イリヤと不死身のサーヴァント【完結】   作:水泡人形イムス

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第9話 運命の夜

 

 

 

 2月2日――ついに運命の夜が訪れる。

 それはそれとして朝の運動、妹紅とセラ&リズの弾幕ごっこの際、イリヤは実験を試みた。

 

「今日はモコウに()()()()()して視界共有するわ」

「なにそれ(にお)いそう」

 

 露骨に顔をしかめる妹紅をしゃがませると、イリヤはその頭をぎゅっと抱きしめ、眼前の白髪(はくはつ)をみずからの指で梳かした。イリヤと同じシャンプーとリンスを使わせているおかげでしっとりさらさら。雪で織られたような美しさだ。

 母が娘をあやすような仕草に妹紅は思わず照れた表情を作るが、生憎それはイリヤの胸に密着していたため誰の目に留まる事もなかった。

 

「はい、おしまい」

「……? まさか本当に匂いをつけただけか?」

 

 何かされたのだろうけど、髪を梳かれた以外に何をされたのか分からない。

 

「いいからほら、セラとリズと弾幕ごっこしてきなさい」

「なんかセラがすごい形相してんだけど」

 

 傍目からは仲睦まじい友愛行為にしか見えなかったせいだろうか。

 セラは指先に魔力を込め、今にも魔力弾をぶっ放さんとしていた。

 もっともその日はやる気が空回りしてしまい、妹紅の放つ火焔の乱舞に呑まれてメイド服を焦がしてしまうのだったが。

 そうした弾幕ごっこの光景を、イリヤは目を閉じたまま余さず目撃していた。

 

「ふーん……モコウからはこう見えてるんだ」

「本当に私の視界が見えてるのか? 気色悪いな。ちゃんと解除しろよ」

「今日一日はこのまま。言ったでしょ、実験だって。貴女は干渉不可能な魂を持ってるんだから、普通の魔術がちゃんと機能するか不安だもの。さあ城に戻りましょう。トランプするわよ」

「おい、視界共有おい」

 

 城に戻ったイリヤは本当にトランプを持ち出し、無慈悲なパーフェクトゲームが展開された。

 セラなんかはお見事ですと褒め称え、リズは大人気ないと指摘する。

 そんな調子でアインツベルンは今日も平和。

 だったのだが、イリヤは妹紅を連れて冬木の街に向かった。

 そろそろ何か起きそうな予感がすると、笑顔を浮かべて。

 

 

 

       ◆ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 冬木市、深山町――穂群原学園。

 そこには衛宮切嗣の息子、衛宮士郎の姿があった。

 彼はみずからの因縁を知らぬまま、たまたま弓道場の掃除のため、夜まで校内に残ってしまう。そこで――サーヴァント同士の戦いを目撃する。

 赤き衣の双剣士と、蒼き衣の槍使いが、人間ならざる膂力と速度で剣戟を繰り広げていた。

 只事ではないと察して逃亡するも、目撃者を消すため追ってきた蒼衣の騎士――ランサーによって胸を穿たれる。そして、何者かに治療されて一命をとりとめた。

 苦痛に苛まれながら帰宅するも、目撃者を仕留め損なったと気づいたランサーが再度襲撃をかける。決死の抵抗も歯が立たず、土蔵に蹴り飛ばされた士郎は運命と出逢う。

 

「――――問おう。貴方が、私のマスターか」

 

 最後の一騎。最優と称される英霊。セイバーが召喚された。

 これにより聖杯戦争に必要な七騎のサーヴァントすべてが集結。

 聖杯戦争はその宵、始まった!

 

 ――その現場を、夜空の中から見つめる影があった。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「異変を察知して来てみれば――切嗣の息子がサーヴァントを召喚したぞ。武器が見当たらないけど消去法でセイバーだよな?」

『……金色の髪に、青い服……ふぅん、そうなんだ』

 

 一手間加えた紅いコートを着、夜空にひっそりと浮かんでいる妹紅の意識にイリヤの声が響く。

 物理的ではない声には慣れなかったが、サーヴァントがうろちょろしている中、イリヤを抱えたまま空を飛んで無防備など晒したくはなかった。

 その間、蒼き衣の二人の騎士が技の限りを尽くして甲高い金属音を鳴らし続ける。

 

