隣のワンダーアリス   作:押花

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プロローグ

『う〜ん……うちではこういうのはちょっと………』

『絵は上手いんだけどね………もうちょっと明るい、幸せそうな方がいいかな』

『悪くないね!悪くないけどここはこうした方がいいよ、例えばあの作家さんみたいにーーー』

 

 ーーー断られる理由はそれぞれ、しかし納得できる理由は少なく俺の心は落ち込むばかりだった。

 

「……はぁ」

 

  俺、暮井 亮(くれい りょう)は一人帰路につきながらため息を漏らす。道を覆うように咲いた桜の花は満開で、道行く人は皆、桜を見てうっとりしていた。

  しかし俺にそんな心の余裕はない。何故ってもうそりゃ落ち込んでるからだ。俯く視線の隅には手に持ったスケッチブック。その中身はお手製の絵本だ。

  俺の夢は絵本作家。そのために絵を学べる大学に合格して、上京してきた。

  そして今日も、今まで描いてきた選りすぐりの3作品を都内の出版社に持ち込んだのだが……

 

「これで9社、3作品全部没………出版社にさえ持ち込めば契約も夢じゃないって思ったんだけどな………」

 

  わざわざ大学が始まる一週間前に上京して、出版社を巡っていたのだが結局何一つ成果をあげられなかった。

  学生デビュー!とまではいかなくとも、正直編集者さんに気に入られて担当になってもらう!くらいはあり得ると思っていたのだが考えが甘かったようだ。

 

「こんなんで本当に絵本作家になんてなれんのかよ………」

 

  帰ったら洗濯もしなきゃいけないし、明日は入学式だからスーツも用意しなきゃだし………。こんなテンションで家事なんてやりたくねえな………。

  そんなことを考えているうちに新しい自宅であるアパートが見えてきた。

  アパートと言っても普通学生が一人暮らしで使うような安い部屋ではない。

  父さんが少し前まで仕事で使っていた部屋を譲ってもらったのだが、築三年の1LDKで、お風呂は浴槽暖房乾燥機付き。おまけに一階が丸々駐車場になっている豪華仕様。

  リビングが9畳、寝室に使っている洋室が6畳なので、カップルの同棲とかだったら余裕で耐えられるような部屋だ。

 

  アパートに到着し、二階の自室までの階段を登ろうとすると、太った黒猫が座っているのが見えた。

  黒猫は俺を見ると、にゃあと一つ鳴いた。

 

「おお、ボス来てたか。よしよし」

 

  近づいて頭を撫でると三回撫でたあたりで身をよじって俺から距離を取り、何かを急かすようににゃあともう一度鳴いた。

 

「はいはいご飯ですね、ちょっと待ってろよ」

 

  俺は一度部屋に帰りスケッチブックを置き、キッチンの戸棚を開いた。

  そこから猫用のビーフジャーキーを何枚か取り、再びボスの元へ戻る。ボスはさっきと変わらず階段で座って俺を待っていた。

  全く、餌をもらう側だってのに偉そうな猫だよな……。まあそんな猫のためにわざわざ食料を買う俺も俺だけど。

 

「ほら、今日のご飯だ」

 

  言いながらビーフジャーキーを差し出すとボスは黙ってそれを食べ始めた。

  紹介が遅れたがこの黒猫の名前はボス。野良猫なのだが名前は勝手につけた。

  初めてボスと出会ったのは俺がここに引っ越して来た時。一階の駐車場で食べ物を取り合って他の猫と喧嘩をしていたのだが、ボスはボコボコにやられてしまっていた。それを助けて餌を与えたのが出会い。

  それからボスはこうやって俺が家に帰るのを階段で待ち、餌をねだるようになった。

  ちなみにボスという名前は餌をもらいにくるくせにやたらと偉そうな態度から付けた。

 

「お前も早く自分で飯食えるように強くなれよ」

 

  まあ俺も持ち込み全滅だし人のことは言えないけど………。

 

「あ……」

 

  そこで背後から声がした。

  振り返ると階段の下に女の子が立っていた。中学生か小学生くらいに見える女の子。

  その少女を見た第一印象は、人形みたい だった。顔立ちが恐ろしく整っているからだろうか、それともゴスロリちっくな洋服のせいだろうか。少女はまるで御伽の国から飛び出して来たような不思議な雰囲気をまとってた。

  あまりにもまじまじと見つめてしまったからだろうか、少女は俺の視線から逃げるように顔を背けてしまう。

  そこでやっと気がついた。自分とボスが彼女の道である階段を塞いでしまっていた事に。

 

「あっ、ご、ごめん!通ってどうぞ!!」

 

  俺はそう言いながらボスを抱きかかえると階段を登って邪魔にならない位置に移動した。ボスはにゃあと不服そうに鳴いたが気にしない。

  すると少女はすぐに階段を登ってすれ違いざまに軽く会釈をすると、一番手前の部屋に入っていった。

  俺の部屋は階段から二つ奥の部屋なので隣同士という事になる。今朝までは誰も住んでなかったのに、俺が出版社に行ってる間に越して来たのかな?

  でもお隣さんならまた機会を見て挨拶に行かないとな、なんて考えながら少女が入った部屋の表札を見る。

 

  そこには島田と書かれていた。

 


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