Scarlet Busters!   作:Sepia

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Mission71 アリアドネの糸

 さて、魔術師のアジトに侵入するためにはまず手始めとして教務科(マスターズ)へと侵入する必要がある。前回理樹と沙耶が教務科(マスターズ)へと忍び込んだ際には排気口から匍匐前進して少しづつ探ってく必要があったが、今回はその必要がない。今度のメンバーには普段寮会の一員として仕事の仲介をやっている佳奈多がいるのだ。つまり何が言いたいかというと、

 

「開いたわよ」

 

 不法侵入などするまでもなく、正々堂々と鍵を開けて入ることができる。

 

「よくもまあ鍵なんて持ち出せたわね。これ、本来は持ち出し禁止でしょ?」

「本来はそうなんだけど女子寮長が貸した時に合鍵を作らせてもらったのよ。私は教務科(マスターズ)からは筆頭問題児の一角扱いされているけど、私はこれでも寮会では次期女子寮長の候補にあがるくらいには信頼されてるみたいだからね」

「アンタ次の女子寮長になるの?」

「私は秘密依頼(シークレット)でいない時がざらにあるから流石に辞退させてもらうわ。事実、私はちょっと前まで秘密依頼で連絡つかない状態だったしね」

 

 鍵があるおかげで目的の一室へあっさりと行くことができた一向はこれより机を積み上げる作業に入ることになる。が、それはアリアの一声により野郎二人の仕事となった。正直理樹とキンジよりはアリアやジャンヌの方がパワフルなような気がするが、それを口にしたら風穴を開けられてしまいそうである。完成形を知っている理樹が指示を出しながらキンジと二人でピラミッドを作り上げていくが、出来上がっていく図形にジャンヌは怪訝な表情を浮かべていた。

 

(……ピラミッド。佳奈多から聞いた話が本当なら敵はパトラと関わりがあるとのことだ。ならこれはパトラの『無限魔力魔方陣』の再現か?レプリカゆえに効果は薄いとはいえ一つの儀式場として作用するだろうしな)

 

 ジャンヌが一つの可能性として考慮に入れている間に理樹とキンジの野郎二人が作り上げた机を積み上げたピラミッドが完成した。それと同時に沙耶が黒板へと近づいていって黒板を持ち上げる。するとコンクリートの壁に一人ずつならば入れそうな穴が出来上がる。理樹と沙耶が以前の探索で見つけ出した地下迷宮への入り口だ。

 

「これが……」

「ええ、そうよ。それが地下への迷宮へと続く通路。(トラップ)が遠慮も容赦もなくあたしたちの命を脅かす危険な場所でもある。覚悟はいい?」

 

 今回初めての探索となる四人がうなずいたのを確認した沙耶は、経験者として初体験の者を先導しなければならない。そのためにパートナーへと指示を出した。

 

「それじゃ理樹君、一度は行ったことのあるあたしたちから行きましょ」

「はいはーい」

 

 対魔術においてなら絶対的なまでの盾として機能する能力を持つ理樹を先頭にして一同は地下迷宮へと降り立った。蛍光灯のような科学による人工物が一切見らせず、レンガが積み上げられることによってできた壁は失われた古代文明の遺産でも見ているかのような気分にさせる。二回目となる理樹や沙耶ですらこうなのだ。まして、初めて見るアリアやキンジがすんなりと受け入れられるはずはない。

 

「う、うそだろ!?」

「ここ、学校の地下よね?」

 

 これが普通の反応のはずだ。なにせ東京武偵高校が立地している学園島は東京湾に浮かぶ人工浮島を買い取り武偵育成施設へと造り変えた人工島だ。本来であればここはコンクリートの塊のはずだ。こんな遺跡なんてものとは無縁の場所だ。常識を疑うような光景の中、ジャンヌの意識がすでにこの地下迷宮の製造方法へと向いていたのは彼女の魔女としての性分からだろうか?

 

(……錬金術、か?入り口にパトラのピラミッドのレプリカみたいなものもあったし、もともとの材料が砂ならば持ち運びのことを考えたとしても納得がいく話しではあるが、これだけの魔力をどうやって集めた?)

