Scarlet Busters!   作:Sepia

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いつからライディングデュエルはマリオカートになったんでしょうね。
あ、忍者新規おめでとう。

「それの何がいけないのかな?」

ナチュラルに狂っているあたり、シンクロ次元は相変わらずでしたね!


Mission96 武偵封じの街

 

遠山キンジにも理子からどうしても聞き出さなければならないことがある。

 死んだことになっている自身の兄、遠山金一についての情報だ。それを手に入れるために理子と取引をした結果、泥棒の片棒を担ぐ必要がでてきた。もとより兄さんの情報を手に入れるためにはなんだってやってやるつもりであったキンジにとってそのことはいい。しかし、今彼には憂鬱が襲い掛かっていた。

 

「何泣きそうな顔をしているのよ。ほら、さっさと行くわよ」

 

 理子によって場所を指定されたことだって別にいいのだ。暴力団のアジトにでも強襲をかけることと比較したら、命の危険がない分なんだっていいことのように思えてくる。だが問題は、

 

(……どうして集合場所が秋葉原なんだよッ!!??)

 

 よりにもよって理子に指定された場所は秋葉原だった。ここは別名、武偵封じの街。なにせ秋葉原は常に人が溢れかえっているせいで、武偵の象徴ともいえる武器である銃が使いづらい。その上路地が入り組んでいるために犯人の追跡もしづらい。コスプレイヤーなんて珍しくもないため、マスコットキャラにでも変装されても違和感がない。その上キンジには土地勘すらなかった。だから集合場所として指定された店がどこあるのか探すのも一苦労する羽目になっていた。

 

「やっとついたな」

「……ええ。迷ったりなんか変に通行人たちに注目されたりと散々だったわね」

 

 帰国子女であるアリアにも当然土地勘なんてあるはずもなく、キンジと二人してこの店にたどり着くまでにやたら時間をあたりをうろつくことになった。ないとは思うが、また理子がなにか企んでいる可能性も否定できない。だからキンジは強襲科アサルトの頃犯罪組織のアジトに突入した時の緊張感を思い出して、指定された店の扉の取っ手をつかんだ。それと同時、アリアがあれ?と何かに気が付いたような反応を示した。彼女は店の看板付近に書かれた紋章のようなものを凝視している。

 

「……この家紋、すっごく見覚えがあるんだけど」

「どうしたアリア?扉を開けるぞ」

「キンジ、そう警戒しなくてもよくなったわ。さっさと扉をあけて入りましょう。」

 

 なぜかアリアは珍しいことに疲れたようなどんよりとした眼になった。

 ガチャ。

 キンジが緊張とともに扉を開ける、彼の張りつめた気分を一気に吹き飛ばすほどの元気で可愛らしい声が一斉に届いてきた。

 

「「「ご主人様、お嬢様、お帰りなさいませーっ!!!」」」

 

 そう、ここはメイド喫茶。

 室内はピンクと白を基調とした少女趣味全開のお店である。

 

「神崎様ですね?オーナーから話は聞いています。それでは案内いたします」

 

 ニコニコしているメイドさんに案内されるがままに奥の個室に行くと先客がいた。

 

「それ、アメリカで牧瀬が私達の服をせっせと縫っていた横で作っていた奴か?」

「いーや。よく見ろエリザベス。これはあの時お前ら二人にただのメイドコス呼ばわりされてから改良を加えた奴だ。ここのメイドさんたちも気に入ってくれているみたいだけど」

「お客様には大好評だったらしいな。けど、これは流石にやりすぎだ。もうちょっとフリフリ減らしてあざとさを抑えろ。本来メイド服に可愛さなんていらん。いいか、心さえあればメイドというものは服なんて着ていなくてもいつでもメイドなんだ」

「……なんか納得。だがお前、結構条件が厳しくないか?ここにいるのは生粋のメイドばかりというわけでもないだろうし」

「なんなら露出増やしてもいいぞ。いや増やせ。微妙に見えるようで見えないラインでも私は構わない」

「任務了解。それならどうとでもいける」

 

