隣のワンダーアリス   作:押花

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久々の更新になります。


第5話「賞」

 映研の新入生歓迎会から一ヶ月。

 あの日島田さんと二人で映画鑑賞会をした夜、思いついた絵本のネタ。その本がついに完成した。

 そして今日はその絵本を出版社に持ち込んだのだが………。

 

「うむ……いいね。キャラも可愛いし話も面白いし、今回はいけるよ暮井くん!」

 

 俺の絵本を読んだ編集者の第一声がそれだった。

 

「ほ、ほんとですか!」

 

 思わず声が大きくなってしまう。

 今までこの出版社ではずっとこの編集さんに見てもらっていたがこんなに褒められたのは初めてだった。一ヶ月間頑張った甲斐があった。

 

「主人公の魔女の女の子もかわいいし、魔女故にみんなに馴染めてない設定もいいね。それを解決してみんなと仲良くするきっかけになった猫。この猫がふてぶてしい見た目なのもおもしろいよ」

 

 すらすらと編集者の口から褒める言葉が出る。

 今回俺が作った話は動物の街に住んでいる魔女の少女のお話。街で嫌われている魔女の女の子は本当は心の優しい子で、それを知った黒猫が少女の優しい心を街のみんなに教えて仲良くなる、といった話。

 ちなみに魔女のモデルは島田さん、猫のモデルはいつも家に飯をたかりにくる黒猫のボスだ。

 もちろん絵本を描くにあたって島田さんには許可を取った。絵本の話をした時は「私を絵本に……?」と少し照れていたが了承してくれた。

 

「………うん、これなら今月の賞入選確実だよ!」

「賞………!」

「どう暮井くん?これなら最優秀賞の可能性もかなりあるよ。もし最優秀賞が取れなくても絶対何かに引っかかりはすると思うけど、応募してみる?」

 

 今月の賞………といえば最優秀賞に選ばれれば書籍化が決定するというビックチャンスな賞!!最優秀賞以外にも奨励賞や特別審査賞がある。どちらにせよ何かに入選してしまえば賞金十万円は下らないぞ!!

 島田さんをモデルに描いた絵本で初めての本が出せるかもなんて!!モデルになって貰った島田さんへのお礼にもなるだろう。

 賞の応募に対して俺は「お願いします!」と答えた。

 

「ちなみに暮井くん、今新しいネタとか持ってたりする?」

 

 と編集者。

 

「あ、はい。いくつかネタ帳に……」

「なるほど、じゃあまた今度一回ネタをまとめてきてよ。とりあえず話一本でいいからさ。それで賞に向けて打ち合わせしよう」

 

 う、打ち合わせ……!

 今までは何を持ってきても次の作品が完成したら持ってきてねとしか言われなかったのに……!

 

「来週の……そうだな、土曜日は空いてる?」

「は、はい!空いてます!」

「じゃあそこで。時間はーーー」

 

 それから話し合って打ち合わせの時間を決めて俺は出版社を去った。今日持ち込んだ絵本の原稿は編集さんに預けてきたため手ぶらだ。

 やっと俺の力が認められた。そんな気がして気持ちが高ぶる。今まで俺は絵本作家の親父の陰に隠れたただの素人だった。でもやっとこれで親父の陰から抜け出せる。そのための第一歩を踏み出したんだ。

 叫びたい気持ちを我慢して俺は早足で駅まで歩き電車に乗る。電車に乗ったら家までは一時間半くらいだが、その時間がとても長く感じた。この喜びを早くあの子に伝えたい。ケータイで伝えるという手もあったが直接伝えたかった。

 電車に揺られて一時間半。自宅の最寄駅に着くと、俺は耐えきれなくなって走り出しす。赤信号ギリギリで横断歩道を駆け抜け、行きつけのスーパーを通り過ぎ、入り組んだ住宅街を進んで自宅のアパートへとたどり着く。汗だくで息を切らしながら階段を上がると、見慣れた背中が見えた。

 俺が今一番会いたかった目的の人物だ。

 

「島田さん!」

 

 名を呼ぶと、彼女も振り返って俺の名を呼んだ。

 

「暮井さん……!」

 

 彼女、島田さんは数歩俺との距離を詰めてちょうど話しやすい位置に立った。

 

「どうしたの?こんなに汗だくで……」

 

 不思議そうに俺を見る島田さん。汗だく、と言われて少しハッとした。早く島田さんに吉報を伝えたい一心で走ってきたが、夏も近くなって来たこの時期にこんな汗まみれで嫌がられないだろうか?臭くないだろうか?でも今はさほど気にしてられなかった。せっかく走ってきたんだ。早く絵本の事を島田さんに言いたかった。

 とりあえず荒くなった息だけは整えようと島田さんに身振りで少し待ってと伝えて息を整えた。

 そして数秒。

 息を整えながらもう一つ気付くことがあった。絵本で今までより少し成功を収めることができた。それを島田さんに伝えるのはいい。でもどうやって伝えればいいか。それを全く考えてなかった。

 全てを説明すると微妙に長くなるし話としても大して面白くはない。簡潔に伝える一言はないだろうかと探して絞り出した言葉は………。

 

