Scarlet Busters!   作:Sepia

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沢渡さん参戦キターーーーーッ!!
ただ妖仙獣はペンデュラム使わない方が強いっていう……。


Mission84 神崎・H・アリアVS二木佳奈多

 

 遊んでいきましょうか。

 その言葉を文字通りに受け止めるやつはいない。

 佳奈多の視線はアリアへと向いている。

 彼女は笑みを浮かべてはいない。

 憎悪も表情に出ていない。

 

 しかし、小さな子供の遊びに付き合わされる親にも似た、倦怠感はあるように妹は思った。

 

「ま、待て佳奈多ッ!!」

 

 理子は佳奈多に呼びかける。

 今の理子には明確な焦りが見えた。

 

「こいつらはあたしの得物だッ!人の標的を取るような真似はするなッ!!」

 

 今ここにいるメンバーの中で、佳奈多とアリアの両方について知っている人間は理子しかいない。

 

 葉留佳は佳奈多の身内であるが、佳奈多の武偵としての強さを見たこともないし、アリアなんて友人の知人という認識しかないのだ。

 

「分かっているわよ。そんなつまらないことをする気はないわ。峰さん、私はこれでもあなたのことはわりと気に入っているのよ。だからそんな無粋な真似はしないわ。ただちょっと、せっかくの機会だし私も遊んでみたくなっただけよ。それに確認しておきたいこともできたしね」

 

 佳奈多は一歩前へと出ると同時、彼女をかばうようにキンジと向き合っていた葉留佳は佳奈多へと身体を向ける。姉妹が向き合うものの、二人の表情は対照的だ。佳奈多はこれから戦うとは思えないほど穏やかに微笑んでいるし、葉留佳は涙が止まる様子はない。

 

「戦いを遊びだなんて言うとは随分と強気なもんだな」

「それはそうでしょう?だって、私としては私が勝とうが負けようがどちたでも別にいいんだもの。負けて失うものが何もないのなら、おちゃらけでやっているスポーツと何も変わらないわ」

「負けてもいい……ですって?」

 

 アリアはますます佳奈多のことが分からなくなる。アリアだってイギリス公安局で働いてきた経験があるため、いろんな奴を見てきた。Sランクのような明確な実力を持つ奴にははっきりと表れやすいのだが、力を持つ人間は自分自身の力を誇りに思い誇示する傾向がある。強襲科(アサルト)武偵が武力という形を見せつけるために喧嘩っ早くなる人間が多いのもその現れと言ってもいいだろう。でも佳奈多は勝敗には興味がないと言いきった。

 

「神崎さん。あなたたちが私を軽く殺せるだけの力があるというのなら、私はそれはそれで大万歳よ。私の抱えている厄介ごとが一つ消えてくれるしね。むしろ応援してあげるわ」

「アンタ……自分の命をなんだと思ってるの?」

「私の命なんて、そう尊いものでもないでしょう。ねえ遠山キンジ。あなたならそのことがよく分かるのではないかしら。事件を未然にふせげなった無能武偵の命がどのように扱われたかをよく知っているあなたには、ねぇ」

「兄さんを馬鹿にするなッ!」

「あんな暴力装置、私と一体何が違うというの?」

 

 この一言で、キンジの中で何かがキレた。二木佳奈多は自分の命も、そして他人の命も何とも持っていない。キンジはそんな奴が同じ武偵をやっていて平然と今まで近くにいたことも、それに全く気付きもしなかった自分にも腹を立て、キンジは佳奈多に向けていた銃の引き金を引いた。その一発が戦いの合図となる。

 

 カキンッ!!

 

 まず最初に起きたことは、周囲に金属音が響き渡ったことであった。

 

(……今、一体何が起きた?)

