Scarlet Busters!   作:Sepia

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Mission95 Episode Haruka⑤

 

 私が目覚めたとき、そこはどこかの病院であった。

 他に誰の気配も見せない個室である。

 どうして私は今こんなところにいるのだろう。そんなことをぼんやりと考えて、すぐに思い出した。

 

(――――――――佳奈多ッ!!)

 

 一瞬で意識が冴えわたる。眠気など一瞬で吹き飛んでいた。

 だが、どうにもそれが現実だという実感がどうしても湧いてこない。

 きっとそれは、どうしても認めたくないということでもあったのだと思う。

 あれはきっと私が見た夢なのだ。私が病院なんかにいるのはきっと、急な熱か病気で倒れてしまったからなのだと必死に言い聞かせる。事実をごまかし、直視しないようにしている。

 

 でもその内容は、血のつながった親族たちともう会えないという悲しみによるものではない。あんな奴らなんでどうでもいいのだ。野垂れ死のうが殺されようが、正直知ったことじゃない。そして、たった一人の家族が血のつながった人間を殺して笑っていられるような殺人鬼となってしまったことに対してでもなかった。佳奈多がどんな人間になろうが、昔と変わらずいてくれるならそれでいい。

 

(う、嘘だ嘘だ。佳奈多が私を捨てたなんて嘘だッ!!)

 

 佳奈多に捨てられた。私はそのことを受け止めることがどうしてもできなかった。

 私は佳奈多にとって、重荷に過ぎないのではないか。

 そう思うことは何度もあった。

 姉妹と言っても双子の姉妹である私たちは、元々生まれは超能力の有無ぐらいしか明確な差はないはずなのだ。それなのに私はいつも佳奈多から助けてもらって、なんでももらっているばかりで、私は何もしてやれることななかった。いつも迷惑ばかりかける私のことなんて、いつか嫌いになってしまうんじゃないかって考えたことだって何度もある。だが実際に捨てられた今、その現実をどうしても受け止められない。何度も考えは不安になっていた。なのに、今となってはありえないことだと言い聞かせるしかできない。

 

(……そうだ。これはきっと夢なんだ)

 

 こんなものが現実であってたまるか。取り敢えず部屋に飾ってある花瓶で私の頭でも叩き割れば、夢から覚めることができるだろうか。おはようって言って、また穏やかな笑顔を見せてくれるのだろうか。とりあえず試してみることにした。ベッドから起きて花瓶でも取りに行こうかと思ったとき、どういうわけかベッドから出なくても手が届くような気が来た。

 

「……なに、この感覚?」

 

 すると、どういうわけかベッドから出なくても花瓶に手が届くような変わった感覚に襲われる。よくよく考えると花瓶だけじゃない。今いる個室の病室においてあるものなら何でも手が届くと感じたのだ。どうしてだろう。部屋のどこに何があるのかが、はっきりと伝わってくるのだ。この部屋の間取りが具体的な感覚として理解できる。例えばどこか点と点を結んだ距離でも聞かれでもしても、おそらくセンチメートル単位で正解を叩き出せる自信があった。

 

「あイタッ!!」

 

 結論から言うと、私はベッドに寝転がった状態だったものの三メートルは離れた場所にあるであろう花瓶を一秒ともかからず手に取ることができた。なんてことはない。『空間転移(テレポート)』を使って、三メートルという物理的な距離を無視して花瓶をつかんだだけのことだ。どうやって超能力者(ステルス)は超能力を使っているのかいつも疑問に思っていたが、こんなものは理屈じゃなかった。右腕を握る。目を見開く。そんな何気ない行動を行うような気軽さで使うことができたの。ただ、超能力を使う前の状態がベッドに横たわったままだったから、花瓶をつかむと同時にバランスを崩して尻もちをついてしまったが。

 

「………」

 

