三枝葉留佳と峰理子。
この二人はアメリカにおいて仲間として行動していた二人である。
それ以前にも少なからず友人としての付き合いくらいはあったものだ。
なのに今、葉留佳が理子に向けているものは決して友人に対するそれではない。
嫌悪の一言だけでは済まない、憎しみを込めているものだった。
葉留佳は理子に笑いかける。ただ、今の彼女にはもう優しい笑顔ではなくなっていた。
どこか壊れ、追い詰められた人間がかもしれだす危険な雰囲気を葉留佳は出していた。
「まさか理子りんがイ・ウーのメンバーだったとはね。こんな身近に私の敵がいただなんて、ヤーヤー世の中分からないものですヨ」
「気が合うみたいだね。それについては同感だよ。どうだ葉留佳? あたしたち、案外話せばわかりあえたりするんじゃないか?」
「分かり合う?ハハッ!?面白いことを言うんだね。オマエはこのはるちんのことを何も知らないと見える。オマエが私のことを理解しているというのなら、こうして今!!この私の前に立っていること自体が命知らずの行為だッ!!」
葉留佳にしろ理子にしろ、クラスにおいては割と騒がし屋のトラブルメーカー兼ムードメーカーだ。
ムードメーカーやトラブルメーカーという称号は他人を気遣うことができる人間のことでもある。
もしも教室で誰か元気をなくしていたりしたら。
もしも友達が仕事で失敗したりしてふさぎこんでいたりしたら。
相談に乗ってあげるでもなく、ただ周りから見たら何をやってんだと呆れられるようなことをしていたとしても、確かに誰かを何も言うことなどなくても元気づけることができる人間なのだ。
うっとおしいと周囲の人間から思われたとしても、空気を読んで他人を気遣うことだできる人間なのだ。
それが今、いがみ合っている。
正確には違うか。敵視しているのは葉留佳の方だけのようだし、理子の方は別に葉留佳を恨んでいる様子はない。ただ、葉留佳を見つめる彼女の眼はどこか悲しそうでもあった。
今の葉留佳にしろ理子にしろ、普段の彼女たちを知っている人間からしたら本人なのかどうかと疑うレベルであることは間違いないだろう。
「葉留佳。今アタシがイ・ウーだと名乗ってお前の目の前にいることをどう思っているかは知らない。けど、あたしにとってこれは現状もっともベストな選択肢だよ。アメリカでの時と同じようにエリザベスを通してお前を動かすことも考えたが、どうしてもあたしはあの女を動かすだけの材料が見つけられなくてな」
「……ああ、そういうことか。今ようやく分かったよ。お前、私の
来ヶ谷唯湖から葉留佳へと説明されたアメリカでパトラが潜伏していたアジトへと潜入した目的は二つ。
奪われたイギリスの聖剣と理子の母親の形見の品のデリンジャーを取り戻すこと。
牧瀬君は何やら
牧瀬紅葉と峰理子がパトラとかいう魔女を魔術をあえて使うことで挑発し、海岸線へとおびき寄せている間に来ヶ谷唯湖と三枝葉留佳の二人が部屋へと侵入するという手はずになっていた。
その際、来ヶ谷唯湖は葉留科の超能力について牧瀬には教えたのに理子には内緒にしろと言っていた。
去年姉御と出会って超能力のことを知られてから、人前で絶対に使うなとは強く警告されていたものの、理子一人を仲間はずれにしているようで罪悪感を覚えていたものだったのだ。
――――まあ、そんな罪悪感は理子りんがイ・ウーだったと分かった今、全く感じていないが。
「ハハッ!!唯ねえも人が悪いや。あの時点で理子りんがイ・ウーのメンバーだったって知っていたなら私にも教えてくれてもよかったのに」
「あえて言うなれば、パトラも『元』イ・ウーだ。これは結構有名な話だぞ。あのイギリス女が知らないはずがない。パトラがイ・ウーの関係者だとあの時点で知って入ればお前は勝ち目があろうがなかろうが向かっていくとでも判断したんだろ。あいつ、他人には興味がないとか言っておきながら割と人のこと気にするタイプの人間だしな」