 

 キンジには佳奈多が格別何かする動きは見えなかった。銃弾回避することもなく、防弾制服で防御する仕草も見えなかった。そもそも銃弾の亜音速の速度の対応できる人間なんてヒステリアモードのレベルに達している。

 

 佳奈多が何を行ったのかを認識することができなかったキンジだが、ある一つの事実に気が付いた。

 佳奈多の右手には鍔のない、刀身に柄だけの小さな小太刀がいつの間にか握られていた。

 アリアが持っている二刀小太刀よりもっと小さい刀。剣というよりはナイフといった方がいいだろう一品であった。

 

(――――――あれが二木の武器か。まさか、あの一瞬で取り出して銃弾を弾き飛ばしたのか!?)

 

 銃弾を刀で弾き跳ばすという曲技じみた芸当ならば前にもみたことがあった。

 アリアと喧嘩した時の白雪や、地下倉庫(ジャンクション)でのジャンヌも似たようなことをしていた。

 でも二人がやったのは、あくまで剣で銃弾をそらすことである。あくまで盾として剣を使っているだけだった。

 

 キンジが驚愕による膠着状態から復帰する前に、動いたのは葉留佳であった。

 葉留佳は佳奈多に背を向けて、キンジとアリアの二人の肩をつかむ。

 しかし、キンジは葉留佳に文句を言おうとすることはなかった。

 先ほどのように佳奈多と戦うのは止めてくれというのなら聞くつもりはなかったが、今の葉留佳は目に見えるほど焦っていた。

 

「三枝?」

「爆死したくなければじっとしてろッ!!」

 

 そしてキンジは気づく。自分達の足元に、大量の手榴弾が転がっていた。

 

「緊急テレポートッ!!」

 

 いつの間にばら撒かれたのかと驚いている暇はない。葉留佳の超能力(テレポート)によって屋上から脱出すると同時、先ほどまでキンジたちがいた場所は爆風に包まれた。葉留佳の『空間転移(テレポート)』は空間と空間を結んで一瞬で移動するというもの。高速移動を極めたタイプのテレポートではないために物理的な壁を越えて移動することは可能である。

 

「……はぁ……はぁ」

 

 ただし、慌てていたため葉留佳は移動後には今にも吐き出しそうなほどにまで気分が悪くなっていた。あらかじめこの場所に移動するのだと時間をかけていればこんなことにはならないのだが、一瞬の直感でランダムに移動先を決める緊急テレポートでは酔いを抑えることができない。超能力を使えるようにするための来ヶ谷唯湖との特訓の時にジェットコースターに乗せられまくるという謎の訓練をやらされたせいかまだ耐性が出来てはいるものの、葉留佳は両手を地面につけてうずくまって息を必死に整えていた。

 

「ここは……三階の廊下?」

 

 アリアが移動先を確認したら、どうやら情報科(インフォルマ)棟の三階の廊下であると判断した。

 屋上からは結構な距離があるから佳奈多や理子が追ってくるにしてもまだ時間はかかるだろうと思ったが、アリアはすぐに思い出す。

 

『佳奈多は常時発動の感知系統の能力が使える超能力者(ステルス)だ。なにやらある程度の距離にある建物の構造や位置が把握できるらしい』

 

 地下迷宮へと潜った時、ジャンヌは佳奈多の超能力についてこのように言っていた。

 実際にあの迷路を佳奈多の感知能力で突破しているため、それも嘘ではなかったことは分かっている。そして今は夜。アリアたちの他にはこの情報科(インフォルマ)棟に残っている奴なんていないのだ。

 

(すぐに居場所は気づかれてしまう。早く何とか作戦だけでも立てないと……)

 

 アリアがそう考えた時にはもう遅い。

 すでに佳奈多はアリアたちの目の前に立っていた。

 息を切らせながら逃げた葉留佳の姿を、先ほどまでと表情一つ変えずに見つめていた。

 

(一つ一つの動作が速すぎる。まるで認識できなかった)

 

 理屈はまるで理解できないが、直感としての結論はアリアの中ですでに出ていた。キンジからの銃弾を弾いた時に見せた小太刀に注目を集める囮として、すでに爆弾をばら撒いていたのだ。

