Singing Phantasm   作:サクラフブキ

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盲信的な憧憬は、対象の美点のみを照らし出し、その本質を翳らせる。

忘れるな。

目に見えているモノが、全て正しいとは限らない。


東郷美森√ ~Unlimited Nightmare.~
Episode1 ~I want to know you.~


 

 

 

 

 穏やかな陽気が、四国全土を優しく包んでいる。

 今日は各所で雲一つない快晴の空が広がる春日和であり、室内で過ごす事が好きな人も思わず一歩外に出てみたくなる様な気持ちの良い天気だった。

 夏のカラッとした暑さや、冬の凍える寒さとも違う、まるで心までポカポカと暖かくなる気候は春特有のモノとも言えるだろう。時代が移ろいでも、こういった部分が変わらなかった所はある意味人類にとっては幸運だったとも思えるかもしれない。

 

 一見すると何も問題など無いようにも見えるが、2つだけ、それも子供達にとっての重大な問題があった。

 全身で浴びる心地()い陽射しは自然と眠気を誘ってくる。そうなれば必然、多くの生徒が授業中に船を漕ぐ事になり、夢の世界を航行する多種多様の小さな遊覧船に教師の雷が落とされてしまう。

 常日頃ソレを経験して慣れてしまっている猛者にとっては取るに足らない普段通りのコトとして済ませられるが、そんな彼らでも避けられない問題がもう一つ。

 それは───。

 

「ヘイ! パス、パース!」

「こっちもフリーだぞ! 回せ回せー!」

 

 硬い地面を蹴りつける無数の足音と、楽しそうにはしゃいでいる男女の声が、讃州中学校のグラウンドに響いている。

 時刻がもうすぐ正午を回ろうとしている頃。4時間目の授業が体育だった2年3組の生徒達は外で元気良くサッカーをしていた。

 現在、健康的な汗を流しながら、頭上に浮かぶ太陽の眩しさにも負けない位の明るい笑顔で駆け回っているのは、15人の男子達。しかしその傍ら、コートの外では同じく15人の女子達の姿もあった。

 

 本来であれば、体育は男女別で、また、場所も室内と室外で分かれている。

 しかし、今日が1学期最初の体育であり、場所は違えど男女共に授業の内容は、集団行動の確認という同じモノだった為に急遽(きゅうきょ)合同で行う事になった。

 だが、育ち盛りの中学生にとって集団行動というモノは堅苦しく退屈なだけ───唯一、美森だけは嬉々とした様子でラッパまで吹き出し、見事先生に没収されていたが───であり、担当の教師もそれは重々承知している。

 加えて、今日みたいな温かい日は大人でさえ体を動かしたくなるのだ。子供だったら尚更元気を持て余しているだろう。そう考えた体育教師は集団行動を早々に終わらせ、生徒達に自由時間を与えた。

 

 そこで生徒達が話し合った結果、満場一致でサッカーをする事に決まった。

 年頃の男子にとって異性の存在というのはかなり大きい。少なくとも2年3組の男子の中には異性に興味が無いと(うそぶ)(やから)は居なかったので、皆自分の活躍を気になるあの娘へアピールしたかったのだ。

 外で体を目一杯動かせて、且つ最も一般的でアピールがしやすい競技がサッカーだった。それだけのコト。

 女子も同様で、男子のカッコいい所を一番分かりやすく見る事が出来るのがサッカーだったという至極単純な理由で男子の意見に賛同した。

 

 そんなワケで、各々が自分を魅せる事で精一杯な男子達に変わり、女子はボールがコート外へ飛んで行ってしまってもすぐに取りに行けるように、ラインから少し離れた場所に散らばって観戦している。

 ゴール近くの絶好のスポットでは友奈と美森が配置されていた。2人の視線の先には、自分達と同じ勇者部員の1人である御厨奏介の姿がある。

 

「奏介! 決めて来い!」

「よっしゃ、ナイスパス!」

 

 左サイドから怒涛の勢いで走り込んで来た奏介がチームメイトからのスルーパスを受け取ると、多数の女子の間で黄色い声が上がる。自身へ声援を送る淑女達にVサインを返すと、たちまち素早いドリブルで敵陣へと切り込み、そのまま鋭いシュートをゴールへと突き刺した。

