前線異常あり   作:杜甫kuresu

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統計学を人生で初めて活用し、そして学んできたことに人生最後の感謝をした。


第三話

『第一部隊前衛、A-2地点に到着しました。敵影は無し、以上』

「りょーかい、じゃあ引き続き「俺の視野の範囲内」で動くように」

 

 通信終了。一〇〇式の達の位置を横目で確認しつつ、彼は周囲の警戒に戻る。

 高度推定300mのビルから覗ける視界は広い。普通はスコープで確認するせいで偵察にこの高度はあり得ないだろうが、指揮官には特に関係ないのだ。

 スコープは便利だが視野が狭くなるのが弱点であり、利点の理由。遠眼鏡も同様。()()()()()()()()()()()()()の話である。

 

 目線は外さないように気をつけつつ、Kar98kの調子を確認。とはいえそのKar98kと呼んでいる物は長さからして150cm超え、重量も8kgで何処が短騎兵銃(Karabiner kurz)なんだと問われると誰もが答えかねる。弾丸とシルエットの面影以外別物だろう。

 

 考えている内にGuard(盾持ち)Jeager(狙撃兵)、それぞれ六体ずつの小隊が向かっているのを確認。ヘッドセットの通信を切り替える。

 

「…………あぁー、Kar。前衛に合流しろ、小隊が向かってる」

『Kar98k、了解しました。参考程度に頭数を』

 

――――頭数だけ? もっと情報は取れる。

 400m先を睨むと、細められた伽藍堂の漆黒がその走り姿から何かを汲み取っていく。

 

 まるで機械のように忙しなく動き続けた視線を一旦閉じると、目を見開いて淡々と報告が始まる。

 

「GuardとJeager、それぞれ六体のベーシックな編成だ。恐らく前後衛それぞれLink3の2体ずつで構成してる、走り方の癖がそんな感じだ」

 

 彼の報告の途中から、Karの方で絶え間なく人形達の会話をする声が始まっていたが、ちょうど彼が喋り終える頃に途切れる。

 Karが溜息を付きながら返答。

 

『恐らく別部隊でしょう、Vespid(通常兵)Ripper(切り込み型)の計32体の大規模な部隊が正面から接近中。指揮官さん、撃てますか?』

 

 間を置かず即答。

 

「撃てる」

『ではそちらはお願いします』

「了解だ、誤魔化しきれ。終わったら支援する」

『承りました。愛しています、帰ったら誓約しましょう』

「お断りだ。そこはI'll be back.とか言っとけ」

 

――いや、どっちも死亡フラグか?

 すっとぼけながら通信を切るなり深呼吸。

 

 静かに銃を構える。バイポッドの代わりに前腕部を用いる射撃フォームはとても狙撃を行うものではないが、ブレは全く無い。

 慣れたようにJeagerに目をつけると、銃に頬当てして片目を軽く瞑る。その動作全てには堅さがない。

 

 行われていること全てが戦場のセオリーを無視しつつ、それに適応し、彼の身体は遂行の準備をする。

 

「ええっと、息を止めたら当たりやすいんだっけ――――――?」

 

 復唱。そして。

 

 小さく息を切るような、そんなレベルの短い呼吸の途切れの刹那に発砲音。短い動作で放たれたモーゼル弾が遥か彼方のJeagerのバイザーの中央、つまり眉間に吸い込まれた。

 血飛沫を噴き散らし、一体が赤い牡丹を咲かせる。続くように周りの二体も崩れるように倒れだしてしまう。

 

 すぐに残ったJeagerが彼に向かって構えるが、彼に動揺はない。

 

「よしっ、命中。次だ次~っと…………!」

 

 槓桿を引いて排莢するとすぐに頬当てし、また発砲。ボルトアクション式の弱点と言われた速射性の低さが嘘のように、彼は極東の的あてゲームの要領で撃ち抜く。Jeager、また陥落。横の二体も崩れ落ちた。

 

 つまり彼は、様々な要素を類推して「メインフレームだけ」を撃ち落としているということになる。

 Guardが急いで死角に逃げようとするのに彼は焦る。すぐさま周りの荷物を持つと、ビルの端を走り回って第一部隊が走っていた方角に構えて通信をつける。

 

「悪い、Guard6体が行った! 見えないからそっちの奴を撃つぞ!」

『了解です、Guard単体なら致命傷は与えてきません! 早急にこちらのVespidを――――――!』

「OK、全部撃ち落としてやるよ」

 

 ニヤリと笑う彼の瞳が、黒く煌々と輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ~、相変わらずヘリアンは細かいよなあ」

「まあ指揮官って滅茶苦茶だし、スペシャリスト的には気になるよね」

 

 スペシャリスト的#とは。

 

 ビルの上から狙撃したぐらいで怒るなよ、勝ったし。曰く「目立つ位置で狙撃手を努めようなどふじこふじこ」との事だが、まあ俺聞いてないから言ってる意味ないぜ?