 自分が超能力を今実際に使ったにもかかわらず、自分が超能力者(ステルス)になったという自覚が持てなかった。

 親族たちから一族の疫病神として扱われてきたのは、超能力を持たずに生まれてきたから。

 だからずっと、私は心のどこかで超能力は選ばれた者にしか使えない特別なものであるという思いがあったのだろう。もしも超能力があったら、もっとお姉ちゃんの力になることができたのではないか。もっと色んなことを知ることができたのではないか。ツカサ君には否定されたけど、超能力者(ステルス)を持っている連中が羨ましいと思ったことがないわけではないのだ。少なくてもあの親族たちには蔑まれずに済んだだろう。自分が疫病神なのだとして殴られることもなかっただろう。必死こいで聞いてもくれない謝罪を泣きながら叫ばなくても済んだのだろう。

 

 でも、超能力を手に入れた今、私はうれしいなどとは思わなかった。

 

「―――――――――こんなものを」

 

 うれしいどころか、浮かんできたのは怒りであり、失望であった。

 ずっと欲しかったものを手にしたとき、下らないものだと理解してしまった時と同じだ。

 

「こんなものを、特別なものだと思っていたの?」

 

 昔、佳奈多が初給料をもらったのだと言ってファミレスへと連れて行ってくれた時、超能力は便利だけど取るに足らない能力だといった。それでもあるに越したことはないものだとずっと思っていたのだ。

 

「こんなもののためにあいつらは私を疫病神扱いしていたのか。こんなもののために私は殴られなきゃいけなかったのか。――――――――ふざけんなッ!!」

 

 私は手にしている花瓶を地面へと叩き付けた。パリンッ!!という花瓶が割れる音が響き渡るが、いちいちそんなことを気にしてはいられなかった。何かにあたらなければやっていられなかったのだ。

 

(……かなたお姉ちゃん)

 

 きっと佳奈多はずっと昔から気づいていたのだ。別に超能力者ステルスは神様に選ばれた人間というわけでも何でもないのだ。親族たちが超能力者にあらずんば人にあらずと言わんばかりの言い分だったのは、最後までそのことが理解できなかったからなのだろう。だから佳奈多は親族たちとの確執が広がるばかりで、あんな結末を迎えることになったのだ。どうして佳奈多が親族たちとは違い、超能力なんて大したものじゃないなんて考えに至ったのかは私には分からない。けど、たった一人で誰にも理解されずにいたからおかしくなってしまったのだ。ツカサくんはどうだったのかは知らない。四葉よつのは公安委員会なんて滅んでしまえばいいとか平然と公言するような人だったから、ひょっとしたらお姉ちゃんのことを理解できていたのかもしれない。けど、ツカサ君もいなくなってしまった。

 

(お姉ちゃんはこんな能力を持っていたことについてどう思ってたんだろ)

 

 私たちは双子の姉妹。

 違いといえば、超能力を持って生まれてきたかそうでないか。ただそれだけの話であった。

 私は超能力を偉大なものだと思っていたから、私は何もできない役立たずだと思っていた。

 けど違ったのだ。超能力を実際に手にした今ならわかる。

 こんなもの、一体なんの役に立つというんだ。

 確かに武器をとって戦う分にはこれほど便利なものはないと思う。

 でも、こんなものがあるからって、おかしくなってしまった姉がもとに戻せるわけじゃない。

 

(ねえかなた。かなたは私に超能力なんて与えて何がしたかったの?)

 

 いなくなってしまう前、かなたは私に超能力を残して去って行ってしまった。

 わざわざ私を殺すのをやめて、だ。

 そこにはきっと何か意味があるはずなのに、それが何なのか全く分からない。

 

「いや、今更そんなことを考えても仕方がないか」

 

  

 意味を考えたところで、かなたが戻ってきてくれるわけではないのだ。

 それに親族連中がいなくなったことなんて、よくよく考えたら私には何の関係もないじゃないか。

 むしろ自分を否定する奴がみんな消えてくれたことを喜ぶべきだろう。だから、私は、

 

「もう私を役立たずなんて呼ぶ奴はいないんだッ!もう二度とあいつらの顔だって済むんだ。だから、だからッ!!」

 

