「お邪魔します……」
控えめにそう言って我が家に入る島田さん。
「ささ、入って」と手招きしながらこの部屋に人を呼ぶのは初めてだな、なんて思う。
一人暮らしをしている男がほぼ初対面の女の子を部屋に連れ込むなんてどうなの?とも思ったが、お隣りさんだしギリギリセーフだろう。
とは言うものの女の子を家へ招くっていうのは少し緊張するな。島田さんも緊張しているようで部屋を立ちながら見渡している。昨日たまたま掃除しておいて良かったなと思いつつずっと立たせるのも何なので、とりあえず作業机の椅子に島田さんを座らせた。椅子は一つしかないから床に座ると島田さんは言ったが、お客さんにそんな事をさせるわけにはいかないと返して椅子に座ってもらうことにする。
「ーーじゃあ早速本題に入るかな」
言いながら俺は大きめのダンボールを取り出して床に置き、その近くにに胡座をかいて座った。
「それは?」
島田さんが椅子から少し体を乗り出してダンボールを見る。
「親が送ってくれた救援物資」
ダンボールを開くと、そこには大量の食料が詰まっていた。これを島田さんに分けようと思って部屋に招いたのだ。
中にはカップ麺、カップ焼きそばといったインスタント食品。カレーやハンバーグなどのレトルト食品。それと地元のお土産として有名な信玄餅がいくつか。
「信玄餅は日持ちしないから今食べちゃうか」
俺は食卓用の小さい折りたたみテーブルを取り出して設置する。俺と島田さんの分の信玄餅をそのテーブルに置くき、今朝沸かしたお湯で二人ぶんのお茶を入れた。
「……私もいいの?」
遠慮がちな島田さん。
「もちろん、その為に部屋に呼んだからね。それに、友達と分けろって親に言われたし」
「友達……?」
「ああ」
隣に住んでるし俺はあの勧誘の嵐から救ってもらえた。それに一緒に二人で家に帰ってきたんだ。ここまできたらもう友達だろう。
少なくとも俺は島田さんと友達になりたいと思った。話し相手が居ないと悲しそうな表情をする彼女を見逃せなかったというのもあるが、一緒に帰ってわかった。彼女は歩きながら歩幅を合わせようとしてくれるし、俺が話しかければ出来る限り対応してくれるし、かなり俺に気を使ってくれていた。多分彼女はちょっと大人しい子ってだけでいい子なんだ。
「駄目かな……?」
そう言って島田さんの顔色を伺う。
喜んでくれたら嬉しいし、嫌がってるようだったら今後は控えめに絡むことにしようと決める。でも嫌がられてたらショックだ……。
しかしそんな心配は杞憂に終わる。
「いや……うん、嬉しい」
小さくそう言った島田さんの表情は今までで一番可憐だと思えた。
……ボスと絡んでる時以外で笑ってるとこ初めて見た。今までアパートで会ったり、学内で見かけたりはしたけどそれらを全て含めて人と話して笑っている姿を見るのは今が初めてだった。
そう考えると嬉しい。勇気を出して友達って言って良かったと心から思う。
「じゃあ早速食べよう」
仕切り直して、二人でいただきますと言うと信玄餅を食べ始めた。うむ、やはり地元の甘味は上手い。小さい頃からちょくちょく食べてきたからか安心するものがある。
「そういえばさ、島田さんも一人暮らしなんだよね?どう一人は?」
「うん……お母様と暮らしてた時と比べると大変な事もある。でも他の同学年の人たちはみんな学園艦に乗って一人暮らしをしてるから、私も頑張らないと」
「偉いなぁ……。俺も中学生の頃学園艦乗って初めての一人暮らしだったけど最初の頃は酷かったなぁ」
部屋の掃除はしないし、うっかりガラスのコップに熱湯そそいで割っちゃうし。
一回フローリングにカビ生やした時から真面目に掃除するようになったけど。ていうか勝手に島田さんの年齢を勝手に中学生くらいだと思ってたけど実際何歳なんだろう?
