Q.集団を最も団結させる存在はなんでしょう?
A.共通の敵の存在である。
団結するには共通の意思が必要であり、善意より悪意の方が集まりやすい。
なんということはなく、ただそれだけの理屈である。
ならば。
来ヶ谷唯湖。
三枝葉留佳。
峰理子。
牧瀬紅葉。
能力はあっても結束力皆無のこの四人がパトラという共通の敵を前にして一致団結して立ち向かい、本当の意味での仲間となることはできるのだろうか?
答えは否である。
直枝理樹や遠山キンジのようなチューナーの役割を果たす人間でもいたら目的を一つにシンクロさせてパトラとルールを守って楽しく
パトラを倒すことだってできたかもしれない。
だが!しかし!
パトラなんて正直どうでもいいとすら考えている連中では悪意や殺意すら集まらない。
葉留佳にいたってはパトラが持つ最強の魔女の一角という称号にビビッているし、来ヶ谷と牧瀬の二人は何考えているのか分からない。葉留佳から見て、今回の作戦にやる気を出しているのは理子ただ一人のように思えてくる。
(ホントに大丈夫かなぁ)
葉留佳が心配でならない作戦をこれより説明しよう。
パトラを『なんとかして』おびき寄せて部屋から除外する。
パトラを『なんとかして』しばらく足止めする。
その隙に『なんとかして』部屋に潜り込んで物色する。
『なんとかして』各自撤収。以上である。
超A・BA・U・TO!
見事なまでにパトラとまともに戦うつもりが微塵も感じられない作戦だった。
戦わずして勝つという極意を残したのは孫子だったか。
逃げるが勝ち。ステキな言葉である。
逃げるという名の勝ちを一応は取りに行っているとはいえセオリー無視だとか作戦の立案者を糾弾することはできないだろう。
まず、
そして味方が手の内を見せるつもりがないため、いやできないために味方のはずの戦力と意思が不明確である。
ゆえに作戦方針が単純なものである以上は重要となってくるはずの『なんとかして』の部分は各自に一任するということになった。
肝心な部分の情報を共有できない以上は信頼関係がものをいってくるが特に問題はない。
『
どんな手段に出るにしろ与えられた役割をきちんと結果として残すことだけは絶対だと信用しているのだ。
これがプロのレベルの住人が持つ実力主義の世界の考え方だ。
あいにくと、葉留佳はまだその域へと至っていない。
だが、あくまで今回一人で行動するわけではなく、判断力に優れた姉御はすぐそばにいてくれている。不安がないとはいわないが、それでもあまり感じていなかった。
「葉留佳君、いけるな?」
「当然!」
来ヶ谷唯湖と三枝葉留佳。
パトラの部屋へと侵入するのはこの二人である。
彼女達は現在パトラと同じホテルにある一室陣取っていた。
早朝にホテルにチェックインしたのではない。作戦前日からにチェックインして度胸のあることにパトラの同じホテルで堂々と就寝して作戦決行の朝を迎えていた。
夜襲でも受けるのではないかと葉留佳はビビりまくって中々寝付けなかったみたいだが、対称的に来ヶ谷はぐっすりと気持ちよさそうに眠りについた。余裕の表れというよりはバレるはずがないという自信からだろう
チェックイン時には変装だってしたし、何より前日からホテルに宿泊していることは来ヶ谷と葉留佳の二人だけの秘密だ。牧瀬紅葉にも峰理子にも教えてない。
来ヶ谷と葉留佳の二人で部屋の鍵といったセキュリティを二人だけで『なんとか』しなければならないのだが、来ヶ谷唯湖と三枝葉留佳の二人だけなら普段秘密にしている能力を堂々と解禁できる。
超能力。
魔術と違い、超能力ならいくら使った所でパトラにバレる心配はない。
向こうが頑張って『なんとか』パトラを足止めしている内に超能力を使ってこっそりと侵入させてもらうとしよう。
「冷蔵庫に冷えたオレンジジュースがあったはずだ。飲んでおくといい」
「ラジャ!」
葉留佳は冷蔵庫からオレンジジュースを取り出して一気飲みした。
具体的な栄養素は不確定だが葉留佳の場合は柑橘類全般でいけることだけは分かってる。
100パーセントフロリダオレンジジュースなら文句なしだ。
準備万端。
これで葉留佳はいつでも万全の状態で超能力を使うことができる。
葉留佳の持つ超能力は、一族特有の魔術再現の難しいレアな超能力。
そして、あの星伽神社の武装巫女の白雪すら恐れた戦闘特化の超能力。
「あーねごー。いつでもいいですヨ!」
「では行くぞ。ミッションスタートだ」
来ヶ谷と葉留佳の二人は牧瀬紅葉手製の防弾私服を着て行動を開始した。
●
コッド岬の海岸線にて、峰理子はパトラの前に立つ。
