Singing Phantasm   作:サクラフブキ

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我等、心という名の土壌を踏み荒らされても、誇りの花は潰えず。


プロローグ
プロローグ 〜A new sprout.〜


 

 

 ───爆風による衝撃が、辺り一面に広がった。

 

 射出されたソレは寸分の狂いもなく目標へと命中し、塵と煙を撒き散らす。〝世界を殺す者〟と呼ばれた異形の怪物は、成程その名に恥じぬ攻撃性と残虐性を備えていると今の一撃で痛感した。

 

 親友を護る為に自らの身を盾代わりとして庇った少女も無事では済まないだろう。どこかしら身体機能へ重大な支障をきたす事を、怯える心が覚悟した。

 

 ───しかし、身を揺さぶる程の風圧を感じる事はあっても、痛覚が悲鳴を上げる程の痛みは感じない。試しに腕を動かしてみると、何の違和感もなく思い通りに動かす事が出来た。

 

 

「───大丈夫か?」

 

 

 凛として響く声は少女の背後から聞こえた。鼓膜を震わせる風のせいで声の主を特定する事は叶わなかったが、第二次性徴期を迎えて低音の強くなったその声はおよそ女性の者とは思えない。

 

 だが、この空間には自分を含めて5人の女子しか居ないはず。その事は、先刻自分達が置かれている状況について説明してくれた先輩の話と、この不気味に彩色された植物の空間に飛ばされる前に確認したクラスメイト達の様子が証明していた。

 

 なら一体誰が? その疑問を解消する為に、思い切って振り返る。

 

「初陣だし、ホントは成り行きを見守ろうと思ったんだけど……(わり)ぃな、反射的に体が動いちまった」

 

 そこに立っていたのは、意外にも自分達とあまり変わらない身長の少年と思しき人物。悪びれる様子で告げる声は慈愛に満ちた優しいもので、まるで全身を包み込むかのようなその声に2人の少女は安心感を覚える。

 

「あなたは……?」

 

 果てのない闇を連想させる黒い外套(がいとう)を着用し、フードで顔を隠した闖入者(ちんにゅうしゃ)へ、茜色の髪を揺らしながら少女は静かに問い掛ける。

 僅かな沈黙の後、その声に応じて少年はフードを下ろして素顔を外界へと晒すと、ゆっくりと口を開いた。

 

「俺は───」

 

 互いを見据える桃色と紫色の瞳が交差したその時、運命は静かに産声を上げた。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 春。それは、出会いと別れが織り成す始まりの季節。人との出会いは新たな輪を作り出し、人との別れは次のステージへ踏み出す第一歩となる。いずれにせよ、始まりを告げる事には変わりない。

 

 神世紀(しんせいき)300年、4月。街を桃色に染め上げる桜並木の下を、制服に身を包んだ数多の学生達が各々の目的地へと歩を進めている。

 この日は多くの学校が入学式を挙行する日でもあり、朝の通学路は大人と子供が行き交う事で普段以上の賑わいを見せていた。

 

「わぁ……相変わらずここの桜は綺麗だね、東郷(とうごう)さん」

 

 聳え立つ桜の木々を眺めながら、結城友奈(ゆうきゆうな)が感嘆の声を上げる。

 春風に揺れる髪は、秋の紅葉を匂わせる茜色。肩に掛かる程に伸びたそれらを後頭部の左側で纏め、小さなポニーテールを作っている。

 快活で、誰とでも仲良くなる事の出来る彼女は当然の様に周りから好かれ、彼女自身も友達を何より大切にする心優しい女の子。健康的な小麦色の肌は、そんな彼女の眩さを物語っている。

 中学2年生になって間もない華奢な少女は、年相応の笑顔で瞳を輝かせていた。

 

「そうね、初めて友奈ちゃんと一緒に見た時くらい綺麗……でも、今日の友奈ちゃんはそれ以上に綺麗だわ」

 

 自身の背後で喜びを表す親友に対し、微笑みながらそう告げるのは東郷美森(とうごうみもり)

