Scarlet Busters!   作:Sepia

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Mission49 記憶喪失の薬剤師

 

『あ、見た?見た?流れ星が見れたねこまりちゃん!!』

『うん。わたしもちゃんと見たよ。キレイだったねぇ』

『こまりちゃんも流れ星に関するお話って知ってるでしょ。なにかお願いするの?』

『うん!なにがいいかなぁ……よぅしっ!』

『あ、また流れ星が来たよ!こまりちゃんは、なにかおねがいした?』

『うん! ――――ちゃんのねがいごとが叶いますようにって』

『あたしのおねがい?こまりちゃん自身のおねがいは?』

『んー。今はまだよくわかんないや。――――ちゃんが幸せなら、わたしもきっと幸せになれるから』

『そ、そう? えーと、じゃ、じゃあどうしようかなぁ。 あたしのおねがいは……あ、そうだ。思いついた』

『どんなもの?』

『魔法使い。流れ星に願ったことをかなえてあげる優しい魔法使いになる。それだったら、いつかこまりちゃん自身のねがいごとだって、なんでもかなえてあげられる』

『えへへ。――――ちゃんのねがいがかなったら、わたしも幸せになれるね。幸せが巡ってるみたい』

『そうだね。じゃあ、あたしまほうつかいになる。お星さまにこめられたねがいごとをかなえてあげる、ながれぼしのまほうつかいになる!』

 

 

          ●

 

 

 アドシアードも無事?に終わりをむかえ、学校の時間割も通常のものへと戻った。

 昼休み、隣の席の真人が熟睡しているのでやることもなくのんびりとKeyコーヒーを飲んでいた理樹は、自身を呼ぶ声に振り返る。

 

「どうしたの、鈴?」

「これ」

 

 手渡されたのは一個のキャンディーだった。

 メロン味。

 ハッカ味はいらんからと押し付けられたわけではなさそうだ。

 

「くれるの?ありがとう」

 

 キャンディーを食べようとしたら、突然蹴りが飛んできた。

 鈴の蹴りは理樹の顔面のすぐ隣を通過する。

 

「な、なに!?」

「お前のじゃない」

「じゃあ誰の……あっそうか、真人起き……」

 

 今度は寸止めの蹴りが繰り出された。

 

「……。これは一体誰にあげるつもりだったのでしょうか?」

「こ、こま……」

「神北さん? てか、まだ名前呼べてないの?来ヶ谷さんやレキさんは呼び捨てで呼んでるのに」

「うるさい!あいつら相手に照れる要素はない!」

 

 来ヶ谷さんにしてもレキさんにしても、マイペースを極めたような人達だ。

 鈴は重度の人見知りであるが、この二人が平然と鈴と話せるのは鈴の人見知りが恥ずかしいというタイプだからだろう。

 

 このタイプの人見知りは一線を越えると平気で会話ができる。

 来ヶ谷唯湖に関していえば抱き着かれたり頬ずりされたりとすき放題されて恥ずかしいというより警戒心が上回った。恥ずかしいとかそんなことを言っていられなくなった人物だ。

 

 一方でレキに関しては、会話で苦労することはない。

 無口で無表情でついたあだ名がロボット・レキである。彼女とはもともと会話すると沈黙が空間を支配することになってしまう。ゆえに、口下手な鈴にとって会話が続かないことが当たり前と化しているレキは普通に話せる存在なのだ。お互い黙っていても全く気まずくなんかない。そんなすごく悲しい理由により、鈴はレキが平気だった。

 

「へぇ、どうしてまた」

「アインシュタインが……」

「猫がどうしたって?」

「アインシュタインが怪我してて、手当てしてくれた。ありがとうっていっておいてくれ。こ、こま……」

「小毬、さんに?」

「ああ」

「自分で言えばいいじゃない」

「それが言えれば苦労はしないんじゃ……ボケ」

 

 鈴の人見知りは重症だ。

 贈り物をすることを進歩とすべきなのだろうが、この程度のことを喜ぶのは甘やかしているような気もする。

 

「じゃ、頼んだからな」

 

反論はさせない、と鈴はキャンディーを手渡すとさっさと教室から出ていってしまった。

 

「来ヶ谷さんがリトルバスターズの一員になって、少しは鈴も変わったと思ったんだけどなぁ」

 

 どうやら例外が一人増えただけのようだ。

 

「誰か、神北さん見なかった?」

 

 二年Fクラスのクラスメイト達に聞いてみたが誰も答えてくれない。薄情だ。

 全員写真やTシャツやらなんだが話している。

 こっちに向いてすらくれない。

 すると、そんな理樹を哀れんだのか窓側の席でボーッと虚空を眺めていたレキが助け船を出してくれた。

 

「神北さんなら先程、大量のお菓子を携えているところを屋上で見かけましたよ」

「ありがとレキさん」

 

 レキに感謝の言葉を述べた理樹は、早速屋上に向かうために教室を出ようとした所で、薄情なクラスメイトたちの話し声を聞いた。聞こうとして聞いたのではなく、聞こえてしまったのだ。

