隣のワンダーアリス   作:押花

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第3話「付き合うよ」

「あ、島田さんあっち空いてるよ」

 

 昼時で混み合う大学の食堂。数少ない空いた席を確保して俺と島田さんは一息ついた。

 

「今日はすぐ席が見つかってよかった」

 

 言いながら島田さんは俺の隣に座り、B定食が乗ったトレーを机に置いた。ちなみに俺はA定食。今日のA定食はカツ丼と味噌汁で、B定食はオムライスだ。

 

「俺水取ってくるよ。島田さんもいる?」

 

 俺もトレーを机に置きながらそう言うと島田さんはコクンと小さく頷いた。「了解」と答えて俺はセルフサービスの水を注ぎに行く。

 島田さんを家に招いてから約一週間が経つ。この一週間で俺と島田さんの関係は大きく変わった。朝アパートで会えば積極的に挨拶をするようになったし、時間が合えば一緒に登下校をしたりもするし、連絡先も交換した。顔見知りから堂々と友達と呼べる関係になったのだ。

 今日も昼前に同じ授業を受けていた為、そのまま二人でお昼を食べようという事になったのだ。少し前までは不思議な雰囲気を感じて接しにくかった島田さんだが、一度話すと簡単に距離は縮まるものだ。まあ今でも繊細な人形のような変わった雰囲気は感じるけど。

 

「はい、お待たせ」

 

 注いで来た水を島田さんに渡し、席に着く。

「ありがとう」と島田さんに言われてからいただきますと手を合わせてから食事を始めた。

 

「うん、普通にうまい」

 

 学食のメニューは正直めちゃくちゃ美味しいわけではない。けど不味いわけでもない。そんな普通の味だが、カツ丼と味噌汁の定食が四百円という安さがその味を一段階引き上げていた。四百円で不味くなくてそこそこのボリュームがある飯を食えるのはありがたいよな……。島田さんの食べるB定食のオムライスも四百円だ。安いよなぁ。

 

「よう!暮井!」

 

 そんなくだらない事を考えていると、ふと名前を呼ばれた。カツ丼から顔を上げると、テーブルを挟んだ正面に友人の鈴木が立っていた。鈴木はラーメンが乗ったトレーを机に置くと、俺の正面の席に腰を下ろす。

 

「島田さんもうっす!」

 

 俺の隣に座っている島田さんにも挨拶をする。島田さんは一旦食事の手を止め鈴木に「こんにちわ」と小さく返す。

 鈴木は気のいいやつだからな。まだ島田さんは鈴木相手だとちょっと緊張するみたいだが、仲良くなってほしいと思う。

 思い出すのはつい3日前の事。島田さんと一緒に登校している時に同じく登校していた鈴木に話しかけられ、いい機会だと思った俺は島田さんを鈴木に紹介したのだ。島田さんの話が増えるのは良い事だと思うし、友人の鈴木には島田さんが感じの悪い子だという認識がただの噂だという事を知って欲しかったのだ。

 結果二人は知り合ったのだが、後で鈴木に「島田さん、いい子じゃねえか。変な噂を話しちゃって悪かったな」と言われたのは嬉しかったな。やっぱり鈴木はさっぱりしてていい奴だ。

 でも、それは置いといてーーー

 

「鈴木、二限居なかったでしょ。何かあったの?」

「いや〜実は昨日サークルの新歓コンパがあってさ。深夜まではしゃぎまくったもんだから疲れちゃっててさ……へへ」

 

 自分の失敗を誤魔化すように笑う鈴木。

 つまりサボりって事だな。まあ俺もいずれサボらないという保証はどこにも無いし、正直サボる気が無いといえば嘘になるから咎めたりはしないけど。

 

「コンパ……?」

 

 そう言ったのは島田さん。聞き慣れない言葉だったのだろう。俺も音葉の意味を知ったのは最近だしなぁ。

 

「お、島田さんコンパに興味あんの?」

「コンパって何……?」

 

 島田さんにそう聞かれて鈴木はうーんと唸るが説明を思いついたようで人差し指を立てて語り出した。

 

「コンパってのはさ、仲良い奴らとか仲良くなりたい奴らとで集まって飲んだり食べたりしながら話し合ったりはしゃいだり………まあ簡単に言えば飲み会だな」

「飲み会……」

 

