隣のワンダーアリス   作:押花

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第6話「似た者同士」

 結局、俺は打ち合わせのあと家に帰ってシャワーを浴びるとただ眠った。何もやる気が起きなかったからだ。目を覚ましたのは朝の日が出るか出ないかといった頃。

 何時だろうとケータイを見るとたくさんのメッセージが届いていることに気付いた。

 メッセージの送り主は鈴木。

 メッセージを開くと昨日から待ち合わせについて、俺が返事を出さないからか大丈夫か?など心配するようなメッセージもあった。

 

 そう言えば今日は鈴木と島田さんの試合の応援に行く約束をしていた。机の上にはチケットが二枚。正直今試合の応援にいく気分では無かったが、チケットを無駄にするのは島田さんに失礼だし、一日予定を空けてくれた鈴木にも申し訳ない。

 

 ケータイのメッセージを見ると集合は朝7時に駅前となっていた。昨日まで集合場所と時間を決めてなかったら鈴木が決めてくれていたようで助かる。試合会場が遠いから集合時間も早めにしたみたいだ。

 現在時刻は朝の五時。

 鈴木に連絡が遅れてすまない、七時にはちゃんと集合場所に行くとメッセージを送って外出の準備をした。顔を洗って服を着替えて朝飯を食って、いつも使っている外出用カバンを手に持つ。

 無意識にそのカバンの中にクロッキー帳を入れようとして、ふとそれが無いことに気づいた。

 

「そう言えば昨日河に投げ捨てたんだっけ………」

 

 今まで外出する時はクロッキー帳を必ず持っていって気になるものをスケッチしていたのだが………。

『向いていない』と昨日聞いてしまった編集者の言葉を思い出す。

 

「………っ」

 

 苛々してカバンの中の筆記用具をすべて取り出した。今は絵に関することに触れたくなかった。

 最後に気持ちを落ち着けるために水を一杯飲むと俺は部屋を出る。

 駅前まで歩いて行くと、すでに鈴木は改札の前で待っていた。

 

「おはよう暮井、昨日は来るか心配だったけど来てくれてよかったぜ」

 

 爽やかに笑う鈴木。

 

「……ああ、おはよう。連絡返せなくてごめんな」

 

 鈴木に俺も笑って返してみるが、今は少し笑顔を作るのが辛かった。

 

「………どうした、暮井。今日なんか元気なくないか?」

「い、いや……!そんな事ないよ。朝だからちょっと眠くてさ!」

「そっか………。ならいいけど」

 

 なんとか誤魔化せたようで内心ホッとする。

 元はと言えば俺が誘ったんだ。鈴木に変に気遣いなんてして欲しくない。

 ……ていうか少しは元気出さないとな。

 いくら気力がわかないとはいえせっかく島田さんがチケットをくれたんだ。楽しまなきゃ彼女にも一緒に来てくれる鈴木にも失礼だ。

 絵本のことを思い出すとやっぱり辛いけど、もう少し元気を出さなきゃ。

 

「じゃあそろそろ行こうぜ」

 

 鈴木のその言葉で俺達は試合会場に向かって移動を始めた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 大学選抜チームと社会人チームのエキシビションマッチが行われる会場。社会人との試合ということで、大学選抜チームの更衣室は緊張した空気に包まれていた。

 

「♪〜」

 

 しかし、そんな周りの空気を気にすることなく愛里寿は着替えながら鼻歌を歌っていた。知っている人が聞けばわかるボコの主題歌だ。

 

「や〜ん見て〜!隊長が鼻歌歌ってる、かわいい〜」

「あっ!見てアズミ!!ちょっと隊長笑ってる!!笑ってるわ!!」

「ほんとだ!あ〜もうかわいい〜」

 

 同じく緊張した空気を読まずに小声ではしゃいでいるのは副官のルミ、メグミ、アズミだ。

 

「あっ、そう言えば隊長今日の試合に友達呼んだって言ってたような……」

「だから機嫌がいいのね!くぅ〜」

 

 ルミの言葉に悶えるアズミ。

 

「そう言えば隊長、大学に入ってから雰囲気変わったわよね?」

 

 とメグミ。

 

「ああ〜確かに。門下生として隊長と接してる時はもっとクールだったっていうかなんて言うか………」

「あんまり私達や他の門下生とは話してなかったわよね。まあそんな隊長も可愛かったけど」

 

 ルミの言葉に付け加えるような形でアズミがそう言った。

 

