Scarlet Busters!   作:Sepia

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Mission56 家族の喪失者たち

 

 

『……はるか。何をしているの? 早くこっちにいらっしゃい』

『はるか。誕生日のプレゼントが届いたの。――――誰からかはわからないけど。きっと私たちのお母さんから。四つあるから半分個にしましょう』

『はるか。私ね、諜報科ってところでSランクの資格が取れたの。ツカサは自分は四葉(よつのは)の家を出ていくから四葉の屋敷は自由に使ってくれてもいいって言ってくれているし、これでようやくあなたと一緒に暮らすことができるわ』

『はるか。私にとってあなたは――――』

 

        ●

 

(かなっ……なんだ。ただの夢か)

 

 三枝葉留佳は教会にて目を覚ました。

 なんで教会にいるかというと、パトラを見事に撃退?したあと四人は、このままボストンに帰るのも味気ないしせっかくだから観光の名所たるコッド岬を観光しようということになった。コッド岬はイギリス清教にゆかりのある場所だからちょうど大きな教会があったし、そこに一晩泊まろうということになった。さっさと帰ってニートしたいとか言い出していた牧瀬君も、準神格霊装を預けてやると言われてあっさりと引き下がった。元々姉御は万が一の場合、ここに逃げ込むつもりであらかじめ連絡を入れていたようだ。

 

「……今、何時なんだろう?」

 

 今葉留佳が眠っていたのはシスターたちが暮らすための小さな二人部屋。

 元々がただの空き部屋であったため、贅沢品はおろか生活用品すらまともに見当たらない。

 

 来賓用の豪華な部屋も一応あったことはあったし、最初はそちらを勧められたのだが姉御は断固としてうんとは言わなかった。そっちはあくまで来賓席ということで牧瀬君と理子りんの二人に一部屋ずつ案内して、姉御と二人でシスターさんが暮らしているのと同じランクの質素な部屋に泊まっていた。

知らなかったことだけど、来ヶ谷唯湖という人物はイギリス清教において相当のお偉いさんらしい。詳しいことは聞いてないけどシスターさんたちがやたら委縮してしまっているように見えたのはきっと勘違いではないのだろう。いくらなんでも立場分相応だといわれるかもしれないとか考えていたのかもしれないけど、姉御は眠ることができる環境さえ整っていれば問題なかったらしい。

 

 現に、姉御はとなりのベットに入るなりさっさと寝た。

 本人曰く、遅くまで起きていて身内に変な気を使わせたくはないらしい。

 確かに寝ている人間に変な気を使うことはない。

 

「えーと今は……午前三時? これまた微妙だなぁ」

 

 外は当然のように真っ暗だ。

 提出していない生物のレポートはもう諦めた以上は急を要してやることはない。

 この中途半端な時間帯でやれることといえばせいぜいじっくりとした睡眠を取ることぐらいのはずなのだが、もう一度眠る気にどうしてもなれなかった。

 

(……昔の夢なんて、もうほとんど見なくなったのに)

 

 先ほどまで見ていた夢を思い出す。

 悪夢、というものではなかったはずだ。

 眠れなくなるような怖い夢というものでもなかったはずだ。

 

 いやむしろ。

 

 幸せと呼ばれるようなものだったはずだ。

 本来ならばいいことがあったと幸福な気分になれるはずなのに、今、三枝葉留佳の心は沈んでいた。

 何より、葉留佳は自分でそのことを自覚していることがつらかった。

 

「眠れないのか?」

 

 そんな葉留佳に声がかけられる。

 部屋にいる人物はもう一人しかいないため、誰が話しかけてきたのかなんてわざわざ考えるまでのない。ひょっとしなくても起こしてしまったか、と少しだけ申し訳ない気持ちになる。

 

「あれ、姉御起きてたんですカ?」

「いや、君は起きたのでつられて起きた」

「……やっぱりそうですカ、起こしてしまってごめんなさい」

「気にすることはない。どうせ私は三分あればどんな環境でも熟睡できる。昔イギリスのある組織のどこかのバカに暗殺されかけたことがあったからか、敏感になってしまった」

「うわぁ……悲しい理由だ」

 

 ちなみに来ヶ谷がさっさと眠れる人間であるのは彼女がまだイギリス王室で仕事をしていた頃、移動時間といった仕事の合間の短時間に熟睡するだった頃にさっさと技術が体調管理のための必須スキルだったからである。すごいのか悲しいのかいまひとつ判別に困る理由である。

 