そこには何かメイド服のことで語り合っている理子と来ヶ谷、そしてなぜか遠い目をしてオレンジジュースをストローでぼんやりと吸っている葉留佳の姿があった。

 

       ●

 

「で?リズ、この店はなに?」

 

アリアとキンジの二人が来たことに気づいた来ヶ谷は二人をソファに座らせる。それと同時、アリアは疑問を口にした。この場に来ヶ谷が来ることは聞かされていなかったが、そのことよりも先にどうしてこんな店をやっているのかの方が気にかかったのだ。

 

「私の委員会の副業の一つだよ。あれ、言ってなかったっか?」

「前に珈琲屋に連れていってくれたじゃない。あれだけじゃなかったの?」

「まさか。リアルタイムの情報を集める放送委員長たるもの、いつどこで事件が起きようともその情報が手に入るようにいくつもの拠点を手に入れておくことは必要だ。そして、活動のための資金集めのための場だって当然必要になってくるわけだ」

「まあ、それは分かるけど……なんでメイド喫茶?」

「だって可愛い子にちやほやされたいじゃないか。お帰りなさいませーって言われると心が安らぐ。世の中は辛いことばかりだからちょっとぐらい私情を挟んだところで罰は当たるまい」

「私情しか感じられないんだけど!?」

「財布握っている者の特権と言っておこう」

 

 真顔で返ってきた返答にアリアは思わず頭を抱えたくなった。ホント、昔の来ヶ谷唯湖はこんな人物ではなかったのだ。幼くして仕事を行うための資格という側面も持つ武偵という資格を持つ。来ヶ谷唯湖というのは、武偵として活動する中で才能が発揮されていった人間ではなく、幼くして仕事を受け持つために武偵の資格を手に入れた人間だ。イギリス王室に勤務することができたほどの天才にして、それ以上にないくらいの将来性有望な人材だった。特に外交といった交渉事にはその頭脳をいかんなく発揮し、交渉先にトラウマを植え付けまくっていた人材の現在の実態がこれである。何が原因でこうなってしまったんだろうと、アリアは友人のことながら分からなくなった。

 

「リズが今こんなことしているって聞いたら、メヌが泣くんじゃない?アンタらやたら仲良かったし」

「メヌエットなら知ってるぞ。ちょっと待ってろ。確かこの辺にあったはずだ」

 

 来ヶ谷は席をはずしたかと思ったら、三十秒くらいしてすぐに写真立てを手に戻ってきた。

 その写真にはメイド服を着ている人間が三名映っている。アリアには全員見覚えがある人たちだった。

 一人は来ヶ谷、そしてもう一人は確か来ヶ谷の教育係だった女性。そしてもう一人は、メイド服を着ているのに車いすに乗っているというおかしな女性……というか子供。

 

「……ねえ、なんであたしの妹もメイド服で映ってるの?」

「いやせっかくだから記念写真とろうって話になって、三人で記念写真を撮った。アリア君は当時イギリス公安局の仕事で忙しかったから知らなかったかもしれないが、当時のイギリス清教に入ったばかりの私はよくホームズ家にお邪魔してたぞ。うちの総長からの無理難題を解決するための方法を考えるためにメヌエットと二人で胃薬と頭痛薬常備しながら考え込んでいたことだってざらにあった。おかげでものすごく仲良しだ」

「なにそれあたし聞いてない」

「姉妹だからって隠し事が一つもないなんてことはないだろう。私だって友達の妹として接していたわけでもないし、そういうもんじゃないか?」

 

 アリアの妹メヌエット。彼女は頭が良すぎて学校が合わず友達がいない人間であった。けど、どういうわけか来ヶ谷には懐いていたようにも思っていた。だが、自分の数少ない友達が知らないところで妹すごく仲良くなっていたという事実に対して少なからずアリアがショックを受けた。なんだか知らないうちに友達がとられていた感じである。

 

「……妹がいるの?」

「ん?ええ、腹違いだけどね」

「……そう。姉妹仲がいいんだね」

 