パトラを『なんとかして』足止めする役割を担うのは峰理子と牧瀬紅葉の二人。
あくまで計画に従うならば時間稼いで逃げ切れば、命さえあれば勝ちということになっている。
理子ならばパトラという世界屈指の魔女相手を相手にしても逃げ切れないということはないだろう。
峰理子は怪盗リュパンの襲名者、つまり今代の大泥棒。
理子は四世と呼ばれることが嫌なだけでリュパンの血を引いていることを嫌がっているわけではないのだ。
家族仲はよかった。
母親のことは大好きだった。
そうでなければ今こうして形見を取り戻そうとなんかしていない。
名探偵シャーロック・ホームズの名前を継ぐことができないのは探偵として最も重要な能力は推理力。
対し、泥棒として最も必要な能力は戦闘能力ではなく逃走能力。
先代の大泥棒ルパン三世にしても、
『俺を捕まえられるのは銭形のとっつぁんだけだ』
とまで言い切っているくらいだ。
それを考えたらこの作戦はうまく考えられているだろう。
自身の腹の内を見せられない面子で無理に足並みを揃えることもなく、各自自分の能力をフルに生かせる形での計画だ。
葉留佳は超能力を使えても度胸と判断力、何より経験値が足りてない。
そこを超能力こそ使えないが知識と経験、何よりとっさの決断力がある来ヶ谷ならば補うことができる。
では、理子の最たる能力は何か?
当然泥棒としての能力だろう。
峰理子は逃げるための技術を誰よりも磨いてきた人間だ。
逆に言えば、理子に逃げ切れなければ誰が逃げ切れるというのだろうか。
逃げ切るか。捕まるか。
『なんとかして』時間を稼ぐ必要がある以上、理子は泥棒としての戦いをすぐには始めない。
こと時間稼ぎという点に関してならば『
なぜなら――――――
「久しいのぅ、リュパンの曾孫よ」
理子とパトラ。
二人は知り合いだからだ。
「あたしには理子という名前がある。お前とは二年前にイ・ウーを退学して……いや、無理矢理させられて以来だな」
なにせ、理子とパトラは同じ組織に所属していたのだから。
イ・ウー。
アリアが追っている謎に包まれた組織。
作戦実行にあたりどうやってパトラを足止めするか一任されて詳細を全く聞かれなかったのは理子にとってはありがたいことだった。
理子はお前たちを信じていると言って、来ヶ谷と葉留佳がどうやって部屋の鍵を攻略するのか一切聞かなかった代わりに、自分がどうやってパトラ相手に時間を稼ぐつもりであるかを言わなかった。
いや正確には言うわけにはいかなかったんだ。
知られるわけにはいかなかった。
イ・ウーによって人生を変えさせられた人間に対し、『あたしはパトラと同じイ・ウーの構成員だったから会話で時間を稼げると思う』だなんて、どうして言える?
現実はどうあれ第三者から見たらイ・ウー内部のことなんて関係ない。内部抗争で敵対していたとしても同じ組織の仲間に見えてしまう。
でも、ぱっと見た感じでは理子とパトラに親しげな雰囲気は全く感じられなかった。
チーム単位ならまだしも組織レベルともなると同じ組織にいたということは二人が仲良しだったことを意味しないのだ。
「昔話をしに来たわけぢゃないぢゃろう。理子、お主が欲しいのはこれぢゃろう?」
パトラは袖から小さな手の平サイズの拳銃を取り出した。
デリンジャー。
理子の母親の形見であり、今回の
パトラが自分で持っているなんて事実は作戦の根本を覆すようなものであるはず。
なのに、理子には大した動揺は見られない。
「――――やっぱりお前が自分で持っていたか」
むしろ、予想通りだとでもいう反応を見せた。
「返せ。それはあたしのものだ」
「あぁ、返してやるとも。これなお前にとっては大切なものでも妾にとってはガラクタ同然ぢゃからな」
ただし、とパトラは告げる。
「ただで返すつもりもない。取引しようぞ。引き受けてくれたら手付にこの銃は返してやろう」
「ほほぅ。ずいぶん気前がいいな」
気前がいい。理子はそう口にしたものの本心では全くそうは思っていない。皮肉として言っている。理子の目的が母の形見のデリンジャーであることが明白な以上は脅迫材料にだってできたはず。
でも、脅迫は相手に一方的に要求を告げることができという大きなメリットがあるとともに裏切りという大きなデメリットを持つ。
おそらくパトラは太っ腹だなんて気前の良さからではなく対等な交渉と名目でデメリットを取り払いにきたなだろう。
「――――で、報酬に何をくれるって?まさか、世界征服した暁には言う悪者のテンプレみたいなふざけたことを言うつもりではないよな?
