隣のワンダーアリス   作:押花

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前回の更新話の直後のお話になっています。
劣等感から愛里寿を避けていた暮井が雨の日にアパートでばったりと愛里寿に出会ってしまうところからスタートです。


第8話「彼女の気持ち 前」

「あっ……」

 

 目があって思わず声が漏れる。

 数秒間、お互いに動きが停止した。

 雨がアパートの屋根に当たる音だけがカツカツと響く。

 どうしようどうしよう! 

 別に島田さんの事を嫌いになったわけじゃない。ただ俺と比べて持っている人で、色んなことから逃げ出してしまった俺がそばにいるのが恥ずかしくて、気まずかった。劣等感を感じていたんだ。

 だから避けてきたのだが今回ばかりは会わなかったことにする、というのは無理そうだった。

 

 にゃあ、と足元でボスが鳴く。

 それを合図に俺は口を開いた。

 

「え……し、島田さん久しぶり!」

 

 そんな俺の言葉に島田さんは何かを言おうと口を開くが、結局何も言わずにコクリと頷いた。

 ていうか何だよ久しぶりって! もっと言うことあったんじゃないのか? 

 

「あ……あの……」

「あー、じゃあ俺シャワー浴びたいから!」

 

 言いながら逃げるように自室のドアを開く。

 島田さんが何か言いかけていたが、気付かないふりをする。

 

「島田さんも早くシャワー浴びなよ」

 

 そう言って部屋の中に入ろうとした時、ドサッと鈍い音がした。

 

「……え?」

 

 見ると島田さんがその場でうつ伏せに倒れていた。

 

「ちょ、ちょっと大丈夫!?」

 

 急いで駆け寄って島田さんの身を起こす。

 しかし彼女は苦しそうな呼吸繰り返すだけで俺の声には答えなかった。

 そこで島田さんの顔が少し赤くなっていることに気づく。まさかと思いそっと手を彼女の額に乗せる。

 

「あつっ……」

 

 思わず呟いた。

 でもやっぱりだ。雨で体が冷えたためか、熱が出てしまっている。それもかなり高熱だ。

 一体どうすればいいのかと考えていると、彼女は体を震わせながら立ち上がった。

 

「し、島田さん……?」

「だ、大丈夫……だから……」

 

 そう言って自室へと歩き出すが、いつ倒れるかもわからないくらい体はふらついていてとても大丈夫には見えない。

 

「暮井さんに迷惑をかけるわけには……」

 

 彼女はそう言いながら自室の鍵を開け、扉を開く。だがそこで気が緩んだのか、再び体勢を崩して倒れそうになる。

 

「島田さん!」

 

 俺は咄嗟に肩を抱き、彼女の体を支えた。

 

「無理しちゃ駄目だよ!」

「でも……」

 

 そう返す言葉はとても弱々しく、今にも消えてしまいそうだった。島田さんはそれでもふらつきながら一人で立ち上がる。

 しかし自室に入ると、すぐに玄関付近の壁に背を預けて座り込んでしまう。

 自重で閉まりそうになる扉を足で抑えて俺は再び島田さんに話しかけた。

 

「本当に無理しちゃだめだよ! こんなに濡れて……熱もあるのに、ちょっとここで待ってて! タオルと何か温かい飲み物を──ー」

「駄目っ!」

 

 だが俺の言葉は島田さんに遮られてしまう。

 

「私もう、暮井さんに嫌われたくない……」

「……え?」

 

 嫌われたくない……? 

 どういう事だ。何故今彼女の口からそんな発言が出てくるんだ……? 

 

「私、今まで暮井さんに甘えてばかり居た……たくさん迷惑かけて……だから暮井さんは私を避けはじめた」

「なっ……!」

 

 それを聞いて俺は胸が締め付けられるのを感じた。

 俺、島田さんに何言わせてんだ……! 

 そうだよな。落ち込んで俺の存在なんかとても小さなものだと思ってた。そして島田さんは手の届かないほど大きなものだと思った。

 だから俺が島田さんを避けたって気付かれない、気付いたとしても特に何も思われないとどこかで考えていたのかもしれない。

 いや、きっとそうだ。そうやって自分の事情で彼女の気持ちなんか深く考えずに動いてたんだ。

 

 そうだよな。

 俺と島田さんは友達なんだ。

 友達に突然避けられ始めたらショックだなんて事は簡単にわかるじゃないか! 

 しかも島田さんはまだ十三歳の少女だ。そんな歳の頃、仲のいい友人から突然避けられ始めたら俺だったらどう思う? 

