イリヤと不死身のサーヴァント【完結】   作:水泡人形イムス

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第11話 駆け付け三杯、寿司食いねぇ

 

 

 

 聖杯戦争の火蓋が切られた翌日。

 2月3日の朝――藤原妹紅は早々に死んでいた。

 剛力無双! サーヴァント屈指の戦闘力を誰かのせいで死蔵させられているバーサーカーの運動不足が、必殺パンチという形で小さな白髪少女を爆裂粉砕。城壁に赤い花が咲きました。

 

「弾幕ごっこにしては早いと思ったら、何をしているのですか」

「モコウボコボコ」

 

 メイド達が日課の弾幕ごっこの準備をしている間に、城壁外ではすでに爆音が轟いていた。

 念のため武装して駆けつけてみたら、バーサーカーに殴り飛ばされた妹紅の肉片が散らばっていた。人間の死体なんか見たってどうとも思わないが、妹紅の死体は見慣れすぎて見飽きており、うんざりしてしまう。

 妹紅はリザレクションを果たすと、首をコキコキ鳴らして嘆息する。

 

「トレーニング。やっぱりサーヴァント相手だと一筋縄じゃいかないって分かったし。けど旦那が相手だとなぁ……違うんだよなぁ……」

「お嬢様のサーヴァントに不服があると?」

「腕力も速度も最上級だが、バーサーカーなせいで力任せだ。ランサーもセイバーもアーチャーも芸達者だから、タイプが違いすぎる」

「フン。無理せず大人しくして、戦いはバーサーカーに任せればいいのです」

 

 ツンケンした態度を見せるセラに、妹紅はついつい安心感を抱いてしまう。

 ペタンと地面に座り込むと、戦闘は終了したのだと理解したバーサーカーがのんびりした足取りで近寄ってくる。

 

「三騎士全部と戦ったけど、確かにどいつもこいつもバーサーカーの相手じゃないな。宝具を使ったって数回殺すのがやっとだろ。ただ、あのアーチャーはなんだ……?」

 

 不死殺しの剣の壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 アレには驚いたが、その後もアーチャーは異なる宝具で追撃をかけてきた。

 いったい幾つの宝具を持っているのか分からない。あいつのせいでペースが乱れ、セイバーを外人墓地に逃がすなんて大失態を犯してしまった。

 

 帰宅後、イリヤはすぐ眠ってしまったが、妹紅は大雑把にセラとリズへ報告をすませている。

 聖杯戦争についての説明は十分されているが、それでも昨晩の出来事は特異すぎた。

 

 衛宮切嗣が召喚したのと同じセイバーが、衛宮士郎に召喚された事。しかも前回の記憶を維持しているときたもんだ。

 そして御三家の遠坂が召喚した、宝具を使い捨てる異質なアーチャー。

 

「まっ、イレギュラーなんて起きるもんだが……」

 

 イレギュラーの塊である妹紅は、立ち上がると同時にふわりと浮かび、バーサーカーの肩に乗った。そして手元に火を灯す。

 

「お前等もサーヴァントと戦ってみるか? 旦那とならいい訓練に――」

「アホですかモコウ。アホですねモコウ。バーサーカーが我々を殺さずに手加減して戦えると? アホだからモコウ。アホゆえにモコウ」

「ああ、うん、私がアホだったわ」

 

 と言いながら火を握りつぶす妹紅。

 確実に最大最強なのに、クラスのせいで技もなければ知性もない。組むには不向きな相手だ。

 それでも――イリヤにとって最高のサーヴァントであり、妹紅にとっても心強くて信頼できる存在である。猛獣の如き眼光の奥に見える心優しさが胸をあたたかくさせる。

 

「……モコウでもやはり、サーヴァント相手では手こずりますか」

「ン――そうだな。私一人なら負けやしないが、勝つのも苦労しそうだ。それにイリヤを狙われたら守り切れるか分からないし、もう弾幕ごっこするのやめるか?」

「は?」

 

 急な話題の変更についていけずセラは素っ頓狂な声を上げた。

 リズも「イミフ」などと意味不明な言葉を漏らす。

 弾幕ごっこは関係ないのではないか。

 