「あのさ、ちょっと失礼なんだけど……島田さんて何歳なの?飛び級してるのは知ってるんだけど……」
「……十三歳」
控えめに聞くと、同じく控えめな声で返答が返ってきた。しかし内容が控えめじゃ無い。
「ま、まじか!」
十三歳!?十三って言ったら高校生より小学生の方が近いじゃ無いか!!それを飛び級で大学って……!
「す、すごいな……」
俺の言葉に少し照れたようで島田さんは俺から目を逸らして話を続けた。
「大学に来たのは戦車道の為。戦車道には流派とかたくさんあって、私の場合大学に来るのが一番都合が良かったから」
島田さんは飛び級してるだけじゃなくて戦車道の隊長も務めてるんだっけな。戦車道の事は詳しくないからよくわからないけどほんと天才少女って感じだな……。
「やっぱり凄いよ島田さんは」
「そんな事無い。まだまだお母様には程遠いし、戦車道は楽しくて好きだけど……私はまだまだ未熟。島田流の後継者としてもっと努力しなきゃ……」
「島田流?」
聞きなれない言葉だ。
疑問に思っていると島田さんが説明をしてくれた。
「島田流って言うのは戦車道の流派の一つ。私はそこの一人娘で、将来島田流の後継者になる……予定。戦車道は好きだし、プロになるのが目標の一つではあるけど後継者としてのプレッシャーもあるから大変な時もある。実際お母様には全然敵わないし、周りの期待に応えられてるかもわからなくて不安になったりもする……」
なるほど親の影響、というか家の事情か。本人が戦車道を好きと言ってるから戦車道をやってる事自体はいいんだろうが、親の、世間の大きな期待を一人で受けるというのは大変な事だろう。
そんな不安な気持ちには俺も覚えがあった。
「ちょっとわかるよその気持ち」
俺は信玄餅をお茶で飲み込むと言葉を続けた。
「島田さんほどじゃないけどさ、俺の父さんもちょっとした有名人で……俺の父親は絵本作家なんだけど俺もそんな父さんに影響されて絵本作家を目指してるんだ」
チラッと視線を作業机の上に動かす。島田さんも俺につられてそこを見た。視線の先にあったのは出版社に持ち込んでボツになった原稿の数々。
「でも全然結果が出なくて。勝手にプレッシャー感じてるだけだけど、俺は父さんみたいな才能なんて無いんじゃないかって不安になる時が結構あるんだよな」
実際問題、俺は父さんのような作品は描けない。本気で絵本を描いていると、父さんがどれだけ凄いか嫌でもわかる時がある。
「でもだからと言って絵本はやめられない。なんだかんだ絵本描くの大好きだからな。でも大好きで、本気だからこそ不安になるんだ」
絵本で食っていけるのか不安になる。絵本作家を諦めたとしてもその先に何をすればいいのかわからなくて不安になる。今まで絵本しかやってこなかったからだ。俺が俺である限り逃げられないんだよな、この不安からは。
「………て、ごめんな一人で語っちゃって」
少し臭かったなと恥ずかしく思いながら言うと、島田さんはううんとそれを否定した。
「私も家の事とかたくさん話しちゃったから………」
島田さんの暖かい返事に感謝していると、彼女が未だに作業机の上に積まれたボツ原稿をチラチラ見ていることに気づいた。
「あの、これは……?」
島田さんは好奇心を抑えられなかったようでとうとうそれが何かを聞いてきた。
「俺が描いた絵本」
俺がそう返すと「すごい」と島田さんは呟きそわそわと原稿の束を見始めた。これは、見たいってことか?あの原稿は出版社に持ってってボツを食らったやつだから正直そんなに見せたくないけど……。
「……!」
