Scarlet Busters!   作:Sepia

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Mission74 Episode Aya②

「たーくーやーさーんっ!!」

 

 父の仕事の手伝いをするだけの毎日を送っていた中、一人の青年がやってきた。彼の名は神北拓也という。

 日本といううらやましいほどの平和な国で過ごしていたのに、わざわざこんなお世辞にも平和だとは言えないところまでやってきたできた父の弟子。あたしとの年の差は8つだから、今まで会ってきた父の同僚の医師たちのようにおじさんという感じではなく、あたしにとっては優しいお兄さんという感じになっていた。親子ほどの歳の差はなかったからだろうか、いつしかあたしにとっては身近な目標となっていた。拓也さんにはあたしと同い年の妹がいるという。拓也さんは妹に接しているかのようなものだったのかもしれない。

 

「あや、どうかしたか?」

「見て見て拓也さん!魔術練習してたけどやっと成功したよ!」

 

 あたしは父の仕事の手伝いをしてきたけど、それは望んでやってきたことじゃない。何もやることがなく、孤独を紛らわすためのものに近かった。自分でそれが分かっているからこそ、ありがとうの言葉を素直に受け取ることができないでいる。日本という平和な国を見てしまったときにはずっとここにいたいと思ったくらいだ。あんな国、行かなければよかったとも後悔したことだってある。そんなだから過ぎたことをいつまでも引きずっていくばかりで将来ことを考えることをあたしはしてこなかった。強いていうなれば、このまま父を手伝い続けてなんとなくの流れに従って生きていくんだろうなとか、そんな風にすら思っていたのだ。そんなあたしにもようやく目標ができたのだ。

 

 拓也さんのようになりたいな。

 

 純粋に他人のために自分の人生を投げ打ってまで他人のために何かをしてやろうとする父のことだって尊敬しているはずなのに、どうして目標としたのが父ではなく拓也さんだったのかは分からない。父が忙しさのあまりあたしにあまり構ってくれなかったからか。それともあたしにとっての父は遠すぎる存在で目標とするにはあまりにも実感とかけ離れていたからか。そもそもあたしがなんでこんなことをしているのかが分からなくなってしまったからか。確かなことは分からない。それでも一つだけ確かなことがある。

 

「そうか。よくやったな、あや」

「えへへ」

 

 あたしは拓也さんが大好きだった。これだけは間違いないはずだ。あたしが自分の将来のこと考え始めたのは間違いなく拓也さんとで出会ったからだろう。どうしてこんなことをしているの、と拓也さんに聞いてみたことがある。あの平和な国で、家族と一緒に過ごす。なんて幸せな光景なのだろう。わざわざこんな地域へと来る必要なんてないだろうに。あたしにはどうしても分からなかった。そしたら知ってしまったからだと返ってきた。元々拓也さんは原因不明の病気にかかっていたらしい。ずっと入院していたそうだが科学の力ではどうしようもなかったそうだ。あたしと同い年の妹と少しでも一緒にいてあげたくて医学のことを学んでいたものの、結局は雀の涙ほどの期間しか延命できないと思われていた。妹に兄との最後の思い出でも作っててやろうとしたときに、拓也さんは父と出会ったらしい。

 

 その結果、父の持つ陰陽術の魔術によって生きながらえることができた。

 

 本来ならばもうこの世にはいないはずの人間。

 魔法という奇跡によって病死というどうしようもない運命から逃れることができた人間。

 拓也さんは自分自身のことをそう称していた。

 

「あや、この世界にはね……『魔法使い』はいるんだよ」

 

 父から聞いたことある。

 魔術という奇跡の力を使う人間は動機により二種類の人間に分けることができるらしい。

 絶望といったマイナスの感情から魔術という奇跡にすがりつかなければならなかった人間のこと魔術師といい、感謝のようなプラスの感情から魔術を学んだ人間のことを魔法使いというらしい。

 

「おとぎ話にでも出てくるような優しい魔法使いは実際にいるんだ。俺はそのことを知ってしまったんだよ」

「拓也さんは、魔法使いになりたいの?」

「どうなんだろうな。俺がなりたいというよりは、きっと俺はいろんな人に知ってもらいたいのだと思う」

「知ってもらう?何を?」

「この世界はどうしようもないことばかりじゃないことを。たとえどんな窮地に立たされたとしても、決して希望がついえたわけじゃないんだ。絶望せずに前を向いていられる希望が残っているってことを」

 

 希望がある。

 そんなことを言われてもどうしても実感がわいてこない。

 なにがどうやったところでできないものはできないのだ。

 父が受け継ぐ陰陽術の魔術にだって限界はある。

 あたしだって何人もの人間が死んでいくところを見てきた。

 毎日赤子が、子供が、母親が。

 どんな立場の人間であれ、銃撃戦や飢餓による栄養失調と感染病で毎日誰かが死んでいく。

 それが現実だ。

 

 でも、そんな地獄のような環境で生きる人々は絶望していただろうか?

 

 一本の抗生物質で元気になった子供を涙ながらに喜んでいる母親の姿を見て。

 少人数の力では救えない人々がいることに嘆く大人たちの姿を見て。

 手に届く範囲の小さな幸せを見て、涙を流しながら感謝されて。

 あたしは何を見てきたのんだろう?