「………やったぜ!」

 

 よくわからない一言だった。

 

 

 

 

 ◇

 

 結局あれからシャワーを浴びた後、島田さんを部屋に招いて話をした。島田さんもちょうど俺に用事があって部屋を訪ねようとしていたらしく都合が良かったのだ。

 俺は島田さんをモデルにした絵本が完成して出版社に持って行った事。それが評判が良かった事。最優秀賞が取れるかもしれない、そうじゃなくても入賞は確実と言われた事。来週の打ち合わせの事まですべてを話した。

 

「暮井さんすごい……。この一ヶ月感頑張ってたから。私も頑張らなきゃ……!」

 

 と島田さんは俺の話を聞いてくれてそんな事を言ってくれた。すごい、と一言島田さんに言われただけで俺は編集者に褒められたのと同じくらい喜びを感じる。

 親父が絵本作家な俺と同じく親が自分の分野で高みにいる島田さん。しかも島田さんの場合は戦車道の由緒ある家系で自分で絵本の道を選んだ俺と違って生まれた時から戦車道の道を歩む事を定められていた。本人が戦車が好きと言っているから良いのだろうが、そのプレッシャーは俺のものとは比べものにならないくらい重いだろう。

 そんな島田さんを俺は勝手に夢追い仲間として、ある種のライバルのような存在として感じていた。そんな島田さんに褒められるともっと頑張らなければという気になれた。

 

「……話聞いてくれてありがとう。で、島田さんの用事っていうのは?」

「あ、うん。実は来週に戦車道の試合があって………」

「試合……っていうと島田さんが隊長をやってる大学選抜チームの?」

「うん、実は社会人チームとのエキシビションマッチなんだけど………」

 

 言いながら島田さんが取り出したのは試合のペアチケットだった。

 

「暮井さんにはいつも絵を見せてもらったり、友達を紹介してもらったり、いろいろ助けてもらってるからそれのお礼に………良かったら見にきて欲しくて………」

 

 島田さんが持ったチケットの日付がちらりと見えた。試合は来週の日曜日か……編集さんとの打ち合わせは土曜日だから日曜日なら大丈夫だ!

 戦車道については前々から興味があったし、島田さんが戦車に乗ってるのも見てみたい。

 なら俺が返す答えは決まっている。

 

「………ありがとう!絶対見に行くよ!しっかり応援するから!」

 

 言って俺はチケットを受け取る。

 すると島田さんはホッとしたように微笑んだ。

 

「でもペアチケットか………鈴木とか誘ってみようかな」

 

 鈴木。高身長爽やかイケメンな俺の学部の友人だ。彼なら島田さんとの共通の友人でもあるし、二人で一緒に応援できるだろう。

 こんな時に彼女の一人でもいればいいのだが、あいにくそんなものは俺にはいない。悲しい事だ。

 

「本当は一緒に会場まで行きたいんだけど私はチームのみんなと行かなきゃならなくて……」

 

 と申し訳なさそうに言う島田さん。

 

「大丈夫だよ、島田さんは試合に集中して!楽しみにしてるからさ!」

「うん」

 

 来週末は忙しくなりそうだなと思わず笑みがこぼれた。

 島田さんの応援もしなきゃいけないけど先ずは打ち合わせ用のネタを考えなきゃな。その日の夜はプロット詰めで結局寝れなくて次の日の授業は遅刻した。

 

 

 ◇

 

 あれから一週間。とうとう編集さんと約束した打ち合わせの日だ。俺はネタのプロットを書き込んだクロッキー帳を持って出版社に向かった。

 出発社にある打ち合わせ用のテーブルで編集者を待つこと数分、目当ての人物は現れた。

 

「ごめん暮井くん、待たせたね」

「いえいえ!」

 

 挨拶もそこそこに編集さんは席に着いた。

 

「えと……暮井くん。最初に大事な話をしようか」

 

 突然そう切り出した編集さん。

 大事な話?なんだろう。先週出した絵本の話だろうか。もしかしてもう賞が決まったとか……!?

 期待に胸を膨らませながらニヤつきを表に出さないように編集さんの次の言葉を待つ。、

 

「この前持って来てくれた絵本あったよね?」

 

 来た来た!やっぱり賞の話だ!!

 

「あ、魔女の話ですよね……!」

「そうそう。で、あの時入賞確実って言っちゃったんだけどさ、あれ無しになっちゃったんだ」

 

 そうあっさりと告げられた。

 

「…………え?」

 

 思わず声が漏れた。

 無し。

 その言葉が重く身体にのしかかる。空調の効いているはずの室内にいるのに背中からブワッと汗が噴き出した。思考が止まる。視界がぐらぐらと揺れて編集さんとの距離が遠くなったように感じた。

 

「ほんとごめんね暮井くん!実は同じようなネタですごいいいの描いてきた人がいてさ。編集長がそれを推しちゃって………」

 

 悲しみと怒りと惨めさ、そんな感情が俺の中を渦巻く。

 

「ほら最優秀賞って書籍化されて他の入賞作品も雑誌に載ったりネットで公開されるじゃん?だから同じ賞でネタが被ってるのって良くなくて……」

 