 腰にまで届き得る絹の様に艶やかな色を出す長い黒髪を、お気に入りのリボンで一本に結んで胸元に垂らしている。

 あどけなさを僅かに残しながらも麗しい雰囲気と整った容貌(ようぼう)を持つ彼女は〝大和撫子〟という言葉がよく似合っており、全身を彩る純白の肌は、まるで穢れを知らない無垢を表しているようにも見える。

 以前友奈は、そんな彼女を「お人形さんみたい」と称した事があった。

 

「もう、相変わらず東郷さんは口が上手いんだから」

 

 揶揄う親友に───美森本人は微塵も揶揄(からか)っているつもりはないが───恥ずかしそうに友奈は若干頬を赤らめる。

 友奈と美森は、所謂(いわゆる)大親友同士である。彼女達が中学校に入学する少し前、美森が結城家の隣に引越して来た時から2人の関係は始まった。

 

 東郷美森には、小学4年生から小学6年生までの約2年間の記憶がない。大きな事故に遭い、両足の機能と共に記憶も失ってしまった───と、美森は聞いている。事の詳細は彼女自身も知らず、病室で目を覚ました際に医師と母親が教えてくれたのは、たったそれだけの残酷な現実のみだった。

 車椅子生活を始めて数ヶ月が経つも、彼女の胸中は絶望と虚無感で埋め尽くさていた。しかし、引越し初日に出逢った友奈は、持ち前の明るさと生来の優しさで、分厚い氷で覆われた美森の心を緩やかに溶かしていった。ちなみに、大親友なのに友奈が美森を名字で呼ぶのは美森の希望である。

 

 仲良くなってからは時折今みたいなやり取りも行うが、友奈はまだ少し慣れていない。基本的に自己評価の低い友奈は、他人を褒める事はあっても自分を褒める事は少なく、素直な褒め言葉には照れが生じてしまっていた。

 

「ふふっ、照れてる友奈ちゃんが余りにも可愛いからつい本音が出ちゃうのよ」

「うぅ〜……あ! そう言えば」

 

 このままでは美森の思う壺だと本能で察した友奈は、どうにか話題を変えようと大袈裟に声を上げてみる。

 

「今日うちのクラスに転入生が来るんだよね!」

 

 咄嗟に思い浮かんだのは、昨日新しい担任の先生から聞いた連絡事項の1つだった。

 

 一般的に入学式の前日に始業式を行う学校は多いが、友奈達が通う讃州(さんしゅう)中学校もその例に外れない。クラス替えの結果、今年も無事に同じクラスとなった友奈と美森は手を取り合って喜び合い、その余韻が冷めない間に決行された式の後、新しい教室へ移動した彼女達に開口一番告げられた事がそれだった。

 

「どんな人なんだろうね! 私、転入生とか初めてだから凄く新鮮!」

「漫画とかではよくある話だけど、実際に経験する事ってなかなかないもんね」

「そうそう! 確か、男の子が来るんだよね。でもどうして昨日じゃなくて今日なんだろう?」

 

 学期の途中であればどのタイミングだろうと疑問には思わない───終業式の直前などは流石に別だが───が、学期の開始前に転入が決まっているなら始業式と同時に編入されるのが普通なのではないか。と、友奈は考えていた。

 可愛らしく小首を傾げながら疑問を口に出す友奈を微笑ましく見つめながら、今度は美森が口を開く。

 

「きっと何か事情があるんだと思うわ。それはそうと、友奈ちゃん、入学式の準備任されてたよね?」

「あっ、そうだった! 早く行かないと先生に怒られちゃう。ごめん東郷さん、少しスピード上げるね!」

 

 美森の一言で即座に頭のスイッチを切り替える友奈。転入生の事は確かに気になってはいたが、他に優先すべき事はたくさんある。まずは目先にあるやるべき事を済ませてしまおう。

 車椅子のグリップを握り直して、友奈は少しだけ歩を速める。

 

 燦々(さんさん)と降り注ぐ陽光は、まるで2人を包むかの様に温かかった。

 

 

* * *

 

 

 讃州中学校は、香川県讃州市のとある一角に位置する市立中学校である。規模としてはそこそこの、地元民なら名前を聞けば一様に頷く、間違っても宇宙人や未来人、超能力者なんて者は居ない至って普通の中学校だ。

