Scarlet Busters!   作:Sepia

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Mission60 機関のエージェント

 

 直枝理樹と朱鷺戸沙耶が手を組むこととなった。

 これは沙耶の方から(強制的に)持ち出された話ではあるけれど、理樹としてもこれといった異論はない。あんな不気味めいた砂の顔面像に一人で立ち向かうとなるとぞっとする。ただ、沙耶と組むにあたり一つだけはっきりとさせておかなければならないことがあった。

 

「朱鷺戸さんって、いったい何者?」

 

 今でこそ朱鷺戸沙耶は理樹に対して友好的な態度を示してはいるものの、先ほどまでは殺そうとしていたことは事実である。アメリカで来ヶ谷唯湖や牧瀬紅葉が峰理子と結んだ『裏切ることを前提とする』チームではなく、信頼関係の名の元に命を預けるタッグを組む以上は最低限度の信頼が必要である。だからこの部分だけははっきりとさせておきたい。背に腹は代えられないとはいえ、理樹だって知らず知らずのうちに犯罪組織の片棒を担ぐなんてことはしたくはないのだ。

 

「あたしは諜報員。いわばスパイよ」

「どこの出身か聞いてもいい?答えられないならそれでいいけどさ」

 

 正直、答えてもらえなくても仕方ないと納得するしかないギリギリの質問だ。来ヶ谷唯湖のように自分の所属する組織を堂々と公言する人物は珍しい人間である。イギリス清教や星伽神社のように表の舞台でも名前があがる組織ならばいいとしても、暗部の組織ならば絶対に公表しない。

 

 例えば、公安0。

 闇の公務員とも呼ばれる公安0に関するとある噂話がある。

 殺人のライセンスを持つことで有名であるが、何よりも変わっているのは公安0の最大の特徴としては、誰が公安0のメンバーであるかはたとえ公安0の仲間同士であったとしても知らないというのだ。

 

 例え犯罪者を抹殺したとして世間からは称賛されたとしても、家族を殺されたとしたら復讐心と疑念心が宿る。公安0の秘匿性はその報復から身を守るためであるとされているが、そんなことを信じている人間はよほど素直な人間くらいなものだろう。一般の警察や民間の武偵では、下手をしたら自衛隊でも解決できないような問題の矢面に立たされるためには倫理なんてものを気にしていられないはずだ。ゆえに、マスコミなんかに公表されようものなら国家の信用問題にもかかわる事件を隠ぺいするためであるという噂もあるが、真偽は分からない。暗部の組織の名前は公表してもいいことがない。

 

「あたしが正直に教えたとして、あなたはそれを信じるのかしら?」

「それでも、全く知らないよりはいい。少なくとも君に対する印象が変わる」

 

 例えばローマ正教のような正規の宗教団体の人間と、どこぞの指定暴力団の一員というものでは受ける印象が全く異なる。それに、最初から敵だとわかっている人物よりも、仲間のふりをして近づいてくる人物の方が危険度は高い。今明かさせる衝撃の事実!!ジャジャジャジャーン!!とか言って仲間だと思っていた相手との思い出が実は友情ごっこにすぎなかったこととなったらメンタル的なダメージが大きすぎる。

 

「あたしが所属する組織は、便宜上『機関』と呼ばれているわ」

「機関ね……。これまた具体性のない名前だね」

「どのみち今の状況にはちょうどいいと思わない?どうせあなたにはあたしの言葉の真偽を確かめるすべを持たないんだし、変に具体的な名前出しても意味ないだろうし」

「それもそうか」

 

 機関のいう名前には思いのほかしっくりときた。本来機関という名前には何の具体性はないが、今の場合は名前なんてあったところで真偽が判明しない以上はうまいこと沙耶の立場を表していると思った。さすがに『機関』というのが本当の名前だとは思わないけど、朱鷺戸沙耶のことを機関のエージェントだととりあえずは認識しておくとする。

 

「現時点でのあたしの任務は、この東京武偵高校に潜伏している『敵』の排除」

「敵って?」

「理樹君もさっき見た砂の顔面像を操っている奴よ。正体はイ・ウーから追放された砂礫の魔女パトラと接点を持つ錬金術師ヘルメス」

 