 

「……ハァ……ハァ。かなたをナメない方がいい。かなたは中一の時点でSランクになった人だ。そして中二の時に……ゴボッゴホッ」

「大丈夫か?まさかこれほどの奴だなんてな」

「いや、かなたの実力はまだまだこんなものじゃない。この程度のはずがない」

 

 現に、目の前にすました顔で立っている佳奈多は息一つとして切らしてはいない。

 キンジによる突如の銃弾の迎撃、爆弾の散布、そして超能力で逃亡した葉留佳の居場所の探知。

 それらすべてを片手間で行っておきながらも涼しい顔をしたままである。

 

「よく爆弾に気が付いたわね葉留佳。あなたが超能力を手に入れてから一年とちょっとくらいになるのかしら。随分と使いこなすようになったものね」

「運よく……運よくいい指導者と巡り合えたもんでね。超能力者(ステルス)なんて嫌いだってけど、私が超能力者になれたことには今は感謝してるよ。そのおかげでたった一人の家族を取り戻すために戦う力を手に入れた」

「たった一人の家族、ね。あの夜から約半年間姿一つ見せなかった私にそう言ってくれているのはうれしいけど、そんなこと言ったら母さんたちが泣くわよ。せっかく一緒に暮らせると思った人間が家族だとは思ってくれてはいないだなんてね」

「確かにかなたがいなくなったからの半年間は辛かった。長かった。でも、イ・ウーからかなたを取り戻すための力をつけるために必死だった!十何年と一回たりとも顔すら見せなかったのに今更家族面している奴らなんか知ったことかッ!!親族連中が死んでからのこのこ現れて家族面している奴なんかッ!!」

 

 葉留佳と佳奈多。

 この二人の姉妹は何か事情があって喧嘩しているわけではない。

 なにか誤解があってすれ違っているわけでもない。アリアにはそのように見えた。

 妹は姉のことを変わらず大好きな家族だと思っているし、姉の方は別に妹のことをうっとおしいと思っているわけでも、別に嫌いになったわけでもないようである。

 

 ただ、もうどうでもいいと思ってしまったいるだけ。

 

 佳奈多が妹に向ける視線は本来家族に向けるような温かいものではなく、他人に接するようなものと何ら変わらないように見える。

 他人に向ける、という視点から見れば、丁寧にも見える言葉遣いも、家族に向けるものとしてはよそよそしいものである。

 

「どうして……どうしてアンタはそんな風になってしまったの!?」

 

 妹に接する態度を見て、アリアは声を挙げずにはいられない。

 アリアは今まで葉留佳のことは知らなかったけど、この短時間だけでも伝わってきているのだ。

 こいつは、おねえちゃんのことが本当に大好きだったのだろうって。

 

「これだけの力があれば何でもできるのに!?その気になればあたしたちを殺すことだっていつでもできるほどの力がアンタにはあるはずなのにッ!?あたしにアンタほどの力があればきっと――――」

 

 ―――――きっと、ママを助け出すことだってできるはずなのに。

 アリアはどうしてだと叫ばずにはいられない。

 家族(ママ)を助け出すために戦っている彼女にとって、葉留佳の気持ちは痛いくらいに共感できるのだ。

 

 

「どうしてイ・ウーなんかに入ったの!?誰にも負けないだけの力をアンタは持っているのにどうして使い方を誤ったの!?」

 

 こいつにはこれだけ家族だと思ってくれている妹がいた。

 どうして佳奈多は妹の気持ちを裏切ってまでなんでイ・ウーなんかに入ってしまったのだろう。

 そのくせ自分自身の野望が特にあるようには思えない。

 世界を滅ぼす魔女になるだけの力をもっていながらも何もやろうとする気がないようにも思える。

 その気になればなんだってできるはずなのに。

 きっとアリアにこれだけの力があればイ・ウーとだって正面切って戦える。

 そして家族(ママ)を取り戻すことだってきっとできる。 

 家族のためにイ・ウーと戦っているアリアからしたらどうしても理解することができないのだ。

 

