の特有なのか熱を冷却して体力の消費を最小限にすることも可能なジャンヌにも疲労はあり、策士の一族ゆえに表情は変わらないが剣の動きが一秒、また一秒と僅かにノロくなる。けど謙吾はようやく汗をかいてきたレベル。
(……基礎体力がただのバカなのか!?)
マラソンで優秀な成績を出したいならスピード系列の魔術を学ぶよりひたすら走って体力をつけたほうが効率がいい。まさかこいつ、魔力量を増やして長時間戦うタイプじゃなくただの体力バカで魔術併用してもノープロブレムという頭の悪いタイプなのだろうか?
『魔術使って体力減るなら、魔術使っても問題ない体力つけようぜ!!』とかいうバカなのだろうか?
(……あと十秒あればチャージ完了)
一秒毎に体力という優位性を失う謙吾。
一秒毎に超能力の力をためているジャンヌ。
この条件でなら、謙吾が勝負にでないはずがないっ!!
「「いざっ!!」」
ジャンヌの読み通り、謙吾はジャンヌから距離を取る。軽く下がるような気軽な動作により五メートルは下がった謙吾は剣先を床につけ、モノを掬い上げるような動きで水の柱を形成する。
謙吾は水を自在に操る能力者ではなく水を作る能力者。神髄は剣術にある。
続けて何本も水の柱を立て、数本の水柱は天井にて一カ所にぶつかり、人工的な滝が形成された。
(……なるほど、滝という障害物を私達の間につくって姿をくらますつもりだな)
おそらく謙吾は奇襲をかけるつもりなのだろう。
ジャンヌは奇襲されるかもしれない状況を前にしても怖じけなどしない。
(……奇襲とは裏をかいて初めて通用するもの。この私相手に通用するものか)
ジャンヌには策の一族としての誇りがある。プライドがある。自信がある。
完全に全力状態で冷気を纏ったデュランダルを見て不敵に笑う。
なに、案ずることなどなにもない。どうせバカが思い付くことなんかたかがしれている。
遠山キンジを拘束したように足場を凍らせる技を使うのもありだが、冷気は水の壁でとまってしまうのは事実として確認している。
それならば不意をつこうとした謙吾に全力の超能力にて迎え打つ方が現実的だ。
(……さて、どうなるかな?)
読む。謙吾がやりそうなことをひたすら何パターンも浮かべる。
読みきったら勝ちだ。
動きがあった。
ジャンヌの背後に水の壁が形成された。まるで後ろには逃がさないといわんばかりの壁。
(……壁? 私を逃がさないように背後に壁を作ったのか?)
なら、正面から勝負を仕掛けてくるのだろうか。
(……分かったぞ!謙吾の狙いがっ!!)
宮沢謙吾が作ることのできる水は対星伽巫女用の一種類ではないはずだ。おそらく、毒のような沈静作用を持つ水の壁をジャンヌの背後につくったと見せかけて、
(……正面から仕掛けると思わせておいて、背後から仕掛ける作戦か!! )
考えたようだが、所詮はバカの浅知恵。
正体を確信したジャンヌは振り返り、水の壁と向き合い、そして見た。
水の向こうから謙吾が突撃をかけてきている。
(奇襲はバレたら奇襲ではなくなる。作戦のミスだな)
勝利を確信したジャンヌはタイミングを見計らい、水の壁に冷却の剣をぶつけた。
謙吾が水の壁を食い破ってでてくる最中なら、水の壁ごと氷着けだろう。
緊急回避しようにも、謙吾の突撃スピードを見ると、氷となった壁への大激突は避けられないだろう。
見た所、作戦変更のできないスピードを謙吾は出していた。
「あは、アハハハハハ。やった。やったぞ。アーーハッハハハハ……」
勝利は決まった。さて、謙吾はどうなったか?氷着けになったか?それとも大激突で自滅したか?
どっちかなと思ったジャンヌは、信じられないものを見る。
「……え?」
相変わらず、謙吾がもの凄いスピードで近づいてきているのが壁から映るのだ。
(……まさか。まさか私が凍らせたのはっ!!)