 ズーン!!となぜか気持ちが沈んでいた葉留佳であったが、来ヶ谷はそんな葉留佳のことなど一切気にせず部屋についている呼び出しボタンを押した。するとすぐに、メイドさんがやってきた。

 

「オーナー、お呼びでしょうか」

「この子にオレンジジュースをもう一杯。私に真紅眼の苦珈琲(レッドアイズ・ブラックカフェ)一つ。それから」

「理子はいつものマドルチェティラミスといちごオレ!そこのダーリンにはマリアージュ・フレールの花摘みダージリン。そこのピンクいのにはももまんでも投げつけといて!!」

「ももまんあるの!?」

「あるぞー」

 

 メイド喫茶というものに慣れていない連中を放置して、慣れ親しんだ二人は勝手にメニューを注文していた。いつの間にか話し合いの主導権を取られそうになっていることに気づいたアリアは慌てて追加注文した。

 

「あたしに青眼の珈琲(ブルーアイズ・マウンテン)持って来なさいッ!!どうせあるんでしょ!!」

 

      

           ●

 

 

「……まさか、リュパン家の人間と同じテーブルにつくことになるとはね。偉大なるシャーロック・ホームズ卿もさぞかし天国には嘆いていることでしょう」

 

 理子と来ヶ谷の二人に流されそうになっていたアリアであるが、何とか高級コーヒーを手にすることで貴族としての優雅たる振る舞いの心を何とか取り戻したアリアは厭味ったらしく文句を垂れた。きっとテーブルの上に山のように積まれたももまんさえ無ければきっと気品ある人間に見えただろう。葉留佳は無言でオレンジジュースを飲んでいるし、来ヶ谷に至ってはメイドさんが持ってきた髪の資料を開きながら珈琲を飲むという何をしに来たのか分からないことをやっている。理子に至っては冗談みたいな巨大なパフェををすでに半分食べきっていた。鼻にクリームまでついている。否応なしにもキンジが本題を切り出すことになった。

 

「理子。俺たちはお茶を飲みに来たんじゃない。まず確かめておくが、ちゃんと約束は守るんだろうな?」

 

 なんでこの場にいるのかいまだよく分からない来ヶ谷以外は、この場にいるのは明確な目的がある。

 アリアは、神崎かなえさんの冤罪について裁判で証言すること。

 三枝はきっと、姉についてのこと。

 そしてキンジは、死んだと思っていた兄さんの情報。

 

「もちろんだよダーリン♪」

「誰がダーリンだ誰が」

「風穴開けられたくなかったらいいからさっさとミッションの詳細を教えなさい」

「損害賠償で訴えられたくなかったら私の店で銃抜くな。それしまえ」

 

 早く話を勧めたくていらついてしまったアリアであったが、友人にいさめられて仕方なく抜いた銃をホルスターにしまった。そのことを見てから理子は紙袋から取り出したノートパソコンを起動させ、テーブルに放り投げた。

 

「横浜郊外にある『紅鳴館(こうめいかん)』。一見ただの洋館だけど、これが鉄壁の要塞なんだよねー」

 

 クラスで見せているような人当たりのいい笑顔を浮かべた理子が見せたディスプレイには建築物の詳細な見取り図だけではなく、ビッシリ仕掛けられた無数の防犯装置についての資料がまとめられていた。侵入と逃走に必要とされる経路はもちろんのこと、想定されるケースを予定時間ごとに驚くほど緻密に計画されていた。

 

「これアンタが作ったの?」

「うん」

「いつから?」

「んと、先週」

 

 理子の返答にアリアの赤紫色(カメリア)の瞳が大きく見開いた。

 もともとアリアは計画とか作戦という言葉には無縁に人間だ。

 圧倒的な戦闘能力に物を言わせて事件を一気に解決する生粋の強襲科アサルト武偵だ。

 こんな、プロでも作るだけでも半年はかかるような計画なんてアリアは練ることはできないだろう。

 

