隠れて様子を窺っていた少女、神崎・H・アリアは素直に感嘆の声を心の中で発していた。
(……キンジ。あんたやっぱりやればできる奴じゃない)
魔術師を相手に一歩も引かず、むしろ圧倒している己の相棒を思い、自慢げな気分に浸る。
何しろこれからはもう
一件落着したら自慢しようかと思えど自慢できるような仲の友達が殆どいないことに気づく。
(……それにしても)
気のせいだろうか?
なら、
私は彼を知っているのだろうか?
それとも彼は私を知っているのだろうか?
●
キンジの拳がバルダの腹にヒットする。だが、手応えがない。
手応えがない場合はどうしようもないことが分かっている以上、キンジはすぐに数歩の距離を取った。
「だいたい分かった。お前は、衝撃を強めたり弱めたりできるが、二つ同時にできないんだな」
キンジは魔術というものに疎い。
それはキンジが悪いのではなく、一般の人間みんなそうだ。
そもそも魔術なんてものが存在することを知る人間なんて武偵だけでもどれだけいるだろう?
一クラスに一人もいなくても驚くようなことではない。
彼の所属する二年Aクラスに
ともあれ、キンジは魔術超能力初心者だ。
だからこそ思考が柔軟で、どんなことでも驚かずに対応できる。
何でもアリだと思っている分、魔術という理論の世界にありがちな常識にとらわれずに思考できる。
「お前は倒せない相手ではない。大人しく捕まってくれないか」
「……ならば、こちらも絶対に負けない戦い方をすればいいだけですよ。こちらの目的はあなたたちの殺害ではなく調査ですしね」
キンジはバルダから数歩の距離を取った。
バルダもまたキンジに対して数歩の距離を取る。
こうして二人は十五メートル近くの距離が開いたことになる。
自然な動作で対等な条件になったと思うだろうか?
バルダは防御に徹すれば、銃弾を無効化できる魔術を有している。
つまり、遠距離からの攻撃は危機はしないのだ。
遠距離攻撃戦で不利になる。
「しまった!」
バルダが背後から投げナイフを取り出した瞬間にその事実を悟ったキンジは、ナイフを飛来するナイフを捌く手段に回避を選ぶ。
(……アリアに合図して奇襲による勝負にでるか? いや、飛んでくるナイフのスピード自体は一般人のそれだ。おそらく、力を増幅する魔術は使ってない)
なら、力を減衰させる魔術がいつでも使えるということだ。
投げナイフから逃げるキンジを追い詰めるように、ぐるりと円を描くようにしてバルダも移動する。
(どうする?ナイフが無くなるまで粘ってベレッタで反撃するか?)
それともアリアという隠し技をここで出すか。
思案している最中のことだ。キンジの背後から三枚の札がバルダに向かってとんでいき、札が途中で炎を燈し、サッカーボールほどの大きさになった。
(……魔術?けど、意味あるのか?)
白雪が行ったのか宮沢が行ったのかわからないが、キンジには意味がある行動とは思えず首を傾げてしまう。しかし、それが意味があると思い知らされることになった。
「……え?」
サッカーボールほどの火の玉をバルダは回避したのだ。
戸惑うキンジの後ろ、謙吾が確信した表情を浮かべ宣言する。
「……回避した、な。お前は火の玉にはそもそも触れることがマズいことだったんだ」
謙吾は、核心を告げる。
「お前の魔術は………『黒魔術』だな」
●
謙吾は告げる。
「カウンター限定とは言え遠山の攻撃が有効だったことから考察できたことは、お前の魔術は万能ではないということだ」
銃弾を無効化にできる壁みたいな能力をつくれるのならば、最初からずっと継続していればいい。
それだけで絶対に負ける要素はない。
「おそらく、力を増幅させる魔術と力を減衰させる魔術は全くの別物というよりは、ベクトルが正反対という感じだ。だから同時に使えない。だからカウンターで攻撃が有効になる」
魔術師というのは基本的に特化型だ。
炎を扱う魔術師は冷気を扱うことが苦手だし逆もまたそうだ。
だが、体温を操る
