「ん……あ……」
間抜けな声が口から漏れた。
どうやらいつのまにか寝てしまっていたようだ。ベッドに背を預けながら寝ていたからか腰が少し痛かった。
島田さんの様子はどうだろうと彼女の方へ顔を向けると目があった。
「……起きてたんだね。体調はどう?」
「……うん、もうだいぶ良くなった」
そっかと返して俺は立ち上がり伸びをした。
パキパキと骨が鳴るのが心地いい。
「あ、あの…………もしかしてずっと看病してくれてたの?」
「ん、ああ……まあ途中で寝ちゃったけどね……」
少し恥ずかしくなって頭をかいて誤魔化す。
そんな俺を見て島田さんは小さく微笑んだ。
「…………ありがとう」
そして微笑みながらそう言った。
俺が島田さんの事が嫌いという誤解は解けたのか、その顔に不安そうな様子はなかった。
「それでその…………」
しかし突然モジモジと顔を俯かせる島田さん。どうしたのだろうか。まだ不安ごとがあるとか?
「その…………このスウェットってもしかして暮井さんの……?」
いや、不安ごと全然ありました。
思い出した。島田さんは今俺のスウェットを着ている。彼女からしてみれば気づいたら知らない服を着てベッドで寝かせられているんだ。何があったのか不安にもなるだろう。
「あーうん、俺のなんだけど……。その、島田さんの服濡れてたから着替えさせなきゃなって思って! 勝手にタンスの中漁るのもアレかなと…………」
何故が言い訳したみたいになってしまう。別に悪い事をしたつもりはなかったが、ブカブカのスウェットを着ている島田さんを見ていると、何かいけない事をしたような気になってしまったのだ。
「その…………着替えとかも暮井さんが?」
「っ!!」
その言葉で一瞬思考が止まった。
そうだ。いけない事、に限りなく近い事をしていたじゃないか。濡れた服を着た状態で島田さんが寝てしまったから仕方なかったとはいえ年頃の女の子だ。素肌を勝手に見られるなんて嫌に決まっているだろう。
「ああ、その……島田さん突然寝ちゃって起きなくてさ……仕方なく…………。でも出来るだけ身体は見てないから! 本当にぱぱっと着替えさせただけだし!!」
今度のは本当の言い訳だった。
沈黙が流れ、雨が屋根にあたる音だけが部屋に響く。その間島田さんはずっと俯いたままだった。髪の間から見える耳は真っ赤に染まっていた。
「嫌だったよな。勝手に着替えさせちゃって…………ごめん」
言いながら頭を下げた。
「いや、嫌じゃない! 恥ずかしいけど仕方なかった事だし! 暮井さんならその……大丈夫。それに寝ちゃった私が悪かった事だから暮井さんが謝る必要は無い……!」
そんな俺に慌てたようにそう言った島田さん。
正直許してもらえなかったらどうしようもなかった問題なので、彼女が優しくて助かった。
「でも、その……なんだか暮井さんの匂いがする」
「ぶっ!!」
しかし続いた言葉に思わず吹き出した。
そんな俺をよそに島田さんはブカブカの袖を顔に当てて匂いを嗅ぐ。
「ちょっ! それは駄目!!」
「どうして? ……いい匂いなのに」
「い、いい匂いって…………とにかく駄目だからね!」
きつめにそう言うと渋々といった感じで匂いを嗅ぐのをやめた。もしかしたら俺が寝てる間に好きなだけ嗅ぎまくってたかもしれない。とも思ったが知らなくても幸せなこともあるだろうと思い聞くことはしなかった。
しかしいい匂いだなんて…………。匂いを嗅がれる。これはラブコメにおいて鉄板の展開とも言える。健全な男子である俺もそんな鉄板の展開は好きだった。
だからこそ島田さんにはそんな事をして欲しくなかった。いや、少し違う。
正直に言うとして欲しかったが目の前でやられると破壊力が高すぎてどうにかなってしまいそうなのでやめて欲しかった。
全く…………。こんな事を男の前で軽々しくやってはいけないと後で言っておいた方がいいかもしれないな。もしかして俺の事好きなんじゃ……? なんて勘違い男子がたくさん生まれてしまうのは悲惨だ。俺も中学生だったら絶対勘違いしてただろう。
