どうしてだろう。親族たちが訪ねてきたあの日から、どこかお姉ちゃんがおかしくなってしまったような気がする。性格変わったとかそんなんじゃない。でも何か様子が変だ。何か考え込むことが日に日に多くなっているような気がする。私を話しかけてもどこか上の空であり、お姉ちゃんがお仕事から帰ってきてもすぐ休むと言って引き込まってしまう。
「ただいま」
私が学校に通い始めたころ、私が帰ってきたときにはいつもお帰りなさいという佳奈多の声が返っててきていた。なのに、今玄関はしーんと静まり返っているだけだ。このところずっとそうだ。誰もいないのならともかく、今までいるのに返事をしないことなんて疲れ切って寝ているときぐらいだったのに。
(佳奈多の靴はある。帰ってきていないってわけじゃないのに……)
お姉ちゃんは臨時の休暇をもらったからと、最近は家にいる時間の方が多い。
いつもは休みをもらう時は、大抵わたしと何かをしていた。
一緒に買い物に行ったり、一緒に何かおいしいものでも食べに行ったりだ。
けれど今は家で何をするでもなく、ぼんやりと何か考えながら過ごしていることが多くなっていた。
公安0の仕事がどんなものであるか、私は知らない。
例え家族であっても仕事の内容については秘匿義務があるらしい。
事件の存在そのものが公になった時点で大問題になるような案件ばかり抱えているようなところだ。
疲れることもある。泣きたくなることだってきっとある。もうやめたいということだってあるだろう。
それでもなお、佳奈多が公安0の仕事をやめない、やめられない理由をもう私は気づいている。
(―――――ねえ、佳奈多。公安0なんて危険な仕事をやっているのは私のためなんでしょう?)
佳奈多はそもそも争いや戦いというものが好きではないのだ。
性格的に、そもそも争い事には向いていないのだ。
こんな一族の中に生まれてこなかったなら、超能力なんて持っていなかったのなら自分から武偵になろうだなんてことは考えないはずだ。今武偵として働いているのは、すべて私のためにやっているのだろう。
お姉ちゃんは今まで私のためにたくさんのことをしてくれた。
三枝の家でいらないものとして扱われていた私に大好きだって言ってくれた。
私と一緒にくらすことを武偵としての実力を示して親族たちに認めされた。
いろんなことを学ぶために学校に行かせてくれた。
なにより、私に家族というものを教えてくれた。
対し、私は佳奈多に何をしてあげられたのだろう。
やってもらったことばかりで、何もできていなかったように思う。
私と佳奈多は、そもそも超能力を持っているかということぐらいしか違わないはずなのに。
「お姉ちゃん。電気ぐらいつけなよ」
なのに、明らかに様子がおかしい佳奈多に私はしてあげられない。何をすればいいのかも分からない。
八畳の部屋で寝転がって、ぼんやりと天井を見上げている佳奈多にどういう言葉をかけたらいいのかもわからないのだ。ツカサ君に何があったのかを知っているのなら聞きたいとは思ってる。でも、これ以上我儘を言って負担をかけるようなことはやりたくない。だから私が言えるのは、
「どうしたの?」
たったこれだけであった。
それ以上の言葉は口から出てこなかった。
「……別に。来週にもまた親族会議があるでしょう?それが鬱なだけよ。ここ最近ボイコットしていたけど、今回はどうにも行くことは避けられなさそうだしね」
「そういえば、最近よく親族会議をやっているよね。四葉公安委員会の方で何かトラブルでもあったの?」
「……トラブルか。トラブルね」
「うん?」
どういうわけか分からないけど最近親族会議が開かれるペースがここのところ早いように思う。
まだ私が三枝の屋敷にいたころ、佳奈多と会えるのは親族会議のために三枝本家にやってくる日だけだったからよく覚えている。あのころは大体三週間に一回くらいの頻度だったはずだ。それが、今では一週間に一度は必ず行われている。親族会議の場所となっているのは毎回違うみたいだど、今度はこの四葉の屋敷で行われるらしい。
