アルドノア・プラスワン   作:あけろん

1 / 2
運命の銃弾

 寒い夜だったのを覚えている。

 俺は部屋に一人きりで両親の帰りを待っていた。

 自分以外に誰もいない部屋。まるで世界から誰もいなくなったかのような静かな部屋。

 その隅で膝を抱えて丸くなりながら俺は両親が『仕事』から帰るのを待ち続けた。

 不意に一定のリズムを刻んだノックが玄関のドアから響く。

 両親とその『同志』だけが知るその符丁に俺は玄関へと走りドアを開いた。

 

「君がハジメ・サイガかね?」

 

 そこに立っていたのは両親ではなく、一人の男だった。

 

「私はウォルフ・アリアーシュ。君のご両親の同志だ」

 

 その顔に見覚えがあった。何度か両親と一緒だったのを見たことがあったのだ。

 

「残念だが、君のご両親は亡くなった。我々の志に殉じたのだ」

 

 俺は一瞬、言われたことの意味が分からなかった。

 死んだ? 誰が? どうして?

 

「ここも時期に追手が来るだろう。ご両親は死に際に君のことを私に託された。彼らの死に報いる為、私は君を保護する義務がある。その為に迎えに来たのだ」

 

 そう言われて俺はようやく理解した。

 両親はヴァース帝国のスパイとして活動していた工作員だった。

 そして『仕事』で失敗して殺されたのだ。

 

「もうあまり時間はない。準備は手短に済ませたまえ。ほら、手伝ってあげなさい」

「はい、お父様」

 

 男の後ろから一人の少女が顔を出した。

 赤みがかった髪を揺らしながら少女が俺の手を取る。

 

「行きましょう。荷造りを手伝うわ」

 

 だが、俺は動けなかった。

 自分には親戚もいなければ友人もいない。

 両親だけが、家族だけが、世界の全てだった。

 それが突然に消えてしまったのだ。

 もう自分には何もない。

 俺はこの世界で独りぼっちになってしまったのだ。

 

「大丈夫よ」

 

 ふわりと柔らかな感触に包まれる。

 気が付くと少女が俺を抱きしめていた。

 

「これからは私があなたの傍にいるわ。あなたは独りじゃないのよ」

 

 凍り付いた心に暖かい何かが流れ込むのを感じる。

 俺は堪えきれずに涙を流した。

 

 全てを失った日。

 俺はその少女、ライエ・アリアーシュに出会ったのだった。

 

 

 

 1972年アポロ17号により月面で発見された古代火星文明の遺産『ハイパーゲート』は、人類に火星への移住と開拓の道を開いた。しかしその結果、移民団は火星の遺跡と発見された古代テクノロジー『アルドノア』の占有を主張し、1985年に自らを1つの国家『ヴァース帝国』と称して完全に地球圏と決別する。

 さらに1999年、ヴァース帝国は地球圏に宣戦を布告。しかし戦いの最中で突如ハイパーゲートが暴走し、月が砕けるという大参事『ヘブンズフォール』が発生。双方に甚大な被害が出た結果2000年に地球と火星間で休戦協定が結ばれた。

 そして2014年、進められる和平交渉の一環として、火星の皇女であるアセイラム・ヴァース・アリューシアが帝国からの親善大使として地球を訪れることになったのである。

 

「スレイン」

 

 そう呼ばれた少年、スレイン・トロイヤードは振り返り頭を垂れる。

 声の主はアセイラム・ヴァース・アリューシア。

 彼が最も敬愛する火星の皇女である。

 

「面を上げてくださいスレイン」

「はっ」

 

 そう答えて顔を上げた彼の目に映ったのは式典用の純白のドレスに身を包んだアセイラムの姿だった。

 その美しさに彼は自らの頬が熱くなるのを感じる。

 

「お別れの日が来てしまいました。私はこれより地球に降りて親善の務めを果たします」

 

 そう言うとアセイラムはスレインの手を取る。

 

「あなたに教わった様々な知識がきっと役に立つことでしょう」

 

 そんな彼女に対してスレインは心配そうに眉を寄せる。

 