 専門的な授業も特になく、強いて言えば道徳と神道を重視する傾向があるが、これはこの時代ならではの特徴であり、別に変わった事とも言えない。

 

 神世紀。それは、神を中心とした考えが主流の時代。

 ここで言う〝神〟とは比喩ではなく、実体として存在するモノの事を指す。

 

 遠い昔、300年前の話。突如発生した 謎のウィルスによって世界は滅亡の道を辿り、人類は文字通り死の淵に追いやられた。

 打つ手はなく、人類はこのまま根絶されるのを待つばかりだと思われた。しかしそんな時、日本の四国に〝神樹(しんじゅ)〟と呼ばれる特殊な樹木が現れた。

 大地に顕現(けんげん)した神樹は、瀬戸内海の沖合に植物で出来た壁を作りだし、四国全域を囲む結界を張る。そうして出来た壁はウィルスの進行を防ぎ、神樹は人々が四国内だけで生きていけるように食料や機材などの生産性を豊かにする〝恵み〟を与えた。

 結果、四国という限られた地の内側だけではあるが、人類は今日まで生き永らえる事が出来た───という事が教科書に載っている。

 

 余りにも荒唐無稽(こうとうむけい)で到底信じられる様な話でもない為に誰かが作ったお伽噺(とぎばなし)の様にも思えるが、事実瀬戸内海の沖には植物で出来た巨大な壁が連なっており、神樹と呼ばれる樹木も確かに存在する。

 故に、事の真相が分からずとも人々は皆何の疑問も抱かずその教えを信じ、深い信仰を表している。神樹様のおかげで今の私達があります、と。

 

 これらを象徴する1つとして、大人だろうが子供だろうが関係なしに、朝礼時と終礼時には必ず「神樹様に、拝」の号令の下に体を神樹の方向へと向け拝む所作を行う。

 それは日常の一環として行われる行為であり、彼らにとっては当然の事。今日も今日とて、〝いつも通り〟友奈達は頭を垂れる。

 

 時刻は午前11時を回った所。入学式は滞りなく全日程を終了し、友奈と美森が所属する2年3組の生徒達は教室に戻ってHRをしていた。

 通常であればお堅い話を聞かされるだけのひたすら面倒で退屈な時間だが、今日に限っては別である。何故なら───。

 

「では、今日からこのクラスの一員となる仲間を紹介します。皆さん大きな拍手で迎えましょう」

 

 担任がそう告げると同時に、待ってました! と言わんばかりの歓声が湧き上がる。誰も彼もがこの瞬間を楽しみにしていたという事は、この光景から容易に想像出来る。

 

御厨(みくりや)君、入っていいですよ」

「はい」

 

 凛とした声が響き、室内が拍手の音で包まれる。開かれた扉の先から現れたのは、宣告通りの一人の少年。

 綺麗に切り揃えられた黒髪は長過ぎず短過ぎずといった絶妙なバランスであり、前方左側の前髪の一部が赤く染まっている。爽やかイケメンという言葉がよく似合う非常に整った容姿と左目に着けられた黒い眼帯は見る者の目を惹くが、身長は同年代の平均よりやや高い程度で特筆すべき点は見当たらない。

 

 歩く姿さえ絵になる様な魅惑の転入生は、教壇の横に立つと会釈をし、これから学校生活を共にする仲間達に向けて自己紹介を始めた。

 

「初めまして、俺の名前は御厨奏介(みくりやそうすけ)。趣味とか特技は水泳以外のスポーツ全般! 中でも格闘技は特に好きだぜ。少しでも早く皆と仲良くなりたいから、気軽に声掛けてくれると嬉しいな。皆宜しく!」

 

 挨拶が終わると、歓迎の意が込められた大きな拍手が再び鳴り響く。厚意を嵐を一身に受けた奏介は照れくさそうにはにかんで、「やー、こんなに歓迎して貰えるなんて嬉しいなあ」と呟いてクラスメイトを一眸した。

 全員の顔をしっかり目に焼き付ける様に、はたまた誰かを捜すかの様に。全体を見渡す視線は、ある一点で止まった。

 

「…………」

「……?」

 

