三日目にチアをやって、アドシアード編はおしまいです。
では、戻ってきた日常をお楽しみください。
この話はバカテス3.5巻の喫茶店のお話を原作としています。
リトルバスターズでやってみたいなと思った結果がこれです。
アドシアード初日に白雪が失踪したり、魔術師が現れたりといろいろトラブルは起こったものの、誰ひとり欠けることなく一日を終えることが出来た。その翌日、アドシアード二日目の午前9時。
理樹、真人、謙吾の野郎三名と来ヶ谷唯湖は喫茶店トロピカルレモネードの前にやってきていた。
午前9時というのは喫茶店の開店には早すぎるだろう。なら、彼らがそこにいる理由は、
「なんか悪いな。謹慎くらってしまって」
「別にこれくらいいいよ。みんな無事だったんだし」
そこで仕事をするためだろう。
アドシアードは三日あるため、後二日は来ヶ谷は護衛なしのフリーとなってしまう。
来ヶ谷自身としては願ったり叶ったりなのだが、外交の関係上護衛をつけないわけにはいかなかったが来ヶ谷唯湖は佳奈多以外の護衛を拒否したため、来ヶ谷には人目のつく場所で仕事をさせるということに落ち着いた。
ということで本日は、喫茶店で仕事だ!
「今日だけでいいの?」
「明日は放送委員として実況解説頼まれてる。なら、明日はどのみち人の目に触れる場所にいるということになるから今日だけだな」
恭介と鈴、それに小毬はこの場にいない。
恭介が白雪の代理をやっていた最中にイタズラ心でアドシアードのアル=カタ出場メンバーに星伽白雪の名前を付け加えたのだ。
区切りも悪かったし、白雪にはアル=カタに専念してもらうとして、アドシアード運営は恭介がやっている。鈴たち二人は恭介の手伝いだ。最も、鈴の場合は『接客』の単語が出た瞬間に逃げられた。あの人見知り、なんとかならないだろうか。
でもまぁ、今は鈴よりも、
「こんな所にいていいの謙吾?」
「問題ない」
左腕に包帯を巻いた謙吾に聞く。左肩にヒビが入ったという話だったはず。
病院のベットで寝てろとは言わないまでも、こんな場所にいていいのか疑問だ。
「昨日あの後武偵病院で神北にレントゲンをとってもらったし大丈夫だ」
「でも……」
「問題、ない」
断言された。
「別に問題ないだろうさ。片手でやればいいだけだろ」
不安を残しつつ、彼らは本日の職場へと入っていく。
「あぁ……。よく来てくれたね。今日は一日よろしく頼むよ……」
そしたら彼ら四人は今にも倒れそうな店長による弱々しい歓迎を受けた。
瞳の焦点も定まってない。これは歓迎といえるのかは甚だ疑問だ。
(……ねぇ真人。この店長大丈夫だと思う?)
(オレはこの店長が飛び降り自殺したとか聞いても驚けないぞ)
(……だよねぇ)
理樹には店長がそれほど弱りきっているように見える。真人も同意見のようだった。
(来ヶ谷さんは何か知ってる?)
(二木女史から聞いた話だと、なにやら店長の姪が東京武偵高校の生徒らしいんだ。ひょっとしたら喧嘩でもして落ち込んでいるのかもしれないな)
喫茶店トロピカルレモネードは武偵さんご用達。
なら、その子はよく来ていたけれど喧嘩でもしてしまって来てくれなかったことに店長はショックを受けているのかもしれない。
(……なら、僕らがしっかり働いて店長を元気付けてあげないとっ!)