 そう言葉を漏らす島田さん。これもまた彼女にとっては聞き慣れない言葉だろう。俺もまだお酒飲んだ事ないし飲み会も参加した事ないからなぁ。まだ未成年だからってのもあるけど。

 

「楽しいぜ飲み会は!テンション上がるしいろんな人と話せるしな!!」

 

 確かに鈴木は好きそうだなぁなんて思いながら口の中のカツを水で流し込んだ。ていうか鈴木のやつこの口ぶりだともう飲んでるな?俺と同い年のはずなのに。まあ大学生だしそんなもんか。

 

「飲み会……楽しそう」

 

 島田さんのその言葉に「だろだろ!」と返す鈴木。

 

「でも私、お酒飲めないから……」

 

 しかし島田さんは悲しそうにそう続けた。

 そうだよな。鈴木はまだしも同じ大学生とはいえ13歳の島田さんが飲酒をするわけにはいかない。「あ、そりゃそうだよな……」とこちらも落ち込んだように言う鈴木。会話が止まったところで俺は口を挟んだ。

 

「いいんだよお酒飲まなくても。お酒なんか飲まなくたって人と集まって一緒にご飯食べてわいわい話すだけで飲み会の本質は楽しめるんじゃない?」

 

 まあ、飲み会行った事、ないんだけどね……と心の中で続けたのは内緒だ。

 

「お〜暮井いい事言うじゃん!その通りだ!」

 

 パチンと指を鳴らしながら鈴木。しかしその直後、何かに気づいたようにあ、と目を見開く。

 

「や、やべえ次の授業俺今日テストだった!」

 

 やばいやばいと言いながらラーメンを掻き込む鈴木。この焦りようから小テストの存在を今まで忘れてたのだろう。

 

「すまん二人とも、俺ちょっと勉強しなきゃいけないから先行くわ!」

 

 バタバタしてすまんと言い残すと鈴木は足早にその場を去っていった。鈴木も大変だな……。俺と島田さんも鈴木が去ったあとすぐに食べ終わり、席を立った。次の授業まで時間があったので二人でキャンパス内をブラブラすることにする。

 少し前まで昼時はサークルの勧誘でごった返してた中庭も、今はそれほどでも無い。

 

「でもまだ居るなぁ勧誘……」

 

 何人かの生徒がチラシを配っているのが見える。隣を一瞥すると、島田さんが興味ありげに勧誘している生徒を見つめていた。

 そう言えば島田さんはサークル勧誘をされた事がないと言っていた。サークルに入るかどうかは別としてやっぱり勧誘は一度されてみたいのだろう。

 そんな事を考えていると、勧誘の人と目があった。ロン毛で髭を生やした胡散臭いお兄さんだった。思わず「げっ」と声が出る。

 

「やあやあ、君たちは新一年生かな?」

 

 勧誘の人が近づいて来て話しかけられた。

 

「はい、まあ……」

 

 正直めんどくさかったので煮え切らない返事をする。

 

「俺たち映画研究会なんだけどさ、今日新歓の飲み会やるんだ!よかったら来てよ!場所はこのチラシに書いてあっからさ!」

 

 そう言ってチラシを渡される。

 島田さんに見えるようにチラシを持つと、それに気付いた勧誘の人が島田さんにもチラシを渡す。

 

「はい、もう一枚あげる。新一年生からお金は取らないから気軽に来てくれよな!」

 

 そう言い残すと勧誘の人は去っていった。

 新歓かぁ……鈴木も新歓に行ってたみたいだしそういう時期なのかもしれないな。

 

「………めて」

 

 そこで島田さんが何か小さく呟いた。

 

「……島田さん?」

 

「私……はじめてサークルに勧誘された」

 

 言いながら嬉しそうにもらったチラシを見つめる島田さん。ボコの色紙をあげた時と並ぶ幸せそうな笑顔だった。島田さんは今まで部活動に勧誘されたことがないと言っていた。初めてとなればたしかにこれだけ嬉しそうにしても仕方がない。

 俺がいたから向こうも話しかけやすかったのかもしれないな。

 

「暮井さん、新歓って何?」

 

 チラシから目線を上げて俺に目を合わせる島田さん。

 

「新歓っていうのは新入生歓迎会の事。今日鈴木が話してた飲み会ってあったでしょ?簡単に言うと新入生、つまり俺たちを歓迎する飲み会って事」

 

 大学に入ってからまだ飲み会に行ったことは無いが、だいたい合っているだろう。そんな俺の返事を聞いた島田さんはほとんど無表情ながらも目をキラキラさせていた。……これはまさかーーー

 

「私、行ってみたい……!」

 

 や、やっぱり……!!