「その……危険ではないのですか」

「恐れては立ちゆきません。今は火星と地球が歩み寄る為の第一歩を誰かが踏み出さねばならないのです」

 

 これが地球行きを諫める最後のチャンスだったが、どうやらそれは叶わないようだった。

 それならばとスレインは身に着けていた首飾りを外すとアセイラムに差し出す。

 

「これを、地球に伝わる魔よけのお守りと聞いています」

「でも、これはお父様の形見だと……」

「いいんです。父も喜ぶと思います」

 

 5年前、瀕死の父と自分を彼女は救ってくれた。そのお礼でもある。

 

「ありがとうスレイン。あなたとお父上の平和の祈りを必ずや青い惑星に届けてまいります」

 

 首飾りを受け取ったアセイラムはそう言って微笑んだ。

 

「アセイラム姫、シャトルが到着しております」

 

 シャトルの到着を告げに来たのはクルーテオ伯爵だった。

 ここ、地球の衛星軌道上に浮かぶ揚陸城の主である。

 

「分かりました。それでは」

「はい」

 

 そう言って離れていくアセイラムを頭を垂れて見送るスレイン。

 その姿が扉の向こうに消えた時、クルーテオは手に持った杖でスレインの顔を殴りつけた。

 

「ぐはっ!」

「身の程をわきまえよ下郎」

 

 クルーテオは床に転がったスレインを冷たい瞳で見下ろした。

 

「このクルーテオが姫の気まぐれをお諫めするなど恐れ多いが、犬の粗相は飼い主が責を負う。次はないぞ地球人」

「はい……」

 

 スレインは床に膝をついてうなだれる。

 選民思想が根強いヴァース帝国において、地球人はアルドノアの力を持たない『旧人類』として蔑まれ、周囲から明確な差別を受けていた。

 

(でも、アセイラム姫だけは……)

 

 そう、アセイラムだけは彼を蔑んだりはしなかった。

 

『私達とて元はあの青い惑星を旅立った移民の末裔です。あなたを忌み嫌う理由はありません』

 

 そう言ってくれた彼女にどれだけ救われたことか。

 地球の事を話して聞かせる度に目を輝かせ、笑いかけてくれたアセイラムにスレインは心からの忠誠を捧げていた。

 

「アセイラム姫、どうかご無事で」

 

 傍でお守りすることができない我が身を悔いながら、スレインはそう祈るしかなかった。

 

 

 

 

「いよいよ決行ですね。ウォルフさん」

「ああ、そうだハジメ。長きに渡る雌伏が今、報われるのだ」

 

 走行するトラックの車内は緊迫した空気に包まれていた。

 トラックを運転するのはウォルフ・アリアーシュ。そして助手席にはかつて彼に救われた少年、ハジメ・サイガが座っていた。

 

「このミッションが成功すれば、私は本国から騎士の称号を与えられるだろう。お前にはこれまで苦労をかけたが、それもこれで最後だ。ようやくサイガ夫妻の墓前にも胸を張って報告ができる」

「ええ、父と母も喜んでいると思います。必ず成功させましょうこのミッションを」

 

 そう言ってうなずき合う2人の間に割って入る影があった。

 

「後ろの隙間で窮屈な思いをしている私には労いの言葉はないのかしら。お父様はいつもハジメには甘いわよね」

 

 後ろから身を乗り出した少女、ライエ・アリアーシュは赤みがかった髪をかき上げる。

 

「危ないよライエ。大体そこに押し込められたのは、本当なら俺とウォルフさんだけで行くはずだったところにライエが無理矢理着いてきたからだろ?」

「私がいないとハジメはすぐに泣いちゃうから、わざわざ着いてきてあげたんじゃない」

「いつの話をしてるんだよまったく……」

 

 ライエの言葉にうなだれるハジメ。

 それを横目にウォルフは遠い目をする。

 