「あいつらと顔を合わせたら揉め事しか起こらないわよ。ねえ葉留佳。確か会議の日も学校があったわよね?あいつらと顔を合わせないように帰ってくるのは遅くにしなさい。間違っても早く帰ってこようとはいないでね。あいつらに何か言われて落ち込むあなたの姿なんて見たくはないんだから」
「あ、うん……でも大丈夫?」
「何が?」
「よくわからないけど、なんだか嫌な予感がするの。みんな最近何かおかしいよ。ツカサ君もいきなりいなくなちゃったし、お姉ちゃんもあの日からなんだか変だし」
様子がおかしいのはお姉ちゃんだけじゃない。ツカサ君だって急に消えてしまった。親族たちだって急に親族会議を頻繁に開くようになった。何かが起きようとしている。それがいい変化をもたらそうとしているものなのだとしても、私にはこのままでいいのだ。家族が近くにいてくれる、それだけ変わらないのならそれでいい。
「お姉ちゃんは、ツカサ君みたいに急にいなくなったりしないよね?」
だから、私が知らなかったた佳奈多の一面を知った時、私は動揺した。
親族たちへの怨念を表に出し、別人のようになってしまった佳奈多をもう見たくはなかった。
何もこの一族の中に生まれて辛い思いをしているのは私だけではないことなんて分かっていたはずなのに。私以上に佳奈多の方が苦労して努力しているはずなのに。
「……ねえ、葉留佳」
「なぁにお姉ちゃん」
「私と一緒に―――――――――いや、なんでもないわ」
「遠慮しなくていいよ。私、何でもするから。どんなことでも我慢するから。だからなんでも言ってよ」
「…………」
「かなた?」
佳奈多は何も言わなかった。私にどうしてほしいとも、何かやってほしいとも言わない。
――――――私と一緒に。
佳奈多は今、何を言おうとしていたんだろうか。
佳奈多が私のためにいろいろとやってくれたように、私だって佳奈多のためならなんでもできる。
どんなことを言われたって、佳奈多と一緒なら怖くはない。さみしくもない。
「やっぱり何でもないわ」
「えー。ここまで引っ張っといて何もないなんてあり?」
「私は忙しいの。悪いけど、葉留佳に構ってばかりもいられないわ。また今度ね」
「ブー、ブー!!」
お姉ちゃんはいつも仕事で忙しいから、私には構ってなんかいられないのだと口にする。
そのくせ何かあるごとに心配性の姿を見せてうろたえて、必死にそれを隠そうとする。
言動と行動が全く噛み合っていないのだ。
いつも冷たいようなことを言っておいて、実際は温かな笑顔を向けてくれる。
私の家族はそんな人だ。だから、いつもと変わらないそっけないような態度が今は逆に心地よかった。
お姉ちゃんは何も変わっていない。
これからもずっと、一緒にいてくれる。私はこの時、そう思ったのだ。
だから、今度の親族会議の夜だって何事もないと思っていた。
また喧嘩になるようなこともない。そう思っていたけど、会議が終わったであろう時間に戻る私の足は徐々に早足へと変わり、自分では気づかぬうちに走り出していた。
日が沈みきった夜の時間とはいえあまりにも静かすぎたのだ。
こういった会議の日は、親族どもが夜遅くまで宴会をして騒いでいる。
いつもは聞きたくもない薄汚い笑い声がずっと聞こえていた。
会いたくもなく、声だって聴きたくもない人たちの声だったのに、今はまったく聞こえてこないことに不安がつのってきていた。
「え……ねえ、ちょっと……」
そして、私は会議が終わる頃を見計らって屋敷に戻ってきた私が見たのは、胸を切り裂かれて倒れている親族の叔父たちの姿だった。あんなにも憎らしかった親族たちが今、こうして目の前で死体となって倒れている。現実とは思えなかった光景に、殺されたという事実を受け止めることができない。そしてすぐに私の意識は別の方へと向いた。
―――――――お姉ちゃんは、どうなったの?