 

「東郷さん見て見て! 奏介くんが決めたよ!」

「ふふ、友奈ちゃんったら。ちゃんと見てるよ」

 

 隣で目を輝かせている友奈を見て美森は微笑ましい気持ちになった。友奈の事が何より大切な美森にとって、彼女が楽しそうにしている姿は心に安らぎを与えてくれる。

 

「奏介くん、スポーツは趣味程度って言ってたけど、あそこまで上手だと部活動でもすぐに活躍出来そうだよね」

「そうね、素人目に見てもかなりの実力だと思うわ。それに……」

 

 言葉を区切り、美森はチームメイトとハイタッチを交わしている奏介に視線を向けた。

 

「それに?」

「凄く───楽しそう」

 

 フィールドを自由自在に駆け回る彼は心の底から愉しんでいる様に見えた。

 何故だか彼女は、それがとても嬉しかった。昨日初めて出逢った同い年の少年に対して特別な感情は何も抱いて居ないのに、自分の知らない無意識下で身体が悦びを感じている。

 

「うん! 何か見てるこっちも楽しくなってきちゃうよね!」

「あんな風に周りの人達に良い影響を与えてくれる所は友奈ちゃんに似てる気がするわ」

「ほぇ? 私に?」

「そうよ、友奈ちゃんも皆を笑顔にさせてくれるもの」

「私は何もしてないけどなあ。けど、そうだったのなら嬉しいな、えへへ」

 

 照れくさそうにはにかむ親友の顔を記憶に焼き付けようと柔和な笑みで見つめるも、すぐさま奏介へと目を移した。

 ここまで自分に影響を及ぼす人ならば、もしかして事故に遭う前の友人とかではないだろうか? そう考えたが、だとすればわざわざ初対面を装わず、昨日の時点で関係を打ち明けてくれている筈。その時点で友人だったというケースは極めて低いと思われる。

 ならば、胸の(うち)から湧き上がる正体不明の感情をどう説明すればいいのだろうか。

 

「まさか、本当に恋心なのかしら……?」

 

 呟いた所で、美森は自分の思考を、それこそ全力でサッカーボールを蹴るかの如く一蹴した。

 第一、恋愛など一度たりとも経験した事がないし、脳内の約8割を結城友奈で埋め尽くしている彼女にとって、友奈以上に想いを寄せる人物が出来るという事は宝くじで1等を当てる事よりも低い確率なのだ。

 

「あっ! また奏介くんがボール貰ったよ!」

 

 友奈の声で美森はハッと我に返る。ボーッとしていた所為で気付かなかったが、フィールドでは再びパスを受け取った奏介がサッカー部の男子と1on1をする所だった。

 

「ヘッ、今度は簡単には抜かせねーぞ」

「やるねぇ、そう来なくっちゃ……なッ!」

 

 先程と同様に素人とは思えないスピードで華麗なドリブルを魅せる奏介。相手が経験者でなければ突破する事は容易に可能だったが、部に所属している者からすればその速度は普段目にしている部員達のドリブルより幾分か遅い。

 奏介自身もこれだけでは通用しないと理解していたので、ここにフェイントを一つ仕掛ける。が、しかし。

 

「甘いな、見切ってるぜ!」

「ッ!」

 

 付け焼き刃の陽動では熟練のプレイヤーには通じない。奏介の意図に反してボールは容易く奪われてしまった。

 

「やっぱダメか……けど、そろそろ()()()()()

 

 奏介は立ち止まり、その場で軽くジャンプをする。彼は自身の後方、離れた場所で観戦する友奈と美森の姿を目に納めると、やる気満々といった様子を見せて駆け出した。

 既にボールは自陣深くまで運ばれている。だが敢えて追う事はせず、中盤で待機する。

 

 繰り返される攻防の末、侵攻を防ぐ事に成功した味方の1人からロングパスを受けると、奏介はゴールへ向き直った。

 立ちはだかる数人の敵を(かわ)しながら進み、自分を打ち負かしたサッカー部員に挑みかかる。

 

「わざわざ突っ込んで来るとはナイスな度胸じゃんか」

「まーな、負けっぱなしっつーのは性に合わねぇからさ!」

 