 きっと死にたくなるくらい苦しい。毎日毎日泣きたくなるくらい悲しい。

 それを俺は彼女に押し付けたんだ。

 

「…………っ!!」

 

 気付かないうちに思いっきり奥歯を噛み締めて居た。ごりごりと嫌な音が鳴る。

 

「暮井さん……?」

 

 島田さんの不安そうな視線と目があった。

 今も彼女はまた嫌われたんじゃないかと怯えているのだろうか? 

 そんなの駄目だ。駄目だろ俺! 

 はやく誤解を解くんだ! 本当の事を話して……。

 そこでふと気付く。

 島田さんの体が小刻みに震えている事に。

 寒いのか不安なのかどちらか、もしくは両方か。

 

「島田さん」

 

 立ち上がりながら名を呼ぶ。

 震えながら俺を見上げる彼女としっかり目を合わせる。まずは彼女の震えを止めたい。俺が今一番はやく力になってやれる事はそれだと思った。

 

「ちょっとここで待ってて。タオルと着替え持ってくるから」

 

 そう言って俺は一旦島田さんの部屋から出ると急いで自室に戻る。

 そしてタンスの中にある柔らかめのタオルをいくつかと暖かそうなフリースを取り出した。それらを持って島田さんの部屋へ戻ろうとした時に、床を踏む自分の靴下がびちゃびたゃに濡れている事に気付いた。

 そう言えば俺もまだ帰ったばかりだったな。

 急いで島田さんの元へ戻りたかったが、俺がこんな状態じゃ彼女の事を濡らしてしまうかもしれないしこんなびしょ濡れのやつに部屋の中に入られるのは嫌だろう。

 俺は急いで服を脱いで濡れた体をタオルで拭いた。髪はすぐに乾きそうになかったが、ポタポタと水滴が垂れてくるほどは濡れていなかったので軽く拭くだけでよしとする。

 適当に乾いた服に着替えると、俺は島田さんの部屋に戻った。

 扉を開けると相変わらず辛そうに玄関で座り込む島田さん。

 

「暮井さん?」

 

 一体何をするつもりなのかと言いたげな彼女を無視して俺は持ってきたタオルとフリースをフローリングの上に置き、バスタオルを一枚手に取る。そしてそれを島田さんの頭に優しく被せた。

 俺は島田さんの正面にしゃがむとタオルで髪の毛を出来るだけ力を入れないように拭き始めた。それと一緒にタオル越しに頬に手を当てて顔も拭く。痛くないようにゆっくりと手を動かした。

 

「……どうして?」

 

 少し声を震わせながら言う島田さん。

 タオルの隙間から覗く彼女の視線と目があった。

 彼女は不安なんだ。俺が島田さんを嫌ってるんじゃないかと。それになんで自分のことが嫌いなのにこんな事をするのかと。

 なんて答えればいいのか少し悩む。

 

 

「…………俺、島田さんの事好きだよ」

 

 そして絞り出した言葉がそれだった。

 とにかく俺は島田さんの事を嫌ってなんかいないし迷惑だなんて思ってない。

 それをわかってもらうには自分の素直な好意をぶつけるのが一番だと思ったからだ。

 でも面と向かってこんな事を言うのは少し恥ずかしかった。

 

「えっ……?」

 

 俺の言葉を聞いた島田さんは大きく目を見開いた。島田さんのこんな顔を見たのは初めてかもしれない。

 しかし数秒後、島田さんは俺から顔を逸らしてしまう。いまだ彼女の体は震えていた。まだ不安がられているのだろうか? 顔を逸らされた事で見えるようになった島田さんの真っ赤な耳。

 熱のせいだろうか? 

 もしかしたら俺が思っているよりかなり熱も高いのかもしれない。はやく拭いて───いやこれはまさか…………。

 そこでようやく気付く。自分が失言をしていた事に。

 島田さんの事好きだよ……だなんていくら焦っていたとはいえ言葉が足りないにも程があるだろう!! 

 

「あっ、あー……違うんだ! その、好きっていうのは変な意味じゃなくて!! 尊敬できる友人としてであって異性としてってわけじゃなくて!! だから……その……」

 

 言葉が詰まる。

 はぁ、と一度大きく息を吐いて仕切り直す。

 

「とにかく! 俺は別に島田さんの事を迷惑だなんて思ってないし、嫌ってなんかいない。それだけはわかって欲しい」

 

 その言葉で島田さんは俺の方へ向き直ってくれた。再び目が合う。

 少し恥ずかしそうにモジモジと体を揺らす島田さん。ああ……勘違いさせてごめんほんとに……。

 

「あ、あの……」

「何?」

「ほんとに…………本当に迷惑じゃない?」

「……うん」

「本当に嫌いじゃない?」

「もちろん」

「そっか…………」

 

 何か安心したように微笑む島田さん。

 いつの間にか体の震えは止まっていた。

 そして気付くと島田さんは目を瞑りながらすぅすぅと規則正しく息を吐いていた。

 

「…………あれ?」

 

 これ寝ちゃってないか? 