「いやだって、旦那が規格外なのは分かってたけど、他のサーヴァントも相当に手強い。こう言っちゃなんだが、お前等が弾幕ごっこで特訓したところでな……せいぜいイリヤの盾になれる時間がちょこっと伸びる程度だろ」

「ほんの僅かでもお嬢様の盾となれるなら、それで十分です」

 

 生まれた時から完成された忠誠心を持つセラは当然とばかりに答える。

 

 

 

「それにそもそもバーサーカーがいれば、我々がお嬢様の盾になるような事態にも陥らないでしょう。それから、まあ……モコウもいますし」

「セラ……」

 

 意外と信頼たっぷり。

 そう実感して妹紅はしんみりとなった。

 

「それに勝ち逃げなど許しません。最低限、私とリズに一回ずつ殺されるまでは弾幕ごっこを続けてもらいます。さあ準備をなさい。今日こそその首貰い受けます」

「セラ……」

 

 意外と殺意たっぷり。

 そう実感して妹紅はしんみりとなった。

 

 

 

 そして殺意なしの無垢な気持ちのリズが前に出て、ハルバードを軽々と掲げる。

 

「セラ。わたしはもう、モコウの首を一回ぶち抜いてる。モコウを殺してないのはセラだけ」

「うぐっ――あ、あれは私との連携プレイの賜物でしょう? ですから、今日はリーゼリットがサポートなさい。私が妹紅の首を頂きます」

 

 ああなんて物騒なメイド達なのだろう。

 そんなに妹紅の首が欲しいのか。

 いいだろうそんなに弾幕ごっこがしたいなら、今日も存分にやってやんよ。

 

「コラー! わたしに黙って、勝手に弾幕ごっこ始めないの!」

 

 そこにコート姿のイリヤがやってきて、やれやれ、今日も妹紅とセラとリズの三人で仲良く楽しく弾幕ごっこだ。炎が踊り、魔力弾が飛び交い、ハルバードが振り回される。

 やる気を出した妹紅は、やったぜ今日は完勝だ。

 セラを目いっぱい悔しがらせてやった。

 

 

 

「……そういえば、うちでモコウを殺してないのってセラだけ?」

「えっ!? お、お嬢様も殺した事があるのですか? 手ずから?」

「魔術で操ってやろうとしたら、リザレクション暴発させて死んだわ」

 

 バーサーカーとの決闘騒動にて、サーヴァントにするのを了承した際の出来事である。

 リズは弾幕ごっこの真っ最中に1回。バーサーカーはそりゃもうたくさん。

 それらの事実を再確認し、妹紅はほろりと涙をこぼす仕草をする。

 

「ああ……私の命を奪わないでいてくれるのはセラだけか」

 

 実際に涙はこぼしていない、わざとらしい悲しみの演技を受けてセラは握り拳を震わせる。

 

「くっ……お嬢様との朝チュン発見時にちゃんと殺せていれば!」

 

 誤解を招く表現にイリヤは唇を尖らせて抗議する。

 

「朝チュン言うな」

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 古式ゆかしい武家屋敷の一角。

 日曜日のため学校に行く必要のなかった衛宮士郎は、セイバーの口からあらかたの事情を聞かされた。第四次聖杯戦争で衛宮切嗣に召喚され、その冷酷な手口で次々に敵マスターとサーヴァントを撃退していった事。正体不明のアーチャーとの決着をつける前に出現した聖杯と、令呪によってその破壊を命じた衛宮切嗣の裏切り。

 そして。

 衛宮切嗣を雇っていたアインツベルン。

 そこにいた、イリヤスフィールという少女の事も。

 

「アヴェンジャーが言ってた通り、イリヤは切嗣の娘なのか?」

「いえ、あれがイリヤスフィールならシロウと同じ年頃のはず。恐らくイリヤスフィールに似せて作ったホムンクルスなのでしょう」

 

 だからこそセイバーは躊躇しなかった。

 魔術師として未熟なマスターが、アインツベルンのホムンクルスと至近距離で一対一。そんな光景を見てしまえば、敵を倒す以上にマスターを守るため、身体が勝手に動くというものだ。

 

「でも、セイバーを知ってる風だったぞ」

「アインツベルンを管理し、ホムンクルスを作っている者がいます。その者が聖杯戦争で何があったか話しただけでしょう。――私は切嗣に裏切られました。しかし、アインツベルンからしたら私も切嗣と同じ裏切り者なのです」