 だから、ここは精一杯笑ってやろう。

 三枝一族に生まれてこなければよかったなんてことはいつも考えていたことだったはずだ。いずれは一族とも縁を切ることを考えていた。ちょっと予定と狂ったが、これはこれで悪くない。親族たちと縁を切るという夢は叶ったのだ。いやな奴はもうこの世にすらいない。私を否定してきた奴はもうどこにもいない。

 

「だから……わたしはッ!!」

 

 でも、私を肯定してくれる人ももういない。仲がよかったのかはよくわからなかったけど、少なくとも嫌いではなかったツカサ君はちょっと前にいなくなってしまったし、何より家族だと心から思えたたった一人の人間ももういないのだ。何もかもが壊れてしまった。今自分で叩き付けて砕いてしまった花瓶のように、きっと私が壊してしまったのだろう。一度粉々に砕け散ったものは二度ともとに戻ることはない。私はすべてをなくしてしまったのだと思うともう何も考える気が起きなかった。

 

「――――――――葉留佳ッ!!」

 

 そんな時だった。私がいた病室の扉が開いたと思うと、二人の男女の大人がやってきた。私とは親子ぐらいの年齢は離れているだろうか。疲れ果てた表情を隠しきれていない二人は、私と地面に散らばった花瓶の欠片を見て息をのむ。どうして彼らが私の名前を知っていたのかなんてこの際正直どうでもよかった。

 

(……なんだ。かなたじゃないのか)

 

 来てくれたのがかなたじゃない。そのことに落胆してしまったのだ。これが全部夢かなんかで、大丈夫かと言ってかなたが迎えに来てくれる。そんな未来だったらよかったのに。

 

「……葉留佳。今までごめんなさい。迎えに行ってやれなくてごめんなさい」

 

 女の人は、花瓶の破片になんか気にも留めずに私にかけよって、思い切り抱きしめてきた。どうしてだろう。彼女が私を抱きしめる腕が震えていた。

 

「……誰?」

 

 ボソリ、と私の口から出てきた言葉はそんな言葉で、これを言うと私を抱きしめる強さは強くなっていた。なんとなくはわかっていたのだ。この人、なんか私と似ている人だ。もう一人の男の人のほうだって、

今にも泣きだしそうな顔をしていた。

 

「私は、私たちはあなたの……」

 

 涙に込められていた意味はよく分からない。今まで顔一つとして見せなかったことに対する後悔なのか、それとも私に会えたことに対する喜びなのか。

 

『一緒に生きていくならあんな親族たちじゃなくって、私たちを家族だと思ってくれる人たちとのほうがいいでしょう?」』

 

 昔にした約束を覚えている。忘れるわけがない。

 

『いつか二人で一緒に、私たちの両親に会いに行きましょう』

 

 いつか二人、手をつないで。 

 私たちのことを家族だと思ってくれている人たちと一緒に穏やかに暮らすんだ。

 佳奈多も武偵なんていつ死ぬかもわからない仕事なんてやめて、武器を取ることもなく平和に生きていくんだ。 私はずっとそんな未来が来ると信じていて、その夢は叶ったことになる。

 

 佳奈多がいない。

 

ただそのことを除けば、私が夢見たことはすべて現実のものとなったのだ。

 

 

        ●

 

 

 両親を名乗る二人に引き取られた私は、四葉(よつのは)の屋敷を出て彼らの家で暮らすことになった。ずっと夢見ていた両親との暮らしのはずなのに、どうにもうれしくはなかった。佳奈多が公安0の内定を取ったから、四葉の屋敷で一緒に暮らせるようになったと聞いたときはあんなにもうれしかったのに、どうにも喜べない。私はこの家でぼんやりとしているか、家を出て学校に行っていることのほうが多くなった。少なくとも学校に行っている間は、この家にいなくても済む。

 

「そういえば葉留佳、最近学校の方がどうなの?」

「テストが終わっても気を抜くんじゃないぞ」

「そうそう、お父さんの言う通りよ。頑張ってね葉留佳」

「予習復習もしっかりとやるんだぞ」

「……」

 

 この家はどうにも自分の家だと思えなかったのだ。

 親族たちとは違い、父も母も、私を殴ってくることはない。

 この疫病神と怒鳴りつけてくることもない。

 それでも、一緒にいてうれしいとは思うことはどうしてもできなかったのだ。

 毎回のように同じことを聞かれ、毎回同じことを返すだけの何の面白味のない会話を繰り返すだけだ。

 

(……家族との食事って、こんなつまらないものだったっけ?)