「……まあいいや。どっちみち唯ねえには感謝しなきゃならないや。唯ねえのおかげで今こうして!私の敵が自分から目の前に姿を見せてくれたのだからねッ!」
知っていて黙っていることは嘘をついたことになるのだろうか。
もしそうなのだとしたら来ヶ谷唯湖は葉留佳に嘘をついたことになるが、葉留佳はというと騙されたという気持ちはなかった。あの厳しくも優しい人のことだ。パトラがイ・ウーのメンバーだとあの時点で私が知ったとしたら、今理子が言ったように何もかも放り出してでも殺しに行こうをすると思ったのだろう。そして、こんなことはしてほしくないと思ったのだと思う。事実、葉留佳自身その予測は正しいと思う。今私の目の前に立っている理子とは昨日今日の付き合いではなく一緒に仕事だってしたことがある。一緒に御飯だって食べたことがある。一緒に笑いあったこともある。
それでもなお、葉留佳は理子に対して一切の容赦をするつもりなどないのだから。
「理子。アンタは私のことをもっと知っておくべきだった。何を思って私の前でイ・ウーだとカミングアウトしたのかは知らない。そうならざるをえない理由があったのかもしれないが、そんなことは私にとってどうせ関係のないことだ」
「四葉事件での生き残りが、その人生をすべて捧げて復讐に走るか?一応言っておくけど、あたしはあの事件には関わっていないよ」
「知ったことじゃないよ。でも、オマエはイ・ウーだ。オマエを叩きのめし、他のメンバーについて知る。そしてそいつを叩きのめす。これを繰り返していれば、いずれ私の家族を狂わせた奴に行きつくだろうさ」
「葉留佳の家族ねぇ……今のあいつは葉留佳のことを、どうおもっているのかね」
「私は今でも愛しているッ!お前がわたしの姉を語るんじゃないッ!」
葉留佳はスカートをめくりホルスターをあらわにする。
武偵は帯銃の義務があるため本体そこにあるものは銃のはずだが、葉留佳が武器として携帯していたものは拳銃ではない。
鎖でつながれた二つの棍棒。
ヌンチャクが、葉留科の手には握られていた。
遠心力に任せてグルングルンとヌンチャクを振り回し始めた葉留佳に応戦するようにして理子はワルサーを構えるが、叶えた先にすでに葉留佳の姿はない。
葉留佳は理子の頭蓋骨を叩き割ってやると言わんばかりに、理子の背後に移動していた。
これが葉留佳の超能力。空間を点と点で結んで一瞬で移動する能力。
葉留佳の
「――――――――――――そこッ!!!」
反撃とばかりに、振り向きざまに葉留佳を蹴り飛ばすことができていた。
理子とて葉留佳が問答無用で襲い掛かってくる可能性を全く考慮しないほどの愚か者ではないのだ。
その時の対抗策だって用意している。
(葉留佳。お前の能力がどの程度のものなのかは大体は分かっているんだよ)
葉留佳の持つ
でも、それだけだ。超能力さえなければ、三枝葉留佳という人間は大したことはないと判断した。
これは葉留佳の才能がどうこうというよりは、彼女の戦闘経験値がものを言ってくることである。
まだ葉留佳が理子と何も知らない友情ごっこを楽しんでいた時、葉留佳自身が言っていたことだ。
――――――――私は武偵中学には通っていなかったしね。
葉留佳の武偵生活は東京武偵高校一年生から始まったものゆえに、中学からの進学組と比較しても経験で劣る。直枝理樹のように才能を感じないなりにも何年も努力して今の実力を手に入れた人間とは違い、才能を語る以前の問題としてそもそもの経験値が圧倒的に足りてない。肝心の超能力についてはエリザベスのいいつけを守って隠してはいたようだが、アメリカでの一件でおおよその予測はついていた。
(それに、あたしはイ・ウーで何回かその超能力を実際にこの目で見ているッ!!)