 どうしよう……これは良くないぞ。島田さんが普通の大学生なら問題ない。でも彼女は飛び級して大学に入っている十三歳の少女だ。そんな女の子が大学生の新歓の飲み会に混ざれるのだろうか?お酒も飲めず、盛り上がる周りの雰囲気に呑まれてしまうのではないだろうか?

 

「暮井さん……?」

 

 俺が黙って考え事をしていたからか、島田さんは不安そうな目を俺に向ける。どうしよう……。島田さんにも行かない方がいいって言った方がいいのか?でもそんな事を言ったら彼女は傷付くだろうし……でも飲み会に行ったとしても彼女は………。

 なんて返していいかわからずに沈黙が続く。

 

「私、もっと色んな人と知り合いたい」

 

 それを破ったのは島田さんだった。

 

「暮井さんと友達になって、鈴木さんも紹介してもらって学校でも話せる人が出来た。でも暮井さん達ばっかりくっつくのは良くない。私はもっと色んな人と話せるようになりたい……!」

 

 まっすぐに目を合わせてそう言われた。人と話すのが苦手と言っていた島田さん。そして学内で浮いているのを、話す相手がいないという事を気にしていた。そんな自分を変えたい、そんな思いがまっすぐな目に宿っている気がした。

 

「お酒は飲めないし、飲み会に行っても上手く話せるかはわからないけど……」

 

 そこで俺から目を逸らして顔をうつ向かせる。島田さんは俺が言わなくてもわかってたんだ。新歓に出ても馴染めないかもしれない、失敗して終わるかもしれないという事を。でもそれを承知の上で行きたいと言った。人付き合いが苦手な自分を変えるために。

 そんな健気な姿を見せられたら仕方がない……。

 

「わかった……。島田さん、俺も一緒に行くよ」

 

 そう言わざるを得なかった。

 体育会系のサークルじゃないし、新歓の飲み会って言ってもあんまりはしゃぎすぎることもないだろう。俺がついて行って島田さんのフォローをすれば多分大丈夫だ。

 

「……ほんとう?」

「ああ。俺も新歓行った事ないから興味あるし、付き合うよ」

 

 そう答えると島田さんに笑顔で「ありがとう」と言われた。控えめな笑顔だったが、心が波うった。島田さんはまだ十三歳だが容姿が良いからか、その純粋さからか年上の俺でもたまにはっとする事がある。

 ……ロリコンの変態がいるかも知れないしそういう奴には気をつけておこう。かわいい娘がいる父親というのはこんな気持ちなんだろうか?

 

 それから俺は三限の授業が、島田さんは戦車道の訓練があるので一旦解散となった。新歓の集合場所はチラシ配りをしていた中庭。集合時間が四限の終わった後なので、俺と島田さんは直接中庭で集合しようと決めた。

 

 時間が経過して夕方の午後五時。

 三限、四限を終えて俺は早めに中庭に行く。

 すでに中庭には映研のサークルメンバーらしき人達と新入生らしき人が数名集まっていた。男女比は男が八、女が七といったところ。映像研究会という場所の特性なのだろう。映画好きの女の子ってあんまり見ないからな。元々不安だったが、島田さんが馴染めるかさらに不安が増す。……まあなんとかフォローするしかないよな。

 

「あの……ここって映研さんの集まりですよね?」

 

 その集団に声をかけると、サークルのメンバーらしき人が「そうだよ、新入生?」「新歓に参加してくれるんだね?」と声をかけてくれた。

 

「お、君は昼間の!よく来てくれたね!」

 

 その中には俺と島田さんに勧誘チラシを渡したロン毛の先輩もいた。

 

「もう一人のあの子は来てないの?」

 

 ロン毛の先輩にそう聞かれてスマートフォンで時間を確認する。集合時間まで後二分。もう来てもいいころだけど……

 

「暮井さん……!」

 

 聞きなれた声が耳に入る。見ると声の主は島田さんだった。

 

「あっ……」

 

 いつも人形のようなの雰囲気をまとったロリータ系のファッションに身を包んでいる島田さんだが、一度家に帰って着替えて来たようで普段よりフリフリ度が増した服装をしている。

