隣のワンダーアリス   作:押花

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第1話「お隣さん」

「ふ、あぁ……」

 

 朝8時。

 俺こと暮井亮はうんと身体を伸ばし眠気で重い身体を引きずって布団から這い出る。

 とりあえず顔洗うか……。

 

 大学が始まって半月ほどがたった。学校生活や一人暮らしにも慣れ始め、友達も何人か出来た。まだ絵本の方で進展はないが、とりあえず今の所いい調子で大学生活を送れていると思う。

 トースターに食パンを突っ込み、焼きあがるまでに身支度を済ませると、俺は焼きあがったトーストを咥えながら家を出た。

 

「ふふっ……」

 

 部屋の施錠をしていると、アパートの階段の方から小さな笑い声が聞こえた。

 そーっと階段へ近づくと見えたのは太った黒猫と戯れる中学生くらいの少女の姿。

 黒猫の名前はボス。少女の名前は島田さんだ。

 島田さんは微笑みながら優しい手つきでボスを撫で、対してボスも気持ちよさそうに彼女の手を受け入れていた。

 おいボスよ、俺が撫でたら嫌がるくせにその対応の違いはなんだ!ーーーと思いつつも微笑ましいのでそのまま黙って見守る事にする。

 島田さんは俺の隣の部屋に住む女の子で、なんとこの小さな見た目で大学生だ。彼女は俺と同じ大学の学生で、学内で少し話題になっている生徒だった。

 なぜ話題になったかというと、理由は三つ。彼女が飛び級して大学に入った事、そして戦車道という武芸で選抜チームの隊長を務めているという事、最後に整った容姿と大人しい性格から成る人形のような雰囲気。

 そんな感じで島田さんはちょっとした有名人となっていた。

 まあそう言う俺も彼女について詳しいわけではなく、今までの話は全て学内の友人から聞いた話だ。隣に住んではいるが、ほとんど会話をした事がない。アパートでばったり会った時には何度か挨拶はしたが、そこから会話が弾む事はなかった。大学でもたまに見かけるが、声をかけたりかけられたりする事は無い。

 そういや自己紹介もちゃんとしてないんだよなぁ……。島田さんは俺の名前知ってるのかな?

 

 ーーーってやべ、こんなところでぼーっと突っ立ってたら授業に遅れちまう!

 

 咥えていたトーストを無理やり飲み込んで階段の方へ一歩踏み出すと、島田さんは俺に気づいて、あっ…と声をあげた。

 すれ違いざまにおはようと声をかけると島田さんはそれに会釈で返した。せっかくボスと戯れて笑っていたのに俺の挨拶のせいで島田さんからは笑顔が消えてしまっていた。

 ちょっと邪魔しちゃったかな……。

 

 

 

 ◇

 

 

 一時限目。

 専攻科目で取った芸術系の授業を終え、二限の授業を受けるべくキャンパス内を移動していた俺は熱烈なサークル勧誘に揉まれてしまった。

 

「君ラグビー好きそうな見た目してるね!ラグビー部に入らないか!!」

「いやいやテニサーでしょ!うちはテニスやって夜に飲み会!テニスやらなくても夜に飲み会!!楽しいぞ〜!」

「ロボ研はどうだい?僕たちと一緒んに等身大マルチちゃんを………」

 

 各団体様々な勧誘をされたが授業があるんでー!!の一点張りでなんとか逃げ切ることは出来たが、手には大量の勧誘チラシがあった。

 チラシを持って教室に入ると「よう」と声をかけられた。声の主は同じ芸術系の学部の友人である鈴木だ。

 田舎から出てきて友達の居なかった俺に初めて話しかけてくれた気のいいやつ。

 ついでに爽やかイケメンで高身長。俺の身長は中の下といったところなのでせめて身長だけでもいいから分けてもらいたいもんだ。

 俺は挨拶を返すと鈴木の隣の席に腰を下ろした。

 

「暮井……お前それすごいチラシの量だな……」

「だろ……?分けようか?」

「いや、間に合ってる」

 

 そう言って鈴木はカバンの中から俺に負けず劣らずな量のチラシを取り出した。思わずひええ〜っと声が出る。

 

