グラウンドの近くにある7階建ての女子寮の屋上。そこにそいつは立っていた。
遠目にも分かるピンクのツインテールがいきなり屋上から飛び降りるのをキンジは目撃する。そして、キンジにつられるようにして理樹もその方向に目を向けた。
「ええええ!」
野郎二名は銃口を向けられながらも仰天してその光景を見ることとなる。
少女はバラグライダーを展開してゆっくりとこちらに向かってきたのだ。
「ば、馬鹿こっちにくるな! この自転車には爆弾が……」
キンジが慌てた様子で叫ぶと、少女が左右の太もものホルスターから黒と銀の
「ほら、そこのバカたち! さっさと頭を下げなさいよ!」
2丁拳銃の水平撃ち。乗り物はばらばらになってぶっ壊れた。
少女は2丁拳銃をホルスターに戻すとさらに近づいてくる。
(……このまま僕らを助けるつもりなの? けど……どうやって?)
理樹は彼女が取ろうとしている方法が分からず疑問視するが、同時に希望が見えてきた。希望が与えられ、それを奪われた時は絶望へ変わるようだが、今はまだ夢も希望もあるんだと理樹は信じている。
(――――――これなら助かるかもしれない)
直枝理樹にとっては向けられていた銃口こそが唯一にして最大の問題であったのだ。それが解決された今、残る問題はチャリに仕掛けられた爆弾のみである。キンジの方にもついている爆弾はどうしようもないが、自分の自転車につけられていてる爆弾くらいなら理樹でも自力でなんとかなるかもしれないのだ。なら、遠山キンジの方は、あのツインテールの女の子の方になんとかしてもらえればいい。直枝理樹は自力で対処する方向性で結論を出した。
「ねえ!! 僕の方はこの爆弾をなんとかできるから、もう一人の彼のほうをお願い!!!」
わかった!という返答が帰ってくるのは迅速だった。
キンジは何を言っている!?とでも言いたげな顔をしてたが、
(――――――心配ないよ、遠山君)
理樹は全く焦ってなどいない。別に理樹は自分の命を引き換えにして大切な仲間の命をつなぐだなんて自己犠牲を選ぶわけではないのだ。ちゃんとした勝算がある。とはいえ遠山君が心配するのも無理はないな、と思った。だって、遠山キンジには直枝理樹の持つ能力を教えていない。
(――――よし!)
理樹は手榴弾を取り出す。しかも、科学の結晶のものではなく、謙吾が作ってくれた魔術による一品である。それも、そこらにでも転がっているような一般的な量産型霊装ではなく、『宮澤』家による特別製のオーダーメイドによる一品。
魔術。
信じられないかもしれないが、超能力や魔術というものは確かに存在している。
理樹はこれから魔術で何とかしようとしているのだ。
一般的な手榴弾はピンを抜くを自動的に発動する。だが、今理樹が持っている魔術的手榴弾は魔力により起動する。とはいえ、理樹自身特別なことは一切やっていない。彼がやっている動作自体は通常の手榴弾のそれとと全く変わらないのだ。ただ、爆発の仕方が爆薬を使うものではなく魔術によるものであるということぐらいの差でしかない。
でも、理樹にとってはその差が大きな意味を持つ。
「――――――――――それっ!」
霊装を発動し、自転車から飛び降りる。
そして、彼と自転車の間に手榴弾を投げ入れて、その後爆発した。
ドッカーンッ!という音が響き、その後爆発の煙が周囲を染めた。
●
武偵とは凶悪化する犯罪に対抗するために作られた国際資格である。
武偵免許を取ったものは武装を許可され逮捕権を有するなど警察に近い活動ができる。
警察と違うのは金をもらうことで武偵法の許す範囲ならどんな荒事でもこなす。
要するのに便利屋なのだ。
風紀委員や保健委員などのある種の特別な資格を手に入れると専門的になる。
法律を専門として活動してみたり。
医療を専門として活動したり。
学科だなんて枠組みに囚われずに行動しているのだ。
なので、その性質上、だれに恨みを買ってもおかしくはないのだが、
「――――――――ふう」
狙われていた武偵、直枝理樹はため息をついていた。無傷というのは、普通ならありえない。なにせ爆弾が近距離で爆発したのだ。魔術は学問である。魔術というのものは法則を知っていれば、実は誰でも発動できるものである。