 お小言を思い出して嫌になりそうなので話を逸らす。

 

「そう言えばスペシャリストさんは俺の体調の良し悪しってどう測ってんの?」

「え? 聞きたい!?」

 

 そこまでは聞きたくはないが、目をキラキラとさせながら俺に詰め寄ってきたネゲヴの熱意に負けておいてやろう。

 ヘタな演技で興味の有るふりをする。

 

「ソウダナーキキタイナー」

「良いじゃない良いじゃない、ようやくあなたにも専門家としての自覚が出てきたのね。例えば統計を取る時は標準偏差*1を取るわけなんだけどシグマの法則*2っていうのが有って、例えば今日の3分41秒のズレは標準偏差が1分38秒だから2シグマ分*3のずれがある事になるわ。これは4.55%以内の少ないパターンだから*4何か理由があったって考えるのが自然よね。でも私が見ている範囲内で指揮官に特段行動が不規則になるような行動は昨日、もしくは一昨日で見てないから体調が悪いのかしらってなるのは当然のことって訳!」

「ヘーソウナノカー」

 

 今読んだやつ居る? 脚注のアレは真面目に読まなくていいと思う。

 俺は正直あんまり良く分かってない(ってか熱意の方が気になって頭に入ってこないと言うか)のだが、ネゲヴは同志を見つけて大変嬉しそうなので何も言えなくなった。

 

 勘違いしないで欲しいが俺だって女の子泣かせたいわけでも、がっかりさせたい訳でもない。コイツラはそういう気遣いをさせてくれる次元に居ないだけ。

 

 そうこうしてる内にタイプライターでも口に備え付けてるのか、カタカタと怪奇文章を吐き出しては時折俺に意見を尋ねてくるネゲヴに耐えて歩いていると、見慣れただらけた背中が目に入る。

 窓拭きをテキトーにやってるソイツの肩を叩いた。

 

「今日も精が出てんな、グレイラット先輩」

 

 何となく付けた灰鼠野郎(グレイラット)の渾名を笑い飛ばすと、キョロキョロとするとすっとぼけた様子で俺の顔を覗き込む。

 

「は? 鼠とか何処だよ? 狙撃キチ君はスコープばっかり見すぎたのかな、肉眼では現実にピントが合わせられなくなっていらっしゃられる?」

 

 アンタも狙撃キチとかひでえ呼び方してくるんだし、俺も灰鼠野郎で一向に構わないなよし。俺は決意で満たされた。

 一体この情けない煽りマスターを誰が変態三連星の一角と思い出してくれるのだろうか、俺には分からん。

 

 ニマニマと俺の顔を見つめていたかと思うと、すぐに横でニヤリとしたネゲヴを見て少し後ずさる。

 

「げぇっ、ネゲヴじゃん。ピンク髪と薄笑いは見てるだけでショック状態になるからドクターストップ掛かってるんだよ、俺は見なかったことにしてすーっと自室に戻ってくれない?」

「失礼極まりないわね、相変わらず。そんな調子だから労働環境もロクに改善できなかったんじゃない?」

 

 ネゲヴは口で言うほど嫌そうな顔はしていない、何だかんだ前から気に入ってるんだとか。

 グレイラット先輩は元々このS09地区の指揮官だったらしいのだが、あまりのブラック労働に一度逃げ出したらしい。ネゲヴは前から此処に居たから見知り合いというわけだ。

 地味に俺の先輩ってわけだ。何か嫌だわ。

 

 ちなみにブラック労働は大マジらしく、後方幕僚のカリーナに聞くとその酷さがわかった。ちなみにカリーナの作戦報告書地獄については一向に改善の気配がない。R.I.P。

 

「そもそも労働環境を辞書で引き直しかねない悪夢のディスコ会場で何を改善するって? あの時は顔色がリトルグレイって煽られた気がするが今の俺を見てみろ、肌色バッチリ隈もない、快適そのものだ」

 

 頬を軽く叩いて眼を指差す。えらくおっさん臭くて尚且人相が悪い、ついでに喧嘩売ってるのはよく分かったな。

 

「そっちの鉛玉とスコープがお友達の奴見れば分かるだろ、この雑用という天のお恵みに預かれた俺の選択はベターオブベター。横のアホ面をもう一度見てみなさい、銃弾の雨あられに頭やられてる」