 ーーーかわいい。と思わず心の中で呟いた。白いシャツの上に黒いブレザー風のワンピースを羽織り、そこから白いソックスに包まれた細い足が伸びていた。靴は赤いリボンのあしらわれた丸っこい黒のハイヒールを履いている。

 俺と同じく隣に立っていたロン毛の先輩も島田さんに見惚れてしまったのか声を出せずにいた。

 

「暮井さん……?あ、もしかしてこの服変かな……」

 

 服をジロジロ見ていたからか、不安そうにそういう島田さん。俺は首を横に激しく降ってその発言を否定する。

 

「い、いや、すごく似合ってるよ!すごいかわいい!」

 

 素直にそう感想を告げると、「あ、ありがとう」と島田さんは照れながら小さくそう言った。やましい気持ちは無いが、照れて口に手を当てる仕草も特別に可愛く見える。

 

「へぇ……なるほど。服のセンスもいい」

 

 そう呟いたのは俺の隣に立って居たロン毛の先輩。彼はニヤリと口角を釣り上げて居た。

 

「君、名前は?」

 

 ニヤニヤした顔のままロン毛の先輩は島田さんにそう尋ねる。

 

「……島田愛里寿」

「そうか、愛里寿ちゃんか……よろしくね」

 

 そのまま自己紹介をする先輩。知り合いが増えて嬉しそうに微笑む島田さんに対して俺は素直に喜べなかった。同じ男の俺にはなんとなくわかった。先輩の島田さんを見る目が下心に満ちているということに。もし島田さんに変なことをするようなら放って置くわけにはいかない。もちろん気のせいかもしれないが、少し警戒した方が良さそうだ。

 まあ勘違いだったら島田さんの知り合いが増えるのはいいことだし、変なことをせずに真面目にアプローチをかけるのであれば俺に先輩を止める理由はないけど。でもこの先輩ロン毛で無精髭を生やして、なんか怪しいんだよな……。

 

「んじゃ、みんな集まったね!じゃあ新歓の会場に行くよー!」

 

 映研の部長らしき人がそう言うと、みんなで移動が始まった。

 学校から歩いて十五分。たどり着いたのは一つの飲み屋。話を聞くとその飲み屋には一部屋大きなモニターがある部屋があるらしく、今日はそのモニタールームで映画を見ながら歓迎会をするらしい。

 飲み屋に入ると早速モニタールームに通された。部屋は和室で、長机を囲むように座布団が置かれて居て、モニターは壁に埋め込まれて居た。フォローがしやすいように俺は島田さんの隣を陣取り席に着く。

 席に着いてすぐに飲み物を注文し、程なくしてお通しと飲み物。大体の人はビール、島田さんと俺だけはアルコールではなくソフトドリンクが運ばれて来た。アルコールじゃない飲み物を頼むと言った時はあまりいい顔をしてもらえなかったが、島田さんを一人が素面の状態、というのは避けたかったのだ。

 

 乾杯が終わると一人ずつ自己紹介が始まった。俺も島田さんも自然にやれたと思う。驚いたのはあのロン毛の先輩が副部長だったという事。しかしなんか新入生の割合の方がすこし多い気がする。そう思ったのが予兆だ。それから映研の人が持ち込んだ映画の上映会が始まり、ここからの飲み会は"地獄"だった。

 

「そうそうこのシーン!!このアングルから全体を写すのが凄くて!!このとき俳優さんが実はーーー」

 

 映画のワンシーンを見て語る先輩。映画が始まってからずっと喋り続けている。最初のうちは俺も話を聞いて居たのだが、二十分を超えたあたりから愛想よく反応するのを諦めた。カメラの話とか、CGの話とか、映画に対するディープな知識の話ばかりされて正直わけがわからない。それに知らない映画だったし、せめて普通に集中できる環境で見たかった………。

 周りを見渡すと、他も似たようなもので先輩に囲まれた新入生が疲れた顔をして居た。中には声を弾ませて会話に参加している新入生もいるが、こういう人達が映研に入るのだろう。在校生の映研メンバーより新入生の方が

 多いのはつまりそういう事だろう。毎年この新歓で入る人数が減るんだ。まあこんだけよくわからないマシンガントークに付き合わされたら入る気も無くすよな………。

 

「あ、で今のシーンは実はCG使ってないんだよ。この監督はこだわりがーーー」

 