「ねえ、どうして!答えなさいッ!!}

「――――――これだけの力っていうけれど、こんなものはなんの役にも立たないわ。私がいつでもあなたを殺そうと思えばできたのと同じように、私だって殺そうと思われればいつでも殺されたでしょう。私が親族たちを殺した時のように、暗殺なら誰にも止めることはできない。そこの葉留佳だって、復讐として私を殺すだけならいつでもできた。ゆえに、テレポートという超能力を有する三枝一族は暗殺特化の暗部の一族でもあった」

 

 テレポートという能力の恐るべきはその汎用性。

 炎を生み出す星伽神社の魔術や冷気を生み出すジャンヌ・ダルクの魔女のように使用用途が限定的なものでもない。ただし、それゆえにテレポートの能力は悪用されかねない。その一つが暗殺だった。来ヶ谷唯湖が葉留佳に超能力(テレポート)のことを秘密にしろと言ったのはこの辺に理由があったりする。葉留佳にどんなことを犠牲にしても成し遂げたいことがあったとしたら、そこに付け込んで協力を約束する代わりにろくでもないことをやらせようと考える輩が出てくるだろう。

 

「そんなことは聞いてないわ!」

「御託はもういいでしょう?いいからさっさとかかってきなさい」

 

 アリアは佳奈多の武器が小太刀であったこともあり、応対するように銃ではなく二本の小太刀を構えて佳奈多に向かっていった。佳奈多もアリアのものよりも短い二刀の小太刀を取り出すが、葉留佳は佳奈多の佳奈多の柄の奥の方に描かれている紋章に気がついた。

 

(あれは確か、ツカサ君がよく使っていた反転四葉のマーク。そしてもう一つは―――――紅葉のマーク?)

 

 一つは四葉公安委員会のシンボルマークとして使われていた茎のついた緑の四つの葉っぱ。

 それを反転して茎を上にして葉を下に描かれたものだ。

 かつて模様を反転することで意味を逆にするものと聞かされたことがある。

 幸運を願って描かれた四葉のマークの反対の意味は不幸になれ。

 

(四葉公安委員会なんて滅んでしまえという意味だとか言って、ツカサ君が用いていた紋章だ。でも、もう一個の紅葉のマークは何のマーク?)

 

 五本に枝分かれした紅い葉っぱ。こんな特徴な葉は秋の紅葉しかない。

 片方に反転四葉マークなんてオーダーメイドの品でないとまず描かれない紋章が使われている以上、あの紅葉マークにも何らかの意味合いがあるはずだが、葉留佳にはその心当たりがない。

 

 カキンッ!!カカカキーンッ!!

 

 葉留佳が自分が分からないことがあることに混乱しているのと同時、アリアも時を同じくして一つの疑問にぶち当たっていた。アリアと佳奈多の小太刀二刀流同士の戦いは傍から見て入れば互角に見える。二人の間に絶対的なまでの差が付けられているとは思わないだろう。けど、実際のところそうでもなかった。

 

(こいつ……まさか)

 

 まだ超能力を使えるだけの回復をしていない葉留佳は無視してもいいとしても、佳奈多は目の前に立つアリアだけでなくキンジの援護を気にする必要がある。けど、いつでもアリアを盾にできる位置を確保しつつアリアの剣劇を軽く受け流している。佳奈多の剣は白雪の剣のように何か特別な型を使っているわけでもなく、一撃一撃が決して重たいものではない。単に威力だけなら白雪やジャンヌのものの方が大きいだろう。けど、今までアリアが見てきた剣の中では誰よりも速かった。佳奈多とアリアの剣の速度の差は現在はそんの小さなものであるけれど、詰将棋のように小さな差を大きくしていきアリアを追い詰めていく。元々銃弾を叩き落すほどの剣速を持つ佳奈多だ。一瞬でも隙を見せれば間違がいなく殺られる。頭では分かっていたとしても単純な速度の差は頭脳では埋まらない。