 

 ちゃぶ台に置かれたお茶に口もつけず、長々とした話をセイバーは語り終えた。

 士郎もすっかりお茶を冷ましてしまっている。

 

 昨晩出会ったイリヤスフィール――歪な子だったと思う。

 

 人の命をなんとも思わない残酷さと、他人事とは思えない衛宮切嗣への憎しみ。

 それだけならば、見かけが幼い少女だったとしてもここまで迷いはしない。

 けれど。

 

「イリヤは切嗣の名前を呼ぶ時、さみしそうにしてた」

 

 少なくとも士郎にはそう感じられた。

 

「アインツベルンが作った新しいホムンクルスで、親父を憎むよう教えられただけで、あんな表情ができるとは思えない」

「しかし現に、年齢の辻褄が――」

「ああ。だから、今度会ったら話をしてみようと思う」

 

 甘っちょろい発言にセイバーは視線を落とすも、感じるところもあったのか、それ以上の反論はしてこなかった。

 

「しかしあちらのアヴェンジャーは凶暴かつ強力です、シロウを守りながら戦うのは難しいでしょう。せめて魔力供給ができていれば……」

「うっ、すまない」

 

 士郎は半ば事故的にセイバーを召喚した。詠唱もせず、土蔵にあった召喚陣に触れただけで。しかも士郎は魔術師として半端者。

 無理な召喚をした影響か、セイバーへの魔力供給ができないでいた。

 

「でも、食事を摂ればちょっとは足しになるんだったよな」

「ええ」

「じゃあ、お昼は腕をかけて美味しいものを作るよ。何かリクエストはあるか?」

「何でも構いません。食事に必要なのは栄養と腹持ちですから」

 

 食事へのこだわりが薄いセイバーだったが、マスターの未熟ながらも真心のこもった心遣いを嬉しく思っていた。かつてのマスター、衛宮切嗣とはまるで違う。

 聖杯戦争の最中、このような穏やかな時間を持てるなんて。

 故に、士郎の料理も感謝して食べようと心に決める。

 

 ――後に衛宮士郎の手料理によって胃袋を掴まれる騎士王の、殊勝なひとときであった。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「あ?」

「お?」

 

 紅いコートの女と、青いコートの男は、ほぼ同時に声を漏らした。

 偽アヴェンジャーとランサーが新都の港でバッタリ遭遇していた。

 

 冬の海が冷たい波音を立てる波止場にて、始まってしまうのか聖杯戦争。

 まったく想定外、偶然、事故のような出会い。

 互いにどうすればいいか困惑しつつ、緊張を高めていく妹紅とランサー。

 その空気を破ったのは愛らしい声だった。

 

「こんにちはランサー。こうして会うのは初めてね」

 

 紫のコートの少女が軽くお辞儀をして名乗りを上げる。

 

「わたしはイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。人の名前もろくに覚えられないお馬鹿さんのマスターよ。よろしくね」

「お、おう」

 

 毒気を抜かれてランサーも軽く頭を下げる。

 妹紅もイリヤに袖を引かれて戦闘態勢を崩された。

 

「お日様が出てる間は、聖杯戦争はお休みって言ったでしょ。戦うのは日が沈んでから」

「あー、まあ、そうだな」

 

 セイバーとアーチャーなら空気を読まず襲ってくるかもしれないが、ランサーならその心配はないだろう。妹紅も肩の力を抜いた。

 

「……ランサーも海を見に来たのか?」

「……ああ、まあ……な」

 

 紅と蒼は揃って海を眺める。強い波が波止場にぶつかり、白い飛沫を散らせた。

 真冬の空と真冬の海に挟まれた水平線は、さぞや寒かろう。

 思わず、妹紅は笑みをこぼす。

 

「海……いいよな。日がな一日、釣り糸を垂らしてたら気持ちいいだろうなぁ」

「へぇ……話が分かるじゃねぇか。聖杯戦争の最中でなけりゃ釣り勝負でもしたんだがな」

「意外だ。ランサーなら釣りじゃなく、銛を投げて魚を取るもんだと」

「お前さんは釣った魚を片っ端から焼いて食いそうだな」

 

 くつくつと笑い合った後、妹紅はピンと指を立てる。

 