 そんな事を頭で考えてる時も、隣に座った先輩は永遠と話し続けて居た。

 ………しんどい。

 もう一方、俺の右側に座った島田さんを見ると目があった。その表情はいつもより疲れているように見える。島田さんも隣に座ったロン毛の先輩から永遠と話を聞かされていたようだ。

 

「映研入ってさ、一緒に映画作ったりお話ししようよ。ねえ愛里寿ちゃん?」

 

 言いながらロン毛の先輩は腕を島田さんの肩に回す。俺の太ももに触れている島田さんの足がビクッと動いたのがわかった。手は十三歳の女の子だぞ!?お酒が入って酔っているというのもあるのだろうが、同年代ならまだしも島田さんにこういうアタックをかけるのは良くないだろう!ていうか愛里寿ちゃんって何を馴れ馴れしく下の名前で……!

 

「あ、あの……私……」

 

 戸惑いながら島田さんはロン毛の先輩から距離を取ろうとするが、ぐいっと肩に回された手で引っ張られて先輩と密着する形になる。おいおい、このロン毛何やってるんだ!?

 その時もう一度島田さんと目があった。焦ったような、怯えたような顔で俺と目があった。

 それを見て、何かがプツンと切れた。頭に熱が入り、思考が鈍くなるのを感じたが抑えきれない。

 島田さんの背中に手を伸ばし、ロン毛の腕を避けながら彼女の肩を掴む。

「え?」とロン毛が戸惑い肩に回した腕が外れる。その隙に俺は島田さんと体を密着させた。ロン毛の手がもう島田さんの肩に触れないようにブロックしながらがっしりと島田さんの頭を胸に当てるようにしてくっ付けた。

 

「く、暮井さん……!?」

 

 ごめんね島田さん。驚きの声をあげた彼女を一旦無視する。今対処するべき相手は目の前に居るロン毛だ。

 

「……ちょっと君、何?」

 

 ロン毛に睨まれる。そりゃそうだろう。女の子にアタックしてたら突然邪魔をされたんだから。俺もそんな事をされたら腹がたつ。でもまだ子供の島田さんに、それも嫌がられるようなアプローチをしたんだ。俺は島田さんをフォローすると決めてここに来た。だからそれを見過ごす事は出来なかった。

 

「すいません、俺達明日予定があってそろそろ帰らないといけないんですよ」

 

 怒りを表に出さないように、出来るだけ愛想よく笑顔を浮かべてそう言った。もちろん予定があるなんてデタラメだ。

 

「……え?何だよそれ。ていうか君ーーー」

「いやほんとにすいません!」

 

 ロン毛が俺に文句を言おうとしたが無理矢理言葉を遮った。次にロン毛が俺に何かをいう前にここを去らねば。俺は自分のリュクと島田さんのポーチを肩にかけ、島田さん手を引いて席から立った。

「どうしたの?」と俺の隣に座って居た先輩に聞かれるが、「すいません用事があって」とだけ伝えて島田さんの手を引きながら足早に部屋を出る。後ろで先輩達からえー!?という声が聞こえたが無視した。

 

 店から急いで出て近くにあった公園に入る。これで一息つけるな。

 

「……ふぅ、抜け出せた」

 

 狭い部屋から出たせいか、飲み会が地獄だったからか開放感がすごかった。

 

「あ、あの……暮井さん………」

 

 何かを訴えるように言う島田さん。振り返ると島田さんはチラチラと視線を下に向けていた。何だろう?と見るとそこには繋がれた俺と島田さんの手。

 

「あっ、ご、ごめん!」

 

 すぐにパッと手を離して半歩下がる。

 あの時は頭に血が上ってたから気づかなかったけど、ロン毛から離れるためとはいえ肩を抱いて体を密着させるのはよくなかったかな?というか島田さんは何となく嫌がってそうだと思ったから飲み会を一緒に抜けて来ちゃったけど本当のところはどうなんだろう?

 冷静になると色々とネガティブな考えが出てくる。やっちゃったかもな……。

 

「ごめんね島田さん。無理矢理一緒に抜け出しちゃって」

「いや、あの………」

 

 何かを言おうとして島田さんは口ごもる。

 どうしたんだろう。もしかして無理矢理連れ出したから怒ってる?

 

「島田さん?」

 

 体をかがめて顔を覗き込む。しかし目が合うと、ばっと勢いよく顔をそらされてしまった。その顔色は髪で隠れて見えない。

 

「ちょ 、ちょっと待って………」

 

 島田さんはそう言って二、三度控えめに深呼吸をする。心なしか耳が赤くなって居る気がする。飲み会の席は騒がしくて暑かったから体が火照ったまんまなのかもしれない。

 

「うん、大丈夫……」

 

 と、俺に向き直る島田さん。何だったんだろう?