 超能力捜査研究科(SSR)の授業で聞いたことがある。錬金術師という人種は、科学者によく似ているらしい。誰かのために魔術を学ぶわけでもなく、ただ単に真理の追究を目的として魔術を研究する人間とのことである。ただ、研究に没頭するためには莫大な資金が必要なため、たいていはローマ正教のような大手の一員として支援を受けて研究しているのが一般的らしい。企業のお抱え研究者のようなものだ。

 

「ところでさ、イ・ウーってなんなの?」

 

 ずっと気になっていたことである。

 峰理子にしろジャンヌ・ダルクにしろ思わせぶりなことは言っていたが、断片的すぎて全体像が見えてこない。以前それとなく来ヶ谷さんに聞いてみたら、『一応機密だから、どうしても知りたいならイギリス清教に就職するか?』という返答が返ってきた。機密扱いということも事実だろうけど、言いたくなかったということも確かだろう。

 

「教えてあげない」

「どうして?」

「だってあなた、下手に知ると消されるわよ。あたしだってせっかくできた協力者を早々に失いたくはないしね」

「消されるって、殺されるってこと?」

 

 理子もジャンヌも、本来直枝理樹が一人で太刀打ちできるような相手ではない。

 もしもイ・ウーからの刺客が自分相手に送り込まれでもしたら、殺される可能性は十分にある

 けれど、沙耶が言いたいのはそういうことではなかったようだ。

 

「違うわ。消されるというのはそんな優しいものじゃない。戸籍からレンタルショップの会員カードまで、あげくには大切な友達や家族の記憶からもあなたの存在はなかったことにさせるの」

 

 友達や家族の記憶からも消す。常識的に考えてそんなことはできるはずはないと思う。

 けど、沙耶から飛び出す物騒な単語が現実に起こりうると示していた。

 

「下手に探って周りに危害を加える前にと、公安0や武装検事に狙われたくはないでしょう?」

 

 公安0に武装検事。

 闇の公務員という別名を持つ彼らならば、被害を最小限にするために戸籍を抹消しかねないと思う。

 名前だけで関わってはいけないという圧迫感を与えてくる。

 僕はそんな恐ろしい連中の影が見え隠れする相手と戦わなければならないのだろうか。

 

「なに、そんなに心配することはないわ。錬金術師っていうのは典型的な探究職の人間だし、直接的な戦闘能力はないわ。理樹君の超能力があれば、居場所さえつかんで直接対決に持ち込むことふができればわまず負けることはないと思うわ」

「それは安心でき――――――待って。居場所さえわかれば?」

 

 沙耶の一言に安心しかけた理樹であったが、すぐに現実へと引き戻される。

 居場所が分かれば、なんていう言い方をするということは、

 

「今、居場所が分かってないの?」

「居場所が分かっているのなら、相手があなたの行動に注目して手薄になっている間にとっとと一人で忍び込んでいたわよ」

「それじゃ、これからもあんな不気味な砂の化け物に襲われるということ!?」

 

 居場所が分かっていないことは、状況的には芳しくない。

 朱鷺戸沙耶はともかくとして、直枝理樹の顔は錬金術師にバレているだろう。

 向こうからはまた砂の化身みたいな送ることができるのに対し、こちらからは攻めに行くことができないのだ。どうやったって防戦一方になってしまい、勝ち目は見えてこない。

 どうしたものかと考える理樹であったが、どうやらエージェントはすでに策を持っているようだった。

 やたら自信満々である。

 

「安心なさい。なんのためにこのあたしがあなたを抹殺するのをやめて手を結ぶことにしたと思っているの?大船に乗った気持ちでいいわよ直枝理樹。いや……理樹くんのほうがいいか」

「どっちでもいいよ。えっと……」

「朱鷲戸よ」

「よろしくね。朱鷲戸さん」

「まっかせときなさい!この『機関』が誇る凄腕エージェントの実力を見せてあげるわ!!」

 

 

 

           ●

 

 

 さて、これより(自称)凄腕エージェントの考えた作戦を発表するが前に、まずは現状の確認から行こう。直枝理樹と朱鷺戸沙耶にとっての当面の最優先目的は、イ・ウーとのかかわりを持ち、東京武偵高校のどこかに潜んでいる錬金術師の居場所を突き止めることである。