その一方で熱と冷気を同時に扱えない。
つまり、ベクトルが真逆の魔術両方使えても同時に発動できないのだ。
「力を減衰させる黒魔術。力を増幅する白魔術。この二つを同時には発動できないが、片方ずつ切り替えて使ってる。それがお前の魔術の正体だよ」
黒魔術に白魔術。
神聖ローマ帝国の時代に誕生し、いつ滅んだかは明白にされていない魔術だ。
白魔術により腕の力を増幅させている瞬間のキンジの攻撃が有効だったのは黒魔術を並行して使えなかったから。花火大会の夜、空中戦で来ヶ谷唯湖を彼女にかかる重力を白魔術により増幅して叩き落とした。銃弾の衝撃を黒魔術により消し去った。
「炎のサッカーボールを回避したのはそもそも『炎』は触れるわけにはいかなかったからだろ?増減できるのがエネルギー体である以上、そもそも触れたら問題がある魔術には回避しかできないはずだ」
理樹みたいなぶっとんだ超能力者が近くにいたことも理解に助かった。
理樹の超能力は本人の意思とは関係ない
対し魔術は任意発動の
銃弾対応の時点で誤差の範囲内ともいえるかもしれないが、コンマ数秒の世界は決定的な差を生んでしまうものだ。
キンジと白雪が加勢にくる前の相対で謙吾は鎮静作用つきの名刀『雨』の峰で打撃した際に、結果的に直後の燕返しは回避されたが、直前に水の魔術の鎮静作用が有効だったことは確認している。おそらく鎮静作用で下げられた力を白魔術により増幅したのだろう。
「お前は勝てない相手ではない。ネタがバレた以上、有効な戦い方をすればいいだけだ」
謙吾の発言は実質の勝利宣言であり、警告になっていた。
謙吾たちは炎の魔術を乱発すればいいだけなのだ。
バルダと名を語る魔術はやれやれとため息をつく。
「……バレてしまいましたか。困りましたね。本当に困りました」
魔術師は本当に困ったと苦笑う。
「エリザベス様が黒なら黒で今後の方針も決まったものの、結局黒白よく分からず、スパイ牽制のために私の存在を明らかにしたまではよかったが…………私の魔術の正体がバレるのは割に合わないですね」
だから、
「ここにいる全員皆殺しにして口封じにするしかなくなったじゃないですか」
黒魔術師兼白魔術師は仕方ないと、ただそれだけの面倒だという気分で恐ろしいことを口にする。
「そちらの星伽神社の関係者の二人はともかく、遠山キンジさんを殺したくはなかったのですがね」
(……あいつの余裕感はなぜだ?まだ何か奥の手でもあるのか?)
不思議に思う謙吾は、先程のバルダとキンジの戦闘の中でバルダが移動した場所に気づく。バルダの背後五メートル近く。そこに謙吾の水の魔術をもろに浴びて起き上がろうとして起き上がれないジャンヌ・ダルクと聖剣デュランダルが転がっていることに気づく。
(……ヤバい)
水の魔術の効果は白魔術により吹き飛ばせることを見ている。
バルダが五メートル近く一歩で跳躍し、聖剣デュランダルを拾い上げた時点で謙吾は叫んだ。
「下がれ遠山っ!!冷気が飛んでくるっ!!」
キンジと入れ替わるように前に出た謙が右手に抱えた『雨』にはすでに目に見えるレベルの大量の水が纏われていた。
(……体力を考えたら危険だがやるしかないっ!)
「白魔術により増幅したものが、ただの冷気だと思わないで下さいね」
バルダは聖剣デュランダルを一振りした。
直後、謙吾やキンジたちを目掛けた吹雪が吹き荒れ、
●
(嘘……でしょ?
伏兵をしている少女、神崎・H・アリアは目の前で起きた光景に驚愕していた。
事前に白雪から貰っていた魔術カイロみたいな札のおかげで氷点下となりつつかる環境の中平然としてはいられたが、キンジたちの安否を考えると気が気でなかった。
吹雪が吹き荒れた場所では謙吾が直前にバラまいた水が空中で氷の結晶となり、雪のように舞っていた。
ダイヤモンドダストという現象だ。
宝石が舞うような超常的な美しさである。
観光の最中ならば何分でも見入る光景でも、今はそんなことをしている場合ではない。
(……キンジは?白雪は?どうなったの?)