「もう少し控えめに勧誘してくれた方が入部希望者も増えると思うんだけどな〜」

 

 鈴木のその言葉に同意し、俺も手に持った大量のチラシを鞄にしまった。

 

「まあ大学生特有のノリってやつかも………て、あっ」

 

 ガラッと教室の前の扉が開き、入ってきたのはゴスロリちっくな洋服で固めた大学生には見えない少女。島田さんだった。

 島田さんはそのまま前の方の席に座るとノートと筆記用具を取り出した。俺と鈴木は後ろの方の席に座っているからそれ以上細かいところは見えない。

 島田さん、この授業取ってたんだ………。

 学部が違うから授業は被らないかと思ってたけど………共通科目なら同じ授業を取る可能性もあるんだよな。

 

「なんだ暮井、島田さんが気になるのか?」

「いや気になるっていうかなんというか………」

 

 いい言葉が見つからなくてそれ以上は何も言えなかった。

 

「ははーんなるほど、暮井はそういうロリな趣味だったんだな〜」

「えっ?いや違うから!」

「まあ確かにすごく可愛いとは思うけどなぁ〜。もう学内の有名人だし。それに飛び級してきたお嬢様、なんて設定的にはすごく美味しいじゃん?」

 

 言いながら鈴木はにやにやと口角を釣り上げていた。

 違うって言ってるのに、俺の話聞いてないな……。

 

「でも実のところ、あの娘あんまり周りから好かれてないみたいなんだよな。はっきり言って避けられてる感じだな」

 

 好かれてない?島田さんが?

 

「何で?」

 

 俺がそう聞くと、鈴木はただの噂なんだけどと前置きをして続けた。

 

「なんか人と関わるのが嫌いみたいなんだよな。話しかけてもほとんど無視で愛想が悪い、それに自分から誰かに話しかけに言ったことはないらしい。あとすごい高いブランドの服で固めてて感じ悪い、とか飛び級してて俺たち同級生を見下してる………とか」

「何だよそれ、後半のはただの僻みじゃないのか?」

 

 自分のことじゃ無いがそんな理不尽な理由で嫌われては腹が立つ。

 

「………そうだな。俺もそう思うよ」

 

 まあでも、と鈴木は視線を島田さんに向ける。

 

「確かにとっつきにくくはあるよな。容姿のせいか洋服のせいか不思議なオーラ纏ってるし。それに彼女いつも一人なんだよ」

 

  いつも一人……。

 そう言えば確かにそうだ。大学で何度か見かけた時も、島田さんが誰かと一緒に居る姿を見た事は無い。

 でもだからと言って鈴木が言う通り島田さんは俺たちを見下している人と話すのが嫌いな嫌なやつなんだろうか?

 ふと、今朝ボスと戯れて居た島田さんを思い出す。あの時彼女は優しそうに微笑んでいた。

 どうも俺には島田さんが嫌な冷たい奴には思えなかった。

 

 

 

 ◇

 

 

 四限目終了のベルが鳴る。

 今日は一限から四限までびっしり授業だったから疲れたな。早く帰って休もう………と帰路につこうとした俺だったが、一つ忘れて居たことが会った。

 

「ラグビー部!ラグビー部はいかがっすか〜!ーーーあっ!君は今朝の子だね!やっと入る気にーーー」

「ラグビー部なんて男ばっかのクラブなんて辞め辞め!俺らテニサーは女子もいっぱい飲み会もいっぱい!!飲んで飲んで大学生活を楽しもうぜ!!」

「いやいやロボ研でしょう……ふふふ。さぁ、君のマルチを、あ、オリジナルメイドアンドロイドとかも歓迎だから!ちなみに僕が作った設定がーーー」

 

 

 そう、いまが部活動、サークル勧誘期間だということを。

 そして今、迂闊にも正門から帰ろうとしてしまった俺はサークル勧誘に揉まれてしまっていた。

 

「すいません!!俺ちょっと用事あるんで!!」

 

 なんとか適当に言い訳を作るも全然聞き入れられずに勧誘を続けられる。ていうかラグビーもテニスもロボも今朝と同じ人じゃないか。暇なのか……?