「……どうした?」

「……ちょっとした夢を見て」

「それで眠れないと? 別にこのまま電気をつけて起きていても私としては一向に構わないぞ。私はその気になれば、どんなに外界がうるさくてもすぐ眠れる」

「なんか悪いですネ」

「どうしても暇だとでもいうのなら、気分転換がてらに教会の礼拝堂の方に行ってみたらどうだ? 何か祈ってくるといい」

「……姉御って神様を信じてますカ?」

「私が神様を信じていたとして、それは君が神様を信じることの理由にはならない。たとえ君が神様の存在を全面否定する人間だとしても、ちょっとした祈りをささげるくらいのことをしても罰は当たらないんじゃないか?信じていないなら、自分の願望を確認するために利用するくらいいいじゃないか」

「じゃあ、ちょっと外にでも行ってきます」

「ん、お休み」

 

 それもそうか、と思い、葉留佳は寝室を出た。

 礼拝堂へと向かう途中、彼女は大広間に誰かいることに気が付いた。

 普段シスターさんたちが集まって食事をしている場所のため大きなテーブルがあるが、電気もつけずにそこに座っていたのは、

 

「あれ、牧瀬君?」

 

 牧瀬紅葉は大広間の席に腰かけて缶ジュースを飲んでいた。

 テーブルには他にもいくつかの缶ジュース置かれている。

 ブラックコーヒーとドクトルペッパー。

 とてもじゃないが寝る前に飲むようなものではなかった。

 

「――――ん? お前寝てなくていいのか」

「それはこっちのセリフだよ。何してるの?」

「息抜きだ。いままでずっと論文書いてたからな。一応一段落はしたから、ちょっとばかりの休息を入れておこうと思ってな」

「休息ってことは今からまたやるの?身体は大丈夫?」

「それについては問題ない。決して自慢するわけではないが、ことインドアに関して言えば俺は重度のネラーの血を受け継いているという血統からしての選ばれた人間、つまりエリートだからな」

「ほんと自慢にならない……」

「ともあれ、俺はいまさら徹夜程度ではビクともしない。そもそも研究に没頭してしまっていつの間にか朝だったなんていうのは俺にはよくあることだからな」

「で、でもほら! 徹夜なんかしてたらいざという時に動けなかったらどうするの?」

「俺はそもそも授業免除の特権あるから授業も出てないし、東京武偵高校に友達はいないから急用ができることもない。……そうだ、そうだよ。俺は自分の健康くらいは言われるまでもなくわかってるんだ。少しは運動と気分転換しろか言われて無理やりながらアウトドアなんかさせられなければ体調を崩すことなんてないんだよ、ていうか、気分転換に隣町までサイクリングってどうして俺にそんな体力があると思っているんだ? ニートはちょっとした運動で過労死するってことを鈴羽姉さんはいい加減に理解してもいいと思うんだがなぁ。それ以前にレイヤーの血筋なのにどうしてあんな体力が宿ってるんだ、一体どういうことだってばよ」

「あれ、おーい、牧瀬くーん?」

 

 なにかさらりと悲しいことを言っていたような気もするが、そんなことよりも小言でブツブツといい始めて精神が暗黒面に堕ちかけている自称狂気のマッドサイエンティストは第三者が見れば完全にただのヤバい人だった。ヤバい人になっていると本人に伝えたら案外歓喜する可能性も捨てきれないが、彼を現実へと戻すために葉留科は半場無理やり話題をそらすことにした。

 

「ろ、論文の内容は何?」

「超能力者の特有の思想について」

「へっ!?」

「以外だったか?」

 

 牧瀬紅葉な普段から白衣を身にまとっている人間である。

 いかにも科学者っていう風な見た目だ。

 だから、てっきり研究内容も万能細胞の研究というような科学丸出しのものだと思っていたためにかなり意外だった。

 

「ねえ、ちょっと聞いてもいい?」

「嫌だ」

「即答だ!?」

「その聞き方をされて俺がよかったことなんて一度もない。ちょっと掃除当番代わってくれとか、ちょっと一緒に暴力団を壊滅させようとか、今回魔女を相手に話術で時間を稼げだなんて無茶なことを言われたくらいだ」

「……なんか、ごめん」

「で?」

「……へ?」

「聞くだけ聞いてやる。とりあえず言ってみろ」

 

 聞きたくないのか教えてほしいのか、どっちなんだろうと葉留佳は思った。

 嫌だ嫌だと言いつつも、牧瀬君はきちんとこちらを気にかけてくれているようだ。

 素直な人じゃないのかもしれない。いわゆるツンデレ?……というわけでもないようだ。

 最初嫌だと言ったときは本気で嫌そうな表情だった。

 

「牧瀬君ってパトラとなんかあるの?」

「なんでまたそう思った?」

「だって、パトラは最後の一瞬で牧瀬君のことすごく睨み付けていたんだもん」

 