 

 そこで、朱鷺戸沙耶により直枝理樹に与えられた指令は『何もしない』ことである。

 

 それでは作戦の詳細を説明する。そもそも朱鷺戸沙耶が直枝理樹を殺そうとした理由は、自分が『機関』のエージェントであることがバレないようするためだ。それは逆にいえば、敵からしたら朱鷺戸沙耶の正体はまだバレてはいないということでもある。おそらく不気味な砂の顔面像を理樹の前に姿を現したのは、自身を探るスパイのような人物の正体を偶然とはいえ知ってしまったであろう理樹から無理やりにでも聞き出すためだろうとのことである。なら、敵はおそらく再び理樹を狙ってくるだろう。そこを返り討ちにする。いわゆる囮作戦というやつである。もちろん囮役の利器はビクビクしていたのだが、

 

『なに、大丈夫よ。理樹君はあたしの罠を三度掻い潜ったほどの無駄なしぶとさを持ってるんだから、どんな危機的状況においてもなんらかの補正で生き残れるわ。あとはあたしに任せときなさい』

 

 という凄腕エージェントの言うことを信じておくことにした。

 この作戦において理樹が自発的に行うことは何もないので、生き残るにはどうしたらいいのだろうかという漠然としたことだけを理樹は考える。答えは出ないけど。

 

 そんな暇人の直枝理樹とは違い、どちらかというと忙しいのは朱鷺戸沙耶の方である。

 護衛と言えば、アドシアードの歳にはどこから来るかも分からない魔剣(デュランダル)の魔の手から白雪を守るためにアリアは白雪に張り付いて行動していたけれど、今回の場合沙耶が理樹と四六時中一緒にいるわけにはいかない。白昼堂々と直枝理樹と朱鷺戸沙耶が一緒にいたらタッグを組んでいることを公表しているようなものである。

 

 直枝理樹と朱鷺戸沙耶が手を結んでいることがバレてないという唯一といってもいいアドバンテージを失わないためには、沙耶には誰にも見つからないようにこっそりと理樹をマークし続ける必要がある。

 

 ここで困ったことが起きた。

 いかに朱鷺戸沙耶が優秀な諜報員だったとしても、武偵の育成機関たる東京武偵高校において誰にも見つからないように理樹をマークし続けることは困難であるのだ。

 

 ということで、理樹は東京武偵高校から離れ、老人ホームへとやってきた。

 人里離れたこの場所なら、いざという時に誰もいない場所へと移動して周囲の被害を抑えられる。

 

「理樹くんありがとね。ちょうど人出が欲しかったところだったんだよ」

「ううん、別に。僕も民間の依頼(クエスト)を受けていない身だし、アリアさんと星伽さんが僕らの部屋を修理するまでずっと謙吾の部屋に泊めてもらうもの申し訳ないと思っていたところだしね」

 

 朱鷺戸さんが言うにはどうやら寮会には『機関』の協力者がいるらしい。あくまで協力者であって正規の『機関』の構成員ではないみたいだから誰がそうであるのかは知らないみたいだったけど、自然な形で学園島の外に出ることができた。寮会が手配するボランティア活動の一つであり、報酬金は出ない代わりに単位がもらえるという内容だ。またいつの間にかいなくなっていた我らのリーダー棗恭介とアメリカに行っている来ヶ谷唯湖を除いたリトルバスターズのメンバーは、老人ホームへとやってきた。

 

「でも小毬さん。どうして老人ホームを拠点としているの?」

 

 しかも、この老人ホームは小毬が薬剤師としての仕事をするのに拠点としている老人ホームである。

 小毬とは顔見知りだし、何かと都合がいい。

 

「紹介してもらったんだよ。記憶喪失の時にカウンセリングをしてくれた人がこの場所を使ってもいいって言ってくれたんだ。私が作る薬は薬草から作っているから、病院の薬みたいに大量生産できないしね。それに、幸せの陽だまりを作るのです」

「というと?」

「お年寄りの皆さんとお話したり、お掃除とかするんだよ。さみしがってる人も多いと思うんだ。みんなが喜んでニコニコになったら、陽だまりがぽかぽかなのです」

 