 

 向こうは私に気を使っていて、それが分かってしまう分余計に苛立ってしまう。 

 だって、家族ってそういうものじゃないでしょう?

 

(ねえかなたお姉ちゃん。どうして私を置いて行っちゃったの?)

 

 佳奈多はこの世の天国を見つけたと言っていた。そして、公安0なんてやっている身としては、スパイとして疑いを晴らすためには親族たちを殺して身の潔白を証明してやる必要があったとも。正直親族連中のことはどうでもいいのだ。あいつらの無念を継いで佳奈多に復讐してやる道理なんてない。ただ、もしイ・ウーというところが佳奈多のいうように天国のような場所だったとしたら、

 

(……どうして私も一緒に連れて行ってくれなかったの?)

 

 別に天国のような場所じゃなくてもいいのだ。地獄のようなところでも構わないのだ。

 ただ一緒にさえいてくれれば、私はそれでよかったのに。

 

(ああ、ダメだ。やっぱり捨てきれない。どうしても忘れられない)

 

 私は佳奈多に捨てられたのだ。

 そのことを考えるのが怖くて、私も佳奈多のことを忘れようとしていた。

 佳奈多がそばにいないだけで、昔夢見たことはすべて叶った。あとは佳奈多のことを忘れるだけで、きっと私は普通に暮らすことができる。超能力を使えるようになったものの、別にこんなものは日常生活の必需品なんかじゃない。佳奈多のことをきれいさっぱり忘れることで、普通の子のように生きていくことが可能ははずなのに、どうしても忘れられない。殺されるかもしれないと理解していてなお、引き下がることなんてできなかった。

 

(……取り戻さなきゃ。私の家族(かなた)を取り戻さなきゃ)

 

 だから、気まずくなることを承知で切り出すしかなかった。

 

「ねぇ、どうして佳奈多のことは何も聞かないの?」

 

 両親が現れた時、正直うれしいとは思わなかった。

 今さら何をしに来たんだとすら思ったものだ。

 佳奈多がいなくなって、代わりのようにのこのこ現れていったい何のつもりなんだ。

 これからは家族として一緒に暮らしましょう?ふざけんな。

 

「この家には佳奈多の部屋がない。どうして?あんたたちは佳奈多のことは家族とは思ってないの?」

 

 食事のとき、両親の前でそう切り出したら、二人は箸をおいて私を正面から見つめていた。決して顔をそむけはしなかったが、泣き出したい表情は隠せていなかった。

 

「そんなことはないわ。佳奈多も私たちの娘よ。とても大事な、私たちの……」

「大事だというのなら!どうして話題にすら出さないんだッ!!佳奈多が親族たちのように死んでないことは知っているんだろッ!!それともなに、人殺しはどうでもいいとでも言いたいの?」

「葉留佳ッ!そんなことはないんだ。本来責められるべきは私たちなんだ。私たちはお前たちを迎えに行ってやれなかった」

「迎え?そういや今更迎えに来たのはどうしてだ。私を引き取ることで親族たちの生命保険金でも手に入るから?どうせ私のことも正直どうでもいいとでも思っているんでしょ」

「葉留佳、やめて。そんなことを言わないで。私たちはずっとあなたたちを一緒に暮らしたいと思っていたの。本当なのよ」

「じゃあなんでッ!佳奈多のことを気にかけないんだッ!この家は私のために用意された場所って感じがする。佳奈多の部屋がないのはそういうことなんでしょう?そもそも将来佳奈多と一緒に暮らすことなんて考えてもいないんだろう?」

 

 問い詰めるように叫んでいた私に対する返答はもはや、涙声であった。

 きっとこの二人は、私のことを心から愛しているのだろう。だからこそ、私の言葉が悲しくて仕方なく、涙すら出てくるのだろう。それでも遠慮してやるつもりはなかった。

 