 右へ左へ揺さぶりをかけるも、やはり簡単には抜かせてくれない。

 これでは(らち)が明かないと悟り、奏介は思いっきって勝負に出た。緩やかなドリブルから、一気に速度を上げて突破を試みる───が、ここに喰らい付いてくるのが熟練者だ。

 そこで彼はフェイントを一つ入れた。

 奇しくも先刻と同じシチュエーションが展開され、攻撃を読んでいた敵チームの少年はボールが動く方向へ足を伸ばす。

 

「当然そう来るよな。けど、さ」

 

 誰もが奏介の敗北を予感していた。

 しかし、彼は口角を上げて不敵な笑みを浮かべる。

 

「そこは大きな罠だぜ───ッ!」

 

 瞬間、鮮やかな足捌きでボールを巧みにコントロールすると、奏介は華々しく敵を抜き去り相手ゴールへ槍の様なグラウンダーシュート───地面すれすれを這う、低弾道のシュート───を叩き込み、見事リベンジを果たした。

 同時にスポーツタイマーがタイムアップを(しら)せるブザーを響かせ、男子の試合が幕を閉じる。

 

 沸き上がる大きな歓声は奏介だけでなく、対峙したサッカー部員にも向けられた。熱い勝負を見せてくれた2人に、敵味方男女関係なく賞賛の拍手が送られる。

 

「やられたよ。楽しかったけど、次は負けねーぞ」

「おう、またいつでもやろうぜ」

 

 ガッチリと握手を交わし、奏介は友情が芽生えるのを感じた。

 そんな彼らの元へ大勢の男子達が集まり、寄って集って大騒ぎを始める。

 

「すげぇなお前! あんなボール捌き初めて見たぞ!」

「御厨君! 僕にもさっきの技教えてくれ!」

「なあなあ、今度一緒にフットサルしに行こうぜ!」

 

 クラスメイトが、口々に言葉を掛け、肩を組み合い、笑顔を交わす。

 

「皆落ち着けって。ちゃんと全員相手するからよ」

 

 まるでずっと前から共に過ごしていた様にも見えてしまう程クラスに馴染んでいる転入2日目の少年は、仲間達の手荒い洗礼を全身で受けながら嬉しそうに笑顔を弾けさせた。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

「それじゃあ行ってくるね、東郷さん」

 

 そう言って友奈は元気良くコートへと入って行った。

 大親友を柔らかい表情で見送った後、美森は独りでボーッと空を眺めていた。

 本当なら、あの快活で眩しいお隣さんや志を共にするクラスメイト達と一緒に元気良くグラウンドを走って汗をかきたい。だが、それを行うのに必要な両足が動かないのであればそれは叶わぬ夢だ。

 

 今となっては大好きな友奈の溌剌(はつらつ)とした姿に息を荒げるコトが退屈を紛らわす手段の一つとなったが、それでも、彼女にとって体育の時間は少なからず憂鬱を感じる忌まわしいモノでもあった。

 思い通りに体を動かす事が出来ないというのは想像以上にストレスを感じてしまう。加えて自然と溜息も出てしまい、暖かかった表情に今日の空模様とは対照的な分厚い雲を覆ってしまう。

 

 

 

 だから気付くのが遅れてしまった。忍び寄る怪しげな人物の存在に。

 

 

 

「ひゃうっ!?」

「お、可愛い声」

 

 頬に異物が触れる感覚が身を襲い、美森は咄嗟(とっさ)に顔を引いて其方へ目を向けた。

 一部が赤く染った黒髪を汗で湿らせた隻眼の少年、御厨奏介が目線の高さを合わせて悪戯(いたずら)っぽい笑みを浮かべながらいつの間にか目の前に来ていた。

 

「な、何かしら御厨くん」

「いやね、ふと見たらクラス1の美人さんが暗い顔してっから揶揄ってやろーかなって思ってさ」

「あら、美人だなんて口が上手いのね。どうせ他の人にも言ってるんでしょ?」

「ははっ、バレた?」

 

 まあクラス1って言うのは嘘じゃねぇけど、と、偽か真か分かり兼ねる言葉を告げると、奏介は美森の隣に腰を下ろす。

 

