神崎・H・アリア。
彼女と白雪には
「アリアせんぱーい!!おかえりなさーい!!」
出迎えてくれたのは
先輩が一人の後輩を一年間指導する
「あかり、さっき言ってたものはどれ?」
「こちらです!」
書類を受け取ると、あかりは申し訳なさそうにしながら顔を覗いてきた。
「どうしたの?」
「アリア先輩。わたしこれから志乃ちゃんたちとお泊りしようって話になってて、悪いんですけどあたしは今日はこれで帰りますね」
「そう、じゃあまたね」
あかりが帰るのは正直に言うとちょうどいいと思った。
今から見るものはあかりには見せたくない。
アリアが受け取った書類を送ってきたのは裁判所。
(……そろそろ来ることだとはおもっていたのよね)
母親の無実を証明して助け出す。もう一度家族で過ごす。そのためにアリアはイ・ウーと戦っている。バスジャックの時は力不足を痛感し、額に一生消えない傷跡まで残してしまった。けれど、遠山キンジという相棒を手に入れてから進歩はあった。ハイジャックでは『武偵殺し』こと峰・理子・リュパン4世を取り逃がしてしまったが、アドシアードでは『
(……ジャンヌの言い分によると、この東京武偵高校にもう一人イ・ウーの一員が潜んでいることは間違いないのよね)
バルダとかいう魔術師の言っていたことが間違いないとすれば、今の東京武偵高校には彼が探していた魔術師とジャンヌの協力者の二人が潜んでいるということになる。バルダは存在自体がよくわからない人物だったため信憑性に関して言えば怪しいものだが、少なくともジャンヌの仲間がいたことだけは間違いない。わざわざ自分自身で捕まえるまでもなく、ジャンヌが逮捕されたことで一緒に道ずれにできたと思った。そして、ジャンヌともう一人のメンバーの証言から芋ずる式にイ・ウーを追っていけないものかと考えながらアリアは書類に目を通した。そして、
「……どういうこと?」
その書類に書かれていたのはジャンヌが言及したと思われる東京武偵高校に潜むもう一人のイ・ウーの人間のことではなく、一つの通達だった。
『神崎かなえ容疑者にかけられていた「三枝一族皆殺し事件」の計画犯についての疑いは真犯人が確定したため、今後は裁判においても審議いたしません。よって神崎容疑者にかけられた疑いは「武偵殺し」以下……』
そこに書かれていたのはある一つの事件の結末について記されたものだった。今までアリアがイ・ウーを追ってきた中で手がかり一つ見つけられなかった事件の容疑があっさり消えた。白雪から聞いた話では日本政府としても禁句のような扱いを受けているということらしい。しかも、下手に知ろうとしたら公安0に狙われてもおかしくないレベルのもの。そんな事件とのかかわりが消えたことは間違いなく喜ばしいことではある。でもそれ以上に不気味だとアリアは思った。ひょっとして、あたしが知らないとことで何かが起こっているのだろうか。
●
直枝理樹と朱鷺戸沙耶のコンビは
「まさか学校の地下にこんな迷宮があったなんて考えたことがなかったな」
「これはそうでしょう。あたしだって正直まだ信じられないくらいよ。アドシアードの最中にこの場所を探している奴がいたって話は聞いたけど、こちゃ見つからないわ」
地下に立地しているという観点においては
地下迷宮。そう呼ぶのにふさわしい場所だと思った。
地下に長時間いると下手を打てば方向感覚も時間感覚も狂ってしまいかねない。
なんとかして早急に探索を終わらせて帰りたいところではあるが、
「これ、どう考えても今日中には終わらないよね」
「それは理樹君の活躍にもよるところね」
「頭を使うことだったら期待にもそえられるとおもうんだけど、肉体作業となるとどうも」
「ファミマがどうとか言ってたくせに」
「いや、あれはなんか変な電波を受信しちゃって」
「理樹君って、怖いのね」
「めったにないことだからそんなあからさまに距離を取らないで」
常日頃から『風が言っています』だとか、俺は新世界の神だとか電波染みたことを言わないだけマシであるということにしておく。とりあえず今の段階できることは目の前に続く一本道を進むことのみである。蛍光灯なんてあるはずもなく、ところどころにおかれている松明の炎のみが道を照らしている。この炎はずっと燃え続けているのだろうか。だとしたらいったい何を原料にして燃えているのだろう?見れば見るほどわからないことだらけだと考えていると、目の前で懐中電灯を手にしながら進んでいた沙耶が立ち止った。
「ん?これは……」
入り口からこれまで一本道であったが、ここで分かれ目である。
一本道の右手の左手の両方に扉があった。扉を無視してまっすぐ進むこともできることはできるが、
「二つの扉のうち、片方が下に降りる階段へ通じているはずよ」
おそらく標的の錬金術師が潜んでいるのはこの地下迷宮の最下層。
研究者というのは引きこもってばかりいても平気な人間が多いため、魔術分野の研究者たる錬金術師だってその例にもれないはずだ。ここはどちらかの扉を開けなければならないのだが、