「おお、すごい速度で打ち合ってる……セイバーの正体に心当たりがあるのか?」

『騎士王アーサー・ペンドラゴンって知ってる? 円卓の騎士とか、アーサー王伝説とか』

「知らない」

 

 説明不要の英霊の名前も、世間知らずの古代人にはまったく通用しなかった。

 しかしその剣戟の凄まじさはしっかりと目視している。

 セイバーとランサーもまさか夜空に人間が浮いて衛宮邸を見張っているとは思っていないのだろう、こちらに気づいた気配は無い。

 

『まあ要するに、すごく強い騎士の王様よ。聖剣を風の魔術で隠しているの』

「相当やりにくいみたいだな、ランサーが押されてる。ちゃんと見えてる?」

『ええ。マーキングのおかげでね』

 

 衛宮邸の庭では超高速で武器を振るい合う二騎の姿があった。

 金髪碧眼の小娘が、あの猛犬の如きランサーと拮抗している。

 それが妹紅には不思議だった。

 女が強い、小娘が強い――そんな事はよくある話だ。見かけ通りじゃないものなんて世の中にあふれているし、理の外の住人となれば尚更。

 実際、セイバーは強いのだろう。力も技も速さも優れている。だが。

 

「ランサーの野郎、なんで三味線なんか弾いてるんだ?」

『シャミセン?』

「本気を出してない」

 

 妹紅がそう告げた直後、ランサーは朱槍に魔力を帯びさせた。

 本気の証とも言える宝具の解放。因果逆転、必殺必中のゲイ・ボルクが繰り出される。

 

 しかし必殺必中の一撃は狙いがそれ、セイバーに浅い傷を負わせるのみであった。

 

「イリヤ。ランサーの奴、なんかおかしくない?」

『セイバーが強いだけじゃない? ふふ、わたしのバーサーカーには及ばないけどね』

「アヴェンジャーにも及ばないって言って欲しいところだ」

『仕留め切れず逃げられたのはどこの――』

「ん? ランサーが逃げ……こっち来たぁ!?」

 

 セイバーと何事か言葉を交わしたランサーは塀の上に飛び退いたかと思うや、そこからさらに渾身の力で跳躍し、その身を夜の闇へと投じた。

 投じた先に、たまたま紅色のコートがはためいていた。

 

「……あっ?」

 

 ランサーとしては、何もない空に向かって跳ねたつもりだった。

 セイバーの追撃を受けぬよう注意し、新たに接近してくる気配に注意し、肝心の進行方向への注意が散漫になってはいたが、空に人がいるなんて想定していなかったのが一番の原因だ。

 妹紅としては、見つかりにくいよう何もない空でじっとしていただけだった。闇夜に浮かぶ人影の小ささと、そこに人がいる訳がないという先入観が合わされば、事前に気づくのは至難。

 しかも慣れない脳内通信をしていたため反射的な行動を取った妹紅は、手元を爆発させた。

 

「うおあー!?」

 

 ランサーが悲鳴を上げて爆発に突っ込み、しかし咄嗟の爆発は見掛け倒しだったためあっさり突き抜けられ、二人は上空で正面衝突。そのまま揉みくちゃになってしまった。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「なんだ!?」

「ランサーが爆発した!?」

 

 その光景は衛宮邸の庭にいた衛宮士郎とセイバーにも見えており。

 

「なんの光!?」

「一瞬、ランサーが見えたような……」

 

 その光景は衛宮邸の塀の外まで駆けつけようとしてた遠坂凛とアーチャーにも見えており。

 

 そんな小さな歯車の狂いのおかげで、セイバー組とアーチャー組は互いの存在に気づくも慎重な接触を図り、切った張ったに発展する事はなかった。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ランサーに組みつかれたせいで上下の感覚を失った妹紅は、飛行能力でなんとか現状を維持しようとするも加減を誤って斜め下にすっ飛んでしまった。

 幸いなのは衛宮邸から離れる形だった事。ランサーが妹紅を抱きかかえたまま巧く道路に着地してくれた事だ。

 

「くっ――テメェ、アヴェンジャー!? なんであんなところにいやがる!」

「それはこっちの台詞だ! 何でこっちに向かって跳んでくる!」

「知るか! 空飛べるんだったらアレくらい避けろ!」

「宝具を外すマヌケっぷりに唖然としてたんだよ! 必殺必中じゃないのか!」

 