しかし島田さんはそんな俺の気も知らずに目をキラキラさせながらボツ原稿を見る。そんな目されちゃ仕方ないか……。
「……見る?」
「いいの……!!」
島田さんに「ああ」と返事を返すと目をキラキラさせながら彼女は黙々と絵本を読み始めた。
次々と俺の原稿を読む島田さん。そう言えば親と編集者以外で人に絵本を読んでもらうのは初めてだったなと、少しむず痒い気持ちになる。
「その……どうかな?」
「……すっごく面白い。暮井さんが本気なのが絵から伝わってくるし……うん、すごい楽しい………」
微笑みながらそう言った島田さんの言葉を聞いて思わず目頭が熱くなった。今日二回目の笑顔だ、なんて考えながら溢れそうになる涙を必死に堪えて目元を手で押さえる。そういえば編集者さんに最近ダメ出しされてばかりで褒められてなかった。それに、人に絵本を読んでもらって喜んでもらって笑ってもらえるのがこんなにも嬉しいなんて知らなかった。
「……暮井さん?」
「い、いや、なんでもないんだ!」
島田さんに不審に思われないようになんとか涙を引っ込める。
「………あれ?」
ふと絵本を読む島田さんの手が止まった。どうしたのかと島田さんの手元を見ると、日焼けして折られた跡もあるボロボロのスケッチブックがあった。
「……あ、それは俺が初めて描いた絵本だ」
懐かしいな。でもこんなところに混ざってるなんて。
俺の言葉を聞くと島田さんは表紙をゆっくりとめくった。
「ボコられぐまのボコ……!」
そして彼女はそう呟いた。ボコられぐまのボコ。それが俺の初めて描いた絵本のタイトルだった。包帯をぐるぐる巻いた熊のぬいぐるみが動物と喧嘩をしてボコボコにされるっていう今読み返すとわけのわからないストーリーなんだよな。まあ小学生の頃に描いた話だし未熟で当然だけど。
「これを見た父さん、亮が初めて描いた絵本だぞ!!ってすごい喜んでくれてさ。喜びすぎて俺の絵本を元にボコの絵本を出版したんだよな。あの時はすごい嬉しかったのを覚えてるよ。あんまり売れなかったらしいけど」
「じゃあ……暮井さんがボコの作者……?」
「いや、どうだろう。描いたのは父さんだし……強いていうなら原案かな?」
「すごい……!本当に本当にすごい!!夢みたい……!!」
言いながら口元を抑える島田さん。本当に感激しているようだ。でも気づいたらボコは絵本になっていたし、正直自分の作品っていう実感はほとんどないんだよなぁ。
ん、というかその口ぶりはもしかして……
「島田さんはボコを知ってるの?」
「うん、大好き!」
食い気味に返された。
「アニメも絵本も全部買ったし本当に大好き、ボコが無ければ今の私はないと思う」
そこまで言うレベルか。島田さんの言う通りボコは絵本だけじゃなくてアニメにもなっている。正直なんでこんなわけのわからないものを作ったんだ?と俺自身思っていたし、これがアニメ化ってマジか、とも思っていたがこれだけ好きになってくれる人が居るならそれほど悪いものではなかったのかもしれない。
「すごい……これがボコの原点……!!」
言いながらパラパラとページをめくる島田さんの目はキラキラしてて、その表情は今までで一番輝いていた。本当に好きなんだな。父さんが描いたものとはいえ少し嬉しくて恥ずかしくなる。
「あの、サインとかってもらっても……?」
「え、サイン!?」
島田さんに突然そう言われて思わず声が出る。
「やっぱりダメだよね……そんな簡単にサインなんか……」
思わず出た声を否定と受け取ったようでしょぼしょぼと落ち込む島田さん。ああもうそんは悲しそうな顔をされても困る!!