「さあ、どっちを選ぶ?間違えると
「…………」
「…………」
「えぇ!? 僕!?」
「反応鈍ッ!? 他に誰がいるっていうのよ!」
「いやいや、『機関』が誇る凄腕エージェントであるという朱鷺戸さんを差し置いて意見なんかそんな」
「あなたはあたしが仕掛けた
「あれは偶然だよ。偶然がそう何度も続くものか」
「あなたは死なないわ。そういう人なのよ。第一、なんのために連れてきたと思っているの?」
「ま、まさか朱鷺戸さん……僕を
「ここまできてそんな手間のかかることをするか!いいからさっさと決めなさい!」
「えぇ……」
「いい?世の中にはね、『幸運』という呪われているのか祝福されているのか分からないような超能力者もいるの。だから、運というのはそうバカにできないものなのよ」
「外しても恨まないでね」
朱鷺戸さんが怖いのでさっさと決めることにする。
こういう二者択一を迫られた時の選択は、
(……ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な)
神様に任せて言うとおりにしておこう。
神様の助言というの名の運での判断により、理樹が選んだのは左側の扉だった。
「あイテッ!!」
「起き上がるなバカ頭下げてッ!!」
女の子に押し倒されるという男の子ならだれもが夢見るシチュエーションになったにもかかわらず、頭をもろに地面にたたきつけた理樹にはドキマキしている余裕はない。もっとも、理樹は頭を打ち付けていなかったとしてもそんな余裕はなかっただろう。飛んできた見るからに鋭そうな鎌が頭上を通り抜けるようなことがあれば、誰だって血の気が醒めるものだ。他にも飛来物がないかと恐る恐る部屋の奥手を確認すると、今度はドスンッ!!という重量物が地面に落ちてきた音がした。その後はゴロゴロという何かが転がる音がどんどん近づいてくる。理樹と沙耶が音源を見ると、ゴロゴロゴロと直径2メートルくらいの丸い石が転がってきたのを確認した。
「また古典的な……」
「感心してないで早く起きなさい!ぺちゃんこになりたいの!?」
理樹と沙耶は今後は全力疾走にてこの部屋からの脱出を試みる。あいにく通路は一本道ゆえ、彼ら二人に取れる手段は来た道を引き換えることだけ。すぐに息切れを起こしてもおかしくないほどのペースで走り続けた理樹は沙耶に尋ねた。
「あれ僕の右手で破壊できないか!??」
「あの石が魔術的なものはだと限らないでしょ!? それに、仮に理樹君の右手で打ち消せたとしてもどこまで消せるかわからない!!砂か泥かしらないけど、あれを構築してるものに飲み込まれたらおしまいよ!!」
結局、逃げることしか手段はないのだ。理樹と沙耶は元の通路へと走り、今度は先ほど選ばなかった右側の扉の方へと逃げ込んだ。石は左側の扉を平然と食い破り、通路を挟んで左右対称となっていた右側の扉にぶち当たる。扉の大きさの関係からそれ以上二人を追ってくることはなかったけれど、理樹と沙耶は中に入ったところで息切れを起こして座り込んでしまう。
「ハァ……ハァ……僕の勘は外れだったよ!」
「ゼェ……ハァ……でもあたしたちは生きてるじゃない。死ななかったから……ゼェ……よしとしておきましょう」
「ハァ……そういう問題じゃ…ハァ……ないような気もするけど」
とりあえずは一安心か、と一瞬気を抜いたがすぐにまた異変に気が付いた。左の部屋に入ったときに聞こえたゴロゴロという大きな音ではないけれど、確かに音がしている。なんというか、シューツ!!というこの音はスプレーでも噴射しているときに発生する音に似ている。
「ガスの匂いよ!!」
「じゃあ、ここもトラップ?」
右手と左手の両方の扉が罠とは一体どういうことだ。半分半分の確率の運に任せるつもりでいたことが前提条件から間違っていたとは思わなかった。沙耶の忠告のおかげでガスは吸う前に対処できたとはいえ、このままこの部屋に居続けると間違いなくガスが蔓延してしまう。毒ガスだが睡眠ガスだがわからないけれど吸ってしまったら一巻の終わりだ。早く脱出しなければならないが、あいにく入ってきた扉は石でふさがれてしまっている。いくた二人がかりだとしてもガスを吸わないように注意しながら見るからに重たそうな石をどかせるとは思えない。
「理樹君あそこよ!向こうに扉があるわ!!」
となると、今度の場合に残った選択肢は進むことのみである。
ガスが充満する前にと必死で奥の扉へと向かい走る。最後は扉に先に先行していた沙耶が扉をまず開け、理樹はその中に飛び込むようにして入り込んだ。沙耶もすぐそのあとに続く。これでガスの
「「あ」」
飛び込んだ扉の向こうには床に大きな穴が開いていて。
「「ぎゃああああああああああああああああああああああああ」」
俗にいう『落とし穴』に見事にかかった理樹と沙耶は二人仲良く暗い奈落の落とし穴の中へと落ちて行った。
落とし穴。
そんな古典的な罠に引っかかるのがこの主人公(笑)パーティーです。