 なんとなくだけど、小毬さんらしいなと思った。

 病院の大きさに比例して受け持つ患者さんの数だって増大する。

 大抵の場合一人一人全員の顔だって覚えられないだろう。けど、小さな老人ホームなら違う。もちろん自分が受け持つことができる人数では大手の病院には敵わないけれど、その分一人一人を大切にできる。小毬さんにはそちらの方が向いている気がした。事実、

 

「みなさんこーんにーちはー!!」

「ああ小毬ちゃんだわ」

「おお小毬ちゃん。よくきたね」

「おばあちゃん風邪治った?」

「楽になってきたよ。いつものど飴ありがとうね」

「よかった、じゃあまたもってくるよ」

「またお話ししましょうね。小毬ちゃんとお話しすると元気になるの」

「うん!」

 

 小毬さんは老人ホームで大人気であった。アイドルオーラ全開である。

 

「なんて……なんていい光景なんだッ!!」

 

 単純な少年になりつつある謙吾は目の前で繰り広げられる光景を前に感動していた。

 

「じゃあ、みんなはお部屋を回っておそうじとかお話をしてあげてください」

「え!?」

 

 人見知りの鈴は真っ先にどうしたらいいのかわからないといわんばかりの反応を示したけれど、それは理樹だって大差ない。物騒な世界の住人たる武偵をやっているためただでさえ一般的な世間の話題に疎いのに、そのうえ相手はお年寄りときている。共通の話題なんて見つかりそうにない。そのことを聞いてみた理樹であったが、

 

「問題ない。ようしっ!」

 

 小毬からはなんともいいがたい返答が返ってきた。

 

「何だその『ようしっ』ってのは」

「前向きマジック。なんかへこんじゃいそうなときにそれを口に出して、最後にようしってつけるの。そしたらほら、ネガティブがポジティブに」

「ようしっ!」

「それじゃ、始めよう!」

 

 リトルバスターズのメンバーがそれぞれようしっ!と口にしたのを聞いて、小毬は笑顔で仕事の開始を宣言した。小毬や鈴、謙吾と別れ、直枝理樹は相棒の筋肉さんこと真人と一緒に部屋を回ることにした。

 

「ちわーっす!筋肉、いかがっすかーっ!!」

「それじゃいただこうかね、筋肉」

「毎度あり」

 

 筋肉を普通と受け入れている老人の寛大さを有する年の功に驚愕しながら、理樹はあることを考えていた。ようしっ!と宣言することと、真人の筋肉により老人と接することへの不安はなくなっている。考えているのは別のことだ。前向きマジックをもってしてもぬぐいきれない一つの不安が理樹を襲っていた。

 

 考えているのは自分の命を脅かす存在たる砂の化身を操る魔術師のことではなく、小毬の兄のこと。

 

『優しい人だよ。いつも陽だまりみたいなあったかい声で、私に絵本を読んでくれるんだ』

 

 小毬さんが見る夢の中に出てくるという優しい兄。

 記憶喪失になっているから、こうだったらいいなという願望が現れたのではないかと本人は言っていたけれど、今の――――沙耶と出会ってからの理樹には別の考えが浮かんでいた。

 

『教えてあげない』

『どうして?』

『だってあなた、下手に知ると消されるわよ。あたしだってせっかくできた協力者を早々に失いたくはないしね』

『消されるって、殺されるってこと?』

『違うわ。消されるというのはそんな優しいものじゃない。戸籍からレンタルショップの会員カードまで、あげくには大切な友達や家族の記憶からもあなたの存在はなかったことにさせるの』

 

 もちろん証拠なんて何もない。

 常識的に考えたら、理樹の不安なんて身勝手に考えた陰謀論にすぎないのかもしれない。

 それでも、朱鷺戸沙耶からイ・ウーについて聞いた時から思ったしまったことがある。

 

『あ……お兄ちゃん。待ってよお兄ちゃん。行かないで、死んじゃうよ……わたし、嫌だよ……』

 

 もしかして。

 小毬さんの兄というのは架空の存在なんかではなく実在していて。

 イ・ウーに消されてしまったんじゃないかと、そんなことをふと考えてしまった。

 






???『機関のエージェントがついに作戦を開始した!』

実は『機関』って言葉使ったのは沙耶が初めてではありません。
では!

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