 ぎゃーぎゃーと罵り合う醜い二人。

 なお、妹紅はランサーにお姫様抱っこされたままである。

 そしてそれらをイリヤは視界共有で傍観していた。

 

『なにこれ』

 

 その呆れ声は、妹紅の耳にだけ届く。

 そんなの妹紅だって知りたい。

 ランサーだって知りたいだろう。

 

「あー、クソ……いい加減に降りやがれ」

「おっと……」

 

 殺し合った敵同士なのに、遭遇方法があまりにも間抜けだっためか再戦する雰囲気になれず、ランサーは大人しく妹紅を降ろした。

 

「まったく、乙女の柔肌を勝手に触るな」

「乙女ってガラかよ」

「男みたいな格好したそっちのマスターよりはマシだ。……今日は一緒じゃないのか?」

 

 ランサーのマスター、バゼットは、格闘能力に秀でた凄腕の魔術師だ。

 その性質上、戦闘をサーヴァントに任せ切るのではなく肩を並べて戦うものだと思っていたが。

 

「……チッ。あいつは、いねぇよ」

「そうなのか。顎を殴ってくれた礼をしたかったんだがな」

 

 ぶっきらぼうに言いながら、己の顎を軽く小突く。

 あの一撃は強烈だった。見事に脳天揺さぶられた挙げ句、アッパーカットで妙な光景まで――後者はイリヤの仕業か。

 

「それにしても、見てたぞセイバーとの戦い。なんだあれ」

「……何がだ」

「動きにキレが無かった。調子が悪いなら見逃してやってもいいぜ」

「ハッ――ほざけ」

 

 自嘲気味に笑いながら、ヒュンと、朱槍が奔る。

 先端は妹紅の首元に突きつけられ、刃の冷たさが肌に伝わってくるのに、薄皮一枚傷ついていない。まさしくランサーの名に相応しい槍さばきだった。

 

「そっちの方こそ調子悪いんじゃねえの? 見逃してやってもいいぜ」

 

 無かったはずのキレを存分に見せつけられ、妹紅はしばし黙考する。

 具合は全然悪くない。で、あるならば……セイバーを相手取った時はなんらかの意図があって手を抜いていたのだろうか。しかし、ランサーが本気を出し、バゼットが乱入すれば、セイバーなどあっという間に片づけられそうなものだが。

 マスターの動きも酷いものだったし。

 

『モコウ。今夜のメインディッシュはお兄ちゃんとセイバーよ。そんなの放っといていいわ』

 

 そこに、イリヤからの指示が脳内に響く。

 了解、と心の中で呟いて妹紅は挑発気味に笑った。

 

「じゃ、今夜のところはお互い見逃し合うって事で」

「――やらねぇのか」

「私はあんたのこと結構気に入ってるんだけどね。オーダーが噛み合わない」

「ハッ……仕方ねぇ。英雄なんざ、やりたくもない命令に振り回されるもんさ」

 

 朱槍を引き、達観した表情を浮かべるランサー。

 向こうにも何か事情があるのだろうか? 回りくどい事をするマスターには見えなかったが。

 

「マスターと喧嘩でもしたのか? その方が有利にはなるんだが……」

「ほざけ」

 

 そう言ってランサーはアスファルトを蹴り、近場の家屋の屋根まで一気に跳躍した。

 無防備な背中に向かって、妹紅は口元に手をかざし――。

 

「次はバゼットと一緒に来い。まとめて相手してやる」

 

 告げ、されどランサーは言葉も返さず夜の闇へと飛び去ってしまった。ノリノリで応じるタイプの戦闘狂だと思ったのだが。

 それを見送った妹紅は少し心配そうな顔になり。

 

「なあ。ランサーのマスターって、バゼットでよかったよな? 間違えた?」

『……バゼットで合ってるわ』

「そうか」

 

 名前を間違えた訳ではなかった。

 もちろん、バゼットのフルネームとなれば確実に間違える。

 バゼット・フラン・マクレミリア――うん、なんか違う。名前の印象が紅い。

 ランサーの態度が素っ気ないように思えたが、元より敵同士、こんなものだろう。

 