 しかしまずい、今回はまずいぞ。

 勧誘から抜け出せずにオロオロしているとさらに別の団体から勧誘をされるという地獄のループに入ってしまっている。勧誘の人に取り囲まれて走って逃げる事もできないし……!

 

「いや、ほんと勘弁してーーーってうわっ!」

 

 そこで俺は躓いて尻餅をついてしまう。い、痛ってぇ……!痛ってぇしこのままじゃまた勧誘の波に飲まれて………

 

「………ってあれ?」

 

 倒れたところをぐいぐい攻められる……!と思っていたがピタリと勧誘が止んでしまった。

 

「あ、あの子は……」

 

 勧誘しに来て居た人たちの誰かが呟いた。背後に気配を感じて振り返ると、そこには無表情で島田さんが立って居た。ピタリと俺と島田さんの目が合う。

 

 ……これだ!!

 

「あっ島田さんこんなところに居たんだ!探したよ!!」

 

 俺は急いで立ち上がり「え、」と困惑する島田さんの手を取る。

 

「すいません!連れがいるんで、それじゃあ!!」

 

 それだけ言うと俺は島田さんの手を握ったまま早足でその場を離れた。

 勧誘が激しい区間を抜け、キャンパス内の人通りの少ない広場まで逃げる。

 ここならほとんど人もいないし落ち着けるだろう。

 

「……ふぅ。助かった………」

 

 思わず声が漏れる。

 

「あ、あの……手……」

 

 島田さんのその声で我に帰った。

 俺の左手には島田さんの小さくて柔らかい右手が握られて居た。

 

「あっ、ご、ごめん!」

 

 慌てて手を離すが島田さんは気まずいのか俺から目をそらす。

 

「その………ごめんね?突然驚いたよな」

 

 とりあえず謝ってみるが反応は無い。

 あぁ……やっぱ怒ってるよな?突然仲良くも無い男に手を引かれて走らされて………。

 ていうかそもそも島田さんは俺の事を知っているのか?お隣さんだし顔くらいは覚えてもらえていると信じたいが、もし覚えられてなかった場合突然変な男に手を引かれて居たということになる。

 ーーーそりゃ怒る……ていうか怖いよな。

 

「あの……ほんとごめんね島田さん。勧誘から逃げるのに必死で思わず………覚えてるかな?俺は隣に住んでるーーー」

「ーー暮井さん」

 

 言いかけたところで俺の言葉は島田さんに遮られた。

 

「そ、そう!暮井 亮!覚えててくれたんだ!」

 

 安堵と喜びで思わず声が大きくなる。

 

「うん……表札に書いてあったから……何回か会ってるし……」

 

 と島田さん。

 よかった……普通に話をしてくれてるしこの様子だと怒ってないみたいだ。そうだ、この際だから今まで出来なかった自己紹介をしようと俺は仕切り直す。

 

「えと、じゃあ……改めて、俺の名前は暮井亮。今年からここの学生になったんだ。お隣としてこれからよろしく」

「私は島田愛里寿。……よろしく」

 

 やっとお互いにちゃんと自己紹介が出来たなとホッとするが、そこで会話が止まってしまい沈黙が流れる。

 オロオロする俺に対して島田さんはほとんど無表情で気まずそうに視線を俺から外している。

 

「あ、え〜と……」

 

 話題、何か話題は!とあたりを見回すとサークル勧誘のチラシを持った学生が歩いているのが見えた。俺たちと同じ新一年生だろうか、げんなりした顔でいろんな種類のチラシを持っていた。これを使わせてもらおう!

 

「サークル勧誘凄いよね。毎日毎日困っちゃうよな、島田さんはサークル何入るかとか決めた?」

 

 よし、我ながらいい質問だ!あのサークル勧誘の嵐に触れてないはずがないし、答えに困ることはないだろう。

 ーーと思ったが島田さんはその質問にすぐ答えてくれず、再び沈黙が流れる。

 そこで鈴木の言葉を思い出した。話しかけてもほとんど無視で愛想が悪い。あれは島田さんが周りからそう言われていると話してくれた。もしかして本当に島田さんは人の話を無視するような人なのか?でもなんで今無視を?さっき自己紹介もしてくれたのに……

 

「ーー暮井さんは、どれくらいのサークルに勧誘されたの?」

 