「そうだ。これから寿司屋に行くんだけど、よかったら一緒にどう?」

「あー? ここでやり合う気はねぇが、馴れ合う気もねーよ」

「別にいいじゃないかご飯くらい。それとも由緒正しい英霊様は、私みたいな無名サーヴァントの誘いなんか相手にしないなんて無体な事を――」

「んがっ!?」

 

 突然顔色を変えて身を引くランサー。

 何か不味い事を言っただろうか? 妹紅は首を傾げる。

 

「てめぇ、(きたね)えぞ」

「なにが?」

 

 釣りの話はノリノリだったし、食事に誘っただけだし、何の問題があるというのか。

 その疑問にイリヤがため息交じりで答える。

 

「アヴェンジャーは知らないで言ったんでしょうけど、クー・フーリンは目下の人からの食事の誘いを断れないのよ」

「なんで?」

誓約(ゲッシュ)――ケルトの戦士は変な誓いを立てるのが大好きで、それを絶対破らないの。由緒正しい英霊と無名サーヴァント……目下はどっちかしら」

 

 藤原妹紅も実は高貴な血筋ではあるのだが、それを言ったらクー・フーリンの両親は太陽神と、王の妹である。妹紅自身も今の自分はたいした人間じゃないと思っているのでこだわらない。

 ランサーは呆れ顔で妹紅を見る。

 

「知らずに誘ったのか――」

 

 妹紅はと言うと、難しそうに考え込んだかと思うと、妙な例え話を始めた。

 

「なあ。目下の誘いを断れないなら、誘われた先に完全武装の兵隊が待ち構えてて、毒まみれの料理を出されたらどうするの? 毒食べて兵隊に囲まれて死ぬの?」

「全員道連れにしてやる」

 

 物凄く嫌そうに眉間にしわを寄せながらも、物凄い獰猛に口角を吊り上げるランサー。

 どこまでも豪気な男である。

 それを再確認して、妹紅は嬉しくなった。

 セイバーもアーチャーも気に喰わないが、ランサーはいい。

 

「ま、誘っちまったもんは仕方ない。寿司屋に行こう。バゼットも呼んでいいぞ」

「アヴェンジャー、お金を出すのはわたし! 勝手に誘わないの」

 

 仲よさげな主従を見て、ランサーは目を伏せる。

 

「バゼットの奴は来ねぇよ――悪いが、俺だけで勘弁してくれや」

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 まだ夕食には早い時間。高級寿司店に入ったイリヤ達は座敷に通される。

 外国人二人に、白髪(はくはつ)の若い日本人という珍妙極まる客であってもさすがは高級店、変な顔ひとつせず接客してくれた。

 土地柄、外国人も多く暮らしているし、せっかくだから高級寿司を食べようとする外国人客も珍しくない。

 

「ねえねえ。わたしイクラ食べたい」

「あー……ごちゃごちゃ頼むのもなんだし、特上コース三人前。で、ひとつはサビ抜きね」

「ちょっと、子供扱いしないでよ」

「ピーマン食べられないのは子供だ。足りないものは後で頼めばいい。で、飲み物だけど――」

 

 妹紅はランサーを見る。

 

「酒はどうする?」

「ああ、そうだな……とりあえずビール」

「ん。じゃあ瓶ごと持ってきて。グラスは二つお願い」

 

 成人男性一人。未成年の少女二人。

 そんな状況でビールのグラスを二人分も出す訳がないのだが。

 

「イリヤ」

「はぁ……何も、問題は、ない。そうよね?」

 

 暗示をかけてあっさり解決。

 

「それと、お土産とかお持ち帰りとかってできる? ――じゃあ特上四人前、帰りにお願い」

 

 テキパキと注文をすませて中居さんがいなくなると、妹紅は不躾に寝転がった。

 

「ああ――畳だぁ」

 

 座敷は当然、純和風。畳と座布団が我等の住処。

 アインツベルンの絨毯やベッドとは違う、馴染みある質感が妹紅の心身に沁み入る。

 

「ふーん……日本人が床に座りたがる理由、ちょっと分かるかも」

 

 イリヤも居心地のよさを実感し、畳に指を沿わせて肌触りを楽しむ。

 少女二人の外見年齢相当の行動にランサーは肩を落とす。

 