『……モコウ。一度戻ってきなさい』

「衛宮邸を見張らなくていいのか? 今すぐ殴り込んでもいいぞ」

『いいから。セイバーについて幾つか話しておくわ』

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 アーサー・ペンドラゴン。

 ブリテンに伝わる伝説の騎士王であり、その正体はなんと少女であった。

 その武勇は英霊の中でも随一。聖剣エクスカリバーの威力は筆舌に尽くしがたいという。

 そしてそいつは。

 第四次聖杯戦争においてアインツベルンが触媒を用意し、衛宮切嗣が召喚したサーヴァント。

 サーヴァントは英霊の座から召喚されるが、それは分霊のようなもの。

 同じ英霊が召喚されたからといって、第四次聖杯戦争の記憶はないか、記録を知っているかのどちらかであり――体験はしていないはずである。

 しかしそれでも、アインツベルンにとっては衛宮切嗣の裏切りに従って聖杯を破壊した大罪人である。もしかしたら令呪で命じられたものかもしれないが、それでもだ。

 

 そういったアレコレを、メルセデスの助手席に座った妹紅に聞かせる。ペットボトルのお茶を飲みながら真剣に聞いてはくれたが、情報量が多いためどこまで覚えられたやら。

 運転席のイリヤはポッキーをかじった。ランサーとの接触の後、妹紅にコンビニへ買いに行かせたものだ。安っぽい味だが、今はそんなこと気にならない。

 

「フフ……キリツグが触媒を残してたのかしら? まさか同じセイバーを召喚するなんてね」

「喜んでるな。アレも復讐ターゲットって事でいいのか?」

「わたし好みの外見してるし……バーサーカーに命じて、首を刎ねて、犯してやろうかしら」

 

 小馬鹿にしたように笑うと、妹紅の手が伸び――イリヤの頭にポンと載せられた。

 

「そーゆーコトをガキが言うもんじゃない」

「子供扱いしないでよ」

 

 子供をからかうよう頭をグリグリされる。

 イリヤにムスッとした表情を返すも、妹紅はどこ吹く風だ。

 

「で、あいつの戦闘方法は?」

「詳しくは知らないけど、絵に描いたような正統派セイバーでしょうね。筋力、敏捷、技量が揃っていて、クラス特性として強力な対魔力を持ってる。……バーサーカーを殺せるくらいの大魔術ならともかく、セラ達とやってる手数と見栄え重視の弾幕じゃ確実に弾かれるわ」

「ふむ。まあ試してみるか」

「宝具はあまり警戒しなくていいから。大火力でしょうけど、別に不死殺しの逸話もないし」

 

 言って、イリヤは自身の言葉に呆れた。

 

 ――宝具、エクスカリバーを警戒しなくていい?

 

 そんな風に言えてしまう人間が隣に座っているというのが、とても愉快だった。

 バーサーカーも妹紅もエクスカリバーを受けたら絶対に絶命するだろう。

 だが、それだけだ。

 死んで、蘇生して、猛然と反撃を執行する。

 

 ――素晴らしい。

 

 エクスカリバーを物ともしないバーサーカーと偽アヴェンジャーを従えている自分は、衛宮切嗣などという裏切り者をとっくに超越しているのだ。

 

 約束された勝利を、悠々自適に掴み取る。イリヤにとって聖杯戦争はそれだけのもの。

 だからきっと、聖杯戦争自体はもう重要ではない。

 大事なのは聖杯を使い天の杯(ヘブンズフィール)に至る事と、お兄ちゃんへの復讐だけだ。

 

「フッ……くくく、あははは!」

 

 おかしくて、嬉しくて、楽しくて、イリヤは声を上げて笑う。

 妹紅はいぶかしげに眉根を寄せながら、ペットボトルを空にした。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 深山町のかなり西側にある衛宮邸から、新都のかなり東側にある冬木教会まで。

 三人の人影が夜道を歩いていた。

 衛宮士郎、遠坂凛、そして黄色いカッパに身を包んだセイバーである。

 士郎は聖杯戦争の事を何も知らず、偶発的にセイバーを召喚してしまった。故に、そんな相手を問答無用で倒すのはフェアではないという遠坂凛の誇り――心の贅肉により、最低限の説明を受けた士郎は冬木教会にいるという監督役に会うべく、こうして移動しているのだ。

 なお、遠坂凛のサーヴァントであるアーチャーは霊体化して姿を消している。

 