やる気を出したところで喫茶店の制服を店長から渡される。
しっかりと畳まれた、黒をベースにした清潔感のある制服だ。
「それじゃあ、サイズが合わなかったら言ってね」
制服を受けとった瞬間。
「「「サイズが合いません」」」
理樹を除く三人の声が見事に一致した。
わざわざ言うまでもなく真人と謙吾の図体はデカイため、きっとサイズは二人ともLLになるだろう。
一方来ヶ谷は、小学生にも間違えられるアリアと比較したら随分と大きく見えるものの、実際のところ身長は理樹と大差がない。
Sサイズはさすがに無理でも、MかLなら正直どちらでもいいという感じだ。
「あれ……おかしいや。これでもボク……昔は
「でも店長。来ヶ谷さんの場合はちょっと間違えただけかもしれますんけど、真人と謙……井ノ原と宮沢は明らかに着られないと思いますよ」
真人と謙吾に渡された服は着られないほど小さすぎて、来ヶ谷さんに渡されたのは明らかに大きすぎた。どうやら昔は
「宮沢君はSで、井ノ原君はMで、来ヶ谷さんはエロ――――じゃなくてLLだと思ったんだけどなぁ」
この店長、意外と侮れないと思った。
元
「店長。サイズの交換をお願いする」
いくらなんでも着られないので謙吾が制服を一つに畳み直して店長に手渡していた。
「そっか……そうだよね。うっかりして制服と性癖を間違えちゃったよ……」
なんて豪快な間違いだ。
そんなことよりも、
「あの、店長。僕に渡された性癖はサイズはピッタリなんですがウェイトレスの制服ですよ。まさか、女装が性癖とは思ってるんじゃないですよね!? これはただ純粋に間違えただけですよね!?ね!?」
GOOD!!と親指を立てた姉御をあえて意識にいれないようにしつつ、ウェイトレスの制服をわなわな握りしめた理樹は僕にはそんな趣味はないと必死に言い聞かせていた。女物の服を握りしめてわなわなと震えている男の姿がそこにはあった。
「それじゃ理樹君、レディーファーストということで先に一緒にウェイトレスの制服に着替えに行こうじゃないか」
「止めて!そんな風に自然に僕誘うの止めてっ!」
僕にそんな趣味はないんだからねっ!
●
「…………(ぼー……)」
なんとかウェイトレスではなくウェイターの制服を入手して着替えた理樹は椅子に座ったまま魂を吐き出してる店長の姿を発見した。理樹はそんな店長の様子をスルーすることはできなかった。
「て、店長。大丈夫ですか?」
「……ん、ああ、大丈夫、大丈夫さ」
返事も曖昧。不安要素しかない。
この店長、味付けを間違ったりしないだろうか?
(……来ヶ谷さん。やっぱりあの店長ヤバくない?)
(あいにく、私は危険なやつなんて見慣れてるしなぁ。私はおそらく危機感等イロイロと感覚が狂ってしまってる)
(じゃ、僕がちょっと確認して見るよ)
(どうやって?)
(僕は仮にも
(この私と会話できるのだからな、そうだろうな)
(来ヶ谷さんって、『
理樹は店長に話し掛ける。まずは、
「店長。今日はいい天気ですね」
困ったときの定番からだ。
「あぁ、そうだね。加齢臭って嫌だよね」
いい天気が台なしだった。
作戦変更。
直枝理樹は棗恭介を筆頭とした頭おかしい人物に囲まれて育った人間ゆえに、アドリブに強い人間だ。恭介のすることやることいつも不安要素だからだったからだ。いや、今も進行形で不安要素しかないこともある。
「午後もお客さんいっぱいくるといいですね」
「…………」
反応がない。ただの店長のようだ。
(どうしよう)
(武偵やってる姪っ子の話は?)