理子の推測が正しければ葉留佳が超能力を手にしたのはほんの二年前、あの事件が起こった夜のはずだ。超能力は手に入れたからといってすぐに自由に使えるようなになるものではないことは理子は経験から知っている。理子だって髪を自在に操る超能力を手に入れてから、すぐに自在に操ることはできなかったものだ。おそらく葉留佳の場合はまともに発動さえもしなかったのだろう。超能力で移動した場合、景色の急激な変化に身体がついて行かないことが多々あることは、実際に超能力で跳んだことがある経験から学んだことだ。しかも葉留佳の空間転移は単発式。永続の能力ではないため、使う感覚を身に着けるまで時間がかかる。
(ここ一年でエリザベスは葉留佳の超能力を自分自身の意思で使えるレベルにまでは持って行った。あんないい加減な奴でもイギリス清教というれっきとした魔術業界の関係者だ。そこに疑問はない。でも、それだけで精一杯だったようだな)
三枝葉留佳と来ヶ谷唯湖という組み合わせがどうして生まれたのかは分からないが、ともあれエリザベスは葉留佳の超能力を一年かけて実用レベルまでは鍛え上げた。もちろんそれだけでもかけた時間の割には充分すぎる成果を上げたともいえるが、逆にいえばそれだけしかできていない。アリアのように格闘能力が優れているわけでもない。超能力が使えるだけの一般人。それが理子からみた葉留佳の評価であった。だから、こんな返しの蹴り一つ当たった程度でぐらついたいる。
(最初から一発もらう覚悟さえ決めれば反撃なんて簡単なんだよッ!!)
理子はあらかじめ手にしていた懐中時計を投げつけた。
懐中時計はひるまずに睨み付けてくる葉留科の前で小さな太陽となり、閃光が視界全てをまっすぐに塗りつぶしていく。
アルミ、チタン、マグネシウムの合金粉末を瞬時に燃焼させて強烈な光を放つ、
(さて、今の葉留佳は全くあたしの話を聞いてくれそうにないし、プランを変更するといたしますか)
理子はこの場から離れることにした。
葉留佳の視界から離脱してしばらくたった後、理子は携帯で葉留佳に電話をかけて言う。
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――――――――
果たし状のような電話を理子から受け取ったアリアは相棒たるキンジを連れて理子を待っていた。
今この場に白雪はいない。白雪は同じくチームメイトとなった仲であるが、今彼女は
「ホントに理子が来るのか?」
「来る。一度戦ったから分かるわ。あの子はプライドにかけて、約束をほったらかしにすることはない」
アリアは理子が来ることこそは知っていても、理子がどのような立場でやってくるのかは知らない。
あのハイジャックでの勝負の決着をつけるためのくるのか、それともまた別の目的なのか。
ジャンヌは司法取引を終えていたようであるが、理子もそうであるのかはアリアは知らない。
理子から電話を受け取ってからのわずかな間ではキンジを呼び出すことぐらいしかできなかったし、知っていそうな佳奈多とジャンヌの二人はあれからすぐに音信不通となった。
もう一度佳奈多の居場所を女子寮長に聞いてみても、行方不明はかなちゃんにはよくあることとか返ってきた。
ともあれ、アリアは理子と戦うつもりでこの場に臨んでいる。
しばらく待っていると、理子は階段からではなくフェンスを乗り越えてやってきた。
「理子?」
思わずアリアの口からはあっけにとられたような声を出してしまった。
今この場に来ている理子は、見るからにとてもこれからアリアたちとの決闘に臨もうとしている状態ではない。
頭から血を流し、すでに息も切れかけている。
すでに誰かと一戦やらかして、逃げのびたきたかのような状態であった。
「悪いなオルメス。今のあたしにはお前達だけに構ってやることができなくなった」
理子の言葉とほぼ同時、理子の背後に人影が出現した。大ぶりでヌンチャクを振り回し、そのまま理子を吹き飛ばす。ヌンチャクを握りしめた人物はこちらを一瞥こそしたものの、眼中になどないとばかりに理子をにらみつけたままである。アリアは一瞬の出来事に何が起こったのかを少し遅れはしたものの理解した。
「今の、
アリアがまだイギリス公安局に所属していた頃、モスクワで一度
『三枝一族の超能力ってどんなものなの?』
『
白雪は三枝一族に生き残りはいないとされているが、もしかしたらと思う奴がいるとは言っていた。さすがに聞きづらくて確証はないとは言っていたものの、今理子を襲っている人物の正体をその動機にについてアリアは自身の中で直観であるが結論を出しつつあった。