 扉側最後列。そこに座る美森は、ジッと自分を見つめる奏介の視線に疑問符を浮かべるが、数秒の後にその視線は外され、彼は何事もなかったかのように笑顔を浮かべていた。

 何の意図があったのかは判らないが、きっと車椅子に座る自分が珍しいと思ったのだろうと彼女は自分の中で結論付ける。

 ───だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 こうして、新たな仲間を加えて2年3組のHRは幕を閉じる。式典のある日は午前中だけの特別日課であり、HRが終わればその日は解散である。

 しかし、まだまだ興奮冷めやらぬ教室の一角、窓際最後列の席では転入生に興味を持った多くの生徒によって早速人だかりが出来ていた。例え時代が移ろいでも、こういった習慣は変わらない。

 

「ねぇねぇ、御厨くんって前はどこに住んでたの?」

「大橋市だよ。家の近くにイネスがあったからよく入り浸ってジェラート食ってたぜ」

「得意なのは水泳以外のスポーツって言ってたけど、もしかして泳げなかったり?」

「ふふふ、夏になったら見せてやるよ。親指立てながらプールに沈んでいく姿を」

「俺ら毎日昼休みになったらグラウンドでサッカーやってるんだけど、良かったら一緒にやろうぜ!」

「お、いいねぇ! じゃあお言葉に甘えて明日から参加させてもらうわ!」

「左目の眼帯カッケーな! けど怪我とかなら無理すんなよ、不自由な事とかあったら俺らがいつでも手を貸すぜ!」

「サンキュ! じゃあそん時は遠慮なく頼らせてもらうからな!」

 

 質疑応答(しつぎおうとう)を繰り返していく中で、早くも奏介はクラスの輪に溶け込み始めていた。簡単な会話の応酬ではあるが、不快感を全く与えないノリの良さと人懐っこさを感じさせる明るい笑顔は、心の距離をあっという間に埋めていく。

 その様子を、友奈と美森は遠巻きに眺めていた。

 

「凄いねあの人! もう皆と仲良くなってるよ!」

「ええ……」

 

 目を輝かせながら嬉しそうに言う友奈とは裏腹に、美森はどこか心ここに在らずといった様子である。

 

「どうしたの? 東郷さん。ボーッとしちゃって」

「……どうしてかは分からないけど、あの人を見ていると不思議な気持ちになるの」

「え。そ、それってもしかして恋───」

「我が国の素晴らしさを一晩中語り尽くして体も心も護国思想(ごこくしそう)に染め上げたくなる気持ちが込み上げてくるわ」

「何で!?」

 

 予想の斜め上を行く美森の回答に、こればかりは真性のボケ担当である友奈でさえもツッコまざるを得なかった。

 しかし、よくよく考えてみれば東郷美森という大好きなお隣さんはこういった人なのだと友奈は思い当たる。時折トリッキーな言動をして周囲を驚かせる事もあるが、これも彼女のアイデンティティーの一つなのだ。普通の人なら冗談の一言で終わる発言であるが、彼女なら本当にやりかねない。

 

 頑張ってね、御厨くん。と、同情の込めて友奈が奏介を見ていると、その視線に気付いた奏介が友奈達へと顔を向けた。

 深紫に彩られた瞳は、濁りを知らない透き通った水晶玉を連想させる。馴染み始めた転入生は、周りを囲む男女に二言三言何かを告げると席を立って2人の可憐な見物人へと歩を進めた。

 

「よ、お二人さん。君達の名前は?」

「私は結城友奈! 気軽に友奈って呼んで欲しいな」

「おっけー、友奈か。俺の事も下の名前で呼んでくれていいぜ。で、そっちの君は───」

「東郷美森です。宜しくお願いします、御厨くん」

「おう、宜しく。友奈と……えっと、東郷」

 

 初対面の異性ともなれば初めは僅かながらにも警戒心が生まれるモノだが、奏介が浮かべる屈託の無い笑顔は人の心を簡単に解いていく。

 元から人付き合いの上手い友奈は言わずもがな。友達作りが少々苦手な美森でさえ、柔らかな微笑みが自然と顔に出ていた。

 