「やれやれ……これが聖杯戦争の相手ってんだから、世の中ままならねぇな」

「私じゃ不服か? それなら存分にセイバーとアーチャーをぶちのめしてくれ」

「遠くからだが見てたぜ。アーチャーの野郎に随分やられてたな」

「アイツ戦い方が巧いわ。技量も高いし、宝具も強力かつ多彩……個人的にはお前より厄介な相手だ。是非とも倒してくれ応援するから」

「そうしたいのは山々だが、めぐり合わせがな……」

 

 ランサーは天井を仰ぎ見て、深々とため息を吐いた。

 バゼットは乗り気ではないのか?

 

「おいアヴェンジャー。俺にアーチャーの野郎を押しつけて、セイバーを独り占めする気か?」

「あー? セイバーなー……マスターのリクエストだから仕留めようとは思ってるけど、戦っててつまらないんだよなぁ」

「あんな上物相手につまらねぇとは、贅沢言いやがって」

「だってあの女、全然戦いを楽しんでないぞ?」

 

 切り捨てるように妹紅は言った。

 ランサーも目を細めてその言葉を咀嚼し、同意する。

 

「まあ、な……俺との戦いの中、笑っちゃいたが……挑発や駆け引きであって、楽しんではなかった。しかし戦争なんてそんなもんだろ。俺やお前みたいに戦いたくて戦ってる奴もいれば、戦いたくなくても戦わなきゃならん使命を背負った奴もいる」

「使命か。面倒くさいな」

 

 セイバーは戦いが巧くはあっても、戦いが好きではない。

 ただ一度戦っただけでありながら百戦錬磨の経験を持つ妹紅とランサーは、そう結論づけた。

 訓練や競技といった場で健全に競い合うならともかく、戦場での剣戟を愉しむような精神性は持ち合わせていない。その点はケルトの戦士と正反対だ。

 

 しかしそれでいて、高い理想と騎士道精神を培いつつ、戦争に必要な効率性も理解している。

 いざ戦場で刃を交えれば、この上ないほどランサーと噛み合うだろう。

 互いの全力を真正面からぶつけ合うという観点では、ランサーにとって一番美味しい敵なのだ。

 

「その点」

 

 妹紅はじっとランサーの面差しを眺める。

 精悍で凛々しく、獣のようにワイルドな美形。普通の女なら惚れ惚れするだろう。この場に普通の女はいないが。

 

「ランサーは凄く楽しそうに戦うから、こっちも興が乗って楽しかった。再戦が楽しみだ。よかったら今晩どうだ?」

「悪いが、俺はサーヴァントだ。マスターの意向にゃ逆らえねえ。それに――お前の殺し方も分からんままだしな」

「聖杯にでも願えば? 無敵のアヴェンジャーを殺してくださーいって」

「お前を倒さねーと聖杯も手に入らないだろうが!」

 

 紅と蒼はぎゃあぎゃあと子供っぽい口論を始める。

 その光景がどう見ても馴れ合いにしか見えず、イリヤは呆れながらも指摘してやったのだが――口を揃えて「馴れ合ってない!」と馴れ合うからたまったものではない。

 そんな馴れ合いを黙らせたのは、中居さんが持ってきた特上寿司とビール様であった。

 

 

 

「へー、これがお寿司……」

「おおっ、海の幸がこんな贅沢に……」

「聖杯のおかげで知識はあったが、こりゃまた……赤や白の光沢が見事なもんだ」

 

 イリヤも妹紅もランサーも、高級寿司の見栄えにさっそく見惚れる。

 ただ生魚を捌いて酢飯に載っけただけの料理。言ってしまえばそれだけだが、溢れんばかりのこのオーラは確実に美味。食べる前から分かる。だから食べる。

 

「んーっ。さっぱりしてて美味しい。それでいて味わい深いわ」

 

 イリヤはマグロを食べ、うっとりと頬に手を当てる。

 子供でも作れるような単純な料理、寿司。だからこそ職人の腕前と素材の良し悪しがストレートに表現され、誤魔化しが利かないと言える。

 そして魚と言えば赤身と白身に大別される。日本では紅白がめでたいとされるが、イリヤの感性で言えば妹紅みたいというイメージだ。

 白身のネタは赤身よりさらにサッパリしていたが、爽やかな潮騒が口内からお腹にまで吹き抜けていく。ウラシマタロウ――妹紅から聞いたお伽噺を思い出す。

 タイやヒラメが踊っている。寿司盛台の上で、舌の上で、これでもかとばかりに踊る踊る。

 