 

 パトラは以前自分が世界の覇王(ファラオ)となるための戦争を起こそうとした過去を持つ。

 イ・ウーという共通点があったにせよ、イ・ウーとて組織である以上は一枚岩ではない。

 ジャンヌが将来パトラと戦わなければならないこともありえたのだ。

 そのため、策を弄する魔女としてパトラのことを調べたことがあるので分かるが――――――魔術で作られたとしてもわからないことがいくつかある。

 魔術は呪文一つで何でもできるほど便利な技術ではなく、それ相応の下準備がいる技術である。

 これほどの地下迷宮を誰にも見つからないようにひっそりと作るにはどれだけの時間がかかったのだろうか。

 下手な魔術だと感知される恐れもあるのだ。実際パトラが何か企んでいたとしても、今隣にいる極東エリア最強の魔女がそれを黙って見過ごしたとは思えない。

 

「なあ佳奈多。お前はどう思う?」

「なんのこと?」

「この地下迷宮が作られた方法だよ」

「私は魔術についてはそんなに詳しいわけじゃないの。あなたが分からないのなら、私にだって分かるはずがないかない」

「随分とまたはっきりというんだな」

「つまらない見栄を張っても仕方ないじゃない。あなたなら『氷』、星伽神社なら『炎』。大体魔女を名乗るような連中であっても自分の専門分野からちょっとでも外れたら何をやっているのかもさっぱりだと平気でのたまうおような連中ばかりなんだのだから、初見で看破できるとしたら噂に聞く『観測の魔女』ぐらいなものでしょうね」

 

 観測の魔女。

 北欧神話系統の魔術を中心にいくつもの魔術理論を発見したとされる魔女だ。

 される、というのは観測の魔女の実態が知れ渡っていないからだ。

 味方に加えることができれば大きな戦力になることは間違いないのでロシア成教を筆頭に正体を突き止めようとしているが、手がかりが全くないらしい。ジャンヌが勝手に作り上げたバルダとかいう仮面の名前のように、架空の存在であり実在はしないのではないかとも言われている。

 

「あれ?」

 

 お前はそれでいいのかとジャンヌがジト目で佳奈多を見つめていると、先頭を歩いていた沙耶と理樹が足を止めた。地下迷宮の入り口かここまでほぼ一本道であったが、ここにきて分かれ道のようである。通路を挟んで左右の壁に扉が一つずつ置かれている。

 

「朱鷺戸さん、この扉って確か……」

「この前来た時に見事に粉砕されたはずだけど、何事もなかったかのように修復されているわね」

 

 以前理樹と沙耶がここへと来た時には最初に左の扉に入り、首を刈り取ろうとしる鎌が飛んできてその直後に転がってくる巨大な石から逃げるという古典的罠につき合わされた。反対に右側の扉を開けて入ると今度はガスが充満してきて、奥にあった部屋へと必死に逃げ込むと落とし穴に落ちて冷たい夜の東京湾へと叩きつけられた。

 

「両方の扉に罠があったよね。なら正解はこのまままっすぐ進むことかな」

「どうでしょうね。あたしはどれを進んでも罠があるような気もするけど」

 

 地下迷宮へと進むための安全なルートというものは必ず存在しているはずだ。

 左右の扉の両方が罠だったのなら素直に考えればこのまま通路を直進することが正解で安全な道ということになるが、そんな理樹の意見をアリアは否定した。かくいう彼女もこれといった理由はないらしい。ただそんな気がするそうだ。

 

「なら、ここで確かめておきましょうか」

 

 佳奈多はそういった後にしゃがみ込んで地面に右手を当てた。

 

「ジャンヌ、何かあったら防御をお願いね」

「お前に死なれたら困るのは私とて同じだからな。任せておけ。ちなみにどれくらいかかる?」

「三分あれば」

 

 言うだけ言って目を閉じた佳奈多はそれきり何も言わなくなった。当然佳奈多が何を始めたのか知っているようなそぶりを見せるジャンヌに視線が集まったので、ジャンヌは説明を始めた。

  

「佳奈多は常時発動の感知系統の能力が使える超能力者(ステルス)だ。なにやらある程度の距離にある建物の構造や位置が把握できるらしい」

「なにその便利な能力」

 

 アリアが今まで見てきた超能力の大半はサーカス芸でも見ているようなものばかりであったが、アリアもこの能力は欲しいと思った。なにせ白雪やジャンヌの能力よりも実用的だ。例えば暴力団のアジトへ乗り込むとする。どこなにがあるか分かるということは伏兵による不意打ちを受けることがないということなのだ。突入して銃撃戦に入る必要がある際ですら敵の現在位置のある程度の推測を立てることだってできる。

 

「お前らが思っているほど便利なものでもないらしいぞ。普段は無意識下のレベルを超えないみたいだし、精度を上げようとしたらどうやっても今のように時間がかかるみたいだ。何より、どれだけ時間をかけても物体の『形』と『位置』しか分からない」