「『無限罪のブラド』」
たった一言。
たったその一単語だけで理子の表情が固まった。
戸惑い。恐怖。理子が表情に浮かべたのはそんな風に呼ばれるものだったのだろう。
それを見逃すパトラではない。
「報酬として『無限罪のブラド』を殺してやる」
「……なぜ?」
「妾がイ・ウーの次期『
「…………」
「問題はもう一人ぢゃ。もう一人の方をどうにかするためにはまず張り付いている
「…………お前があたしにしてほしいことが大体分かったよ」
理子は提示された条件と関係からパトラの要求を言われる前に理解できた。
「
「あぁ。どうぢゃ?悪い話ぢゃないはずぢゃろ」
理子は瞳を閉じた。
パトラの誘いに乗るか考えているのだろう。
さて、自問自答といこう。
パトラが用意した報酬に不満はあるか?
人を殺す手引きをすることに抵抗があるか?
なら、自分をイ・ウーと一員だと知ってめなお信じてみたいと思ってくれた『
この問題に対する答えは理子にとっては答えることが難関でも何でもない。
すぐにコッド岬の海岸線に立つ少女は結論を告げた。
「分かったよ。その話に乗った」
●
峰理子はパトラから受けとったデリンジャーを見つめていた。
このデリンジャーが装填できるのは一発だけ。
戦闘目的の武器ではなく隠し持つ暗殺平気の意味合いが強いの武器だから仕方ない。
理子は自分のデリンジャー用の弾丸を装填し、海に向かって発砲した。
「……本物みたいだね。砂から作られた偽物かとでも用意してるのかと思ったよ」
「そんなことしても意味がない。妾が約束を破ると思われたら協力してくれないと思ったからな」
それもそうだなと理子は同意の言葉を口にしたと同時、発砲音が響き渡る。
理子の手には既にデリンジャーはなく、別の銃が握られていた。
二丁のワルサーP99。
パトラに対して背を向ける形となっていた理子は不意をつく形でパトラに発砲したのだ。
まさか理子が反旗を翻すとは考えていなかったのか、発砲した銃弾はすべてパトラにヒットする。
パトラを撃った理子はバカらしいとばかりに方をすくめる。
「信用?はっ!ふざけんな!自分の計画を破綻に追い込まれた逆恨みをするような魔女風情があたしのことを考えてくれているはずがないだろうがっ!」
銃弾がパトラに当たったにも関わらず、理子が警戒を解くことはない。
パトラの身体には出血も見られなければ、痛みを訴える表情もない。
パトラの身体は砂となり、着ていた服だけを残して崩れ落ちた。
砂人形。
超能力で動く操り人形だ。
「お前の言っていることの半分は事実だろうよ。でも、ここまで回りくどいことをしてくれた本音としては、お前にとってブラド以前にあいつが邪魔だったからだろう。でも、残念だったな」
もはや理子にはパトラに対して友好的な声色が感じられない。
「あたしは最初から『
理子はパトラの思惑を推測する。
理子が形見のデリンジャーを取り戻すためにはチームを組むと考えたのだろう。
だから、チーム内の協調性を崩壊させて結束力を削ごうとした。
ひょっとしたら理子が自分の目的のために裏切るかもしれないと、そう思わせようとした。
一人が一人足を引っ張り合い、チーム自体を崩壊させる。中々に合理的だ。
けど。
最初からバラバラなメンバーをバラバラにすることはできないのだ!
……悲しい理由だ。
『残念なのはこちらぢゃよ。ここが海岸線なのを忘れたか?』
どこからかパトラの声が聞こえると同時、理子の背後に不自然な穴があく。
理子が振り向く間もなく穴の底の砂が持ち上がり、人間が出てきた。
砂礫のパトラ。
本物のパトラは砂浜の中に潜んでいたのだ。
パトラは理子が振り向くより先にナイフで背後から理子を刺し、防弾制服を貫いた。
「…………ガハッ……パ、パトラぁああああああ」
「理子。お前が妾との取引に応じるだなんて最初から考えていなかった。
疑わしきはもう信じないという考え方。
信用できないからと戸惑うくらいなら殺してしまえば不安要素は消えるという発想だ。
短絡的でも効果的だ。
パトラは魔女。
中世ヨーロッパでは魔女は人を不幸にする存在として恐れられたらしい。
(……?)