憎らしい奴らではあったけど、実際こいつら三枝一族の
こいつらにかてるやつらがいるなんて想像すらできなかった。
それでも一人二人ならともかく、死体となって転がっているのは何人もいる。
もう殺された親族たちのことなんて頭になかった。
私の頭にあったのは佳奈多お姉ちゃんがどうなったのか、それだけが不安だった。
「かなた、ねぇ佳奈多!どこにいるのかなたお姉ちゃん!!」
たった一人の家族の名前を叫びながら、屋敷の中を走り回るが、どこに行っても死体しかない。
死体。死体死体死体。
屋敷の扉を開くと嫌でも目にすることなった死体を見るにつれ、佳奈多もこうして死体として転がっているのではないかと怖くて仕方がなかった。
―――――嫌だよ佳奈多。私を一人にしないでよ。
ツカサ君がいなくなってしまったように、佳奈多までどこかに行ってしまう。
そのことを想像するのが怖くて私は考えるのをやめていたんだ。
ちょっと考えればわかったはずだ。
こいつらを殺せるほど強いやつがいるとしたら、それは一体誰だ?
親族連中に恨みを抱いていて、なおかつバカみたいな強さを持つ
わたしは、そのことを考えもしなかった。
だから、佳奈多の後ろ姿を見つけた時には無邪気に安心してしまった。
「お姉ちゃん!無事だったんだね!!」
「……はるか」
「大丈夫?ケガなんてしていない?生きてるよね?死んでないよね?殺されていないよね?」
「ええ。私はかすり傷一つとしてもらってないわ」
「じゃあよかった。死んだのはあいつらだけだったんだね」
「……ハハ。アッハハ。アハハハハハハハハァアアアアアア」
私の言葉を聞くと、佳奈多は何が可笑しかったのか急に笑い出した。けれ、それは誰かに私に向けられたものではない。そこには温かさなんてものはなく、今にも消えてしまいそうなほど儚く脆い笑顔があるだけだ。私はその笑顔が怖いと思った。
「大丈夫だったか?ケガはなかったか?私が生きていてよかった。葉留佳から出てきたのだ出てくるのはそんな言葉か。いい気味ね。アンタらは殺されてもなお、心配すらされていない。気にも留められていない。ねえ、今はどんな気分かしら?ねえ、ねえ、ねえ!!」
殺された親族の頭を何度も何度も踏みつけながら、いい気味だとほくそ笑む佳奈多を見て、聞く前に悟ってしまった。何よりお姉ちゃんが手にしている二本の剣が血まみれになっていることに気づいてしまったし、お姉ちゃんがいい気味だと笑っている相手を見てしまう。
「幹久叔父さん?」
ツカサ君のお父さんで、私たちを一緒に住まわせてくれた恩人を佳奈多は踏みつけているのだ。
もはや疑いようがない。
「お姉ちゃんが……おじたちを殺したの?」
「ええ。そんなこと見ればわかるでしょう?」
「なんで……なんでこんなことしたの!? 確かにこいつらは気に食わない存在だった!!ずっといなくなればいいとも思っていた!!だけど、何も殺すことないじゃない!!!」
「勘違いしているようだけど、何も私は恨みつらみから復讐に走ったわけではないのよ。わざわざ復讐してやる価値もない」
お姉ちゃんは、笑う。
その笑みはとても残虐で、快楽に身を委ねたかのような恍惚とした表情を見せる。
「葉留佳。私ね、この世の天国を見つけたのよ」
「天国?」
「ええ、イ・ウーってところ。そこは何物にも縛られることなどなく、真の自由を手にする頃ができる場所。けど、生憎と私は公安0なんて仕事をやっていたからね。どうしたところでスパイだと疑わえてしまうから、その疑いを晴らす必要があったのよ」
「そのために、あいつらを殺したの?」
「ええ、どのみち私にとっては死のうがどうなろうが知ったことじゃない連中だったしね。さて、後は葉留佳、あなただけか……」
「え……?」
佳奈多は何も言うことなく近づいてくる。
血で真っ赤に染まった刀が迫るにつれて、ようやく自分自身の命すら危ういと感じた。
「私も……私も殺すの?」
「殺せないとでも?確かにイ・ウーというものを知る前の私にとって、葉留佳は私のすべてであった。けど、イ・ウーという素晴らしいものを知ってしまった今、イ・ウーの前ではあなたの存在ですら私にとっては他愛のないことにすぎないの。ささやかな愛情も何もかも、今となってはどうでもいい。だから、こんなこともできる」
お姉ちゃんは髪留めに触れる。
超能力を使い、わざわざ髪から取り外すまでもなく手に加えた髪留めをそのまま地面に落とし、
―――――――パリンッ!!