「それが何が問題なの?」

 

 同じくして常時発動の超能力を有している理樹から意見を言わせてもらおう。物体の形と位置しか分からない?どう考えたってそんなものは些細な問題だ。現状、佳奈多の感知の能力はこれといったデメリットが見当たらない。理樹の超能力の場合、魔術に対しての絶対的なまでの盾として機能するという大きなメリットを持つ反面、彼自身一切魔術が体質からして使えないというこれまた大きなデメリットを持つ。おかげさまで彼の主力兵器である魔術爆弾を自作することができない上、挙句の果てには超能力調査研究科(SSR)で不名誉な二つ名まで付けられてしまった。

 

 対し、佳奈多の感知の能力はなんだ?

 

 メリットが想像するよりも小さなものであったとしても、デメリットがないではないか。

 デメリットがないの何事も無いよりは有るにこしたことはない。

 

(……無意識下の域を出ない常時発動系統の超能力。おそらくは超能力者(ステルス)として使う能力の副産物として生み出された能力でしょうね)

 

 狐の仮面の人物に超能力者(チューナー)だなんて呼ばれたある意味では特殊な人間である沙耶はこれを副産物と考える。事実、特殊な体質は何らかの副産物として生み出されることがある。例えば遠山キンジ。彼の薬に効きづらい体質はヒステリア・サヴァン・シンドロームの影響だとかつて自室で理樹と真人に話していた。おそらくは佳奈多の元々の超能力は空間把握に優れているか、それを前提にしているものなのだとうと沙耶は推測した。元々の超能力について問い詰めるつもりはない。いくら仲間だとしても自分の手の内をさらすのは単なる自殺行為だ。

 

「そうね、あえてデメリットを挙げるとすれば……誤認することがあるといったところかしら」

「なにせ分かるのが『位置』と『形』、それも大雑把のレベルとなると人体模型と人間の違いが分からないらしいんだ。モデルガンと実銃なんて全く区別がつかないみたいだ」

「やけに詳しいんだなジャンヌ」

「かつてひどい目に合わされたことがあるんだ。どこへ行っても逃げ切れる気がしなかったね」

 

 何か嫌なことでも思い出したのかジャンヌの顔が徐々に沈んでいく中、佳奈多がようやく顔を上げた。

 どうやら超能力による察知が終わったようだ。

 

「これ、どっちに行っても地下へと進めるみたい」

「へ?」

「左右の扉にもこの先の正面の通路にも地下へと通じている道はある。アリの巣のように全部繋がっているのよ。ただ、ここで扉を開けると罠が待ち受けているというのは実証済み。対して正面を進むと枝分かれする迷路が待ち受けているようね。どの道を行こうが結局は一つの大広間へとつながっているみたいね。迷路は正しい道を選べば罠とかなさそうね」

 

 迷路。

 この地下迷宮の探索の妨害にこれほど適したものはないだろう。

 正しい道を知らなければいつまでも迷路の中を動き回り、無駄に体力を使わなければならない。

 いざとなったら侵入者が余計な時間を消費している間に脱出だってできる。

 どこかに東京湾につながる隠し通路があるのは理樹と沙耶が冷たい夜の海の中へと叩き込まれたことがその証明となるだろう。

 迷路に迷い込むか、それとも確実に罠があると分かっていて左右の扉を開けるか。

 侵入者はその意地悪な二択を選ばなけれなならなくなる。

 

「アンタ、正解が分かる?」

「正解かどうかは分からないけど、階段の場所なら形で把握した。案内できるわよ。さて、どうする?」

 

 でも、それは普通の侵入者の話。

 アリアの質問に佳奈多はあっさりと肯定の頷きを返した。

 佳奈多の感知の超能力は、時間こそかかるが正解を導き出した。

 

「じゃあ、このまままっすぐ進みましょう」

「そう。じゃあジャンヌ、目印お願いね。アリアドネと行きましょう」

「了解した」

 

 佳奈多の言葉を行けたジャンヌは持参した鞄から長く細いロープを取り出し、ロープの先端を地面に触れさせたと思えば、すぐに凍り付かせて地面と固定した。ジャンヌは二三回力強くロープを引っ張り、強度に問題のないことを確認してよしと頷いた。

 

 アリアドネの糸。ギリシャ神話の話の一つである。

 