「あれからもう5年か。まさかハジメが同志の中でも随一の工作員になるとは思わなかったよ」

「本当にね。昔はよく一人で泣いてたあのハジメがね」

「ウォルフさんをはじめ同志の皆さんに鍛えていただきましたから。今なら片手でライエを泣かすことくらいならできると思いますよ」

「言ったわね。帰ったら『シムカットテン』で対戦よ。泣かしてあげるわ」

「ハハハ、ついでに可愛げのない性格になってしまったな。とてもライエと同じ歳とは思えんよ」

 

 肩をすくめるハジメとふくれるライエをウォルフはひとしきり笑った後、表情を引き締める。

 

「明日、お前には作戦の後詰めをやってもらう。頼んだぞ同志ハジメ」

「了解、同志ウォルフ。あの日の恩を今こそお返しします」

 

 そう言った後ハジメはライエを見る。

 ハジメが恩を返したいのはウォルフだけではない。

 むしろ彼が最も恩を感じている相手。それは……。

 

「ん、どうかしたのハジメ?」

 

 視線に気づいたライエが首をかしげるが、ハジメは「なんでもない」と誤魔化した。

 彼女相手にそれを言うのは妙に気恥ずかしかったのだ。

 代わりに明日のミッションの成功を心に誓う。

 

 彼らの最後のミッション。

 それは地球を訪れる火星の皇女アセイラム・ヴァース・アリューシアの暗殺だった。

 

 

 

 翌日、火星の皇女の来訪に新芦原市は湧きかえっていた。

 火星のプリンセスを乗せた車は長いパレードを伴って悠々と大通りを進む。

 道端の歩道には大勢の人々が皇女を一目見ようと詰めかけており、ボランティアの学生がその交通整理に駆け回っている。

 

(そろそろか……)

 

 そんな光景を双眼鏡で確認しながらハジメは雑居ビルの屋上で息を潜めていた。

 

(護衛には装甲車。おまけにターゲットの車は要人護送用の特殊車両……か)

 

 だが、それくらいのことは措定済みだった。

 計画に使われるのは昨日のトラックの積み荷。高威力の誘導ミサイルだ。

 ひとたび発射されれば護衛の装甲車もろとも皇女の車を吹き飛ばすことが可能だろう。

 

(……!! 始まった)

 

 パレードの装甲車が突如として爆炎に包まれる。

 ウォルフが遠隔操作で誘導ミサイルを発射したのだ。

 続けて2発、3発と発射されるミサイルによって護衛の装甲車が吹き飛ばされていく。

 しかし、皇女の車はまだ健在だった。

 破壊された装甲車の煙を突き抜け、左右に蛇行しながらミサイルから逃れようとしている。

 だが、さらに着弾した2発のミサイルの爆風を受け、ついに車は派手に横転した。

 トラックに積まれたミサイルは全部で6発。その最後の1発が横転した車に直撃し爆発する。

 

(……仕留めたか? いや……)

 

 ハジメは車から少し離れたところに倒れている人影に気づく。

 純白のドレスに金色の髪、ターゲットに間違いない。

 ミサイルが直撃する前に車から飛び降りていたのだ。

 人影がよろよろと身を起こす。皇女はまだ生きていた。

 ミサイルの残弾はなく、これから近づいて殺そうとしてもさすがに駆けつけたSPに取り押さえられるだろう。

 ミッションは失敗したかに思われた、が。

 

(問題ない。その為に俺がここにいるんだからな)

 

 ハジメは床に置いてあるケースから長銃身のスナイパーライフルを取り出す。

 このミッションにおいてハジメはミサイル攻撃が失敗した時の『保険』だったのだ。

 慣れた動作でライフルを構え、スコープを覗き込む。

 ターゲットは少なからず怪我をしているらしく、その動きは緩慢だった。

 これなら確実に命中させられる。

 この引き金を引けば、地球と火星は再び戦争に突入するだろう。

 その戦火の中で多くの命が失われることだろう。

 

(だが、それがどうした)

 

 ウォルフとライエ。

 自分を救ってくれた2人が笑ってくれるのなら。

 銃声が響く。

 放たれた弾丸はターゲットの頭部を貫き、確実な死を彼女にもたらした。

 

「ターゲット・ダウン。ミッションコンプリート」

 

 この日、一発の銃弾が地球と火星の運命を変えた。

  

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。