魔女に弄ばれて人生を終える。
それが峰理子の最後となるはずだったのに、理子の様子が変だ。
背中をひと突きされてなお生きているだけじゃない。
理子は脇の角度が直角になるように両手を挙げる。
そして、揃えた両足を軸にしてコマのように高速回転した。砂嵐まで余波で巻き起こり視界が悪くなる。
「あたしはまだ、死んでやるつもりはない」
「……ぶっ!?」
高速回転している腕のどちらかがパトラの顔面に当たったため、パトラは数メートル吹き飛ばされた。
(……あの腕の感覚、生身の人間のものぢゃない。あれは金属か?)
金属バッドが生み出すものに近い衝撃を受け、ツー、とパトラは自分の額に流れるものを自覚した。
とっさに頭に触れた自分の右手の色は鮮やかな赤に染まっていた。
ぬるりという嫌な感覚と共に自覚する。
頭のどこかからに出血してしまったのだ。
(……よくも。よくも
憎悪を隠しもせずにパトラは理子だったものを見つめる。
けど、見つめた先にあったのは人間の形をした理子ではなく、そもそも人間とも別のものだった。
一応は人間をベースにはしているものの、生身にの人間ではないと一目で分かる。
まず、顔が人間のものではなく狐のものだ。
人間の頭の部分を狐の頭と入れ替えたらこうなるのだろう。
間接の部分は機械で作られ、薄気味悪い紫をベースにした女物の着物を着せてある。
そして、首には二本のネジが刺さっていた。
『巻き込め、ネジマキシキガミ』
理子のものとは明らかに違う人物の声が聞こえてきたと同時、パトラに向かって機械の人間が蹴りかかってきた。砂浜の砂を操り機械人形を拘束し、パトラは周囲を急いで見渡した。
(……妾が砂人形を身代わりにしていたように、理子もこの機械人形を身代わりとして立てていたのか!?)
騙されたこと、そして不意打ちとはいえ負傷させられたことに怒りを抑えられなかった。
(……でも、どこから?魔術なら感覚で感知できる。なら、超能力?)
パトラは魔力が感じられないか調べてみる。
でも、辺りを調べても不思議とパトラ自身の魔力しか感じられない。
もしこれは魔術によるものならば、すぐにでもわかるはずなのに。
(……ん?)
待て。
(……どうして妾の魔力なんか感じるのぢゃ?)
砂人形は超能力で作った。
いくら自分のものとっても辺りに魔力なんかあるはずがないのだ。
砂に魔力が込められているのならまだ分かる。
でも。
なんで海から自分の魔力を感じるのだ?
「そこっ!」
パトラは砂を超能力で宙に浮かせ槍の形を形成し、そこで魔術を発動させた。
錬金術と呼ばれる類のもので、砂で形作られた槍は一本の純金の槍へと変わる。
辺りを付けて何本か作った槍を海へと投擲すると変化があった。
海の表面に機械で作られた馬のようなものが急に浮上したのだ。
馬は海面を走り、海岸線まで走ってきた。
トロイの木馬というものを知っているだろうか?
ギリシャ神話の重要なテーマを示すトロイア戦争においてギリシャ軍がトロイア軍を欺くために屈強な兵士を中に潜ませた巨大な木馬のことだ。
故事成語にすらなっているほど有名だから知っているはずだ。
パトラが受けた第一印象はそれだった。
中に人が入るだけの大きさがある。
実際、コッド岬の海岸に降り立った馬の背が戦車のようにパカッ!と開き、人が降り立つ。
一回りは大きいんじゃないかと思う白衣を着用した少年だった。
「お前がパトラでいいのか?」
「いかにも、妾が砂礫の魔女パトラ。イ・ウー次期
「それもそうか。確かに正々堂々と名乗りを挙げた奴にはどんな奴であろうと答えてやるのが礼儀ってものか。ならば、最低限の礼儀としてこちらも正々堂々偽名などではなく真実の名前で答えてやるとしよう」
いいか、よく聞いておけ。
そう勿体振って少年は白衣をバサッと広げ、
「俺は狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院喪魅路だっ!!」
世界屈指の魔女相手に堂々と名乗った。
今回明らかになりましたがイ・ウー次期教授の候補者は五人です。
●主戦派より
・パトラ
・リサ(他薦)
●研磨派より
・ブラド
・???(他薦)
・???(教授推薦)
となっております。
さて、パトラが言っているあの女とは誰でしょう?