 テセウスに恋をしたアリアドネは、工人ダイダロスの助言を受けて、恋人たるテセウスが迷宮(ラビリンス)っへと入ることになった際、入無事に脱出するための方法として糸玉を彼に渡し、迷宮の入り口扉に糸を結んで糸玉を繰りつつ迷宮へと入って行くことを教えたという。

 

 結果、テセウスは迷宮の一番端にミノタウロスを見つけ殺した後、糸玉からの糸を伝って彼は無事、迷宮から脱出することができたという。

 

 現状で地形を把握しているのは佳奈多一人のみであるため、もしもはぐれたりしてしまった時などのことを想定したら目印となるものは必要だ。

 

「さて、それじゃ行きましょうか」

 

 佳奈多を戦闘にして迷路を迷うことなく進んでいくと、階段にたどり着く前に大きな広間へと出た。

 もちろん地下迷宮ゆえに電気製品といった科学的なものはなにもなく、壁は天然の洞窟に見られるような石によって作られていた。バスケットコート三つ分はあるであろういう大広間は、天井まで十メートルはあろうということもあり、天然に作られた体育館のようであった。そんな天然の大広間には全く似合わないことに、教室で使われているような扉が一様に壁に並んでいた。その数はおよそ50個程度。他には通路が二つある。もし、迷路に入る前に左右の扉を進んでいたら、あの通路からこの部屋へと来ることになったのだろう。

 

「どの扉を開ければいいのかも分かる?」

「ええ。基本扉はただの張りぼてよ。後ろに通路が続いているのは一つしかない」

 

 あまりの数に声が出なかった理樹やキンジを放っておいて、佳奈多は数多く存在する扉を見ても驚かずまっすぐにある一つの扉へと近づいて行き開ける。そこには地下へと続いている階段があった。やった、と喜ぶ素直な理樹とキンジの二人であったがそれとほぼ同時、沙耶とアリアは何かを感じたのか急にあたりを見渡し、野郎二人は佳奈多に制服をつかまれ階段へと投げ捨てられた。流石に打たれなれているのか、階段に転がされた程度では痛いですんでいるようだ。階段で突き落とされて死亡してしまうようなサスペンス劇場の被害者とは違うのだ。

 

「あイテッ!?」

「何しやがる二木!!」

 

 それでも当たり所が悪かったのかアタタと頭を押さえたままの理樹の分まで代弁するかのようにキンジは声を上げる。が、当の加害者たる佳奈多は二人のことなどすでに見ていない。いや、佳奈多だけじゃない。アリアも沙耶も、ジャンヌでさえも別の場所を見ていた。

 

「砂の化身……。そう、このたくさんの扉はすべて砂で作られたフェイクだったのね」

 

 佳奈多が正解の扉を開いたとほぼ同時、残りの扉が砂になって崩れ落ち、その後新たな形に再構築された。頭を押さえながらも階段を登った理樹には身に覚えがある形である。自分を殺しかけた砂の化身のことを忘れられるはずがない。以前と同じ砂の化身ならば理樹の超能力で打ち消せるのだが、

 

「な、なにあの数!?」

 

 如何せん、数が多すぎた。

 残りの扉がすべて砂の化身へと姿を変え、砂を材料に錬金術で作られたであろう剣を持っている。 その数、およそ50体。この大広間を埋め尽くすには少々足りないだけであり、侵入者を抹殺するためならば過剰ともいえる数だ。

 

(敵は約50体。僕らは六人。互いをフォローしあって戦えば何とかなるか!?これまた意地の悪い罠だなッ!!)

 

 迷路でさんざん迷わせた後、また扉を片っ端から開けて疲れ切ったところを強襲するという罠であったのだろう。佳奈多のおかげでここまで来る段階で疲れ切るなんてことにはならなかったが、単純計算で一人当たり約8体の砂の化身を倒さなければならないということになる。砂の化身は理樹の右手に触れた瞬間に粉砕されることを確認している以上、まだ何とかなるかもしれない。希望が見えてきた所で、佳奈多が信じられないことを口にした。

 

「あなたたち、先に行きなさい。こいつらは私は何とかしといてあげるわ」

 

 本来の戦力差を考えたら問答無用の撤退だって選択肢にいれるべきのはず。

 元が砂で作られているせいか、砂の化身たちが手にしているのはナイフや剣といった近接兵器ばかりで銃といった近代兵器はないが、それでも一人で戦えるような相手ではない。単身マフィアや暴力団のアジトへと乗り込んだこともあるアリアでさえ分が悪いと判断した。

 