 

 そこにいたのは地獄のような環境の中でさえ絶望せずに前を向いて生きていこうとした人たちではなかったか?

 

 絶望して何事にも無気力になってしまった人たちだけではなかったはずだ。

 

「カッコいいことを言ってるようだが、実際のところ俺はただ妹に見せてやりたかったんだと思う。夢というものは叶えられるものだって。確かに世の中はファンタジーの世界のように幸せにあふれているわけじゃない。マッチ売りの少女やパトラッシュを抱きかかえたネロのように栄養失調で身体一つ動かせずに死んでいく人たちだっている。でも、希望があった方が夢があっていいじゃないか」

 

 夢はあった方がいい。その言葉にすべてが集約されている気がした。

 拓也さんがここの場所に立つまでにどけだけの苦労があったのかはあたしは知らない。

 それでも、薬剤師の免許を取って早くこの場で活動するためだけに武偵にもなった拓也さんの努力は何大抵のものではないはずだ。同じ境遇にいたとしたらそれだけの努力をあたしはすることができるのだろうか。医学の知識はある。幼いころから父の手伝いをしてきたのだ。まだ診察をすることはできないでいるけれど、適切な応急処置くらいならあたし一人でできるようにはなっていた。技術だけはあるのだ。けど、いつしか父の仕事を手伝う必要がなくなった時、あたしは一体どうするのだろう。

 

 仮に夢であった戦争とは無縁の平和な国で暮らすことができたとする。することもなく父の持つ専門書を意味不明なりにも読みふけっていたこともある。実技として培ってきた技術と知識だけは本物だからその国で医師になることは可能だと思う。

 

 でも、その後は?あたしは何のために医師になるの?

 拓也さんが武偵になったのは魔術をあたしの父の下で学び、自分が感じたように希望があることを見せてやりたいからだという。武偵となったのは手段であって目的でない。

 

 じゃあ、あたしは?

 仮に平和な国で医師になったとして、それで何をしたいのだろう?

 

 11歳という本当なら小学校に通っているはずの年の人間が考えることではないことかもしれない。それでもただ憧れている拓也さんと同じように武偵の資格を取り薬剤師の免許を早々に取ったところであたしは拓也さんのようにはなれないのだと思う。今のあたしはきっと何かが決定的に違うのだ。日本で医師になったとする。けど、それは誰かを治療して笑顔が見たいという感情からではなく、ただ生計を立てるための技術として医学と有しているからなっているだけの人間となるだろう。きっと同僚となる医師たちはどうありたいという信念を持っている気がする。こんな技術だけの人間なんかには負けない立派な人間となるだろう。

 

(……武偵、か)

 

 武偵というものは弁護士や医師とは違い、やりたいことの方向性が人によって大きく異なるものだと聞いた。拓也さんの場合は高校に通ってから大学の薬学部を受験するに行くという正規の手段よりも早く薬剤師免許を取りたかったから。聞けば飛行機や船の免許を取りたくて武偵になる人もいるらしい。

 

(そういえば、今度あたしたちが働くことになる診療所も一人の武偵が設立したんだったかしら)

 

 今はサヘル周辺の貧しい砂漠地域を回っているが今度はエジプトに行くことになっていた。ピラミッドやスフィンクスといった有名な遺産だけではく、世界三大美女の一人に数えられるクレオパトラという人物だって知らない人はいないだろう。古代の遺産とかが割と好きなあたしはかなり楽しみにしていた。砂漠地域の国の代表格のイメージなのになんと農業だってできる。ナイル川周辺限定になるになっても灌漑によって米を作ることだってできるのだ。綿花に至ってはかつては世界的な生産地として名が知られていたくらいらしい。それに、何よりの楽しみがあった。

 

 エジプトが治安のいい国ということもあって、拓也さんの妹さんがエジプトにやってくるというのだ。

 

 貧富の差が大きく、スラム街だってある国なのに戦争をやっていないというだけで平和だと感じてしまうのはあたしの感覚がおかしいのだろうか。これからあたしたちがの仕事場としていく診療所は、とある武偵が富豪の依頼を受けた時の莫大な報奨金によって建てられたものだという。診療所そのものこそは決して大きいとは言えなかったけど、充分といえるだけの設備は整っていた。そもそもあたしにとって診療所に求める条件とは、怪我人を休ませることができるベッド。そして近くに水場あり。それだけの条件を満たしているだけで豪華なのだ。新居に対しては何一つとして文句はない。でも、あたしには別の心配事もできてしまった。

 

「小毬は優しい子だから、あやともきっと仲良くなれると思う。二人が仲良しになってくれると俺はうれしいな」

 

 同年代の女友達。

 今まであたしが付き合ってたのは父の同僚くらいのものであり、年齢的には親子か孫というくらいまで離れていることが多々あった。拓也さんでさえ、友達というのは何かが違う気がする。

 

『ねぇ、「Friend」ってどういう意味?どこにあるの?』

 

