「昨日はすまなかったな、少年。わざわざ案内までさせて」
「ああ、別に気にしてないからいいよ」
直枝理樹は早朝から学校に来ていた。
別に彼自身の意思ではなく、来ヶ谷唯湖からのに呼び出しをくらったためである。理樹の用事ならもれなく筋肉さんが一緒についてくるはずであるからだ。朝一番に彼女が礼を言ってきたことについてはありがたく素直に受け取っておくことにするが、
「ねえ、ここどこ?あとなんで僕を呼び出したの?」
彼が来ヶ谷唯湖に呼び出されたは場所は武偵高にある第三放送室。
理樹自身、なぜ今この場所に来ることになったのかをいまいち把握していないのだ。
理樹と来ヶ谷の関係は簡潔にいうなればクラスメイト。ただそうはいっても、普段から仲が良かったというわけでもない。というか、来ヶ谷は授業に出るどころかみかけることすら稀な存在である。
「最初の質問から答えていくとしよう。ここは私の自室と化してるんだ」
「へ?」
「ほら私、自分の委員会持ってる放送委員長だから。忘れているかもしれないが、私は委員会連合に所属する委員会の長の一人だぞ。……まぁ、この学校には同学年にあと二人同じ立場の奴がいるからそんなに珍しいともいえなくなっているがな」
「へえ……ってええ!?」
早朝から、理樹の驚く声が学校に響きわた―――――
「ここは防音だから好きなだけ叫ぶといい。『好きだー!』とか『パンツ見せて!』とか」
どうやら響き渡たることはないようだ。
とはいえ理樹が驚くのは無理はない。
そういえば、来ヶ谷唯湖といえばこの東京武偵高校二学年の誇る筆頭問題児三人のうち一人であった。待遇からして来賓のようなVIP扱いで、授業すら免除されているという三人の成績優秀者。ただ、三人とも性格に難点が挙げられるとかなんとか。
「そういえば、来ヶ谷さんも委員長の一人だったね。昨日ゲーセンでアリアさんのスカートをめくっていた人とは思えないよ」
自分の委員会を持っているということは、ある意味で一つの会社の長みたいなものである。委員長というだけでレアではあるが、委員会連合の所属ともなると話はまた違ってくる。SランクやAランクの武偵というものが一種のネームバシューとして機能するように、委員会連合に所属している委員会の委員長というだけで信頼を証明していると言える。プロ野球のチームを持っている会社が世界における信頼を受けやすいといえばわかりやすいだろうか。世間的な評価として、信用できるだけの実力があると太鼓判を押されたようなものだ。
「そんなに驚く事はない。私はちょっと特別なんだ」
「というと?」
「私はまともに国の仕事なんかすると思うのか?」
来ヶ谷からの質問に対し、理樹の率直な感想を正直に言わせてもらうとすると、
「全く思わないです」
正直、全くそんな印象はない。
お前は仕事なんて全くしていないじゃないか、ともとれる失礼な言い分に対して来ヶ谷は怒ることもなく、そうだろう?、は笑っていた。
「私は武偵としてはイギリスでの活動のほうが長いんだ。というか、私の本職は武偵ではなく外交を中心とした政治家だ。だから、血統こそ日本人だが主な活動はイギリスから入っている仕事をしていてな、外交の関係上私が行動したほうが手っ取り早いという場合がたまにあるんだ。私は『イギリス清教』所属だから世界を飛びまわることがあって、その功績で委員長という肩書きが与えたれたにすぎないんだ」
「でも来ヶ谷さんって、委員会の仲間とかって東京武偵高校でいるの?正直三枝さんくらいしか一緒にいるところを見たことがないんだけど」
「葉留佳君か?葉留佳君は別に私の委員会の一員ではないぞ。ただ、入学当初から何か気があったのかよく一緒にいる。いつの間にか私の仕事を手伝ってもらっているうちに、側近ともいえるだけの働きをするようになってしまっていただけだ。彼女がその気なら、いつでも私の委員会に入ってもらいたいんだけどな……」
「何か問題でも?」
「葉留佳君の本心は、私にあるのかといわれたら微妙なところなんだよ。良くも悪くも、彼女にとって一番大切なものがはっきりとしているだけにどうにも誘えない。だからまぁ、委員会の仲間はこの学校にはおろか、日本よりもイギリスにいる」
「それじゃ割と好き勝手しているよね」
来ヶ谷唯湖の委員会がどういう人間で構成されてるのかを理樹は知らない。
ひょっとしたら名ばかり委員長なのかもしれないし、純粋に彼女をしたっている人間で構成されているのかもしれない。三枝葉留佳という人間が来ヶ谷唯湖をしたっている様子を見たことがある以上、来ヶ谷は誰かに尊敬され、慕われるだけの何かを持っている人間だ。
そんな人間が、仲間たちをイギリスという場所に大半を残したまま、当の委員長は二本という外国に留学している。
無責任だとは言わないが、それでも好き勝手やっているという評価になってもおかしくはないはずだ。
「確かに私みたいなタイプは珍しいかもしれないな。でも東京武偵高には私みたいな特殊なタイプじゃなくて、典型的な委員長といえる人間もいるし、本当なら私もそうあるべきなのかもしれないな」
「誰?」
「二木女史」
ああ、と理樹は思い出す。同じ学年の二木佳奈多さん。
(二木さんか。たしかにいつも『風紀』の腕章をつけてたっけ?)