「タコの歯ごたえが楽しい。これなら刺し身でも食べたいな」

 

 妹紅はマグロの次にタコを食べた。独特の歯ごたえはやわらかな酢飯と絶妙にマッチしている。

 幻想郷で海の幸は食べられないとはいえ、川の幸は食べられる。魚は食べられるのだ。無論、海と川の魚では色々と違うが――幻想郷にまで遡ってくる豪傑なタコなどいない! 故に妹紅はタコの食感に感激した。次はイカだ。偶然、ランサーも同じタイミングでイカを食べた。

 

「うわっ、(あめ)ぇ。ちょいと噛みにくいが、トロッとした舌触りもたまらんな」

 

 ランサーも感嘆の声を上げる。酢飯よりも真っ白なイカの味わいがたまらない。あの奇っ怪な海産物は見かけで嫌悪される事により、その旨さを隠していたのかもしれない。

 そして。

 妹紅とランサーはほぼ同時に泡立つアルコールを煽った。

 

「で、このビールが……くはぁ~! ()()()のビールはスッキリしてるなぁ」

「いい飲みっぷりじゃねえか。ったく、飯も酒もこんな美味ぇたぁいい時代になったもんだ」

 

 至福とばかりにうっとりとする二人。

 イリヤは大人しく水を飲んでいる。ニホンチャは苦くて苦手なのだ。

 口内の脂が流されてスッキリする。

 

 スッキリと言えば、妹紅とランサーはガリとかいう奇っ怪な刺激物を摂取して口内洗浄をしている。イリヤも一口だけ食べてみたが、得も知れぬ味と刺激に口内を汚辱され、すぐに吐き出してしまった。

 

「うぇぇっ……口直ししないと」

 

 口直しのためのガリで口を駄目にされたので、口直しのために味の濃いアナゴを食べる。

 かんぺきなりろんだ。

 ふんわりと上品に焼き上がったネタには、ドロっとした甘いタレが塗ってある。以前妹紅が作った焼き鳥のタレを連想したが食感も甘さも別物だった。どちらが良い悪いではない。アナゴにはこのタレ、焼き鳥にはあのタレ、そういうバランス感覚。

 妹紅もニコニコ笑顔で海老を食べ、海老の尻尾をオモチャのように掲げたりする。まったくもって子供っぽい。

 ランサーはウニを一口で食べると、唸りを上げてうつむき、頭をゆっくりと振り、それからビールを飲んでご満悦の表情を浮かべた。大人の男性だけあって食べるペースが早い。

 

「ほれ、グラスを空にしてんじゃない」

「おう、悪いな」

 

 馴れ合わないはずの二人は、気づいたら互いのグラスに酌なんかしている。

 バトルマニア同士、馬が合うのだろうか。

 

「さて、そろそろ本命、イクラをいただきましょうか。宝石みたいにキラキラしてるわ」

 

 イリヤは昔食べたキャビアを思い出しつつ、イクラの軍艦巻きを口に運んだ。

 プチプチと薄皮が破れ、舌を刺激する汁がたっぷりとあふれてくる。

 

「んん~っ」

 

 濃厚な味わいは生命力にあふれ、一粒一粒が溶けるように沁み込んでくる。それらを咀嚼し、嚥下する行為こそ、まさに食事というものだ。

 そんなイリヤの至福タイムを観賞しながら、妹紅はとっておきの大トロを食べる。

 

「むおおっ……すごい脂が乗ってる」

 

 蕩けると表現するに相応しい。寿司ネタの王様の如き力強さは胃袋にすばらしい満足感を与えてくれる。ああ、海の幸。お前のおかげで腹の中が大海原。

 そんな妹紅の至福タイムの対面で、ランサーは首を傾げていた。

 

「なんだこりゃ?」

 

 黒い海苔に巻かれた地味な寿司を眼前へと運び、観察する。

 内側にはどう見ても魚ではない、薄緑の野菜が入っていた。

 物は試しにと醤油をつけてから食べてみる。野菜の正体はキュウリだった。他のネタと違ってなんとも安っぽいなと呆れたが、しかし、とてもサッパリしていて口直しに丁度いい。