「理子のお宝は、ここの地下金庫にあるはずなの。でもここには理子一人じゃ破れない。もうガチのムリゲー。でも、息の合った優秀な二人組と外部からの連絡員がいればまだなんとかなりそうなの。それに、たとえ想定していなかったことが起こったとしても、空間転移超能力者テレポーターがいてくれるならどんなものにも対応できるしね」

「そういえばどうして佳奈多に声をかけなかったの?あの超能力があれば別にあんたと佳奈多の二人でもどうにかなりそうな気がするけど」

 

 理子のことを疑っているわけではないが、アリアは気になったことははっきりとさせておくことにした。

 確かに泥棒をやるなら葉留佳の超能力テレポートは役に立つだろう。奥の手としてこれ以上のものはないだろう。だが、空間転移の超能力を使えるのは葉留佳だけいではない。理子の立場からしたら、超能力の熟練度や人間関係からみたら佳奈多の方がいいことは確かだろう。それに今ならジャンヌもいる。イ・ウーの仲間たち三人で作戦を実行してもよかったように思えたのだ。

 

「佳奈多が協力してくれるならそれでよかったんだか、あいにくとあいつは長い間の時間をとれないみたいでな。ジャンヌも釈放の条件として佳奈多にいろいろ仕事を押し付けられてるみたいだし、何より佳奈多を待っていてブラドにお宝の場所を移されたらたまったもんじゃない。それに、超能力はあくまで保険のつもりだ」

「なるほど。あたしとキンジがメイン。そして葉留佳がバックアップ。そこは分かったわ。他にも確認しときたいことなんだけど、ブラドは一緒にここに住んでるの?住んでるんだったら逮捕しても構わないわよね?知ってると思うんだけど、ブラドも一緒にママに冤罪を着せた奴の一人なんだから」

「あー、それ無理。ブラドはここに何十年も帰ってきていないみたいだしね。まあ、管理人もほどんど帰ってきていないみたいで正体はまだ分かっていない状態だけど」

「それならそうと事前にいいなさい」

 

 仕方のないことだとはいえ、アリアは口をへの字に曲げてしまう。

 パートナーであるキンジはアリアはがっかりすると周囲に八つ当たりする傾向があると知っていたため話題を変えることにした。だが、生憎と変えた話題は地雷でしかなかった。

 

「で、俺たちは何を盗み出せばいい?」

「――――――理子のお母様がくれた、十字架」

 

 ガタンッ!!

 理子の言葉を聞いた瞬間、アリアは立ち上がって机を叩いた。

 テーブルにおかれていたカップから珈琲が零れ落ちるがそんなことは気にしていられない。

 眉を突き上げて犬歯をむき出しにし、理子に問い詰める。

 

「あんたって、いったいどういう神経しているのッ!?」

 

 これほど人を馬鹿にしていることはない。

 理子は『武偵殺し』の犯人だ。そして、アリアの母親に冤罪を着せた人間でもある。

 自分から家族を奪った人間が、今度は家族のものと取り戻すのを手伝えと言ってきているのだ。

 

「アンタはあたしの気持ちを考えたことがあるのッ!?」

「……うらやましいよ、アリアは」

「あたしのなにがうらやましいのよ!!アンタはいつだってママに会いたければ会えるくせに!!電話すればいつでも声が聞けるくせに!!」

 

 あたしなんて、アクリル板の壁越しにほんの数分しか会えないのに。

 大好きだっていって、抱きしめることも抱きしめてもらうこともできないのに。

 そういってやろうと思ったが、アリアは次の言葉を聞いて何も言えなくなってしまう。

 

「アリアのママは生きてるから」

「……ッ」

「理子にはもう、家族がいない。お父様も、お母様も。そして優しくしてくれたおじさんたちももういない。理子が八つの時に、帰ってこなかった。十字架は、お母様が理子の五歳のお誕生日にくださったものなの。もういなくなってしまった家族と理子を繋いでくれる大切なもの。命の次ぐらいに大切なもの。でも……」

 

 ――――あの野郎が、ブラドが、あれを理子から取り上げやがったんだ。

 

「こんな警備が厳重な場所に隠しやがって、ちくしょう――――――ちくしょうッ!!!」

 