(この人、ちょっとだけ雰囲気が友奈ちゃんに似てるかも)

 

 握手を交わしながら美森はそんな感想を彼に抱いた。自分より大きな手から伝わる体温は温かく、一度繋いだ縁は決して離さないといった強い親愛の情が固く握られた手から感じられた。

 

「ねぇ、奏介くんって何か部活動入るの?」

「あー……それが全然考えてねぇんだ。スポーツは好きだけど、あくまで趣味レベルだからなあ」

「だったらさ、勇者部に入らない!?」

「勇者部?」

 

 聞き慣れない名前に、奏介が首を傾げて訊き返す。その問い掛けに答えたのは、傍らで話を聞いていた美森だった。

 

「勇者部は、〝世の為人の為になる事を勇んで実行する〟という部活動で、活動内容は主に他の部活動の助っ人や地域のゴミ拾いとか。文字通り、人の為になる様々な事をしているの」

「へぇ〜、要はボランティアで色んな事してる部ってコトか」

 

 美森の説明で概要を理解した奏介は、ポン、と手を叩いて要約する。

 

「うん! 部員は私達を含めて3人で……あ、今日から新しい子が入るから4人になるんだけど、皆女の子なんだ!」

「えっと、つまり……?」

「男の子が居てくれれば勇者部の活動にも幅が広がるかなーって!」

 

 今も十分多岐(たき)にわたって活動を行っている勇者部ではあるが、部員が全員女子という事もあり、どうしても手が届かない範囲も存在する。

 例えば、男子のみの部活動には女子は参加出来ない。男同士でしか解決出来ない悩みなどもあるだろうし、力仕事も手子摺(てこず)る場面は沢山ある。

 困っている人が居るのに手を差し伸べる事が出来ない、というのは友奈にとってはもどかしくて仕方のない事だった。

 

 そんな彼女の胸中を理解している美森は、興奮気味に勧誘する友奈を困った様に笑いながら見つめるも、決して咎める事はしない。親友の気持ちを汲んでいるだけではなく、自身も少なからず友奈と同じ考えを持っていたのだ。

 

「なるほどな───いいぜ、その誘い、乗った!」

 

 自分を頼る可愛い女子2人を蔑ろにする奏介ではない。当然の如く彼は二つ返事で受け入れる。

 望んでいた返答が貰えた友奈は、眩い笑顔をさらに輝かせ、心の底から嬉しいという気持ちを前面に押し出した。

 

「決まりだね! じゃあ早速部室行こっ!」

「ちょ、待っ───入部届けとかはどうすんだよ!?」

「そんなの後あと! 歓迎会が先だよ!」

 

 困惑する奏介を余所に、友奈は美森が座る車椅子のグリップを握るとそのまま教室を出て行った。猪突猛進、思い立ったらすぐ行動、といった言葉がよく似合う彼女の姿に、奏介はやれやれと溜息を吐く。

 これから毎日が忙しくなりそうだな、と。楽しそうに呟きながら。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

「こんにちはー! 友奈、東郷、入りまーす!」

 

 閑散した放課後の特別棟に友奈の元気いっぱいな声が響き渡り、扉を開けると、美森と奏介と共にとある一室へ踏み入った。

 主に調理実習の時に使用される家庭科室。その隣にある家庭科準備室が勇者部の部室であり、彼女達の小さな根城だ。

 本来であれば部の一つ一つに専用の個室が与えられるが、去年設立されたばかりの勇者部には提供出来る空き教室が校舎内に残っていなかった。

 そこで、半ば物置と化していた家庭科準備室と兼用になった。というのが、奏介がここに来るまでの道中で美森から聞いた内容だ。

 付け加えると、今ではすっかり勇者部の色に染め上げられていて、準備室として使われる事も殆ど無くなったようだが。

 

「お、来たわねー。今日は随分……って、あら?」

 

 先に部室で待機していた勇者部部長、3年生の犬吠埼風(いぬぼうざきふう)が部屋の奥から顔を覗かせる。

 美森と同等かそれ以上に伸びた亜麻色の長い髪を二つに縛り、古くは「おさげ」と呼ばれたカントリー・スタイルのツインテールを作っている。

 前髪を一切垂らさずに富士額を見せている姿は彼女のサッパリとした性格を彷彿とさせ、見た目通りに快活で人当たりが良く、また、面倒見が良い為に後輩からも慕われていた。

 