右足で踏み砕いた。
いつか二人、一緒に手を繋いで両親に会いに行きましょう。
ずっと一緒だと約束してつけてきたビー玉のデザインの髪留めが今、目の前で粉々になっている。
佳奈多がずっと大切にしていたおそろいの髪留めをイブンの意志で破壊したという事実を受け止めることはすぐにはできず、私は一歩引いてうろたえてしまう。
「ハハ。あんなに大切にしていたはずなのに、何も感じないわね」
「う、嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だっ!!こんなのお姉ちゃんじゃない……だって」
「だって?殺される前の現実逃避はいい加減にやめたらどう?私はこれから天国へ、イ・ウーへ行くわ。そこで真の自由を手にするの。こんな一族にいたところで未来はないし、殺人ライセンスを持たされるような公安0の仕事なんかやっていたってどのみち使い潰されて終わるわけだけよ。じゃあね葉留佳、何か言い残したいことでもある?どうせ最後なんだし、せっかくだから聞いてあげるわよ」
こんな一族になんかいたくはない。
ずっと前から思っていたことだ。もしも私たちは生まれたのが超能力なんて使う一族なんかではなく、学校の同級生たちのような一般家庭だったのならよかったと、ずっと思っていた。
「あなたの信頼と愛情を裏切った私が憎い?それとも、こんな一族に生まれ落ちた自分の人生が嫌?なんてもいいのよ、言ってみなさい。どうせ最後よ、言ってみなさいな」
だけど、それと同時にこうも思う。
こんな一族の中に生まれ落ちた私だけど、一族の疫病神として疎まれて生きてきたけれど、私にとってはお姉ちゃんさえいてくれたらそれでよかったんだ。だから、ここで死ぬとしてもこれだけは言っておこう。ずっと言われていたのに、私からは言っていなかった言葉がある。だから、ちゃんと伝えておこう。
「大好きだよ、お姉ちゃん」
本来こういうことは笑顔で言うべきなんだろう。今の私は殺されるのだと怖くて仕方ない。だから涙目になっていたし、声だって震えていた。私はここで殺される。でもそれならそれでいいか、と思い始めていた。佳奈多がどこか遠くに行ってしまうのなら、生きていても仕方がない。どのみち佳奈多がいない世界なんて、生きていく価値もない世界でしかない。
目をつむり、やってくるであろう痛みに震えていたが、いつまでたっても想定して死という現実がやってこない。この代わり、頭をガシッ!っと握りしめられたかと思うと、頭の中がガンガンガンと響き始めた。
「ガ、ア、ア、ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
頭の中に何かが、何かが入ってくる気がする。
風邪をひいて熱を出した時の感覚ともまた違う、何か得体のしれないものに押しつぶされそうになる感覚だ。
私はどれだけの間のたうち回っていたのだろう。
冷たい地面に倒れこみ、涎と涙と悲鳴をまき散らしていたのかはわからない。
再び意識がはっきりした時にはもう、ロクに立つ頃もできず、佳奈多の姿すらはっきりとは見えなかった。
「な、何をしたの!?」
「……気が変わったわ。どうやら、私は自分のことを間違って認識していたみたい」
「……なにを、言って」
「葉留佳。私はあなたに、自分が思っていた以上の愛情を注いでいたらしいわ。だからそんな言葉が出てくるのよ。私があなたに注いだ愛情の分だけ、それは返ってきた。なら、別のものを与えてみようと思ったまでよ」
「かなた……どうしちゃったの?なんでそんなこと言うの?それじゃまるで」
まるで、これまで佳奈多が私と過ごしてきたのは、何か思惑があってのことのようじゃないか。
「私の超能力の一部を葉留佳に注ぎ込んだ。双子の超能力者にはおもしろい現象が起こる。もともと双子は二人で一人という考え方があるし、特有の魔術だって存在している。これはその、双子の超能力者特有の現象の一つ。これであなたもしばらくしたら超能力を使えるようになるはずよ」
「超……能力?」