話題提供を貰った理樹は再チャレンジに挑む。
「店長の姪っ子さんって一体どん……」
理樹の言葉はを遮り、ドン!という衝撃音が響く。
一瞬にして理樹が床に叩き伏せられたのだ。
「五秒やる。神への祈りをすませろ」
そして、彼の首筋に冷たい何かが。
「ま、待ってください店長!そのナイフはいつ出したんですか!?」
店長が元武偵である以上、ナイフくらい常備していても不思議ではないが、いつ抜いたのか全く分からなかった。理樹の戦闘力が低いのか、店長の戦闘力が高いのか、理樹としては後者だと信じたい。
「あぁ……ゴメンゴメン。君は寮会から派遣されたヘルプの子だったね」
「そ、そうですよ!だから早く僕の頸動脈を解放してくださいっ!」
ちょうどこの時。着替え終わった真人と謙吾が戻ってきた。野郎二人は取り乱した。
「理樹が襲われている!?待ってろ!今度は俺が助けてやる!!」
「待て謙吾!理樹を守るのはパートナーであるこのオレと筋肉の役目だ!」
「……君達もか……君達もボクからあの子を奪うつもりなんだな!?」
「て、店長!どうでもいいからナイフをしまってくださいっ!!頸動脈が人質というのはシャレにならないです!」
「……どうでもいいがモノは壊すなよバカども。弁償なんて冗談じゃないからな」
直後。
暴走して乱心した店長のナイフを来ヶ谷が掻っ攫い、真人と謙吾が店長に飛び掛かり乱闘となった。
●
「……来ヶ谷さん。ちなみにこの店長はセーブ?それともアウト?」
「チェンジ」
「アウト三つ?」
「コールドゲームにしなかっただけマシだと思うぞ」
大暴れした店長は今、白目を剥いて倒れている。
幸い店内の被害はなさそうだったけど、
「店、どうしよう?」
さすがに未経験者だけで喫茶店を開けるのは無理がある。
「店長がこんなでもやるしかないだろう。それが依頼なんだしら何より形だけとはいえペナルティの依頼で問題を起こしたくない」
「でもよ来ヶ谷の姉御。オレたちケーキなんて作れないぞ」
「ここは出来立てが売りの中華料理店やファーストフードハンバーガーの店ではないんだぞ。注文を受けてから作るなんてするわけないだろ」
「……やけに詳しいんだな」
「私の委員会はこういった店持ってるからな。大体分かる」
来ヶ谷さんに先導されてついていくと、すぐに予め作られているケーキ類を発見した。
「……この分だと午前中くらいは余裕だ。正午までに店長が起きてくれれば、臨時の仕込みのための閉店時間をつくれば午後だっていける。明日の仕込みも間に合うだろうよ」
武偵はなんでも屋。
やりもしないのに出来ませんでしたでは笑い者だ。
来ヶ谷唯湖はこの場において、誰よりも頼もしかった。
なんでもできることが優れた武偵の条件だといわんばかりだ。
理樹や真人が呆然とするなか、来ヶ谷は一人メニュー表を見る。
理樹は彼女の表情が僅かに曇ったのを見逃さなかった。
「……問題は注文を受けてから作るタイプのデザートか。なぁ、クレープってなんだ?」
「そういえば来ヶ谷さんは、金銭感覚もおかしい人だったね」
2000万円をはした金という人だ。
クレープなんて食べたことないのだろう。
ちょっと前まで探偵科の部屋に入り浸っていたアリアから学んだことだが、金持ちには100円単位のものには目もくれない。ちょっとお茶しようとかしたら、サイフから軽くお札が跳んでいく。しかも万札がだ。
「どの道人手は多いことにこしたことはないから、誰か手伝いに呼ぼうよ。来ヶ谷さんの委員会の人で、呼べる人いる?」
「みんな自分の店で忙しいだろうし、今から呼んで間に合うのは葉留佳君ぐらいだが……彼女には準備があるから無理だな」
「準備? なんかあるの?」
「私、アドシアードが終わったら三週間ほどアメリカ行くんだよ。大学で講義してくれという依頼が来て、せっかくだし引き受けた」
「相変わらずスペックが狂ってるひとだね。となると……」
「小毬君を呼ぼう」
●
連絡したところ、小毬はすぐに来てくれた。
迷惑だったかとも思ったが、満面の笑顔を見ればそれはないだろう。
午前10時。
喫茶店トロピカルレモネード開店の時間なる。
「さてと。まずは私たちからだな」
「そうだね」
役割分担をどうするかと相談した結果、まず小毬がキッチンであることは言うまでもないとして、ウェイターの仕事は理樹&来ヶ谷のコンビということになった。真人は搬入や買い出しなどの力仕事の方が筋肉の使いところだし、腕に包帯を巻いている謙吾がウェイターというのはさすがに印象が悪いだろう。ウェイターには二人くらい欲しかったため、消去法により確定したコンビだ。どのみち店長が復活するまでだ。不安要素もあるが、意外となんとかなるかもしれない。