 葉留佳が超能力を使って海岸線までかけた時、パトラは牧瀬君を敵意をむき出しにして睨み付けていた。

 そもそも、休暇で来ているはずの牧瀬君が理子のデリンジャーを奪還する協力をする理由が見当たらない。 ちょっと会話してみての印象としては、牧瀬紅葉は言いたいことは反感を買ってでもいうような人だ。

 そういう人間のことはよく知っている。

 ちょっとでも気が向かなければ、やりなくないと素直に言っただろう。

 まして、相手が魔女ゆえに怖気づいたところで誰も文句は言わないはずのに。

 

「科学者は基本オカルト否定派だからな。あいつが科学者を名乗った俺のことが存在からして否定したくても不思議じゃないと思うぞ。俺にだってあいつ個人に対して、というよりは魔女に対して思うことがあるしな」

「じゃあ、超能力者(ステルス)っていうものに対してどう思う?」

「それは超能力のことをアイデンティティとするような典型的な奴らのことでいいのか?」

「うん」

 

 姉御はパトラのことを典型的な超能力者(ステルス)だと称した。

 自分に超能力が宿っているのは自分が選ばれた人間だからだという。

 それが間違いなのか、正しいことであるのかは分からない。

 多数決に従ったとして大多数を占める意見こそが正解だとは限らないからだ。

 でも、同じ超能力者(ステルス)として言わせてもらいたい。

 そんなに超能力というものが大事なのか?

 

「ここはいいとこだよな。きっと今のイギリス清教自体が割と開放的なんだろうな。で、しかも俺みたいな部外者も来賓扱いとして泊めてもらえるときたもんだ」

「突然何を言い出すの?」

「例えば星伽神社だとこうはいかないだろうということだよ。なぁ、知ってるか? 星伽神社では『かごのとり』なんて称される教育システムによって掟が絶対視されていてな、話だけでも聞いてくれって言って一か月近く鳥居の前で頭を下げた人間を『掟だから』と取り合わなかったなんてことを聞いたことがある。もしも大切な人のためなら掟を破ることができたとしても、それは裏を返せばどうでもいい人間ならあっさりと見捨てるような人間を育てているということだ。でもな、イギリス清教の総長は、教会に遊びに来た小さな子供たち相手に泥まみれになりながらサッカーボールを蹴って遊んでいたって話だぜ? 来ヶ谷の奴にでも総長のエピソードでも聞いてみるといい。つまりだ。パトラにしろ星伽巫女たちにしろ、悪いのはあいつら個人ではなくて社会の方だと俺は思うよ」

 

 掟が絶対。

 しきたりに縛られる。

 馬鹿らしいと断言できるのはいつだって神様視点の第三者でしかない。

 それを口にできるのは、自分の立場を無くすことを厭わない本当に強い人間でしかない。

 牧瀬君の話が本当だとしたら、星伽神社は頼ってきた人間を見捨てる決断をしたという。

 理由は掟だから。

 その時、星伽巫女たちはいったいどういう心境だったのだろうか? 

 実はものすごく苦しんでいたのか。

 それとも馬鹿な奴だと蔑んでいたのか。

 本当のところがどうであれ、本心というものはだれにもわからない。

 

「お前も超能力者(ステルス)として思うところはあるんだろうよ。けど、思いつめることなんて何もない。お前がどんなことを思っているかなんて知らんけどな、それを他人に押し付けなければいいだけだ。どんなことを思おうが自分だけが思う分には誰にも迷惑が掛からない」

「……」

「……じゃ、俺はもう行くよ。論文は連名で書いているから時間も惜しいしな」

「あ……うん。ありがと」

「じゃあ、お休み。しっかり休めよ」

 

 他人に押し付けない限り、どんなことを思おうが構わない。

 牧瀬君はそう言った。

 じゃあ、私はいったいどんなことを思っている?

 

(……私が偉そうにいえたことではないか)

 

 葉留佳自身、パトラについてどう思っているかと聞かれても答えることができない。

 そもそも、今私が考えているのはパトラのことなのだろうか?

 今、こんなにも気分が沈んでいるのは何を思い出してのことだったか?