しかし、超偵とよばれる『超能力』を使う人間もいる。厳密にいえば、超能力ではなく人間が生まれつき持っている固有魔術みたいなものだ、と謙吾はかつて言っていた。魔術師ともよばれる人々は、魔力を生成し、術式を構築し、魔力を通すことによって発動する。しかし、超能力者は術式ともいえる固有魔術がすでに存在しているため、魔力を通すだけで異能の力を使うことができる。これが『超偵』だと個人的に思っている、
一方、『体質』としての能力者も存在している。
『ヒステリアモード』の遠山キンジもそのひとり。
そして、直枝理樹もその一人に数えることができるだろう。
彼の能力は『魔力を打ち消す』ということに尽きる。
とはいえ、彼自身も自分の能力がよく分かっていない。
分からないがゆえに『魔力を打ち消す』ということにしているが、魔力の篭っていない霊装を破壊してしまったりと、例外が多くて正確には定義できていない。魔術に詳しい謙吾に聞いても、まるで意味が分からないとまで言われてしまった能力である。
この能力はあくまで相対的な能力であるため、基本的に使うことは無い。
しかし、能力を過信する超偵、魔術師相手ならば、彼にだって相手ができる。
彼の戦術は多人数を相手にする方が得意だ。
相棒の筋肉である真人に背後を守らせて、前方に魔力の爆発物を投げる。
これだけで大爆発で全滅→彼らだけは生き残る、というわけだ。
これでオマエラ地獄行き、俺無事!!という奴だ。
――――まぁ、そもそも
仮に室内で使用してしまった結果、建物が崩壊してしまったとしても、真人がいてくれたら安心だ。天井が落ちてきても、自慢の筋肉でなんとかなる。してくれる。
といっても、
(――――――死ぬかと……死ぬかと思った)
あいにくこの能力の効果範囲は右腕一本分。一歩間違えたら自分の命も危ないのもまた事実。とりあえず生き残ったことに安堵しつつも、命の危機に瀕していたもう一人の仲間がどうなったかを見に行くことにした。
「遠山君はどうしたかな。ちょっと様子を見に行ってみるか」
何だかんだで心配だったから、直枝理樹は彼らの後を追った。
別に先ほど助けに来てくれたツインテールのことを信頼していないわけではないが、ルームメイトがどうなったかを見もせずに学校に行くのは薄情だろう。無事に助かった姿を見ることができると信じて疑わなかったのだが、
『強猥男は神妙に――――――わきゃお!?』
「………」
遠山キンジが心配で様子を見に来た理樹が最初に聞こえたのはそんな声だった。
ステーンと倒れた少女が踏んだのは銃弾のようだった。
「……白、か」
なんで僕は今パンツの色を確認しているのだろう?これじゃまるでHENTAIだ。
そんなことを思いつつも、大丈夫かと手を振った理樹に対し、キンジは手を振り返すこともなく全力疾走でその場をかけた。
「え、ちょっと、遠山君!?」
「直枝、逃げるぞ!」
「え?」
キンジと理樹は走るスピードにそこまで大きな違いがあるわけではない。
理樹が少々出遅れてしまったとはいえ、キンジに置いて行かれるようなことはなかったのだが、突然のことで状況理解の方が追いついていなかった。そういえば、さっきのツインテールにお礼を言っていなかったなと思い、ちらっと後ろを振り返ると、そこには般若がいた。アノヤロウ、ゼッタイコロス。そんな怨念が彼女の背後から見て取れた。
「遠山君!」
「なんだ」
「なにをやったのさ遠山君! ヒステリアモードで強猥男ってまさか……まさか!」
直枝理樹に脳裏によぎる1つの結末。それは、遠山キンジ(HENTAI)は彼女に対してエロの心に満たされ、無理やり唇をうばったりして、彼女を虜にする。しかも魔の手は彼女のみならず星伽さんを始め最終的には出会う女の子人すべての唇を奪い、挙句の果てにはキンジハーレムというものをつくってしまうというものだった。
「誤解だ」
振り返るとツインテールを揺らしながら両手の腕をぶんぶん振っている少女が見えた。
(……そうか、可哀想に。きっと遠山君にエロい……事を)
出会いというものはきっと素敵なものなのだろう。大切にすべきものなのだろう。
けど、それが美しいものであるとは限らないと思った。
●
ヒステリア・サヴァン・シンドローム。
一定以上の恋愛時脳内物質が分泌されるとそれが常人の30倍以上の量の神経伝達物質を媒介し大脳・小脳・脊髄といった中枢神経系の活動を劇的に亢進させる能力、いや体質である。
(……すごい能力だと思うけどなぁ)
けど、遠山キンジはこの能力のことを隠している。最初は理樹だって気がつかなかった。