 それらの事情をイリヤはすべて知っている訳ではない。

 だが他マスターと一緒に冬木教会へ向かっているのだと察せられたので、大人しく静観を決め込む。やる事は変わらないが、やるタイミングは選ぶ。

 

「意外。聖杯戦争はもう始まった訳だし、すぐにでも焼き討ちするかと思ったのに」

「モコウが短気なだけよ。わたしは十年待った。もう数時間くらい構わないわ」

 

 遅すぎて通行の迷惑になる。そんな速度で、イリヤはメルセデスを転がしていた。

 幸い人気のない深夜である。誰の迷惑にもなっていないし、たまにはこういうのも悪くない。

 ――いつもは、森と街への道を思い切りかっ飛ばしているので。

 

「召喚早々、他マスターに連れられて教会に……か。なあこれリタイアする気だったりしない?」

「うーん、そうかも」

「いいの?」

「いいわ。そうなったらセイバーは他のマスターを探すだろうし、一人になったお兄ちゃんを迎えに行くだけよ」

「降りても構わずやっちゃう訳だ」

 

 苦笑する妹紅に、非難の色はない。

 復讐は楽しいもの、という感性の持ち主らしいと言える。

 

「降りなかったなら、まずはセイバーから倒すのよ。自分の無力さを理解してもらわないとね」

「了解。アーチャーとそのマスターは?」

「かかってくるなら相手にするだけよ。こっちもサーヴァントは二人いる訳だし」

「偽アヴェンジャーで聖杯戦争引っ掻き回してやるぜ作戦の扱いがぞんざい」

 

 それはそうだろう。

 妹紅を頼りにしていない訳じゃないが、イリヤの本命はバーサーカーなのだ。

 イリヤが一番に頼るのはバーサーカーなのだ。

 

「モコウ一人でなんとかなるなら任せるわよ。でもバーサーカーを見せびらかしたいわ。アインツベルンはこんな凄いサーヴァントを召喚したんだって、セイバーに見せつけたい」

「じゃあ、セイバーを生け捕りにして城に連れ帰って、バーサーカーと決闘させるとか」

「面白そうだけど、モコウ、生け捕りなんてできるの?」

「本命は切嗣の息子だ。セイバーの扱いはその場の流れに任せよう」

 

 火力馬鹿にとって生け捕りは高度な技術だったらしい。

 下手な誤魔化しを聞いて、そこに呆れと一緒に愛嬌を感じてしまう。

 

 ――教会の近くまで来たイリヤは、人気のない場所にメルセデスを駐車する。戦闘の巻き添えになって壊されても困るので、そこからしばらく歩いて、深山町への帰り道となる適当な場所で待ち伏せする事にした。人避けの魔術もかけておく。

 冬の、夜の、寒さの中。

 イリヤは待つ。待ち望む。

 ずっとずっと、会いたかった彼を。

 霊体化したバーサーカーと一緒に。

 風上に立ってくれている藤原妹紅と一緒に。

 

 イリヤは待つ。待ち焦がれた男の子が教会から出てくるのを。

 初デートの待ち合わせに来た女の子のように、胸をときめかせながら。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 しばらくして、衛宮士郎が歩いてくる。

 その傍らには黄色いカッパ姿のセイバー。聖杯戦争を戦う決意はしたらしい。

 なのに、赤いコート姿の遠坂凛がなぜかまだ一緒に歩いている。

 面倒を見るのはここまで。明日からは敵同士。

 そんなやり取りをしてはいるが――。

 

「とにかく、サーヴァントがやられたら迷わずさっきの教会に逃げ込みなさいよ。そうすれば命だけは助かるんだから」

「ああ。気が引けるけどそうするよ、でも――どう考えてもセイバーより俺が短命だろうな」

「――ったく。いいわ、忠告はここまで。せいぜい気をつけなさい。セイバーが優れていても、マスターである貴方がやられちゃったらそれまでなんだから」

 

 馴れ合いにしか見えないその二人。

 明日まで待てば、本当に敵同士になって各個撃破できるとしても。

 もう我慢なんてできない。

 

「――ねえ、お話は終わり?」

 

 幼い声が夜に響く。

 歌うようなそれは、まぎれもなくイリヤスフィールのものだ。

 