「……その、サインなんてした事ないからすごいしょぼいかもしれないけど、それでも良ければ描くよ」
「ほんと……っ!!」
今度は目をキラキラさせて期待の眼差しで俺を見る。うう、そこまで期待されるとそれはそれで困る!まあとりあえず描いて見るか。前に絵を描く用に買った色紙を取り出して作業机に向かう。太めのペンを取り出して描き始めたのはボコ。本棚にあった父さんの絵本と昔の自分が描いたボコを参考にして描く。最後にありすへ、と名前を添えて……
「出来た!」
うむ、なかなかよく描けたぞ!本当は島田さんの名前も漢字で描きたかったが、字がわからなかったのでひらがなにした。
「これでいいかな?」
差し出した色紙を島田さんは大事そうに両手で受け取り胸に抱く。
「ありがとう。一生大切にする……」
そんな彼女はとても幸せそうな顔をしていた。
しかしまあこうして見るとやっぱり島田さんは可愛い子だ。年相応の少女的な可愛さがあるし、ルックスだけでなくこの純粋さはどうあっても嫌いになれそうがない。
鈴木や島田さん本人が言うように、学校で孤立してるようには思えない。きっと知らないんだ、島田さんが純粋な子だってことを。みんな表面上の大人しい島田さんだけを見て愛想が悪いだとか勘違いして居るに違いない。
「暮井さん……どうしたの?」
考え事をしてぼーっとしていたからか島田さんにそう言われる。
なんでもないと答えると、今度はボコの話を振られた。アニメ何話のあの流れがいいとか、cmのアレが可愛かったとか、アニメは俺も見ていたが正直うろ覚えな話ばかりだった。
「でね、あの同じクマにボコボコにされる話とか本当に好きでーーー」
しかしこんな島田さんの笑顔を見せられては話を遮るわけにもいかない。今度ボコを見返してみようかな、なんて思いながら時間は過ぎていった。
それから小一時間くらい話した後。日が暮れてきたので島田さんにボコのサインと幾つかのレトルト食品を持たせ、今日は解散となった。俺は一人部屋に戻り、島田さんが読んだ絵本を片付ける。とても喜んでくれたボコの絵本と、出版社に持っていってボツを食らった絵本。どちらももう陽の目を見る事は無いと思っていた。でも島田さんが読んでくれて、笑ってくれた。俺の絵本で笑ってくれるなんて……嬉しかったな………。
ボコのサインもこんなんでいいのかって罪悪感が湧くぐらい喜んでくれたし。
島田さんを元気付けるつもりで部屋に呼んだのに俺が元気付けられてるな。
「一生大事にする……か」
そんな事言われて絵描きとして嬉しく無いはずないよな。今度もっとちゃんとボコを描いてプレゼントしよう、なんて企みながら俺の一日は終わった。
◇◆
亮と別れた愛里寿は一人自室に戻る。
愛里寿の部屋の一角にはボコのぬいぐるみなどのグッズが大量に置いてある棚があった。そこに今日一つの宝物が加わる。
亮からもらったサインだった。今度額縁を買ってきて入れようと思いながら丁寧にサイン色紙を棚に置く。
夕食用にこれも亮に貰ったレトルトのハンバーグを温めながら愛里寿は呟いた。
「………友達」
口に出すと少しむず痒くて、でも暖かい言葉。友達なんて言われたのはいつぶりだろうか。少なくとも大学に入ってからは初めて、小学校高学年の時も愛里寿は学校にはあまり行かず、戦車道と勉強に明け暮れていたため友達と呼べる存在はいなかった気がする。
しかし今日、サークル勧誘の人混みの中で亮に手を引かれて、一緒に帰って、一緒にお菓子を食べて、話をして、友達と呼ばれた。それに、普段は話さない戦車道の愚痴を亮に漏らしてしまった。何故だろう。そもそも初対面であんなに話した相手は初めてかもしれない。ボコの原作者だと聞いた時はテンションが上がって言葉が止まらなかったし、あれは楽しかった………。
でもきっとこれが、
「………友達」
愛里寿は言葉を噛みしめるようにもう一度呟いた。