どうして知ったかというとやはりというか、恭介が教えてくれたのだ。
恭介の解説は簡単だった。
『遠山はエロいことを考えると覚醒してしまう超能力者なんだ』
分かりやすさを極めていた。
試しに真人の筋トレグッズをすべて排除し、エロ本を並べてみたところすんなり白状してくれた。
何らかのトラウマがあるらしく、落ち込んでいたが、『すごい能力じゃないか! しかも発動条件は自分がなんとかできればいつでもスーパーヒーローじゃないか!』と励ましてみたが、しばらくは口を聞いてもらえなかったことを覚えてる。今は別に理樹とキンジは仲が悪いわけでも、喧嘩しているわけでもないのだが、もともとキンジは理樹に対してそんなに頼みごとをするタイプではないのだ。だから、わざわざ理樹のいる二年Fクラスの教室までやってきてが『助けてくれ』といってきた時は自分の耳を疑った。
「どうしたの?」
「ああ、聞いてくれ。実はな……」
キンジはよほど追い詰められているようなので、放課後の学生寮の部屋で話を聞いてみることにした。
真人は「筋肉、筋肉」、と筋トレに行っているため今はいない。
やけに暗いキンジを心配した理樹が話を聞くと、朝の少女は神埼・H・アリアさんというらしい。彼女はキンジの所属する二年Aクラスに転校生としてやってくると、
「先生、私あいつの隣に座りたい」
などとのたまったらしい、
それからクラスは大騒然。ちなみにキンジは絶望に陥ったらしい。
(……どこからか銃音が聞こえてきたと思ったら、Aクラスだったのか、僕の所属するFクラスからは距離的にいちばん遠いはずなんだけどなぁ)
『よ、よかったなキンジ、なんか知らんがお前にも春がきたみたいだぞ。 先生、俺喜んで席かわりますよ』と武藤君も乗ってきたと聞いたところから、何でか分からないが同情してきた。もちろんモテない武藤君に対してである。とっても共感しようじゃないか。リア充爆発しろとかいう声が心のどこかから聞こえてくるようであった。遠山君? あぁ、この人はくたばればいい。理樹の中ではそんな結論に落ち着きつつあった。
「直枝」
「なに?」
理樹の気も知らず、人類の敵はこう言ってきた。
「頼みがある」
「ああ、そういえばそんな話だったね。で、なに?」
遠山君からの依頼は、神崎さんについて調査して欲しい、とのことだった。
峰理子さんという彼のクラスメイトで、同じ
(さて、どうしよう?)。
理樹の取り打る方法としては恭介に頼るのが最も手っとり早い。
けど、
(……恭介は忙しいんだよな)
優秀な奴は色んなところから依頼が入る。企業を起こそうとしている奴がいても珍しくはない。
それに、恭介は本日帰ってきたところだ。日ごろの多忙ゆえ、帰ってきている方が珍しい。
それに、『アドシアード』とよばれる年に一度の国際競技会のことで、呼び出されている。
本人はどうやって断ろうか、とか考えてたけど。
昔から恭介は忙しいし、今度はいつからいなくなるのかもわからないところだ。
(仕方ない。こうなったら自力で頑張ってみるか)
とかなんとか考えていたところ、ピンポーンという部屋のチャイムの音がする。
真人かな、と思ったのは浅はかだった。
真人ならチャイムを鳴らすような事はしないし、鍵がかかっていても筋肉でこじ開けることも可能なはずだ。……やっていいか悪いかは度外視して。
「遅い! あたしがチャイムを押したら5秒以内に出ること!」
両手を腰に当て、赤紫色の目をぎぎんと吊り上げたのは制服姿の神崎・H・アリア。
今の件の人物である。
「Hello」
「I can not speak English!!」
英語を聞いた瞬間に反射的に理樹は扉を閉めようとしたが、
「アンタ何してんのよ」
あいにくと、理樹の抵抗はちっぽけなものだったようである。
気分を害されることもなく、平然と阻止されてしまった。
「えーと、神崎さんだっけ?」
「アリアでいいわよ」
「では、アリアさん。あなたはなぜここにいらっしゃるのでしょうか」
「太陽はなぜ昇る?月はなぜ輝く?」
「……哲学の話?」
「もっとよく考えなさい」
無視して勝手に上がりこんでくる。見ると遠山君はガタガタ震えていた。
アリアさんは窓のそばまで行き、夕日を背に浴びながら振り返ると、
「キンジ、あんたあたしの奴隷になりなさい!」
遠山キンジを支配する奴隷宣言を行った。