 

「どうしたの?徐々に反応が遅れてきているわよ。仮にも峰さんが越えようとしている存在がこの程度のわけがないでしょう。もっとあなたの力を見せてくれない?」

「……アンタの動き、構え方といい理子のものと似てるわね」

「それはそうでしょう。彼女に戦いを叩き込んだのは私だし、似ているのは当然よ。分かったらもっと本気で来なさい。峰さんを撃退したという力を見せて頂戴。出し惜しみして私に殺されても知らないわよ」

「超能力は使わないの?」

「私の超能力は基本的に初見殺しの暗殺用だしね。試しに一度使って失敗している以上はこれ以上使うのもかっこつかないし、なにより今はもっと剣で遊びたい気分なの」

 

 佳奈多が超能力が強いだけの魔女ではなく、素の能力からして諜報科(レザド)Sランクというのは嘘ではない。強襲科(アサルト)のSランク武偵であるアリアと真っ向勝負で戦えるだけの実力があるのなら、どうして諜報科(レザド)になんて所属していたのだとも思ったものの、アリアは本当に気になっていたのはそのことではなかった。

 

(……こいつまさか、剣の才能がないの!?)

 

 何というか、佳奈多には才能を持つ者がかもしだす特有の感覚のというものが一切感じられないのだ。

 来ヶ谷唯湖のように才能の塊のような人物の剣にはやはりそれが見られる。

 だが現に、今佳奈多の剣はアリアに追いつくどころか軽く上回っている。

 強襲科Sランク武偵の全力を、ちょっとした遊びの気分で受け流している。

 決して才能に恵まれないが、努力して努力してようやく手に入れることができた剣。

 佳奈多が今までどれだけ努力してきたのかが明確に分かる剣であった。

 

 ――――――ねえ佳奈多。何を思ってそんな剣を手に入れたの?

 

 仮に才能があったとしても今の佳奈多のレベルの剣を手に入れるには執念じみた努力がいるはずだ。

 佳奈多の剣はきっと、夢を描いて執念じみた努力をしてきたときの産物なのだろうとアリアは思った。

 そこにはきっと確かな願いがあったはずなのに、今の佳奈多にはおそらくそれがない。

 だからこんなに無気力そうで何もする気がなさそうな怠惰で強いだけの魔女が生まれてしまった。

 もう何もかもがどうでもいいとすら思っているから人に何を言われても怒ることもない。

 気に食わないという理由ですぐに暴力に訴えることもない。

 

 だからいつもそっけない。愛想だってない。人に対する遠慮だってない。

 

 実際に剣を取って戦っているからこそ伝わってきた佳奈多のことを思い、アリアはどうしようもなく悲しい気持ちになる。アリアが佳奈多とまともに話したのは昨日の地下迷宮の時が初めてだったけど、たった一日とちょっとの時間でも大体の人となり理解したつもりだ。

 

 ―――――こいつはきっと、そんな大げさなものを望んだわけじゃないんでしょうね。

 

 パトラという魔女は、かつて自分が世界の覇王(ファラオ)になるために戦争を起こそうとしたらしいけど、こいつがそんなことを考えるとも思えない。

 

「アンタはいったい、何を求めているのッ!?一体どんな夢を失ったのよ!?」

「夢?」

「だってそうでしょうッ!夢がなければわざわざイ・ウーに入ることもなかったはずよ!」

「私の臨んだことならもうかなった。これ以上望むものなど何もないわ。強いていうなれば、あとの望みとして私が殺される前にやって起きないことはある」

「誰がアンタを殺せるっていうのよッ!!アンタが考えている敵って誰よッ!!」

 