 何度か名前を呼んだり肩を揺らしてみるが起きる気配はない。

 

 ど、どうしよう! まだ体ちゃんと拭けてないし服も着替えさせて無いから濡れたままだ……! このままじゃ体調が悪化しちゃうけど…………。

 

 ゴクリと息を飲む。

 

 もしかして、俺が着替えさせなきゃ駄目なのか? 

 

「……いやいやいやいや!!」

 

 いくら看病とはいえそれはまずいだろ! 島田さんだって勝手に肌を見られるのは絶対嫌がるだろうし。

 もう一度島田さんの体を揺する。

 

「起きて! 起きて島田さん!」

 

 しかしやはり起きる気配は無い。

 今度は頬をペチペチと叩いてみたがこれでも全く起きない。

 

 どうする……濡れたままベッドに寝かせるか? 

 いや、でもそんな事したらベッドも汚れるし体調だって悪化しそうだ……。

 やっぱり俺がやるしか…………。

 

「…………っ」

 

 緊張で喉を鳴らしながらスカートのサスペンダーに手をかける。

 そうだ、冷静に考えれば島田さんはまだ十三歳。ほんの一年ちょっと前まで小学生だったんだ。小学生の体になんか流石に興奮はしない。俺はロリコンじゃないからな。だから島田さんの体を見ても大丈夫。いや、出来るだけ見ないようにするけど大丈夫なんだ。変な気も起きないしそもそもなんとも思わない。

 だから大丈夫。

 自分に言い聞かせるように心の中でブツブツ呟いて覚悟を決めると出来るだけ急いで島田さんのスカートを脱がせた。

 

「…………っ!!」

 

 すると、中にシャツを着込んでいたせいで所謂裸ワイシャツのような、というか裸ワイシャツそのものの状態になってしまった。

 こ、これは……!!! 

 細くてかつ柔らかそうな足がシャツの下から伸びていた。それになんだか島田さんから甘い女の子らしい匂いがする。

 

「大丈夫だ。俺はロリコンじゃない、ロリコンじゃない!」

 

 自分にそう言い聞かせながら急いで濡れた島田さんの脚を拭く。

 なんとゆうか、やっぱり柔らかい。こんなに細いのに、折れてしまいそうなくらいなのにやわからい。男にはない心地のいい手触りにどうにかなりそうだったが何とか水気を拭き取りスウェットを履かせることに成功した。

 ふつうに履かせただけではぶかぶかだったので出来るだけ裾をまくってやったり腰の紐をきつめに結んでおく。

 

「はぁはぁ……次は、上か……」

 

 今度は島田さんのシャツのボタンを外していった。胸に触るのは流石にまずいと細心の注意を払って居たが、ボタンを外す際に呼吸で上下する胸が手の甲に当たってしまう。

 

「っっっ!?」

 

 ぷにっと。柔らかい感触が伝わってきた。

 これが…………これがおっぱ───いやそれ以上は駄目だ!! 

 いけない思考を振り切って俺は島田さんの着替えを続行させる。

 それからは出来るだけ無心で作業を進め、なんとか体を拭きつつスウェットに着替えさせる事に成功した。髪も洗面所にあったドライヤーで乾かしたのでほとんどもう体は濡れていない。下着は流石に触れなかったのでそのままだが…………。

 

 とにかくなんとか島田さんを着替えさせ、今はベッドの中でおとなしく寝息を立てている。

 俺はそのベッドに腰を預ける形で床に座った。

 

「つ、疲れた……」

 

 俺はロリコンではない。ロリコンではないが島田さんの体は大人のものではないが、子供のものとも言いづらいものがあった。年齢的に思春期を迎える頃だしちょうど成長期なのだろう。

 それに俺は彼女なんていた事がないので女性の肌は見慣れていない。そんな俺が島田さんの肌を見て落ち着いて居られるはずがなかったんだ。

 さらに言うなればここは島田さんの、つまり女の子の部屋だ。壁がピンクだとか可愛いインテリアが部屋中にあるだとかそんな事は無く、綺麗に片付いた島田さんらしい部屋だった。しかしところどころにボコの人形だったり花柄の食器だったりと女の子らしさを感じる。そんな部屋の中に居るだけで緊張してしまい、さらに俺の疲労は溜まっていた。

 