風紀、というクリムゾンレッドの腕章をつけている少女。
理樹からみた感想としたら、おっかなさそうということしかない。
「二木さんってそんなに優秀なの? よく知らないんだけど」
「機会があったら見ておくといい。面白い戦い方をするよ、彼女は」
「そうなの?」
「ああ。何しろ委員長レベルとなると、今私が自由に使っているこの放送室のように、授業でなく個人で使っていい部屋がついてくるのだからな。彼女の場合は応接室だったか。豪華だぞ」
理樹としては今の
でも、応接室を普段から自由に使ってもいいというのはうらやましいと素直に思った。
「ところで、本題だけどさ」
「何だ?」
「アリアさんについて、教えてくれない?」
一瞬だけ怪訝な顔をした来ヶ谷さんであったが、すぐにああ、と納得した表情を見せ、
「遠山少年から頼まれたか?」
「わかってるなら聞かないでよ」
それもそうだな、と来ヶ谷さんは言ってから、
「…………」
わずかにまた表情が曇った。
「どうかした?」
「変な電波が出てる」
言われた意味が分からなかったが、電波と聞いて理樹は嫌な思い出がよみがえる。
つい先日、リモコンで操作されたセグウェイに何をさせられたか。
必死にチャリを漕ぎまくって、遠山くんに『変態』の称号をあたえるきっかけとなってしまったではないか。
「アリアくんが昨日の夜に尋ねて来てな。変な電波があったら知らせてくれという内容だった。整備委員長をやってるあの厨二病にお願いしてサンプルの情報は手に入れることはできたんだが―――――これは、見事に一致してるな」
「来ヶ谷さん!」
どこで検知されたんだと、せかしてしまい。
「チャリジャックの次はバスジャックか。7時58分の探偵科からでているバスだ。もしかして君も馴染みがあったりするのか?」
●
遠山キンジにはなんだかんだでいつもの日常が帰ってきたはずだった。
白雪が大量につくった料理の残りを食べながら、メールのテェックをして、学校に行く。ただそれだけの、いつもの日常のはずだった。
おかしい。そう思ったときは手遅れの場合がある。
アリアがいなくなり、早めに寮をでることができたはずなのに、7時58分のバスに乗り遅れた。
(……いつもならこんなことはまずないのにッ!!)
経験則から言って、7時58分のこの時間バスは混むことは分かり切っている。
しかも、今日は雨だ。
普段からして混んでいるのに、自転車が使えない今日はバスを通学手段とする人間も多いはず。本当なら普段よりも少しだけ早く寮を出てバス停で待っている必要があったのだ。
「やった! 乗れた! やった!やった! よう、キンジ、おはよう」
キンジが到着したころには、同じくギリギリで乗り込んだであろう武藤のバカ野郎万歳していた。そのときまでキンジは余裕を持った行動をしていた。めずらしく駆け込みでバスに乗ることもないだろうとか考えていたのだ。
けど、数少ない友人である乗り物バカが乗っているということは、
(あれは……俺が乗っているいつものバスじゃないか!!)
いつものバスに乗り遅れたことを意味していた。慌てて追いかけてみるが、乗れるはずがない。
「くそっ!!」
「あーぼよーキンジー!!」
「このやろういらつく笑いかたなんてするなぁッ!!」
勝ち誇ったような笑みを見せる武藤をそのまま見送る羽目になり、この大雨のなか、遅刻確実で徒歩で学校に向かうこととなった。一時間目はたしか国語だったはずだ。国語は銃技みないなものではなく、社会に出てから、つまり、一般高に転校してからも役立つ教科。なので受けておきたかったため、
(……サボりたくないなぁ)
そんなことをと思っていたところに、一本の電話がかかってっきた。
『キンジ、今どこ?C装備に武装して女子寮の屋上に来なさいすぐに! 』
それは聞きたくない声だった。それに何のようだろう?
強襲科は五時間目からだろう?
『授業じゃないわ事件よ! あたしが来ると言ったらすぐ来なさい!』
キンジは約束していたのだ。どんな簡単な事件でも一件だけ一緒に活動してやると。
それはつまり、どんな困難な事件でも一件だということを意味した。
(……まいったな)
どうやら大きな事件になりそうだ。
せっかくなら小さな事件がよかった。そうつぶやきながらも約束は約束だ。
無視するわけにもいかず、アリアの指示に従ってキンジは集合地点に到着する。
「―――――――――――――――レキ」
集合地点にいたのはアリアだけではなかった。
一緒に召集をかけられていた女の子の名を呼ぶが、返答が返ってこない。
その名はレキ。狙撃科のSランク。名字は本人も知らないらしい。
「ようレキ。お前もアリアに呼ばれたのか?」
「………」
置物のように微動だにしない、いつもヘッドホンをしている変な女。
それがキンジから見たレキの評価である。
レキの肩をとんとんと叩くとようやくレキはヘッドホンを外してこちらを見上げてきた。
「いつも何の音楽聴いてんだ? 一回聞いてみたかったんだ」
「音楽ではありません」
「じゃあなんなんだ?」
「風の音です」
いつものことだが、レキが何を言っているのか分からない。
キンジがどう話せばいいものかと悩んでいると、レキがドラグノフ狙撃銃を肩にかけ直した。レキはすでにアリアの方に向いている。レキが動いたということは、アリアの方も動き始めたということだった。
「―――――――そう。ありがとリズ」
通信を終えたアリアが愛想のレベルが平均をきる二名の方を見る。
「Sランクがもう一人が欲しかったとこだけど他の事件で出払ってるみたい。リズも今から召集をかけるには遅い場所にいるみたいだしね」
(アリアの中では俺ら全員Sランクなんだな。俺はしょせんEランクなのに)
アリアは、作戦を共にする仲間を見て宣言した。
「じゃ、作戦を開始するわよ!」