 風は後輩2人の隣に居る見慣れない男子生徒に目を向ける。

 

「珍しいわね、アンタ達が男子連れて来るなんて。もしかして勇者部への依頼?」

「違いますよ、風先輩。この人はなんと! 新しい入部希望者です!」

「にゅ、入部希望者!?」

 

 予想外の答えに、風は思わず驚愕の声を出す。

 勇者部を設立した時点でも勧誘は行ったが、当時、名前からして奇天烈なこの部に興味を持ってくれたのはこの可愛らしい2人の女子だけだったのだ。

 

 だからこそ彼女にとって、友奈が発した一言は衝撃を与えるに十分だった。念の為、本当に入部希望者なのかどうかという事を美森に視線で確認する。

 

「はい。彼、今日うちのクラスに転入して来たんですけど、友奈ちゃんが勇者部の事を話したら興味を持ってくれたんです」

「アタシを驚かせる為のドッキリとかってワケじゃないのね……全然大歓迎だけど、何で男子を誘おうと思ったの?」

「ほら、風先輩言ってたじゃないですか! 男手の一つでもあれば大分負担が減るのに〜って!」

「あ〜……確かに昔そんなコト言った気もするかも」

 

 明確に憶えてはいないが、以前何気ない気持ちでそれらしい事を言ったのは記憶にある。当然、本気に捉えられるとは思わなかったが。

 だがきっかけはどうあれ自分達の活動に興味を抱いてくれるのは嬉しい事。風は、自分より少しだけ身長の高い男子に向き合うとにこやかに微笑みながら手を差し出した。

 

「とにかく、一緒に活動出来るのは嬉しく思うわ。アタシは部長の犬吠埼風、貴方の名前は?」

「俺は御厨奏介。来たばっかでこの学校んコトはよく知らねぇけど、力仕事とスポーツならお任せだ。十分こき使ってくれ、部長」

「部長……BU・CHOU! くぅ〜、やっぱ良い響きね! 女子力が滾って来るわ! 宜しく、御厨!」

 

 バンバン! と豪快に奏介の背中を叩く姿は乙女とはかけ離れているが、彼女が言うには「これも女子力があるから出来るのよ」との事。

 と、そんな時。部屋の奥、棚に隠れた物陰から小さな女の子が控えめに顔を覗かせた。

 

「ん、部長。あの子は?」

「あの子? ああ、(いつき)の事ね。樹、出てらっしゃい!」

 

 樹と呼ばれた少女は、風の声に従ってオドオドとした様子で皆の前に現れる。その姿を見た瞬間、友奈がキラキラと目を輝かせながら「可愛い〜!」と彼女へと近寄った。

 

「風先輩! もしかしてこの子が例の───?」

「そう! アタシの妹の樹よ。ほら樹、皆に挨拶して」

「い、犬吠埼樹(いぬぼうざきいつき)です! よ、よよ、宜しくお願いしますっ!」

 

 緊張しているのが丸分かりな挨拶だったが、逆にそれが部員達の母性本能をくすぐった。

 

 改めて、奏介は目の前の少女を観察する。

 髪の長さは姉とは違って短く、性格も、豪放磊落(ごうほうらいらく)な印象を与える風とは正反対の控えめで小心翼翼(しょうしんよくよく)といった様子である。

 しかし瞳の色と髪の色が同じなのはやはり姉妹なのだと思わせられた。

 可憐という言葉がこの中で一番似合いそうな彼女だが、案外中身は───と考えた所で奏介はその思考を振り払う。いくら〝人は見かけによらない〟とは言っても、ここまで表に出てしまっていては流石にその線はないだろう、と。

 

「アタシの妹にしては女子力低めだけど、それ以外は中々よ。占いとか出来るし」

「ほへぇ〜、それは凄いや! 宜しくね、樹ちゃん!」

「は、はいっ! よ、宜しくお願いしますっ」

「これ、お近付きの印にあげるね!」

 