「ふふっ」
と、突然島田さんが笑う。
「どうしたの?」
「んっ……その、なんだから暮井さんとこうして話すのが久々で、楽しいなって……」
きゅうっと胸が締め付けられた。
俺と久々に話した。そんな程度のことで楽しそうに笑う島田さん。
「でも、何でメールとか返してくれなかったの? いつも一緒に受けてる授業も離れた席に座ってたし……」
「そ、それは……」
島田さんへ劣等感を感じてしまっているから。
──とはっきり答えることはできなかった。
今まで不安がらせたんだ。ちゃんと本当の事を伝えるべきだと理性では感じているがちっぽけなプライドがそれを拒否する。
今更プライドがどうこうと感じている事自体も恥ずかしかったが、そんな情けない事は言いたくなかった。
それに何故か島田さんにはっきり言ってしまうと負けを認めてしまうような、何かが折れてしまうような。そんな事も感じた。
ただ真実を語りたくないわがままを正当化させるための考えかもしれないが。
もう絵本を描く事もやめてしまったのに未だ何かに負けてしまうのが怖いだなんて不思議だった。
「暮井さん……?」
「ああ、ごめん。話すよ…………」
それから俺が話した内容は絵本についてのみ。
賞が取れると言われていた俺の絵本は同じ投稿作の中に似たような雰囲気の作品があって、その作品の方が俺のものより出来が良かったから俺の受賞は無くなった。
だから張り切っていたのに失敗してモデルになった島田さんにも合わせる顔が無かった。
───と、そんな内容を罪悪感を押し殺しながら語る。
嘘は言っていない。ただ真実も言っていなかった。
「そう……だったんだ……」
俺の話を聞いた島田さんは驚きと戸惑いが混じったような表情をしていた。
「気にしなくてもいいよ。ただ俺が実力不足だっただけって話だ。それにもう絵は…………」
言いかけてやめた。
絵をやめた。なんて言ったら島田さんはきっと俺を心配する。それに今は絵についてあまり話したくはなかった。
「それよりさ、そろそろお腹空かない?」
と、無理矢理話を変えることにする。
「島田さんもさ、うどんとかなら食べれるでしょ。冷凍食品だけど家にいくつかあるからさ、それ食べようよ」
何か言いたげな島田さんを無視して俺は話を進める。それを察したからか島田さんもそれ以上何も言うことはなかった。
それからは接してなかった一週間を埋めるように俺たちは語り合う。うどんを食べ終わって、一度部屋に戻りシャワーを浴びた後も看病をしながら俺たちは一緒にいた。
最初のうちは島田さんも具合が悪いだろうと遠慮していたのだが、彼女自身が一緒にいて欲しいと言うので側にいる事にした。
そして日付が変わる頃、島田さんはすうすうと規則正しい呼吸を繰り返しながら眠りについていた。
「全く…………俺まだ部屋にいるんだけどな」
思わず苦笑が洩れた。
俺が何か悪事を働くとは考えなかっただろうか?
まあそれだけ信頼されてるって事か。
そう考えるとなんだか愛おしくって、無意識に島田さんのまつげに当たりそうな前髪を手でどかしていた。
しかし、こんなに可愛くて小さな島田さんでも戦車に乗れば隊長さんなんだよな。
「…………俺も、何か見つけないと」
彼女のように胸を張っていられるものを何か……。
その晩はそのまま島田さんの部屋で眠る事にした。
次の日。うつってしまったのか今度は俺が風邪をひき、島田さんに看病してもらう事になるのだがそれはまた別のお話である。
ゆっくり更新を続けて気付いたらもう9話……。
書き始めの頃は10話くらいで一旦話を一区切りつける予定だったのですがまだ少しかかりそうです。
それとこんな亀更新の作品を読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。しおりの位置が変わっていたりお気に入りの数が増えていたり、そんなちょっとした事が文章を書き続けるモチベーションになっています。
これからもゆっくりめの更新になってしまうとは思いますが、お付き合いいただけたら幸いです。