 ブラドという人物に対しての憎悪が込められていた。

 じわ……とうっすら悔し涙まで流した理子にアリアは何も言う気にはなれなかった。

 けど、代わりに今まで無言を貫いていた人物が口を開いた。

 生きているから羨ましいとは、すなわちもう家族とは二度と会うことがないということだ。

 だからと言って、彼女(・・)は理子に対して遠慮するつもりがなかった。

 むしろ、だからどうしたとまで吐き捨てうるつもりでいた。

 

「――――――――生きてればいいってもんじゃない」

 

 葉留佳だ。

 彼女は理子の両親のことを聞いてもなお、彼女は冷たく言い放った。

 

「おい三枝!」

 

 もう家族がいない。そのことに同情はしよう。気の毒にだって思おう。何としてでも形見の品を取り戻したいという思いだって理解しよう。だが、葉留佳にとっては聞き逃すことはできなかった。 

 

「アリアのママは生きているからうらやましいって、今言ったな。なら、私のこともうらやましいか?」

 

 そして、理子に問いかける。

 笑って誤魔化すことなんて絶対に許さないと、葉留佳が理子をにらみつけていた。

 けど、すぐに力のない悲しい表情を浮かべるようになる。そして彼女は、深いため息をついた。

 不思議と怒りはなかった。今すぐにでも理子の胸ぐらをつかんで問い詰めてやろうという気もなかった。

 葉留佳自身どうしてかは分からない。

 東京武偵高校に在籍して一年余り、来ヶ谷唯湖の事実上の副官としていろいろな場に出たことにより、こと交渉においてはちょっとは頭は冷えるようになっているせいなのか、それとも姉御の手前ホントは殴りかかりたいのを我慢しているのを耐えているのか。

 

「正直、殺された親族連中のことなんてどうでもいいんだ。親族たちはみんな死んだけど、私の家族は殺されてなんかいない。でもね、今の私と佳奈多の間にはもう何もないんだ。おはようって声をかわすことも、大好きだって言ってほほ笑んでくれることもない。佳奈多は私を見かけても赤の他人のように一瞥すらせずに横を通り過ぎるだけなんだ」

 

 確実に言えるのは、悲しい気持ちでいっぱいだということぐらいだ。

 以前屋上で戦ったと時のようにイ・ウーのメンバーであった理子を恨むような声はない。

「今はどこで何をしているのか分からないけど、確かにお姉ちゃんはちょっと前までは寮会で仕事していたから会いたければいつでも会いに行けたさ。でも、全くの別人のように感じるんだよ。ねぇ理子りん。おまえに全くの別人のように変わってしまった家族の姿を見ていなければいけないわたしの気持ちが分かる?大好きだった時のかなたに戻ってくれるんだっていう現実味のない幻想に縋りつかなければならない気持ちが分かるか?」

 

 葉留佳も理子も、きっと根本は変わらない。

 二人とも当たり前のように受け取っていた家族からの愛情を失った人間だ。

 葉留佳は理子のことをアリアのように怒る気がわいてこないのはそれが原因なのだろう。

 はっきりいって、怒りより悲しみのほうが強いのだ。けど、言ってやらなければ気が済まなかった。

 対し理子だって葉留佳に何も言えないでいる。何を言ってやればいいのか分からない。

 

「―――――――私は、」

 

 だから、理子は聞かれたことは真摯を持って答えることにした。

 いつもみたいに笑顔を浮かべて誤魔化そうという気持ちすら浮かばなかった。

 言った結果、反感を買って殺されることになったとしても正直に口にしよう。

 

「葉留佳。私は、お前のことが誰よりもうらやましくて仕方ない」

 

 葉留佳のことがうらやましい。

 そう言われても葉留佳は怒ることもなく、黙って理子の言葉を聞いていた。

 

「イ・ウーに入るために自分の一族を売った残虐にして残忍な魔女。佳奈多のことをそういう人もいるけど、私は知っているんだよ。あいつには、あいつの中にはお前を大事にする気持ちが残ってる。そうじゃないと説明できないことがあるんだよ」