 自分の思いもわからないまま葉留佳は礼拝堂へとたどり着く。

 

 何姉御は何か神様に願い事でも祈ってきたらどうかと言ってくれたが、実際に何を願うかは決めていない。どうしようかと考えているうちに、葉留科は先客の存在に気が付いた。

 

「理子りんまでどうしたの?」

「ちょっとした考え事をしていてね」

 

 峰理子は礼拝堂の際前席に座り、手にもった母親の形見を見つめている。

 家族について考えていたのだろうと、葉留佳は思った。

 奪われた母親の形見を取り戻すことができて、勿論理子はうれしいはずだ。

 でも、うれしいだけでは終わるなんてことなどないはずだ。

 形見、というからには理子の母親はもうこの世にいないということを意味している。

 大好きな母親と暮らしていた幸せな時間を思い出してしまったのだろう。

 幸福な過去というものは、今に現実を苦しめる毒になりうるとうことを葉留科がよく分かっていた。

 そして、ようやく自分の気持ちに向き合うことができた。

 自分が何を考えているか、正しく理解した。

 

(……理子りんも、ひょっとしたら今の私と同じ気分なのかな)

 

 今考えていることは超能力のことでも、パトラのことでもない。 

 昔の、幸せだったころの話だ。

 大切な思い出は捨てることなんてできない。

 でも、帰ってこないことを理解しているからどうしようもなく悲しくなる。

 

「はるちゃんは、どうして?」

「眠れなくて。せっかく教会にいるんだし、祈りの一つでささげておこうと思ってネ」

 

 葉留佳は理子が座っている方とは別サイドの最前列の席に座り、両手を組んで瞳を閉じる。

 一体何をお祈りしようか?

 それはもう決まっていた。

 神様なんて信じていないけど。

 叶わなかったからといって神様を責めることなんてしないけれど。

 神様にお願いするという形で、自分の気持ちを確認することくらいには利用させてもらってもいいだろう。

 

(……空間転移(テレポート)。私が手に入れた超能力(・・・・・・・・)。便利な能力だけど、こんなものいらない。私はいつ捨てたって構わない)

 

 だから、

 

(たった一人の私の家族を、返してください)

 

 目を閉じて、祈る。

 学校での騒がしい姿を知っているものにはとても不似合いな光景に見えただろう。

 でも理子は、似合わないだんて笑うようなことはしない。

 とてもじゃないができない。

 理子は葉留佳が真剣に祈っているのを見て、何をお願いしているのかの想像がついていた。

 

(……ねぇ葉留佳)

 

 今回パトラを相手にするに至って理子がやたらと気にかけたことがある。

 それは自分がイ・ウーの一員だったと知られないようにすることだ。

 葉留佳の人生を大きく変えた出来事にイ・ウーが関わっている以上、自分は無関係だとは言い切れなかったし、葉留佳も納得はしなかっただろう。

 

 どこかのバカは、イ・ウーというものについて何も知らなかったから何も変わらず力になりたいと言ってくれた。

 エリザベスは詳細をある程度は知っていながらも、どうでもいいとして敵意を見せてはこなかった。

 牧瀬紅葉についてはよくわからない。

 あの厨二病はどこまでが冗談でどこまでが本気なのか今一つわからないところがある。

 なら、葉留佳は?

 

(……ねえ葉留佳。もしあたしが大切なものを奪ったイ・ウーのメンバーだって知ったら、お前はいったいどうするんだろうね)

 

 

           ●

 

 

 カツンと廊下を歩く音が響く。

 夜の学校とは不気味なものであるが、歩いている人物は恐怖など微塵も感じていないようだ。

 暗闇の中でも一切周囲を気にすることもなく、堂々と前だけを向いて歩いていた。

 

(……イ・ウー主戦派(イグナティス)のメンバーでこの東京武偵高校に潜伏している奴がいるなんてよほど命知らずか度胸があるやつだと思っていたけど、やっぱりあなただったのね)

 

 夜の校舎を歩いていた人物、二木佳奈多は廊下からあるものを拾い上げた。

 砂。

 魔術というものを知っている人間にしかわからない感覚であるが、魔術を使った痕跡が残っている。

 

(……跡が残っているってことは超能力ではなくて魔術。なら、本人はアメリカで遭遇したって峰さんが言っていた。私は無視したけど、そもそも決闘を申し込んできたのはあなただったはずよ。だから本人ではないのでしょうけど。どうせあなたの関係者なんでしょ、パトラ)

 

 二木佳奈多は砂を握りしめて思う。

 

(……いい加減目障りよ。鬱陶しいからあなたの望みは何もかもをつぶしてあげる。生まれたことすら後悔させてあげる。あの時私に殺されていた方が幸せだったとでも思わせてあげる。あなたと私、魔女としての格の違いを見せてあげる)

 

 だから、

 

「楽しみにしてなさい、砂礫の魔女」

 

 彼女のつぶやきは冷たい夜の校舎の中へと消えていった。

 




これにてアメリカ編は終わりですが、『流星の魔法使い』編はまだ終わりません。
むしろ、これから本格スタートするくらいです。
さて、では次回予告と行くとします。

???「ついに僕が動く時が来たようだ」

デュエルスタンバイ!

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