「……許してくれ。俺たちには、佳奈多のことを気遣う余裕はなかったんだ。佳奈多のことは任せるしかなかったんだ」

「任せる?いったい何のことを言っているの。いや、そもそも……どうやって、事件のことを知ったの?私だって何も知らないわけじゃない。あいつらは一族で心中したってことになっていた。迎えに来るにしても、この家を買うにしても、あらかじめ準備してないと無理なはずなんだ」

「……」

「知っていることすべて話せッ!!」

「すまない。無理なんだ。そういう契約なんだ。俺たちのことはいくらでも恨んでくれて構わない」

「私は話せっていっているッ!!!」

 

 ドンッ!!と右手でテーブルを叩き付けて、超能力を使いテーブルを反転させる。

 夕食として揃えされた食事が床に散乱するが、私は荒い息を吐くだけだ。

 

「……いいわ。知っていることを教えましょう。あなた、いいわよね?わたしたちじゃ娘を引き留めることはできないわ。あの二人とはそういう約束だったでしょう?」

「……あの二人?いったい誰のこと?」

四葉(よつのは)(ツカサ)君って知ってるでしょう?彼と、彼の相棒を名乗る二人組が事件の前に私たちに会いにきたの」

「え」

「そして、彼らは私たちに、葉留佳のことだけの見ていてくれって言っていたの。わたしたちじゃ佳奈多のことはどうしようもないから、だから葉留佳のことだけをって。当時の私たちじゃ、言うとおりにするほか何もできなかった」

「じゃあツカサ君は生きているの?今どこに……」

「さあ、それはわからないわ。ただ彼らは、私たちにいざとなったら葉留佳に渡してほしいっていう書類を渡されただけだったから」

「それはどこ!?」

 

 しばらくして、母は自分の部屋から茶色の封筒を持ってきた。

 この中に何か手がかりがあるのかもしれない。

 私は緊張しながら開くと、そこには二つの紙が入っていた。

 一つは手紙。手紙と言っても指示のようなもので、そこにどんな思惑があるのかはわからかった。

 

『葉留佳。佳奈多を取り戻したいのなら、キミはその超能力を使いこなせるようになれ。そして委員会連合に所属するどこかの委員会に入れ。そうしたら、そのうち佳奈多と会える。あと髪留めはそのまま持ってて。将来役に立つから』

 

 書かれていたのはたったそれだけのことなのに、私は心臓が飛び出てしまうかと思った。

 

(……これ、いつ書かれたものだ?事件前のことだよね)

 

 両親たちは置手紙だと言っていた。

 なら、どうしてツカサ君は私が超能力を使えるようになっていることを知っている?

 私がこれを手にしたのは、佳奈多の気まぐれによるもののはずなのに。

 そして、もう一つの紙は推薦入学の書類であった。

 学校名は――――――東京武偵高校。

 

「わたしは……」

 

 私にできた選択肢は二つ。

 佳奈多は自分を捨てた裏切り者だ。

 そんな奴のことなんかきれいさっぱりと忘れて、家族だと思ってくれている人たちと平穏に暮らすこと。

 そしてもう一つは、手にした超能力を使い、佳奈多を取り戻すために戦う道を選ぶこと。 

 

「わたしには、佳奈多じゃないとダメみたいだ」

 

 迷いは、なかった。

         

 

      ●

 

 

「――――――――はッ!?あれ……ここは……公園?」

 

 葉留佳が目覚めたとき、真っ先に目に入ったのはお月様であった。

 どうやら外にいるようであるが、葉留佳はいまいち自分がどうしてこんなところにいるのかを思い出せなかった。ただどうしてだろう。ずいぶんと懐かしい夢を見ていた気がする。

 

「やっと起きたか」

「あれ、牧瀬君?」

 

 よく見ると自分が寝ていた場所は公園のベンチのようあった。だが、寝ていた経緯がさっぱりと思い出せない。ちょっと前まで狼を追いかけていたような気がするのだが、あの時はまだ昼過ぎだったはず。いつの間にお日様は落ちて、お月様が顔を出したのだろうか。同じベンチに離れて座っていた牧瀬君に事情を聴くことにした。