「最近は隊長、前に比べて雰囲気が柔らかくなったわよね。私達ともだんだん喋ってくれるようになったし」

「もしかしたらその大学で出来た友達の影響で変わったのかも?」

「なんか私達以外にそんな仲のいい人がいると思うと悔しいわね………」

 

 確かにと同調する三人。三者ともこの場に居ない会ったことも無い人物に嫉妬するのもどうかと思ったが、それはそれとして悔しかったのだ。

 

「どうしたの?何だか楽しそう」

 

 突然副官三人以外の声が耳に入る。

 見るといつの間にか着替え終わっていた愛里寿がすぐ近くに立っていた。

 不意をつかれた三人はみんなして一瞬言葉を失う。三人とも正直に、隊長を見て盛り上がっていました。というのは流石に恥ずかしかった。

 

「……私には言えない?」

 

 しかし数秒沈黙が続くと愛里寿はハの字に眉を歪めてそんなことを言う。

 

「あっ……いや、その……隊長がなんだか機嫌良さそうだな〜って」

 

 その悲しげな表情を見て耐えきれるはずもなく、アズミが真っ先にフォローをした。(フォローと言っても正直に話しただけだが)

 

「隊長、この試合にお友達を呼んだって言ってましたよね!?どんな人なんですか?」

「あっ!それ私も!!私も聞きたいです!!」

 

 続いてルミとメグミも畳み掛けるように愛里寿に話しかける。

 お友達。その言葉を聞いて愛里寿が思い浮かべるのは一人の男の子。隣に住む優しい青年、暮井亮。そう言えば今まで彼のことをこの三人に話して居なかったな。そう考えると愛里寿は無性に彼のことを話したくなった。

 

「あ、あのね………私の隣に住んでる人なんだけど。絵が上手で、とっても優しくて、初めて私の友達になってくれて………」

 

 その衝動を抑えはせずに、愛里寿はゆっくりと言葉を選びながらポツポツ語り始めた。アズミ、メグミ、ルミも黙って次の言葉を待つ。

 

「たまに料理を作ってくれて一緒にご飯食べたり………私が友達作るのにも協力してくれたり……本当にいい人なの」

 

 嬉しそうにそう語る愛里寿。そんな愛里寿が微笑ましくて思わず副官三人も優しく笑みを浮かべて居た。

 

「えと……名前は暮井亮さんって言うんだけど……」

 

 しかし愛里寿がそう言った途端場の空気が変わり、数秒の沈黙が流れる。

 暮井亮。暮井、亮。亮。

 三人組の頭の中に亮の名前が反響する。

 沈黙に耐えかねて愛里寿が声をかけようとすると、三人は同時に口を開いた。

 

「「「男ーー!!??」」」

 

 そして全員同じ顔で驚愕の声を上げる。

 

「なっ……ななっ!男なんて聞いて無いですよ!!」

「しかも隣に住んでるんですよね!?」

「変な事とかされてないですか!?」

 

「変な事って……?」

 

 畳み掛けるように質問をしていた三人だが、愛里寿のその疑問に言葉が詰まった。

 顔を見合わせて三人で愛里寿に背を向けるとコソコソと小声で話し出す。

 

『ちょっとルミ何聞いてんのよ!!』

『ご、ごめん…!でも心配だったんだよ!隊長かわいいしその男がロリコンの変態だったらと思うと……』

『まあでもあの反応だと手は出されてないんじゃない?その男がロリコンの変態かどうかはわからないけど。これから手を出されるって事はあるかもしれないし…...』

『そうね……。でも隊長はその男の事どう思ってるのかしら?』

『友達って言ってたけど……』

『男となってくるとちょっとわからないわよね……』

『ちょっとメグミ、聞いてみてよ』

『ええ私!?ルミが聞いてよ!!』

『そうよ。ルミが言ったんだから責任持って聞きなさい』

『ゔぇ、アズミもメグミの味方?……はぁ。わかったよ。じゃあ………』

 

 会議は終わり、と言いながらルミは愛里寿に向き直る。そんなルミに続いてアズミとメグミも愛里寿へ振り返った。

 

「みんな……?」

 

 不思議そうにする愛里寿を前にしてルミはゴホンと咳払いをする。

 

「え〜と、隊長。隊長はその暮井亮……?さんとそういう関係だったりしませんよね?」

「そういう関係?」

 

 首をかしげる愛里寿。

 

「ええと、その………恋人同士だったり……とか?」

「………」

 

 愛里寿からの言葉は返ってこない。しかも俯いた状態で立っていたため、愛里寿よりも身長が高い三人の目には彼女の表情も見れなかった。

 

「隊長………?」

 