 決して主力の騎士ではないが、立派に後方支援を果たす小兵のような存在。

 

 カッパ巻き――寿司にもこんなものがあるんだなと感心した。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 じっくり、たっぷり、寿司を堪能し尽くした三名は――パック詰めされたお持ち帰り用の特上寿司四人前を受け取り、カードで支払いをすませて外に出た。

 日はまだ昇っており、日曜日の新都は人であふれ返っている。

 敵同士と言えどこの時、この場所で戦う理由はない。

 イリヤと妹紅は陽射しに向かってうんと背伸びをする。動きが完全にシンクロしており、まるで姉妹のようだとランサーには感じられた。

 

「すまねぇな、ご馳走になっちまって」

 

 言って、ランサーはクレジットカードを差し出した。

 子供が支払いをしたらおかしいから。ランサーなら持ち逃げなんかしないから。そういった理由で大人のランサーにカードを預けて支払いを任せたのだ。

 

「なぁに、これくらい安いもんさ」

「お金を出したのはわたし!」

 

 我が事のように誇りながらカードを受け取ろうとする妹紅だったが、イリヤが割って入ってカードを受け取る。絵面としては姉に対し妹が背伸びしているようにも見える。

 銀髪朱眼のマスター。

 白髪紅眼のサーヴァント。

 その二人と肩を並べて立っているめぐり合わせの妙に、ランサーは苦笑した。

 

「まったく、お前等――本当に仲いいな」

「そういうお前は」

 

 と、妹紅はお持ち帰り用特上寿司を一人前、ランサーに押しつけた。

 

「これでマスターと仲直りしてこい」

「――――ッ」

 

 ランサーはハッとし、特上寿司を抱えて後ずさった。

 

「…………アヴェンジャー、バゼットは……」

「他の主従が仲違いするのは歓迎だが、お前等とは気持ちよく戦いたいからな。次はこっちの切り札を解禁させるくらいがんばってくれよ」

 

 聖杯の分け前を欲するなら妹紅一人で敵サーヴァントを倒した方がいい。しかしバーサーカーの旦那にも出番を与えてやりたいという心配りは、イリヤを嬉しくさせた。

 それにしても、バゼット・フラガ・マクレミッツはどうしたのだろうか。妹紅の想像通り喧嘩してる? イリヤにとってはどうでもいい事だが。

 

「ハッ――後悔するんじゃねぇぞ」

「そっちこそ」

 

 好敵手として認め合い、覇気に満ちた笑みをどちらからともなく浮かべる。

 バトルマニア同士のアレやコレやソレが通じ合う中、イリヤは空気を読まず、妹紅の袖をグイッと引っ張った。

 

「いつまでも馴れ合ってないで帰るわよ。お寿司、悪くなっちゃう」

「ん、そうだな。じゃあランサー、またな」

「おう」

 

 イリヤは妹紅を連れて歩き出し、その背中をランサーは見送る。

 後ろから見たら銀髪と白髪(はくはつ)のロングヘアーがお揃いで、本当に姉妹のようだ。

 いい主従だ。

 ランサーは蒼穹を仰ぎ見て、誰にでもなく語りかける。

 

 

 

「俺の力を見込んで、俺を召喚した女がいた。召喚者の信頼に応えるなら、この槍に敗走は許されない。最後まで勝ち抜いて見せねぇとなぁ……」

 

 

 

 みずからの言葉を胸に刻み、瞳に決意を宿して前を見る。

 事情なんて誰にでもある。万全、十全でない戦いなんて当たり前だ。何もかも都合のいい戦場を用意できるなら、世の中は英雄と名君だらけになっている。

 大喜びで実行したい命令もあれば、望まぬ命令もある。気に喰わない敵、気に喰わない味方。すべて引っくるめたのが戦争だ。

 グチグチしてたって仕方ない。やるだけやってやるさ。

 特上寿司を抱えたまま、ランサーは決意新たに歩き出し――。

 

 ブロロロロ。

 すぐ脇の道路を、自動車がゆっくり走ってくる。

 窓は全開にされており、中から見覚えのある少女二人が手を振っている。

 