「……嘘じゃないよね?佳奈多には私のことが嫌いになったわけじゃないよね?」

「この後に及んで嘘なんてつかないさ。やってくれたらちゃんと教えてやる」

「……分かった」

 

 葉留佳も、理子も、そしてアリアも家族を取り戻そうとしている。

 けど、そもそもどうしてこうなってしまったんだろうとキンジは思わずにはいられなかった。

 全員が家族のことを大切にしているのに、どうして失ってしまうことになったのだろうか。

 

「お、おい三枝」

 

 正直キンジにとって、佳奈多に対する心象はものすごく悪い。

 家族と捨ててまでイ・ウーに入った裏切り者。そして何より、今まで何食わぬ顔で東京武偵高校にいた女。

 アリアの母のかなえさんが冤罪を着せられて、アリアがどれだけ必死だったかも知っていたかもしれない。

 魔剣(デュランダル)の恐怖にどれだけ白雪がおびえていたのかだって知っていたのかもしれない。

 

――――――どけ三枝ッ!?そいつは魔女だッ!!ここで俺たちでとっちめておかないと、いずれまた何か大きな事件を起こす奴だッ!!

 

 あの日二木に対して思ったことは今でも変わらない。

 三枝葉留佳にとっては、残念だが佳奈多のことはもうあきらめた方がいいとキンジは思っている。

 どんな事情があいつにあったかは分からないが、それでも血のつながった人間を殺すなんてまともな人間がやるようなことじゃないのだ。

 

「前から思っていたんだか……お前、二木に対して恨みはないのか?」

「どうして私がお姉ちゃんを恨まないといけないの?」

「だってお前……血のつながった人間が殺されたんだぞ。あいつは自分の一族を手にかけたんだぞ」

「それが何?」

「お前もお前でおかしいぞ!あいつにもっとちゃんとした良心があれば、お前は今こんな状況になんてなっていなかったかもしれないんぞ!今だって親戚と仲良く暮らしていられたかもしれないんだぞ。それをすべてあいつはぶち壊したんだ」

「なんであんな連中を家族みたいに思わないといけないんだ」

「……どうしてお前はあいつにそんなにこだわる?どうしてそこまで信じられる?」

 

 キンジも考えてみた。もし自分の兄が、佳奈多と同じことをしたら自分はどうでるのだろうかと。

 どうしても答えが出ない。葉留佳のように、無条件で兄を信じられる自信がなかったのだ。

 

「……かなたお姉ちゃん、泣いてた。だから私は手に入れたこの超能力(ちから)使って、私のかなたを取り戻すと決めた。ここにいればいずれまた会えるって言われて、実際そうなった。一年の後半になってかなたは復学という形でやってきた。でも、やっと見つけ出した私の家族はボロボロだった!すっかり歪んでしまっていた!そうさせたのはイ・ウーだッ!!」

 

 実際のところがどうなのかはキンジには分からない。

 けど、葉留佳にとってはすべてイ・ウーが悪いと思わなければもうやってはいられないのだ。

 

(兄さん。兄さんがいなくなったのは、武偵という職業のせいだと思っていた。でも、あまりにもこれは……)

 

 この場にはもう、憎しみをぶつけ合うことはない。

 ただ、悲しさで打ちひしがれているだけだった。

 

「ほら、泣くんじゃないの。化粧が薄れてブスがもっとブスになっているわよ」

「とりあえずおねーさんの胸で泣くか?この胸を存分に堪能するといい」

 

 葉留佳は来ヶ谷に抱き付いて声を必死に隠しながら泣きはじめたが、よしよし、と優しく頭をなでられていたら徐々に落ち着いていった、理子もアリアからトランプのがらのハンカチを受け取って涙をぬぐう。

 

「……泣いちゃダメ。理子はいつでも明るい子。だから、さあ、笑顔になろうっ」

 

 自己暗示をかけるようであったが、理子はいつもの調子を取り戻そうとする。

 葉留佳が落ち着いてきたこともあって、さっきよりは和やかな雰囲気になることができた。

 