●
カラン、という音がした。
謙吾が持つ名刀『雨』が右手からこぼれ落ちだのだ。
ワンテンポ遅れて刀の所有者の肉体もガタンと崩れ落ちる。
魔術の使いすぎで体力を使いきった結果である。
「……宮沢!しっかりしろ!」
「謙吾くんっ!」
呼び掛けられる声に振り返ることすらできていないが、しっかりした声が聞こえるということは俺は吹雪から二人を守りきったということだろう。
(……よかった)
彼の前には氷の壁が氷山となり出来ていた。
今は氷山が壁となりバルダの姿は見えず、追い打ちはかけられない。
「キンちゃん!今度はキンちゃんは下がってっ」
「だがっ」
「キンちゃんはアリアと二人でイロカネアヤメを探してきてっ! しばらくは謙吾くんの『雨』を使う。だけど『雨』では本来の力だ出せないし、あれがないとどの道勝てないと思う」
しかし、今の一撃を防ぎきったところで危機には変わらない。
(……俺は、ここまでなのかなぁ)
謙吾は今までの人生を振り返る。
魔術というものを受け継ぐ特別な環境の中に生まれ落ち、生まれながらの使命を背負わさせた。
それでも嫌なことばかりでなく、うれしいこともあった。
毎日世界のためだと剣の稽古をしていた日々。
だけど自分の生涯をかけてまで守りたいものなんて無かった日々。
そんな中、友達が出来た。あの日のことはわざわざ思い出す必要などない。
だって、忘れたことなどないのだから。
使命があるから一緒には遊べないと伝えたら、道場破りまで行った根性あるバカどもだ。
まだ来ヶ谷が、理樹ですらいなかったころのリトルバスターズ。
恭介に真人それに鈴に俺。まだ四人だけの小さなもの。
『お前の親父は、俺達が倒してやったぜ』
白羽取りの特訓をしたとかも言ってたっけか。
ああ、そういえば真人のバカがタンコブ量産していたな。
『お前には、天賦の才があるのかもしれないが、それでこんな暮らしなら同情するぜ』
ああ。全くだよ。
『師範ですら勝てなかった俺達に勝てるはずがないって、何かあれば俺にすべて押し付ければいいさ。だから……行くだろ?一緒に』
ああ。連れていってくれ。
『そうだ。大事なことを聞いていなかったな』
なんだ?
『俺は恭介だ。お前の名は?』
宮沢謙吾。
『よし。謙吾。今日から俺達は友達だ。一緒に外の世界というものを見に行こう』
もうどうしようもないくらいだったな。
あの後たくさん怒られて。
それでも説教の最中に顔を見合わせては密かに微笑んで。
ちょっと前、ある一件が星伽神社で起きてからずっと考えていたことがある。
『結局、俺の人生は幸せだったのだろうか?』
今なら答えられる。
俺は友達という宝物に恵まれた。
いつの間にかいることすら『当たり前』になっていたから気づけなった。
『当たり前』すぎて、それが大切で特別なものだと気が付かなかった。
(……俺はもう、あいつらがいなかった人生なんて考えられないんだな)
恭介。鈴。真人。そして理樹。
幼なじみ。
(変な意地を張らなければ、俺はもっていろんなことを手にできたのかな)
俺はあまのじゃくで。ちっとも素直じゃなくて。
ピンチになったら助けてと素直に叫べる理樹がうらやましくもある。
だから、最後だというのなら。
ちょっとだけ素直になってもいいかもしれない。
「…………だれか……たすけてくれ」
小さな声で、近くにいたキンジや白雪にすら聞こえない声だった。
それでも、呼び掛けに応じるかのような反応が起きる。
ドン!という音が
●
ドン! ドンドン!
銃弾の発砲音のような機械的な音ではなく、床に蹴るような原始的な音が響く。音は一回ではなかった。
「……上? 天井からか?」
バルダも。キンジと白雪も。隠れているアリアですら全員動きを止めていた。
音の発生源は天井。
原因を探るために全員が見た天井に、ピキッと亀裂が走る。
『―――――――Guard Skill』
何者かの声が聞こえた瞬間、天井が崩れて銀氷の世界が崩壊した。
穴があいた天井から人が降ってくる。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ」
それはほとんど悲鳴であった。
涙目で悲鳴をあげながら降ってきた人物が落下地点の氷山に激突し、
魔法なんて存在しないといわんばかりの雰囲気の世界。
その世界の中心に居座っているのは、
「…………理樹」
直枝理樹。
謙吾にとって大切な友達だ。
彼は来た。突然いなくたなってしまった友達を連れ帰すために。
ようやく主人公(笑)が出てきました。
こいつ、仕事するのかなあ。