 昔理解できなかった『友達』という言葉の意味が、あたしにも理解できるのかが不安だった。

 小毬ちゃんが来る日、あたしはやたらビクビクしていたのを今でも覚えている。

 小毬ちゃんについての最初の感想は、住む世界が違う人間だということであった。

 

 いい子にしていたらクリスマスにはサンタクロースがやってきてプレゼントを渡してくれる。

 小毬ちゃんはそんなことを本気で信じているような人間だったのだ。

 

 戦地を見てきたあたしはどうしようもない悲しい現実というものを知っている。

 

 いい子にしていたからってサンタさんが助けてくれるわけではない。

 銃撃戦や飢餓による栄養失調と感染病で毎日誰かが死んでいく。そこにはいい人も悪い人もないのだ。

 飢えて死にたくなければ窃盗のような犯罪に手を染めなければならないことすらある。

 

 でも、そんな悲しい現実を突きつけてやろうとはあたしには思えなかった。

 小毬ちゃんのことを夢見がちな理想主義者だと断じることなどできなかった。

 小毬ちゃんの言っていることはただの空想に過ぎないのだということはできなかった。

 

 どう小毬ちゃんに接したらいいのか分からないまま過ぎていく中、ある日拓也さんが一つの絵本を作ってくれた。地域の小さな子供たちとの交流をしたいということで、拓也さんはたまに自作の絵本を読み聞かせてあげることがあるのだ。絵本が好きらしい小毬ちゃんに誘われて一緒に聞きに行ったことがある。それは流れ星に関する絵本だった。一生懸命努力するものの報われず最終的に神頼みするしかなくなった少女がいて、彼女は最後に流れ星を偶然見るのだという。流れ星が見えているうちに願い事と三回唱えるとその願いがかなうという話を聞いたことがあった少女は流れ星へと祈ったらしい。当然三回どころか一回とて口になんてできない。その時に魔法使いは現れた。

 

『誰?』

『魔法使いさ』

 

 現れた魔法使いの魔法によって幸せへとつながる糸口を見つけた少女は努力することによって幸せをつかむことができました。そんなお話だ。どうしてかわからないけれど、あたしこの絵本のことが忘れられず拓也さんにお願いして譲ってもらった。それから何度も読み直した。優しい魔法使いが現れなかったら、絵本に出てくる幼い少女は一体どうなってしまっていたのだろうか。願いむなしく命を落としていった兄の死を乗り越えて、精一杯生きていくのだろうか。それとも世の中は無常だと思いながら過ごしていくのだろうか。小毬ちゃんに誘われるまま、診療所の近くから一緒に流れ星を見に行ったときもずっとそのことを考えていた。

 

「あ、見た?見た?流れ星が見れたねこまりちゃん!!」

「うん。わたしもちゃんと見たよ。キレイだったねぇ」

「小毬ちゃんも流れ星に関するお話って知ってるでしょ。なにかお願いするの?」

「うん!なにがいいかなぁ……よぅしっ!」

「あ、また流れ星が来たよ!こまりちゃんは、なにかお願いした?」

「うん! あやちゃんのねがいごとがかないますようにって」

「あたしのおねがい?小毬ちゃん自身のおねがいは?」

「んー。今はまだよくわかんないや。あやちゃんが幸せなら、わたしもきっと幸せになれるから」

「そ、そう? えーと、じゃ、じゃあどうしようかなぁ」

 

 あたしの願い。将来の目標。

 小毬ちゃんを見ていてようやくあたしは分かった。

 拓也さんは夢はあった方がいいと言った。その意味がようやく分かった。

 あたしはもう小毬ちゃんのような誰もが幸せな世界というものを想像できないけれど。

 世界には、どうしようもないことだらけであるだなんて誰にも思ってほしくない。

 小毬ちゃんのように希望はあるんだと信じている人間の夢を壊したくはない。

 

「あたしのおねがいは……あ、そうだ。思いついた」

「どんなもの?」

「魔法使い。流れ星に願ったことをかなえてあげる優しい魔法使いになる。それだったら、いつか小毬ちゃん自身のねがいごとだって、なんでもかなえてあげられる」

「えへへ。あやちゃんのねがいがかなったら、わたしも幸せになれるね。幸せが巡ってるみたい」

「そうだね。じゃあ、あたし魔法使いになる。お星さまにこめられたねがいごとをかなえてあげる、ながれぼしの魔法使いになる!」

 

 

 あたしの目標を定めてくれた一つの絵本。

 拓也さんは描いたその絵本のタイトルは『流星の魔法使い』という。

 そして主人公の名は―――――『ときどさや』という名前だった。

 

 

 




リトルバスターズ原作において、『朱鷺戸沙耶』という名前は恭介の愛読書『学園革命スクレボ』からきていましたが、今作においては『流星の魔法使い』という神北拓也が書いた絵本の主人公の名前からきています。

沙耶とワトソンが結構共通点が出てきたなとも思いました。
同じ医師免許を持つ医師であり、互いに組織に所属するエージェントであったり。
沙耶とワトソンの対決も面白そうですね。

さて、今回出てきた診療所を作ったとある一人の武偵が次回の回想で出てきます。
お楽しみに。

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