「そうだリズ。あたしアンタにも聞きたいことがあるんだけど」

「何だ?」

「どうして佳奈多は風紀委員長やれているか知ってる?」

 

 佳奈多がイ・ウーであると知ってから、アリアはこれまでの出来事のつじつまを合わせようとした。

 アドシアードの一件で、佳奈多がイ・ウーであるということは発覚したはず。

 それなのに、アドシアード以後も逮捕もされずにいたのは佳奈多が委員会連合に所属できる委員会を津委員長であるからだと思っていた。

 

 でも、よくよく考えたら前提条件がおかしいのだ。

 

 そもそも、親族殺しなんてことをやらかした奴が、どうして逮捕もされずにいるのだ。

 あの公安0に次ぐとまで言われた四葉公安委員会をつぶしたのだ。

 はっきり言って、司法取引でどうこうなるような罪なんかじゃないのだ。

 バレていないとは考えていない。でも、それにしては佳奈多は口封じなど一切考えもしていないようだった。

 

「バックにいるのがイ・ウーかとも考えたんだけど、なんだかそれも違う気がするのよね。委員会をやるには何かしらバックに組織があったほうがいいでしょ?」

 

 地下迷宮に行くメンバーとしてアリアとキンジに声をかけたのはこの来ヶ谷だ。

 あの時は佳奈多がメンバーに入っていたことから、来ヶ谷とアリアがある程度の接点があったとみている。だから同じ委員会を持つ人間としての意見を聞いてみた。

 

「……バックにいる組織?」

 

しかし、反応したのは葉留佳の方であった。

 

「アンタも妹なんだったら心当たりとかない?昔公安委員をやっていたとは聞いたけど、探してみても資料が無くてホントかどうかも分からない現状なのよ」

「それは本当のことだよ。お姉ちゃんは元―――――」

「よせ葉留佳君」

 

 何か葉留佳に心当たりがあるようだが、来ヶ谷は葉留佳を止めた。

 

「それ以上は言わないほうがいい。無用に二木女史を危険にさらしたくはないだろう?」

「わかった」

「どうしたの?」

「アリア君。悪いが私の口からは何も言えない。余計なことを言って下手なトラブルを起こすぐらいなら知らないほうがいい」

「……まぁ、アンタがそういうなら聞かないでおくわ。じゃあ、ここは素直に理子の十字架を取り戻すことに専念すればいいのね。どうすればいい?」

「ふつーに侵入する手も考えたんだけど、それだと失敗しそうなんだよね。いくら葉留佳の超能力が協力だとしても、葉留佳自身この手のことはずぶの素人同然だし、何よりお宝の場所だって大体しか分かっていない。トラップもしょっちゅう変えているみたいだから、しばらく潜入して内側を探る必要があるんだよ!!」

「せ、潜入?」

 

 潜入する。理子はさらりと言ったのの、潜入となれば武偵としての身分を隠す必要がある。

 警察だと分かっている人間がそう簡単には犯罪組織に受け入れられないのと同じだ。

 

「そこでこの私の出番というわけだな」

「リズ?」

恵梨(えり)君、入りたまえ」

 

 来ヶ谷は個室の入り口付近で待機していたメイドに声をかけた。

 するとやってきたのは、ロングヘアーの可愛らしいメイドさん。

 

「――――――プッ!?」

「どうした理子」

「い、いや!なんでもないよ!?ちょっと思い出し笑いをしただけで、なんでもないよ!」

 

 どういうわけか口を手で押さえてまで笑いを堪えた理子を放置して来ヶ谷はメイドの自己紹介を始めた。

 

「紹介しよう。この子は私の委員会のメンバーだ。このたび理子君と二人で採用を決めた」

奥菜(おきな)恵梨(えり)といいます。このたびは、リズべスからあなたたちの教育係を承りました」

「教育係?」

 

 嫌な予感がすると、アリアは友達ながらにそう思った。

 

「アリア君と遠山少年には、恵梨君のもとで研修を受けるメイドと執事ということで『紅鳴館』に行ってもらう」

 


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