 

『直枝のやつに助け船を出しなさるとは……流石レキ様、お優しい』

『あぁ、全くだ。それにしても、レキ様に声をかけてもらえるなんて、なんてうらやましいやつめ』

『待て。そういや俺は、棗先輩はレキ様を妹みたいに可愛がってるって聞いたことがある。直枝が声をかけてもらえるのはその関係かもしれんな』

『レキ様を妹にだと?まさか奴は、レキ様に「お兄ちゃん」と呼ばせているのか!?』

『だとしたら、我等が村上会長に報告書を提出し、正式に異端審問会を開く必要があるな』

 

 二年Fクラスは平常運転だった。

 

 

      ●

 

(……いたいた)

 

 屋上にたどり着く。

 前に(偶然)アリクイを目撃してしまった場所でもある。

 今度は変な粗相を働いて、神北さんにお嫁をもらえなくさせるわけるわけにはいかない。

 ……もともとお嫁はもらえないけど。

 

「神北さん?」

 

 神北さんは前と同じで、何かあったらすぐに隠れられるようにするためか給水タンクのそばにいた。

 呼び掛けても反応がない。

 どうやら眠っているようだ。ただの屍というわけではなくて安心する。

 

(……ずいぶんと気持ち良く眠っているな)

 

 寝顔はとても幸せそうだ。

 だったら、見てる夢もやはり幸せなものなんだろうか?

 

「……おや?」

 

 理樹は見た。

 神北さんがヨダレを垂らしてぐっすりだった。

 

(……待て。この状況はなにげにピンチなんじゃないか?)

 

 変人しかいない二年Fクラスで相対的にまともな人に嫌われるわけにはいかない。

 ここはきわめて紳士的に、ポケットティッシュでヨダレを拭いてあげることを一瞬だけ考えたが、

 

(……え?それっていいの?付き合ってるわけでもない女の子にそんなことしていいの!?)

 

 ウブな理樹にはそれができない。

 口説き魔呼ばわりされる遠山君にはこの気持ちはわからないだろう。

 仕方ない。

 諦めてここは退散しようと決めた時に、彼は聞いてしまった。

 

「……あ…ちゃん……お兄……ちゃん」

 

 寝言を聞いてしまった。

 次の瞬間、小毬は寝返りを給水タンクに頭をぶつけた。

 

「……あ……う……」

 

 目覚め時の朦朧とした頭の小毬は、気まずそうな顔をしているクラスメイトの姿を発見し、自身の状況を省みて、

 

「ひゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 恥ずかしさに悲鳴を上げた。

 

 

         ●

 

「見なかったことにしよう、オッケー?」

「お、おっけー」

「見られなかったことにしよう。うん、これで万事解決だね」

 

 屋上でぐっすりヨダレまで垂らして眠りこけていたということはなさったこととしてスルーしてもらえた。ちょっと気に食わないことがあればどこぞの探偵科(インケスタ)寮を粉砕する名探偵(笑)や巫女(笑)とは大違いだ。

 

「なんて……なんて素直な人なんだっ!」

 

 またしても理樹は感動で涙がでそうになる。

 どうやら最近、自分で思っているよりもメンタルの消耗が激しかったみたいだ。

 

「だ、大丈夫直枝くん!?」

「……うん。大丈夫」

 

 本来なら泣いている人物と慰めているが逆なんじゃないだろうか。

 

「とりあえず、ワッフルをどうぞ〜」

「ありがとう神北さん」

「小毬でいいよ。あ、それじゃこれからは、直枝くんのことを理樹君と呼びましょう」

「え、じゃあ、小毬さんで」

 

 一口ワッフルを食べてみる。ものすごくおいしかった。

 感想を一言。砂糖だった。

 

「そういえば、小毬さんお兄さんいるんだね」

「ふぇええ!?やっぱり寝言聞かれてた!?」

「大丈夫だよ、それしか聞いてないから」

 

 なら安心か、と小毬は言った後、彼女は理樹から視線を外して空を見上げた。

 その姿は普段の明るい彼女の姿からはほど遠く、なんだか悲しげに見えた。

 

 

「……小毬さん?」

「でもね、私は一人っ子。兄弟とかはいないんだ。だから、夢の中にだけいるお兄ちゃん。両親のことだってホントはよく覚えてないんだよ」

「そういえば、記憶喪失だって……大丈夫なの?」

「うん。別に歩きかたとかお箸の持ち方みたいに生活に直結することは何一つ忘れてなかった。記憶は残らなかったけど知識は残ったみたい」

 

 理樹は前にこの屋上で聞いたことを思い出していた。

 私はどちらかと言えば薬剤師に近いって小毬さんは言ってた。

 

「……中学入学までの記憶がないなら、武偵になろうと思ったのはどうして?」

「やっぱり知識として残ってた薬の知識の影響かな。すぐに役に立てる力を持ってるから、すぐに活かしたかったんだと思う。私もよくわかってないんだけどね」

 