「無茶よ!ここは全員で協力して戦いましょう!それでいいでしょ!?」

「アリアの言うとおりだ!仲間を見捨てられるか!?」

 

 武偵憲章1条。仲間を信じ、仲間を助けよ。

 武偵は決して仲間を見捨てたりはしない。

 佳奈多を置いて先へと行き、錬金術師にこの罠を解除されるなんてことはできない。

 そう言ったキンジであるが、佳奈多はああ、となにか納得したような声を漏らした。

 

「あなたたち、何か勘違いしてない?」

「勘違い?」

「この地下迷宮に侵入する前に言ったわよね―――――――――そもそも、本来この作戦においては戦力的に私とジャンヌの二人だけで充分ななのよ」

 

 仲間を励ますようでも、自分を鼓舞するようにでもなく。

 佳奈多は淡々とした事実を語るように口にする。

 

「それに、こいつらの出現に連動して下でも何か生まれたようね。感覚から判断して、下の階段を降りたら二つの分かれ道がある。私の意識が目の前のこいつらに向いてるせいで大きさまでは分からないけどなにかあるわ。たぶん、一体が砂の化身の一体で、もう一つが件の魔術師のものだと思う。合流されたら面倒なことになるかもしれない。だからとっとと行って倒してきなさい」

「そう。行くわよ理樹君」

 

 もっとも早く決断したのは沙耶だった。

 沙耶は相棒である理樹についてこいと呼びかけると階段をさっそうとかけていく。

 理樹はすぐに沙耶を追いかけていくが、キンジはまだ決めかねているようだった。

 このまま仲間を置いて行っていいのか。

 決断できないでいたキンジに対してジャンヌが言った。

 

「遠山キンジ。この『銀氷(ダイヤモンド)の魔女』の強さを忘れたのか。忘れたのだというのなら、体の芯まで氷漬けにしてやる。だから安心するといい」

「あらジャンヌ。あなたも残るの?こいつら相手なら別に私一人でも問題ないのよ?」

「佳奈多。今の私はお前との二人一組(ツーマンセル)だからな。パートナーが残るのに私だけ先に行くわけにもいくまい」

 

 さっさと行け。

 態度でそう示してきたかつての敵ジャンヌに対し、アリアとキンジは同時に頷いた。

 

「武偵憲章4条、武偵は自立せよ。要請なき手出しは無用の事ッ!!さっさと魔術師捕まえてくるから頼んだわよッ!!」

 

 この瞬間、アリアはジャンヌを共に戦う仲間だと呼んだことになる。かつて戦った相手と共闘することになるとはついちょっと、具体的には一時間前までですら考えもしなかったことだ。階段を下りていくと、佳奈多が言ったようにしばらくして道が二手に分かれていた。

 

「どっちに行くッ!?」

「私と理樹君で右側、あなたたち二人で左側ッ!」

「分かったわ!あなたたちも死なないでね!」

「お互い様よ!」

 

 どのようにして別れるかはすでに決まっている。

 アリアとキンジ、そして沙耶と理樹。

 時間がもったいないので適当にそれぞれのタッグが行くべき道を決め、各々は地下迷宮を進んでいく。

 

 アリアとキンジがたどり着いた部屋は、どこかの王様がいるべき場所のようなところであった。

 イギリス王室の宮殿みたいな造りだと、貴族であるアリアをして思わせる。

 今度は正面に王様が座っているのもふさわしいともいえる椅子が置いてあった。

 ただの椅子の時点で人間よりも大きなものである。

 ならば、そこに座っているものだって当然人間ではないのだろう。

 

「こっちは外れみたいね」

「外れっておい。よくもそんな余裕でいられるな。勘弁してくれよ」

「そう?銃主体のアンタにとってはあの場に残って戦うよりもよっぽどやりやすいと思うけど?さて、テセウスが迷宮(ラビリンス)から脱出できたのはアリアドネの糸のおかげだという。なら、糸を置いてきた、あたしたちはどうなるかしらね?」

 

 そして、アリアもキンジも目にすることになる。

 その椅子に座っていたのは牛の頭をして、騎士の鎧を身に纏っている三メートル級の大きな怪物であった。人間を一撃で真っ二つにできるであろうほどの大きな斧を持ち、ドシン、ドシンと足音を立てながら近づいてくる。

 

 その怪物にはギリシャ神話においてこう呼び名が付けられている―――――――ミノタウロス、と。

 





ミノタウロス……理樹がいたら楽勝で倒せただろうになぁ……。
主人公がいないから苦戦しそうだというこれまた珍しい状況が出来上がりました。

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