 美森が異性と軽口を叩き合うなどという事は、彼女を知る人物からすれば到底信じられない事だ。

 美森本人もこんなやり取りを交わせる友人など異性では有り得ないと思っていたが、昨日あれだけ酷いダル絡みをされてしまっては情けを掛ける気も失せてしまい、歓迎会が始まる頃にはうどんの代わりに拳骨を喰らわせていた位に打ち解けていた。

 

「男子と一緒に居なくていいの?」

「んー、何となく今はお前と居たい気分なんだよ」

「私と? どうして?」

 

 美森の素朴な疑問に対し、奏介は発言する事に逡巡した様子を見せた後、重い口を開いた。

 

「だって、寂しそうだったから」

「……そう」

 

 それ以上彼女は何も言わなかった。否、言えなかった。このおちゃらけた同級生に少なからず気を遣わせてしまったという事実が彼女の大きな胸に重くのしかかり、続く言葉を遮らせる。

 

 暫くの間、無言の時が続いた。

 フィールドでは女子達が華やかな声を上げながら懸命にボールを追っている。男子の様な熱い雰囲気とは打って変わって緩やかなモノだが、本気で楽しんでいる事は見ている方にもよく伝わってきた。

 やがて、友奈がシュートを決めたのを合図として、美森が「ねぇ、御厨くん」と声を掛ける。

 

「私達って、昔どこかで会った事あったかしら。それか……友達だった、とか」

 

 極めて低い可能性だと一度は捨て去った思考だったが、いざ本人を前にしたら()かざるを得なかった。

 対する奏介は、思わぬ問いに目をぱちくりさせながら(たず)ね返した。

 

「……どうして、そう思うんだ?」

「分からない……ただ、もしそうだったら私だけ忘れてるのは申し訳って思って……」

「…………」

 

 ジッと、逃さない様に美森は奏介に強い視線を送った。向けられた花緑青(はなろくしょう)の煌めく瞳に、彼は深紫の澄んだ瞳で見つめ返す。

 真っ直ぐ見つめ合う2人だったが、先に折れたのは奏介の方だった。

 

「……昨日が初対面だよ、お前とは」

「そう。ごめんなさい、変なコト訊いちゃって」

「いいよ、謝んなくて」

 

 目を合わせる事なく彼は言う。眼帯に隠れてその横顔がどんな表情をしていたのか読み取れなかったが、彼は決して嘘をついてはいないだろうと美森は思う事にした。

 

「そう言えば東郷、昨日友奈が教えてくれたんだけど───」

「私の知らない所で私の友奈ちゃんと内緒話をするなんて、貴方は極刑よ」

「ステイ東郷! 落ち着け、目が怖ぇよ!?」

 

 殺意の篭もった輝きのない瞳を向けられてしまっては流石に奏介もたじろぐ。

 

「これが落ち着いて居られるワケないじゃない。屋上に吊るされるのと丸亀城の天守閣に吊るされるの、何方(どちら)か好きな方を選んでいい───」

「友奈のウインクピース写真2枚でどうだ?」

「……まあ、この件は水に流してあげるわ。それで、何かしら?」

 

 ホッと胸を撫で下ろす奏介。当然、昨日知り合ったばかりの友奈の写真なんて持っていないので、後で本人に直談判しなくちゃなと思いながら続きを話す。

 

「お前ってぼた餅作んの得意なのか?」

「ええ、友奈ちゃんの要望でぼた餅はほぼ毎日作っているの。勿論今日も持って来てるわ」

「それって、この胸に抱えた2つのデッカイやつのコトか?」

 

 返事の代わりに重い正拳突きが奏介の腹部に飛んで来た。

 

「おぉう……コイツは確かに衝撃が走る美味しさだぜ……」

「はぁ……貴方って人は本当に……」

「ヘヘッ、悪い悪い。でも少しは気分も晴れただろ?」

 

 奏介の言葉に、美森はハッとする。彼の言う通り、気が付けば鬱屈(うっくつ)した気分は吹き飛んでいた。

 一連のやり取りが全て彼の目論見(もくろみ)通りに運ばれて行ったのだと思うと、不思議と温かい気持ちに包まれる。

 

「罪な人なのね、御厨くんって」

「だろ? よく言われる。礼はぼた餅2個でいいぜ」

「……一言余計なのが勿体無いけど」

 