 教会帰り、外人墓地手前の並木道。

 立ちはだかる小柄な二つの影。

 空に煌々と輝く月明かりを浴びて、銀色の髪と、白色の髪が、月のようにきらめいている。

 

「こんばんはお兄ちゃん。こうして会うのは二度目だね」

 

 目撃回数なら三度目だが、そんな事を言っても伝わるまい。

 イリヤはとうとう迎えた運命の夜に、乙女心を沸き立たせている。

 

「誰――!?」

 

 士郎以外の二人が構え、その片方、凛が鋭い声色で問う。

 隠し立てする理由もない。スカートを摘み、頭を軽く下げて挨拶してやる。

 

「はじめまして、リン。わたしはイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンって言えば分かるでしょ?」

「アインツベルン――」

 

 敵マスターだという推測が、敵マスターだという確信に変わって、しかし、それでも凛は戸惑っていた。イリヤの隣に立つ少女、藤原妹紅がなんなのか分からないせいだろう。

 魔術師? ホムンクルス? サーヴァント? 身にまとう結界が正体をくらます。

 

「そして――お兄ちゃん。会いたかった。会いたかったわ、ずっと」

「えっ……俺?」

「……お兄ちゃんは、わたしのコト」

 

 知らないんだと、分かってしまえる。

 イリヤスフィールの名前どころか、アインツベルンの名前にすら反応しない。

 切嗣から何も聞いていない。

 

 

 

(ああ――そうなんだ)

 

 イリヤとて、彼の名前は知らない。

 しかし、衛宮切嗣に息子がいるという事は知っていた。

 お爺様が名前までは調べなかったから、知る機会がなかっただけだ。

 でも、存在を意識してはいたのに――。

 

 衛宮切嗣にとって、イリヤスフィールという娘は。

 衛宮切嗣にとって、アインツベルンという場所は。

 伝える価値もない存在、あるいは。

 忘れてしまいたい存在、だったのか。

 義理の息子との生活が、そんなにも。

 

 

 

 ほんのわずか、少女はうつむく。

 そんな少女を、青年は凝視する。

 

「君はあの時の――」

 

 彼からすれば、二回目の出会い。だから、ただすれ違っただけの少女。

 そんな扱いが妥当であり、未だ事態に追いついておらず、浅い疑問を口にする。

 

「まさか……聖杯戦争のマスターなのか? 隣の女の子はサーヴァント?」

「……いえ。恐らくアインツベルンの所有する、戦闘用ホムンクルスかと」

 

 それに答えたのはセイバーだ。腰を落とし、見えない何かを握りしめて士郎の前に立っている。

 マスターの剣となり盾となる、サーヴァントの使命を果たすために。

 だがその言葉は銀色の少女の興味を引いた。

 

「――あら? セイバー、アインツベルンの事を知って……いいえ、覚えているの?」

 

 イリヤの問いに、セイバーは答えない。

 

「そうなのか? セイバー」

 

 士郎の問いに、セイバーが頷く。

 

 

 

「前回の聖杯戦争で私を召喚したのは――アインツベルンのマスターです」

 

「衛宮切嗣だろう」

 

 

 

 遠回しな言い方を、端的に言い直してくれやがりましたのは白髪(はくはつ)の少女――藤原妹紅だ。

 その発言に全員が度肝を抜かれた。

 イリヤも度肝を抜かれた。

 

 わざわざ言うつもりは無かったのに。

 口止めもしたはずだ。したよね? してない? してなかったかもしれない。

 だとしてもだ。

 ここで言うか、フツー。

 

「まったく。前回はアインツベルンに召喚されておきながら、今回は衛宮切嗣の息子に尻尾を振るなんて。騎士とやらには忠誠心ってものはないのか?」

「――黙れ。貴様に何が分かる」

 

 黄色いフードの下、セイバーの双眸が鋭利に揺らめく。

 あふれんばかりの怒気の宿った瞳を見て、妹紅は苦笑した。

 

「いや……直接召喚した衛宮切嗣こそマスターとして義理立てるなら、その息子に靡くのも当然と言えば当然か。前言撤回、大した忠犬だ」

「黙れと言った」

 

 今にも弾けそうなセイバーだったが、それを背後から止める声があった。

 

「待ってくれセイバー。どういう事だ。切嗣が……切嗣がセイバーのマスターだった?」

「…………ええ。マスターはまだ聖杯戦争の事情に疎く、下手に話しても混乱すると思い黙っていました」

 