 理樹は自分の右手を見る。

 いつから宿ったか知らないが、魔術みたいなオカルトを打ち消すことができる能力。

 こんな能力は努力というものにより得られたものではなく、いつの間にか持ってたもの。

 気が付いたらあったという異質なもの。

 魔術を司る家に生まれた謙吾ですら意味不明とさじを投げた超能力だ。

 厳密には超能力なのかわからない。でも超能力とかいいようのない能力。

 

(……正直、不気味だと思わなかったといえば嘘になる)

 

 恭介は心配ないと言ってくれて、ずいぶんと気が楽になった。

 それでも、すぐに使いたいとは思わなかった。

 今はありがたく使わせてもらってるけど、昔は不気味で仕方がなかった。

 

「小毬さんは……怖くなかった?」

「ふぇ?」

「自分の記憶にない力を持っていてさ、恐ろしいとは思わなかった?」

「夢に見るんだ。優しいお兄ちゃんと、大好きな友達と三人で一緒に笑ってる夢」

「…………」

「きっとそれは、私が持ってない記憶がこんなだったらいいなっていう願望が夢に現れているんだと思う。夢にだけでてくるお兄ちゃんがいつも日だまりみたいな笑顔を向けてくれるのも、きっと私が自分自身を励まそうとして。だったら、がんばって見ようと思ったんだ」

 

 そう言って小毬は笑う。

 それは理樹が初めて見る、少しだけ寂しそうな笑顔だった。

 

「……前に、幼馴染って関係がうらやましいって言ってたよね」

「ふぇ?」

「……友達。一人っ子ならお兄さんはいないみたいだけど、大好きな友達が実在しているといいね」

「……うん!」

「そうだ。これ、鈴から。アインシュタインのお礼だって」

 

 渡しておいてと言われたキャンディーを手渡す。

 小毬が瞳を輝かせる姿を見た後理樹は、空を見上げた。

 

(……友達、か)

 

 ハイジャックでのことを思い出す。

 理樹と理子は同じ探偵科(インケスタ)の生徒ではあるが、友達だと言えるほど仲がよかったかといえば違うだろう。

 

(……もし僕が理子さんの友達なら、力になってやれたのだろうか?)

 

 今思えばハイジャックのあの時彼女を理解することなんて不可能だったのかもしれない。

 彼女が抱えているのは『友達』でもない人間にどうこうできる問題ではないはずだ。

 なら、友達なら力を貸してあげることができる。

 

 だとしたら、答えは明白だ。

 理樹は視界に広がる青空を見る。

 世界中どこにいたって、いつでも見ることができる空。

 理子もどこかで見ているのかもしれない。

 理樹は空をぼんやり見つめて思う。

 今度こそ、彼女とは友達になりたいな。

 

 

     

       ●

 

 ニューイングランド地方。

 イングランド、と名前がついているがイギリスの地名ではなく、アメリカ合衆国北東部の地名である。

 メーン、ニューハンプシャー、バーモンド、マサチューセッツ、ロードアイランド、コネティカットの6州の総称だ。

 

 1614年ロンドンの商人が渡来し、そのときの船長が名付けた名前だとされている。

 伝統的な繊維工業に加え、エレクトロニクスハイウェーと呼ばれる先端技術の集積地域。

 その中でも歴史的にも文化や経済の上でも中心となっているニューイングランドの中心都市、マサチューセツ州のボストンに存在するとある大学の教壇に立っている人物がいた。

 

 教壇に立つのだから大学教授が一般的なのだろうが、今立っている人物は大学教授ではなかった。

 

 アジア系の顔立ちだったし、何より東京武偵高校の制服を見にまとっている。

 彼女は大学から呼ばれて、数学の講義をしていた。

 アメリカというのは実力主義の世界。

 実力さえ認められれば、誰だって教壇に立てる。

 

 では、東京武偵高校の生徒でありながらわざわざ大学から講義を依頼されるほどの人物と言えば誰だろう。

 

「中々楽しかったな」

 

 講義が終わり、教壇にて呟くのは案の定というか、来ヶ谷唯湖という名前の少女。

 文句なしの天才。

 きっと才能に愛されているという言葉は彼女のために生まれたと思えるほどの存在。

 

「エリザベス」

 

 大学を出たところで、彼女は自身の名前を呼ぶ声を聞いた。

 来ヶ谷唯湖、ではなくエリザベス。

 イギリスで使っていた名前であり、日本ではほとんど名乗っていない名前だ。

 となると、間違いなく呼び掛けてきた人物は彼女のことを詳しく知ってる存在。

 

「……君とは一応初めましてになるのかな?」

 

 リズベスという愛称で天才としてイギリスで名をはせた少女は、呼び掛けに応じた。

 

「初めまして、峰理子くん」

 

 




しばらくアメリカでのお話になります。
え? 理樹?
しばらくニー……出てきませんけど何か?

……これでホントにいいのかな。

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