「アンタ、三枝一族の生き残りね!?」
それと同時、アリアは一つだけひっかかることがあった。
三枝一族であると思われる目の前の少女によく似た容姿を持つ人物をアリアはすでに知っていたのだ。
同じ髪の色、おそらくはおそろいの髪留め。
雰囲気こそまるで違えども、赤の他人というには共通点が多すぎた。
(え、待って。
アリアは二丁拳銃のうち、一つを理子に、もう一つを葉留佳へと向ける。
「アンタ、止まりなさい!!そしてあたしに何が起きているのか説明しなさい!!}
「なんだ、私の正体バレているのか。第三者の目があるとなった時どうしたものかと思ったけど、バレてるならざわざわざ姉御のいいつけ守ってわざわざ隠す必要もないな。残念だったね理子りん、人目を気にして私が止まることなくて」
銃を向けられているのに葉留佳には焦りというものはない。銃なんて怖くはないという感情があるわけではなく、今の葉留佳には理子のことしか眼中にないようだ。葉留佳は左足につけたホルスターから二つ目のヌンチャクを取り出し、片手で一つずつ回し始める。
「理子。お前が私に話があるように、私もお前に聞きたいことがある。でも、だからって手心を加えられると思うなよッ!!お前がここで私に殺されるなら、それはそれでもいいんだよッ!!」
今の葉留佳は武偵として戦っているわけではなく、私情によって戦っている。
人として何かが壊れてしまいそうな葉留佳の雰囲気に、キンジは危険だと判断した。
理子よりも先にこいつを何とかしなければ、何をしでかすかわかったもんじゃない。
「アリア、まずは三枝を止めるぞ!!」
キンジが葉留佳に銃を向けたころにはすでに葉留佳は駆け出していた。
やむを得ないと判断したキンジは葉留佳に向けて発砲するが、銃弾が葉留佳に当たることはない。
ヌンチャクという武器は飛び道具に対し本来一切の抵抗手段を持たない武器。
しかも、近すぎてもダメ、遠すぎてもダメと威力を最大限に発揮できる距離は決まっている。
でも、そんなものは葉留佳にとって関係ない。
間合い?威力?
そんなもの、葉留佳の
敵の攻撃や妨害はすべて超能力で回避して、渾身の一撃を叩き込め。
それが戦闘経験が足りずにまともに取っ組み合いになったら負ける葉留佳が人並みに戦うためい来ヶ谷が出した結論でもあった。今から格闘技術を挙げるより、超能力使えるようにした方が強いだろう、と。危ないからというい理由で来ヶ谷は葉留佳に銃を持たせなかったが、その程度のことは葉留佳にとってハンデにもならない。
「じゃあね。これで生きていたら話くらいは聞いてあげる」
葉留佳は一切の遠慮も容赦もなく、冷たい眼をしたままヌンチャクを理子の頭部めがけて振り下ろした。
理子を殺してしまうかもしれないと考えなかったわけでもない。
純粋に殺すつもりでやった。
理子からなにか今後の役に立つ話を聞くことができたかもしれないが、今抱いているこの怒りを少しでも晴らすことができるのならそれでもいいかと思っている。
だけど、
「…………なんで」
なのに、葉留佳のヌンチャクは理子の頭蓋骨を叩き割ることもなく、ただ空中空振りするだけだった。
目の前にいたはずの理子は、葉留佳の目の前から消えていたのだ。
「なんでッ!!!」
葉留佳には理子が消えた理由は分かった。こんなことができるのは彼女の知る中で一人しかいない。
なんでと叫ぶ葉留佳の疑問はもはや悲鳴であり、絶叫でもあった。
「―――――なんでそいつを守るんだ。どうして一緒にいるのが私じゃないんだよ。なんで、見てくるのが私じゃないの?」
振り向いた葉留佳の瞳からは涙がこぼれていた。
大声をあげて泣いているわけではないのに、今この場にいる誰もに響くほどの嘆きであった。
葉留佳はただ一言、泣きわめくでもなく一人の名前を叫んだ。
それでもそこには彼女の嘆きが、絶望が、すべてが集約されていた。
「かなたおねえちゃんッ!!」
アドシアード編が白雪と謙吾の物語なら、この章は葉留佳と理子の物語です。
物語の進行役を主人公と定義して、女主人公をヒロインだと定義するというのなら、この章は間違いなくヒロインは葉留佳でしょうね。
まさか理子との再会の場面に理樹(主人公)がいないことになるとは自分でも思わなかったです、はい。
理樹くんさっさと起きてください。
そしてこの悲しい空気をすべて壊すんだ。(無言の腹パン)
あとどうでもいいことですが、オッPとダベリオンがオーバーレイするようです。