 ルミが屈んで愛里寿の顔を覗き込む。

 

「……っ!」

 

 そこで見たものは、頬を赤く染めた愛里寿だった。愛里寿はルミと目を合わせると驚いたのかバッと後ろに一歩下がる。

 

「あっ、いや……あの…………暮井さんと恋人同士とかって想像したら混乱しちゃって………」

 

 そして手をブンブンと振りながらそんな事を言った。いつもなら可愛い〜!と悶えるところだったが、今回は副官三人とも固まっている。そして全員冷や汗までかいていた。そんな彼女達の様子に気付かずに愛里寿は続ける。

 

「その………暮井さんとは何ともなくて、恋人とかじゃないから…………て、あっそろそろミーティングが始まっちゃう。私、準備していかなきゃ」

 

 みんなも早く着替えてきてね。と付け加えて愛里寿は更衣室を後にした。

 残されたアズミ、ルミ、メグミは愛里寿が出て行ったのを確認するとゆっくりと目を合わせる。

 愛里寿のあの赤面はどういう意味なのか。ただ単に恋人という彼女にとっては大人の関係に恥ずかしくなっていたのかどうなのか。本当に暮井亮という男とはただの友達なのか。そもそも彼はどういう男なのか。

 いろんな疑問が三人の頭に流れたが、同時に口を開いて出た言葉はこれだった。

 

 

「「「……怪しい!」」」

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 駅で集合した俺と鈴木は、電車に乗って島田さん達が試合をする会場まで向かった。

 会場は電車に乗って二時間と歩いて20分くらいの所だ。本当は車が出せれば楽なのだが、俺も鈴木も車を持っていなかったので電車で移動することになった。

 試合開始時間の一時間前に着くように集合したので軽く食事でもしていればちょうどいいだろうと途中の駅で降りて駅弁を買ったのだが、降りた駅になかなか電車が止まらず結局会場に着いたのは試合開始10分前のギリギリだった。

 

「危ねえ危ねえ……早めに集合してなかったら完全に遅れてたぜ」

 

 何とか俺たちは席を確保して腰を落ち着ける。

 会場は丘陵地帯。木々が生い茂っているところとダートが半々くらいの試合をするのにちょうど良さそうな場所だ。観客席は会場から少し離れた高台にあり、大きなモニターの前にズラーっと席が並んでいた。

 プロの公式戦でも無いのに以外と人は多く、席の8割くらいは埋まっていた。

 

「なぁ、あれ島田さん達の戦車じゃ無いか?」

 

 鈴木の指差す方向を見ると、確かに戦車がずらっと並んでいるのが見えた。鈴木は受け付けで借りた双眼鏡を除く。

 

「やっぱりそうだ。あのマーク島田さん達のチームだよ」

 

 見てみろよ、と鈴木に双眼鏡を渡されて戦車を見る。こうしてみると戦車って大きいんだな、というふわふわした感想が湧いてきた。

 

「なあ暮井。やっぱり今日元気ないな、本当に無理してないか?」

「え、ああ。大丈夫だよ…………。今朝も言ったけどちょっと風邪気味なだけだからさ」

「う〜ん………。ならいいけどさ」

 

 結局あれから俺は元気を出すことができず、こうして鈴木はちょくちょく気を使ってくれていた。せっかく俺が誘い、島田さんがチケットをくれたのに落ち込んでちゃ二人に失礼、と思いつつもやっぱり重たい心はそう簡単に軽くはならなかった。

 出来るだけ鈴木に気を使わせないようにと風邪をひいている事にしたのだが、彼はいまいち納得できてない様子だった。

 ちらっと時計を見ると時刻は午前九時五十九分を指していた。そろそろ試合が始まる。元気が無くてもなんでも島田さんの応援だけはちゃんとしないとなと頬を軽く叩くと、ちょうど号令が入った。

 

『只今から、東葉ガス対大学選抜チームの試合を始めます。双方、礼!!』

 

 観客席から見える場所で島田さん達と、社会人チームの人たちが礼をしているのが見えた。その後、十分ほどを掛けて互いの戦車の位置まで戻ると、再び『試合開始!!』と号令が入り、試合が始まった。

 

 エンジンを唸らせて戦車が動く。

 大学選抜チームの戦車が撃ち、社会人チームの戦車から白旗が上がった。

 今度は社会人チームが撃ち、大学選抜チームから白旗が上がる。平地での打ち合いでは島田さん達が少し押されていた。

 戦車が白旗をあげるたびに観客が一喜一憂し、鈴木はがんばれー!と声を上げて応援していた。

 俺も鈴木と一緒に彼女達を応援する。必死に戦車を動かしている選手達が俺には輝いて見えて、夢を諦めたばかりの俺には少し眩しかった。そんな彼女達を見て心が締め付けられながらも、戦車の砲撃、履帯が回る音、舞う土煙に俺は夢中になっていた。