「バイバーイ」

「なんなら今夜でもいいぞー」

 

 メルセデス・ベンツェ300SLクーペ。アインツベルンの所有する自動車である。

 ベンツじゃなくベンツェと発音するのが瀟洒なポイントだ。

 左ハンドルの運転席にはイリヤスフィール。隣の助手席にはアヴェンジャー。

 二人そろって和やかなお別れの挨拶。

 ランサーも条件反射で手を振って、遠のいていく車を眺めて。

 

「ちびっこマスターが運転してんのかいぃぃぃ――ッ!?」

 

 酷く常識的感想を叫んだ。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 冬木の教会。新都の丘の上にある中立地帯のそこへ、ランサーは足を踏み入れた。

 教会の醸し出す静謐な雰囲気の中、礼拝堂をコツコツと音を立てて歩く。

 

「――早い帰りだな。何かあったか」

 

 ランサーのマスター、言峰綺礼が現れた。

 見るからに胡散臭いその男は、ランサーにとって仇と言っていい存在だ。

 そんな男に、ランサーは土産を突き出す。

 

「……何かね、これは」

「寿司だ。土産にもらった」

「ほう――? お前には調査を命じたはずだが」

「アヴェンジャーに会って、飯に誘われたから一緒に食ってきた。断らなかった理由は察しろ」

誓約(ゲッシュ)か」

 

 面白そうに言峰は笑う。調査を命じたはずが、まさか敵と寿司を食べてくるとは。

 

「ふむ、ではアヴェンジャーの新しい情報を得た訳だ」

「飯を食ってきただけだぜ? 不死身の秘密も、真名も、宝具も分からずじまいさ。――ああ、そういや切り札があるとか言ってたな」

「切り札……か」

 

 言峰は微笑した。しかし普段から胡散臭さに満ちあふれているので、心当たりがあるのかないのか、裏があるのかないのか、判断がつかない。

 しかし、ランサーは不吉を感じずにはいられなかった。

 

 マスターとサーヴァントの関係、という意味では彼等は最悪の部類のひとつだ。

 しかしそれでもランサーは望んだ。全力の戦いを。バゼットが求めた聖杯戦争を。それが召喚者に対するせめてもの餞だと信じて――。

 

「フッ……せっかくサーヴァントが持ってきてくれたのだ。有り難くいただくとしよう」

 

 仇である現マスターはそう言うと、寿司を持って教会の居住区へと移動を始めた。

 別に感謝の言葉なんか求めていないし、こいつと一緒に飯を食う趣味もない。

 ランサーは足を教会の外へと向けたが――。

 

「そうだ。今日の夕食は私がご馳走してやろう」

「――は?」

 

 言峰の意外すぎる言葉に、ランサーはポカンと口を開けて振り返った。

 言峰もまた寿司を抱えたまま、ランサーの方を振り向いている。口元には胡散臭い微笑。

 

「なに、我々の仲は険悪と言っていい。ここらで少々の交流をしてもいいだろう」

「ケッ、気色悪いコト言ってんじゃねーよ」

「まあそう言うな。行きつけの、とっておきの中華料理屋がある。――寿司の礼だ、たらふく食わせてやろう」

 

 神父が教会で、寿司を抱えて、中華を勧めてくる。

 なんともおかしなシチュエーションだし、相手が言峰なら誓約(ゲッシュ)にも縛られない。

 マスターとサーヴァントという関係上、ランサーが目下となってしまうので。

 しかし、それでも。

 

「わぁったよ、つき合ってやる」

 

 ――言峰綺礼が何を望んで聖杯戦争に参加したのかは分からない。

 バゼットを殺された確執は未だ根強い。

 それでも、今はこの男がマスターなのだから。

 

「フッ……愉しみにしていろ」

 

 ランサーの返答を満足気に聞き届け、言峰綺礼は去っていった。

 これを機に、まさかあの糞マスターとの関係が多少は改善でもしてしまうのだろうか。

 そんなランサーの予感は、灼熱のマグマの如き麻婆豆腐をたらふく食わされる事によって、完膚なきまでに打ち砕かれる運命にあるのだった。

 

 

 




 少女の嘆き、少女の喜びを聞いたとき、駆けつけ三杯、寿司食いねぇ。
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