 そう言って友奈は鞄の中から何かを取り出すと、優しく樹の手に握らせた。

 何だろう? と樹が手を開いて見てみると、それは緑色の葉っぱで作られた2枚の小さな押し花栞だった。

 

「この葉っぱって……」

「それは四つ葉のクローバーだよ! 樹ちゃんのこれからに幸あれって気持ちを込めて!」

「わぁ、可愛い……ありがとうございます! 大切にしますね!」

 

 まるで蕾が花開く姿を連想させる朗らかな笑顔で可愛いと呟く樹に、奏介は思わず「おまかわ」と返したかった。

 2人の少女の動向を見守っていると、今度は美森が自分の番だと言わんばかりに車椅子を押して前に出た。

 

「……?」

 

 真剣な表情で自分を見つめる綺麗な先輩を、樹は緊張しながら見つめ返す。

 何が起こるのだろうかという不安と期待が込められた視線を送っていると、美森は既に準備していたであろう黒いシルクハットを鞄から出し、背中に隠していた白い布を取り出して被せた。

 ゴクリ、と全員が固唾を呑んで美森を見守っている。

 

「───はいっ!」

 

 その声と共に勢い良く布を取り払うと、先程まで空だったシルクハットから突然白い小鳥が数羽飛び出した。定番だが、それ故に有名で観客の目を引くマジックの一種である。

 当然ながら樹にも効果は抜群で、少女は驚嘆の反応を示すと車椅子の美少女に尊敬の眼差しを向けた。

 

 

 

 だがしかし───この手品で一番衝撃を受けたのは、樹ではなく奏介だった。

 

 

 

「────」

 

 目を見開き、心ここに在らずと言った様子で美森を見つめている。

 彼の様子にただならぬ気配を感じた友奈と風は慌てて問い掛けた。

 

「ちょっと御厨、アンタ大丈夫?」

「おーい、奏介くーん?」

 

 奏介の前で手をブンブンと振る友奈だったが、反応はない。だが直後、彼は小さく口を開いた。

 

「す────」

「「す?」」

 

 2人がほぼ同時に言葉を重ねると、奏介は勢いよく美森へと迫った。

 

「すげぇ! これどうなってるんだ!?」

「え、えっと、これは帽子の構造に秘密が……」

「いつ覚えたんだこんなの! うっわ、マジックとか生で見たの初めてだからちょー興奮する!」

「あ、あの……」

 

 シルクハットを被った美森の手を掴んで求婚するかの様なポーズをとる奏介。興奮する彼に美森はドン引きだったがそんなのはお構い無しだった。

 自分以上に反応がベタな先輩に、いつの間にか樹も緊張が解けていた。

 

「はぁー、ビックリした。でも何もなくて良かったわ」

「あはは、東郷さんは大変そうですけどね」

「ゆ、友奈ちゃん。見てないで助け……」

「帽子の構造!? これ中身どうなって……おほぉ^〜! なるほど、ここに仕掛けが───」

「せ、先輩。落ち着いて……」

 

 早速輪が広がりつつある新生勇者部に、部長の風は満足そうに頷くと声高らかに発言した。

 

「よーし! それじゃあこれから樹と御厨の歓迎会を兼ねてかめやにうどんを食べに行くわよ!」

「わーい! うどん♪ うどんっ♪」

「ちょっ、その前に彼をどうにかしてくださ───」

「東郷〜! なぁなぁ、俺にも教えてくれよマジック! え、横文字を使うな? そんな堅苦しいコト言うなって───」

「ふふ、うどん楽しみですね」

 

 勇者部員達の楽しそうな声が室内に木霊していた。

 

 

 

 

 神世紀300年、4月。

 新たに2人の仲間を加えた讃州中学勇者部は、今日も元気にうどんを(すす)っていた───。




初投稿です、宜しくお願いします。
勇者であるシリーズが大好きで1期当時からファンでした!
この作品は一応全部で3つの√に分けるつもりでいるので、これから気長に付き合って頂けると嬉しいです。
感想・評価はいつでも募集してるのでお気軽に!

ではまた次回。最初は東郷さん√から進めていきたいと思います。
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