 俺は食い入るように試合を観る。

 

 

 ーーーここまでは。そう、ここまでは良かったんだ。ここまでならスポーツ観戦で友達の応援をして気分転換になりましたで終わっていただろう。

 けど彼女は、島田愛里寿はそれで終わる少女ではなかった。

 

 

 気付いたら試合の様子は大きく変わっていた。

 明らかに社会人チームよりも大学選抜チームの車両が少なくなっている。

 残った車両がなんとか森の中に逃げ込み体制を立て直そうとするが、それでも車両の数は減っていく。

 

 ーーー同じだ。

 

 優秀な絵本作家である父親を持った俺が、父のように絵本で成功できなかったように、戦車道の家系に生まれた島田さんもこの試合に負けてしまうのだろうと。

 偉大な親の存在によって生み出された大き過ぎる期待とプレッシャーに凡人はやはり勝てないのだと。そう島田さんに自分を重ねた。

 

 けど、違った。

 

 今まで後ろに下がっていた島田さんが突然前線に突っ込んでいった。それも仲間を連れてではなく単身で突っ込んだのだ。

 

 最初はどうしたのだろうと。悪足掻きの最期の特攻なのかと思ったが、それは違った。

 島田さんが単騎で動き始めると、みるみるうちに社会人チームの車両数が減っていった。

 一両ずつ確実に砲弾を浴びせて白旗を上げさせる。時には三両に囲まれるような状況もあったが、苦しそうな様子もなく返り討ちにする。

 周りの観客達も、鈴木もそれを見て大盛り上がりしていた。

 俺も気づけばその姿に見惚れていた。

 いつもの穏やかな雰囲気じゃなく、研ぎ澄まされたナイフのような鋭い迫力を持った島田さん。

 そんな彼女を見ているとドキドキした。

 でも同時に胸の深いところがズキズキと痛んだ。

 彼女は本物なのだ。島田愛里寿は本当の才能の持ち主だ。日本の戦車道の二代流派の一つ、島田流の名に恥じない本物の天才なのだ。

 俺みたいな偽物とは違う。

 

『暮井先生は天才ですけど、息子はそうでもないかもしれないですね』

 

 編集者の言葉を思い出す。

 そう、俺はただの凡人。プロ作家の父親や島田流の後継者として才能を受け継いでいる島田さんとは違う。

 前に彼女と話した時に、俺と島田さんは同じ偉大な親を持ったプレッシャーに悩まされる似たもの同士だと考えたことがあった。でもそれは大きな間違いだ。

 

 ーーー何が似た者同士だよ。

 

 島田さんはキラキラとした何かを持っていて、俺はどうしようもなく持っていない。

 似た者同士どころか真反対の存在だ。

 

 結局、試合は島田さん達大学選抜チームが勝った。島田さんが単騎で何両も落とした後に勢いがついたのか、一気に勝負は決まった。

 

「やっぱ島田流はすごいな!!」

「島田愛里寿って言ったっけ?彼女は本物の天才だよ」

「日本の戦車道は彼女があれば安泰だな!」

 

 周りにいた観客のそんな声がいくつも聞こえた。島田さんを賞賛する声が耳に入るたびに、彼女と俺の差を突きつけられてるようでどんどん自分が情けなくなった。

 モニターには仲間達から笑顔を向けられて勝利の達成感に浸りながら嬉しそうに笑う島田さんが見えた。

 

 それを見た瞬間胸が潰れたように痛み、耐えきれなくなった。

 

「鈴木、ごめん。俺帰る………」

 

 それだけ言い残すと俺は席を立ち、走って会場を後にした。

 

「なっ!おい!待てよ暮井!!」

 

 呼び止める鈴木の声が聞こえたが、気にせずに走る。走って、走って。気付いたら駅に着いていて、少し気が落ち着いたのか何かが胃から込み上げてきた。急いでトイレに駆け込み大便器の便座を上げてぐちゃぐちゃになったそれを吐き出した。それと一緒に涙や、情けなさが溢れてくる。

 

「うっ……くそっ………何やってんだよ俺………!」

 

 空っぽだ。

 どうしようもなくもう、空っぽだった。




今回も久々の更新になってしまいました……
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