カランコロン。
どうやら早速お客様が来たようだ。
「ふむ。では、まずはこの私がプロの接客というものを見せてやろう」
ウェイトレス姿の来ヶ谷さんはメニューを片手にお客さんに歩み寄る。
「二名様ですね?それでは、こちらへどうぞ」
本日一組目のお客さんを連れて来ヶ谷さんは窓際に向かう。お客さんが席にかけたところで一旦その場を離れ、お冷やをトレイに載せて再びその場に向かった。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼び下さい」
来ヶ谷さんは丁寧に頭を下げて、カウンターに戻ってきた。
お客さんは時に違和感なく席についてくれたようだ。
「どうだった?」
「すごいよ来ヶ谷さん! まるで違和感なかったし、淑女の気品というものが感じられたよ」
やっている内容は普通のことなのだろうが、一礼一つとっても決定的に何かが違った。
これが教養というものなのだろう。
まるで中世ヨーロッパ辺りの高貴なる貴族みたいだった。
普段の引きこもり面倒屋とは思えない。
「よしっ!僕も頑張らないとっ」
「その意気だよ少年。だが、あまり気負いすぎるなよ。緊張は身体の動きや滑舌に影響を与えるからな」
昔、イギリスで名の知れた天才としての経験者の助言を理樹は真摯に受け止める。
大事なのは『転ばないこと』そして『台詞を噛まないこと』だ。
――――カランコロン
とか思う思ううちに、次のお客さんがやって来る。
(……僕だってやればできることを見せてやるっ!ポイントは『噛まない』と『転ばない』っ!)
「いらっチャ!」
噛んだ。
「「「…………っ!」」」
入店してきた一般のお客さん三人組は必死に笑いを堪えている。なんだかすぐにでも逃げ出したい気分を抑え、理樹は再チャレンジに挑む。彼は一度の失敗くらいでくじけるような情けない少年ではない最近失敗だらけだから、少しはいいところをみせてやろう!
「――――いらっチャ」
理樹はダッシュで逃げ出した。
「あっ!キミ、案内は!?」
「大丈夫だよ!私達笑ってないから!」
「もう一回だけ頑張ってみて!」
どうして僕はこうも不器用なのだろう。
「どうした!? どうして涙目で戻ってくるんだ!?」
ダッシュで戻ってきた姿を見た来ヶ谷さんは驚いていた。
(……逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ)
めげずに彼はお客さんのところにリターンする。
「すいません。ちょっと気が動転してしまいました」
お客さんは笑顔で許してくれた。
不器用な自分に絶望したところを才能溢れる姉御に慰められている間に、最新に入ってきたお客さんの注文が決まったようだった。どっかの馬鹿とは要領のよい少女は注文を取りに行く。
『ご注文はお決まりでしょうか?』
『エスプレッソとカプチーノ、それに本日のデザートを二つ下さいな』
『畏まりました。エスプレッソとカプチーノ、そして本日のデザートをお二つですね。では、少々お待ち下さい』
メモをとり、来ヶ谷さんが戻ってくる。
「エスプレッソ一、カプチーノ一、日替わりデザート二だ。理樹君、向こうの注文も決まったみたいだぞ」
「あ、ホントだ」
先程の失敗を覆す好機だ。
今、『ご注文はお決まりでしょうか?』と切り込めばいいところを見本として見せてもらったところだ。今度こそ完璧な接客をしよう。理樹は大きく息を吸い、
「ごチュっ!?」
噛んだ。
「…………ご注文は、お決まりでしょうか?」
逃げ出したい。すごく逃げ出したい。
「え、おと、私はアイスココアとチーズケーキ。あ、あのっ、頑張ってね」
「私はオレンジジュースとショートケーキ。頑張ってね」
「あ、あたしはホットケーキとロイヤルミルクティーで。が、頑張って!」
簡単にメモをとり、店長に告げる。
「アイスココア、オレンジジュース、ロイヤルミルクティ、ホットケーキ、ショートケーキ、チーズケーキを一つずつと、頑張ってを三つ」
「……なんで君は客に励まされているんだ?」
器用な来ヶ谷さんにこの気持ちは分からないだろう。
料理を持って行った時、『よくできたね』と褒められたのがなんだか切なかった。