 私が死ぬ前に、ではなく殺される前に。

 強襲科(アサルト)のSランク武偵の攻撃を涼しい顔で軽く流しているような奴がいったい何に殺されるというのだろか。

 

 

「―――――――私には殺しそびれた超能力者(ステルス)がいる。そいつを殺すために私はイ・ウーにいる」

 

 佳奈多の言葉に反応したのが一番早かったのは葉留佳であった。

 殺しそびれた超能力者(ステルス)と聞いて、葉留佳にはすぐに思いつくような心当たりがないのだ。

 けどもしかしたらと思うことがあった。

 

「待っておねえちゃん。私のほかに一族の生き残りがいたの?誰?まさかツカサ君?」

「―――――ああ、そういう奴もいたような気もするわね。けど違うわ葉留佳。あなたが気づかなかったのも無理はないけど、私たちの他にも三枝一族の超能力者でしぶとく生き残った奴はいるわよ。そいつも私の標的(ターゲット)ね」

「じゃあ、私がそいつら全員を殺したらまたずっと一緒にいてくれる?」

 

 葉留佳が希望を得たとばかり笑顔で微笑みながら言った言葉に、アリアとキンジの二人はうすら寒いものを感じてしまった。こいつは今、笑顔で何を口にした?どこか歪んでしまっているのは佳奈多だけではなかったのだ。妹の方もどこか壊れている。姉へと向ける行き場がなくなった愛情は狂気をはらんでいた。佳奈多が何か言うより先に、ケータイ電話がなった。それと同時、佳奈多は一気に剣の速度を上げたと思えば一瞬遅れたアリアの腹を蹴り飛ばして距離を取った。そして、キンジから向けられている銃なんて一切気にも留めずに佳奈多は携帯を取り通話を始める。

 

「今取り込み中なの。悪いけど今度に――――――――――は?ああそう。分かったわ。今から行くわ」

 

 ケータイをしまうとすぐに、佳奈多は持っていた小太刀が粉々に砕け散る。

 散らばった刃の破片は地面に落ちると同時、徐々に薄れて消えていった。

 

「残念だけど用事ができたの。これ以上あなたたちに構っていることはできないわ。ごめんなさいね」

「ま、待ってよかなたッ!!」

 

 背を向けて歩き出した姉を葉留佳は呼び止める。

 彼女には武力で姉をどうこうしようにもできない。縋り付くように名前を呼ぶだけであった。

 

「今の電話はいったい誰から!?用事っていったい何!?」

「……あなたには関係のないことでしょう」

「じゃあ、私もかなたの仲間に入れてよッ!!」

 

 歩いていた佳奈多の動きがピタと止まる。

 彼女は妹に顔を向けることはなかったけど、妹の主張を確かに聞いていた。

 葉留佳はまだ荒い息のままであるが、それでも必死に言葉を紡ぐ。

 

「私、なんでもするよ。泥棒でも人殺しでもかなたのためならなんだってやるよ。昔かなたが私のためになんでもできると言ってくれたように、私だってなんでもやるよ。だから」

「――――――葉留佳。今のあなたが私と一緒に来たとして、できあがるのは虚しい家族ごっこでしかないわよ。家族ごっこがしたいなら母さんたちで充分でしょう。私に利用されるだけ利用されて、用済みになったら捨てられて殺されるわよ」

「それでもいい!!表面すら取り繕えなくなったら本当にすべて終わってしまうッ!!だから私と一緒に―――――」

 

 私と一緒にいてほしい。

 その言葉が実際に口に出されることはなかった。

 超能力(テレポート)で葉留佳の正面に現れた佳奈多は、無言で妹の腹部を蹴り飛ばした。

 そのまま前に崩れ落ちて意識が飛びつつあった妹を前に、佳奈多は一言で切り捨てる。

 

「迷惑よ」

 

 葉留佳は最後、何かを呟いてそのまま気絶してしまう。

 近くにいたアリアは葉留佳が最後に言った言葉を聞くことができた。

 