 

「私どうして眠っちゃったの?あと今何時?」

「今は夜の七時過ぎだ。お前が寝ていたのは、俺のDホイールで武偵高校に戻ろうとしていたときにお前の気分が悪くなったから休憩がてらにここによっただけだ」

「え、じゃあ私何時間もここで寝ていたの?ごめんね牧瀬君」

「別にいいさ。俺もちょっと考え事をしていたらいつの間にか時間が立っていたからそんな気にしてない。

お前も超能力を使い過ぎで疲れたのかもしれないから、元気になったのなら何よりだ」

 

 もし牧瀬が運転していたのがバイクではなく車だったのなら、葉留佳を寮まで送り届けることもできたのだろうが、あいにくとバイクでは寝ている人間を運ぶことができない。誰か迎えに来てもらおうにも、さっきまで誰にも連絡つかなかったのだ。葉留佳は何時間も牧瀬を待たせてしまったことを申し訳なく思っていたが、あいにくと牧瀬のほうも実を言うと心の中で葉留佳に謝罪していた。

 

(……まぁ、お前がぐっすりとしばらく寝ていた原因が俺にあるんだからなあ)

 

 休憩のために公園によったのは本当だ。葉留佳が疲れていたようだから休ませたのも本当だ。ただ、当初の予定では高々三十分程度の休憩のつもりだったのだ。なのに、ぐっすりと眠ってしまった理由は一つ。疲れてぼんやりとしていた葉留佳に、ちょっと葉留佳の超能力に細工をさせてもらったからだろう。

 

(今回はあいつはあっさりと引いてくれた。けど次はどうなるものかわからないな。というかあいつ、どういうつながりで出てきたんだ。小夜鳴教諭とつながりがあるとみていいのか?綯さんが何か見つけてくれたらいいんだが)

 

 牧瀬紅葉の中では、明らかに小夜鳴徹は黒である。ただ、まだ証拠が見つからない。

 だからこれは仮定の話になる。

 ヘルメスとつながっていた教務科(マスターズ)のスパイが小夜鳴だったとして、そいつと先ほど現れた三枝一族の男とのつながりがあると見たら、その目的は何だ?

 

(二木への復讐、か?俺の相棒の居場所を気にしていたことも考えると、真向勝負で二木と戦う気がないようにも見えるが……どうなんだろうな)

 

 ともあれ、敵がすぐ近くに潜んでいると考えてもいいような気がする。

 とりあえず自分はまたしばらくは引きこもっていることにすると決めた。 

 問題は葉留佳だ。

 葉平とかいう三枝一族の男の狙いに確信が持てない以上、葉留佳の身の安全だって保障されない。

 

(とりあえずこいつの超能力にちょっとした仕掛けをさせてもらったが、悪く思うなよ)

 

考え事をしている牧瀬に向かって何かあったのかと心配している葉留佳に対し、牧瀬は心の中を切り替えて葉留佳に話しかけた。

 

「そういえばさっき来ヶ谷から連絡があったぞ」

「ホント?」

「ああ、なんでも準備が整ったからお前を返せって話らしい。俺に突き合せて悪かったな」

「牧瀬くんは一人で大丈夫なの?」

「俺か?俺はいろいろやることがあるし、お前がいなくても何の問題もないさ。ちょっと気になることも出てきたしな」

 

 牧瀬の話を聞いた葉留佳は、いよいよだと思った。

 いよいよ、佳奈多のことを知る手がかりをつかむチャンスがやってくる。

 そのために、あの時死なずに生きながらえてきた。 

 

(絶対に、絶対に私は自分の家族を取り戻す。それを阻むものは、誰だろうと容赦はしない)

 

 その決意だけが自分に生きているという実感を与えてくれる。

 私は佳奈多の妹だ。それだけは何が立ちはだかろうが譲らない。 

 




いい加減理樹出さないとマズイ気がしてきました。

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