「お、やんのか鼠野郎?」

「あ、やる? じゃあまず逃げるか――――――」

 

 実際に逃げの予備動作をしてみせるニヤケ面、どれだけ経っても信用しようとはならない。

 

 結局今は捕縛され、「まあ逃げても仕方ない」ってなったクルーガーのオッサンの温情から待遇の良い用務員扱いで落ち着いている。偶に雇われの人形とか…………後、「アイツラ」を率いて出ることもあるかも――――とは俺に言っていた。

 

 ブラックっぷりにはカリーナが今でも「前よりはマシですね」ってレイプ目で言うから流石に同情してるし、ちょっと軽く目の前で泣いた。あんまり酷いみたいだったし、良かったなって…………。

 

「それで、窓拭きの心地は?」

「聞いて慄けよ狙撃キチ、お前の歩いてる廊下だって俺の偉業を賜ってる。ご感想をどうぞ」

 

 確かに鏡張りみたいに輝いてるな。俺は窓拭きの感想聞いたんだけどまあ良いや。

 

「天職じゃん。そのまま能力買われてどっか行け」

 

 無理、と笑っている。もう多少の労働で動じてなさげだよなアンタ、最早社畜。

――さて、ネゲヴの目が光った。むしろ今までよく大人しかった、と言っても良い。

 

 グレイラット先輩もその昏いスカーレットの瞳にビクリとする、俺はもう走るフォームを軽く整えてる。場数が違うんだよ場数が。

 

「ところで元指揮官?」

「指揮官なんてお飾りな肩書で俺を呼ぶなよネゲヴ。雑用を極め、親しみ、そして理解した俺はつまり雑用ガチ。此処まで雑用が手に馴染んだ男を指揮官とか呼ぶって、まあ要するにあのクソッタレ(クルーガー)を傭兵野郎って呼ぶみたいなもん。傍から聞いてアホだろ?」

 

 コイツよくも此処まで煽る時だけ口数増えるな、いっそ感心するわ。

 ネゲヴの口元が三日月に裂ける。

 

「あなた最近、食生活がバランス悪いって匿名のご相談が来てたわよ?」

 

 グレイラット先輩が引きつった面になる。わかるよその気持ち。。。。。。

 恐ろしいロケットスタートで走り出すグレイラット先輩に俺が引っ張られると、同時にネゲヴが走り始めるなり狂気じみた快笑を決めて叫ぶ。

 

「匿名ってそれ絶対45「という訳で指導の時間よ! 退役したからって食生活を怠るなんてこのネゲヴが許さないから!」

「何言ってんだコイツ、含有物不明の缶詰食ってた頃の方が栄養バランス気になるっての! つーわけでお前もほら来い! コイツの食生活指導は1グラム余分に食ったら殺されるディストピアだからな!」

「マジかよ」

 

 とばっちりも良い所だとは思いながら、浮いた足を地面につけて手を引っ張ってくるグレイラット先輩に必死でついていく。この人の足取りはあんまり軽やかで速いから俺は追いつけない、辛うじて足がもつれもつれとなる程度。

 

――――え、それはおかしいな。ちょっとひっかかる。

 

「待て、何かおかしい」

「え、それは気のせいだよ。先輩を信じていけ?」

「アンタ、俺を引っ張ったりしてくれる性格かよ?」

「…………~♪」

 

 アンタもっと口笛上手かったよね。というか目線の泳ぎ方、あまりにも嘘が下手すぎる。

 

 この灰鼠、何かろくでもねえこと考えてる。あの時もそうだった、出会った瞬間からアンタが俺にいい意味で協力的だったことなんかなかった気がするもんな俺。

 嬉々とした表情で石炭過多な機関車的な駆動率で駆け寄ってくるネゲヴ、前には明らかに信用できない先輩。

 

 チラリと振り向いたおっさんの顔が、ちょっとだけニヤリとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「察しのよい素晴らしい後輩にご褒美、この床――――――相当滑る。俺って雑用ガチ勢だからさ、いや凄いな完璧過ぎる」

「はい、というわけで衛生環境のハイレベルさに唸っていこうぜ」

 

 ぱっと手を離されると、スルスルと何とかついていっていた俺の足がツルッツルの床で滑り出す。

 

「よくないぞお! そういうのはよくないぞお!?」

 

 必死で指がアイツの背中を追うがなぞるばかりで追いつかない、駄目押しと言わんばかりに辿々しかったマイフットにアイツの足払いが決まる。駄目だコレ。

 