 ―――――かなたおねえちゃん。

 

 悲しい結末を迎えてしまった姉妹のことを思い、アリアはいつの間にか涙を流していた。

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 

「ここにいたのか」

「あら峰さん。遅かったわね。ちょうどよかったわ」

「何かあったのか?」

「やることができたから私はもう行くわ。でも、暴れたりないやつがいたら相手してやってくれないかしら?ねえ遠山キンジ」

 

 やってきた理子にそう言い残して、佳奈多は一人戦意を喪失せずに睨み付けてくるキンジを無視して去っていこうとした。

 

「待て二木ッ!!お前、こいつを見てなんとも思わないのか!?家族なんだろ!?」

「その言葉は私ではなくあなたのお兄さんに言ってやりなさい。魔女への愛情に狂ってしまったあの男がその言葉でどんな顔を見せてくれるのか、反応を見てやれないのはとても残念だけどね」

「お前、やっぱり俺の兄さんのこともなにか知ってるなッ!!」

「さぁてね?どこぞの無能武偵のことなら私より峰さんの方が詳しいわよ。だから、知りたければ精々峰さんと旨いこと交渉でもするものね。力づくの手段に出たら私からの社会的な攻撃材料になるだけだから精々頑張りなさい」

 

 もう言い残すこともない。佳奈多はキンジたちの顔すら向けずに一瞬でその場から姿を消した。

 

「――――――で、お前たちはどうする?まだ暴れたりないならあたしが相手してやってもいいけど」

 

 問いかけた理子の言葉に返事を返したのはアリアであった。

 

「――――――いいわよ、もう」

「アリアッ!!」

「もういいわ。佳奈多に対する腹いせに理子と戦ってもむなしいだけよ。キンジ、アンタだって分かっているんでしょ?佳奈多をどうにかできるのはあたしたちじゃない。あたしたちができちゃいけないと思う。もしあたしたちだけで佳奈多を変えられるのなら、こいつが報われない」

 

 床に転がって気絶している葉留佳を見てアリアはこう思う。

 佳奈多を正気に戻すのは、こいつだといいな。

 誰よりも家族だと思って大切に想っている人間を差し置いて、佳奈多の心を変えることがあっちゃいけないとそう思う。

 

「それで理子。アンタは話を聞かせてくれるのかしら」

「ああ。お前のママの裁判の証言くらいはしてやるさ。その代わりやってほしいことがある。やってくれたらキンジの兄について教えてやってもいい。うまいこと佳奈多の協力だって取り付けてやるさ」

 

 実のところ、ここで断るという選択肢はキンジたち二人にはない。佳奈多が意味深なことを言い残して消えた以上は何が何でも兄のことを知ろうとしているキンジはどんな手がかりでも見逃すわけにはいかないし、何より佳奈多に下手な嫌がらせでもされたらたまったもんじゃない。ジャンヌの司法取引について佳奈多が担当していた以上、アリアの母親の冤罪についての裁判の証言について消し去ることだってやろうと思えばできるはずだ。佳奈多自身そんなことをするやる気があるとも思えないが、どのみち詳しい佳奈多の立ち位置を知らない以上判断もできない。

 

「何をやれっていうの?」

 

 一体どんなことをやられるつもりかとアリアは緊張しながら聞いてみるが、理子はアリアの不安を払拭するかのようにニッコリと微笑みながら宣言した。

 

「一緒にドロボーやろーよ」

 

       ●

 

 理子がアリアたちに提案を持ち掛けるとほぼ同時刻、病院に運ばれて眠っていたままの少年少女のうちの少年の方がようやく目を覚ました。

 

「うぅ……なんかいつになく頭がくらくらする。ここはだれで僕はどこだっけか」

 

 彼が大泥棒を名乗る少女と再会するまで、後少し。

 

 

 

 

 

 




これ将来的にはキンジも人のことを言えなくなるんですよね……。
そう思うとなんか悲しい気持ちになりそうです。

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