 

「えと………何の話だったっけ?」

 

「ああ、俺が無理矢理島田さんを飲み会から連れ出しちゃったから嫌じゃなかったかなって……」

「それは、全然平気。むしろちょっと困ってたから抜け出せてよかった」

「そっか……」

 

 島田さんが嫌がってないようでよかった。安心して思わずふぅ、と息を吐く。

 

「あの…… 髪の長い男の人、ちょっと強引で怖かったから、助けてくれてありがとう」

 

 ロン毛の先輩の事だろう。やっぱり怖かったんだな……。

 

「いや……でもごめんね。強引に肩とか引っ張っちゃったから。痛くなかった?」

「あっ……うん、平気………」

 

 平気とは言うものの、言った後に島田さんは目を伏せてしまう。また髪で隠れて表情がわからないが、やっぱり痛かったのだろうか?

 体の具合を聞こうと思った時、俺の思考を遮って島田さんが口を開いた。

 

「でも、飲み会上手くいかなかった……。あんまり人と話せなかったし、せっかく暮井さんも来てくれたのに………」

 

 島田さんの声は少し悲しそうだった。

 あの新歓はなかなか成功できるものじゃない。実際俺と島田さんを含め新入生のほとんどが楽しそうには見えなかった。特に島田さんはあのロン毛の先輩にがっしり捕まってたから他の人と話す機会も少なかっただろう。

 でも、島田さんにとって今回は初めて自分から人とコミュニケーションを取ろうとした結果だ。俺の何倍も失敗したショックは大きいのだろう。

 

「……大丈夫」

「え?」

「大丈夫だよ。失敗したらまた挑戦すればいいんだ。俺にできることならいくらでも協力するし、こういう飲み会だっていくらでも付き合うよ」

 

 俺の言葉に対して島田さんは「ありがとう」というと笑ってくれた。こんな言葉で少しでも彼女のショックが和らげられるのであれば言ってよかったのだろう。もちろん励ましのためではあるが今言ったことは全て本当だ。

 

「でもなんか煮え切らないなぁ。中途半端に映画見ちゃったし、先輩の話は正直よくわからなかったし………帰ったらなんか一本見ようかな」

 

 こんなモヤモヤした気持ちのまま一日を終えたら映画が苦手になってしまいそうだった。

 

「私も何か見ようかな……」

 

 島田さんがそう言った直後、ぐぅ〜と俺の腹の虫がなる。

 

「……そういえば映研の人の話にずっと付き合ってたからご飯あんまり食べられなかったんだよな」

 

 どうしよう。こんな時間にやってる飯屋なんてほとんど飲み屋だし……。面倒だけどこれは帰って何か用意するしかないか………。そんなことを考えていると、もう一度腹の虫が鳴った。しかし今度は俺の腹じゃない。

 

「わ、私もあんまり食べられなかったから………」

 

 顔を真っ赤にして目を伏せる島田さん。今度は島田さんの腹が鳴ったのだ。そうだ、どうせ何か作るなら、

 

「島田さん、俺の家で一緒になんか食べない?と言っても多分レトルトのハンバーグとかになるけど……」

 

 この間親に送ってもらった食料たちがまだ残ってるから使いたいんだよな。

 

「いいの?」

 

 控えめにそう聞く島田さんにもちろんと頷く。

 

「ついでに映画も一緒に見る?」

「うん、見たい……」

 

 小さく頷く島田さん。そして何かを閃いたようにパッと顔を上げ笑顔で口を開いた。

 

「ボコ……ボコの映画が見たい!ちょっと前にブルーレイを買ったんだけどまだ見てなくて」

 

 ボコって映画もあるのか……。正直それが面白いのか?とは思ったが島田さんの期待を宿した眼差しを見ると断れるはずもなく、いいよと頷いてしまう。「やった!」と小さくガッツポーズをする島田さんは可愛かったのでまあ良しとしよう。他に何か見たい映画があるわけじゃないし。

 

「んじゃとりあえずパパッと帰ろうか」

 

 そう言って俺たち二人は帰路に着いた。

 




本当はもう少し書いてから第3話って事にしたかったのですが、あまりにも長くなりそうだったのでここで一旦切ります。
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