「悪い悪い、体中の筋肉が滑った。ほら此処ってツルツルだろ? 事故なんだよ、事故。ほらほら笑顔、忘れてるゾ☆」

「減給だ、コイツ減給!?」

 

 俺の絶叫虚しくネゲヴに衝突。さながら知恵の輪の様相の俺達は、ゴロゴロとあの鼠野郎の走る方向の真逆に転がっていく。

 

 ガハハハハとキャラに合わない巫山戯た笑い声に怒鳴りつける。

 

「何すんだ! ネゲヴが怪我したらどーする気だこの狸野郎!」

「鼠も狸も居ないよなあ、おっかしいなあ? やっぱり狙撃ばっかりしてるとスコープのホコリとかまでレッサーパンダに視えたりするの?」

 

 わざとらしくあたりを見回しながら走っていく、ああムカつくアイツ。

 

「頑張れよ狙撃キチ改めソゲキチ。俺は正常な肉眼に感謝しながら缶詰じゃないもん食ってくるから」

 

 そんな狙撃キチじゃねえよ! あんのクソッタレ! 次クルーガーに会ったら減給とか具申してやるからな覚悟しろ!

 

 高笑いしながら消えていく阿呆に舌打ちしつつ、先にネゲヴの安否を確認。

 パット見は怪我はしてないようだが、交通事故もその場で怪我に気づかなかった例とか有るって言うし。ちゃんと確認しないとな。

 

「おいネゲヴ。怪我してないか?」

「え? え、ええ…………」

 

 どことなくぎこちない表情で返してきた。もしかして痛いの隠してないか?

 一応頭の先から足の先、と流し見してみる。それこそあの鼠が雑巾がけでもしてたのか、ホコリ一つついてはいないんだが…………。

 

 手とか足とかを握ってみるとぴくっと震える。

 

「やっぱり痛いんじゃないの?」

「そ、そうじゃなくて…………」

「不調ははっきり言えよ、スペシャリストなんだろ?」

 

 何もじもじしてんだよコイツ、普段からそれくらいから恥じらってください。怪我は戦士の誉れだぞ、ほら報告しろっての。

 顔を赤くして全く口を割る気配がない。仕方なく起き上がらせて取り敢えず保留しておくことにしようか。

 

「…………まあいいや、俺に言えなかったら担当に不調は報告しろよ」

「………………」

 

 耳まで真っ赤にして俯くネゲヴ。どうしたの君、今ので変な所でも打ったか?

 暫く固まって廊下がしーんと静まり返る。いやこれもしかして言語機能とかが異常来してるんじゃ――――――――

 

「い、何時式は挙げようかしら………………」

「ゑ?」

「だ、だって!」

 

 いきなり何を言ってるんだこの自称スペシャリスト…………。

 あまりの頭痛にこめかみを抑えつつ、もじもじとし始めたネゲヴに俺はもう一度質問をする。

 

「えっとですね、何を言ってらっしゃるんだろうか。ネゲヴさん?」

「だって、身体の40%以上を密着させたら責任を取らなくちゃいけないって、タボールが…………」

「そのタボールってやつはよく知らないけど要注意人形のリストに入れとく」

 

 バカな冗談を吹き込むな。信じる方もアレなんだけどさ、でも吹き込むほうが大体悪いっての。

 視線をあちらこちらに泳がせたネゲヴがそっと左手を差し出すと、半ばやけっぱちな叫び。

 

「わ、私まだ指揮官のこと、そんなによく分かってないかもしれないけどっ! 私は、その………………それでも、か、構わないっ

「いやそんな理屈はどの国でもまかり通らないから安心しろ」

 

 説得には数十分かかった。大体Karにネゲヴが殺されるし、俺はそんなホイホイと指輪を渡す趣味もないんでな。

*1
分散の平方根ね、統計学ではよく出てくるのよ?

*2
標準偏差の数字を元にした正規分布表で成り立つ法則よ、詳しくは自分で調べることをオススメするわ

*3
1シグマは平均の±標準偏差の区間、だからこの場合±標準偏差x2の区間が2シグマって事

*4
ちなみに1シグマの範囲を外れるなら31.73%、3シグマを外れるには0.27%よ




恒例の振い落しのお時間でした。あらすじにギャグなんて書いてないから…………。
前線で暴れちゃう系指揮官。Kar98kと書いていますが、現代銃と張り合う変態仕様なので見た目すら似つかない。

基本的に指揮官の借用先の世界とはパラレルってるので適当に。アッチで採用された場合は本設定、かもしれない。

これ書く時に一々原作者に見てもらって、しかも何なら普通してもらえない待遇されてるから結構豪華仕様。俺は将来金を払ってもバチは当たらない。
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