「水面に映った影だよマヌケ」
声に振り返る。
すぐ後ろに謙吾が迫っていた。もはや対応できる距離でもなく、一瞬のスキが致命的となる。
「攻式、豪雨」
水を纏った謙吾の一撃をジャンヌはまともにうけた。一撃必殺の名に相応しい一振りだった。
●
「くっ……」
「今の一撃で鎮静作用を持つ水を流し込んだ。俺の勝ちだ」
謙吾の水は放置しておくと危険な毒というわけではない。
だが、元々が鎮圧用のもののため、ジャンヌはデュランダルに入れる力が入らない。
「まさか、一族の技にこんな子供騙しがあるなんてな」
「だからお前は負けるんだ。視野が狭い」
謙吾は呆れた様な表情を浮かべ、
「子供騙し?まぁそうだろうな。恭介が昔遊びでつくった技だから、正真正銘子供の発想だ」
正真正銘の子供の発想。
だが何も知らない子供ゆえに、一族に執着した人物よりは頭が柔軟た。
「お前みたいな余計なことまで考えるやつには、単純な技が予想外に通用する」
「単純バカがっ!」
「バカでいい」
勝負はついた。
謙吾はジャンヌに剣先を向けながら質問する。
「ジャンヌ・ダルク。お前に聞きたい事がある。『バルダ』とは誰だ?何か知っているのか?」
謙吾は白雪とは違い、迷惑がかかるからという台詞を吐くような男ではない。
恭介に散々な目に合わされてきたため、恭介に限りなら迷惑を押し付けるのに何一つ抵抗はない。
「お前と『バルダ』は関係があるんだろ?」
謙吾が白雪の失踪を聞いてから行動しようとした時にまず最初に驚いたのは、見事なまでに動ける人材がいないことだった。リトルバスターズは魔術師に備えなければならなかったし、白雪の代理も必要だ。佳奈多一人でも自由ならまだしも、護衛任務で動ける人がいない。
しかも、先程白雪の次の狙いは謙吾だとジャンヌは言っていた。
「お前の都合のいいように出来過ぎていた。こういう場合十中八九ロクなことはない。でも、策士が考えたなら合点がいく。バルダの存在は俺達の動きをことごとく妨害した。バルダというのはお前の部下か!?」
問い詰める謙吾に対し、ジャンヌは逆に疑問符を浮かべた。
言っている意味がわからない、という不可解な表情だった。
「……やはりバカだ。なんでそんなことが分からないんだ?」
「何?」
「そこまで分かっているなら、『バルダ』という存在自体がこの舞台を整えるための作り話だと普通に分かるだろうに」
時間が停止したかと思った。
(……作り話?)
待て。ちょっと待て。待て待て待て。
バルダは実在は確認されている存在なんだろ?
「委員会連合を騙すには外交が絡む存在がベスト。ローマ関係は機密が多いから治外法権だ」
だとしたら、存在自体がデマ?
そういえば、恭介はなんて言っていた?
『実在するかはさておいて、テロリストみたいに現れることはないだろうな。下手すると国際問題になるし』
来ヶ谷はなんて言っていた?
『魔術師絡みは相場が高くなるとはいえ、2000万程度の依頼金の奴ならたいしたことない』
だが、花火大会の日、魔術師が存在することは発覚している。
「嘘だ。来ヶ谷を花火大会の夜襲ったのは魔術師だった!」
「……だからなんの話だ。遠山に危機感を与えるようなことを直前に起こすはずがないだろう」
今度こそ。
謙吾は背筋が凍るかと思った。
散々冷気をぶつけられたが1番体の芯が凍りつきそうだった。
「じゃあ……」
謙吾が要点だけをまとめようとした時の事だ。そいつは気配も音もなく、謙吾のすぐ後ろに迫ってきていた。まるで、獲物を狙う蛇。謙吾は自分の耳元で囁かれる不吉で不器用で得体の知れない声を聞く。
『わたしは、だぁれ?』