 しかしまあ、と寝息を立てる島田さんに目線を向ける。

 サイズの合わないスウェットを袖まくりして着てる島田さんを見ると本当に人形みたいだなんて思う。元々の容姿がいいからフリフリの服が似合う子だ。俺のスウェットを着てると逆に違和感を感じさえする。

 

「俺のスウェット……」

 

 勝手に人のタンスを漁るのは良くないかと思って自分の服を持ってきたのだが、そうだよな。今島田さんは俺のスウェットを着てるんだよな。

 そう考えると何故かいかがわしい気持ちになってくる。

 なんかこうよくない欲がむんむんと満たされる感じがした。

 

「ああもう! やめやめ!!」

 

 これ以上考えるとまた変な気分になりそうだったので無理にでも思考を断とうと立ち上がった。

 そうだ、せっかく島田さんの部屋にいるんだから少しくらい看病をしよう。大したことは出来ないが、額に冷やしたタオルを置いてやるくらいは出来るだろう。

 自室から取ってきたタオルでまだ使ってないものがあるからそれを使えばいい。

 

「よし、じゃあ水道で濡らして……ん?」

 

 その時ふと島田さんの机の上に目がいった。

 そこには積み重なったノートがあった。その中に一つ開いたままのノートがある。

 近づいてみると、それは戦車道の戦術のノートだった。ノートの上の方に書いてある日付は昨日。ということはこのページは昨日書いたものか。

 勝手に見るのは悪いと思いつつなんとなく興味をそそられてページをめくる。日付は一昨日のもの。これも同じく戦車道の戦術に関しての記述がされていた。

 さらに一ページ、そしてもう一ページとめくるたびに衝撃を受ける事になった。

 

「なんだよ、これ…………」

 

 結果から言うと、ノートの内容は全て戦車道に関しての事だった。しかし驚いたのはそれじゃない。島田さんは戦車道の訓練や試合があるたびにその日の反省や改善策をこのノートに記述していたのだ。この間の社会人チームとの試合なんてノート半分のページ数を埋めるくらい書いてある。

 それに訓練がない日もちょくちょく思いついた戦術なんかを書き込んでいて、次の訓練にはそれを試した結果や改善策なんかも書かれていた。

 積み上げられていた他のノートも全て戦車道に関しての記述で埋められているようだ。

 

「…………すごい」

 

 思わずそう漏らしていた。

 島田さんは才能が俺よりあるから戦車道の隊長として成功していて、すごい存在なんだと思っていた。

 でも違ったんだ。才能もたしかにあるだろう。けどそれと同じくらいかそれ以上に彼女は努力していたんだ。日々の訓練についても数ページ分のレポートをまとめるくらいいろんなことを考えていた。これほどの努力を俺はしていただろうか? 

 このノートからは島田さんの戦車道に対する熱意があふれていた。

 きっと日々の訓練について書くだけでも数時間かかるだろう。それを訓練とは別にやっていたんだ。すごい努力だと思う。

 俺は絵本に対してこれほどの熱量を注げていただろうか? 絵と戦車道じゃ比べにくいものはあるが、何となくわかった。俺はきっとこれほど頑張れていない。

 せいぜい毎日何かを描いていた程度だ。絵本のネタについてもこれほど深く研究できてはいなかったと思う。

 

 俺が島田さんに劣等感を感じていたのは当たり前の事だったのかもしれない。

 才能でも、努力でも、俺は負けていたんだから。

 

「……っ」

 

 少し胸が痛んだ。

 自分の力不足をまた一つ知ってしまったからだろう。

 

「くそっ……!」

 

 何なんだよ俺は……。

 島田さんを不安にさせるのが嫌でちゃんと一緒にいてやろうと決めたのに、また劣等感に苛まれて逃げ出したくなっている。

 どうすればいいんだ。

 釣り合いなんてどうでもいい。ただ友人として島田さんのそばに居てやればいい。劣等感なんてただ俺が勝手に感じているだけだ。

 そんな事は分かっていたが、どうにも納得できない自分がいた。

 

 ふと机の上に転がったシャーペンが視界に入った。それを手にとって空中に絵を描くようにペンを走らせる。

 

「あっ……」

 

 だ、駄目だ駄目だ! 何やってんだ俺は!! 

 絵本はやめるって決めたんだ。

 でもその他に俺に何がある? 勉強もイマイチで運動も並。ついでに顔だって特別綺麗なわけでもない。

 

「…………はぁ」

 

 とりあえず何もしないで考えていたって仕方がない。今は島田さんの為に俺に出来ることをしよう。

 なんとかそう思考を切り替えて俺は看病に戻った。

 




次の話も明日か明後日には投稿出来るかと思います。
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