 俺の思考を遮ったのは島田さんのこの言葉。

 島田さんから言葉が返ってきたことに安心しつつ、俺は彼女の質問に答えた。

 

「数えきれないくらいかな。あの人達全然遠慮ないから同じ団体の人にも何度も絡まれるし………」

「そう………」

 

 俺の返答に、何故か悲しそうな表情をする島田さん。

 

「……どうしたの?なんか俺変な事言っちゃったかな?」

「いやっ………その……」

 

 島田さんは最初言いづらそうに言葉を詰まらせていたが、少し間を置いて決心したのか島田さんは再び口を開いた。

 

「……私、サークルに勧誘された事なくて」

「……え」

 

 思わず声が漏れた。

 サークルに勧誘された事が無い?あの嵐のような勧誘活動が行われているのに?

 

「それどころか……私、知らない人と居ると緊張して固まっちゃって……人と話すの苦手だから学校で話す相手も……居なくて……」

 

 そう続けた島田さんの顔はやはり悲しそうで、今にも泣いてしまいそうに見えた。

 そんな島田さんにはいつも纏ってる不思議な人形のようなオーラは無く、年相応の普通の女の子にしか見えない。

 話すのが苦手………そうだよな。飛び級した天才少女とはいえ、彼女は本来中学校に通っているような年齢だ。そんな女の子が年上だらけの大学に入ってしまったんだ。友達だって作りにくいに決まってる。

 

「何で……何で誰もサークルに勧誘したり話し掛けてくれないのかな……」

 

 その問いの答えを俺は鈴木に聞いて知っていた。

 答えは、"避けられているから"。

 しかし、そんな事を言えるはずも無く俺は黙り込んでしまう。彼女になんて言えば、どうすれば元気を出してくれるのかわからなかった。それに俺はやってしまった。そこまで考えて動いたわけではないが、サークル勧誘から逃げるために避けられている島田さんを利用してしまった。彼女が今日初めて話した俺に相談するくらい悩んでいるのに、その悩みを利用してしまった。島田さんはそんな俺の行動をどう思っただろう?もしかしたら気にしていないかもしれない。もしかしたら深く傷ついたかもしれない。

 ーー俺、最低だ。

 

「あの……ごめんなさい。突然こんな話………学校で人と話したの久々だったから………」

 

 俺が黙り込んでいたからか、島田さんが明らかに無理に言葉を続けた。その声はやっぱり不安の色に染まっている。彼女をこのままにしていいのか?

 小さい頃、俺が凹んだ時は絵本が俺を元気にしてくれた。だから俺はそんな元気が出る絵本を描きたくて絵本作家を目指している。そんな俺が島田さんの悲しそうな顔をそのままにしていいのか?

 いいや、駄目だ。ていうか嫌だ!こんなのは見過ごせない。

 

「困るよね、こんな話……。じゃあ私はそろそろ帰るからまたーーー」

「待って!」

 

 言いながら俺に背を向けて歩き出そうとする島田さんを声で止めた。

 

「……?」

 

 振り返って俺をみる島田さん。

 

「一緒に帰ろうよ、せっかくお隣同士なんだしさ!……まあ島田さんがよかったらだけど」

「いいの……?」

 

 控えめにそう返される。

 

「もちろん、もう少し話もしたいしさ。じゃあ一緒に行こうか」

「……うん!」

 

 少しだけ声を弾ませてそう言った島田さん。表情はほとんど変わってなかったが、何と無く喜んでくれたような気がする。

 とりあえずもう少し話をしようと思って誘ったが正解だったみたいだ。そこで、もう一ついい事を思いついた。今日は確か"あれ"がある日だったな。

 

「ーー一つ質問何だけど、島田さんって一人暮らし?」

 

 俺の問いに島田さんがうんと控えめに頷く。

 アパートで島田さんが誰かと一緒に居るのを見たことがないから一人だろうと思ったけどやっぱりか。なら……

 

「ーーよかったら俺の家に来ない?いいものがあるんだ」




ここまで読んでくださり有難うございます。
区切りがいいところまでのネタはほぼほぼ完成していて、少なくともそこまではしっかり書きたいと思っているのでよろしくお願いいたします。
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