「気が変わったわ。私はあなたがこれからどうなるのか見てみたくなったわ。だから殺すのは止めにしておいてあげる。その超能力を手に入れて、何に使うかはあなたの自由よ。あなたはずっと、私の超能力のことを羨ましいと思い、妬んでいた。さて、精々楽しませてね」
超能力がどうだとか、そんなことを考えている余裕はなかった。
頭の痛みこそ収まってきたけど、なんとか意識を保つだけでもこれだけで手いっぱいだ。
「これからあなたがどうするかは自由よ。あなたの信頼を裏切った私を殺しに来るもよし、超能力なんて一切気にせず今までのように学校にでも通い続けるのもよし。あなたがこれからどうなるのか、楽しみにしておくわ」
「ま、まってよ――――」
このままじゃ佳奈多はどこか遠くに行ってしまう。
なんとか引き止めなきゃいかないのに、ぼんやりとする頭では佳奈多の顔だってはっきりとしない。
けど、この場に第三者がやってきたことはわかった。
「佳奈多ちゃん、別れはすんだ?」
「―――――――カナ」
どうやら名前はカナとかいうらしい。長い茶髪の美人がそこにはいた。
意識がもっとはっきりとしていたら、きっともっと素敵な女性に見えたのだろう。
ただ、どうやらこいつは顔とは違って内面は悪魔に等しいらしい。
こいつを見た佳奈多は、露骨に顔色を変えた。
先ほどまでは全く見せていなかった侮蔑の表情を、カナに対してみせたのだ。
「よくもまぁ、あなたがこの私の前にのうのうと姿を見せることができたものね。なに?正義の味方として、人殺しは許せないとかいう欺瞞のために魔女を始末しにでも来たの?それとも、あなたの大好きな魔女を殺しかけたかことが原因かしらね。それならそれでお勤めご苦労なことね」
「……イ・ウーからの迎えとして来ただけよ。それじゃ行きましょうか、佳奈多ちゃん」
「指図しないで。私には、あなたを殺す理由こそあれど、感謝するような理由は何一つとして存在しない。なんならここでもう一つ死体を増やしておきましょうか。アンタが死ねば、あいつは悲しむでしょうからね」
「嫌がらせのためだけに人を殺すの?」
「カナ。覚えておくといいわよ。正義の味方だかなんだか知らないけど、あんたは何もわかっていない。あなたじゃ私を殺せない。殺せたとしていも意味がない。こんな魔女を生み落した時点でアンタは失敗したのよ」
そして、佳奈多は私を見た。
そこにはカナにぶつけていた侮蔑の表情は消えていた。
「人間は誰だって魔女になれるか可能性を持っている。さあ葉留佳。あなたは一体どうなるのかしらね。じゃあ、今度会う時にどうなっているのか楽しみにしておくわ」
「ま、待ってよかなた。行かないで」
待って、待ってよかなた。この場から立ち去ろうとするお姉ちゃんに呼びかけようとしても、もう声を出てこない。意識がもうろうとすする。それでも必死に背中を追いかける。そんなに早く遠ざかっているわけじゃないのに、フラフラで足取りもおぼつかない私ではどんどん離れていってしまった。けど、私は見た。見ることができた。佳奈多は最後にちらっと、私と一瞥した。そして、その時の佳奈多は―――――
「……お前か」
―――――泣いていた。
声には決して出さなかったが、一筋の涙が頬零れ落ちていた。
「お前かァァアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
気が付いたら私はその場から一瞬で離れ、カナとかいう女の目の前へと移動していた。
「お前、一体わたしのかなたに何をしたッ!!」
どうやったのか分からない。超能力『
「お前が私の
一瞬で移動した私は感情のまま殴りかかった。
「私のかなたを返せッ!!たった一人の私の家族を返せッ!!」
けど、私の拳が当たることなんてない。
割って入るように超能力で正面に現れた佳奈多に地面に叩きつけられた。
(――――そんな顔しないで、お姉ちゃん)
佳奈多は今、自分がどんな顔をしているのか分かっていないのだろうか。
何もできずに気を失う前に見たのは、泣いている家族の姿であった。
このままイ・ウーとかいわけがわからないものにたった一人の家族を連れていかれてなるものか。
そう思うのに、私の意識はこのまま暗闇へと引きずり込まれていった。