 まるで古くからの友人同士の様に軽口を交わしながら2人は笑い合う。

 奏介と過ごしている事に居心地の良さを感じた美森は、彼の手に触れてみようと自然な流れを装って手を伸ばした───その時だった。

 

 

 

 

「危ない!」

 

 

 

 

 

 誰かの緊迫に満ちた声と、空気を擦る何かの音が、突如として耳に飛び込んで来た。

 声の主は、美森達から少し離れた場所でボールを蹴り合っていた数人の男子生徒の内の1人だった。勢いよく蹴ったボールが思わぬ方向へ飛んで行ってしまい、その先に2人が居た為に叫んだのだ。

 

「東郷さん!!」

 

 フィールドでプレー中の友奈が親友に迫る危険に気付き、悲痛の声を上げた。

 ボールは速度を維持したまま一直線に美森へと向かっている。しかし、車椅子の彼女ではソレを避ける事は出来ない。

 効果は薄いだろうが、せめてほんの僅かでも衝撃を和らげられたら───その一心で腕で顔を覆い隠し目を閉じる。

 

 

 

 次の瞬間、ドン! と、ボールが何かにぶつかる音が聞こえた。

 

 

 

 襲い掛かる痛みを覚悟して(からだ)に力を入れる。

 しかし、いつまで経っても衝撃が訪れる事はない。とうとう全身の感覚まで可笑しくなってしまったのかとも思ったが、どうやら違うらしい。

 恐る恐る目を開けると、奏介の逞しい背中と普段の態度からは想像の付かない此方を見つめる真剣な横顔が視界に映し出された。

 

「怪我、ないか?」

「う、うん」

 

 真面目な声で問われると、美森は力の抜けた声で答えた。

 

「そうか……良かった」

 

 そう言って奏介が顔を前に向けたのを見て、美森は状況を確認する為に視線を動かす。

 結論から言うと、ボールは彼の足元にあった。その事から、美森を庇って足でボールを受け止めたのだと想像出来る。

 自分でも驚く程冷静に分析していると、美森の元へ元凶の男子生徒がやって来た。

 

「東郷さんスマン! マジで申し訳ない!」

「い、良いのよ。怪我もなかったから」

「ホントにごめんな。次からは気を付けるから」

 

 謝り倒す少年に美森は優しく微笑み掛ける。

 

「そうだぞー。たまたま俺が居たから良かったけど、一歩間違えたら大怪我だったんだからな」

「うぅ……面目ない」

「ま、本人が良いって言うんだからあんま引き摺んなよ」

 

 肩を落とすクラスメイトの背中を、奏介は軽い様子でぽんぽんと叩く。

 一瞬だけ見せた真面目な表情は既になく、そこにあるのは普段通りの快活な彼だった。

 

「俺がパスの精度を上げるのにやってた特訓教えてやろうか?」

「いいのか!? 是非教えてくれ!」

「よーし! んじゃ、どうせだったら皆でやるか! あっちの離れた方行こうぜ!」

 

 散らばった男子達を集めようと奏介は歩き出すが、その背中を美森は「待って!」と呼び止めた。

 

「御厨くん、あの、その……」

「ん? どうした、東郷」

 

 言わなければ。キチンと言葉で、直ぐに伝えられなかった自分の気持ちを───。

 

 

 

 

 

「助けてくれて───ありがとう」

 

 

 

 

 

 朗らかな笑みを浮かべ、美森は彼に告げた。

 

「ん、どういたしまして。ぼた餅3つに引き上げな」

 

 それだけ言い残すと、今度こそ奏介は走り出して行った。

 

(まだ心臓がドキドキしてる……)

 

 高鳴る鼓動を感じながら美森は胸に手を当てる。不安や緊張とは違うこの感情を、彼女は言葉で表す事が出来なかった。

 

「ととと、東郷さん、大丈夫!? ああごめんね! 私大事な時に傍に居てあげられなくて───って、あれ? 東郷さん? おーい! とーうごーうさーん!」

 

 愛しの大天使が自分の元へやって来た後も、美森は視線の先でクラスメイト達と(たわむ)れる奏介から目が離せないでいた。




最推しは高奈ちゃんです。
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