 その後も編集さんは謝りながら何かを言っていたが、俺はぐちゃぐちゃな感情を抑えるのに必死で話の内容は頭に入ってこなかった。ただただ頭の中がぐちゃぐちゃで、視界がぐらついていて、まるで第三者から自分を見ているようなそんな距離感の狂い、足元が揺れているような平衡感覚の狂い、何もかもがぐちゃぐちゃだった。

 

 そこからは何を話したかはよく覚えてない。新しく持ってきたネタの打ち合わせをしたが、何となくそれが好評じゃなかったのはわかった。褒められて浮かれていた先週と変わって俺は沈んでいて、褒めるような言葉は一度も出てこなかった。

 気付いたら出版社のロビーを出て空を見上げていた。

 

 なんだよ………なんなんだよこれ………。絶望感に煽られる。浮かれまくって、島田さんに賞が取れそうだって自慢して、恥ずかしい。恥ずかしすぎて惨めになる。なんだよやったぜって………馬鹿みたいだ。浮かれて汗だくになって走って………先週の事を思い出すたびに恥ずかしくて、惨めになって、後悔だけが俺の中に残る。

 堂々と往来に突っ立っているのも空を見上げているのも、それすら恥ずかしくなって体を縮こめてポケットの中に手を突っ込んだ。

 そこでハッと気づく。クロッキー帳とケータイを出版社に忘れた事に。きっと打ち合わせ用のテーブルの上だろう。なんだよ、こんな時に忘れ物って……なんでこんなに駄目なんだよ俺は………。

 

「ああっ!!」

 

 そんな自分に腹が立って中途半端に大きな声を出した。でもそれがまた惨めで他人の視線から逃げるように再び出版社に足を向けた。

 忘れ物を取ったらすぐに帰ろうと急いでエレベーターに乗り打ち合わせをした階に上がる。

 素早くクロッキー帳とケータイを見つけて手に取り、その場を立ち去ろうとした時、自分の名前が耳に入った。

 

「で、どうだった暮井先生の息子は?」

 

 否。これは俺の名じゃない。暮井先生、と言うのは俺の親父の事だ。

 なぜか俺は見つかるのが怖くて柱の陰に身を隠した。

 

「はぁ……」

「ほら、さっき君打ち合わせしてたでしょ?暮井先生の息子と。どうだったの?」

 

 どうやらさっきまで俺と話していた編集さんともう一人の編集者が話をしているようだった。

 

「いや……あれは駄目かもしれませんね。先週持ってきてくれたネタは良かったけどあれだけで………」

「………っ!!」

 

 思わず息を飲んだ。駄目。その言葉が心に重く突き刺さる。

 

「今日持ってきてくれたネタも正直イマイチで、暮井先生は天才ですけど息子はそんなにかもしれませんね」

「手厳しいね?」

「でも最初に他に似てるネタがあるからってボツにしたのは編集長じゃないですか………。絵だけはそこそこですけどそれだけです。暮井先生ほど才能があるとも思えなしい、正直向いてないのかもしれませんね」

 

 ポキリと。ポキリと何かが折れた。

 歪む視界で俺は歩き出して出版社を後にする。親父に比べて才能が無い。そんな事は分かっていた。同じ絵本の道を進んでいる俺が一番よくわかっている。でも、それでも絵本が描きたいから俺は今までやってきた。でも…………彼らの本音がはっきりと聞こえてしまった。

 駄目。イマイチ。才能が無い。向いてない。

 

「ははっ……」

 

 わかってたよ。薄々感じてた。そりゃそうだ親父は日本でも有数の絵本作家。そんなやつと比べたら才能なんて足りなくて当然だ。でも、でも俺だって頑張れば親父には届かなくてもやっていける。そこそこいい評価をもらって、そこそこファンもいて、親父とも絵本について語り合って、作家仲間としてやっていける。そう思ってた。

 でも違った。現実はもっと厳しくて、親父並みの才能が無いどころか俺は"向いていなかった"のだ。

 

 歩くのすら嫌になって俺は橋の上で立ち止まった。見おろすとそこそこ大きな川が流れている。橋の手すりに肘をかけるとクロッキー帳が視界に入った。

 ……腹がたつ。パラパラとめくる。さっきイマイチと言われたネタ達だ。こんな、こんな中途半端に描きたい気持ちがあるからこうして痛い目を見るんだ。こんなものがあるから……!!

 

「くそっ!!」

 

 カッとなってクロッキー帳を川に投げ捨てる。何かが失われて心にぽっかりと穴が空いたような感じがした。

 

「ははっ………」

 

 俺にはもう何も無い。恥と惨めさとそんなものしかもう手元にはなかった。

 でも軽くなった。大きくて大切なものだった気がするが、大きなそれが無くなった事で少しは動けるようになれた気がする。

 

「かっこ悪りぃ……」

 

 そう呟いて再び俺は歩き出した。

 視界はまだ歪んでいる。




まるで編集者さんを悪者みたいに扱ってしまいましたが、実際の編集者さんは普通に優しいと思います。
今作の編集さん達も別に特別悪い人たちじゃ無いです。
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