 打ち明けるための声はやや申し訳なさそうだったが、しかし、振り返る事はしなかった。

 注意深く敵を睨みながら、背中の主に向けて告げる。

 

「切嗣に思うところはありますが、親は親、子は子……貴方に含むところはありません」

 

 驚愕の事実って奴に混乱しながらも、信頼を紡ごうとする健気な主従。

 それを見て、イリヤは拳を握りしめる。

 

「わたしは違う」

 

 親は親、子は子。

 確かに違う。けれど。

 

「キリツグの息子に含みを持たないなんてできない。そうでしょう? キリツグすら死んだ今、わたしにとって、お兄ちゃんだけが唯一の…………」

 

 イリヤの声が冷えていく。雪のように冷たく、冷たく。

 

「お兄ちゃんだけは、逃がさないんだから」

 

 まず士郎を睨み、続いてセイバー、凛を睨む。

 

「そして貴女達も逃がさない。聖杯戦争だもの、当然よね? わたしのサーヴァントが殺す。みんな殺す」

「まっ、そうなるわよね」

 

 凛は毒づくと、半歩、士郎とセイバーに歩み寄る。

 

「色々事情があるみたいだけど、戦うしかなさそうね。今夜限りは協力して上げる。アーチャーに援護させるわ。それとセイバー。あの隣の、紅白の女――あれ、ホムンクルスって本当?」

「――身体的特徴は一致します。それに妙な気配こそしますが、サーヴァント特有の気配は感じません」

「隠蔽スキルって可能性は? あいつのステータスを見ようとしてるんだけど、よく分からないのよ。有るのか無いのかすら分からない。これっておかしくない? それに、サーヴァントも出さずセイバーの前に現れるなんてのも妙な話」

「……どこかにサーヴァントを潜ませているか、あるいはあの少女が真実サーヴァントなのか……いずれにせよ、まずはあいつを斬るべきだ」

「そこは同感。アーチャー、いいわね?」

 

 凛の呼びかけを受け、その傍らに光の粒子が集まると、赤い衣を着た精悍な顔立ちの男となって実体化する。肌は日に焼けており、髪は妹紅のように真っ白だ。

 これが弓兵。アーチャーのサーヴァント。

 

「……アレを討つ事に異論は無い、だが……」

「だが何よ?」

 

 アーチャーはイリヤと妹紅を交互に見、何事かを黙考する。

 しかしぶっきらぼうな表情に変化はなく、その心のうちはまるで読めない。

 

「――いや、なんでもない。サーヴァントを潜ませている可能性に注意しろ」

「相談はすんだ? なら、始めちゃっていい?」

 

 アーチャーの言葉をイリヤが終わらせる。

 いい加減に焦れったくなってきたし、妹紅がサーヴァントでないのも見抜かれ放題だ。

 しかし、妹紅の存在を見誤るのはこれからだ。

 イリヤも正体を見誤った。ランサー達も最終的に騙された。

 

 妹紅の能力を目撃したがために。

 妹紅の能力と相対したがために。

 妹紅の能力を殺し尽くせなかったために。

 

「――じゃあ殺すね。やっちゃえ、アヴェンジャー」

 

 歌うように、かたわらの少女に命令した。

 偽アヴェンジャー藤原妹紅が攻撃的な笑みを浮かべると、かたわらに立つイリヤの腕の中に真紅のコートを脱ぎ捨てる。

 着慣れた紅白衣装をあらわにし、セイバーに向かって一直線に疾駆した。

 それに合わせてセイバーも黄色いカッパを脱ぎ捨てて抜刀する。金砂の髪が月光を浴びてきらめき、凛々しき翡翠の眼差しが真っ直ぐにアヴェンジャーを見据えた。

 

 イリヤの聖杯戦争の火蓋が、ついに切られたのだ。

 

 

 

 

 

 

 ズバーッ!

 

「ぐわー!」

 

 開始一秒でアヴェンジャーは真っ二つに斬られて死んだ。

 血が舞い散り、腸がボロリとこぼれてアスファルトを汚す。

 

「――――えっ?」

 

 セイバー、思わず目が点。

 

 

 




 よーやっと原作本編本格開始。
 妹紅が口を滑らせたせいで色々かっ飛ばされました。

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